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昼寝ネコの雑記帳

正真正銘のエイプリル・フールだったが・・・


QUE SOLO ESTOY - GOYENECHE STAMPONE
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 先週末からのExcelの不具合に端を発した案件が、泥沼状態になってしまい、今日も昼から夕方過ぎまで、サポートに電話をかけまくっていた。最も高頻度で使用するソフトなので、仕事にも悪影響が出てしまっている。

 せっかくのエイプリル・フールなので、何か嘘話を考えようと思ったのだが、それどころではなかった。


 比較的リアルな夢を見ることが多いのだが、昨晩は、というか早朝だったかもしれないが、夢の中で湖のある近県の景勝地を訪れていた。

 近くにタンゴ喫茶があることが分かり、行ってみた。

 小柄で丸っこい体型の中年過ぎの女性が司会を務めた。なんでも、ご主人が3月の中旬に手術を受けたそうなのだが、好きなタンゴを歌いたいと言い、これから1曲披露するという。

 そのご主人が登場し、椅子に座ったまま歌い始めた。やはり小柄で丸っこい体型の方だった。知らない曲だったが、スペイン語のようだった。もしかしたら、バンドネオンの弾き語りだったかもしれない。

 スペイン語を理解しない私だが、歌詞の意味が「私はタンゴが好きだ」であることが理解できた。不思議なことだ。


 自制心の低さを白状することになるが、日常的に脳内が飽和状態で強度のストレスを感じるため、糖分補給目的で、クロレッツのガムをプラスチックケースで購入し、ブラックチョコレートと一緒に常備していた。文字通り連続して口に放り込む状態なので、当然のことだが血糖値は高止まりしてしまう。

 ある種の甘いもの依存症である。とくに、チョコレートは口に入れた瞬間、脳内の鬱陶しさが鎮まる。覚醒剤とか麻薬などの薬物中毒の人達が襲われる禁断症状は、比較にならないほど重度なのだろうと想像している。

 もうかれこれ10年以上前になるが、高い血糖値が原因と思われる眼底出血を経験している。再発はしていないが、血液が繊維化して網膜を引っ張っている、という診断で、両目に歪みが残ってしまっている。

 頭の中では、甘いものの量を減らさないと危険だと自覚している。手許にあればついつい手が伸びてしまうので、まずは買わないことだ。重々承知している。今日はチョコレートの在庫無しで、禁断症状との戦いに備えている。


 あの湖のある景勝地を再び訪れることはないと思う。たとえどれだけリアルな夢であっても、目が覚めたらほぼ瞬時に夢のシーンは消え去っている。しかし、あのタンゴ喫茶の店内の様子や、小柄で丸っこい体型の夫婦の姿、そしてご主人の歌声はまだ記憶に残っている。

 疲れ果てた頭で床につき、眠ることでようやく脳内の疲労から解放される、という平安な気持ちになる。しかし、実際にはかなりリアルな夢を見ることが多い。寝ても起きても、常に何かを考え判断している。ちょっと病的なのかもしれない。

 あと20分ほどで、エイプリル・フールも終わってしまう。そして新しい元号・令和の発表があった。正式に、いつから令和になるのか把握はしていないが、文字通り、日本という国が、内外の苦難に凜として立ち向かい、国民も一致団結して、平和で安全な国を構築してほしいものだ。

 ある方から提言をいただいた。新たな時代の幕開けに期待を込めて、名入り絵本に記載する赤ちゃんの誕生日を、西暦と元号の並記にすることを検討したいと思う。

 ・・・エイプリル・フールの日だが、現実的な話題に終始してしまった。

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# by hirune-neko | 2019-04-02 00:02 | 心の中のできごと | Comments(0)

あらら、エイプリル・フールは明日だった

Janelas Abertas (Lumiar Discos) - Tom Jobim e Gal Costa
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 てっきり今日がエイプリル・フールだと思ったので、昨日の記事ではすっかり羽目を外してしまった。とんだ勘違いだった。

 朝、義母をデイサービスに送り出した後、2時間ほど外出し、帰宅したが、どうも疲れが抜けない。しかし、隣のアパートのおばあさんから、果物や甘いものを食べられないと聞いていたので、昨晩アジの干物を買ってきた。ちょっと届けようと思った。

 いつものように裏側に回り、居間の窓から覗いたが、いない。トイレかと思ってしばらく待ったが現れない。玄関に回ってドアをノックしたが、応答がない。しかも、鍵がかかっておらず、ドアを開けることができた。風呂場かトイレで倒れていることを心配し、確認したがもぬけの殻だった。

 ちょっと心配になり、警察に電話して事情を説明したところ、警察官を向かわせるという。・・・そんなことがあった。心配だったので、夕方過ぎに再訪したところ、おばあさんは台所に立っていた。今日は食料品の買い出しに行っていたそうだ。やれやれである。

 自分の夕食用に、サンマのみりん干しを焼いた。フライパンにオリーブオイルを垂らし、とろ火で焼いた。何度もひっくり返し、焼き加減を確認したせいか、焼き上がった後、火を消すのを忘れてしまった。よく油に火が移らなかったものだ。こんな不始末は初めてだ。かなり疲れているようで、注意力が落ちてしまった。

 今日は、何人かの方たちが置かれている境遇を、あれこれ考える時間が合った。ある意味では身動きできない境遇であり、選択肢が限られる一方で、現状を変える選択肢には大きな痛みが伴う。楽観的人間である私にしては珍しく、憂鬱な気持ちに支配されてしまった。

 こんな調子だと、せっかくのエイプリル・フールだというのに、冗談ひとつ言えそうもない。

 こうして、今年の第一四半期の最後の日を迎えている。あっという間だった。昨年から、時の流れの速さを痛感している。何もしていないわけではないが、明らかに通常業務が増えている。それに加えて、時間を要する企画書や提案書の作成があり、思うように回っていない。

 人と口をきくのも億劫な一日だった。この調子だと、第二四半期の最初の日である明日は、不機嫌なネコのままで始まりそうだ。やれやれである。

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# by hirune-neko | 2019-03-31 23:49 | 心の中のできごと | Comments(0)

ヤコブの12人の息子達・・・イスラエルの十二支族

John Barry Theme Out of Africa
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 明日はいよいよ待ちに待った4月1日だ。遠慮することなく、周りの人達には妄想度全開で、何か面白い嘘話をしたいと思う。日頃の憂さ晴らしである。

 とりあえず、私は旧約時代に宇宙の彼方から地球に渡来し、これまでずっと生きて来た、という話を真面目にしてみようと思う。

 そのために、旧約聖書の創世記に出て来る、アブラハム、その息子のイサク、そしてその息子のヤコブ・・・その辺りの家系をちゃんと把握し、そこに私自身を登場させようと思う。

 創世記によれば、イスラエルの十二支族となる、ヤコブの息子達は12人だったが、母親は4人だった。即ち、ラバンの上の娘であるレア、下の娘であるラケル、そしてラケルのつかえめのビルハ、そしてレアのつかえめのジルパである。ラバンは、ヤコブの母・リベカの兄である。ということは、ヤコブとラケル、レアはいとこ同士ということになる。

 ヤコブはラケルと結婚したかったのだが、結果的に以下の4人の女性との間に、12人の息子が生まれたことになる。細かい経緯は抜きにして整理すると、以下のようになる。

1.ラケル;ヨセフ、ベニヤミン
2.レ ア;ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン
3.ビルハ;ダン、ナフタリ
4.ジルパ;ガド、アセル

 ラケルとの間に生まれたヨセフは、兄弟達から疎まれ、後にエジプトの商人にに売られて最終的には、エジプトの王であるパロに重用される。さらにヨセフは、王のパロが見た夢を解き明かし、広範で大規模な飢饉の到来を予測する。ヨセフの進言を受け入れたパロは、ヨセフに国中を治めさせ、エジプト中で飢饉に備えて、食糧を貯蔵するよう命じる。

 父ヤコブとヨセフの兄弟達にも飢饉の影響がおよび、エジプトに行けば食糧があると聞いて、最終的にはヤコブの全家族がエジプトに移住することになる。野で獣に殺されたとばかり思っていたヨセフが、エジプトで生きていたことを知った、父ヤコブとの感動的な再会だった。

 この後、イスラエルの民は、エジプトでの奴隷の境遇に耐えられず、モーセとその兄・アロンの導きによって、全部族がエジプトを逃れ、苦難の行軍を始めることになる、いわゆる出エジプト記である、

 なぜ私がこのように、旧約時代のイスラエルの歴史に詳しいか、不思議に思われると思う。すでに午前0時を回り、いよいよ4月1日になったので、エイプリル・フールを隠れ蓑にして、そっとここだけで真実の話をさせていただく。

 過去のブログ記事で妄想と称し、私が銀河系の彼方から地球に派遣された、天からの使い、即ち地球人から見れば宇宙人であることを書いたことがある。誰も本気にするはずがない。当然である。

 私には人に明かせない神聖な使命があるため、じっと辛抱しながら機が熟すのを待っている。宇宙空間から、地球7千年の計画と歴史を管理している天の軍勢の助けを借り、少しずつ環境を整えつつある。それは決して大それたことではなく、人間に生まれながらに具わっている、人間の本質を覚醒させ、あらゆる不毛な価値を超越して、その本質を顕在化するよう助ける・・・それが私の使命である。

 私自身には、モーセのように大きな奇跡を起こす力は無い。しかし、静かな声でそっと言葉を囁き、人の心に届く真理を伝える賜を、天から授かっている。そして、必要な都度、天の軍勢が人の心を動かせるよう、手助けをしてくれることになっている。


 とうとう今日は、かなりの機密事項を開示してしまった。このような秘密の開示は許されていないのだが、4月1日に限っては公開していいことになっている。どうせ誰も、そのような荒唐無稽な話は信じないからだ。

 もうひとつだけ開示するなら、私はエジプトに売られた、そのヨセフの子孫として地球に生を受けている。ネコというのは、真の姿を隠すための方便であって、実際には宇宙の最先端技術によって、人間の胎内に宿り、生を受けている。但し、人間と異なるのは、生まれるときに過去の記憶を消されず、そのまま持っていることである。そして、これまでの約3千年の間、死を知らず生きながらえているのである。

 ここまで真実の姿を開示できれば、私としては大満足である。決して公開してはならない秘密が多すぎるので、普段から息苦しい思いをしているのだが、今日ばかりは肩の荷を下ろし、熟睡できそうである。

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# by hirune-neko | 2019-03-31 01:12 | 心の中のできごと | Comments(0)

小さな羊たちの沈黙、無視、反乱に遭った

Estate-Joao Gilberto
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 月末の振り込み作業を順調に終え、ほっとひと息つくことができた。

 ところが、思わぬ伏兵が待ち受けていた。こんなに連続してパソコン周辺のトラブルが、団体で押し寄せて来たのは初めてだった。

 詳細な説明をする気力は残っていない。読まれる方にとっても、ある意味ではつまらない内容なのは明らかだ。

 最大の難事だけご紹介する。Office 365のExcelが、なかなか起動しなくなり、とうとう無視を決め込むという、反乱を起こした。マイクロソフトのサポートに電話したのだが、何カ所もたらい回しにされ、とうとう午後5時半を回ってしまい、時間切れ。

 それでも諦めず、マイクロソフトのサイト内で、チャットのサポートを見つけたので、やりとりしたが、結局案内されたのは、別の相談窓口で、やはり土日は休みだった。

 App Storeで新規にダウンロードしたが、ファイルは開くものの印刷できない。すでに、ボリュームライセンス契約をしているから、それが邪魔をしているらしい。

 そこで、もう1台のiMacに1ヶ月無料お試しのをダウンロードしてインストールした。時間はかかったものの、なんとかファイルを開き、印刷画面が出た。しかし、一向にプリンタが動かず、オレンジ色のランプが4連続で点滅するだけだった。

 これまでのトラブル修復の経験を思い出し、セーフブート、ピーラムクリアを行ったが効果無し。最後は電源ケーブルを引っこ抜く、SMCクリアとかいう方法を試したら、なんとか修復された。

 これだけの作業に6時間以上を費やしてしまった。

 溜息をつきながら、ふと考えた。パソコン2台とプリンタ2台には、それぞれ名前を付けて起動・終了時には声をかけている。しかし、アプリケーションには名前も付けず、声もかけていない。もしかして、それをひがみ、ささやかな反乱を起こしたのだろうか、と思い浮かんだ。

 しかし、アプリケーションといっても、数えたら常時立ち上げて使用するだけでも10種類にはなる。面倒なので、Excelちゃん、Quarkちゃんなどのように、そのままの名前で呼んだのでは、態度を変えないだろうという気がする。

 iMacには、アレックス、アリス、プリンタにはオーギー、オーギー・ジニアという人間名前を付けているのに、どうして自分たちにはちゃんとした愛称を考えてくれないのか、という不満の表情が脳裏に浮かぶ。

 しかし、私の身にもなって欲しい。パソコン周辺のハードやソフトに、十いくつもの名前を付けてしまったら、その都度思い出せなくて混乱し、ストレスが増幅してしまうんだぞ、と思う。

 おまけに今日は、長い付き合いの友人が、腸の癌で手術を受けるという知らせが入ってきた。ちょっと前の電話で、どっちが先に逝くか、という年代になってきたねと言われたばかりだった。ずけずけ言う人間だが、それだけに裏表が無く、安心して付き合える人間だ。なんとか手術が成功し、またあの毒舌でまくしたてられてみたいものだ。女性なのに、ヤクザを睨み付け、くってかかることもあったらしい。

 今日の私は、心身共にクタクタである。でも、我ながら感心しているのは、途中で投げ出さず、なんとか印刷できる環境を構築できたことだ。

 そのような半日だったので、どの音楽を聴いても癇に障っしまい、受け付けない。そんなときでも、ボサノヴァはほっとできるようだ。いつか、ブラジルの海岸線をのんびり歩いてみたいものだ。

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# by hirune-neko | 2019-03-30 01:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

明日は実質的な月末である


Una Mujer
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 明日は実質的な月末なので、振り込み一覧表の準備をし終えたところだ。今日は木曜日で、製本屋さんにも往復した。言い訳にはならないのだが、今日は歩くことができなかった。

 そんなこんなで、とうとう一日中、実務脳のままで終わりそうである。

 いや、そんな最中にも、少しだけ妄想タイムがあったようだ。1年少し前頃から、東アジア情勢や日本が有事に巻き込まれた際のシミュレーションを、ネイティブの人(たち?)を前にして説明するシーンが脳内に浮かんでいる。浮かぶ一方で、なかなか消えない。

 そこでいつしか、日韓や日中有事の際を中心とする情勢分析の説明を、英語で行う自己訓練を少しずつ始めていた。たとえ通訳者が同席したとしても、戦時国際法や外患罪、国防動員法、強制送還、強制隔離などという言葉を羅列するなら、通訳者の方は適語が思い浮かばず、対話が進まないと思っているからだ。

 今朝、ある日本人の言語教育者が著した冊子を手に取ってみた。日本人が英語を学ぶ際の助言が詳細に述べられていた。夜になって、その先生の知人に電話し、事情を説明して意見を聞いてみた。するとどうも、私の目的には少し外れるように感じた。

 そのとき、昨年から私の短編作品を英訳してくれた、ニュージーランド出身の女性のことが思い浮かんだ。日本の大学院で、日本語で修士号を取得しているし、メールのやり取りで読んだ日本語は、かなりレベルが高い。月に2回か4回程度、スカイプでの個人教授をお願いしたら、どの程度の費用で引き受けてくれるか、訊いてみようと思うようになっている。

 別に差し迫って具体的な必要性がある訳ではない。明らかに私の妄想病の病巣から出現している症状である。

 そのようなことに時間やお金を割こうと考えるのだから、私はまだまだ切迫した苦労をしていないのだと思う。

 でも、自分独自の発想や手法は、大事に温存したいと思う考えに変わりはない。

 思ったより早い時間に作業が終わったので、今日は早めに休もうと思う。

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# by hirune-neko | 2019-03-29 00:41 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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