昼寝ネコの雑記帳

まだ1年を振り返るのは早いが、もう12月が始まる

Astor Piazzolla - Homenaje a Córdoba
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 内外情勢の変化と混乱の予兆は、誰もが感じているだろうと思う。来年・2019年は、飽和点、極限値、臨界点というような言葉で語られるのではないだろうか。

 既存の体制、組織、論旨、主張、対立構造などが瓦解し、ある部分は灰燼に帰すかもしれない。硬直化した考えの人たちが主導権を握るか、あるいは寛容で人間的な人たちが主導権を握るかによって、その後の再構築の方向性が大きく異なるだろうと思う。

 世の中の風潮を客観的に眺めていると、感動することが少なくなったように感じる。お腹の底から愉快に笑えることも、心を開いて相手を受け入れることも、とても少ないように感じる。

 しかし、そのような時代なので、本当に信頼し合える人同士の結びつきは、逆に堅固なものとなるように思う。ちょうど、諜報の世界に生きる人たちが、心から信頼できる仲間の存在を大事にするのと似ている。私の場合は、映画の中でしか諜報の世界を知らないが、気を許せる相手がいるのは、どの世界でも貴重なことだと思う。

 混乱した社会をまとめ再構築するには、できれば硬直した考えで知識の量を振り回す人物ではなく、人格者で知恵に満ち、聡明な人が主導してほしいと願っている。

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# by hirune-neko | 2018-11-30 00:01 | 心の中のできごと | Comments(0)

ようやく脳内で構想イメージが像を結んだ

João Gilberto - 14 - Outra Vez
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 そこで脳内のイメージを、実際に目に見える形に描き写し始めている。なかなか連続した時間を確保できず、苦労している。でもまあ、なんとか実用的な構想になるだろうと思う。

 構想の完成までには何年かかるか、やってみなければ分からない。しかし、これで完成というものはなく、まあ、一定水準に到達すれば良しとすべきだろうと思っている。

 何年も前から抽象概念が先行し、なかなか具体的な動きとしてフル回転できなかった。周りから見ると、もどかしくて一体何をしているのかと、呆れられても仕方がない。それは、単に数字で集計できる業績だけを追い求めるのではなく、正当性、理念、社会情勢の変化への対応など、いろいろな視点から吟味を加えていたため、それぞれの整合性を満たすには、やはりそれなりの時間がかかった。

 設計だけに集中して時間を確保できるのではなく、現実的な日常業務にも追われているので、さらには分不相応にいろいろなボランティア活動にも関わっていたものだから、すっかり長い期間を要してしまった。・・・言い訳である。

 珍しく、このプロジェクトには作戦名をつけた。ある意味で、私の半生の時間と、仕事上の長い紆余曲折を反映させた、いわば過去の集大成のようなものなので、作戦名が思い浮かんだのだろうと思う。

 具体的な業務内容を公開することはできないが、作戦名だけは内緒で公開させていただく。なんと・・・

c0115242_23443414.jpg
        ダビデの石投げ器・・・だそうだ
             
 「ダビデの星作戦」である。英語では「Strategy Star of David 」である。前方に立ち塞がる、まさに強大な相手に挑むことになるので、巨人ゴリアテに一人で挑んだ少年ダビデにあやかろうと思ったのだろう。勇猛な武将ですら怖れた巨人ゴリアテを、石投げ器ひとつで倒したのが、少年ダビデである。

 具体的に動き出せば、ある程度は公表できると思うが、強大な敵が誰であるかなど、作戦の根幹に関わる本質的なことは、最後の最後まで明かせない。それと、この作戦の最終目的も、明かすことはできない。

 勿体ぶった言い回しで申し訳ないが、察していただきたい。

 もう少し、設計図を描き進めたいので、今日のところはこれで失礼させていただく。乞うご期待である。

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# by hirune-neko | 2018-11-29 00:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

優しい日本人の本質は、怒らせると怖い戦闘民族なのでは?

Astor Piazzolla " Tristeza De Un Doble A “
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 インターネット散歩道。今日もブログ・徒然なるままにを訪れた。精力的に各種情報をアップされているが、とても興味深い記事があり、全文を読んだ。

【徒然なるままにの記事】
【軍事ワールド】廃艦に実射も 新型対艦ミサイル登場 - 産経ニュース

 冒頭には、以下のように記載されている。
(引用開始)
 国産の対艦ミサイルでは初めて超音速のスピードで飛ぶ、新空対艦誘導弾「ASM-3」の量産が2019年度から開始される。研究開発を行った防衛装備庁では11月中旬、その開発の様子と性能の一端を「技術シンポジウム」で公開した。 (岡田敏彦)
(引用終了)

 いくつかの画像付きで、かなり長文なのでポイントだけを抜粋してみたい。分かりやすくするため、部分的に補足させていただく。
(引用開始)
  1. 「空対艦」の名前通り、空中を飛ぶ戦闘機などに搭載し、艦船を攻撃するミサイルだ。
  2. 最高速度もマッハ3(音速の3倍)以上で、これまでのASM-1,ASM-2が音速に届かなかったことに比べ格段の進歩を遂げた。この速度向上は、敵の迎撃を防ぐために欠かせない。
  3. 地球の丸さのため、艦船は水平線下から低高度で迫るミサイルを探知できる距離は限られている。迎え撃つにはレーダーにより数十キロ先で発見し、機関砲や対空ミサイルで迎撃するのだが、発見から“命中”までは1分もないとされる。
  4. 向かってくるミサイルが1発きりという状況もありえず、前後左右から迫る多数のミサイルを数十秒のうちに全て撃ち落とさないと撃沈の憂き目に遭う。この状況でミサイルの速さが3倍になれば、迎撃可能時間は従来比で3分の1になる。対艦ミサイルの速さは重要な性能なのだ。
  5. 誘導弾が初めて使われた第二次大戦時はもちろん、ベトナム戦争でも空対地ミサイルの誘導は発射母機の乗組員の仕事だった。当然、自身の放ったミサイルが目標に当たるまで誘導を続ける必要があるため、敵の対空ミサイルや機関砲弾が飛び交う「危険な空域」にとどまらなければならなかった。
  6. ASM-3は射程が大きく伸びたため敵のレーダーの探知範囲外からの発射が可能となった。そして優秀な“目”によって、いわゆる「打ちっ放し」が可能となっている。
  7. ASM-3は改修を加えることで、多くの護衛艦が備える垂直型ミサイル発射装置にも搭載可能とされており、今後は艦艇への搭載も検討されるとみられる。
(引用終了)

 軍事問題は完全に素人の私だが、敵国の艦船にとっては、こんな高性能のミサイルを日本が量産すると聞いただけで、震え上がるのではないだろうか。

 過去に読んだ記事をいくつか思い出した。

【余命三年時事日記の記事】
(引用開始)
「60 自衛隊OB放談会、自衛隊総合火力演習」
 陸自にとっては一年間の集大成という最大イベントですが、今年は特に長年にわたって取り組んできたC4I機能の完成という点で戦闘集団としては世界一のレベルに達した記念すべき年になったと考えています。昨年登場した10式戦車を例にあげますと、戦車自体の機能は突出した世界一でした。それに各種車両、兵員、ヘリをはじめ空の情報も一元化、共有というC4Iシステムがこの1年で完成し、この規模の戦闘集団としては少なくとも米を含め他国を数年から10年はリードしたかなと考えています。陸自はこの世界一の戦車にあわせたレベルでC4Iシステムを完成させ、実際に運用しているのです。
B....陸自が続いてすいません。観客の皆さんには戦車が右左にスラロームしながらの実弾射撃がことごとく命中するのがあたりまえ。アニメの世界です。しかし軍事専門家や各国武官はその困難さを知っているだけに、今年もため息としらけっぱなしでした。昨年登場の時の衝撃こそありませんでしたが、実際に目の前で見れば見るほどその能力差がこたえてくるのです。総火演の凄いところはもうミスはないし、しないという絶対練度にあります。100発100中は最高の兵と武器装備そして運用能力が作り出す結果です。
(引用終了)

 ブログ・余命三年時事日記には軍関係の皆さんの座談会が登場し、具時的な情報が何度も披瀝された。印象に残っているのは、海底に設置されたソナーや、原子力潜水艦が世界水準で見ても、いかに高性能であるか、という記事だった。

 もうひとつ、日本人は牙を抜かれたが、本質的には戦闘民族であるという主著をご紹介したい。かなり長文になってしまうが、私自身にとっても記録として残したいので、該当記事の全文を転載させていただく。お読みになって、どのように感じられるだろうか。今日は私見を挟まないが、ご紹介するそれぞれの記事を目にして、改めて日本人は古代イスラエルの末裔である(日本ユダヤ同祖論)という主張が思い浮かんだ。即ち、旧約聖書で預言されているように、末日に集合する失われたイスラエルの支族として、日本人は世界に貢献する務めを果たす・・・のではないかという、神学的な解釈である。そのような発想で書かれている記事は目にしたことがないが、私は個人的に、やはり神学的解釈と予見は必要な時代になっているような気がしている。

【ダークネス:鈴木傾城の記事】
「日本は、戦闘民族として目覚めないように呪縛をかけられた」

1945年に日本が戦争に負けると、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本に乗り込んできて、ありとあらゆる手法で日本人を「戦えない民族」にしようと画策した。
日本人は欧米列強がアジアに持っていた植民地をことごとく解放するような組織立った戦闘能力を有していた。そんな戦闘民族の戦闘能力を存続させるのは、欧米にとって危険なことだったのだ。
もう二度と、日本の戦闘民族としての血を目覚めさせてはならなかった。そこでアメリカはあらゆる方法で日本を「腑抜けな民族」にする決意をした。
具体的にどうしたのか。「強い日本」を変えるためには、まず日本人が軟弱になるように洗脳し、自虐させ、自信を喪失させなければならない。
その洗脳工作の中心となるのはマスコミだ。だから、GHQはプレスコードと呼ばれる強力な言論弾圧を敷いて、日本人が気付かない間に洗脳工作を推し進めていった。(ウィキペディア – プレスコード
連合国の戦前の政策に対する批判させない。検閲制度の言及はさせない。アメリカの批判はさせない。ロシアの批判はさせない。イギリスの批判はさせない。朝鮮人の批判はさせない。中国の批判はさせない……。
多くのタブーと検閲がここで生まれ、このプレスコードによって日本はアメリカの目論み通り、軟弱になり、自虐し、自信を喪失していったのだ。日本民族の弱体化は成功した。

○日本人が戦闘民族だった頃の精神性は消し去られた

プレスコードは情報操作であり、情報統制であり、洗脳工作であった。
GHQはさらに自分たちの都合の悪い内容の書籍や日本の戦略を書いた700冊を没収して焚書にした。また小説や表現物にも検閲を入れて日本民族の優秀性を鼓舞するものを抹殺し、自虐するものばかりを流通させた。
これによって「日本軍は悪、連合国は善」という刷り込みが強烈に行われたのだ。
それだけではない。戦後の教育界には、民族の誇りを過度に消し去る人間たちを怒濤の如く潜り込ませて学校を支配し、日本人の子供たちから気骨を抜き去って軟弱になるように教育していった。
そして、長い時間をかけて、日本人が戦闘民族だった頃の精神性を消し去っていった。
今では、正当防衛であっても暴力はいけないとか、国を守るための軍隊ですらも反対だとか、そんな奇妙な主張をする人間たちが言論界を占めるようになってしまった。
中国や韓国には黙って侵略されるべきだとか、言いがかりであっても嘘でも捏造でも中国・韓国が怒っていれば謝罪して賠償すべきだとか、そんな抱腹絶倒な主張すらもまかり通る時代になっているのである。
これに喜んだのが中国・韓国・北朝鮮だった。この両国は日本民族が「腑抜け」になったのを知って日本の侵略を画策するようになってきた。
かつて、極限まで研ぎ澄まされていたはずの「戦闘民族としての日本人」は、もう影も形もないことに反日国家は気付いてしまった。
今の日本人の多くは、「何をしても泣き寝入り」「根拠がなくても謝罪と賠償をする」「強く言えば簡単に折れる」と見なされている。事実そうだった。戦後は、優しい、頼りない、草食の日本人ばかりが誕生した。

○日本には何をしてもいいと思うようになってきた

韓国は図に乗って、何十年も前から「謝罪しろ、謝罪しろ、もっと謝罪しろ」と日本にわめき立ててきた。日本はどうしたのか。そのたびに謝罪してきたのである。
1982年には、鈴木善幸首相が謝罪した。1983年には、中曽根康弘首相が謝罪した。1984年には、昭和天皇、中曽根首相が謝罪した。1990年には、中山太郎外相が謝罪した。1990年には、海部俊樹首相が謝罪した。
1990年には、今上天皇が謝罪した。1992年には、宮沢喜一首相が謝罪した。1993年には、河野洋平が謝罪した。1993年には、細川護煕首相が謝罪した。
1994年には、村山富市首相が謝罪した。1996年には、橋本龍太郎首相が謝罪した。1998年には、今上天皇が謝罪した。1998年には、小渕恵三首相が謝罪した。2001年には、小泉純一郎首相が謝罪した。2010年には、菅直人首相が謝罪した。
日本はこれだけ、謝罪し続けてきたが、一度謝罪させると、もっと謝罪させるのが韓国である。
しかも、これだけ謝罪させたにも関わらず、さらなる謝罪を要求して、そのうえ賠償金までもっとせしめようとしている。安倍政権も守られもしない日韓合意なるものを結び、韓国に10億円を毟り取られた。
強く出れば出るほど日本人は半泣きになってペコペコと謝ることを韓国は学び、そしてそのたびに韓国は傲慢になり、日本には何をしてもいいと思うようになってきた。
韓国は気付いたのだ。もう日本人には気骨がないことを。
今になっても、日本人は「かつての戦闘能力を取り戻す」と考えることはない。世界は平和主義ではできていないことを知っていてもそうだ。
それほどまで、GHQによって「戦闘」の本能は奪われたと言うこともできる。
戦後70年以上も経った今でさえも、マスコミは相変わらず日本に自虐を教え込み、アメリカにもロシアにも中国・韓国・北朝鮮にもまったく反論もせず、日本人は何をされても怒ることも報復することもない。

○日本人は長い眠りから目を覚まそうとしている途中

日本人の底力は、封印され、抹殺された。戦闘民族として目覚めないように呪縛をかけられ、監視されている。
絶対に日本人が戦闘民族としての血を目覚めさせないように、アメリカや反日国家が日本を見張り、マスコミが世論を見張り、教師が子供を見張っている。
そして、「日本人は優しい」「日本人は草食」と朝から晩まで洗脳に次ぐ洗脳を繰り返し、日本人が戦闘能力を持たないようにしている。
たまに洗脳が解けそうな危険な日本人が出てくると、激しい中傷と批判で社会的な抹殺を計る。
そして、国を防衛すること自体をも否定させるのだ。日本ほど自衛も防衛も武力も戦闘も、頭ごなしに否定する世論は世界でも珍しい。
本来、国軍を持つことや、集団的自衛権など、諸外国では議論以前に当たり前の話である。
「国を守るための軍隊は要らない」など外国で主張しようものなら、「お前は馬鹿なのか?」と驚きの目で見られて、場合によっては袋叩きにされる。
当のアメリカも「自由はただではない」と、自らの自由は戦って手に入れることを徹底している国だ。
ところが、日本では「国を守るためには軍隊も必要だ」と言えば、逆に暴力主義者だ、差別主義者だと言われるようになるのである。
日本人から、少しでも戦闘民族としての血が目覚めるような兆しが生まれたら、帰化系政治家も、マスコミも、教師も、みんな火が付いたように発狂する。
しかし、やっと日本人は少しずつ目が覚めてきている。
マスコミが信用されなくなり、マスコミが重用する大学教授やジャーナリストや芸人どもが、嘘八百の歴史や思考を日本人に押しつけていることが知れ渡るようになった。
こんな人間どもが「日本人は草食だ」と朝から晩まで洗脳しても、もう効き目がなくなった。日本人は長い眠りから目を覚まそうとしている途中だ。
日本人の戦闘民族としての血が完全に目を覚ますと、今まで日本人を貶めてきた人間は、それなりの覚悟が必要になる。日本人を貶めていることに、怒髪天を衝くような憤怒を感じている人がたくさんいるからだ。(written by 鈴木傾城)— Keisei Suzuki (@keiseisuzuki) 2018年3月3日
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# by hirune-neko | 2018-11-28 01:22 | インテリジェンス | Comments(0)

徒労感と諦観などの今日の雑感である

Astor Piazzolla-Retrato de Milton
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 先日来、書店の無い自治体が全国に400以上ある、という実態がずっと脳内に居座っている。本来的には、何も私ごときが頭を悩ませる必要は無いと思う。紙の本であれ電子書籍であれ、読書の動機は人それぞれだし、購入方法も自由なのは明白である。

 しかし、この約20年で、全国の書店に廃業が相次ぎ、書店総数は当時と比較して約60%までに落ち込んでいる。その結果、書店の空白地帯が増加していることになる。

 その原因は何か。単純に述べることは困難だが、いくつか考えられる。読書人口が減ったからなのか、電子書籍の購入者が増えインターネットからの購入が増えたからなのか、あるいはAmazonに代表される、便利で早くて場合によっては送料無料の購入が定着し、利用者が書店からAmazonに移ったからなのか・・・そのいずれもが原因として相関関係にあると思う。

 日本の書籍・雑誌は再販法により、値引き販売ができない。全国どこの書店でも同一価格で購入することができる。もちろん、注文してから書店に入荷するまでの日数は、まちまちのはずだ。

 その点、Amazonは翌日に配達されるケースが圧倒的に多い。しかも、プライム会員であれば、送料が無料なことが多い。最近は、書籍の在庫センターを全国展開し、自前の配送機能も構築しつつある。つまり、調達スピード、送料、そしてIT技術を駆使した読者サービスによる囲い込み技術は、大したものである。

 日本の出版文化は、ある意味では鎖国主義だったのかもしれない。洋書の翻訳出版、日本語書籍の海外出版はともかく、伝統的な取次・書店ルートの販売は他の新規参入を許さない牙城であり、Amazonですら最初は取次会社から仕入れて販売していた。それが気がつくと、出版社から直接仕入れるようになってしまい、現状は大規模な取次会社と通販書店の合体のようになってしまっている。

 では、これまでの長い間、取次会社と書店は努力を怠り、経営改革を行わないで来たのだろうか。決してそうは思わない。しかし、いわゆるグローバルビジネスの典型であるAmazonには、さすがにシェアを奪われつつある。

 書籍を単に商品と考えるなら、安くて便利で速いサービスに顧客が流れ、不便な販売網は淘汰される、というのがある意味で自然の摂理だと思う。しかし、書籍というのは・・・どうしても業界用語の書籍に馴れてしまっており、本という呼び方に違和感がある・・・単なる大量生産の工業製品なのだろうか。

 断じて違う、というのが私の持論である。知識を得るための読書というケースも多いだろう。しかし、子どもが小さいときから、親から「本」を読み聞かせられて育った場合、その子どもの感性や感覚は目に見えないところで涵養されると確信している。やがて自分で「本」を選び、自分で読むようになるなら、それは大人でも同じことだが、知的世界が拡がり、さらにはストーリーのある場合は、いろいろな疑似体験をすることになり、洞察力や観察力が育つ。

 つまり、広い意味では人格の涵養にもつながる、とても大切な時間が、読書だと考えている。自分の町に本屋さんがあり、その本屋のおじさんやおばさんが、親身になってお父さん・お母さんに対し、子どもへの読み聞かせを勧める。読書感想文を積極的に紹介する。大人には読書サークル活動を勧め、さらには種々の同人活動をサポートする・・・そのような、ぬくもりのある読書環境が、町の本屋さんを中心となって地元で醸成されてほしい・・・それが私の個人的な願望になっている。

 それで?能書きと理想論は分かったが、一体お前ごときに何ができるのか?と自問している。そこでもう少し、現状を詳しく知りたいと考え、「書店ゼロの自治体」に連絡してヒアリングしようと考えた。

 先日の「書店ゼロの自治体」の情報源である、トーハン広報課に電話し、主旨を説明した。すると、新聞社独自の調査で自治体名が報道された、と言われたので、朝日新聞に電話した。担当者の方が2017年の該当記事を探してくれて、1面の記事だと特定できたが、数カ所の自治体名しか記事に掲載されていないという。書店組合なら情報を持っているのではないかと助言され、書店組合に電話した。すると、そこまでの情報は無いという。書籍出版協同組合ならあるのではないかと言われたので、その書協に電話したが、やはりデータは無いと言われた。少し調べてくれて、以前アルメディアという団体がそのような情報を公開したことがある、と電話番号を教えてくれた。アルメディアに電話すると、かなり以前のことであり、すでにデータは無いという。行き止まりで八方ふさがりになってしまった。

 最後の手段は、都道府県庁に直接電話するしかない。北海道、青森が思い浮かんだが、東日本大震災後に最も多く訪れた気仙の地と、いろいろ力になってくれた東海新報社の常務さんの顔が思い浮かんだ。そこでためらわずに、岩手県庁に電話した。

 交換の女性に会社名と、震災後の寄贈絵本のため、気仙地域に何度もお邪魔したこと、東海新報社が何度も記事で紹介してくれたことなどを、手短に説明した。

 少し待たされたが、生涯学習関係の男性という方が電話口に出た。主旨をざっと説明し、「書店ゼロの市町村」を把握しているか質問してみた。把握できていないとのことだった。

 そこで、「書店ゼロの市町村」が主導し、地元の皆さんへ読書の機会を広めていただくお手伝いをしたいと思っているが、具体的に提案できる状況になったら、話を聞いてくれるか、と訊いた。お話は承るが、そのまますぐ実現するということにはならない、とのことだった。それは百も承知している。しかし紆余曲折はあったが、なんとか分厚く重い扉を開ける鍵を見つけた思いだった。

 「書店ゼロの市町村」を特定できなかったという徒労感はあるものの、読書の機会を待ち望んでいるそれぞれの市町村の皆さんとの、距離がかなり縮まったと勝手に思い込んでいる。

 しかし、どう考えても、わが社の商売にはならない。ボランティア、さらには下手をすると、持ち出しを覚悟しなければ始められないプロジェクトである。もし私が、アメリカの会社の新規事業企画担当者だったら、明日から出社しなくていいと、クビを言い渡されるだろう。正直言うと、自分でも呆れているぐらいだ。

 でも、ようやく営業対象がほぼすべて、テーブリの上に載ったという実感がある。営業コンタクトの優先順位、手法、時系列による展開方法などを、もう少し考えたい。

 あまり声高に言えることではないが、このまま年月が経ち、出版業界におけるAmazonの寡占・独占化が進むと、日本の国家安全にとって、どのような状況になるか。それを危惧・懸念しているのも、孤軍奮闘を厭わない理由のひとつである。

 何度かご紹介したが、現在トランプ大統領はペンタゴンに指示し、軍事裁判に向けて準備しつつあると聞いている。つい数日前も、ヒラリー・クリントン氏の疑惑調査に関わった元FBI長官が喚問され、拒否しているという情報を目にした。いわゆる、ディープステートの中心人物が軍事裁判にかけられるかもしれない。

 同様に、テック・ジャイアンツと称される、名だたるIT企業の雄、何社もが国家反逆罪の嫌疑をかけられているとの情報がある。いうまでもなく、中国政府と深く関わり、情報面での世界制覇を目指していると見なされている。その中にはFacebook、YouTube、Twitterと一緒に、Amazonの名も入っている。

 つまり・・・これはあくまでも私の個人的な懸念・疑念にしか過ぎないが、Amazonが、その販売手法で出版市場をほぼ独占するなら、中国共産党政府を批判したり、中国に都合の悪い情報の書籍は、実質的に不扱いとなり、情報がコントロールされてしまうことになりかねない・・・そのような状況の到来を懸念している。もちろん、全国の書店主の中には、すでに左翼的・反日的発想の人たちも存在するだろうと思う。しかしそれは、憲法で保障されている思想・信条の自由の範疇である。

 しかし、もし仮にAmazonジャパンが、中国政府と一体化し、戦略的にシェアを拡大しているとしたら、それはもうビジネスの世界ではなく、明らかにプロパガンダ・情報工作活動ということになると判断している。

 だがしかし、私自身もそろそろネコを被っておとなしくしようと思う。それこそ営業先には、いろいろな思想・信条の方が存在するのだから、自説を頑迷に主張することで自己満足するのではなく、「理念・哲学を前面に出す、書生論の未熟な商売人」を装って、演じ切ることにしようと思う。

 もう二度と表現することはないと思うが、ある意味では国家・国民のための、カウンターインテリジェンス・ビジネスを目指しているのだと、心密かに自負している・・・なんてっちゃって。大爆笑

 やはり私は、スパイ映画の観すぎなのだろう。

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# by hirune-neko | 2018-11-27 02:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

少しずつだが、身辺整理が進んでいる

Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato
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 身辺整理と言っても、別に死期を悟ったからではない。仕事とボランティアに割かれる時間・労力の負担が、自分のキャパシティを超えていると、常日頃から感じていた。辞退したりせず、処理能力を高める選択をしているのだが、いかんせん、IT関係の技術は定期的に更新されるため、その都度スピードダウンしてしまう。
 
 先週終了した今年度の県内高校生向けの行事は、サイトの運営管理、事務局のボランティアだったが、どうやら今年が最後になりそうだ。また、2年間引き受けてきた、月に数回の講師的なボランティアも、公私の多忙さに配慮してくれたようで、今日で任を解かれることになった。

 実際に何種類もの案件を全て視野に入れ、同時進行させるのは、誰にとっても骨の折れることだと思う。タスク管理、情報や資料の管理の技術の必要性を痛感している。まだまだ完成度は低いものの、できる範囲で自分なりのインフラを構築したつもりだ。

 しかし、決まったパターンの仕事と違い、新たなプロジェクトを何種類も立ち上げるとなると、想像力や洞察力を働かせ、現実的なシナリオを描かなくてはならない。

 しかも、厄介なのは、私なりの理念と哲学があるので、最終的に売上が増大すれば結果オーライとは行かない。何をそこまで拘るのかと訊かれても、体質なのでどうにもならない、としか答えられない。

 考えてみれば、因果な人生を選んだものだ。あまり意識はしないが、客観的に見れば心身共にズタボロ状態なのではないだろうか。

 久しぶりに緊張から解放されたせいか、ふと我に返り、愚痴の羅列になってしまっているようだ。

 しかし、未開の荒れ地を自らの勘を頼りに、手探りで進むのは性に合っているようだ。そんな苦難の行軍に付き合わされる周りの人間たちも、不平不満を言わず、霧の彼方の灯台のような、微かな希望を見据えて耐えてくれている。有難いことだ。

 英語の表現で、Spring is just around the cornerというのがある。一向に視界が開けない苦難の行軍であっても、次の角を曲がったら、そこには春の輝きのような、長年待ち望んでいた環境が待っている・・・そのような意味だそうだ。数十年前、頻繁に渡米していた頃の、仕事上の相棒だったアメリカ人男性が解説してくれた。

 私の周りには、希望を持てない人生を生きている人たちが、何人も存在する。改めて思う。人生に希望があるのは、とてもいいことだ。しかし、人生に希望が無くても、自分なりの使命感を持ち、親身に接してくれる良き友人がいる・・・どれだけの資産を持つよりも、それは遙かに価値あることなのではないだろうか。

 私にとっても、そんな友人の存在は有難く思うし、また心が平安に満たされる。

 その一方で、人から疎まれ、避けられ、人とうまく付き合えないような人たちも存在する。できるだけ心を拡げ、寛容さと忍耐力を養い、そのような孤立している人たちの、良き友人になれたらいいなと考えている。忙しい毎日だと、なかなか容易ではないが、せめてメールを送り関心を示すよう努めている。

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# by hirune-neko | 2018-11-26 00:03 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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