昼寝ネコの雑記帳

生前の母に送ったファックス原稿を見つけた

Shirley Horn - "Solitary Moon"

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 記憶では、間違いなく母に名入り絵本をプレゼントしている。生まれた赤ちゃんのための絵本とは別に、人生の晩年を迎えた親に対し、感謝の気持ちを込めた絵本を商品化しようと思ったので、母を実験台にして文章を作った。

 母は長女だった中学生の頃、突然父親が病死し、4人の弟や妹に学業を続けさせるため、自分は学業を断念し、母が始めた八百屋・果物屋を一緒に手伝うようになった。
 結婚してからの辛酸の人生。そんな過去の心情を想像し、文章の中に組み込んで労をねぎらった。札幌で一人暮らしだったが、その絵本の読後感を聞きたくて電話したら、感動して涙が止まらなかったという。当時もすでに親泣かせの息子だったようだ。

 その文章がいくら探しても出てこない。母の名前であれこれ検索していたら、ファックス原稿が出て来た。母の家にはファックスはなかったので、近所の方に送信し、届けてもらったのだろう。ファックス原稿には創作した短編と、父との和解というタイトルで、没後40年以上が経過し、ようやく父を受け容れることができるようになった心情をブログに書いた記事の、2編が書かれていた。

 この短編作品を読み始めたとき、誰が書いた文章なのか判然としなかった。しばらく読んで、徐々に登場人物の女性の記憶が甦り、途中で自分が書いた作品だと思い出した。そんなに悪くない作品だと思うので、以下に転載させていただく。

(過去の創作作品)

「届かない会話と届いた言葉」


 一人の人間を理解するには・・・本当の意味で深く理解するためには、その人のずっとずっと昔まで遡り、時系列で出来事を並べてみないと・・・

 ある女が、あれこれ考えた末に、人生の終末を生きる人の役に立ちたいと考えた。彼女には無理に働かなくても、一生涯暮らしていける経済基盤が与えられていた。なので、お金を目的に働く必要はなかった。

 指定された日に、施設に面接を受けに行った。書類選考を経て、適性を確認する最終面接だった。その日のうちに電話による連絡があり、週明けの月曜日から金曜日までの5日間、通うことになった。

 月曜日の朝、9時から1時間の事前説明を受けた。担当するのは、80歳を過ぎた男性で両下肢が衰弱しているため、車椅子で過ごしている。脳波は正常なのだが、話しかけても反応がない。専門家の所見では、自閉症と失語症その他心因性の障害で無感覚状態になっているという。言葉は発しないが、洗面所に行きたいときにはかろうじて指先で合図するという。

 女にとっては、相手がどれだけ重篤な状態でも一向に構わなかった。煩わしい会話で神経をすり減らす必要がない方が気楽だった。

 雨が降らなければ、敷地内の木立を縫うように車椅子を押して散策するようにした。雨が降ると、施設内の長い廊下を何度も往き来した。残りの時間は、高台から水平線を見渡せる展望室で、ただじっといつまでも遠くを見つめていた。

 女は自分に起こった出来事が、何ヶ月経っても頭から離れないのを自覚していた。何の未来像も描けない、行き場を失った人間になってしまったことを実感していた。

 2週間ほど経った頃、車椅子を押しながら、ふと年齢の割に白髪が少ないなと、初めて男性のことが視野に入った。

 そういえば、規則だということで一切の個人情報は知らされていなかった。過去の職業、家族構成、国籍も出身地も何もかも知らないことだらけなのに、ひと言の会話もなく、ずっと行動を共にしている。考えてみれば、ずいぶん奇妙な関係だと思った。

 東條さんという名前が、男性の唯一の情報だった。

 「東條さん。もう秋ですね、寒くないですか?」
 その日、女は初めて言葉を発したが、反応はなかった。ダウンコートで男性の身体を覆い、車椅子を押していつもの散策コースに出た。

 このところずっと女は自分に閉じこもり、誰とも会話することがなかったせいか、徐々に人に対する億劫さが薄れているのを感じた。

 「東條さん。人生って、いつ何が起きるか分からないものですね」
 返事はなかった。返事がないことが、虚ろに感じられた。

 それまでは、寡黙で単調な毎日だった。しかし女の心境は徐々に変化し、飽和状態になった感情を、言葉とともに吐き出さずにいられなくなっていた。

 翌日から、女は徐々に饒舌になっていった。

 「東條さん、今日は少し暖かいですね。いつもと逆のルートを行ってみましょうか」
 女は同意を待たずに、逆ルートを進み始めた。

 「北海道で、初雪が降ったんですって。・・・わたし、本当はとてもおしゃべりで明るい性格なんですよ。でも、いろんなことが同時に起きてしまい、突然、独りになってしまったものですから、人と接するのがすっかり億劫になってしまって」
 彼は相変わらず何も反応しなかった。

 無反応の相手なので、女は警戒心を持たずいつしか、子どもの頃の思い出、父親との確執、母親の病死、留学時代のエピソード、学生時代の希望と挫折の繰り返しを、徐々に語るようになった。

 彼はいつしか、無言のカウンセラーになっていた。

 1か月ほどが経過した。不安や葛藤など、女はいつしか無言のカウンセラーに対し、素直に内面を伝えるようになっていた。

 「わたし、ようやく先のことを考える気力が出てきたようなんです。このままでいいのかなって。やりたいことは何もないんですけど、でも何かしなくては、って思うようになってきたんです」
 女の言葉は、遠い水平線を見つめる彼の耳には届いていないようだった。

 翌週の月曜日、女は退職届を提出した。話し合いの結果、後任の手配が可能になる金曜日までは勤めることになった。

 その日まで、女は何度か謝罪の言葉を伝えた。何の会話もなかったものの、錯綜した話をただ黙って聴いてくれた彼を残して去ることに、後ろめたさを感じるようになっていた。

 金曜日、最後の日の夕方になった。外は朝から雨だったせいで、展望室から見る水平線は空に溶け込んでしまい、境界線が見えない。

 重い空気だった。

 あと数分で、お別れだ。もう二度と会うことはないかもしれない。女は彼に別れの言葉を告げた。
 「東條さん。短い間でしたが、私のお話を聴いてくださって、有難うございました。本当のことをいうと、生まれて初めて死ぬことを考えたんです。でもこうして東條さんに励まされて・・・何もおっしゃってはくれませんでしたけど、寛容な心を感じることができました。・・・さようなら」

 女は立ち上がり、車椅子のハンドルに手をかけた。
 その時、彼は初めて言葉を発した。
 「どうもありがとう。ご自分を大切に」

 女は一瞬、耳を疑った。彼は無表情に水平線に目を向けたままだった。しかし「どうもありがとう。ご自分を大切に・・・」確かにそういった。この人は、ちゃんと聞こえて話せて、思考力も理解力もある人なんだ。

 その瞬間、女は理解した。目の前の彼が・・・ずっと無反応で無感覚な人間だと思い込んでいた彼が、実は自分よりもずっと深い闇に閉ざされたまま、ずっと長い時間を生き続けている人間であることを。

 言葉にならない感情が一気に溢れ出て、嗚咽したまま、女はその場から動くことができなかった。

 海の色と空の色は、忍び寄る闇に同化し始めていた。
   (2014年11月14日の作品)


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# by hirune-neko | 2018-06-12 01:31 | 創作への道 | Comments(2)

40年ほど前の頃を思い出している

Bill Evans - Valse

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 ようやく一日の終わりである。少しずつだが、気力が回復してきているようなので期待している。

 今日、投開票の新潟知事選挙と中野区長選挙は開票の途中だと思うが、どのような見通しなのだろうか。保守系のブログでは、候補者を絞って応援のメッセージを熱心に発信しているようだ。

 今日、何人かの集まりで、目下話題の戦争問題について話す機会があった。どんな国も手の内を明かして戦争を始めるような愚考は行わない。将棋に例えれば、ここに歩を打ったのは取ってくれれば、次はこういう手を考えているからなんですよ、と作戦を明かしていたら勝てるわけがない。

 授業で先生がから教えてもらったのだが、ある軍事専門家曰く、核兵器は使用するために保持するのではなく、抑止力のために持つのだそうだ。確かに、日本は核兵器を保有していないが、北朝鮮からの核攻撃恫喝には効果があるようだ。もし逆に、日本が高性能・高精度の核ミサイルを相当数保有していれば、報復を怖れてやたらな恫喝はできなくなる、というのは素人考えなのだろうか。

 どの国が、いつ、どのような方法で攻撃を仕掛けるか。そして軍事侵攻と並行して国内での破壊工作はどのように行われるかを予測するのは、組み合わせの種類が多く、おそらくは専門家でもかなり大変な作業なのではないだろうか。

 一方、軍事力も情報部も持たない個人は、有事を想定した事態から逆算し、それに備えるというシンプルな選択肢が思い浮かぶ。
 外出が危険だ、交通機関がマヒする、物流が止まる、商店から商品が消える、電気・ガス・水道が使用不能になる、電話などの通信システムが使用不能になる、警察や救急車が手一杯で対応できない、かろうじてインターネットは利用できる・・・このような状況を想像すれば、家の中に何を備えていればいいかが容易に思い浮かぶだろう。

 勿論、費用もスペースも必要とする話ではあるが、現金やクレジットカードを持っていても、何も買えない状況を想像すると、喫緊に必要としない何かを節約して、備蓄物資を購入する価値はあるのではないだだろうか。

 ・・・今日お会いした皆さんには、そんな話をした。口角泡を飛ばして非難やあれこれの予測を議論するのではなく、まずは個人的な備えの必要性を認識してもらいたかったからだ。

 集まった皆さんの中に、初対面の女性がいた。挨拶されたが、ご主人の名前を聞いて昔を思い出した。ご主人がまだ学生の頃、私が運営していた学習塾で講師をしていたという。何十年も前の、はるか昔の頃である。まだ独身の若々しかった彼だが、息子さんが結婚して、数駅先に住んでいるという。隔世の感がある。

 そんなきっかけがあり、今日は遠い昔の自分を思い出していた。まだ20代半ば過ぎの頃だった。あまり気にしてはいないが、容姿は衰え、健康にも不安を抱え、脚力も体力も弱り、ときどき言葉に詰まることもある。経年変化は避けがたいものだ。
 しかし、感覚や感性の領域はあまり変化していないように感じる。無常観、ある種の厭世観は今でも健在で、世の中には距離感を感じている。どうにもならないある種の諦観があり、醒めた目で世の中を眺めているように感じる。

 いろいろな意見はあると思うが、それが自分の個性だと考え、受け容れるようにしている。人生や社会を私なりの感覚で捉え、私利私欲なしに提言し、共感してくれる人がいて行動に移してくれればそれでいい。そんな感じである。

 最後の難関の遅延案件に、ようやく手がついた。なんとか集中して仕上げたいものだ。


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# by hirune-neko | 2018-06-10 22:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

相変わらず神学的発生と神学的終焉について考えている

Silvius Leopold Weiss - " Fantasie", guitar Asya Selyutina

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 昨日から今日にかけて、暑さのせいか異常に眠くなってしまうことが多かった。かろうじて仕事をこなすだけで手一杯だった。これからが暑さの本番かと思うと、憂鬱になってしまう。クーラーの効きが今ひとつなのも原因だろう。

 情報洪水の中で、ときどきどの情報が正しいのか確信を持てず、方向性を見失いそうになることがある。専門の研究家ならいざ知らず、一人の人間が個人的に、すべてのカテゴリーに精通することは困難だろうう。したがって論理的に検証し、正しい結論を導き出すのは至難の業だと思われる。しからば、どのような方法で判断力や洞察力を高めればいいのだろうか。中には、あたかも思考停止したかのごとく、ある団体や政党、政治家の主張を鵜呑みにし、盲従しているように見える人たちも存在する。

 混乱の渦中で、まるで濃い霧が晴れ、遠くまで見通せるかのように、確信を持って正しい選択ができるようになる方法はないものだろうか。混乱や迷いは、長い目で見ればある種の訓練の機会とも考えられるだろう。しかし、私たちを取り巻く環境の変化は実に激しく、加えて巧妙に恣意的な情報誘導を工作する人たちも多い。さて、どうしたものだろうか。

 確かに、公開情報を丹念に収集し、精査と分析を重ねれば、それなりの真実に到達することは可能だと思う。しかし、時間と労力を無制限にかけることのできる人など、ほとんど存在しないと思う。どんなに有能な国家元首であっても、自分一人であらゆる情報を収集し、分析し、判断することなど不可能である。それを補佐するために国家安全保障会議があり、さらにその中で各組織が役割を分担して、それぞれの専門的な情報分析活動を行っているはずだ。

 それに対し、専属の情報機関など持たない個人とは、かくも脆弱・無力な存在なのだろうか。私はそうは思わない。いうまでもなく、大多数の国民が同じ考えを共有すれば、選挙では大きな力を発揮し、政権選択さえ可能になる。改めて、個人とはそのように貴重で価値ある存在だと考えている。あとは、種々のプロパガンダ・情報操作の影響を受けず、どのように賢明な判断・選択をするかだろう。目前の新潟県知事選挙や中野区長選挙では、激しい選挙戦が展開しているようだ。さて、投票率、選挙結果はどのようなものとなるだろうか。

 これまでときどき、神学的発生や神学的終焉という言葉を使用している。神学的発生はパスカルの言葉である。今日、資料に目を通していたとき、以下の引用文が目に留まった。

 「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない」(マタイによる福音書第10章29節)

 これは新約聖書の一部なので、キリスト教信者向けに語られており、ユダヤ教やイスラム教の信者からは、もしかしたら見向きもされないかもしれない。しかし、モーセ五書がこれらの宗教によって共有されているとするなら、共通と考えられる天父が、わずか一羽の雀にさえ心を留められるのだから、一人の人間が心から真摯に尋ね求める問いに対し、そのまま無視・放置するとは考えにくいのではないだろうか。

 つまり、真摯な問いかけに対しては、なんらかの答えが与えられてしかるべきなのではないかという気がする。宗教的な表現の「啓示」、言葉を換えれば「閃き」が、個人的にもたらされるという意味である。国内外の政治事象を考えるときに、いきなり「啓示」とは、ずいぶん飛躍していると思われるだろう。しかし、個人的にパスカルのいう「神学的発生」と、「神学的終焉」は並立的に存在するのではないかという概念を否定しきれないため、このようなイメージを持ち続けている。

 国際的に見れば、米朝関係を中心に緊張が高まっている。ここ日本国内では、長年に渡って秘匿されてきた「日本人対在日朝鮮人の戦い」という図式が、にわかに表面化してきている。感覚的には、ある種の飽和点、限界状況を迎えているのではないかと捉えている。あとは、どのように収束するのかを、注意深く見守っていたいと思っている。


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# by hirune-neko | 2018-06-10 01:15 | インテリジェンス | Comments(2)

平日なのに、昼間から酒宴で賑わっていた

Bill Evans Trio - Lucky to be me

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 午後2時を過ぎた頃だったろうか。あるメールアカウントから、メール送信ができなくなったため、アップルサポートに電話して、相談していた。その最中に携帯に着信があった。見ると恵美ちゃんからだった。中学校の同窓会を仕切る豪傑女性だ。やけに騒がしい場所からだったが、「電話サポート中なので、かけ直すから」とだけいって電話を切った。

 サポートが終わったので、電話をかけた。すると、神奈川在住の同窓生が集まる、呑兵衛会の最中だという。道理で騒がしかった訳だ。恵美ちゃんがいうには、私がいつも仕事で欠席するので、今回は案内しなかったそうだ。ところが、みんな私の声を聞きたいというので、電話をかけてきたらしい。私はそんな人気の高い人間ではなかったのに、不思議なものだ。恵美ちゃんは電話の向こうで大声を出し、「ほらみんな、○○君だよ」と叫んだ。入れ替わりで何人かの男性と話をした。名乗られても、名前に記憶はあるのだが、顔も何も思い出すことができない。しかし、そうはいえないので、いやぁ懐かしいね、半世紀ぶりだね、といってお茶を濁した。

 最後はまた、恵美ちゃんが電話に出た。仕事の様子を訊かれたので、日頃考えていることを少しだけ伝えた。すると突然、大声で笑い出した。真面目な内容の話をした私が、半世紀前の当時の私と較べて、あまりにも似つかわしくないと思ったからなのだろう。一瞬は、怪訝に思ったのだが、半世紀以上前の中学生だった私は、完全にはみ出し・規格外の人間であり、間違ってもまともな発言をすることがなかったのだろう、と思い至り、納得した次第だ。

 そうなのだ。当時の私は人間的に下等であり、決して高尚な発想をせず、気まま気まぐれに生きる人間だった。あの当時の私しか覚えていない恵美ちゃんは、今の私も当時と同じ下等な人間だと考えているのだろう。しかしふと考えてみた。では、今の私は高貴で高等な人間になっているのだろうか。改めて考えるまでもなく、答えはノーである。人間の本質なんて、そう簡単に変わるものではない。

 いや、全く変わっていないという事はないだろう。半世紀という長い時間をかけ、いろいろな経験をし見聞を広げ、その結果今日の私がある。少なくとも、無節操な中学生時代と比べれば、ある程度の変化や成長があったと自認している。むしろ、何も変化していなければ、それこそ天然記念物なのではないかと思う。

 巷間には、スペシャリストという言葉とゼネラリストという言葉がある。スペシャリストは文字通り専門家であり、その分野に関しては隅々まで熟知している。改めていうまでもなく、私はどの分野の専門知識も持っていない。したがってスペシャリストではない。しかし、屁理屈をこねるようだが、今私がしようとしている事は先人が存在しない分野である。その意味では、その新しい分野でのスペシャリストになろうと努力している。手引きもマニュアルも存在しないので、勘という名の羅針盤を頼りに進めるしかない。

 なかなか思い通りに進まず、堂々巡りのように思えて自信がなくなることもある。そんな時は、まるで廃人のように、何もせず何も考えず、大地に背中をつけて、天を仰ぎたくなる。分不相応なことをしようとしているのではないかと、立ち止まってしまうこともある。

 改めて、半世紀も前の青春時代の自分自身を思い出し、今の自分と比較対照してみる。明らかにいえる事は、ずいぶん私利私欲が薄れてしまい、思考そのものからも贅肉が削げ落ちているように思う。ほとんど自分のことしか考えなかった人間が、今ではほとんど他者のことを考えるようになっている。とても大きな変化である。

 虚々実々の言葉が錯綜し、気を許すことのできない時代を、私たちは生きている。さすがに人の好い日本人が、これまで通り人を疑わず、何でも鵜呑みにすることは極めて危険な時代になっているといわざるを得ない。そんな時代にあって、無私無欲で私利私欲のない人間には、どれほど高い価値があるだろうか。自分のことよりも他人のことを大切に考え、正直に誠実に思いやる人間の存在が、どれほど希少で尊いだろうか。

 もし私が今日、このような話を恵美ちゃんに電話で話したら、大笑いするのを通り越し、精神に異常を来したと考えて救急車を呼ぶだろうと思う。半世紀前には、かくも下等な人間だった私が、50年以上の長い熟成期間を経て、このような形而上学的発想を思い浮かべるなど、まさに奇跡なのではないだろうか。同窓生の皆はおそらく、私に出家を勧めるのではないかとすら思う。

 毎日時事速報を発信している、ちはやさんのブログ「徒然なるままに」を読んでいたら、興味深い文章が目に留まった。


 いよいよ追いつめられているのだとは思うが、最後まで予断が許さないのが、国際政治の世界だと思う。しかし、北朝鮮の内情をあれこれ見聞すると、これ以上の悲惨な状況を国民の皆さんに背負わせるのは、実に忍び難いことである。この国家元首の土下座が、神学的終焉の始まりであってくれるよう、願っている。

 そう思わないかい?恵美ちゃん。・・・恵美ちゃんは、このブログのことはまったく知らない・・・はずだ。


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# by hirune-neko | 2018-06-08 23:23 | 心の中のできごと | Comments(0)

いつの間にか、あのひどい花粉症の症状が完治していた

Paco de Lucia | Buleria por Solea | Antonia

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 ようやく仕事脳が復活し始めてきているようだ。企画書とか提案書は、脳内で焦点が結び、イメージが固まると比較的速く書けるのだが、そのためには脳内が晴れ渡っている必要がある。最近は不思議なことに、立て続けでとてもリアルな夢を見ている。夢に登場する人物と会話し、思考も判断もするので、考えてみたら睡眠中も脳のどこかは眠らずに稼働していることになる。私にとって、脳内の不純物を除去する効果的な方法は、氷枕で後頭部を冷やすことだ。すぐに眠りに落ち、朝起きたときの脳は、見事に晴れ渡っている。今晩は、氷枕を使ってみようと思う。

 いろいろな方々の応援で、これまでは産婦人科だけだった営業分野が、一気に拡大しようとしている。基本コンセプトは共通なのだが、対象によって枝葉末節部分は異なる。これまでに、セールスレターの書き方を十分に勉強する時間を確保できないでいる。一瞥されただけで破棄されるか、興味を引き次々と読ませて、最後まで引っ張ることができるか、読み手の心理を研究し尽くしたセオリーというものが存在するようなのだが、今となっては付け焼き刃である。あとは情熱と熱意で、なんとか説得できる提案書を作成したいと思う。

 営業対象は全国なので、いざ採用されることが決まると、導入の打ち合わせには私が行くことになる。あらゆる質問に答えられる人材を育成していないので、これからは地方巡業の旅が増えるだろうと予測している。ほとんどの時間をパソコン相手に過ごしているので、ライフスタイルの転換点のようなものだが、まあそれもボヘミアンのようでいいかもしれない。海外出張とは違い、国内だと時差がないので電話もつながるし、クラウドサービスを上手に使えばデータもほぼ瞬時に共有できる。しかしそうなると、移動中やホテルの部屋でも、引き続きパソコンとの共同作業になるのだろうか。ブログも更新できるし、それはそれでいいことだ。

 何日も出張が続くと、食生活が乱れるだろうと思う。最も自信がないのは、和洋菓子店や美味しそうなパン屋さんを見つけたときだ。現在は健康のため、意識して発酵食品と野菜を食べている。朝食には必ず納豆と味噌汁だ。しかし、珍しい地方銘菓や美味しそうな焼きたてのパンが視野に入ると、無視して通り過ぎる自信がない。依然として甘い誘惑には弱いと思っている。

 さて、半年後にはどのような展開になっているだろうか。期待感が募っている。ある程度の業績水準になったら、創作の時間をもう少し確保し、中編や長編作品にも挑戦してみたい。さらには本格的に情報機関を機能させたいと希望している。おそらくは、世界中のどこにも存在しないであろう、個人や家庭のための情報機関である。嘘から出た誠という言葉があるが、妄想から生まれたインテリジェンスがあってもいいのではないだろうか。

 自分の生い立ちを振り返ると、最も自分らしく生きられる空間を探し当てられたのではないだろうか。探し当てるというよりは、どこにも存在していなかったのだから、創り上げたというべきなのだろう。これからも、理念に賛同してくださる皆さんと一緒に、達成感と実利を共有できるような流れを拡大して行きたいと希望している。

 私は生まれも育ちも(高校生まで)北海道の道産子である。古くからの因習やしがらみがほとんどない北海道の人間は、かなりオープンである。たださすがに、スパイ映画の見過ぎのため、慎重で用心深くはなっているが、私も本質的にはオープンな性格である。遠慮せずに、何かあればコンタクトしていただきたい。


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# by hirune-neko | 2018-06-08 00:22 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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