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昼寝ネコの雑記帳

厚生労働省からの、緊急要注意警報!

アフリカはケニヤに本店がある、ハンバーガー・ショップ、
その名も「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」。
日本国内の第1号店が、札幌の手稲区にオープンした。
国道5号線から手稲駅近くの、JRの跨線橋を越え、
石狩街道をしばらく走ると、左手にサイロが目印の
ソフトクリーム専門店があり、そこに隣接して
「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」が建てられた。
店舗の外観は、一瞥するとアフリカの原住民の
住まいのようなイメージであり、店内には、
シマウマや象の剥製らしきものや、木製の仮面、
アフリカ風オブジェが所狭しと飾られている。

ハンバーガー・ショップとはいっても、
マクドナルドやモスバーガーとは雰囲気が少し違い
店内に漂う匂いも、多分に野性的である。
ハンバーガーのサイズはS・M・Lの3種類だけだが
実は、肉の種類にこの店の特長がある。
「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」には
ビーフ、ポーク、チキンなどのメニューがない。
ざっと見ただけでも、ダチョウ、エレファント、スネーク、
ライオン、ピューマ、ハイエナ、ワニなどが選べる。
それと変わったところでは、パンダ、コアラ、ペンギン、
などもメニューに加わっている。

最初は物珍しさで食べにきた家族連れも、
スパイシーで豪快なボリュームの虜になり
やがて、取り憑かれたように足繁く通うようになるという。
だがそのうち、常連客に奇妙な症状が発生するようになった。
手稲区前田に済むTさん(84歳・女性)は、年齢のせいもあり
車椅子生活だったのだが、肉が柔らかいということで
「ダチョウ・バーガー」を好んで何度か食べたところ
徐々にしっかりと歩けるようになり、今では杖も手放して
ついには、今秋のシニア陸上の
短距離走に出場するほどまでの健脚になったという。
また、そのTさんの孫のFちゃん(5歳・男の子)は、
大のパンダ好きで、いつも「パンダ・バーガー」を食べるのだが
目の周りがうっすらと色づいてきたと思っていたら、
最近ではその輪が、黒々としてきたため、
顔がまるでパンダ同然になってしまったそうだ。

また、手稲区発寒在住でダイエット中の
Nさん(26歳・女性)は、ヒョウ肉のバーガーが
低カロリーだというので、1週間に何度も
「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」に通っていたのだが、
最近、風呂場で全身を見てびっくり。
全身にヒョウ柄の模様が浮かび上がっているという。

事態を重視した、札幌市衛生局と厚生労働省が
調査に乗り出しているが、今のところ、
「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」が提供する
肉の成分には特に問題が見つからず、原因が特定できていない。
ただ、あまりにも奇異な症状が多発しているため、
地元の保健所としては同ハンバーガー・ショップを
営業停止処分にしたい意向のようだ。
しかし在日ケニヤ大使館領事部が、
本国の輸出振興の目玉プロジェクトである
「野生動物肉の輸出」にブレーキがかかるため
外務省を通じて善処を要求している。

一方、ハンバーガー・ショップを世界展開している
マクドナルド・ハンバーガーのニューヨーク本部は
「ナイロビ・ヒポポ・バーガー」が獣肉バーガーを
国際展開することにより、風評被害的に自社の
売り上げに影響することを懸念し、このたび
ホワイトハウスに対応策を講じるよう働きかけをした模様。
仮に、マクドナルド・ハンバーガーに風評被害が出て
多数の店舗が閉鎖することになれば、世界的不況に直面し
雇用政策の強力な推進を前面に打ち出している
オバマ大統領も苦境に立たされることになるため、
クリントン国務長官に全権を委任し、
事態の改善を図ろうとしている。
しかし一方で、新たな問題が発生しつつある。
北朝鮮の金正日書記長、および中国の胡錦涛首相は
ともに古くからの「獣肉愛好者」として知られており、
米国が「獣肉」を異端視した国連決議などを提案することで
中国側の拒否権の発動や北朝鮮のミサイルによる
示威活動が活発化することが懸念されているようだ。

国内的には、民主党の小沢一郎代表が訪中の折、
連日の「珍獣」焼き肉パーティーの接待を受け 
「獣肉」の虜になってしまっており、
仮に次の衆議院選挙で民主党が政権を取るなら
中国側や北朝鮮からの圧力に屈する形で、
逆に日本国内での「獣肉自由化」、「獣肉差別罰則法案」などが
既成事実化されるとの懸念も指摘されている。
麻生太郎総理は、国際記者クラブでの定例会見で
ドイツのシュピーゲル紙の記者から、
一連の国際的な動きに関する確認を求められた際、
「あっそう」と述べ、あくまでも日本の国益を最重要視する
考えを示した。麻生総理としては、この際に
何かと疑惑を指摘され始め、劣勢に立たされている、
小沢民主党代表との違いを強調し、支持率を上げて衆院選に
有利な体勢で臨む考えをにじませた。

以上、昼寝ネコ村新聞社発、UP共同のニュース配信を終わる。
あっ、そうそう。このニュースは記者の個人的な都合により
購読有効期限を2009年4月1日の一日限りとさせていただきたい。
# by hirune-neko | 2009-03-31 16:25 | 現実的なお話し | Comments(10)

日常生活の障害事件簿

(その1)意識不明の母
母は過去に数度倒れ、意識不明になったことがある。
数時間で快復したから良かったものの、
心不全ということが判明するまではずっと
肺気腫だと自己判断しており、こちらもだまされていた。
結局ペースメーカーを埋める手術をしたので
症状は落ち着いたように思われた。

ほぼ毎日、様子が心配で電話するのだが
ある日、数時間にわたって話し中状態が続いた。
そんなに長時間、明らかに異常だ。
近所の方に電話して見に行ってもらったら、
なんのことはない。
電話の子機のスィッチがオンになったままで
話し中状態が続いていたことが分かった。
その後も何度かスィッチを切り忘れ
騒動になったことがある。
まあ、84歳だから、ややこしい操作は
覚えきれないのだろう。

(その2)体温の無い冷血の義母
数日前、背中の痛みとおなかの不快感が治まらず、
病院嫌いの義母が、病院に連れて行ってくれという。
86歳であり、ガリガリに痩せているので
下手をすると、腸に腫瘍が広がっているのでは、
と、いささか憂鬱な気分で病院に行った。
受付で看護婦さんから体温計を手渡される。
3度も計ったのに、数字が動かない。
本人に確認したら、
ちゃんと脇の下に挟んでいるという。
やむを得ず看護婦さんのところに行き
「あのう、済みません。どうも体温がないようなんです」
「この先っぽのところを脇に挟めば計れますよ」
そんなことは分かってますよ・・・
と義母のところに戻る。
ちゃんと脇に挟んでいることを再確認する。
「体温計のどの部分を挟んでるの?」
そんなこと、聞くまでもないか・・・
すると意外な返事が・・・。
「この数字が出るところだよ」
はっ!?
無論、今度はちゃんと数字が動いた。
やれやれだった。

(その3)混線気味の娘の思考回路
朝、出がけで忙しいときに、
家内が娘にコピーを依頼した。
床は様々なコードがこんがらがっている。
これだよね、といって娘がコンセントに差し込む。
電源が入らない。
何せ古いコピー機なので、接触が悪く
ときどき差し込み口をいじってやらないと
通電しないことがある。
一向に電源が入らない。
私だって時間が厳しい・・・でも仕方がない。
いつものように差し込み口をいじるが
やはり駄目だ。
念のために、コピー機のコードを辿ってみる。
えっ?コンセントにつながっていないよ。
なんだ、さっきのは掃除機のコードだったんだよ。
で、結局無事にコピー機は動いた。

これでも随分と気が長くなったものだ。
なかなか「切れない」人間になったもの。
でも、疲れは確実にたまっている。
そんなときは「昼寝ネコの隠れ家」という
最近立ち上げた自分のホームページに行く。
自分で書いた文章だが、自分で読んでも面白く、
ほっとしている・・・まったく、自作自演で
恥ずかしい次第だ。
# by hirune-neko | 2009-03-29 23:06 | Comments(0)

シジフォスの神話

最近の忙しさを振り返ったとき、
「シジフォスの神話」という言葉を思い出した。
おそらく、ギリシャ神話に起源があるのだと思うが、
アルベール・カミュの「シジフォスの神話」が
すぐに思い浮かんだ。以下に、ほんのさわりを紹介する。

「不条理と自殺」

 本当に重大な哲学の問題は一つしかない。それは自殺である。人生が生きるに値するか否かを判断すること、これこそ哲学の根本問題に答えることである。それ以外のこと、世界は三つの次元をもっているかどうか、精神は九つの範疇をもつのか十二の範疇をもつのか、などというのは、それから後の問題である。こういったことは遊びである。何よりさきに、先ず哲学の根本問題に答えなければならない。そしてもしも、ニーチェが望んでいるように、哲学者というものは身をもって教を説いてこそ哲学者たりうるということが真実であるとするならば、その時この答の重大さが納得できるのである。なぜならこの答は、次に決定的な行為を導きだすものだからである。これは心情にはじかに感じられる明白な事実だが、しかし更にこの事実を深くえぐって、精神に明らかにこれを把握させるようにしなければならない。

学生だった私には、カミュの「感性」の部分が新鮮に映り、
「理論」の部分は二の次だった。
とにかく、押し潰されそうな精神状態の時に
論理的に哲学的な思考などできるはずがない。
詳細は憶えていないが、拷問のひとつを紹介していた。
何日もかけて大きな穴を掘らせる・・・
掘り終わったら、その穴を埋め戻させる・・・
それを何度も繰り返してると、その人間は
発狂するか人格が破綻する、というのだ。
日本では、確か「賽の河原の石積み」というような
似たような話があるように記憶している。

20代からこれまで、一体どれだけの企画書を作っただろうか。
大半は、実行に移したものの
そのほとんどが思うように稼働しなかった。
落胆などしている暇はない。
すぐに次のことを考え、行動に移さなければならない。
大変な試行錯誤だったが、幸いに、ほとんどが
「出版業界」という範疇の中で展開した。
それも、国内の書籍・雑誌の分野に留まらず
英米・仏・独の洋書、海外雑誌、輸入楽譜までの
多岐にわたったのだから、今思えば
まったく無謀な発想で行動していたように思う。
方向感覚は具わったものの、体力と気力が落ちた。

永年ずっと、昼の働く姿は仮の姿で
独りになって何か考えるのが、本当の自分の時間、
という感覚が続いていたように思う。
しかし最近はそうでもなく、仕事で何か実現しようとしている
部分に、自分を投影できるようになってきたようだ。
自分よがりの観念、妄想、夢想が、もしかしたら
世の中で必要とする人が、少しはいるのではないか・・・
そう思えるようになってきた。
だから、仕事で夜なべすることも
拷問のようには思えなくて、達成感を伴うように
思えてきている。
自分では、大変な進歩だと思っている。
# by hirune-neko | 2009-03-24 02:32 | 心の中のできごと | Comments(4)

Happy birth-day to hirune-neko

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今日は一日中、私の誕生日だった・・・忘れていた。
世界中からお祝いのメッセージをいただいたので
ご紹介することにする。

まず、北海道・札幌在住のIさんは
本当は饅頭を送りたかったのだが、健康を考えて
たくわんにしたそうだ。有難うございます。

アメリカからは、オバマ大統領から祝電が届いた。
「ハッピー・バースデイ!
今度はいつ、アメリカに来ますか?
渡米の機会があったら、是非ホワイトハウスに
寄ってください。一緒に将棋をしましょう。」

同じく、ヒラリー・クリントン国務長官から・・・。
「昼寝ネコさん、お誕生日おめでとうございます。
私はもともと中国よりのスタンスで国際政治を見ていますが、
中国在住の昼寝ネコ一族の皆さんからも、意見を良く聞いて
米中関係を考えたいと思います。
夫のビルもよろしくと、言っています。」

ダライ・ラマ14世からのメッセージ。
「国際社会の平和実現のためには、
ドーナツやあんまん、大福など
精神を安定させる食べ物が不可欠です。
日頃から『スイーツ』を普及されている
昼寝ネコさんの勇姿は、まさに平和の使者です。
チベットにも、是非一度お越しください。
チベットネコもかわゆいですよ。」

とまあ、各国・各界の著名人から
多数の祝辞をいただいたが、
標題のバースデイカードは
カトリ〜ヌ・笠井さんから贈られた
オリジナル・ハンドメイドである。
「百万本のバラの花を
あなたにあなたにあなたにあげる・・・」
という歌を思い出すではないか。
このカードを描き上げるのに
一体、何時間かかったのだろうか?
有難く頂戴して、机上に飾っておくことにする。

で、私は58歳。
フランス語では確か、サンカントュイッタン・・・。
20代の頃から早死にの予感がしていたが、
とうとうあと2年で、60歳の大台だ。
依然として、長生きの予感は、絶望的にゼロである。
# by hirune-neko | 2009-03-18 22:07 | 創作への道 | Comments(6)

人生を振り返る

人は、どの時点で過ぎ去りし
自分の人生を振り返るのだろうか。
私の場合は、ほとんどない・・・今のところは、だが。

数年前からネット上に、ブログらしきものを開設し
少しずつ文章を書いてきた。
書き続けるうちに、内面からじわじわと
湧きだしてきたものがあるとすれば、
それは生来持っている「妄想力」から派生する
「創作意欲」だろうか、と思う。
妄想することの根底にあるエネルギーの源は、
「発散できない何か」が溜まっていること、
「現実社会に安息」を見出せないこと、
「容易に妥協」することができないこと・・・などなど
色々考えられる。

これまでの時間の流れが、ある環境を引き寄せた。
その結果、自身の「出版物」に関わる
いろいろな側面を一点に集中させた
ホームぺージを開設することにした。
非商業的なホームページなので
100%無添加の昼寝ネコを再現できたように思う。

昼寝ネコの隠れ家誕生
http://www.hirune-neko.nyanta.jp
(昼寝ネコのニャン太・・・である)
# by hirune-neko | 2009-03-14 17:17 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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