昼寝ネコの雑記帳

脳内が失語症状態の一日だった


Sleeping - Astor Piazzolla

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 昨晩はすっかり目が冴えてしまい、朝方の5時近くまで眠れなかった。午前中、倉庫に絵本の本体が入荷する予定だったが、いつもより1時間半以上早くに到着の連絡があり、寝不足状態のまま倉庫に向かった。

 そんな次第で、脳内は絶不調のまま過ごし、何度もウツラウツラしながら、ようやく夜になった。時々見るリアルな夢よりも、ずっとふわふわした夢の中のような現実で一日が終わった。

 そのようなコンディションなので、珍しく書くことが何も思い浮かばない。困ったものだ。歌を忘れたカナリア、言葉を忘れたブロガー・・・という感じだ。もう今日はこのまま寝ることしか頭にはないようだ。

 そういえば、大変間抜けな話を思い出した。アップルストアに、かな文字の表示がないUSキーボード注文した。届いてから、どうも勝手が違うなと感じながら、そのまま数日間使用した。あるとき、文章の作成中にアスタリスクキーが見つからず、キーボードを手にとって目の前に持ってきた。すると驚いたことに、平仮名の表示があるではないか。USキーボードを注文したのに、届いたのはJISキーボードだった。そんなことにも気がつかず、数日間使用していた自分に対して、もっと驚いてしまった。かなり視力が落ちていることを自覚した。新しいUSキーボードは昨日到着し、JISキーボードは今日返品引き取りに来てくれた。あとは、購入代金の返金を待つばかりである。

 そういえば、気がついたら花粉症の症状がほとんど治まっている。これはありがたいことだ。

 自分の生活を客観視してみると、やりたいことの総量に対し、絶対的に時間が足りないことがわかる。このような状況では、どのような解決方法があるのだろうか。睡眠時間を削ることは、正しい方法ではないようだ。となると、残された方法は集中力を高め、さらに持続力を高めるしかないのではないだろうか。ということはつまり、仕事の手と頭を休め、妄想世界に入り浸っている時間を、限りなくゼロに近づけるしかない、ということになるではないか。それでは、自分の生き方を真っ向から否定することになってしまう。これは、私のような人間にとってはとても大きな葛藤である。深刻な悩みである。自分らしくあるために、自分らしさを捨てる。これが本当の、絶対矛盾の自己同一なのではないだろうか。

 しかし考えてみれば、葛藤や苦難のない人生は、人間を成長させないのではないだろうか。それでなくとも、落ちこぼれ・はみ出し人間の私なので、普通の人よりは苦労を多く与えられる運命なのだろうと、諦めている。しかし同時に、じと踏ん張って耐え、努力していればいいこともあるだろうと、期待もしている。達観したものである。

 改めて、自分が3千年を生きてきた宇宙人だと思うようにしたい。世間からどう思われようが気にせず、宇宙人は宇宙人らしく、宇宙規範で生きていこうではないか、と居直っている。しかし、いくらなんでも、鳩山由紀夫氏とは同類に思われたくない。彼は太陽系内の宇宙人であり、私は銀河系の彼方の宇宙人なのだから。地球は地球人だけのものであり、同様に日本は日本人だけのものである。これは全宇宙つ通底する常識である。スターウォーズのヨーダだってレイア姫だって、そのように明言している・・・はずだ。


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# by hirune-neko | 2018-04-10 23:52 | 心の中のできごと | Comments(0)

「追いつめられた男」チャーリー・マフィンシリーズ


Chiara Pancaldi - I Walk A Little Faster

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 英国のスパイ小説作家である、ブライアン・フリーマントル。その代表的作品(だと私が勝手に評価している)は、MI6所属で冴えない風采の老スパイ・チャーリー・マフィンを主人公とするシリーズである。そのシリーズの第5作目の作品のタイトルが「追いつめられた男」である。

 今日の私はすっかり追いつめられた心境で、この時間(深夜1時12分)になって、ようやく最後の印刷物が終わるのを待っている。かれこれ5時間以上、2台のインクジェットプリンタを同時使用していたのだが、ようやくブログを開くことができた。

 締め切りを少々過ぎた案件と、今日が締め切りの案件をいくつも抱え込んでしまい、今日の自分が「追いつめられた男」だという強迫観念で仕事をこなしていた。たった今、プリンタの音が止まったのでやっと終了かと思ったのだが、そうではなく、シアンインクが切れたためだった。新しいカートリッジと交換し、またブログに戻ってきた。

 仕事に追われる毎日は、ある意味では充実しているし、いい意味での緊張感があり、かつ未来への希望を紡いでいるという楽しさもある。

 今日の歩行数は5千歩ちょっとで、なかなか8千歩に到達することができない。でも、追いつめられているという緊張感の中でも安堵できるのは、それなりに心身を鍛え、心が折れない状態を維持することだと思っている。

 友人のブログで、30年間ずっと自宅に引きこもり続けた画家を主人公とする、新作映画が紹介されていた。瞬時に広い庭に囲まれ、コーギー犬と過ごしている絵本作家の女性のことが思い浮かんたが、どうしても名前を思い出せない。友人のブログにそのことを書いたら、すぐにターシャ・テューダーだと教えてくれた。

 ここで最後の印刷が終わった。やれやれ、ほっとしている。

 改めてターシャ・テューダーの動画を観てみた。自然に囲まれ、時間の流れとともにゆったりと生きている姿を見て、ああいいなあ、と思う反面、私には無理な生き方だと思った。

 まず第一に、私には画を描く才能がない。独りであんなに広い庭を造るような気力も体力もない。コーギー犬は嫌いではないが、やはりネコに添い寝をしてもらいながら、きままに昼寝を愉しむ方が性に合っている。
 ブエノス・アイレスに行き、タンゴ・クラブを覗いてみたい。シベリア鉄道に乗って、モスクワやキエフを訪れてみたい。ノルウェイやフィンランド、スウェーデンなど、北欧諸国に身を置いてみたい。ポーランドなど東欧の国にも行ってみたい。イスラエルに行って、聖書の世界を実際に観てみたい。

 まるで徘徊老人のようではあるが、いろいろな国を訪れてみたいという好奇心が募っており、これでは毎日庭の手入れをするという単調な生活を送るのは無理だろう。自分の年齢を考えると、今からパスポートを取得し、何時間も飛行機に乗って南米や北欧、東欧に行く機会など、おそらく訪れないだろうと思う。しかし、心身ともに壮健であれば、実行に移す危険人物だとも思う。

 それにはどうやら理由があるようだ。これまで観た欧米の映画や、アメリカのテレビドラマで多少の疑似体験しかしていないのだが、登場人物が多国籍にわたるというイメージが強く、実際の街並み、言葉、行き交う人たちの容貌や表情に関心が高まっている。どうやら、私が仕事に熱心に取り組んでいるそもそもの動機は、仕事を人に任せられる環境を作り上げ、いつか取材旅行で世界の国々を訪れて、作品を書くための素材を収集をしたいからのではないだろうか。そう思うことが多い。

 人生の晩年、終末期には、人間関係やお金の煩いがなく、取材旅行に必要な資金が潤沢に蓄えられており、かつ毎月それなりの金額の印税収入が銀行口座に振り込まれてくる・・・想像しただけで、至福な人生のゴールに思える。贅沢な望みであることは承知している。しかし、こんなに予断を許さない世界情勢なのだから、真摯に生き続けることができたなら、最後には、せめてそのようなご褒美をいただけないものだろうか。

 私には地位や名声、財産に対する執着は全くない。長い人生の多岐にわたる経験で、それらは削ぎ落とされてしまっている。私が書く作品と感性が合い、感動、癒やし、希望、励ましなどを感じてくれる固定読者が、一定数存在してくれれば、それが何よりの人生の達成感である。愚かな人間が自身の愚かな過去に埋葬されず、自分とともに人生の新境地を切り拓く主人公を、作品の中に創造する・・・純粋な創作意欲の原動力である。

【ターシャ・テューダーの世界】

✾世界中のガーデナーが憧れたターシャ・テューダー✾ TashaTudor


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# by hirune-neko | 2018-04-10 02:36 | 創作への道 | Comments(0)

電話を切って通話時間を見たら、なんと70分を超えていた


Rosa Elvira Sierra - Pie Jesu- Requiem-Fauré

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 記憶に残る限り、これまでの人生で70分も電話で話したことはない。終わってみて自分でも驚いている。一体電話の相手は誰だろうか。・・・クイズにしても始まらない。長男である。

 私は飛行機を利用して出張する際には、必ず旅行傷害保険に入るようにしている。そして飛行機事故などで死亡の際は、生命保険+事故割増+旅行傷害保険で支払われる保険金額を算出し、法定相続分で相続した後の使途についてメールで指示している。あまりにも度重なるものだから、またか、という感じになっていた。

 ところがごく最近、一緒に仕事をしている次男を除く兄弟間で話し合い、親父にもしものことがあったらどうなるのか、ちゃんと理解しておきたい、という結論になったようだ。そこで、長男が代表して電話をかけてきた次第だ。

 もしもの場合のことは視野に入れている。しかし、その「もしも」には、一体いつ発生するのか特定できないという流動性があるものだから、ついつい先延ばししてしまっている。本音では、確か92歳でアメリカ大統領の軍事顧問を現役引退した、アンドリュー・マーシャルを意識しているものだから、そう簡単にはおさらばしないぞ、と思っている。しかし、長男が言うように、脳梗塞や心筋梗塞はいつだって発生する可能性はある。

 電話では、仕事に関する現況説明や今年の見通し、長期構想を説明した。しかし現実問題として、状況の変化とともに逐次、見通しレポートを作成して「有事」の際の対応指示は書面に残しておいた方がいいだろうと思う。みんなの安心のために。

 あの小さかった長男が、今ではそれなりに仕事をこなすようになっている。時間経過を感じる。母は生前、私のことを親不孝息子と呼んでいた。母の亡き後、今では子どもたちが、私の余命残存期間を心配をするようになっている。脳内では、そんなに時間経過を感じていないのだが、現実には容赦なく時が流れているのだと、実感した次第だ。

 さて、何からどのように手を付けたらいいのだろうか。とりあえず、音楽はフォーレのレクイエムを流し、あたかも余命宣告されて、生存期間がほとんなくなった、という気分になれるよう演出してみた。さらには、死後の世界から現実生活を俯瞰し、客観的に記述できるよう想像力を働かせてみたい。

 言葉とは裏腹に、仕事が一段落して人に任せられるようになったら、後の人生は作家業に専念し、ノーベル文学賞でも目指すよ、と言ったところ、長男からは何の反応も無かった。おそらく、呆れ顔だったのだろうと思う。兄弟を代表して深刻な申し出をしているのに、なんて脳天気な父親なのだろうと思ったに違いない。

 脳天気なのには根拠がある。冗談めかして、私は紀元前1000年に生まれ、3000年を生きていると言っているが、それは実は本当の話である。宇宙時間によれば、そろそろ地球は最終終末期を迎えつつあり、終末期を迎えた後の30年間を見届けるのが、私の密かな使命である。従って、予定では少なくとも、あと37年間を地球で過ごし(地球人年齢104歳)、その後、銀河系の彼方に旅立つことになっている。もちろん、そのような話は機密事項なので子どもたちには伝えていない。ここについうっかり書いてしまったが、ブログ記事で読んだ荒唐無稽な話など、誰も信じないので何も懸念はしていない。

 不死身の私にとって、生命保険も旅行傷害保険も、無駄といえば無駄なのだが、でもそこはそれ。あくまでもいつ死ぬか分からない人間、つまり地球人であることを演じなくてはならないので、そこが辛いところではある。


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# by hirune-neko | 2018-04-08 23:41 | 心の中のできごと | Comments(0)

思い切って仕事を離れ、自宅入院してみた


Astor Piazzolla- Moderato Místico (Concierto para Bandoneón)

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 花粉症が思ったより重症で、しかもなかなか治まらない。集中力も思考力も分断される状態が続いているので、今日は土曜日でもあることだし、思い切って自宅内入院してみることにした。入院といってもなんのことはない。布団から出ずに、じっと心身を休めようとするだけだ。投薬も手術もなく、見舞い客もない実に静かな入院生活だ。・・・そうだ、たまには肉体を休めるために断食しようと思い立ち、コップ1杯の水とクエン酸の顆粒1包みを飲み、あとは夕方まで断食した。そんなに空腹は感じなかった。

 しかし生来の貧乏性のせいで、布団の中で何もせずにじっとしていることが苦痛に感じられる。そこで久しぶりに、ジャック・バウワーと対面することにした。見始めるととなかなか止まらないという、厄介なTWENTY FOURである。シーズン1から夢中になって観ているのだが、途中で何度も中断しシーズン8のエピソード6からの再開となった。世界一の視聴数といわれるだけあって、脚本も俳優もなかなかできがいい。さすがプロの作品だと、いつも感心している。ストーリーだけでなく、国家安全保障に関わる各機関が登場し、ホワイトハウス、国際政治・外交など、疑似体験をすることができる。登場人物の個人的な過去の傷や葛藤などが、伏線として巧みに絡み合い、観る側を飽きさせず最後まで引っ張る力は大したものだ。敬服さえしている。

 テロリスト相手の緊迫したシーンが続くので、こちらも集中力が途切れずに、ついつい次々と観てしまう。現金なもので、夕方から宗教講話の動画を閲覧したのだが、気がついたら何度も眠りに落ちてしまっていた。

 視野全体が、連続する実務的な案件で埋め尽くされていると、自分自身や世の中のことを冷静・客観的に見るのが難しくなってしまうと感じる。長期構想や戦略的構想を視野に入れる余裕がなくなってしまう。何事も一朝一夕に局面を変えることはできないのは理解している。根気よく地道に努力していると、少しずついろいろな実務的な技術を習得し、スキルが身につくのだろうと、楽観的になり、気長に考えるしかない。

 あくまでも体感による印象でしかないのだが、年中仕事に追われ、頭と神経だけを酷使していると、代謝が落ちて内蔵機能も低下するような気がする。何かで読んだが、ビル・ゲイツやザッカーバーグなどの、いわゆる成功者たちは激務にも拘わらず、一日7〜8時間の睡眠時間を確保しているそうだ。なるほど、睡眠時間の長さも成功の鍵なのだ。目の前の仕事だけで脳内を占有されず、閃きを見逃さないためにも脳内の余力を大切にしなくてはいけないのだろう。

 今日の入院生活のおかげで、花粉症の症状が大幅に改善されたようだ。肉体だけでなく、ときには脳や神経も弛緩させることが必要なのだと、改めて実感している。


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# by hirune-neko | 2018-04-08 00:15 | 心の中のできごと | Comments(0)

我が心の郷愁・・・と訳してもいいのではないだろうか


Bill Evans Trio - Haunted Heart

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 ビル・エヴァンスが演奏するこの曲「Haunted Heart」は、最近初めて耳にした。何度聴いても心に残る演奏なのだが、Hauntの意味が分からず、Google翻訳で調べてみた。すると、「幽霊」という訳が表示された。幽霊の心?そんなはずはないと思い、もう少し調べてみた。新たに「出没」「旧遊の地」という訳を見つけた。遠い以前に旅行した場所、という意味のようだ。では、私の勝手な意訳だが、「我が心の郷愁」と訳してもいいのではないだろうか。

 昨日に引き続いて花粉症の症状が重篤だ。クシャミと鼻水が止まらない。こんなときは集中力だけでなく、自信や自制心も大きく損なわれることを実感している。記憶も大きく後退し・・・少なくとも数十年は後退し、周りから距離を保っていた頃の心情に戻っているのに気づいた。ある意味では懐かしい、文字通り我が心の郷愁である。

 こんな時にはさらに、目の前に現実を突きつけられた思いがする。つまり、自分がすでに若くはないこと、いつなんどき機能が停止してしまうかしれないこと。それらが漠然とした不安感を伴って忍び寄ってくる。

 考えても意味がないことだといわれればそれまでだ。しかし、ときどきこのようにして、自分の原点、スタートラインに戻り、自分を客観視することがある。これ以上前進することを止め、このまま足許の地中深くに埋もれた方がいいのかと感じることもある。これが一過性の花粉症だからまだいい。癌や内科系の重篤な病で、快復の見込みが薄いと宣告されたら、それでも戦闘意識を維持できるだろうか。かなりの精神力を要することであり、そのような状況に置かれてみないと、なんとも予測が立たない。

 弱り果てたときでも、このようにブログ上で心情を吐露することができて、とても有難いことだと思う。漠然としたイメージや心象を言葉に置き換えるには、脳内のどこかの部分を覚醒させなければならない。

 しかし、音楽を聴いていると、自然に心を開き受け入れることができる。選曲する演奏がその日によって異なるのは、自分自身の精神状態が日によって微妙に異なるからだと実感している。

 明日の私が、今日の私より成長していることを願っている。もっと寛容であり、自制心が増し、気力と集中力が増しているよう願っている。


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# by hirune-neko | 2018-04-07 00:14 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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