昼寝ネコの雑記帳

Apple Musicで1枚のアルバムをダウンロードした

愛と哀しみの果て(Out of Africa)

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 数日前の記事の冒頭に掲載した映画「おもい出の夏」を、また聴きたくなった。これまで、映画のサウンドトラックは1枚も所有していなかった。だが、どういう訳か、脳内疲労に優しい感じがしたので、Apple Musicで検索してみた。

 最初は、見つけたこの1曲だけをダウンロードしようと思ったのだが、映画のサウンドトラックを特集したアルバムが見つかり、その中に収録されていることが分かったので、アルバムごとダウンロードすることにした。

 リピート機能を使い、「おもい出の夏」だけを何度も繰り返し聴いた。やがて、アルバムに収録されている全曲を聴いてみたいと思い、リピート機能を解除した、

 耳馴れた曲が次々と流れたが、やがて初めて耳にする曲が流れ始めた。スケールの雄大さを感じさせる曲想で、不思議と懐かしさと郷愁感で惹きつけられた。なんの映画だろうと思い確認したところ「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」だった。観てはいないが、見覚えのあるタイトルだった。念のため、Amazonのウォッチリストを開いたら、すでに登録されており、いつでも観られるようになっていた。それ以外のほとんどは、スパイ映画、戦争映画、ハードボイルド映画作品で占められており、そんな中で「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」だけが、居心地悪そうにポツンと存在していた。

 何かで短評を読み、興味を持ったのではないだろうか。まだ観ていないので、この映画のストーリーは全く知らない。しかし、純粋な魂を持つが故に現代社会で生きることを拒絶し、大自然と共存する人間の原始的な素朴さを求めて、アフリカの大地に渡った女性が、そこで同じような生き方の男性に出会った・・・と、勝手にストーリーを想像している。最後はおそらく、その男性が非業の死を遂げることになり、掴みかけた夢は破れ、再び現実と向き合うことになる・・・そんな女性の切ない哀しみのストーリーが、この曲を聴きながら思い浮かんだ。

 私自身の内部のどこかに、現実社会に存在しつつも、そこに埋没することを拒絶する感性が存在するのだろう。当面は日本国内で、自分自身のためでなく、自分自身の使命感と達成感のために、時間と労力を惜しまずに働きたいと思う。

 しかしやがていずれ、局面がほぼ実務的なレベルに到達したら、理念と方向性だけを置き土産にして、現実社会に別れを告げ、非現実な世界に現実性を求めるようになるだろうと予感してる。いろいろな人生と登場人物の痕跡を探しに、異国の地に足を踏み入れる自分自身の姿が思い浮かぶ。

 今から40年近く前になるが、かなり頻繁にアメリカの主要都市を訪れた時期がある。やがていつしか、成田からニューヨークまで飛び、そのままJFK空港で乗り換えてロンドンに飛ぶという、かなり無茶な旅を繰り返していた。感覚的には、アメリカよりは英国やフランス、ドイツなど欧州の国々の方が、創作イメージを豊富に有していると感じる。

 今では、一度も訪れたことのない、東欧、北欧、南米、ロシアに興味を持っている。アフリカは全く視野に入っていないのだが、いつかこの「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」を観ることがあったら、アフリカも候補に入るのかもしれない。

 異国に関しては、その国の歴史や思想・哲学、音楽、文学、政治・経済までを深く識ることにより、ストーリーの精度が増し、登場人物にもリアルな生命を吹き込むことができると思っている。

 さて、そのような私の構想が実現するのは、果たして何年後のことだろうか。そして、その時の私には、取材旅行のための多少の資力とある程度の語学力は具わっているとは思うが、肝心の視力、脚力、体力のみならず、記憶力、思考力、想像力に至っては、全くの未知数である。

 そんな、まるで高校生が抱くような荒唐無稽な夢物語に、可能性と希望を持ち続けられるのは、偏に読者の皆さんの存在であることは間違いない。ときどき政治的な、あるいは社会的な問題について触れることがあるものの、このブログは決して政治ブログではない。ある意味では、私の内面が文字化された記録である。

 人生について、生き方について考え続けるのが私自身の原点だと思っている。どれだけ時間をかけ続けたとしても、人間は完成を究めることはできないだろうと思う。しかし、最後の最後まで自分らしく生き続けるという求道の姿勢が、私が残せる唯一の遺産だと思っている。相続税の対象にはならない遺産なので、子や孫たち、そして未だ見ぬひ孫たちだけでなく、不特定多数の読者の皆さんにも、作品を通して、私の無形の遺産を受け取っていただきたいと希望している。

 まるで遺言書のような文章になってしまったが、まだまだ生きる意欲はあるので、いつか振り返ったときのために、今現在の心象風景として記録しておきたいと思う。

 ・・・実は、今日書き残したかったのは他にあった。いつの間にか長い前書きになってしまった。

 夕方、ある知人から電話があった。父親達の団体があり、彼は、「親子で一緒に旅行することを、父親達に勧める」担当係になったらしい。そこで、家族旅行が子どもに与えるいい影響をテーマに文章を書いてほしい、という依頼内容だった。書くには書いたが、採用されるかどうかは、相手次第である。

 そこで、せっかく考えた文章なので、記録としてここに残したいと思う。それが本日の本題である。冒頭の映画「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」のテーマ曲にすっかり影響されててしまい、あれこれ枝葉末節まで拡張してしまったが、それも私の偽らざる一部なのでお許しいただきたい。以下が、今日の宿題の文章である。
 

【子どもと親の心の旅路】

 どんな人にも、いつか自分の人生を振り返る時期が訪れます。その時に、いつも自分自身を優しく受け入れ、自分の心を温かく包み込んでくれた人たちとの日々が、とても大切で貴重な思い出として甦ってきます。

 無邪気な幼子や生意気盛りの子どもたち、そして少し反抗期を迎えた若人は皆、希望に満ちた眼差しで未来だけを視野に入れています。しかし、そんな子どもたちもいつか、世の荒波に揉まれ壁に突き当たり、落胆や失望を味わいます。ときには自信喪失し、自己嫌悪や人間不信に陥るかもしれません。

 そんな時に彼等の心の支えとなるのは、自分自身を優しく受け入れ、自分の心を温かく包み込んでくれたお父さんやお母さんとの佳き思い出です。日常生活を離れ、親子だけで楽しく過ごした時間と空間が、傷ついた彼等の心を癒し、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。

 家族だけの旅行は、生涯を通じて決して色褪せない鮮明な思い出として、いつまでも子どもたちの心のひだに残り続けます。長い人生の時間と較べれば、ほんの一瞬の出来事かもしれません。しかし、その小さな種は、やがて芽を出し、茎がたくましく成長し、空の鳥が舞い降りてその枝に宿るほどの木に成長することでしょう。

 親として、子どもに残すことのできる、しかもお金で買うことのできない、最も価値ある資産だと思います。


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# by hirune-neko | 2018-08-06 00:14 | 心の中のできごと | Comments(0)

女性でジャズベース奏者でヴォーカリストでさくらを歌う

East of the Sun by Brooks Bowman - Nicki Parrott & Rossano Sportiello at Shanghai Jazz (Madison, NJ)

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 女性でウッドベースを弾きヴォーカルもこなすなんて、初めて見た。オーストラリア出身のNicki Parrottだそうだ。

 ブログ読者のcausalさんから教えてもらった。これまでも、何人もの女性ヴォーカリストを紹介されている。causalさんは実に音楽に詳しい方で、音楽だけでなく、映画にも精通している。職業不明だが、音楽評論家か、はたまた音楽雑誌の編集者なのではないだろうか、と思ってしまう。

 何曲ものリストを送っていただいたが、視覚的にも珍しい演奏家なので、女性でありながらウッドベースを演奏し、しかも歌うという、その勇姿をご覧いただくと文字通り、百聞は一見にしかずだと思い、冒頭のEast of the Sunの演奏を紹介した。ノリのいいテンポである。

 かと思うと、なんと驚くなかれ。彼女が日本語で「さくらさくら」を歌っている動画も、causalさんが送ってくれた。下部に掲載するので、よかったらお試しいただきたい。なんとも不思議で微笑ましく思った。West Meets Eastという感じである。


 よく「まるで人が変わったように・・・」という表現が使われる。

 こんな猛暑続きにも拘わらず、私の場合は「まるで脳内構造が変わったように」不思議と集中力が増している。

 昨日は、ほぼ12時間がかりで仕事場の資料の山を、すっきりと整頓した。書類を1点ずつチェックし、捨てるか保存するか、しかもすぐに対応が必要か、時間的な余裕はあるかを瞬時に判断しながらなので、脳内負担がとても大きかった。しかし身辺がすっきりしたせいなのか、まるで脳内血管の内壁にこびりついていた不純物が、きれいに流れ去ってしまったかのように、実に余計な雑音が視野や脳内に入ってこない。すっきりと
快適である。

 約2年がかりでまだ仕上げられない小冊子がある。ボランティアで手伝っているものだ。最初に見せられた途中原稿で判断したのだが、最終的にはページ数が2倍以上になり、画像点数も大幅に増大し、和英並記の英訳におかしいと思う部分が散見され、指摘したら和文英文ともに修正の洪水になってしまった。

 私自身が非常にハードなスケジュールになってしまったので、修正作業が徐々に負担になってしまった。修正指示が多ければ多いほど、作業の立ち上げには時間かかかってしまう。どこまで修正したかを、いちいち確認しないと作業に入れないからだ。

 数日前に依頼者の皆さんに予告したとおり、未修正の指示内容をevernoteにまとめ、送信し終えることができた。あとは修正内容の最終確認をしてもらい、校了原稿を仕上げるだけだ。いやあ、ここまでの道のりはとても長かった。遅延状態がずっと続いたので、罪悪感と自己嫌悪と居直りを適当にブレンドし、今日まで生きながらえてきた。

 サイト制作ソフトの更新作業も、メールサポートを受けながら着手している、これも約2年に渡って遅延している案件だ。とっかかりがつかめず、すっかり敷居が高くなっていたが、ようやく第一歩を踏み出した。

 何か大きな歯車が噛み合い始めたような感じがしている。しかし、好事魔多しともいうので、引き続き自重して進んでいきたいと思う。
Nicki Parrott - Sakura Sakura


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# by hirune-neko | 2018-08-04 22:32 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

iMacのアリスが昏睡状態である



Sleeping Beauty DisneyMusicVEVO

今日は突然思い立ち、仕事場の整理整頓に着手した。最終的には、約12時間ほどかかったのではないだろうか。おかげで乱雑に書類が積み重ねられていた机周りが、ようやくスッキリし、通路を確保することができた。正直言って、かなりの負担だった。途中で頭の中がどうにかなるのではないかと思うほど、負担が大きかった。

ほぼ片付け終わったのだが、思わぬアクシデントに見舞われた。購入して2年ほどのiMac ・ ・ ・アリスという名前をつけて、私なりにいたわってきたつもりなのだが、突然昏睡状態になってしまった。いつもだと、セーフブートという再起動をすれば大概の動作不良は治ってしまう。しかし、すでに4回繰り返したが、全くログインできない状態になっている。マウスは動くので、Bluetoothは正常に機能している。しかし、入力が全くできない。つまり、キーボードがiMacと同期していないという症状だ。セーフブートというのはキーボード操作で行うので、結局は通常の再起動になってしまっていることになる。どうやら、辛抱して待ち続けてもこの症状は快復しそうもない。

したがって、いつものようにまずEvernoteに下書きを書き、次いでブログ記事をアップするという手順が踏めなくなってしまった。そこで、応急手法としてiPad Proのバーコフを立ち上げ、ブログのスペースに直接入力している。入力といっても、音声変換で文章を作っている。

本来なら、YouTubeで選曲しブログにアップするところだが、その作業はMacBook Proで行ったことがない。せっかくなので、ちょっと試してみようかと思う。もしうまくいかなかったら、今晩の記事はここまでとさせていただく。つまり、テキストだけで音楽なしの記事とさせていただくので、ご了承いただきたい。明日になったら、Appleのサポートに電話し相談してみようと思う。

・ ・ ・どうやらYouTube動画の貼り付けはできそうである。選んだのは昏睡状態のアリスにちなみ、眠れる森の美女である。



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# by hirune-neko | 2018-08-04 01:26 | 心の中のできごと | Comments(0)

気がつけば、猛暑の中を颯爽と歩いていた

Astor Piazzolla & Richard Galliano - Duo I (El Sueño De Una Noche De Verano)

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 ピアソラが、舞台作品「真夏の夜の夢」のために作曲をした。劇場名も年代も忘れたが・・・オランピア劇場だったかな?・・・涼しげな曲想だ。

 最近は、猛暑の中を外出すると、少し歩いただけで心臓から力が抜け、脳に酸素が供給されないような、軽い貧血を覚えることが多い。普段から運動不足のため、昔の感覚のまま早足で歩き始めると、心臓が苦しくなり、立っていられなくなることも、しばしばあった。

 今日の昼過ぎ、強い日照りの中をホームセンターに用事があり外出した。用心のため、ちょっと寸法の小さい帽子を頭に乗せ、歩き始めた。ムッとする暑さだった。

 ホームセンターでの用事を終え、さらに熱気が強くなった日照りの中を歩き始めた。ところが不思議なことに、まるで地中海か南米の海岸通りを歩いているかのような(両方とも一度も行ったことがないので、あくまでも想像の世界である)、清々しく、颯爽とした気分で歩けており、気分も爽快だった。おっ、暑さに負けていないぞ、と妙な自信を持った。

 はて、一体何が起きたのだろうか。スポーツジムはとうとう1回も利用せずに退会してしまっている。ウォーキングだって8000歩の目標なのに、最近はパソコンの前に座りっぱなしで、1000歩も歩いていない日が多い。

 思い当たることがひとつだけある。一ヶ月ちょっと前から、手作り酵素を薄めて飲んでいる。梅と季節の果物を一緒に漬け込んで発酵させたものだ。果物の種類によっては、アルコール分が発生するらしい。その効果で、少しずつだが、内臓から変化が起きてきているのではないだろうか。それしか考えられない。

 朝、ひげそりの時に鏡に向かうと、顔つきは20歳ほど若返り、見るからに精悍で性格の良さそうな表情の自分が映っている・・・というのは、ジョークである。そんな魔法の酵素があったら、世界中の病院が倒産してしまうだろうと思う。いや、薬事法の関係で書けないが、医学的な常識では考えられないようなことが起きているそうだ。

 そういえば気のせいか、最近はめっきり妄想する時間が減っているようで、極めて現実的な視点で近未来を見つめているようだ。しかも、かなり戦略的・実戦的な構想が鮮明に思い浮かぶようになっている。まるで、古代の予言者が啓示を受けるかのごとく、自信と確信が湧いてきている。まことに不思議な現象だ。

 誰も思い浮かばず、先例のない、従ってマニュアルも講師も存在しない分野で、ウンウン唸りながら試行錯誤、というか思考錯誤を何年も続けてきたが、どうやらそろそろ機が熟して来たのではないだろうか・・・と勝手に思っている。思うだけなら自由だろう。

 さて、まだまだ目の前には、幾重ものハードルが立ちふさがっているのだが、気力と集中力を維持しながら、なんとか前進を続けたいものだ。


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# by hirune-neko | 2018-08-02 23:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

寄らば斬るぞ、という感じである

Stacey Kent - To Say Goodbye (Official Video)

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 ネコだってイヌだって、夢中でエサを食べている最中に横から身体を触られたり、話しかけられると唸り声を上げる。

 最近の私は、ネコやイヌ並みで、余計なことを話しかけられたら、イラッとして噛みつきたくなってしまう。それぐらい、ピリピリしている。それほどテンションを高めなくては、こなせない量の案件を抱え込んでるからだ。時間が際限なくある訳ではないのでゆったり構えられず、どうしても野生動物化してしまう。昼寝ネコではなく、唸りネコになっており、溜息である。

 数時間前に、動作確認のための記事を投稿した。どうも調子が悪く、ブログに投稿しても、Facebookには反映されない。最後の手段となるが、投稿記事をiPad上に表示されるFacebookのマークでシェアすると、なんとかFacebookに反映されるようだ。現時点では、その方法しかないようだ。

 そんなこんなで、今日はすっかり世の中の動きに疎くなっている。日課となっている政治ブログはまだ閲覧できていない。すっかり一日のリズムが狂った感じだ。

 最近の内外情報をざっと斜め読みしただけだが、特亜三国と呼ばれる国それぞれの国家元首が、苦境に立たされているような印象だ。勿論、外圧もあるのだろうが、国内における地位や立場がかなり脆弱になっており、失脚するのではないかと思うほどだ。

 日本国内では、インターネット上で相変わらず、野党の政治家の皆さんの言動が注目されている。反日的市民運動家の皆さんの動向だけでなく、改めて弁護士や裁判官など司法関係者の犯罪に言及する記事も増えているようだ。まさに、日本人の冷徹な怒りと忌避感が、沸点に迫る勢いを感じる。

 私は相変わらず、目先の動きにとらわれず、できるだけ戦略的プロセスを大事に温存していきたいと思っている。しばらくはネコを被り、営業に専念したいと考えている。

 もうじき、戦いに必要な武器と弾薬を供給できる環境が整うと思う。サイト制作ソフトの更新にも着手した。自画自賛になってしまうが、まるで多弾頭ミサイルのように、複数の営業対象に照準を当てている。

 今日はなんだか、シッチャカメッチャカな内容になってしまったが、実際に脳内が錯綜して焦点が定まらないため、ご勘弁いただきたい。

 営業が大の苦手な私が、自ら営業用の武器弾薬を製造し、戦略構想を描いて行動に移そうとしている。苦手な名古屋地区や、連戦連敗だった関西地区にも、リベンジのトライをしてみたいものだ。

 さて、今日はこのぐらいで・・・まだ完全にクールダウンはできていないものの・・・店じまいさせていただく。


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# by hirune-neko | 2018-08-01 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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