昼寝ネコの雑記帳

おお奇跡だ。否、早合点だ

深夜過ぎまで、シロがいないか家の周りを探しました。
みんなに迷惑をかけまいとして、静かに自分自身で自分の人生に幕を引いた潔いネコだったねと、しんみりと語り合いました。

朝、娘が叫ぶんです。
「お父さん、シロがいるよ」
帰ってきたんですよ。でも、ぐったりしていることに変わりがなかったので動物病院へ連れて行きました。検査の結果、片方の腎臓の数値がとても悪く、入院して点滴を受けることになりました。

このブログを読んで、涙を流してくださった方が数人いらっしゃいます。
まことに、徒労の涙で申し訳ありませんでした。
なんと言ってお詫びしていいやら。改めてお詫び申し上げます。
まだ診断がついていませんが、もう少し寿命がありそうですね。

やはり、ネコって何回も生きるのかもしれませんね。
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# by hirune-neko | 2007-05-18 22:06 | 心の中のできごと | Comments(2)

シロへのレクイエム

子どもの頃、野生の象は死期が近づくと人知れず、死に場所を探して行方をくらますという話しを聞いて、何か崇高で神聖な印象を受けた覚えがある。ネコも同様に、死期が近づくと己の醜態を晒すことに耐えられず、人知れず死に場所を探すと聞いたことがある。

今月の13日に、娘がある劇団を退団した。付属の学校を含めると8年間を過ごしての退団だ。2年ほど前に、同じく退団した同期生の家では、退団直前に飼いネコが死んだという。ここ数日、シロは急激に体調を崩し食欲が失せて衰弱した。昨日は水を飲むだけで、奮発して買ってきたネコ用ミルクや、ネコの離乳食には全く見向きもしなかった。目からはじわっと、透明の液が湧きだし赤くただれていた。こちらも具合を問いかけ、どさくさに紛れて子ども用の目薬を手早くさすものの、弱々しく拒絶するだけだった。

今日の午後、そのシロが消息を絶った。外出から戻ったら、家に帰っているのではないかと期待したが、戻っていない。もちろん、置き手紙もない。あるわけがない。家中探したがどこにもいない。
無断外泊をしたことは一度あった。学校帰りの子どもたちが連れ帰り、遠くで放置したらしく、相当やつれて帰って来た。だが、こんなに長時間外出したことはないので、明らかに異常事態だ。今日など、2階の暗い部屋に一人放置するのがかわいそうだったので、段ボール箱に衣類を敷き詰め、仕事場の足下に置いておいた。だから、いじけて家出したとは思えない。だとすると、死期を悟ってよろよろと死に場所を求めていったとしか考えられない。

何気なく、携帯電話に保存してある画像を開いてみた。10枚ほどの大部分がシロの画像だった。1枚は、無理矢理両腕を私の首に絡ませ、顔をくっつけているもので、明らかに迷惑そうに顔をそむけている。今にして思えば、人間の思いに気遣った利口なネコだったと思う。「昼寝ネコ」という名前も、あいつの昼寝姿から思いついたものだ。生後半年ぐらいの小さかったあいつを・・・多分迷いネコか捨てられたネコだったのだと思うが・・・拾ってきて同居し14年が経った。思えば家族同様の、そして人付き合いの悪い私の良き友人のような存在だった。フォーレのレクイエムが頭の中で流れている。リベラメ・ドミネ・・・

「をいをい、わたしを勝手に殺さないでくださいニャー」といって、押し入れの布団の中からひょっこり顔を出しそうな気もするが、あの衰弱ぶりだとまず無理だろう。

辞世の句を残したとすれば・・・メスネコだったので・・・
「ふん、人が具合悪くなったからといって、急に親切ぶらないでよ。ペット孝行、したいときにはペットなし、ってよく言われてたでしょうに。お先にこの世から失礼します。どうせ来世でまた会えるんだから、そん時はまたよろしくね。ニャーンちゃって。」
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# by hirune-neko | 2007-05-18 00:26 | 心の中のできごと | Comments(4)

オリジナリティ、個性、自己主張

女流作家を目指す知人が、デビュー作を出版した。「黒蝶」というタイトルで、青年実業家を虜にし翻弄する女性が、いつも黒い洋服を身につけていることから、その女性を象徴する言葉として「黒蝶」を選んだのだと思う。

たまたま、第1稿から読ませていただく機会があった。相当苦しんで人物を掘り下げ、らしい台詞を創作し、情景をビジュアルに表現することに成功していると思う。外見だけの「異性装」は氾濫しているが、内面にまで切り込み、過酷なストレスにさらされる現代人の、脆弱なジェンダーに迫った作風。そして、世俗性から超越した「愛に殉じる」純粋さが身体の底から湧き上がってくる、主人公の甘美な葛藤と苦悩。哲学的に窒息している人々の、行き場のない閉塞感を代弁した作品だとも思う。

彼女の名は「麻生圭」。作品は「黒蝶(こくちょう)」。クロスロードという零細な出版社から刊行された。習慣的に、丸善、紀伊国屋、セブン&アイ、amazon.comなど主要なブックサイトで検索してみたところ、ちょっとした戦慄が走った。

検索サイトで著名なgoogleもamazon.comも、アメリカ出身の企業であり、インターネット、コンピュータの技術を駆使して機能を高めている。その両者に共通しているのは、明確な事業コンセプトと遠大な構想(理想)なのではないだろうか。
ネット上の書店はいくつもあるが、amazon.comの機能を詳細に見てみると、「出版社からのコメント、内容紹介」、「著者からのコメント」、「本文や目次などの中味紹介」、常時在庫ありにするために出版社と提携する「e託販売」・・・etc。
他の追随を許さない、実に緻密かつ大胆なシステムになっている。10年ほど前のamazon.comは、アメリカでも新興勢力で業界人は揃って財務体質や商品調達能力などに批判的だった。日本の老舗書店である丸善や、巨大な売り場面積を持つ紀伊國屋書店。いずれも洋書部門では大学の市場を寡占状態にしているはずだ。広い売り場面積を持ち、洋書市場を寡占状態にしている巨大書店とすれば、手間暇と巨額なシステム構築費用のかかるネット書店など、もしかしたら最初のうちは疎んじていたかもしれない。しかし、売り場を持っていなかったamazon.comは、ネット上に全経営資源を投入した。何年かのうちに、読者の心をつかみ続け、国際的に拠点を増やしている。

日本には日本の良さがあり、アメリカにはアメリカの独自性がある。ゼロから、夢と理想を決して手放さず、ひたすら自分たちの構想を実現しようとしてきたパイオニアたちに、畏敬の念と尊敬・羨望の気持ちを持つようになった。国としての土壌を考えるとき、やはりアメリカならではの企業なのだと思う。

私・・・?私は、ときどき甘い誘惑に負けて、ついドーナツを食べてしまうが、だからといって高邁な理想や信念がないわけではない。ただ関心事が、どうしても心の中の目に見えない部分に向いてしまうので、それと、やはり疲労を軽減する昼寝をおろそかにすることができないので、まあなんというか、昼寝ネコ色の世界をじっくりと作っていこうぢゃないかと、そう思っている。

そんなわけで、知人の女流作家の後塵を拝しながら、マイペースで書き続けようと心を新たにしている。でも、頭を酷使していると、やはり「こしあんドーナツ」が恋しくなることも事実だ。ああ、なんという甘い誘惑だろうか。
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# by hirune-neko | 2007-05-10 03:03 | 創作への道 | Comments(7)

かくも長き不在・・・許されよ

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ひとつ学んだことがある。

日常生活で自分の心が、現実社会との接地面積をより広く保つほど、その人の価値観、あるいは価値基準が「現実そのもの」から大きく影響を受けるのだと認識した。

何かに追われ、何かに集中して人は生きている。時間や約束に追われ、自分や家族の健康状態、クライアントの動向に神経を集中する。かくして、自由な想像力や豊かな感性は徐々に湿度を失い、現実的な整合性に妥協して実社会に組み込まれてしまう。

魂の自由というのは、案外大切なものだと改めて思っている。生きるためには食べることが必要だが、生きることの意義をつきつめて考えてみて、そこにせいぜい一つか二つぐらいの「不滅の価値」を見いだせれば、そのための生存という意味での食事は、別に三つ星レストランのメニューである必要はなく、費用も労力も限られたものとなる。ましてや、身につけるもの、持ち歩くものなどに至っては、その機能を果たすものであれば、とりあえずは満足すべきなのではないだろうか。
たしかソロモンも、野に咲く一輪の花を例えにして、そんなことをいっていたように思う。

さて、小さなジョセフィーヌを護るようにかばっている昼寝ネコは・・・カトリ〜ヌ・笠井さんの画「何を見ているの?」のオリジナルシーンによれば・・・地上から少し離れた所で、人々の空しい争いを見ている。なぜ、あんな価値のないものに執着して争奪戦を繰り広げているのだろうか。
国境をはさんで向かい合う兵士たち。故郷で帰りを待ちわびる家族や友人を残し、はるか何万マイルも離れた安全なところから下される、統治者の命令により、家族と国のために命を捧げようとする若者たち。愛国というラッピング用紙に包装されて届けられるものの中には、利権や功名心、野心や尽きることのない欲望・・・。遠く離れて眺めてみれば、実に驚きだらけの人間の行動。

昼寝ネコとジョセフィーヌは、人間の欲望の渦に巻き込まれない平安な場所を求め、しばし彷徨っていたようだ。

魂が、地上の富や名声に対する執着を捨てない限り、そのあるがままの姿を見ることは、決してないだろう。

連休返上で仕事をしていると、かくもシニカルになるものなのだろうか。
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# by hirune-neko | 2007-05-05 13:42 | 創作への道 | Comments(6)

九段下から神保町あたり

最近、新たに神保町にあるデザイン事務所とお付き合いが始まった。昨夕、校正紙を持って車を走らせた。

川崎から246を走り、渋谷、表参道を抜けて、青山1丁目を左折。明治記念館の角を右折し、迎賓館を右に見て四谷駅の前を通過。内堀通りだったかを、市ヶ谷駅の所で右折して靖国通りに入る。するとほどなく靖国神社の鳥居の前を通り、専修大学前の交差点を右折した後、迂回して一方通行のさくら通りに入る。

ずいぶん前は、神保町に事務所があったので土地勘のある地域だ。川崎には疎開したようなもので、その期間が長くなっているが、仕事が一段落したら都内のどこに事務所を移そうかと考えている。ロケーションとして好きなのは、神宮前から青山1丁目付近なのだが、改めて実感したのは市ヶ谷から九段下、神保町にかけては、出版の匂いが漂う。すると昔のように血が騒ぐ。専門化した古書店も多いが、三省堂、書泉グランデ、書泉ブックマート、東京堂書店など、しっかりした書店が多く、なんとなく安心感を持つことができる。

どこでも好きなところに事務所を開いていいと言われたら、やはり靖国通り・神保町周辺を選ぶのではないだろうか。洒落た外観の建物は少なく、とても実用的なビルが多いが、出版関係の仕事はそれでいいのではないかと思っている。

かなり昔、サンフランシスコのクロニクルという新聞社の関連出版社へ何度か行ったことがある。入り口は狭く、年配のガードマンがしっかりチェックしているのが興味深かった。ユダヤ系のマスコミなので、絶えずテロの危険性を意識しているのだなと思った。

ネットの発達・普及で、新聞の販売部数が減少傾向らしい。本も売れないと聞く。百科事典や情報・データを扱う本は、インターネットにはかなわないのは理解できる。だが、人が愛着を持って大事にとっておきたくなる本は、生き残るのではないだろうか。で、どんな本が生き残るのか?ハハハ、それが分かれば苦労はしないだろう。編集者は日夜、あれこれ考えているし、国際的なブックフェアでは、売れそうな本をたくさんの関係者が探している。みんな必死なのは分かるが、売れる本を出版するという発想自体が、かなり息苦しさを感じさせる。ねじをきつく巻きすぎて、もはやまともな神経で仕事をできる環境が崩れているのではないだろうか。

みんな、ほっとしたいんだと思う。課題から離れて、少し深呼吸をし、いい空気を吸ったり遠い水平線を眺めたり。ゆっくりしたテンポの音楽を聴いたり、絵画や彫刻の前に立って時間を止める。株価や先物の価格変動に煩わされず、自分のコントロールできる範囲の仕事をしたい。みんなそう考えているのだと思う。

さあ、窓の外が明るくなる前に眠りにつこう。
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# by hirune-neko | 2007-04-03 02:35 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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