昼寝ネコの雑記帳

一日の終わりに

Nara Noïan - Hier Encore

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 今日はここまでにしておこうと思う。
 
 仕事が新たな展開を迎えつつある。建物の建築でいえば、今はまだイメージ画のスケッチであり、実施設計の図面を描くまでには、もう少し時間がかかるだろう。しかし、建物の善し悪しは、最初の基本イメージの図柄に大きく左右されると思っている。数時間かけて、イメージを反芻しながら構想を文章化した。そして、関係者の皆さんに送信したところだ。

 数年前に、ダイレクト・レスポンス・マーケティングという手法があることを知った。まるで魔法のような、不思議な力があるように思った。しかし、徐々にだが自分の商品を広く周知させるには、手法が違うと思うようになってしまっている。

 この数十年、考えてみたら正解とはいつもすれ違いで、ときにはまったく見当違いな方向に向けて突っ走っていたようだ。しかし、不思議と落胆も自信喪失もしなかった。暗中模索することに対し、怖れも焦りも疲れもなかった。

 今になって振り返ると、どんな失敗も無駄にはなっていないと思える。何かに対峙しても、それは誤った方向で可能性は低い、ということが即座に判断できるようになったと感じる。それは、いわゆる失敗の反面教師、というものではないだろうか。

 栄枯盛衰・・・どんな人にも、いい時代があれば、全てを失ってしまったような失意の時を迎えることもあるだろう。国とて、栄華を極めた時代があれば、他国の侵略と支配により、隷属を強いられることも起こりえる。

 私は、目に見える多くのものを失ったことがある。見事に乾いた砂と化し、両手の指の間から地面に滑り落ちてしまったような感覚だった。

 しかし、全く失わなかったものもある。それは目には見えないものの、確かに私の心の中に残っている。精神と魂の中に残っている。具体的に手にとって見せることはできないが、確かに強い印象とともに、消失せず残っているものがある。

 多くの場合、人は目に見えるもの、手で触れることのできるものに執着する。明らかに私は、目に見えない領域に存在する要素に、価値を見出しているのではないだろうか。

 出版物を創り出すときも、営業の組み立てを考えるときも、常に何か不可視的で抽象的な要素に心を向けているように思う。

 もうこの年齢になってしまったら、それは到底変えようのない本質となり、私の内面に鎮座する、主のような存在である。実に相性のいい主でもある。


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# by hirune-neko | 2018-08-10 00:57 | 心の中のできごと | Comments(0)

突風に煽られ、傘の柄が折れてしまった

S'il vous plaît. A.Piazzolla. Yuri Medianik Юрий Медяник

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 少々年代物の傘ではあったが、突風が吹き、必死で傘を支えたら、ポキンと柄が折れてしまった。こんなことは初めてだった。

 冗談抜きで、最近は人の名前を思い出せないことがある。今朝はなんと、アンドリュー・マーシャルの名前を思い出すのに四苦八苦した。

 正確な来歴は忘れたが、ランド研究所に属し、米国の軍事顧問としてニクソン時代からオバマ時代まで仕え、数年前に92歳で現役引退した人物だ。確か統計学を駆使し、ソ連の崩壊を予測したと記憶している、そんなことよりも何よりも、興味を持ったのは、92歳まで現役で軍事顧問という激務をこなしたという点だ。

 同居中の義母は現在95歳で、92歳頃には屋内で転倒して骨折し、しばらく寝たきりだった。今でも、一日中ベッドの中で過ごす時間が長くなってしまっている。たまに起きると、ぬり絵か習字をする程度だ。あとは、ぼんやりとラジオを聴いている。

 アンドリュー・マーシャルの驚異的な職歴を知り、どのような健康法で心身を健常に維持したのか、いや心身だけではなく、頭脳までをも明晰な状態に維持したのかを知りたいと思った。

 私自身は早世の家系に生まれたので、自分自身も長くは生きられないだろうという、漠然とした諦観で生きてきた。現在も、だらだらと長生きすることには、意味を見出せないと思っている。読んではいないが、サルトルの作品「嘔吐」はまさに、何もせずただそこに存在するだけの老木の「生き方」に嫌悪感を覚え、嘔吐を催した・・・そのように、ただ存在するだけの老木のようになってまで、生きていたくはないと思っていた。

 しかし、最近の私はもう少し生き永らえ、ある程度まで仕事環境を創り上げるのを、見届けたいと思うようになっている。さらには、人間として60数年、妄想ネコとしては3千年以上を生きてきたが、これまでに見聞した様々な人生や人間模様をモチーフにして、短編作品を書きたいという意欲が湧いてきている。実際には、これまでに10数編は書いていると思う。

 仕事に追われる私にとっては、短編作品が時間的にはちょうど手頃である。ところが、最近はどういう訳か、長編作品を書いてみたいという意欲が生じている。

 現実社会に馴染めず、活路を求めて異国に旅立った主人公。まだ性別や年齢は具体的に設定していない。その主人公が、異国の地から日本という国を客観的に見るようになり、さらには異国の文化・習俗の中で生活して、初めて自分自身のアイデンティティを見出す・・・そして自分の使命を示現として見ることにより、積極的にその後の人生を、新たに生き直すことになる。

 ざっとそのような、孤立した人間の変異をテーマに作品を書いてみたい。そのためには、その異国の歴史や文化、とくに音楽を深く識りたい。そして何よりも、実際にその地に足を踏み入れ、街を行き交う人々の表情を観察し、空気を吸い、匂いを嗅ぎ、主人公をほぼ現実の存在のように描写できるようになりたい。

 実際に、最近の私はそのような構想を、将来に思い描いている。家族の者からは、まずは身体を鍛えなさいね、と馬鹿にされている。確かに10数時間も機内で過ごし、時差の影響を受けてもちゃんと行動できるのだろうかという不安感はある。かつて海外を頻繁に飛び回ったときの感覚で、机上の空論を描いているのではないだろうか、と思うこともある。

 だから正直なところは、アンドリュー・マーシャルに直接コンタクトして、現役状態で長生きする秘訣を教えてもらいたい、などと無謀なことを考えている。

 そんな希望があるものだから、早世の予感を視野の外に追いやり、今まで以上に貪欲に、将来構想の早期実現のため、営業活動にも力を入れたいと、心を新たにしている。

 ちょっと、仕事に対する動機が不純すぎるだろうか。いや、創作意欲のなせる業なので、大目に見ていただけるのではないだろうか。・・・そう期待している。


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# by hirune-neko | 2018-08-08 23:43 | 創作への道 | Comments(0)

深夜の徘徊を経験した

Here's Something for You - Eliane Elias - subtitled [ HQ Audio | HD ]

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 今日はかなりの枚数を印刷した。インクの残数をちゃんと意識せず、ひたすら印刷したため、午前0時近くになって、最も使用するブラック350インクが空になり、在庫が底を尽きてしまった。印刷が必要な枚数は、まだかなり残っていた。溜息である。

 家人が、ドンキホーテは24時間営業していると教えてくれた。台風接近中のようだが、背に腹はかえられない。トボトボとドンキホーテに向かった。

 無事にインクを購入し、帰り道にセブンイレブンに寄った。無糖のジンジャー味の炭酸水を飲みたくなったからだ。ところが、どうも最近は在庫しなくなったようで、見当たらない。そこで、少し歩くが別のセブンイレブンに行くことにした。さすがに午前0時を過ぎると、人影もまばらである。

 長時間、パソコンに向かって作業するのが日常となっているので、身体に良くないことは重々承知している。歩く歩数が増えるのは、私にとっては喜ぶべきことだ。

 改めて思うのだが、インターネットを経由して流れてくる情報は、実に様々である。趣味の領域に限定して検索すれば、当惑するような情報に接することはないかもしれない。しかし、国内外の政治情勢や社会問題にまで枠を拡げるなら、気が滅入るほど、実に多くの暗鬱な情報に接することになる。

 あるひとつの問題に拘泥し、徹底的に追求する人、逆に傍観する人、それぞれである。ある問題点に興味や関心を持たない人を、批判的に見る人もいる。

 私は個人的に、一人の人間が視野に入れる要素は、多面的であるべきだと考えている。しかし、ある程度は表面化している問題点に対する、基本的な理解と判断は必要だとも思う。そのバランスが、その人の人生観や価値観という本質から生まれるとも思っている。

 そうはいいながらも、油断すると一気に社会情勢が緊迫する時代になっているのも事実だ。実に人生の舵取りが難しくなっているように感じる。

 今日は核心にまで触れることは避けるが、私自身、限られた時間と能力で、どのような優先順位で何をすればいいのか、日々葛藤の毎日である。


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# by hirune-neko | 2018-08-08 01:36 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日は一日中、映画のサウンドトラックを聴いていた

The Deer Hunter Soundtrack

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 昨晩ダウンロードした、「映画のサウンドトラックを集録した」アルバムを、今日は、何度も聴いていた。全部で14曲。そのうち実際に映画を観ているのは、おもい出の夏、真夜中のカウボーイ、白いドレスの女、だけだった。

 真夜中のカウボーイなんて、確か高校生の時に学校をサボって映画館に入って観たと記憶している。遠足をサボって同級生2人と、デパートの食堂でたむろしていたら、変なおじさんが近寄ってきた。なんだこいつ、と思ったら私服警官だった。生徒手帳の提示を求められ、「タバコを持ってないね?ポケットを見せなさい」と言われたので、堂々とタバコが入っていない方のポケットを開けて見せたら、それで終わった。ずいぶんチョロい警官だと思ったものだ。

 それで無罪放免だと思っていたら、甘かった。翌日の朝会で担任の教師が私を睨み付け、「昨日はどこに行ってたんだ」と怒気を含んで質問した。あの私服警官が報告したのだ。
 
 ふてぶてしかった私は、「さあ、どこでしたっけ?」と答えた。教師はさらにボルテージを上げ、「胸に手を当てて考えてみなさい!」と命じた。そこで私は右手を胸に当て、首をかしげて何も答えなかった。担任教師は物理の先生だったが、修学旅行以来、とにかく私を毛嫌いしていた。

 修学旅行での「事件」は、今でも憶えている。滞在先の旅館の2階の部屋から外を見ていたら、その教師が門限時間を過ぎて、慌てて旅館の敷地に入ってきた。なんと、同級生の女生徒と一緒にだ。「なんだ、こいつ」と思った。

 何もすることがなかったので、同室のみんなから携帯ラジオを何台か集め、部屋のあちこちに置いて、大きなボリュームで同じ音楽を流した。すると、すぐに例の教師が血相を変えて部屋に飛び込んできた。不機嫌そうに怒りの表情を露わにし、目に留まったラジオを手に取るとスイッチを切った。切ったものの、まだ音楽は止まない。焦った表情で、彼は部屋中に視線を向け、もうひとつのラジオを見つけると、足早にラジオに近寄り、スイッチを切った。当然のことだが、音楽はまだ止まない。完全に理性を失った教師は、最後のひとつにとどめをさすと、さすがに何かを言う気力を失い、引き上げていった。

 私は、なんて素行の悪い高校生だったのだろうと、改めて思っている。あの物理教師は確か、大学を卒業して間もなかったはずだ。教育者としての使命感と希望を胸に、市内一番の進学校に職を得たというのに、よりによって私のような、煮ても焼いても食えないような生徒の担任になってしまい、今となっては深く同情している。

 あの先生が、今日のこのブログ記事を目にする可能性はゼロだろう。しかし、同窓生で伊達市の市議会議員であるH氏は、最近ブログ読者になってくれているので、苦笑いしながら当時の私を思い出すだろうと思う。仕事上でいろいろお願いしているから弁解する訳ではないが、今の私は正真正銘、真面目に更生した高齢者である。公安警察の監視対象にもなっていないはずなので、どうぞご心配なく。その関係で、やはり同窓生の「伊達缶」というあだ名で呼ばれていたI氏とも、ごく最近Facebook友だちになっているので、もしかしたらこの記事を読み、大笑いするかもしれない。

 もう半世紀が経過している素行なので、とっくに時効だと思っている。

 そんなことより、私はそう遠くない将来、国会に参考人として招致され、とくに野党の辣腕議員の皆さんからの、厳しい質問に曝されることを想定し、時々脳内で模擬訓練をしている。それは、マスコミが報じない実態を調査し、公開情報として発信するからだ。論点のいずれかに偏った断定情報を発信するつもりはない。あくまでも両論・各論並記が原則であり、最終判断は有権者の皆さんに委ねる、というスタンスである。

 余命初代のかず先生が存命中の、「第一発信者にならない」よう、慎重に情報を開示した、という言葉が印象に残っている。「私はアメリカ国防省および中央情報局のレベルCまでは、自由に閲覧できる権限をホワイトハウスから与えられており、かつ公にしていいとの許可もいただている。この情報が虚偽だというのなら、私を責めるのではなく、情報源である米国防省および中央情報局に対し、虚偽情報であることを立証し、削除してもらっていただきたい」・・・とまあ、こんな感じで啖呵を切ってみたいものだ。

 もしかしたら国会の委員会で、百戦錬磨の偉大な野党議員の先生達と直接対峙するための訓練として、私の反骨気質は半世紀以上前から培われてきたのかもしれない・・・というのが今日の妄想である。実際の私は、とても人情家で優しい性格なので、事を荒立てないよう周到な戦略で進めるので、どうぞご心配なく。

 おあとがよろしいようで・・・。


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# by hirune-neko | 2018-08-07 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

Apple Musicで1枚のアルバムをダウンロードした

愛と哀しみの果て(Out of Africa)

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 数日前の記事の冒頭に掲載した映画「おもい出の夏」を、また聴きたくなった。これまで、映画のサウンドトラックは1枚も所有していなかった。だが、どういう訳か、脳内疲労に優しい感じがしたので、Apple Musicで検索してみた。

 最初は、見つけたこの1曲だけをダウンロードしようと思ったのだが、映画のサウンドトラックを特集したアルバムが見つかり、その中に収録されていることが分かったので、アルバムごとダウンロードすることにした。

 リピート機能を使い、「おもい出の夏」だけを何度も繰り返し聴いた。やがて、アルバムに収録されている全曲を聴いてみたいと思い、リピート機能を解除した、

 耳馴れた曲が次々と流れたが、やがて初めて耳にする曲が流れ始めた。スケールの雄大さを感じさせる曲想で、不思議と懐かしさと郷愁感で惹きつけられた。なんの映画だろうと思い確認したところ「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」だった。観てはいないが、見覚えのあるタイトルだった。念のため、Amazonのウォッチリストを開いたら、すでに登録されており、いつでも観られるようになっていた。それ以外のほとんどは、スパイ映画、戦争映画、ハードボイルド映画作品で占められており、そんな中で「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」だけが、居心地悪そうにポツンと存在していた。

 何かで短評を読み、興味を持ったのではないだろうか。まだ観ていないので、この映画のストーリーは全く知らない。しかし、純粋な魂を持つが故に現代社会で生きることを拒絶し、大自然と共存する人間の原始的な素朴さを求めて、アフリカの大地に渡った女性が、そこで同じような生き方の男性に出会った・・・と、勝手にストーリーを想像している。最後はおそらく、その男性が非業の死を遂げることになり、掴みかけた夢は破れ、再び現実と向き合うことになる・・・そんな女性の切ない哀しみのストーリーが、この曲を聴きながら思い浮かんだ。

 私自身の内部のどこかに、現実社会に存在しつつも、そこに埋没することを拒絶する感性が存在するのだろう。当面は日本国内で、自分自身のためでなく、自分自身の使命感と達成感のために、時間と労力を惜しまずに働きたいと思う。

 しかしやがていずれ、局面がほぼ実務的なレベルに到達したら、理念と方向性だけを置き土産にして、現実社会に別れを告げ、非現実な世界に現実性を求めるようになるだろうと予感してる。いろいろな人生と登場人物の痕跡を探しに、異国の地に足を踏み入れる自分自身の姿が思い浮かぶ。

 今から40年近く前になるが、かなり頻繁にアメリカの主要都市を訪れた時期がある。やがていつしか、成田からニューヨークまで飛び、そのままJFK空港で乗り換えてロンドンに飛ぶという、かなり無茶な旅を繰り返していた。感覚的には、アメリカよりは英国やフランス、ドイツなど欧州の国々の方が、創作イメージを豊富に有していると感じる。

 今では、一度も訪れたことのない、東欧、北欧、南米、ロシアに興味を持っている。アフリカは全く視野に入っていないのだが、いつかこの「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」を観ることがあったら、アフリカも候補に入るのかもしれない。

 異国に関しては、その国の歴史や思想・哲学、音楽、文学、政治・経済までを深く識ることにより、ストーリーの精度が増し、登場人物にもリアルな生命を吹き込むことができると思っている。

 さて、そのような私の構想が実現するのは、果たして何年後のことだろうか。そして、その時の私には、取材旅行のための多少の資力とある程度の語学力は具わっているとは思うが、肝心の視力、脚力、体力のみならず、記憶力、思考力、想像力に至っては、全くの未知数である。

 そんな、まるで高校生が抱くような荒唐無稽な夢物語に、可能性と希望を持ち続けられるのは、偏に読者の皆さんの存在であることは間違いない。ときどき政治的な、あるいは社会的な問題について触れることがあるものの、このブログは決して政治ブログではない。ある意味では、私の内面が文字化された記録である。

 人生について、生き方について考え続けるのが私自身の原点だと思っている。どれだけ時間をかけ続けたとしても、人間は完成を究めることはできないだろうと思う。しかし、最後の最後まで自分らしく生き続けるという求道の姿勢が、私が残せる唯一の遺産だと思っている。相続税の対象にはならない遺産なので、子や孫たち、そして未だ見ぬひ孫たちだけでなく、不特定多数の読者の皆さんにも、作品を通して、私の無形の遺産を受け取っていただきたいと希望している。

 まるで遺言書のような文章になってしまったが、まだまだ生きる意欲はあるので、いつか振り返ったときのために、今現在の心象風景として記録しておきたいと思う。

 ・・・実は、今日書き残したかったのは他にあった。いつの間にか長い前書きになってしまった。

 夕方、ある知人から電話があった。父親達の団体があり、彼は、「親子で一緒に旅行することを、父親達に勧める」担当係になったらしい。そこで、家族旅行が子どもに与えるいい影響をテーマに文章を書いてほしい、という依頼内容だった。書くには書いたが、採用されるかどうかは、相手次第である。

 そこで、せっかく考えた文章なので、記録としてここに残したいと思う。それが本日の本題である。冒頭の映画「愛と哀しみの果て(Out of Africa)」のテーマ曲にすっかり影響されててしまい、あれこれ枝葉末節まで拡張してしまったが、それも私の偽らざる一部なのでお許しいただきたい。以下が、今日の宿題の文章である。
 

【子どもと親の心の旅路】

 どんな人にも、いつか自分の人生を振り返る時期が訪れます。その時に、いつも自分自身を優しく受け入れ、自分の心を温かく包み込んでくれた人たちとの日々が、とても大切で貴重な思い出として甦ってきます。

 無邪気な幼子や生意気盛りの子どもたち、そして少し反抗期を迎えた若人は皆、希望に満ちた眼差しで未来だけを視野に入れています。しかし、そんな子どもたちもいつか、世の荒波に揉まれ壁に突き当たり、落胆や失望を味わいます。ときには自信喪失し、自己嫌悪や人間不信に陥るかもしれません。

 そんな時に彼等の心の支えとなるのは、自分自身を優しく受け入れ、自分の心を温かく包み込んでくれたお父さんやお母さんとの佳き思い出です。日常生活を離れ、親子だけで楽しく過ごした時間と空間が、傷ついた彼等の心を癒し、新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれます。

 家族だけの旅行は、生涯を通じて決して色褪せない鮮明な思い出として、いつまでも子どもたちの心のひだに残り続けます。長い人生の時間と較べれば、ほんの一瞬の出来事かもしれません。しかし、その小さな種は、やがて芽を出し、茎がたくましく成長し、空の鳥が舞い降りてその枝に宿るほどの木に成長することでしょう。

 親として、子どもに残すことのできる、しかもお金で買うことのできない、最も価値ある資産だと思います。


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# by hirune-neko | 2018-08-06 00:14 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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