昼寝ネコの雑記帳

歩き続けていても、ふと立ち止まることがある

Samba em Prelúdio
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 希なことだが、自分のことを客観的に見るときがある。滅多にないことで、心身が不調の時や処理案件過多で、立ち往生したときぐらいだろうか。

 今日は昼間から断続的に睡魔に襲われた。久しく散髪に行っていなかったので、仕事を中断し、夕方過ぎから床屋に行くことにした。
  
 順番待ちは3番目だったので、iPadProにイヤフォンを挿し、iCloudの保存してある動画を観て過ごした。暗号鍵とか復号鍵とか、そんな内容の動画だった。散髪中には何度もうたた寝したので、あっという間に終わってしまった。

 そのまま帰らず、歩くことにした。

 歩きながら、とりとめも無いことを考えた。珍しく、自分自身のことが客観的に映った。

 時間に余裕が持てるようになったら、ハイキングシューズを購入し、自然の中の平坦な道を歩いてみたいと思った。実際には、自然界に行くだけでも、おそらくは数時間程度かかるだろうから、贅沢な望みだと思う。

 私は、仲間意識が希薄で孤立することが気にならない。人から非難されようが、罵声を浴びせられようが、おそらくは平然としているだろうと思う。どこにも帰属意識が無く、従って妥協せず持論を述べる傾向が強い。

 20代の頃から無国籍人間という自覚があり、言葉の問題を除けば、おそらくはどこの国に行っても、そこに定住することができそうな気がしている。欲しいと思う贅沢品は何も無く、知識欲を満たせる学習時間を切望している。

 まるで、異星からの来訪者でもあるかのように、地上での人間関係には、自然に距離を置いてしまう。

 そんなあれこれが思い浮かび、今晩のブログに書き残そうと考えたとき、公の場であっても平気で自分を曝け出すことに、ためらいを感じない自分に驚いた。

 きっと自分とは別の自分が、独り歩きしているのだろう。制御も制止もできない、自分の中の自分が存在しているかのようだ。

 仕事や人間関係も含め、私を必要とする環境が、いつかは静かに終わりを迎えるだろう。そのときのために、体力と気力を温存し、雑踏を離れたどこか静かな所に身を置き、もう一人の自分と向き合って生きてみたい。

 全ては無である。しかし、無を超越した彼方を見ることのできる人間にとっては、無もまた有である。無という洗礼を受けた後、有を創造しようと格闘する人間の人生には、終わりが訪れないだろう。そんな気がしている。

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# by hirune-neko | 2018-12-05 00:03 | 心の中のできごと | Comments(0)

味わい深い歌だと思う

RAIMUNDO FAGNER - CHORA CORAÇÃO
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 久しぶりに、Ana Carolinaの歌を聴きたくなり、Apple Musicでアルバムを探した。大人気の歌手らしく、大変な枚数がリリースされていた。

 お目当ては、Ana Carolinaが歌う Eu Sei Que Vou Te Amarで、数日前のブログで掲載したばかりだ。彼女のアルバムで見つけたのは、アレンジがあまりではかったので、他を探したのだが見つからない。検索したら、どうやら中南米音楽の特集アルバムで、いろいろなアーティストの歌が、オムニバス形式で構成されている中に見つけることができた。

 聞いたことのある歌手名は、Ana Carolina以外にひとつもなかったが、新しい発見があるかもしれないと考え、ダウンロードしてみた。

 ボサノヴァが多く、何曲かは知っていたが、ほとんどは初めて聴く曲だった。勿論、どの歌手も初めての名前だった。

 歩きながら、最初から最後までを何度か聴いた。

 音楽には、初めて出会った瞬間、まるで一目惚れのように魅力を感じる場合がある。しかし、繰り返し聴いているうちに、最初の新鮮な感動が徐々に色褪せ、陳腐に思えるようになることも多い。

 逆に、何度か繰り返し聴いているうちに、派手さはないものの、味わい深さが、じわじわと心に伝わってくる歌もある。冒頭でご紹介した歌は、そのような印象の曲だ。

 おそらく、歌詞はポルトガル語なのだと思う。残念ながら、意味はまったく分からない。あくまでも語感から受ける印象でしかないのだが、ぬくもりと優しさを感じてしまう。一体どのような世界を歌っているのか、いつか時間があるときに調べてみようと思う。

 いよいよ、というか、とうとう追いつめられ始めている。奇特な方が、自治体の投書コーナーに私たちが製作している、名入り絵本を紹介してくれて、その自治体から、資料請求があったという連絡があった。

 以前、「書店ゼロの自治体」という情報を目にしたとき、不思議な感情に包まれた。書籍を販売する出版社が、書店の無い町を思い描いたとき、どのように感じるだろうか。販路が無く、おそらくは本を読む人も少ない、ビジネスベースでは視野の外に除外してしまうのではないだろうか。

 私の場合は違った。

 本と出会う機会の少ない環境で育つ、子どもたちの姿が目に浮かんだ。私には、装丁デザインはできないが、単行本1冊をデータ化できる技術がある。それと、特殊なソフトではあるが、それなりの機能を持ったサイトを構築することができる。大幅な更新が行われたまま、まだ最新技術の習得はできていないが、少し時間をかければ、そこそこの機能を持つサイトを作る自信がある。

 小さい頃から、できれば生まれて間もない頃から、お父さんやお母さんに本を呼んでもらい、小さな身体の中に心が拡がり、感性、感覚、平安という目に見えないものの、大切な要素が全身に広がる。やがて読書に親しむことにより、視野が広がり、理解力と洞察力も増す。物語を読むことで疑似体験し、観察力や想像力を養うことにもなる。

 出版販売の利便性が極限まで高められ、グローバル化されている。忙しい現代人は、調達時間や送料の低減という恩恵を受けるようになっているのは事実だ。
 
 しかし、この地上に生を受けた幼子が、人生の晩年近くに至るまでの間に、人間として習得し、あるいは体感し、学ぶべきことはなんだろうか。画一的に論じることはできないことは承知している。しかし、目に見える世界からのみ価値の選択を行うのではなく、目に見えない世界に広がる深遠な価値に、目を向けるきっかけを提供できないだろうか。そのように考えるようになってしまった。

 したがって、営業手法を根底から見直し、改訂版を作成している最中である。つまり、自社の商品を売ることよりも、書店の存在しない世界で生活する人たちと、本の世界との距離を縮めるお手伝いをしたいという思いが、募ってしまっている。

 ビジネス的には邪道なのだろうと思う。しかし、私なら低予算で提供することができる。無償で提供する局面も覚悟している。

 そのような次第なので、早急に企画提案書をまとめなくてはならなくなっている。ますます追いつめられてしまっている。

 なので、あまりアップテンポの音楽を聴く気になれない状態にある。急かされる感じがするからだ。

 意味不明なポルトガル語であっても、この歌に慰められている。

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# by hirune-neko | 2018-12-04 02:05 | 心の中のできごと | Comments(0)

隙間が少しずつ埋まって行くような気がする

Les Swinger Singers J S Bach Concerto in F Major largo 1969
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 全体構想は紙の上では描けるようになってきたが、現実的には、まだまだ補強の必要がある部分がある。

 家族の絆を強める、とひと言で表現しても、現実的な次元になると理念や観念を超えた、具体性が必要になる。以前から耳にしているのだが、いわゆる子育てに相当すると思われるParenting(ペアレンティング)は、発達障害その他、子どもに原因がある場合の対処方法であり、アメリカの医療現場はかなり進んでいるようだ。ある専門家に言わせると、日本の現状はアメリカに較べ、数十年遅れてるらしい。

 福井県のある精神科医は、40歳を過ぎてからハーバード大学に留学して学んだそうで、興味を持って情報を集めている。

 三男は現在、研修医として勤務しており、来年の3月で修了予定だ。何科に進むか迷っていたようだが、今日電話で話したところ、医学の道を志した当時の思い通り、精神科に決めそうだ。しかも、児童精神科という科があるそうで、大人の精神にも興味はあるが、子どもの心のケアをしたいという。

 全体構想の最終目的地点である「みるとす」の主要目的は、良好な家族関係の構築だ。私なりの考えはあるが、アメリカのParenting(ペアレンティング)を学んだ専門家に、助言をお願いできればと希望している。

 三男が、なんらかの形で協力してくれれば心強い、とも思い始めている。断片的に存在する専門領域をつなぎ合わせて、立体的な構造に作り上げる基本作業は、私の受け持ち部分だと思っているが、それぞれの専門領域までは、さすがに手が回らない。

 構想が徐々に具体的な形になるなら、主旨を理解し賛同してくれる専門家たちの輪が拡がり、一緒に手伝ってくれるようになると理想だと思っている。

 もう30年以上前だったと思う。家内の叔母夫婦が浅草で洋菓子店を開いていて、ときどきお邪魔したことがある。店主だった叔父が、当時はまだまだ若く青臭かった私の話を黙って聞き、「なんでも自分一代で、全てをしようと考えない方がいい」と言われたのを、今でも憶えている。

 あるところまで稼働させレールを敷けば、完成形まで見届けることもないだろう。もっとも、おそらくは時代の変化に合わせて、常に軌道修正と進化を続けなくてはならないので、完成形という固定的な形態にはならないのだろうと思っている。

 いずれにしても、かなりの想像力を駆使しながら、飽くことなく組み立て作業を継続したいと思っている。

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# by hirune-neko | 2018-12-03 00:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

歩きながら考えた、死期仮設定の遺言メッセージ

Ana Carolina - Eu Sei Que Vou Te Amar (Lyric Video)
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 子どもたちを代表して長男から、私にもしものことがあった時の対応方法を、家族会議で説明するようにと申し出があってから、かなりの月数が経過した。いつの間にか、子どもたちがそのような心配をするようになったのだ。気づかなかった。

 現実的には、もしもの時期や状況を特定するのは、なかなか難しいことだ。一応、基本的な方針をメールで送ったが、それ以降は何も発信していない。

 確かに、ここ数週間とか数ヶ月で私が機能不全になってしまうと、混乱を生じるだろうと思う。少なくとも現業業務をちゃんと分担できるようにして、これから手がける分野については、線路を敷いて動き出すところまでは、見届けたいと思う。

 さて、現実的に考えてみると、仮に私が病気や事故で落命するか機能喪失するとしても、その時期が特定できないことには、逆算して達成プロセスを具体的に指示することができない。さりとて、いずれそのうち、という漠然としたことでは、このままずるずると時間が経過してしまいそうだ。

 そこで、ハタと思ったのだが、死期を仮設定すれば、対応方法も具体的に描けるのではないだろうか。うん、それはいい考えだと、自画自賛してしまった。

 では、暫定的に私の死亡時期をいつに設定しようか。何も根拠はないのだが、とりあえず来年、2019年の12月中旬に、多少は人から惜しまれてこの世を離れる、というシナリオで考えてみたい。

 もちろん、仕事は時々刻々変化するので、業績をグラフ化したり、その時点毎の修正方針を加筆し、できるだけ定期的に報告すれば、みんな安心するだろう。

 全般的に何を考えていたかは、このブログを読んでくれれば、心の軌跡はかなり理解してもらえると思う。

 今日は、4800歩を残していたので、第三京浜のかなり近くまでを往復した。歩きながら、あれこれ思い巡らしたが、納得できる考えが浮かんだ。

 人が生きる上で、最も大切にすべきことは何か・・・。

 結論を先に書くが、それは使命感を持ち、それを実行して達成感を感じることを喜びとする・・・それが、人生を終えるときに、自分自身の人生を振り返って、ああ悔いの無い佳き人生だった、と思える基本線だと、はっきり確信できた。

 使命感とは、勿論だが自分以外の人のためになることを行動に移す、それに限る。そして、そのことにより、相手が歓びや癒し、感動、平安を取り戻したと実感できれば、それが達成感である。

 自分の利益、名誉、賞賛、地位などよりも、苦難の渦中の人、悲しみを背負う人の心を理解するように努め、その人に声をかけ、できることを考えて実際に行動に移す。そのような人が増えれば、周りの善き隣り人によって立ち直る人が増えるだろうと思う。

 そのような教訓、精神論も加えて、私からの遺言メッセージとしよう。

 虎は死して皮を残す。人は死して名を残す、ネコは死して・・・さて、ネコは死して何を残すのだろうか?仕事や生き方に善き影響を与えるような、知恵やエッセンス、DNAを残せれば、それで本望である。

 私自身も、そのようなネコに成長できるよう、努力を重ねたいと思い至った。

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# by hirune-neko | 2018-12-02 00:46 | 心の中のできごと | Comments(0)

今月も独りで「月越しの祭り」を祝った

Stacey Kent - Double Rainbow (Audio)
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 毎月のことではあるが、大過なく月を越せるというのは、実に有難いことである。現在のところ、来月末、即ち年末もなんとか越せそうである。やれやれの多忙な一年だったが、徐々に希望的観測が拡がり、来年につなげることができそうだ。

 相変わらず月末の振り込みは、1件ずつ原始的に処理している。1件ごとに金額と相手の名前を何度も確かめるので、結構集中力が必要だ。

 最近、zakzakを閲覧しようとすると、不思議なことが起きる。

 ウィルスソフトが「このページには不適切だと思われる記事が掲載されています」と表示され、そのページを開くことができなくなることがある。他のスポーツや芸能などのカテゴリーは自在に開けるのだが、政治・社会のページがフリーズすることがある。

 今日、目に留まった記事があった。タイトルは【「韓国は正気なのか!?」北朝鮮が文在寅政権を非難】・・・と書かれていたので、興味を持って読み始めた、すると、例の不適切メッセージが出てしまい、読むことができない。ブラウザで戻って再度読もうとしても、今度は反応しない。ページの再読み込みをしても、反応が無い。

 ある勢力にとっては知られたくない内容なのか。だから、サイバー攻撃や閲覧不能になるよう改ざんしているのか、などの疑念が湧いた。

 ふと思い立ち、タイトルの一部をGoogleで検索すると、該当ページが表示され、記事全体を読むことができた。まことに不思議な現象であり、どうなっているのか皆目分からない。

 時間に余裕が無いので、最近の内外情勢は、もっぱらブログ「徒然なるままに」http://mblg.tv/42411914/を訪れ、とりあえずはタイトルだけをざっと閲覧するようにしている。それだけでも、なんとなくの方向性は掴めるように思う。

 つい数日前、日産自動車・ルノー・三菱自動車に君臨していた、カルロス・ゴーン氏の逮捕に関連した7本の記事を、ブログ「徒然なるままに」で読んだ。推測するままに感想を書いたが、その後の各種報道で、どうやら電気自動車技術に絡み、フランス大統領・政府と中国の親密な関係が、あぶり出されるようになったのには驚いた。

 下手な国際陰謀小説も顔負けの現実が、まさにリアルに展開しているのだなと、認識を新たにした。

 まるで、スパイ小説や映画を観るかのように、圧倒される現実が闇の中から次々と現れ、白日の下に曝されることが、これからも増えるのだろう。

 映画館でのできごとなら、一歩外に出ればそこは平和な世界だ。しかし、さまざまな陰謀が蠢いているのが現実社会である。それらに目を奪われて茫然自失するのではなく、まずは自分と自分の家族、友人・知人の安全を確保するという視点を、常に持つ必要がある。そんな時代になってしまっているのだろう。

 何をすればいいか。答えは簡単ではないと思うし、二者択一のように単純な問題ではないのは明らかだ。とにかく、ある種の危機意識を忘れず、判断・選択し続けるしかないだろう。並行して、これほどグローバル化された国際問題に対峙し、日本と国民を守る力量があるリーダー・政治家は誰なのか。有権者としては、誤った判断をしないよう、普段から特に政治家の言動はシビアにチェックする必要があるのではないだろうか。

 ああ、かろうじでまだ午前0時数分前である。いよいよ12月に突入するので、静から動に向けて変貌し、行動的になれるようライフスタイルを改善したい。それと、必要以上に旗幟鮮明にならず、ネコを被って老獪で大人の言動を心がけよう。知恵を使い、パヨクの皆さんに対しても、ネトウヨの皆さんに対しても、不要な刺激と反感をまき散らさないよう、慎重に動いて行きたいと思っている。

 ネコがネコを被る?・・・それでは二重ネコになってしまう。Double Rainbowならぬ、Double Catである。まあなんでもいいので、目的とする環境実現までの臥薪嘗胆である・・・昼寝付きであってほしいと願っている。

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# by hirune-neko | 2018-12-02 00:44 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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