昼寝ネコの雑記帳

長き不在から戻りました

お帰りなさい・・・ただいま帰りました。
営業の旅行でしたが、その成果はまずまずで
いずれにしても即日即決ということのあり得ない
今後のフォローが必要な状況です。

今回は函館が長く、最初は
カーナビを離せずにいましたが
徐々に土地勘が育ちました。
函館の印象を一言でいうと・・・原色の無い街。
それと歴史を感じさせる街でもあります。
仕事の合間に、市内の主立った場所を巡り歩き、
大沼とトラピスト修道院にも行きました。
トラピストにはある種の畏敬の念を感じました。
長い並木道を通り抜け、車を降りると
その先は雪に埋もれて長く続く上り坂。
途中で息を整えてまた上り始め、
上り切った正門の前で振り向くと、
並木道のはるか向こうには
津軽海峡の水平線が見え、
修道院の敷地一帯の景観は、まるで異国の地でした。
100年以上前にフランスから渡来して
開墾した苦労を思い、ふと、かつて観た
「薔薇の名前」という映画を思い起こしました。

路面電車のある街、函館。
人生の終わりを見つめて生きる女の住む街、
大沼のクロフォード・インや元町の洋館・・・
小樽や室蘭、横浜・神戸とは
また違った景観の港町でした。

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# by hirune-neko | 2008-02-21 21:53 | Comments(8)

札幌から函館、青森へ

昨日は国道5号線を走り、小樽、余市、ニセコを
経由して函館に着きました。途中2回の
コンビニタイムを入れても5時間ちょっとの
所要時間でしたから、まずまずでした。
香雪園、湯の川温泉にほど近い
親戚宅に泊まらせてもらい、
今日は、お昼近くの特急列車に乗り、
青森駅に着きました。昔の面影を残す
プラットフォームと連絡通路が残っています。
ああ、むこうの端から青函連絡船に乗ったなと、
記憶を辿ることもできました。

レンタカーを借りて、目指す産婦人科の住所を
入力・・・したはずなのに、1行間違えてしまい
別の病院に行ってしまいました。
なんとか数分遅れで到着し、やれやれ。
院長夫人がお話しを聴いてくれて
反応はまずまず。まあ7割程度の可能性でしょうか。

青森駅の近くにチェックイン。
母が昔・・・といっても何十年前のことやら・・・
青森駅の近くの市場で買った「乾し餅」が食べたい。
そういわれていましたので、フロントに尋ねました。
たまたまとなりの商業ビルの地下に市場があり
そこの乾物屋さんで売っているとのこと。
外見は普通のファッションビルなのですが
エレベーターで地下に下りて驚きました。
文字通り、市場が再現されているのです。
まるで映画のセットのように、昔ながらの
アメ横風の店がずらりと・・・。
いやあ、壮観でした。懐かしくもありました。
目指す乾し餅もちゃんと昔のブランドのままだそうです。
で、駄菓子屋さんを覗いたら、あんドーナツがあるんです。
あのう、こしあん・つぶあんどっちですか?
ぎゃっ、こしあんだ・・・私の決意はあっけなく崩れ、
丸ドーナツ8個入りを買ってしまいました。
でも、全部は食べていません。申し訳程度に
1個は残しました。それ以外に、郷土銘菓というか
昔からの作りの珍しい和菓子もありました。
ひらもちという、すあま風のもの。
餅米から作ったという雲山だったか・・・ぐぐぐ
さっきまで覚えていたのですが忘れました。
それと江戸時代から伝わっている
「こぎんざし」とかいう伝統刺繍の素朴なのも見つけました。

日本はかなり高度に中央集権が進んでおり
文化も東京に一極集中しています。
でも、フランスのように・・・この辺りは
romarinさんにフォローしていただければ
助かるのですが・・・
パリだけに全てが集中しているのではなく、
地方都市それぞれに、独自の文化圏が発達しているそうです。

気候・風土、言語・習慣の異なる
その地方独自の文化が大事にされて
育っていくといいなと、食べ物だけでなく、たまには
文化的なことも考えてみました。
今日はたまたまインターネット環境がありますが
明日はまた、オフライン状態です。

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# by hirune-neko | 2008-02-12 22:24 | Comments(10)

昼寝ネコの特殊能力、七不思議のひとつ

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 (カトリ〜ヌ・笠井さんの最新作です。ファイル名は「見返り美人ネコ」です。誰にでもふと懐かしく思い出す女性または男性が、思い出の中にあるものです。本当はそんなイメージの、ロマチックなストーリーを書こうと思っていたのですが、どういうわけか全然あらぬ方向にいってしまいました。)


不思議なことがあるもので、これは実話です。

そうしょっちゅうではないのですが、
相手の背景が見えることがあるんです。
たとえば出身校や親の職業などが、
はっきりした印象を伴って、
感じとれるることがあるのです。
だからといって、美輪明宏さんから
あなた、「オーラの泉」に出てちょうだいな
なんていわれているわけではないですよ。
そうしょっちゅう相手の背景を読んだり
前世が中世の貴族だ、なんてやってると、
疲れてしまいますものね。

昨年の11月に、札幌市内の
ある大きな病院に営業に行きました。
応対してくれたのは、男性で事務長さん。
お話しをするうちに、ああこの方は
かつてバスケットボールをしていた方だ、
という印象を強く受けたんです。
で、昨日また会いに行ったんですが、
こう尋ねてみました。
「学生の頃、バスケットをされてませんでしたか?」
「ええ、してましたよ」
「いやあ、そういう印象を受けたんですよ。
私は中・高とやってましたが、
市内では万年二番でした」
「当てずっぽうでおっしゃったんでしょう?」
「いえいえ、やはりバスケ、バレー、卓球
それぞれ雰囲気が違うものですよ」
とまあ、ずばりでした。
で、偶然にもその方の出身校も同じ室蘭で
いやあ、奇遇ですね、ということになりました。
つい何年か前まで、公認審判の見習いで
高体連の公式試合の笛を吹いてましてね・・・
相手の方も身を乗り出して、
ルールが変わったみたいですね。
今はハーフではなく、クォーターなんでしょ?
と、いつの間にか話題はバスケの方に。
口数の少ない方ですが、採用に必要な
手順やら方法について言及してくれましたので
どうやら、かなり好感度をもって
わが社の商品を評価してくれているようでした。

営業が大の苦手の私ですが最近は、かなり
図々しくなってきているようなんです。
数日前、ある病院に電話しました。
院長先生をお願いしますといったら、
どういうご用件でしょうか、ときたもんです。
で、こういう用件ですといいましたら
それでは事務長に代わります、といわれ、
その事務長さんに説明しました。
「ああ、当院ではそういうことはしていませんので
結構です」・・・さあ、この結構ですというのが
外国人にはわかりにくいようなんですね。
「結構です」・・・辞書を引くと、
なかなかいいですなあ、こりゃいいや、
そういう風に書いてあるわけなんですね。
でも、私は日本人ですから
「結構です」といわれりゃあ、断り文句だと
すぐにわかりますよ。でも、最近は
簡単に引き下がらないんですね。
見るだけでも見ていただけませんか?
見るだけでしたらいいですよ・・・とまあ
こういうやりとりをしたわけです。
「あのう、事務長さんお名前はなんと?」
「事務長だけで結構です」
おや、なんでも結構の方なんですなあ・・・
で、郵送なんてしません。
ちゃんと手紙を書き、見本や資料を封筒に入れて
今日、病院に押しかけました。
受付に事情を説明して渡そうとすると
お待ちくださいといい、いずこかへ。
戻りますと、事務長が参りますとおっしゃる。
で、事務長さんが出ていらっしゃいました。
まあねえ、これぐらいしつこく、図々しく
やらないと、営業成績が上がらないんですよね。
手紙にはちゃんと「院長先生にも概要を伝えてくれ」
と書いてありますから、院長先生にも伝わるでしょう。
あとは感性と経営判断の問題になってきますが、
第一歩としてはここまでなんでしょうね。
進展があったらまたレポートしますね。

P.S. ああそうそう、来週開けから約10日間、地方巡業の営業にでかけますので、不在になります。インターネット環境を確保できたらアップしますが、そうでなければしばらく休筆となりますのでご容赦ください。ニュースには注意していただき、函館から青森にかけて、雪道をあんドーナツを食べながら運転していた男性が、食べるのに夢中で衝突事故、なんていう報道があったら、それは私です・・・はい、間違いなく。でもね、最近はクリームドーナツに凝っているんですよ。morimotoという洋菓子屋さんのがリピートなんですね。忘れられなくて困っています。この見返り美人ネコのように、ときどき脳内で「私を召し上がりにいらっしゃい」と、品よく囁かれるんです。もうメロメロなんです。

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# by hirune-neko | 2008-02-09 20:12 | Comments(10)

昼寝ネコ、奥の細道を行く

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(このネコもカトリ〜ヌ・笠井さんの最新作です。左の小さいのは、ハッピーカムカムという名前の、新種の招きネコです。これを見ただけで幸せがやってくるという、縁起のいいネコなんですよ)

週明けから、青森と函館に行ってきます。
函館には生涯で二度しか行っていませんので
今回は少しゆっくりと街の中を見物したいと思います。
駅の近くには朝市があり、場内に海鮮定食が食べられる
食堂がいくつもあるらしいんです。
数ヶ月前に、小樽に行きましたが、やはり
駅のすぐそばに市場があり、小さな食堂がありました。
素材は市場の中ですから、新鮮なものを
すぐに仕入れることができます。
なんでも、函館は水揚げしてすぐのイカが名物だそうで、
従姉妹は(何度もいいますが父の従姉妹です)
イカ刺しがあれば何も要らないそうです。
彼女は私とひとつ違いなんですが、
沢庵とお茶があれば、それが一番だとのことで、
本当に嗜好がちょっと年寄りじみているんですね。
以前から、新鮮な魚貝の天丼を食べたいと
いつもヨダレを流しているのですが、
どうやら市場ではなく、町中に行かないと
無理だという話しです・・・いやあ、
やはりいつの間にか話題が食べ物になってしまいますね。

青森は、母方の祖父の出身地です。
金木という、太宰治の生地で斜陽館には
一度だけ行ったことがあります。
父方の先祖の土地である秋田へ行き、
その帰りに五能線に乗って五所川原から
津軽鉄道に乗り換えたような記憶があります。
いずれにしても、もう三十数年前のことですから
あやふやな印象です。
でも、五所川原から二両編成(これも記憶が不確か)の
ジーゼル電車で、黄ばんで遠くまで拡がる
田んぼの中をゆっくりと走るというのは
ちょっと現実感の乏しい、不思議な体験でした。
青森は仕事で訪れる機会が比較的多く、
主に弘前に滞在しました。
そういえば、弘前にシャンソニエがあったんですよ。
「漣」と書いて、「れん」と読ませます。
「さざなみ」が訓読みです。
学生の頃、上野発の満員の夜行列車・・・急行です・・・
に乗って、青森を目指しました。
貧乏学生には指定席などもってのほかで、
立ったまま、確か早朝に青森駅に着きました。
当時はまだ青函連絡船があり、誰もが
疲れ切った表情で桟橋に向かいます。
とくに冬場の乗り換えは、青森駅の
暗い通路を、寒さに震えながら
今度は船で北海道・函館に向かうわけです。
ですから、演歌の「津軽海峡冬景色」・・・
あれは都はるみさんが歌ったんでしたっけ?
石川さゆりさん?ハハハ、無知さをさらけ出しましたが
おそらく、北海道出身で五十歳以上の人たちはみな、
あの歌を聞くと、なんともいえない懐かしさが
こみあげるのではないでしょうか。
そうなんですよ。新規営業で7カ所の病院に行くんですが
やはり、ぐーたらな私は、仕事よりも
食べ物や感傷的なことの方に比重が移ってしまうんですね。
北海道から東北にかけてのメンタリティというのには
やはり自然にしっくりするものがあります。
青森で、招きネコが呼んでいるんでしょうね。
できれば契約が最低ひとつはとれるよう、
心から願って行ってきます。
青森、函館でインターネット環境を
確保できるかどうか、まだわかりません。
とくに、函館は従姉妹の姉と妹・・・みんな看護師なんですが
そこに泊めてもらう予定です。
呼び鈴を押して「今晩は、テレビ番組の企画なんですが
今晩泊めてもらえませんか?」
っていってみようかと思っています。
なにせ、もうかれこれ五十年以上会っていないんですよ。
お互いに街ですれ違っても、絶対に認識できないでしょうね。
出張先からも、ブログをアップできることを願っています。

P.S. 全行程の雪道を、車で走破する予定です。札幌〜小樽〜余市〜函館〜フェリーで青森〜弘前・・・ですから、道中の無事をどうぞ念じていてください。中年無謀ドライバーなんですよ。あっ、もうすでに中年ではなく、老年でした。失礼しました。

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昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました。
# by hirune-neko | 2008-02-07 23:20 | Comments(20)

拝啓、カトリ〜ヌ・笠井さま、鈴木れい子さま

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最初はmixiからスタートしたわたしの雑文が、
出版社から本として発刊されるきっかけになったのは、
もともとmixiに招待してくれた鈴木れい子さんが
是非出版しなさいと励ましてくれた・・・
というか恫喝してくれたからなんです。
さらに、お知り合いのカトリ〜ヌ・笠井さんに
協力を要請して・・・というか恫喝して
画を描かせたことが決定的になり、
ついに将来の文豪「昼寝ネコ」が誕生しました。
今日は特別に、そんなお二人に感謝をこめて
お礼のメッセージをお送りしたいと思います。
恫喝されるというのは恐ろしいものですが、
慣れてくると、段々心地よくなりクセになる
・・・ねっ、カトリ〜ヌさん、そう思いませんか?


カトリ〜ヌ・笠井さま 鈴木れい子さま

 いつも、これまでも、これからも、いつまでも、労作の画を送ってくださり、有難うございます。鈴木れい子さんが恫喝して描かせている、カトリ〜ヌ・笠井さんの画のおかげで、わたしは厳しい現実の世界を避け、脳内の別世界に逃れることができています。それなくしては、わたしの人生は終焉を迎え、果てしなく続く、暗く冷たい坑道をいつまでも歩き続けていたことでしょう。
 人間は時として、虚勢を張らず無理をせず、何かに逃げ込むことも必要だと教えてくれたのは、昼寝ネコの先祖の血なのです。つまり、人生というものは生きる値があるけれども、同時に虚しいものでもあり、自分を生かそうと思えば命を失う、そういう難解なものであると同時に単純でもある・・・とまあ、捉えどころのない生き物みたいなものなんです。そんなわたしが、人間の格好をして生き続けるのには相当の無理がありますので、ときどきブログで心情を吐露することでなんとか持ちこたえているのが実情なのです。
 そんなわたしに命の源を与えてくれているのが、カトリ〜ヌ・笠井さんの画なんですよ。有難うございます。

 そこで、お二人にお礼を差し上げようと考えました。何がいいだろうか・・・と思い悩みました。ポーランドの昼寝ネコ一族が、十世紀以上の長き伝統で密かに作り続けている「魔法の色鉛筆」がいいかな?それともロシアの昼寝ネコ一族が大切に受け継いでいる「エカテリーナの黄金のイーゼル」?あるいはフランス・ブルターニュの昼寝ネコ一族の家宝である「虹から作ったクレヨン」がいいだろうか。それともどらエモンから「どこでもスケッチブック」を譲ってもらおうか?
 そうはいっても、どれもなかなか簡単に入手できるものではありません。でも、よくよく考えてみたら、わたしはわたしらしく「形のあるもの」ではなく、「目に見えないけれど、心に残る価値の高いもの」でお礼をすべきだという結論に達したのです。

 さて、実は「目に見えないけれど、心に残る価値の高いもの」なんて簡単にいいますが、実はそちらの方がもっともっと難しいことなのです。そこで、世界中の昼寝ネコの親戚たちに知恵を借りることにしました。
 彼らが一致して出した結論は、パリ郊外のブローニュの森にある秘密の隠れ家で、ひっそりと営まれている「ショコラ・デュ・シャ (chocolat du chat)」というチョコレート工房のオーナー・パティシエである、マダム・ショコラに相談することでした。
 実際にそうしたのですが、マダムいわく、「心に感動と癒しを与えるノワール、感性を高めるブラン。つまり秘伝の黒と白のチョコレート」のレシピを考えるのに七週間、世界中から素材を集めるのにも七週間、純良なチョコレートを素材と一緒に不眠不休で煮詰めるのに、さらに七週間。そして、できあがった生のチョコレートは、北極と南極の氷を七対三の割合で敷き詰めた特別なトレイの中で、七週間熟成させなければいけない。配達するのは、寒い二月中に限り、シベリア経由でノルウェイの野生のトナカイに運ばせないと・・・とまあ、なんとも気の遠くなるお話しでした。
 もうひとつの難題がありました。「昼寝ネコのムッシューがそんなにお世話になっている女性たちへのお礼ならば、なんとか作ってあげよう。でもこれは値段をつけられないほど価値の高いチョコレートなのだから、どうせお前には払えないだろう。そこで提案なのだが、どんな人間が読んでも感動して涙する物語を一話作っておくれ。無理して二人分のチョコレートを作るのだからもうひとつ。どんな人間が読んでも笑い転げる物語を一話作っておくれ。その条件で良ければ、なんとか手に入るようにしてあげるけど、どうかね?」
 どうかねっていわれても、ここで引き下がるわけにもいかず、「ダ・コール」と承諾した訳なんです。もし、ちゃんとした物語ができなければ、一生涯マダムのチョコレート工場で「チョコ練り師」として働くという条件もついています。そこまでしてチョコレートを依頼した昼寝ネコのなんと律儀なことでしょう。

 さて、それよりも、果たしてそんな不思議なチョコレートが本当に届くんでしょうか。もしわたしを見かけなくなったら、ブローニュの森に探しに来てください。こしあんドーナツを手に持って探した方が効果的かもしれません。チョコレートだらけの手のわたしを見つけることができるかもしれないですよ。

心からの感謝をこめて 
昼寝ネコ


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昼寝ネコの文章がグリーティング絵本になりました。
# by hirune-neko | 2008-02-05 22:19 | 心の中のできごと | Comments(12)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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