昼寝ネコの雑記帳

難産だった作品の処女出版に期待

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創作活動を志す人の内面について考えてみたことがある。つい今しがたなのだが。

作家として表現活動をライフワークにしようとしている若い女性がいる。麻生圭さんといい、外資系ファンド会社の第一線でストレスと闘いながら、作家を目指してきた。大変な難産の末、もうじき作品が生まれようとしている。 いよいよ文壇に、処女作を引っさげてのデビューだ。

やや1年前から本格的に本書の創作活動に入ったが、発刊予定の少し前から体調を崩し、心配していた。でも、元気に復帰してもうじき校了だ。 長い道程だったと思うが激務の中、ストレスと闘って、よくも最後まで仕上げることができたものだと感心している。

麻生圭さんの編集担当者(中年男性)は、 彼女にとって最初の作品だというのに、情け容赦なく赤字チェックを入れ 、態度は穏やかなものの、辛辣に酷評したそうだ。恐らく、麻生さんは編集者に似たワラ人形を作って柱に打ち付けながら 、この作品を書き続けたに違いない。アイツめ〜、コンコチクショ〜と叫びながら、五寸釘に怨念を込めたと想像している。

原稿を読む機会があったが、主要な登場人物は三人。ミステリアスな魅力をもつ女性に、これまたミステリアスな雰囲気の画廊経営者。そして主人公は 若手の宝飾実業家だが、婚約者がいるにもかかわらず、そのミステリアスな女性の深い魅力に翻弄されて、不思議な体験を重ね、自分の内面に独自の女性理想像を 、特殊な方法で形成していく・・・という、非常に現代的なテーマだ。セクシャリティのメンタルなや側面、ビジネスの第一線で激務とストレスにさらされる人間のジェンダーの脆弱さを、ビジュアルに文章化した作品となっている。結末は、フランス流で、後味はフランソワ・トリュフォー監督の映画、といってもいいかもしれない。作品としては完結したが、三人の登場人物は、生き方として葛藤を引きずっており、完結していない。そんな余韻がエピローグとなっている。その余韻が、次なる作品の前奏曲となることを期待している。その意味で、非常に文学的な側面を持っている作品だと評価したい。

第1稿から読ませていただいたが、とても学習能力がある方で 、よくこの水準まで仕上げたなと、感服した。 非常に現代的なテーマなので、マスコミも話題にし、彼女の作家人生がよきスタートを切れるといいなと、心から願っている。

タイトルは「黒蝶」で、登場人物である ミステリアスな女性を象徴しているようだ。
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# by hirune-neko | 2007-02-14 02:58 | 創作への道 | Comments(2)

う〜ん、なかなかシックだな

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ブログのデザインや色調を、昼寝ネコ好みのシックなものにしてみました。なかなか居心地がいいものです。パリジェンヌは、黒やシックな色調を好むと聞いたことがありますが、別に高級品ではなくても、黒やダークグレーを着こなせる女性は素敵だと思います。・・・私の女性の好みなどどうでもいいですよね。失礼しました。

昨晩、近日刊行予定の「昼寝ネコの雑記帳」第15稿を出力してみました。いろいろ考えた末、1年間書きなぐった日記を、読んでいただきやすいようにカテゴリー別に並べ替え、日付を削除しました。見出しにも、カテゴリー・タイトルをつけて、ひと目でどんな内容か見渡せるようにしました。カテゴリーは、以下のとおりです。
  ・短編小説・創作落語
  ・映画、好きなんです
  ・音楽はマイフレンド
  ・本の世界
  ・世の中っていろいろだ
  ・生きるために仕事してます
  ・食べ物、とくに甘いもの
  ・日常生活、家族
  ・心の中のできごと
  ・おいら、昼寝ネコだぞい

お読みくださった方が、少しでも心の中で共鳴を感じてくださったら嬉しく思います。心は目に見えませんので、せめて心の存在を実感していただきたいのです。
共鳴や感動、感激、感謝が、心に影響を与えると思うのです。
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# by hirune-neko | 2007-02-13 00:25 | 創作への道 | Comments(2)

読み方によってニュアンスが違うのでは?

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「罪人」をどう読むだろうか。「ざいにん」か?それとも「つみびと」か?

「ざいにん」は、刑事事件を犯した人間で、「つみびと」は宗教的規律に反した人間ではないかと思う。別に辞書にそう書いてあるわけではない。ずっと昔は、罪を犯した人を責める群衆に向かって、「あなた方の内で、罪を犯したことのないものが石で打つがよい」という人がいた。

現代社会では、テレビレポーターが押しかけ、新聞や週刊誌が記事で煽る。大変な時代になったものだ。「自分に相手を責める資格があるだろうか」などど考えている暇がないのだと思う。視聴率を上げなくてはいけないし、販売部数を伸ばさなくてはいけない。相手の支持率にダメージを与え、政権交代の可能性を高めなくてはいけない・・・それぞれに事情がある。そしてその事情とやらは、結局なんらかの利害が根底にある。

弁解するのではないが、私は生身の弱い人間であり、思いにも行いにも不完全さがつきまとう。どれだけの数、反省してはまた同じことを繰り返しただろうか。でも、自分を再起不能なだめな人間だとは思わないようにしている。やりなおせるという可能性を信じて、実際に何度もチャレンジしている。
心ない人からの非難や叱責も甘受し、なるべく後退しないように・・・といえば聞こえはいいが、要するに居直っているだけなのかもしれない。居直って時間をかせぎ、じっとしているだけでも事態は好転するかもしれないのだから。諦めて放り投げることだけは、決してしないのが基本ポリシーだ。
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# by hirune-neko | 2007-02-12 03:39 | 心の中のできごと | Comments(4)

慌ただしい1月が終わりました

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1月が終わってしまいました。ほとんど仕事一色に塗りつぶされた一ヶ月だったように思います。「昼寝ネコの雑記帳」の編集作業は、のんびりと進めています。停滞はしていません。ただ、あれこれと展開を考え、さまざまな構想が頭を駆けめぐるものですから、見た目には停滞しているように見えるかもしれませんね。

不思議なことに、私の内部で「昼寝ネコ」が人格を持って実在するようになりつつあります。つまり、良き理解者としてお互いに意思を疎通させ、同じ思いや感情を共有できるようになってきたのです。私はいつもここにいますが、「昼寝ネコ」は、時間や空間を超越して移動し、自由な視点を持つことができます。

手許に3枚のCDがあります。約50人の小さな子どもたちの演奏を集めた「Music Message Gillock 1」と「Music Message Gillock 2」。知人からいただいたものです。そしてamazon.comに注文したBill Evansの「New Conversations」。カテゴリー的にはかけ離れているのですが、どちらも心地よく聴くことができます。久しぶりに、生活の中に音楽が戻ってきました。

私の中では、「昼寝ネコ」が好奇の視線で周囲を見回しています。友人たちの力を借りて、「昼寝ネコ」に命を吹き込むのは、もうじきです。
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# by hirune-neko | 2007-02-09 00:22 | 創作への道 | Comments(0)

I will say goodbye

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ビル・エバンスらしくない、スローテンポの曲を思い出しました。「I will say goodbye」といい、アルバムのタイトルにもなっています。心の奥底からの悲しさを湛えた曲想です。
 リュッケルトの詩に寄せて、マーラーが作曲した歌曲「私はこの世に忘れ去られて」は、映画「音楽教師」のラストで、水葬のシーンに使われました。「心がこの世から離れていく」ときの、荘厳で神聖な悲しみというのは、その人が心に封印をするのに等しく、ある種の悲壮な決意を感じます。

この画は、同じくカトリ〜ヌ・笠井さんが、裏表紙用に描いてくれました。昼寝ネコが「世俗社会と決別」したときに、一度だけ振り返って、最後の別れを確認している姿なのです。本当に「ネコらしく生きよう」という決意が、悲しみも湛えて伝わってくるではありませんか。

そもそも、なぜ昼寝ネコは世俗ネコ社会に決別したのか・・・それは、ネコのくせにネズミに友だちが多く、ついには可愛いネズミに恋をしてしまったからなんです。

ファミレスの残飯処理場を縄張りに持つネコの「寅吉(トラキチ)」の長女と婚約中で、そのままいけば、昼寝ネコの一族や遠い親戚までもが、一生・・・ファミレスが存続する限りは・・・食べるに困らないことになったのに。それでも、昼寝ネコは「純粋な愛」を選択したのです。愛に殉じたのです・・・人間社会では、小説の世界でしか見ることのできない純愛なのです・・・実は、袋から顔を出しているネズミの「ジョセフィーヌ」は、ネズミ社会で不幸な生い立ちを生き、重い葛藤を背負っていました。どうしても、ネズミ社会に順応できなかったんです。

二人の間に・・・いや、二匹の間に何があったのかは、私にも打ち明けてくれませんでした。そして、どこに行くのかも教えないまま、二匹は旅立っていきました。寂しく、悲しい別れでした。

あっ、いやいや、そうではありませんでした。この日の夕方に二匹は戻ってきたのです。事情を尋ねてみました。なかなか打ち明けてはくれなかったんですが、とうとう全容を聞くことができました。

実は、この日は中野島のオクダ・ベーカリーの、あんドーナツの特売日だったそうです。で、ジョセフィーヌが一度でいいから食べてみたいとせがむので、一緒に行ったそうなんです。本当にそれだけのことなんだそうです。私なりに、美しいラブストーリーを思い描いていたのですが、まったく美しい誤解でした。本当にそれだけのことなんでしょうか・・・今でも気にかかっているのです。
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# by hirune-neko | 2007-02-09 00:20 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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