昼寝ネコの雑記帳

私にとっては、死の行軍一歩手前だった

PIAZZOLLA/FERRER-Contramilonga a la Funerala-Horacio Ferrer y Versus Ensemble

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午前中に一カ所、午後はもう一カ所でミーティングがあった。場所は都心だったのだが、地下鉄の駅からしばらく歩いた。途中からだらだらした上り坂になり、猛暑の中だったので身体に負担を感じた。

 かなり汗をかいたようで、帰宅した頃はすっかり消耗してしまっていた。触ると、ワイシャツがしめっぽいぐらい大量の汗だったようだ。シャワーで汗を流した後、湯船の温度を低く設定し、ひんやりとした水風呂に浸かった。

 フィットビットで確認したら、その時ですでに7,500をを歩いていた。これからは今日のように、営業相手の事務所に訪れ説明する機会が、徐々に増えていく見込みだ。首都圏を優先するが、相手次第なので全国どこになるかは皆目見当がつかない。

 これまで、私が経験したことのない営業手法をコーチしていただいている。今までは表層だけを見て対象を選定していたが、なるほど、世の中の仕組みをよく見てみると、新たな営業の切り口があるのだと納得した。

 長い間ずっと、営業対象を絞り込んでコンタクトしていた。現在指導していただいている営業の手法は、かなり間口を広げコンタクトするやり方だ。この歳になって改めて社会勉強をしているような感じだ。

 時々、不思議な感覚にとらわれることがある。自分の年齢と未来に対する眺望とのギャップを感じる。戸籍上の年齢から考えると、現役を退き隠居生活に入ってもおかしくない。もちろん個人差はあると思うが、肩の荷を下ろしてゆっくりしようと思えば、可能な年代になりつつある。

 しかし、現実はどうかというと、年々忙しさが加速しているような感じだ。つまり明らかに老化し退化しつつあるステージにもかかわらず、未来が果てしなく広がっているような錯覚に陥ってしまう。現実的に考えるなら、その未来というのは私がいつまでも一人で追い続けるのではなく、自分の分身を作りながら徐々に第一線から、身を引いていくのだろうとイメージしている。

 現在、将来に向けて描いている構想は、それを理解し共感する人たちの手によって、引き継がれていくのだろうと楽観的に考えている。行動の原動力となる理念や哲学に共鳴してくれる人たちの輪が拡がって行ってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

 私が後世の人たちに残せるのは、おそらくは言葉だけだろうと思う。そう考えるので、どんなに疲れていてもその日に思い浮かんだことは、言葉として残しておきたいと思う。

 改めて、今日の猛暑の中での行動が、死の行軍にならなくて本当に良かったと思っている。


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# by hirune-neko | 2018-07-10 23:28 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりに「深夜営業」になっている

Luciano Pavarotti - Che Gelida Manina (La bohème)

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 いよいよ営業活動が本格化しつつある。早速、明日はとても重要なプレゼンが行われることになり、まだ完成してなかった企画提案書と商品明細説明書をなんとか仕上げた。両方ともA4判で十数ページなので、かなり編集の手応えがあった。企画提案書の見本を作成してくださった方のおかげで、これまでに作成したことのない構成の内容に仕上がった。とてもいい経験になった。

 明日は、普通だったら会ってももらえない相手なのだが、わざわざ仲介してくださる方があり、時間をいただけることになった。

 午後から製作作業を始めたが、思ったより手間がかかってしまい、この時間になってようやく印刷を開始している。

 ここ数日は、何かと時間的な余裕がなかったので、世の中とちゃんと向き合わず、ちょっと垣間見ただけだが、予測もできなかったことが次々と起こっているようだ。いずれも、当事者の皆さんにとっては大変なことだということは理解できる。

 今日の・・・あっ、もうすでに昨日のことだが、ケント・ギルバート氏が朝日新聞に殴り込みをかけたという記事を読んだ。その昔、青山にアメリカ系の弁護士事務所があり、彼はそこの弁護士だった。誰の紹介だったか忘れたが、当時はアメリカとの仕事が多かったため、顧問事務所になってもらった、そのときの担当弁護士が、ケント・ギルバート氏だった。当時はすでにテレビでかなり露出していたようだが、元々テレビは観ない方なので、何も知らなかった。

 程なくして、彼はその事務所を辞め、後任のアメリカ人弁護士が担当になった。たまたまアメリカの古くからの友人と親友同士の人だったので、やりやすかった。

 朝日新聞に殴り込んだという記事を読んだが、朝日新聞は今もってなお、従軍慰安婦を想起させるような表現の記事を英語で配信しているようだ。驚いてしまった。朝日の購読者は、今でも減少傾向なのだろうか。赤旗といい朝日といい、経営基盤が崩壊しつつあるような印象を受けている。

 もうじき深夜2時半である。あと10部程度の印刷で休もうと思う。久しぶりの深夜営業となったが、なんとか集中力が途切れずに、無事に作業を終えられそうで安堵している。

 標題の動画は、昨日の記事で紹介した「ボクのご主人様はプロフェッサー」の完結編で使ったのと同じなのだが、完結編の記事では再生不能となっていた。記事が古いせいなのかもしれない。今日、この最新記事でもう一度掲載してみようと思う。果たして再生できるだろうか。


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# by hirune-neko | 2018-07-10 02:35 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりに「追いつめられた男」になっている

Maria Callas Bohème: Si, mi chiamano Mimì...

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 なかなか予定通りにことが進まない。どうしてこうも、次々と新しい案件が、しかも即対応が必要な案件が湧き出してくるのだろうか。平常心のバランスも崩れそうになってしまう。全ての元凶は、いつもなら手足となって動いてくれているパソコンや周辺機器が、初めて経験する新しい作業環境で立ち往生していることである。

 操作している自分自身の技量不足なので、誰も責められないし焦っても仕方のないことだ。・・・そうはいいつつ、やはり締め切りの期限が迫ってくると、追いつめられた心境になってしまう。

 しかし、こうしてYouTubeで次々と自動的に移り変わる音楽を聴きながら、ブログ記事の内容を考えていると、徐々に気持ちも鎮まってくる。有難いことだ。

 最初はプッチーニのラ・ボエームで歌われる「ムゼッタのワルツ」を選んだのだが、途中から次々とマリア・カラスの歌声が流れ始めた。ボエーム、サムソンとデリラ、トスカなどのアリアが次々と流れる。何度か差し替えたが、冒頭の「私の名はミミ」に最終決定した。

 こうしてこの曲を聴いているうちに、かなり以前の短編作品にこの曲が登場したことを思い出した。・・・タイトルが思い出せないが、設定は覚えている。確か三部作だったと思う。

 恋愛経験がなく、本ばかり読んでいた大学の先生が、自分のクラスに出席していた女学生に好意を寄せる。何も告げられないまま、彼女は卒業してしまう。その後彼女はIT実業家と結婚し、玉の輿としてマスコミで大きく取り上げられ話題になる。しかしやがて離婚してしまう。そんなときに、逗子の高台の高級別荘地に無断で車を乗り入れ、散歩していた先生と彼女の偶然の再会があり、一気に結婚へと進む。しかし彼女は血液の厄介な病気が発見され、あっという間に他界してしまう。

 第二部までは、こんな感じで悲劇的な結末だった。それを読んだ読者の方が、この先生と自分の境遇が似ているので、是非その先を書いて欲しいとリクエストしてきた。ちょっぴり同情した私は、一転してハッピーエンドとなる第三部を書いた。せっかくなので、その第三部をご紹介することにする。まだお読みでない方は、是非お読みいただきたい。確か、「ボクの飼い主はプロフェッサー」というタイトルだったと思う、これから探してみる。

 ・・・比較的すぐに見つかったので、以下にご紹介する。なんと、2012年10月18日の作品だった。タイトルはちょっと違っていた。飼いネコの視点から書かれた作品である。

「完結編・ボクのご主人様はプロフェッサー」

https://hiruneneko.exblog.jp/18578064/


 さて、まだ午前0時ちょっと前である。夜なべ仕事をせずに、今日はこのまま休ませていただく。自然災害だけでなく、国内外が不穏な情勢なので、何かをしなくてはと気ばかり焦っているが、まずは鋭気を養い思考力を高めることを優先させていただく。



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# by hirune-neko | 2018-07-08 23:59 | 創作への道 | Comments(0)

今日ばかりは駄文日記ご免なさいである

S.L. Weiss Fantasie on 8-string guitar

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 1枚のCDを渡され、コピーを6枚作ってくれと依頼された。音楽が20数曲収納されており、500MB以上の容量だった。

 最新のiMacにはディスク用のスロットが標準装備されていない。そこで、MacBook Proで作業をすることにした。ところがどうやっても、新しい空のディスクを初期化できない。お手上げで、とうとうAppleのサポートに電話した。30分以上、あれこれいわれた通りに試したものの、結局は目的を達することができなかった。

 どのみち必要になるので、iMacにUSB接続する外付けのドライブを購入することにした。少し割高だが、長い目で見てApple純正のを購入することにした。調べたら、一駅先のコジマ電機に在庫があったので、取り置いてもらい買いに行くことにした。何を血迷ったか、歩数を稼ぐために歩いて行くとにした。片道、4千歩弱だった。

 踏切を越え、少し行くとセブンイレブンを過ぎた辺りから、だらだらとした長い上り坂になる。果たして上り切れるだろうか、心臓が耐えられるだろうかと心配だったが、なんとか目指すコジマ電機まで辿り着くことができた。

 帰宅して、これで後は順調に作業ができるだろうと考えたのだが、大甘だった。やはりディスクを初期化できない。あれこれのメニューをひとつずつ試しながら、根気強く解決方法を探った。

 それらを全て説明すると朝になってしまうので、止めておく。結論は、ディスクをファインダーで開き、そこにデータをコピーする。さらには改めて、コピーした内容でディスクを作成する、というメニューを選んで終了だった。

 おかげで今日は、自分のことが何ひとつできなかった。しかし、これから必要とするであろう技術をひとつ習得できたので、収穫だったと思うことにした。

 そんな有様なので、今日は小学生の日記のような駄文で失礼させていただく。せっかくはるばる遠くからお越しくださったのに、大変申し訳なく思う。でも、なんとか責任を果たせてほっとしている。今日できなかったことは、明日に先延ばしである。


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# by hirune-neko | 2018-07-08 01:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

少しずつ歯車が噛み合ってきたようだ

Astor Piazzola y Roberto Goyeneche - Vuelvo al Sur

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 課題の山を少しずつ崩している。目の前に立ちふさがる山を見上げてしまうと、意気消沈し、気力も失せてしまう。常に目の前の課題だけを見て、小さな達成感をひとつひとつ積み上げるしかない。

 そんな地道な努力を継続していると、いつかどこかで重心が移り始め、大きな山も崩れ始めるに違いない。そんな淡い期待と希望を心の支えに、日々を送っている。

 運送会社の具体名を書くことはできないが、話し好きの男性ドライバーが集荷に来る。今日の話題は地震だった。高校時代、地学が徹底的に退屈だったので、授業中は何やら別のことを考えていた。地層とか断層とかいわれても、ちんぷんかんぷんである。彼は最近、地震の専門家と話したそうだ。その専門家によると、千葉で地震が連続しており、いつ大きな地震が首都圏を襲ってもおかしくないといっているらしい。

 男性ドライバーは興味深い話を続けた。日本は大地震で壊滅的な被害を被るが、そこから立ち直るという。そして、日本人が互いに協力し合って国を再興する姿を見て、世界中の人々が絶賛し、日本を手本にするようになる、といったのだ。

 へえ、まるで預言者の言葉のようだな、と思ったが、確かに東日本大震災のとき、被災者の皆さんは整然と列を乱さず忍耐し、ましてや暴動などは起きなかった。ものいわぬ羊たちの、寡黙だが忍耐を甘受した、神聖な姿だったと思う。

 私は男性ドライバーに自説を伝えた。自然災害もテロや戦争も、いつどこで、どのように発生するかを予測するのは困難だ。しかし確かなことは、社会インフラが破綻し、お金があってもアメックスのゴールドカードがあっても、ものが買えない状況になってしまう。そのような状況を予測し、個人で食糧、飲料水、燃料、電源、医薬品などを備蓄することが重要だ・・・そのように述べた。

 アメリカで資産家向けに資産運用のコンサルタントをしている人間が、1年分の食糧が最も価値がある、といっているとも付け加えた。私は今でもそのように考えている。

 スペースと予算の許す限り、保存性を考慮した食糧、飲料水、燃料、電源などをストックされるようお勧めする。いうまでもなく、インターネットから情報を収集する手段を確保することもお勧めする。

 小さなお子さんをお持ちのご家庭なら、お子さんが不安感からパニック状態にならないよう、絵本やゲームの類いも確保された方がいいと思う。

 あくまでも、砂漠や極地などでのアウトドアサバイバルとしての視点だが、パニック状態になって闇雲に動き回り、死に至るケースが最も多いそうだ。冷静・沈着に周辺状況を判断し、生き延びていただくために、私からの提言を真剣に検討していただき、できれば速やかに実行に移していただきたい。心からのお願いである。


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# by hirune-neko | 2018-07-07 00:33 | 現実的なお話し | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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