昼寝ネコの雑記帳

時間が逆流する街・・・小樽の三角市場

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小樽駅自体が、旧い歴史を感じさせる雰囲気を保っています。
改築したのかどうかまでは分かりませんが、
駅舎と対面したときに、独特の雰囲気を感じさせます。
小樽はかつて、漁師町として栄えたそうで、
船で大量の魚介類を本州まで運んだらしいです。
小樽と新潟の直江津の間に、フェリーが運航されているのは
その名残なのでしょうか。

私が中学・高校生時代を過ごした室蘭は、
鉄の街として栄え、新日鐵や日本製鋼所を中心に
相当数の社員が働いていました。
私の父も、何人かの叔父たちも働いていました。
室蘭の昔の駅舎は、移築されているように記憶しています。

小樽駅を出てすぐ左の階段を上ると、
三角市場という名の小規模な市場があります。
市内には何カ所も市場があるそうですが、
私たちは、駅前の三角市場に入りました。
入った瞬間、懐かしさがこみ上げました。
アメ横でもない、でもどこかで似たような景観が・・・
思いさせませんでした。

入り口を入ってすぐのところに
「はやしや食堂」という、魚介定食を食べさせてくれる
小さな食堂があります。六〜七人でいっぱいになる
カウンターと、二人がけの小さなテーブルがふたつ。
壁には、訪れた芸能人との記念写真が何枚か貼られています。
うに、いくら、かに、えび、ほたて・・・
この中から三種類を自由に選んで千五百円。
たくわんとみそ汁付き。このときはおまけで
切り干し大根も添えられました。

今しがた、市場の写真を見て、思い出しました。
母のお話によれば、母の父親・つまり私の祖父は
かなり優秀な人物だったらしく、三十代で
室蘭の日本製鋼所の工場長になったらしいのですが、
無理がたたって四十歳前に早世したそうです。
長女だった母は、私の祖母が始めた食料品店を手伝い、
祖母は毎日、仕入れに出かけました。
初期の頃は車など珍しい時代だったので、
リヤカーを引いて、坂の多い街を往復したそうです。
私も、繁忙期には祖母の店に遊びに行き、
一緒に市場に連れて行ってもらいました。
狭い通路を挟んで、野菜や果物、花類、魚介類、総菜・・・
それらが所狭しと並んでいる情景は
幼い私にはとても興味深いものでした。

小樽の三角市場の中に入って
一瞬懐かしいと感じたのは、
子どもの頃の卸し市場の記憶が甦ったからだと思います。

何かに書いた記憶があるのですが、
私の原風景は、シベリアなんです。
もちろん行ったことはありません。
ですから、マストロヤンニがソ連に出征し、
負傷して現地の女性と暮らすようになり
そこにかつての妻・ソフィア・ローレンが訪ねていく・・・
あの有名な「ひまわり」という映画を観たとき、
言うに言われぬ懐かしさを感じました。
タイトルは忘れましたが、グレゴリー・ハインズと
バリシコフだったかが共演した・・・ラヴェルのボレロを踊る
・・・ホワイト・ナイトだったでしょうか・・・
あれも舞台の大半がシベリアなんですけど
自分の郷里を見せられた印象が強くありました。

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# by hirune-neko | 2007-11-05 00:46 | 心の中のできごと | Comments(3)

嗚呼!探し求めて幾星霜・・・小樽での出会い

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昨日までの灰色の空が嘘のように晴れ渡り、
陽の光がさんさんと降り注ぐ札幌から、
国道5号線を小樽に向かって車を走らせました。
知人の要請で、「小樽ワインのギャラリー」へ買い物。
日本海を右に見て、朝里川温泉方面へ左折し、
しばらく走ると山の中腹にギャラリーが見えてきます。
1本500円程度の値段で、たくさんの種類が並べられ、
スモークサーモンやチーズも売られていました。

小樽駅前の駐車場に車を入れて、
駅構内のおみやげ屋さんへ入ると、
小樽特産のさまざまな水産加工品と菓子類が
ぎっしりと並べられていました。
ひととおり試食をした後、思い出したように
店員さんに聞いてみました。
「あの〜、ジャガポックルはありますか?」
「はい、ありますよ」
「へっ!?あるんですか?」
「一人一個ですが・・・」
おお、なんと、かの幻のジャガポックルではないか。
感動の対面でした。
あれだけ札幌で探しても見つからず
すっかり諦めていたのですが、思いがけず
小樽で出会うとは・・・。
これではまるで、寅さんとリリーの対面のようではないですか。
「おいリリー、おまえこんなとこにいたのかい?」
「うん、寅さんこそ何しに小樽に来たの?」
「それはおまえ、大都会の薄汚れた空気に愛想をつかし、
北国の新鮮で冷たい空気を吸いに来たんじゃないか」
「じゃあ寅さん、一緒に運河まで歩こうか?」
「リリーとじゃあ色気も何もないけれど、
まあしゃあない、付き合ってやるとするか」
・・・これでカトリ〜ヌ・笠井さんに対する
一宿一飯の恩義を返せる・・・よかったよかった。

とまあ、そんなわけで、駐車場に車を置いたまま
長い道のりを・・・私にとってはですが・・・
テクテクと運河まで歩いたのです。
初めて見る小樽の運河。
運河沿いに造られた遊歩道には、まるでパリのセーヌ川のように
画家や似顔絵描き、アクセサリーデザイナーなどの
アーティストたちが陣取って、観光客を相手にしていました。

小樽は坂の街だそうです。
室蘭も坂が多く、地名の語源は
アイヌ語の「坂の多い街」だそうです。
かつて栄えた漁場の名残が、そこかしこに建っている
古い建物に見ることができます。
土蔵や洋風建築の古い建物が、店舗や飲食店に模様替えされ
運河沿いの倉庫には、レストランや土産物屋が同居しています。
面積自体はそう広くはありませんが、
情緒が色濃く残っている街なんですね。

帰途、知人の希望で朝里川温泉の日帰り入浴へ。
おかげで異常に眠気を覚え、
赤信号ごとに短く睡眠をとって、
なんとか無事に帰ってきました。
帰り道は5号線を通らず、紅葉の時期を過ぎた山並みと
ダムにせき止められた湖沼を眺めて
定山渓経由で峠を越えるルートを選びました。
北海道に来て初めての、自由時間だったような感じです。

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# by hirune-neko | 2007-11-03 23:06 | 心の中のできごと | Comments(2)

北海道「language」あれこれ

北海道の言葉は、ほとんど標準語に近いのですが、
アクセントがちょっと違うところがあります。
それも人によってかなりの落差があります。たとえば・・・

東京人「そういうことは起きないんですよね」
北海道「そういうことは起きないんですよね」

上記の例で言えば、文字にするとなんら変わりはありませんが、
東京人のばやいは、最後の「ね」が、冷淡に軽いんです。
福田総理の答弁を思い出してください。まるで人ごとのように
「ふん」という感じで文章が完結します。
ところが、北海道の場合は、最後の「ね」が上にスライドして
持ち上がります。「ね〜」っと延びて相手に訴え、同意してもらいたい
そんな感情が明らかに含有されています。

文書にすると明らかに違う場合も結構ありますね、そういえば。

東京人「この坂、案外急勾配でしんどかったなあ」
北海道「この坂、案外急勾配でこわかったなあ」

北海道では、くたくたに疲れ切っているときに「こわい」といいます。
東京の「怖い」とは異なるので、
「階段を上ってきてこわかったでしょ?」
などというと、けげんな顔をされます。
別に怪談のあるホラー階段ではないのですから。

さらに、北海道独自の言葉も、そういえば結構ありますね。
北海道「そこは全然ちょしてないからね」
「ちょす」というのは動詞で、いじる、とか触る、という意味です。
ですから、「そこは全然さわってもいないから、大丈夫だよ」
という意味の言葉になります。ですがときとして
「あんた、わたしのこと、ちょしてるんでないかい」
これは東京風に言いますと、
「あんた、わたしのこと、おちょくってるんじゃないの」
関西風に言いますと、
「おんどれ、わしのこと、おちょくっとんのけ」
とまあ、・・・これは河内の言葉でしょうか。

あとですね、「はんかくさいね」という言葉もあります。
これは東京風では「ばっかじゃないの」という感じでしょうか。
関西風では「あほか」という、
まあ親しみを込めた苦言なんでしょうね。

「しばれる」などというのは、もうかなりポピュラーだと思います。
「じょっぴんかう」・・・これは「錠をかける」という意味で
おそらく最近の若い人たちには死語になっているかもしれません。
北海道でも函館から小樽方面の沿岸部では
函館アクセントや青森の言葉の影響があるようです。
学生の時、余市(よいち)か倶知安(くっちゃん)出身の人から
「あんだえさあべ」と言われて、「は?」となったことがあります。
東北地方のある県では、「け、け」というのが
「食べなさい、食べなさい」
という意味だそうですが、「あんだえさあべ」も同様で、かなり
短縮された表現なんです。「あんだ」=「あなた」、「え」=「家」、
「さ」=「に」、」あべ」=「行こう」・・・つまり
「あなたの家にいこう」という意味だったんです。

こうして1ヶ月も北海道にいますと、不思議なものです。
私が東京言葉で話すこと自体に、なぜか違和感を覚えます。
札幌には、STVラジオとか、HBCもまだあるのでしょうか。
ラジオのパーソナリティの方やアナウンサーの皆さんが
恐ろしく完璧な「東京言葉」で話しているのです。
どうやら、東京からスカウトし、てきたのではなく
北海道出身の方々のようで、フリートーキングで乗ってくると
地が出てきて、かすかにですが北海道アクセントになっています。

そうなんです、鋭い感覚の方はすでにお気づきのことと思いますが、
私はヒギンズ教授の生徒の血を引く言語学の権威もどきで
言葉遣いには人一倍敏感なんです。
ですから、5分間お話しをすると、その人の
出身地、育った環境、親の職業、家庭環境、音楽の趣味、
それと性別に至るまで、かなりの確度で言い当てるんです。
・・・またまた、かなり本気にしたでしょ?
ははは・・・でもまあ、こうして気楽にブログに復帰できて
嬉しく思っています。
こちらではプライベートな話し相手がいませんので、
ネット将棋とブログが、唯一の楽しみです。
それと、老いた母の昔話と愚痴話を繰り返し繰り返し、
何度も何度も聞くことも、無上の楽しみで
心からの感動を覚えています・・・
かなり無理してるのが伝わっていますでしょうか?
気の毒だとお思いでしたら、
たまには同情のコメントを寄せてください。

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# by hirune-neko | 2007-11-02 21:14 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(6)

七つの洗面器を持つ女

”七つの洗面器を持つ女”・・・
それは私の母なんです。
入院中の留守宅に転がり込み、最初にお風呂場に行って
驚き怪しみました。
なんと、洗面器が七つもあるんです。
母は、私から言わせれば病的に潔癖な人間です。
ですから、頭を洗う洗面器、背中を洗う洗面器・・・
という具合に、わざわざ使い分けているのではないかと
そんな想像をしていました。
で、退院後にそのことを質問したら、なんのことはない。
大半は人からもらったそうなんですが、捨てるのがもったいなくて
ついついお風呂場に積んであるそうなんです。
呆れたというか、とにかくなんでも捨てずに
活用するすることを生き甲斐にしているようです。

それはそうと、この一ヶ月間の一番大きな変化といえば、
かなり朝型人間になってきたということです。
川崎ではひどいときは、朝の5時とか6時に寝ることがありました。
昨日なんか、朝5時半過ぎに起きて月末の支払い計算をし、
会社の始業時にはなんとか間に合わせました。
理由の第一は、朝のゴミ出しにあります。
これはもう強制的な習慣ですから。
でも私の人生では、まさに産業革命あるいはフランス革命です。
昼夜のコペルニクス的転換とでも申しましょうか・・・。
朝早いといえば、私の将棋の師匠が一番でしょう。
メールの受信時刻は大概朝5時台です。
目下休学中のだめ弟子なんですが、
毎日ネット上で出題してくださる詰め将棋には
ほぼ欠かさず応募しています。
で、必ず解答をコメント付きでメールで送ってくださるんです。
休学中なのに大変申し訳ないと思うんですが、
ついついご厚意に甘えてしまっています。
ちなみに問題は5手詰めと9手詰めの2種類で、
私はもっぱら易しい方の5手詰めを解いています。
なかなか面白いですよ。
”堀川修のネット将棋スクール”・・・といいます。
(http://www1.odn.ne.jp/shougi-school/?OVRAW=将棋&OVKEY=将棋&OVMTC=standard&OVADID=601366041&OVKWID=5559753541)

あらあら、北海道の食べ物のお話しをと思っていたのですが、
またまた前置きが長くなってしまいました。
とにかく、食糧自給率が高いのは間違いありません。
私が札幌に来てから、どれだけの差し入れがあったか、
それをご披露しようと思ったんですが、
これからお風呂に入って寝る時間ですので
また後日に改めることにします。
なんといっても、ご町内の皆さんから始まり、
佐渡から柿まで届くんですよ。
日本の食糧自給率が40%を切ったと深刻な思いがありましたが
ここ北海道じゃあ、あまりピンときませんね。
ご近所のIさんは、貸し農園で野菜を作っていらっしゃるので、
野菜そのものや料理したものを時々差し入れてくださいます。
ちょっと先のFさんは、自宅に・・・といっても住宅地なんですが
畑を作っていらっしゃって、野菜や果物を届けてくださるんです。
Hさんは、ご子息が釣った魚を煮付けにして持ってきてくださるし
お惣菜も頻繁にお持ちになります。
ちょっと小樽寄りにお住まいのNさんは、
なんと私がお教えした”心臓外科医の考案したレシピの
ダイエットスープ”をわざわざ持ってきてくださる。
また、Fさんは、関西在住中に開発したお好み焼きと
自家製パンを時々持ってきてくださるんです。
お隣のNさんなんかも、夕食をそのままお持ちくださって
いやあ、なんというか人情というか
有難いものですよ。
大都会にはない独特のコミュニケーションですね。
相互扶助精神が連綿と生きているんですね。
結局は食べ物周辺のことにまで話題が及びましたが、
おそらく、食糧自給率の高い・・・というより
完全に自給できるとされているフランスは
もっともっと自然に近いライフスタイルなんでしょうね。
さて、明日は大事な商談がありますので、
今晩はここまでにしておきます。
道内15カ所で病院を展開している団体の本部に行きます。
また、ある病院の看護部長さんからは、今日
合計5カ所の病院をご紹介いただきました。
忙しくなりつつありますので、冬将軍の到来前に
3カ所は契約に持ち込みたいと願っています。

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# by hirune-neko | 2007-11-02 00:45 | 心の中のできごと | Comments(4)

さらに長き不在でお詫び申し上げます

札幌に「移住」して、はや4週間が経過しました。
北海道アクセントにも馴れて、
徐々に道産子の仲間入りをしています。
アナログ回線をNTTのADSLに変更し、
プロバイダーを「ぷらら」にしてインターネット環境を整えました。
会社から、眠っていたマックミニと
19インチのモニターを送ってもらい、
コミュニケーションばっちりです。
プリンターも完備し、コピー用紙や名刺用の用紙も
いつもどおりASKULのHPで注文し、配達先を札幌の住所に指定。
ちゃんと翌日には届きましたよ。凄いものですね。

札幌はJRバスと中央バスが走っていますが、
時間帯によっては1時間に1便しかありません。
目的地まで乗り換えがあることが多く、
待ち時間のロスたるや大変なものですから、
こりゃあ営業どころではないと深刻に悩んだ末、
親戚に相談して協力してもらい、先週の金曜日に
なんと車を購入しました。
母が手術の結果、いろいろな免税特典が与えられましたので
母の名前で購入しました。
親戚がお金の使い道に困るほど余っていたので、
2006年型のベントレーを買いました・・・
そんなわけあるわきゃないがな。
ここで本気にしたあなた・・・
ちょっと真面目な人生を送りすぎているのではないでしょうか。
購入したのは、平成8年型のトヨタ・コロナなんですが・・・
年式は古いのですが、走行距離がなんと2万6千キロ。
しかもフルタイム四輪駆動で、一番嬉しかったのは
パワーウィンドウだったことなんです。
会社の車はとても旧式で、高速道路の料金所では
毎回手動で窓を開閉していますから、
ときどき背中の筋を痛めそうになっていました。
パワーウィンドウ・・・うきき・・・快適なんです。

まあそんなわけで、フットワークも完璧になり、
一昨日は早速岩見沢の産婦人科クリニックに行ってきました。
すでに会社から見本一式を送っていて、
検討の結果採用していただくことになっていましたので、
あっけなく契約は成立。
ただ、複数アイテムの中から患者さんが選ぶシステムですので
あとは商品力と念力パワーの勝負です。
片道50キロちょっとの道でしたが、快適でした。
そうそう、いくらなんでも北海道内を走り回るのに
土地勘が道南方面しかありませんので、
yahooオークションでカーナビを競り落としたんですよ。
どうしても欲しいときに競り落とすには、若干のコツがあります。
知りたい方がいらっしゃったら、メールでお尋ねください。
CDナビでしたが、やはり北海道のナビでとても親切です。
指定コースを外れても、ちゃんと再検索してくれます。
会社のカーナビは「案内ルートを外れました。
あとは自力で走ってください」・・・という非情なナビなんです。
あっ、でも前の持ち主は兵庫県の方でした。
昨日は早朝、親戚を千歳空港まで送り、
夜は迎えに行って自宅まで送りました。
車にオーバードライブが付いており、
2000ccなのに、高速利用ではリッター12キロは走りましたね。

本当は、「北海道の食べ物」というテーマで
あれこれ書こうと思ったのですが
前書きが長くなってしまいましたので、
今日はこのぐらいにします。
でも、やっとブログに時間を費やせるようになってきました。
ストーリーはまだまだ書けそうにありませんが、
時間の問題でしょう。近々復帰したいと思います。

週末には雪が降ると予報していました。
運転が大変になりますが、でも雪が降ると
「シェルブールの雨傘」の最後の場面を思い出します。
娘を連れたドヌーブが、娘の実の父親のガソリンスタンドに立ち寄り、
短い会話を交わします。父親は、自分の娘だとは知りません。
「あなたに似てる娘だけど、話してみる?」
「ノン」
たったこれだけの会話なんですが、
運命のいたずらですれ違った二人の悲哀が浮き上がります。
雪は、寒いのを除けば、とても好きです。

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# by hirune-neko | 2007-10-31 21:43 | 創作への道 | Comments(4)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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