昼寝ネコの雑記帳

意外な組み合わせのバンドを見つけた

"Triste" ALBA ARMENGOU SANT ANDREU JAZZ BAND (JOAN CHAMORRO DIRECCIÓN)

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 女子中学生ではないかと思われるボーカリスト4人と、円熟した演奏のおっさんたち。ドラムとピアノも中学生なのではないだろうか。

 新鮮で若々しい音楽ステージを、おっさんたちの演奏が土台でしっかり支えている。どうやらそのような組み合わせのバンドのようで、他にもなかなかの名演があり、楽しめた。

 夜になって、翻訳をお願いしている方から、主語を「I」に統一して翻訳し直した英文原稿が届いた。お礼の返信メールで、前から質問したかった修士号の専攻内容について、尋ねてみた。するとすぐに、以下の内容の返信があった。

 日本史でしたが古い時代で、鎖国直前の長崎の平戸にあったイギリス東インド会社の商館のことでした。古い日本語に加え、古い英語も読んで研究ができました。」

 一体、どれぐらいの日本人が「鎖国直前の長崎の平戸にあったイギリス東インド会社の商館のこと」に興味を持つだろうか。専攻内容を知って少々驚いた。改めて、マニアックであり知的でもある方だと再認識した。

 自分の人生に残されている年数が無尽蔵にある訳ではないにも拘わらず、今でも人生の目的について考えている。かなり遠くの、霧の彼方にかろうじて見える目的もあれば、早急に達成したい目の前の目的もある。

 いずれにしても、突き詰めて考えるなら人生の最終目的は何かと問われても、そう簡単に答えられるものではないのではないだろうか。

 ある人は年収1千万円が目標かもしれない。別の人にとっては、仕事上の売り上げを、年商1億円にすることが目標かもしれない。医師や弁護士の資格を得るのが目標の人もいるだろう。しかし冷静かつ現実的に考えてみるなら、ほとんどの場合、目的と考えられるものは最終目的ではないだろう。

 仮に年収が1千万円になったとして、銀行口座の残高が毎月増えるのを眺めても、それで人生の目的を達成できたと考えられるだろうか。医師や弁護士の資格を得たとしても、それらは明らかにスタートラインでしかない。

 かくも、人生の目的というのは難解だと思う。

 私の人生の目的は、常に前方に目標を定め、その目標に向かって努力することであり、諦めず投げ出さず、逆風のときであっても常に前向きに生きることだ。目に見え、手で触れることのできる成果は最終目的ではなく、常に更新を続ける目標に向かって、達成方法を考え、挑戦し続ける・・・そのような生き方を維持することが、自分の人生の最終目的だと考えている。

 ・・・これはあくまでも体調が良く、集中力も正常な時の考えである。時として健康状態に不安があり、体調不良で起き上がる気力も無いときは、世俗を離れ窓から水平線が見える部屋で静かに余生を送りたい、と思うのも事実である。

 その時々の状況に応じて、異なる自分の本性が顔を現し、葛藤が生じる。人間とは、そういう生き物なのではないだろうか。・・・と、分かったようなことを書いてしまった。


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# by hirune-neko | 2018-10-09 00:17 | 心の中のできごと | Comments(0)

やれやれ、すでに日付が変わってしまっていた

Shirley Horn - Solitary Moon

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 ある福祉団体の関係者の方から要請され、日本が有事となった場合に備えて、情報収集と分析を行うための基本機能を提案した。勿論、専門家ではない私が作成するのだから、無料のボランティアである。

 その団体は国際的な組織であるため、日本人、韓国人、アメリカ人など人種は様々である。日本と交戦状態になる国として、韓国、中国、北朝鮮を想定し、戦時国際法の規定、韓国と中国の国防動員法の概要、有事に適用される日本の外患罪などの概要を網羅して、いろいろなリスクに言及した。

 この団体の管理役員には韓国人も含まれるという。なかなかデリケートな状況が想定されるが、そんなことにはお構いなしに、私なりのシュミレーションを作成して相手に渡した。

 早いもので、あれから丁度3年が経過した。あっという間だ。この3年間で、東アジア情勢はますます悪化し、いつ交戦状態になってもおかしくない所まで来てしまった。残念なことに、その団体の上層部ではあまり危機感が共有されていないようだ。ほとんど進展していないと聞いた。

 私には直接関係の無い話なので、放置してもいいようなものだが、それができない。ここ数年の情勢変化を踏まえて、今日の夕方から更新提案書の作成に着手し、ようやく終わったところだ。あるサイトに隠しページを作り、設置して関係者の方にアクセス手順を送った。

 こんな裏方の作業を知る人は誰もいない。私とて、使命感と自己満足で手伝っているようなものだ。一人でも多く、惨事を回避してほしいと希望している。


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# by hirune-neko | 2018-10-08 00:47 | インテリジェンス | Comments(0)

贅沢なひととき〜感性の帰巣本能を感じている

Bill Evans Trio - Young and Foolish

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 ここ最近はずっと実務的な作業に追われ、何かを深く考えるということができなかった。今日は土曜日でもあり、一息つける時間を過ごしている。まだ明るい昼間だというのに、すっかり寛いでしまっている。

 仕事上のあるテーマについて考えている。考えながらビル・エヴァンスの演奏を聴いている。ここ何年もアストル・ピアソラを好んで聴いていたのだが、最近はどういう訳かビル・エヴァンスが聴きたくなり、高校生の時以来、実に半世紀ぶりに再会し対面している。感性の帰巣本能とでも言って良いのではないだろうか。

 高校生の時の私は、もしかしたら少々感性が早熟だったのかもしれない。と言うよりは、はみ出し高校生だったのではないだろうか。朝、学校に行って出席をとると、窓から教室を抜け出してバスに乗り、繁華街から少し外れた坂の途中にあったジャズ喫茶に行くのが、日課になってしまった。店の名は「伊吹」だったと思う。

 制服を着た高校生が午前中からジャズ喫茶に行き、弁当を食べながら夕方過ぎまでの時間を過ごすのだから、明らかに異常な姿だったと思う。常連客はコアなジャズファンの大人たちだった。しかし、誰1人として私に対し、学校サボっちゃいけないよ、というような説教はしなかった。仲間の1人として迎え入れてくれた。もしかしたら、彼等の高校時代と二重写しになったのかもしれないと、今になってはそんな気がする。

 そこは港町だったので、外国の船が入港するのか、店の片隅にアメリカ人が座っていることがあった。当時の私は好奇心が旺盛だったのか、決まって側に行き、話しかけた。話しかけたといっても、高校初級程度の構文しか知らなかったのだから、たわいもない会話だった。それでも、外国語で対話するという経験をしたせいか、特に英語に対する興味は深まったと思う。そういえば、英語の授業の時、先生から発音が良いと褒められたことがある。褒められて悪い気はしない。それもそのはず、朝から夕方までずっとジャズボーカルを聴いていたのだから、聞き取りの訓練をしていたようなものなので、ネイティブの発音が少しは身に付いたのではないだろうか。

 そういえば、以前も書いた記憶があるが、大学に入って第二外国語はフランス語を履修した。先生は、NHKのフランス語講座の講師でもあった朝倉季雄先生だった。当時の私は、出席日数不足でフランス語は再履修を繰り返し、とうとう5年間習うことになった。朝倉先生はクラスの中をゆっくり巡回し、一人一人に短文を音読させた。私の番になり、少々読みにくい内容の文章を口にした。Je me suis levé・・・今でも憶えている。すると先生は少し驚いた表情になり、「君はフランスに住んでたことがありますか?」と訊かれた。素直に嬉しかった。フランス語の発音がいいとしても、フランスに住んでいた訳ではなく、繰り返し繰り返しシャルル・アズナヴールの歌を聴いていたため、耳からフランス語の発音のエッセンスを吸収していたに過ぎない。

 毎月定額で音楽アルバムを好きなだけダウンロードできる、アップルミュージックに登録している。アルバムを聴いていると、下の方にそのアーティストの別のアルバムが表示される。ビル・エヴァンスのアルバムを聴いていると、他のアルバムが表示されるので次々とダウンロードしてしまった。改めて数えてみたら、なんと42枚もダウンロードしてしまっていた。高校生の時に聴いたビル・エヴァンスは、ほとんどが著名でポピュラーな作品だった。40枚以上のアルバム全てを丹念に聴いてはいないのだが、時々初めて聴くバラードの、なかなかいい曲と出会うようになった。ようやく曲名も覚えられた。

 たまたま昨日、初めて見るジャケットがあったので曲名を確認してみた。すると、いろいろなアルバムに散りばめられていた、気に入ったバラード曲が特集されているようなプログラムだったので、ためらわずダウンロードした。アルバムのタイトルは、「Plays for Lovers」だった。

 その中から1曲を選び、冒頭でご紹介した。曲名は「Young and Foolish」・・・私流に和訳すれば「若気の至り」で、まさに私の青春時代そのものである。・・・いや、今でもどうやらその気質は、まだ色濃く残っているような気がしている。


 ビル・エヴァンスの生涯については、ほとんど知識が無い。しかし、ずっと薬物中毒であり最後は自殺だったように記憶している。あるいは勘違いかもしれない。

 彼の演奏スタイルから感じるのは、言葉で表現するのは難しいが、「感性的孤高さ」だろうか。物質世界や世俗性を超越した、内省的・自省的視点も感じる。周囲とは距離を置いた冷厳な価値観も感じる。

 お恥ずかしいのだが、ピアノは片手でしか弾けず、両手で同時に別々のメロディーを弾ける人の能力が信じられない。そんな私だが、ビル・エヴァンスの音楽的世界、それと何の脈絡もないのだが、アルベール・カミュの感性的世界の両方に郷愁を感じている。

 青春時代から、すでに半世紀を生きてきて、再びあの頃の世界に対する郷愁と寛ぎを感じてしまっている。どうやら私の感性には強い帰巣本能があるようで、これはもう今更変えられるものではないと観念している。

 ピアソラ自身は、マイルス・デイビスとビル・エヴァンスを高く評価していたと、知人が教えてくれた。ピアソラの作品に対しても強い共感を感じるのは、そのせいもあるかもしれない。いずれにしても、音楽ほどその人の感性を雄弁に語るものは無いのではないだろうか。

 珍しく、今日は私にしてはとても早い時間のブログ更新とさせていただく。もう数年生きられれば、いつの間にか深夜のブログから早朝のブログに変貌しているのではないかと思う。


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# by hirune-neko | 2018-10-06 19:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

一日の終わりの雑感ひと言

Bill Evans Trio - I wish I knew

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 この時間まで、ほぼ途切れなく製作作業をしていたが、なんとか終えてほっとしている。熱いハーブティーが飲みたい季節になってしまった。

 仕事にだけ集中し、急にブログに向かったので、書くことが何も思い浮かばず、戸惑ってしまっている。無理に書くこともないとも思う。とりあえずはクールダウンさせていただく。

 昨晩の私のメールを読んだ翻訳者から、今朝早くに返信があり、主語を「SheからI」に変更統一して翻訳し直してくれることになった。一歩だけだが、前進である。

 10日程前、AmazonのKDP/Kindle Direct Publishingの窓口に質問メールを送ったが、翌日回答があった。すでに記したかもしれないが、日本の出版社であっても、Amazonの世界的販売ネットワークを利用して、多言語出版ができる、とのことだった。

 今はどうか知らないが、数十年前は講談社インターナショナルという出版社が、英語の書籍を出版していたように記憶している。他はあまり聞いた憶えがない。

 英語への翻訳に着手したばかりだが、日本語が堪能な翻訳者と、その翻訳原稿を推敲手直しできる編集者のツートップ体制が整えば、後は電子編集の技術的課題が残るものの、多言語出版の実現性が高まるのではないだろうか。

 インターネットが普及し、Amazonの利用人口がそれなりに多い国が、どのように分布してるか、また質問メールを送ってみよう。

 多言語出版に協力してくれるスタッフが揃えば、あくまでも理論上の話ではあるものの、海外作品を多言語出版することもできることになる。

 一見すると、脈絡の無いことをしているように思われるかもしれないが、まずはオリジナルのグリーティング絵本を採用してくれる産婦人科や自治体を増やすのが、第一ステップである。それと並行し、絵本を持つご家庭を中心に会員制「みるとす」への登録をお勧めすることになる。そして、登録されたご家庭に対し、ファミリー・インテリジェンスサービスを提供する。その情報コンテンツの内容がとても重要になる。

 少しずつではあるが、そのために公開情報の収集・分析の手法を研究している。国家情報機関には質も量も規模も及ばないが、個人や家族が無事・健康・安全に過ごせるよう、そして家族が良好な関係を構築し、維持できるようお手伝いすることが、一番の使命だと考えている。

 いつ終焉を迎えるか予測できない私の人生ではあるが、育った家庭環境、その後の人生における経験、そして感性体験などを総合的に振り返ってみるなら、それら全ては、この人生の晩年に向けて残そうと考えている構想のための、試練と訓練だったように感じる。

 私利私欲や資産・名声の虚しい一面を、多く見て来たと思っている。長い時間をかけて心の内部に蓄積される、目に見えないものの大切さを、改めて実感している。心を失った人の末期を、ずいぶん見たような気もする。人生が、どのように閉じられるのが望ましいかが、見えるように思う。

 何も体系的なものではないし、他者に押しつけようとも考えていない。しかし、自分の人生や社会の動き、本来のあるべき姿を、一人でも多くの方が、視野を拡げて視界に入れられるようになれば、その国自体も平和で平安な状態を維持できるのではないだろうか。

 まだまだ試行錯誤を重ねることになると思うが、大筋の方向性は絞り込めているという確信はある。引き続き、仕事を抱えながら、少しずつであっても前進する気力と集中力を維持したいものだ。


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# by hirune-neko | 2018-10-06 00:28 | 心の中のできごと | Comments(0)

多言語出版Part2〜最初の関門で日本語の奥深さを再認識した

Bill Evans - The Peacocks

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 一昨日、短編作品の英訳第1稿をブログで紹介させていただいた。私自身はバイリンガルでもないし、英語を深く勉強した訳でもない。したがって、十分に読解はできない。しかし、オリジナルの日本文は自分で作ったので、それがどのように英語に訳されているかは、なんとなく理解できるという程度だ。

 一番気になったのは、英訳文の主語が「I」と「She」の混在で訳されている点だった。作者の意図としては、孤独な老女の内面に去来する様々な心情を、独白の形で文章化し、読者に直接その心象風景と対峙してほしかった。したがって「私は・・・」という表現で、主体者を特定せず、主語の無い文章を多用することにより、自然に主人公である老女の内面世界を訪れてほしかった。

 しかし、文章には必ず主語が含まれているラテン語系の人たちにとっては、無理矢理でも主語を付け加える必要性を感じてしまうのだろう。老女の独白、感情の吐露全てに「She」という主語を追加して翻訳した。勿論、中には明確に主人公が意思を表現している部分があり、そこでは「I」が使用されている。
 そこで今日、私は翻訳者に以下の内容のメールを送った。本件に関するやりとりをご紹介するので英語あるいは多言語出版に興味のある方は、是非参考にしていただきたい。


【昼寝ネコ→翻訳者】
翻訳してくださった文章を何度か読みました。

ひとつ意見を伺いたい点があります。
日本語の文章には、主語が無い場合が多いのですが、
英語や諸外国の言語には、主語が明確に存在します。

今回翻訳していただいた作品は、主人公の老女の
独白というスタイルで書かれていますので、
大部分で主語が省略されています。
英訳文では、「she」を主語にしてほとんどの
文章が作られており、一部「I」が主語になっています。

翻訳される上で、難しいポイントだったのでは
ないかと思っています。
その点についてのご意見をお尋ねしたいと思います。
また、アメリカの作家の方がどのような意見をお持ちか
興味がありますので、いつでも結構ですので
教えてください。

 同日、翻訳者から以下の内容で返信があった。

【翻訳者→昼寝ネコ】
 はい、昼寝ネコさんにそれについて聞こうと思っていました。(作家の)友達もそれが良くないと言いました。ですから、昼寝ネコさんの感覚に合わせます。「ハンナさん(主人公の老女)」が自分で語ってて"I"なのか、第三者が語ってて"she"なのか、きめないといけないですね。日本語はその辺をあいまいに書けますから読んでいる人によって違うかもしれません。どちらがいいですか?英語ではあいまいにはできないのが残念です。*( )内補足説明は昼寝ネコによる。

 この返信を読み、さすが作家志望の友だちは、いい感覚をしていると安堵した。そこで、ストレートに以下のメールを送信した。少々長いが、そのまま転記させていただく。

【昼寝ネコ→翻訳者】
確認を有難うございました。

ご質問の件に関し、私の意見をお伝えします。

主語が「I」の場合は、読者を主人公の
内面世界に引き込むことができます。

主語が「She」の場合は、読者と主人公の間に
「客観的に捉える」という距離ができてしまいます。

作者の意図としては、主人公の女性の内面に
閉じ込められた葛藤や倦怠感、過去の暗く重い記憶
などに、読者が直接対峙してほしいと希望しています。

もし必要であれば、なるべくI/my/me/mineという言葉を
文章中に含め、読者が誰の心理状態を描写しているかを
理解しやすい表現に修正することもできます。
同時に、全ての文章を、私は~と思う、私は~と感じた、
などのように単調な同じパターンの文型にするのではなく
バリエーションを持たせ、なんとか表現に工夫を加えた
日本語表現を考えてみたいと思います。
以下の例文を参考にしていただき、翻訳修正の可能性について
アメリカの作家の方と一緒に、検討していただけないでしょうか。

以下にいくつかの修正文を例示してみます。

(例1
・オリジナル文章
朝を迎え、浅い眠りから目覚めると
また新しい一日が始まったのかと、軽いため息が出る。
・修正文章
朝を迎え、浅い眠りから目覚めると、
私の新しい一日は、いつものように
軽いため息とともに始まる。

(例2
・オリジナル文章
いつまでこの単調な繰り返しの日々が続くのか・・・
最近はそう感じるようになっていた。
・修正文章
いつの頃からか、私の心の中には、繰り返しの
単調な日々がもたらす、けだるさが拡がっていた。

(例3
・オリジナル文章
数年前には、すでに女性の平均寿命を超えてしまっていた。
・修正文章
数年前に、私の年齢はすでに女性の平均寿命を超えてしまっていた。

お手数をおかけして申し訳ありませんが、ご検討
くださいますよう、宜しくお願いします。
(転記修了)


 今日の以上のやりとりをしながら、改めて日本語は世界で最も難解な言語だ、という評価は正しいと思った次第だ。ほとんどの言語には主語が不可欠のようだ。しかし、日本語には主語の無い文章は日常的にたくさん存在する。

 自己の主張、相手の特定などを避け「角の立たない」表現や「婉曲的な表現」によって、阿吽の呼吸で人間関係を維持するための知恵なのだろう。勿論、英語にも婉曲表現が存在する。しかし、日本語の行間に存在する意味の幅と深さには、日本人独特の感性と国民性が湛えられているのではないだろうか。

 日本語の「行間を読む」と、英語の「Read between the lines」の構造は酷似していると思うのだが、その深さと幅に至っては、やはり国が異なれば、それぞれに異なるのではないだろうかと思った次第だ。日本的なメンタリティを、異国の読者が同じ感性で共感するとは思えない。おそらくは、起承転結の意外性でストーリー展開を追う作品の方が、遙かに理解されやすいだろうと感じている。
 
 そして結論になるが、私は人間の持つ心の様々な表情に興味を持っている。感動、平安、癒し、悲哀、失望・絶望、憎悪、葛藤、焦燥、落胆・・・あらゆる感情体験を乗り越えて、収束する方向を予知し、進むべき道を暗示したいと思っている。

 国籍は違っても、人間である以上は共有し合える領域が存在すると思っている。正義感だったり信念だったり、寛容さ、慈愛、思いやり、正直さ、誠実さ、勇気かもしれない。国境を越え、地平線や水平線をも越えて、読者の心に届くメッセージを、短編作品の形でお届けできれば、それにまさる喜びは無い。

 読了語に、勇気や励ましを心の中で感得し、そのまま育ててくだされば、それが私の本望である。

 そんな訳で、私の多言語出版の試みは、まだスタートラインに立ったばかりではあるが、おそらく多言語出版の鍵は、まずはクオリティの高い英訳文の作成だという確信がある。その意味で、日本語に堪能な女性と、その友人の作家というネイティブの協力者を得ることができて、いいスタートを切れたのではないだろうか。

 進展があったら、その都度ご報告させていただきたい。あれこれに興味が尽きず、本当に困った人間だと自分でも思っている。


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# by hirune-neko | 2018-10-04 23:50 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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