昼寝ネコの雑記帳

アクシデントにもめげず、月越しの祭りを祝う


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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 月末の振り込みはインターネットバンキングを利用しているのだが、相変わらず原始的に一件ずつ振り込み手続きをしている。振り込み一覧表を作成し、一気に振り込む方法があるのは分かっているのだが、新しい仕組みを習得するのが億劫で、ズルズルと無精なままである。

 2時間を見込めば十分だろうと考え、昼近くから作業を始めた。椅子に座っていると、背中の筋が酷く凝って辛くなることがある。今日は、振り込み作業の最初から背中が重苦しく、ゴム製の腰痛用ベルトを背中から胸に巻き上げ、椅子の背中にもたれるように作業をしていた。同じ姿勢が辛くなり、少し後ろに反った分パソコンを手前に引き寄せた。その瞬間、画面が真っ暗になってしまった。パオコンから電源コンセントが抜けたのはすぐに分かった。画面だけでなく、私の目の前も真っ暗になってしまったが、気を取り直してパソコンを起動し、時計を見ながら初期読み込みが終わるのを待った。

 ところが、締め切り時間が迫っているそんなタイミングで、パソコンがなかなか使用できる環境にならない。じりじりした気持ちで待ったが、一向に変化が見られず、再起動してみた。状況は同じだった。また再起動したが、どうも迷路に入り込んだようで、再起動自体に時間がかかる。今度は強制終了して起動し、シフトキーを押しっぱなしのセーフブートという方法で立ち上げを軽くし、起動後はすぐに再起動して、今度はピーラムクリアとかいう、コマンド+オプション+P+Rの4つのキーを同時に押しっぱなしで起動させる方法を試した。

 なんとかネットバンキングの画面は開いたが、まだまだかなりの件数が残っている。最後の5件を残した状態で、無慈悲にも午後3時になってしまった。3時を過ぎると、他行宛ての振り込みは翌日扱いの振り込み予約になってしまう。翌日といっても、明日は土曜日なので3日後の月曜日になってしまう。だめ元で最初の1件目を振り込んでみたら、受け付けられた。へえ、と思いながら連続して試してみたら、残り4件もちゃんと振り込むことができた。終了したのは3時5分だったので、5分程度のハミダシは許容してくれるのだということが分かった。コンピュータにも人情味があるのだということを知り、嬉しく思った。

 最近の私は、いくつもの案件が一斉に出口に殺到しているような状態で、交通渋滞を起こしてしまっている。冷静沈着に集中し、着実にこなせるほどの訓練は受けていないので、ときどき天を見上げてため息をつくことがある。最近は、ここ十数年の出来事を思い起こすことが多い。どんな企業でも、売り上げ増大を最優先課題として取り組んでいると思う。私たちも、営業というベクトルを維持し、試行錯誤してきている。しかし振り返ってみると、製作から発送・納品、請求までのシステムの改良は当然のこととして、無意識のうちに商品の改良、付加価値の研究にかなりの時間と労力を費やしてきた。苦難の局面も多く経験しているが、結果として、優先順位の付け方は間違っていなかったと思っている。

 世の中を大局的に見るなら、変化の幅はますます激しくなり、経済や政治、治安、自然環境、日常生活に少なからぬ影響を与えるだろうと考えている。その結果、負の影響が拡がり人生観や価値観も大きな影響を受けるだろう。その影響は日常の購買意識にも変化をもたらし、贅沢品や嗜好品の需要は減衰するだろう。貴金属やきらびやかな洋服よりも、飢えや渇きを満たす物資の必要性を強く感じるだろう。改めて親子・家族の堅固な絆が見直され、無事健康・安全な家庭運営が再認識されるだろう。

 そのときには、どのような事前準備が必要とされるだろうか。連日、生まれたばかりの赤ちゃんと、赤ちゃんを囲むご両親の画像を見ていると、社会の大きな変化に直面して右往左往する姿を想像するだけでも心が重くなり、何かお手伝いできないだろうかという思いが募る一方だった。

 そう思い始めてから、もう何年になるだろうか。ある時期はインターネット上に溢れる情報洪水に溺れて方向性を見失った。独学期間が長く、なかなか方向性が見出せなかったときに、たまたまある大学院でインテリジェンスの講座が開講されていることを教えていただき、最終的には正規に受験して授業を受けることができた。まさか60歳を過ぎてから大学院の試験を受けるなど、想像もしていなかった。不思議なご縁だと思うが、ブログを通して知り合った小谷賢先生がたまたま防衛研究所の主任研究員で、ときどきアドバイスをいただいていた。その先生が、防衛大学と青学の大学院でインテリジェンスの講座が開かれていると教えてくださり、調べたら小谷賢先生ご自身が授業を受け持っていらっしゃった。

 個人や家庭のためのインテリジェンスという考え方を整理するのに、しばらく時間がかかった。しかし、大学院で学んだ世界主要国の国家インテリジェンスの概要や、情報収集・分析の手法の基礎を学ぶうちに、私なりの構想が具体的にイメージされるようになった。国を護る国家インテリジェンスの場合は、政治、外交、経済、軍事など文字通り国家安全のためにはあらゆることを視野に入れなければならない。しかし、個人や家庭を護るためのファミリー・インテリジェンスは、最終的には家族が固い絆で結ばれ、お互いに理解し合い受け入れ合う。そしてあらゆる緊急事態、非常事態を想定した備えをする・・・簡単にいうなら、それに尽きるのである。

 昨今、情報戦争やプロパガンダ活動は激化しており、印象操作・世論誘導が横行していることは周知の事実である。その結果、政権が転覆され、他国政府と内通した政権に移行するなら、確実に日本の弱体化、実質的支配化、属国化が進むだろう。武力によらず、唯一確実・合法的に政府を「転覆」させることができるのは、国政選挙である。そのために、一般国民に対する執拗な印象操作・世論誘導が実行されている。もちろん、政治意識の高い一般国民の増大を受け、市民レベルによるカウンターインテリジェンス活動も拡がりを見せている。集団通報、官邸メール、外患罪集団告発、懲戒請求などである。

 赤ちゃんの名入り絵本を突破口とする、私たちの営業活動の最大の難しさは、かかる国家安全の領域をどのように表現すべきかに尽きる。産婦人科の院長先生も個人的には異なる政治信条を持つ。赤ちゃんを迎えたご両親も同様で、国籍や宗教背景、政治意識もそれぞれに異なる。営業で接触する企業の皆さんや、行政関係、政治関係の皆さんも同様である。ある市の元市議会議長が、市長と市役所の担当部長に引き合わせてくれ、市議会の場でも私たちの名入り絵本について、質問形式で紹介してくれた。しかしその先生は、労働組合が支持母体であり、以前の民主党色の方だった。私の主張を聞いていただいたが、政治的な表現には難色を示されたのは記憶に新しい。

 人によっては、是非とも日本共産党、社民党、希望の党、立憲民主党などが連合して政権を奪取してほしいと考えている。別の人たちは、これらの政党は日本を敵視する外国政府と共謀する反日・売国政治家の集団だと忌避している。そのような環境下で、どのように国家の安全保障を基軸とするアカデミックな知識をレクチャーするべきか。また、現下の生々しい政局の動きや情報戦争を、その背景や史実とともにどのように伝えるべきか。自民党員でも共産党員でも、クリスチャンでも創価学会の会員でも、人間として有する共通の領域が必ず存在するというのが私の信念なので、今後も試行錯誤を厭わずに研究を続けていきたいと、思いを新たにしている。

 次の月越しまでにはまだ一ヶ月あるので、少しでも前進し、ネコの割には多弁、雄弁、能弁だなと言われるようになりたいものだ。


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# by hirune-neko | 2018-03-31 00:22 | インテリジェンス | Comments(0)

よりによって、こんな暑い日に肉体労働とは恐れ入る。


Stacey Kent - Close Your Eyes

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 ようやく自分の時間になったものの、この時間ではブログを書くのがせいぜいである。どうしてこんなに途切れなく、次々とすべきことが押し寄せてくるのだろうか。まるで嫌がらせのようだと思うことがある。

 今日は急激に暑くなった。製本屋さんから連絡があり、絵本用の表紙とカバーの在庫が少ないという。倉庫に行って合計500枚近くの表紙を車に積み込んだ。紙製品は重いので、かなり筋肉を使う羽目になった。汗だくだった。

 帰りがけに近所の洋菓子店により、スコーンを買った。店主の女性が、安倍総理と知り合いなのかと訊いてきた。はっ?と思わず声が出た。なんでもブログを読んだら、安倍総理から電話がかかってきたと書いてあったという。そういえば確かに、つい最近の記事で、そんなことを書いた。笑いながら、あれは私の妄想なんですよ。私にはプーチンさんもトランプさんも電話をかけてくるんですよ、と答えた。な〜んだ、と笑いながら呆れられてしまった。最近になって、私のブログを読み始めてくださった方なので、まだ私の妄想表現に馴れていない。混乱させてしまったようだ。

 私から妄想を取り除いたら、一体何が残るだろうかと思う。妄想とは、いくつかの断片をつなぎ合わせ、イメージを立体化するする作業だと思う。手にする断片が多ければ多いほど、そして過去の体験や疑似体験によって感性が深化していれば、自ずと洞察力が具わり、またどんな人間に対しても好意的な視線を向けられれば、そんなに酷い妄想はしないだろうと思う。

 明日は実質的な月末である。支払い予定表をとうとう作成しないまま、今日はこれで休もうと思う。でも、肉体を酷使したせいか(普通の人にとっては、どうということのない運動量だと思うが)、代謝が好転したような感じがする。おそらくバタンキューで、一気に眠りに落ちるのではなだろうか。

 収拾がつかない環境でも踏ん張り、処理能力を高められるよう、集中力や気力を増し加える訓練期間としたい。いつか振り返って、有益な鍛錬だったと思えるように。


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# by hirune-neko | 2018-03-30 00:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

なんと、連続して食器二つを壊してしまった


What are you doing the rest of your life..(Michel Legrand ) : Stacey Kent

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 仕事場の内情を暴露すると、IKEAで買った同じパソコンラックを二つ並べて使っている、両方ともパソコンの上部にはプリンターが置けて、左右には簡単な書棚と書類ボックスが並んでいる。枚数の多い印刷の時は左のパソコンとプリンタを使用しながら、右のパソコンで別の仕事をする。その仕事の最中に、メールや画像着信の処理を行い、問い合わせ電話の応対をする。毎日届く郵便物もそれなりの数があり、すぐに開封して対応ができないため、とりあえず空いているスペースに置く。作成中の書類も積み上がっている。それが毎日累積してしまうので、とうとうスペースがなくなってしまった。

 その書類の隙間にガラス製のコップを置き、ときどき水分を補給している。夕方、回転椅子に座ったま真横を向いたとき、バシャッという大きな音がした。足許を見ると、分厚いガラスのコップが、椅子の鉄製の脚を直撃し、まるで小さな爆発が起きたらのように、粉々に砕け散った。そのような壊れ方をするように作っているのだろう。下手に立ち上がるとガラスの破片を踏むかもしれないので、掃除機を持ってくるよう頼んだ。その瞬間、昼食を食べた食器を載せてあったトレイが傾き、ご飯茶碗とガラス製の容器が滑り落ち、茶碗が二つに割れてしまった。こんなに連続して食器を壊すなんて初めての出来事だった。

 締め切りが到来した案件をいくつか抱え、脇目も振らず対応した結果がとんだアクシデントだった。掃除機を持ってきてくれた次男に、脳内が飽和状態だと告げた。次男は次男で手一杯で作業をしているので、理解してくれたようだ。このままの生活が続くと神経がもたないという話題になり、次男がかねてから通っている二子玉川のシネコンプレックスの話になった。私もそろそろ観念し、会員登録をしようかなと言うと、それがいいと賛成してくれた。やはり、iMacでAmazonのprimeビデオを観るのと、劇場の大きなスクリーンと大音響で映画を観るのとでは、大きな違いがあると思う。私もたまには現実生活を離れて、神経を弛緩させ気分転換をした方がいいのではないかと思い始めている。

 夕方6時ともなると暗い。二子玉川のシネコンは多摩川を渡ったすぐの所だ。往復約6千歩の距離なので、インターネットから仮会員登録を済ませたことだし、本登録をしに歩いて行こうかと考えた。しかし、橋の上は自転車の往来が多いので、暗い時間帯は危険だと思い直し、駅前のマルイに行くことにした。結局は1階の和食器屋さんでご飯茶碗を買った。さらに、書類の山になっているデスク周りの環境を改善することを思い立ち、ノクティにある無印良品に行ってみた。

 底面にキャスタを取り付け、移動できるアクリル製に見える引き出しが目に入った。何段か重ねて使用できることが分かり、3つのボックスとキャスタを購入してきた。

 帰宅し、食後の時間にメールをチェックした。リアルインサイトから、期間限定割引動画の案内が来ていた。これまで、あまり視聴していなかった国際政治学者の藤井厳喜さんのレクチャーだった。1万円引きとはいえ、定価は3万円近い。試しにYouTubeで藤井厳喜さんを検索してみたら、かなり膨大な数の動画が見つかった。興味深い最近の国際情勢に言及されていたので、次々とダウンロードしたが、キリがなさそうなので23種類までで止めることにした。それでも、基本的にはmp4ファイルの動画なので、5ギガバイトをあっさりと超えてしまった。

 ダウンロードの連続作業だったので、とてもじっくり聴くことはできていない。しかし、断片的な言葉をつなぎ合わせると、現在国会で盛んに攻撃し、マスメディアも大々的に取り上げている森友問題の、目に見えない部分が透けて見えるような気がした。

 トランプ大統領は、民主党(アメリカの)色の濃かったFBIと国務省の人事刷新を断行し、その勢いで中国に対する貿易戦争を仕掛けている。トランプ大統領と安倍総理が二人三脚でこのまま突き進むと、南北朝鮮の問題以前に、中国自体が崩壊する懸念が高まってしまう。危機感を抱いた習近平主席は、なんとしてもまずは安倍政権を打倒する必要性を認識し、中国に籠絡されている野党やメディアに「厳命」して、安倍内閣の総辞職を画策している・・・あくまでも個人的な妄想だが、ざっとこんなシナリオなのではないだろうか。

 選挙権を持つ私たち国民は、視野狭窄にならず、印象操作や世論誘導などの情報戦争に巻き込まれず、冷静客観的に日本を取り巻く国際情勢を洞察する必要があると思う。日本はしたたかに冷徹に対応し、この情勢を、北朝鮮とは拉致被害者の無条件帰国、ロシアとは北方領土の返還、韓国とは従軍慰安婦、竹島、在日特権など諸問題の正常化、中国とは尖閣諸島の領土問題などを、それぞれ日本に有利に導く好機とすべきなのではないだろうか。そのように画策するのは、評論家やジャーナリストには荷が重すぎるのであって、その任を負うべきなのは、まさに実力ある政治家なのではないだろうか。

 視野狭窄に陥り、他国政府や情報機関に籠絡されて大局観を失っている政治家には、決して任せられない役割だと思う。国内外の難局状態を正しい方向に導く大役を担う実力のある人物が日本の首相として、国を正しく導いてほしいものだ。


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# by hirune-neko | 2018-03-29 01:04 | インテリジェンス | Comments(0)

おめでとうと言えない誕生シーンがある


Diana Krall - You Go To My Head

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 現在時刻は午後10時36分。この時間でも、インターネット経由で絵本の製作依頼がパラパラと入ってくる。印刷して日付印を押し、アルバム用の画像はdropboxに保存して、着信の報告メールを送信する。赤ちゃんの表情はそれぞれ異なるし、当然だがお父さんとお母さんも容貌が様々だ。どの両親にも共通なのは、新たな生命を引き受けた歓びの表情だ。どの赤ちゃんも、共通のスタートラインに立つ。

 しかしそうではないケースもある。

 つい先刻着信した製作依頼メールの内容を確認していたとき、「29週6日で出産 子宮内胎児死亡」という文字が目に飛び込んできた。滅多にあるケースではないが、やはり緊張が走る。わが子の誕生を心待ちにしていたご両親にとって、あまりにも過酷な状況であり、私自身も暗鬱な気持ちになってしまう。

 本文の種類は「誕生死された赤ちゃんとご両親」となる。何度か記したが、わが家の次男の誕生直前に、母親が水疱瘡に感染し、そのまま胎内感染してしまった。日本で初めてのケースだと言われ、学会で報告された。生まれたばかりのわが子が目の前で、呼吸が停止して全身が土色になる。あのときの情景、心理状態は言葉で表現することができないほど、強烈で過酷なものだった。

 あの経験がなければ、天使版の文章は書けなかっただろうと思う。そんなに多くの事例はないものの、亡くなったわが子の名前が入った絵本の文章を読み、心に平安を取り戻すことができた、そして立ち直ったという報告をいただくと、疑似体験をした私の文章が役に立ったと感じ、達成感を感じることができる。

 あの日の夜、私は病室で仮眠せず夜通し椅子に座って次男を見守っていた。仮眠していたら、蘇生させることもできず、夜明けには冷たくなったわが子を目にしただろう。それが不可避だったと、時間がかかっても納得しただろう。

 不思議なことに、それから数十年後に誕生した「大切なわが子へ」という絵本は、今現在、次男が100%の製作作業を行っている。私たちの仕事場は、工房といっていいぐらい、手作業である。最初の1冊目から数え、製作部数はそろそろ5万冊に到達すると思う。お父さん、お母さん、赤ちゃんの三人家族だとしても、約15万人の人たちの目に触れていることになる。

 事情があって、出産しても自分で育てられず、育ての親に託すケースもある。初めてのケースだったが、院長夫人の依頼で特別版の文章を試作した。残念ながら院長の確信を得られず、陽の目を見るに至っていない。

 自分で言うのはためらわれるが、私は平均値と比較すると、多感な感性を持って生まれたように思う。そして、これまでの長い人生で、二度と経験したくないシーン、思い出したくない情景を、何度も繰り返して味わった。しかし、そのことによって人間の弱さ、苦しみ、落胆や葛藤を身をもって体験し、人の心の状態をより深く理解できるようになったのではないかと思っている。

 つまり、人の心に伝わる文章、ストーリーを書くことが、最終的には自分の天職だと思っている。動かなくなったわが子を両手で抱える母親。表現する言葉を失ってしまい、どんな慰めの言葉も虚しく通り過ぎてしまう。大切なわが子と、言葉を交わすこともなく別れを告げる悲痛な心を和らげ、言葉にならない言葉が心に届いて平安を取り戻す。固く閉ざされた心を開く言葉は、考えて出てくるものではない。相手の心象を洞察・理解することで、あたかも神聖な啓示のように自然に湧き上がってくるものだと思う。そのためには、相手に対する純粋な思いやり、いたわりの気持ちが具わっていなければ、なかなか書けないものだと感じている。

 どんな著名な文学賞を与えられるより、なかなか立ち直れなかった母親が、立ち上がり、一歩を踏み出し、前方に希望を見出すようになった・・・そのような言葉をいただけたなら、その方がわたしにとっては遙かに大きな歓びであり、名誉でもある。


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# by hirune-neko | 2018-03-27 23:47 | 創作への道 | Comments(0)

音楽の曲想から浮かび上がってきた人生


Bill Evans - Young and Foolish

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 すぐ近くのコンビニに現金を下ろしに向かう途中、気が変わって駅近くのマルイまで行くことにした。せっかく外出したので、少しでも歩数を多く歩こうと思ったからだ。

 歩きながら何を聴こうかと少し迷ったが、Bill Evans Blue Notesというタイトルのアルバムを選んだ。最初に流れてきたのが、「Young and Foolish」だった。若く、分別も見境も無い、愚かだが情熱的だった日々の出来事。ある日突然、遠く忘れ去った過去が目の前に甦ってくる。そんな情景が目に浮かんだ。

     *     *     *

 ほぼ寝たきりの状態で、郊外の終末期ケア専門の病院で暮らしている。もう何年も前に80歳を超えているが、家族だけでなく、見舞いに来る知人や友人もなかった。窓から見える木立。ときどき鳥のさえずりが聞こえるだけの、閑静な空間だった。

 入所してまだ数ヶ月だが、さすがに人生の終着点を意識するようになっている。時々断片的に、苦い思い出の数々が脳裏に浮かぶが、気がついたらうとうととまどろんでしまっている。そんな静かな毎日だった。

 医師、看護師、ヘルパーの誰もが感じよく接してくれるのが心地よかった。最初の頃は、何人かの担当医が交替で診察してくれたが、今では一人の医師だけが診てくれている。

 振り返ってもやり直しのできない自分の人生を、それでも記憶の中で反芻することが増えてきた。何度もあった人生の分岐点。別の選択をすべきだったのかもしれないと、自分を責める気持ちになるシーンがいくつも甦る。仕事を優先し過ぎたかもしれない。それなりの業績を残したと思う一方で、妻や子どもたちに背を向けられるような、夫失格、父親失格の自分だったことが、ほろ苦く思える。

 もうそろそろ、担当医の診察の時間だ。親身に接してくれる、敬服すべき人物だ。担当医の彼は、いつも通りの手順で診察を終えた。血液検査のデータを見ると、内臓全体の機能が下降気味だという。ごく短い時間ではあるが、ときどき悔悟の気持ちから、身の上話を聞いてもらうようになっていた。いつも真剣に、そして親身に聞いてくれた。

 診察を終え、帰りかけた彼が戻ってきた。少しいいですか?と改まった口調で話すので、椅子を勧めた。少し躊躇した様子だったが、決心したように話し始めた。目に真剣な表情が湛えられていた。

 一体何を話すのかと怪訝な気持ちだったが、彼の話を聞きながら、目の前に遠く過ぎ去った情景や表情が鮮やかに甦ってきた。

 あれは私が大学一年の時だった。高校の同級生だった女性が女子大に進学し、大学の同級生だといって、小柄な女性を紹介された。その女性と二人で会うようになった。そんなある日彼女から妊娠したことを告げられた。あのとき私は、中絶費用を工面して彼女に渡した。その後、一度会ったきりでずっと疎遠になってしまった。

 彼の話を聞きながら、私は難解な高次方程式に対面したかのように、どう反応していいのか分からなくなってしまった。

 彼女は中絶せず、郷里の親元に戻って子どもを産んだ。そして、目の前の担当医がその子どもだという。母親からはずっと、私の名前を聞かされていたので、入院者のリストの中に私の名前を見つけたとき、最初は同姓同名の人物だろうと思ったそうだ。しかし、なんとなく気になり、興信所に依頼して私の経歴を調べ、本人だとの確信を持ったらしい。それ以来、同僚医師達に願い出て、彼は一人で私を担当するようになったという。

 彼女は私生児を産み、苦労しながら小さな子どもを育てる人生を送ることになった。なぜ私に連絡をしてこなかったのかと思ったが、私自身にそのような寛容さや優しさを感じなかったのだろう。改めて自己嫌悪の念を強く感じた。

 苦労の生活がたたり、彼女は比較的若くして他界したそうだ。彼女の両親が彼を引き取り、養育することになったという。そういえば、彼女の実家は病院を経営していると聞いた憶えがある。それで孫である彼を支援し、医学部を卒業させたのだろう。

 私は何か言おうとしたのだが、言葉にならなかった。無理に何も言わなくていいですよ、と言い残し、彼は去って行った。

 数日後、彼は私の部屋にやってきた。彼は自分の妻子に事情を話したそうだ。音信不通で完璧に疎遠だったものの、子どもたちにとっては血のつながったおじいちゃんだ、ということになり、週末の土曜日に家族揃ってお見舞いに来たいという申し出だった。何も言葉を発することのできない私の表情を暗黙の了解だと受け取り、じゃあ土曜日にまた、と言い残して部屋を出て行った。

     *     *     *

 やがて土曜日がやってきた。担当医が妻子を伴って、駐車場から病院のロビーに入って行った。エレベータで病室のある7階に上がると、病室に慌ただしく人が出入りするのが目に入った。急ぎ足で向かうと、彼の姿を認めた看護師が、急変ですと伝えた。そのとき、すでに心肺は停止していた。

     *     *     *

 遺品の整理をしていたら、担当医宛の封書が出てきた。手紙には、たった数行の文章が書かれていた。

 「ありがとう。
 人生の最後に、もっとも貴重で大切な贈り物をいただきました。
 不甲斐なく、父親の資格のない私に、親身に接してくれたことへの
 感謝の気持ちを、大切に心にしまっておきます。
 あなたの母親といつか霊界で会うことがあったら、
 心からのお詫びの気持ちを伝え、苦労をねぎらいます。」

 その日、鳥のさえずりはほとんど聞こえず、大地の沈黙を際立たせていた。老人の部屋は空き室になったままで、寡黙な時の流れを湛えていた。


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# by hirune-neko | 2018-03-27 02:05 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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