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昼寝ネコの雑記帳

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まだ生活のリズムが定まらず試行錯誤状態である

Astor Piazzolla - Extasis

 なるべく寝る時間を早めようと考えているので、年間読書計画も朝のうちに読むのはかなり以前から習慣化し、定着している。それ以外の課題は、ウォーキングとブログである。

 5千歩を歩くには約40分を要するため、どうしても一日の終わりの夜遅い時間帯になってしまっている。そのため、疲れ果てていると歩くのが億劫になり、歩かないことが習慣化すると、いつものように足先に激痛が走るようになる。それだけはなんとしても避けたい。

 ということで、今日は一日の組み立てを変えてみることにした。

 まずは、気の重い遅延案件である。Todoistというタスク管理ソフトを使用しているが、開いてみたら遅延案件は60以上になってしまっていた。ひとつに手をつけようと思っても、別の案件が気になり、さらにはまた別の案件が気になり、という悪循環で結局は気力が失せてしまう。

 そこで今朝は、全案件の達成期限を見直し、すべてを今日以降に修正した。当たり前の話だが、これでデータ上は遅延案件がゼロになった。すると単細胞の私は、「遅延案件ゼロ」という状態を目にしただけで、達成感と安心感を感じてしまっている。実際には、ただ単に先延ばしをしたに過ぎないのだが。

 そして、午後2時前から昼間のウォーキングにチャレンジした。ここ何日かは連日、連続5千歩を歩いているし、気温ももうそんなに高くないので楽勝のつもりで歩きに出た。

 ところがどうも身体が重い。歩き続けているうちに脳貧血の症状が出るようになった。途中で何度も立ち止まり、前屈みになって頭を膝の辺りまで下げて呼吸を整えた。夜気よりは多少なりとも気温が高いせいなのか、あるいは馴れない時間帯なので身体がついていけなかったのか、理由は分からない。

 さすがに帰宅してすぐ、床に背中をつけて全身を休めた。涼しくなってきたし、なんとか昼間のウォーキングを習慣化させたいものだ。

 今日のブログ開始時間は、午後3時半過ぎである。普段と較べればかなり早い時間帯だ。いつもはその日に感じたことを、そのままブログに記している。しかし、午後3時半という時間帯は、人生に例えれば青春時代のようなものだ。まだまだ人生の何たるかも理解せず、ただ夢中になって生きている時期である。

 何かについて深く考える余裕もなく、突然立ち止まって何か書かなくてはいけないという状況に等しい。本当はゆっくりと時間を確保して、いろいろ考えた内容を書きたいところなのだが、やはり今の私にとっては、健康と気力と集中力を維持する事が最優先課題なので、淡白なブログ内容になってしまうのはいささか不本意である。しかし、優先順位を考えなければならない大事な時期なので、大目に見てやっていただきたい。

 これでいよいよ、この時間から夜寝る時間まで、先延ばしした元遅延案件に集中することができそうだ。
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by hirune-neko | 2020-09-22 16:35 | 心の中のできごと | Comments(0)

休日で、ちょっと気分がダラケ気味だ

Un dia de noviembre by Leo Brouwer

 ノートパソコンに充電ケーブルをつないでいる最中に、携帯電話の着信音が鳴った。見ると長男からだったが、ちょっと手間取っている間に切れてしまった。

 すぐにかけ直した。開口一番に言われた言葉は「敬老の日だから」だった。一瞬、何のことかと思ったのだが、そうか、そういえば私は老人だったんだ、と意味を理解した。そして、そのように時間を割いて、気遣ってくれる子供に恵まれていることのありがたさを感じた。

 改めて思う。世の中にはいろいろな境遇の人たちが存在している。結婚したくても縁の無い人、結婚して子供がいたのだが、離婚して子供とも音信不通になっている人。実に様々である。

 家族や子供たち、孫たちに見守られながら、人生の最期を迎えられる人たちは、ある意味では幸せなのではないだろうか。

 いろいろな境遇の人たちの心情に思いを馳せていると、私は自分自身の動きを制約している手枷や足枷から解放され、もっと自由に動き回りたいと思う。・・・で、何かできるのか?もちろんできることは限られるが、でも、自分にできることは行動に移したいと思う。早くそのような日が来ることを願っている。

 時間と才能・能力、経済力、体力をある程度与えられたら、自分自身のためではなく、精神的な極限状態を生きる人たちが必要としている、おそらくは目に見えない何かを見つけ、提供できるようになることを希望している。

 私はまだ生きている。しかし、自分の命に固執せず、言葉を換えて表現するなら、自分自身の信念に殉ずることができるよう覚悟を固めるように、という耳には聞こえない囁きがきを感じることがある。なんと不吉な予感なのだろうか。

 実際に命を落とすことはないかもしれないが、自分自身の持てる時間、労力、私費その他を、ためらわずに進んで犠牲として差し出せる人間になりたい、という思いはある。これから先の人生で、物質的な何かを所有したいという強い欲望はほとんどない。遺産として遺せる私財があるとすれば、自分の書いた文章への対価としての、印税ぐらいのものだろう。

 たとえ目に見えない影響であっても、言葉を通して人の心に伝わる何かを遺せれば、それがおそらくは私にとって、最も価値のある遺産になるのではないだろうかと感じている。

 相続税の対象にはならないので、受け取る人にとっても負担がないことだろうし。

 振り返ってみれば、この約半世紀の間に私自身もいろいろな経験を積み重ねてきた。二度と味わいたくない経験も多い。思い出したくないことも多い。しかし、過去に味わった様々な心情体験がなければ、人の苦しみや葛藤になど興味を感じない人間になっていたかもしれない。いわば、これまでの様々な経験や思いが、自分自身の感性や洞察力、そして苦しみ悩む人たちの心への共感つながっているのだと思っている。

 今日はほとんど日の作業ができなかった。そのかわり、愛前に浮かんでは消えていたイメージを、自分なりに明確に捉えられたような気がする。それはそれで良かったと思っている。

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by hirune-neko | 2020-09-21 23:01 | 心の中のできごと | Comments(0)

少しずつだが前倒しスケジュールになっている

(HD 720p) The Way We Were, Instrumental (Violin and Piano)
"

 週末の受注データ処理は、まだ原始的な手作業の状態だ。それでも今日は、データ処理作業を終え、規定の歩数を歩いてまだ午後11時ちょっと前である。徐々に早めて、できれば午後10時には全てを完了できるようにしたいと思っている。

 数十秒ごとに足先に激痛が走る症状は、完全に消えてくれた。両足の筋肉も、つながったような感じで歩くのが楽になった。暑かろうが雨が降ろうが、寒かろうが雪が降ろうが、歩く習慣は死ぬまで続けるべきだ、という言葉を改めて噛み締めている。もっとも、大粒の雹が降り注ぐようだと危ないので歩くわけにもいかないだろう。

 明日と明後日の二日間は祝日なので、少し気が楽である。この二日間で遅延案件にできるだけ追いつきたいと思う。いくつもの案件を整合性を考えながら、組み立てなければならないので、それなりに深く考えながら進める必要がある。

 来年に向けての課題の1つは、自治体攻略である。1つでもどこかの市町村が絵本を採用してくれる実績が生まれれば、他の自治体に対する説得力が増と考えている。折しも、日本は少子化傾向が続き、さらに今般のウィルス騒動で出産数がどうなるか、諸説入り乱れているところだ。私たちが提供する絵本と、さらにはファミリー・インテリジェンスという発想にも関心を持ってもらいたいと思っている。

 絵本との出会いという瞬間も大切だが、何年も続く子育てや家族関係、家庭管理に寄与する情報提供までを視野に入れている。ある意味では、前人未到の分野なので全て自分で調べ、考えて判断しなければならない。なかなか難物ではあるが、それだけにやりがいがあると感じている。

 しかし現実問題として、体力や視力の低下という課題があるので、これまでのようにすべてを自分一人でこなそうという考えは捨てつつある。信頼でき、能力のある方に様々な調査や分析、さらには制作作業の分業化を進めたいと思う。

 同時並行して、緊張度を高めつつある国際情勢に関しては、引き続き情報収集を継続しなければならないと思う。特に、アメリカ大統領選挙には、トランプ大統領の再選を阻止しようとする、外国政府による工作活動も進んでいるようだ。予断を許さないだろう。

 朝鮮半島情勢、特に韓国の政治、経済、外交、軍事、国内治安に関する変化は、常にマークする必要があるのではないだろうか。かつてないほどの日韓関係悪化という状況を踏まえ、日本国内の様々な親韓勢力が、どのような動きに出るか注視したいと思う。

 このまま入浴し、横になりたいと思うので、今日はこれぐらいで失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2020-09-20 23:34 | 心の中のできごと | Comments(0)

絶望的な状況から這い上がる方法はあるのだろうか

The Deer Hunter Soundtrack

 仕事の合間にインターネット上の情報を斜め読みしているだけなので、記載内容に正確さを欠く部分があるかもしれない。もし、誤った表現があったとしたら、それは私個人の認知症の前兆だと思って、大目に見てやっていただきたい。

 つい先日までは、アメリカのビッグテックを総称し、GAFAという言葉が使われていた。いわゆる、Google、Apple、Facebook、Amazonの頭文字をとって作られた言葉だ。

 最近目にするようになったのは、GAFAではなくGAFAMという言葉である。最後にMがひとつ加わっている。それはMicrosoftのMだそうだ。

 テックジャイアンツと言えば、中国共産党政府が推進する一帯一路、そしてその先に見えるのは「新世界秩序」=NWO: New World Orderに協力的な企業軍であるらしい。

 もちろん私ごときには、全体像を正確に説明することはできない。しかし、現在アメリカ大統領選挙が話題になっているが、民主党、クリントン元大統領夫妻、オバマ前大統領が、中国と一体化するかのように、この「新世界秩序」の推進に協力的だったと指摘されている。いや、過去形で表現するのは適切でははいかもしれない。しかし、民主党支持の人たちの中にも、民主党がどのようなことを行ってきたかを知るにつれ、民主党に失望して支持しなくなっている人が増えていると聞いている。

 テックジャイアンツにしても、最後の最後まで中国共産党政府にしがみつき、一蓮托生の方針を維持するのだろうか。最近目にしたのだが、AppleはiPhoneの製造工場を、中国から東南アジアの他の国に移すそうだ。インドだっただろうか。ちょっと記憶が怪しい。

 トランプ大統領の中国共産党政府に対する、強力な経済制裁や軍事的な圧力には目を瞠るものがある。西側諸国との連携も緊密に行っているようで、すでに一枚岩の様相を呈している。

 果たして、日本の政治家が同じように、中国共産党政府に対して旗幟鮮明に行動できるかどうか疑問に思う。案外、安倍首相はトランプ大統領と綿密に打ち合わせ、日本もアメリカその他の国々と一緒になって中国を追い詰めることにより、中国共産党政府が核ミサイルの乱発など、暴発を起こさないように、せめて日本が緩衝地帯になるという高度な戦略なのかもしれない。国際政治の世界は、実に複雑怪奇なものだろうと思うからだ。

 政治、経済、外交、軍事などの動きに関しては、全てが秘密裏に行われているだろうから、マスメディアも正確な実態を報道することは難しいだろうし、ましてや一市民にとっては想像することすらも困難だと思う。

 ジェノサイドという言葉がある。ウィキペディアではこのように説明されている。
 「ジェノサイドは、国家あるいは民族・人種集団を計画的に破壊すること。ジェノサイド条約第2条によれば、国民的、人種的、民族的、宗教的な集団の全部または一部を破壊する意図をもって行われる行為のこと」


 毎日、ブログ「徒然なるままに」にお邪魔し、国内外の動向を少しでも把握したいと努めている。ほとんどは見出しを目で追うのが精一杯なのだが、最近は私なりに心を痛めていることがある。それは、中国共産党政府によって推進されている様々な施策である。ウイグル、チベット、モンゴルなどで、どのようなことが推進されているのかを知れば知るほど、それぞれの国に居住し、苦境に耐えている人たちの、絶望的な心情を感じ、心を痛めている。

 そのブログ「徒然なるままに」から、ほんの一部を引用紹介させていただく。

「徒然なるままに」から一部を転載

■2020年09月17日 メイカさんからの続報 : 日本や世界や宇宙の動向 2020/09/17 22:24

・イギリスの民衆法廷の最終判決として中共は犯罪政権であると発表した。7人のチーム(弁護士、学者、専門家、ビジネスマン)が中共の犯罪の事実を知ったため調査を行った。
2006年6月22日に法輪功の証拠を基に中国政府は毎年6万人から10万人の法輪功信者やウイグル人などの臓器摘出、売買をしていることがわかった。行方不明になった法輪功信者が多い。臓器摘出後に彼らは殺害される。この判決に対して中国政府からは何の反応もない。


2020年09月16日 メイカさんからの続報 : 日本や世界や宇宙の動向 2020/09/16 19:46

・内モンゴルで、子供たちが学校に行かないため、習近平の命令で、警察官らはモンゴル人の家に侵入し両親と子供を公安局に連れていき、女の子は廊下に拘留、両親は別の部屋で取り調べをしている。女の子は怖くて泣いていた。死にたいと言っていた。習近平は無理やりモンゴル人の家族を学校或いは公安局に連れていく。警察官は一人捕まえたら200元をもらえることになった。そのため、警察官らは夜中に家の中に侵入し家族全員を逮捕捕まえ公安局に拘留している。最近は捕まえた分だけお金がもらえるため、警察官らは多くのモンゴル人を捕まえている。モンゴル人は精神的にかなりまいっている。このようなことをする国は中国しかいない。


2020年09月15日 メイカさんからの続報 : 日本や世界や宇宙の動向 2020/09/15 20:00

・内モンゴルの小学校の校長(女性)は、中国政府から、学校に行かない生徒らの学籍を取り消すよう何度も圧力をかけられた。しかし校長中国政府の命令に従わなかった。そして自殺した。中国政府に反発するモンゴル人十数人が逮捕された。これからもっと厳しい取り締まりが始まる。


 以上が引用である。国家や企業が世界を市場とみなして、経済活動を拡大していく事は理にかなっていると思う。しかし、上記の転載記事が事実だとすれば、私にとっては実に重いテーマである。

 お読みになって、どのようにお感じるかは人それぞれだと思う。しかし、視点を変えて想像してみていただきたい。日本が中国人民解放軍に実効支配され、武力や強制力によって、小学校で日本語を学ぶことを禁じられ、強制的に中国語の教科書で中国語を学ぶように押し付けられたらどうだろうか。女性たちが強制的に避妊手術を施され、子供を作れない女性が増えたらどのように感じるだろうか。

 さらには、宗教が一切禁じられ、キリスト教や仏教等の信仰を持つ人たちが強制的に収容所に入れられる。そして内臓疾患を持つ富裕な外国人が来日し、内臓移植を希望した場合、収容所の人たちの内臓が摘出され販売される、ということが実際に起きたらどう感じるだろうか。何の罪もない自分の家族や友人たちが、内臓を抜き取られて殺害されるという現実に直面したら、どのような気持ちになるだろうか。

 ましてやそれらが、日本の政府の暗黙の了解のもとに行われるとしたら、私たちはどのように対処すれば良いのだろうか。

 これぞまさに絶望的な状況なのではないだろうか。国家に対する不信感が極限に達し、人間に対しても強い不信感を持ってしまい、優しさや寛容さなどを持つことなど不可能になるだろう。

 もちろん、あくまでも仮定の話である。しかし、日本の政党や政治家の実態は果たしてどのような状況なのだろうか。中国共産党政府が推進する一路一帯政策、あるいは中国共産党政府が主導し、アメリカのテックジャイアンツグループが提携していると言われる、「新世界秩序」=NWO: New World Orderに対し、時の日本政府が、その動きに協力的に加担する可能性は無いのだろうか。それは、どの政党が政権を取り、誰が総理総裁になるかによって大きく異なるのではないだろうか。

 日本と日本人の将来を、外国勢力に売り渡そうと考える政党や政治家、マスメディア、ジャーナリストや評論家は厳然と存在するようである。しかし日本は民主国家なので、選挙によって民意を反映させることが可能である。そうであれば、一人でも多くの有権者の方々が実態を正しく認識し、日本の将来を託せる候補者に票を投じるため、選挙では棄権しないという心構えを持つことが、国家安全保障における最強の民間防衛体制だと私は考えている。

 選挙の結果、国民の大部分が共産主義国家を選び、あるいは中国共産党政府の属国として存在することを選んだとしても、それは民主的な選挙の結果なのだから、誰も文句は言えないだろう。

 しかし残念なことに、ただ漫然と報道されるテレビや新聞、ラジオ、雑誌などのニュースだけを唯一の情報源とするならば、日本は徐々に外国勢力に浸透されていくだろうと思う。現存する多くのマスメディアは、残念ながらそのような評価を避けられないのではないだろうか。

 しかし幸いにして、ここ近年のインターネットの発達と普及には目覚ましいものがある。自ら能動的に、そして積極的に正しい情報を探求するならば、現時点ではインターネットは情報の宝庫だと思う。

 正義感と使命感によって、少しでも多くの方に正しい情報を発信しようという奇特な方々は少なからず存在している。日本人の体内を流れる血、気質、国民性などの根底には、邪悪な思いや行動を拒絶し、より正しい道を歩もうとするDNAが存在すると思っている。

 今日は少々力が入ってしまった。なぜだろうか。今日で2日連続して規定の歩数を歩くことができた。それにより、足先の痛みは完全に消え去った。さらには、ほんの少しではあるものの、足の筋肉が再生されつつあるような感じがある。つまり、思考が中断されることなく集中力が持続し、さらには気力も湧いてきていることにより、自分自身の思考の世界が徐々に蘇生してきているせいだと思う。

 長文を最後までお読みくださり、心よりお礼申し上げる。

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by hirune-neko | 2020-09-20 01:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

元に戻った、復帰した、という実感を味わっている

"Last Tango in Paris".... theme from the movie

 歩くことが健康の基本だと言われたことがある。体調が悪いときであっても歩いた方がいい、とも言われた。今日でまだ2日目だが、重い足を引きずって何とかいつものコースを4往復した。歩いている間、足先はピクリとも言わず全く痛みが出なかった。とても快適である。数十秒ごとに激痛が走ると、集中力がズタズタになり仕事に大きな支障が出た。それでも、なんとか無理して仕上げようとすると、普段以上に脳内疲労が濃くなってしまうのを実感した。

 仕事に集中できなくなると、気分転換を兼ねて詰将棋を解くことが多い。詰将棋パラダイスというソフトがあり、何年もかかっているがレベル1からレベル5までは全問解いた。4000問以上である。学生時代からずっと将棋からは遠ざかっていたのだが、60歳を過ぎた頃、急に将棋に対する興味が湧き、「堀川修ネット将棋スクール」を見つけて入門した。

 今でも続いており、月に3回インターネットで個人指導を受けている。相手が指した手の意図が何なのかを考え、心理的な駆け引きもあって、将棋はなかなか奥が深いといつも思っている。将棋には厳然としたルールがあり、禁じ手というものが設定されていて、その禁じ手を指すと即、負けになってしまう。

 しかし、現実の国際社会では平然と、その禁じ手が横行しているように見受けられる。日本では確か公安警察がスパイによる活動を監視しているはずだ。ほぼ、何でもありのようなスパイ天国と言われる日本なので、監視活動にもいろいろ制約があるだろうし、とても大変だろうと思う。それにしても、米中関係が日に日に悪化し、対立構造が明確になってきているようだ。台湾や尖閣諸島、インドなどで軍事的な衝突が起きても不思議ではないと考えるのは、あくまでも素人の判断なのかもしれない。

 私自身は、別に人ごとのようにのんきに構えているわけではない。しかしそうは言っても、できる事は非常に限られる。

 一見すると、自社の商品である絵本の営業や、短編作品を多言語で出版するなど、ある意味では平常時の永続を想定した動きに見えるだろうと思う。

 さりとてこのような時期に、合法的に所有することができる武器は何か、などと考えても極めて限定的なものしか許されないのが日本の現状である。特殊警棒ですら、外で持ち歩く事は禁じられている。以前ブログに書いたが、機内持ち込みしない鞄に入れて、北海道の千歳空港で飛行機に搭乗しようとしたら、X線の検査装置で特殊警棒が入っていることが探知され、すぐに警察官2人が飛んできた。交番でかなり長時間あれこれと尋問を受けた。

 長年にわたり、戦争映画やスパイ映画を好んで観たせいか、いつの間にか私は兵器マニアになっているようだ。数十年前、先日他界されたC・W・ニコルさんにお願いして、アメリカでのハンティング事情を取材してもらい、季刊のムック誌で出版したことがある。その時に彼は、サンフランシスコにあった日本人の経営する銃砲店を訪れた。そんな縁があったので、後日私はその銃砲店を訪れた。その銃砲店は、日本人観光客向けに射撃ツアーを主催していた。ベイブリッジを渡った先にあった、公営射撃場での射撃訓練がツアーの内容だった。

 私は、合計で3度ほど参加しただろうか。オートマチックと回転式の拳銃、それとM16というライフル銃の射撃を行った。そしてさらに、今考えたらまったくアホなことなのだが、その銃砲店でワルサーPPKというオートマチックの拳銃を購入した。ジェームス・ボンドが映画007の中で使用していたものらしい。アメリカでは、許可を受ければ拳銃を携行できると言われたが、旅行者であり日本人である私が、そのような許可を受けられるはずがない。結局その拳銃は、銃砲店に預けっぱなしでもう時効になってしまった。

 いささか危険な発想だとは思うのだが、私は今でも拳銃と実弾入りのマガジンをいくつか、常に携行したいという願望を持っている。もちろんそれは、日本国内では違法行為なので実行に移す気持ちはさらさらない。しかし、アメリカ政府が日本政府と協議した結果、昼寝ネコは海外のテロリストから命を狙われているので、自衛のために特別に許可を与え、拳銃を携行させようじゃないか、という事態にでもなれば嬉しいなと、またぞろアホな妄想をしている。

 しかし、今の私の視力では敵と味方を誤認し、誤射してしまう危険性があるので、仮に万が一、拳銃の携帯許可が出たとしても辞退するしかないだろう。いやいや、もし本当にそのようなことになったら、必死で目の治療に集中して視力を回復させ、せっかくの機会なのだから、拳銃を合法的に持ち歩けるようになるといいなと、危険な発想を持っている。

 最近はまたまたリアルな夢を見るようになったせいか、現実生活と夢の世界の区別が判然とせず、境界線がぼやけてしまう瞬間がある。したがって、現実的な思考と妄想が錯綜してしまい、へんてこな、そして全く非現実的な妄想が頭の中を駆け巡っているのかもしれない。

こんな時は、さっさと布団に入り眠りにつくべきだと思うので、今日のブログはここまでとさせていただく。

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by hirune-neko | 2020-09-19 00:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

やはり歩くと、足先の痛みには効果があった

Oblivion / Astor Piazzolla
 
 昨日の数十秒毎の足の激痛と比べると、今日は地獄から天国に生還したような状態である。

 日中は倉庫と製本所に行ったため、その時点ですでに2千4百歩を歩いていた。夜になって、作業が一段落したので歩きに出た。新規に5千歩を歩いたので、歩数としては充分だと思う。おかげで、痛みはほとんど出なくなった。これが、痛み止めなどの薬に依存していると、本質的な原因を解決できずに、却って不健康な状態になると考えている。今後は、毎日規定の歩数を歩くことを日課にするよう努力したい。
 
 歩きながら今日は、久しぶりにピアソラの作品を聴いた。あるアルバムはたまたま最初の曲が、Oblivion(忘却)、そして2曲目が、Remembrance(思い出)だった。

 未完の大作だと、完成前から自画自賛している舞台作品「気仙ゆきしぐれ」の最初のシーンで使う予定なのがRemembrance(思い出)であり、ラストシーンで使う予定なのが冒頭に紹介したOblivion(忘却)である。

 歩きながらこの2曲を聴き、全体の流れについて改めて脳内で反芻してみた。ラストシーンでは、このOblivion(忘却)に合わせて舞い、津波で命を奪われた人たちから、遺された家族への気持ちを言葉で伝えるという設定で考えている。まだ本人とは話していないのだが、わが娘が舞台上で和服姿の日本舞踊を舞うことをイメージしている。

 本当は、陸前高田という地名が気にいっていたので、登場人物の家族が江戸時代に陸前高田から、江戸に転居したと言う設定で考えていた。しかし、少し時代考証してみたら、陸前高田とという地名は、市町村の統合により比較的近代にできた名前だということがわかった。つまり、残念ながらこの地名は使えないということだ。江戸時代にも、気仙という地名が使われていたのであれば、すべて気仙に統合したいと考えている。

 大船渡にあるリアスホールに、ご遺族の皆さんをご招待し、無料で観劇していただくことを夢見ている。そのためにも、津波で必死に助かろうともがいた人たちの心情を、深く掘り下げて理解し、さらには大切な子供や親、 家族や友達をなくされた方々の心に届く、そして癒しと平安を与えられるような、作品に仕上げたいと希望している。

 今の私の生活状態では、いったいあとどれぐらいの時間がかかるか、皆目見当がつかない。しかしこれは、自分自身のライフワークとして仕上げたいと思っている。ナレーターの婆や役をお願いしている女性も、もう実際に婆やの年齢になってしまった。いろいろな苦労や大変さを経験してきているようなので、演技にも深みがあってちょうど良いのではないかと思っている。私の脚本に出演してくれていた当時は、まだ30代だったと思う。

 お互いに相応に齢を重ね、それなりの人生を歩んできたので、人生の集大成として思いを込めて作品を作り上げたいと思っている。。

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by hirune-neko | 2020-09-18 01:18 | 創作への道 | Comments(0)

久しぶりに最悪のコンディションで過ごしている


Obsessão/Não Me Diga Adeus/Pois E/A Flor E O Espinho - Maria Creuza
 

昨晩、浅い眠りでうつらうつらしていたら、午前4時ごろ、突然右足の薬指と小指に激痛が走った。思わず声を上げ飛び上がらんばかりの痛みだった。

 ここ数日、コンピュータの前に座りっぱなしで歩きに出られなかった。そのため、足に痛みが出ることを懸念し、昨晩はせめて1往復はしようと思って外出した。それでも最終的には3往復した。私にとっては精一杯の努力だった。

 激痛は、数秒で治まるのだが不思議と一定の時間間隔で発生した。最初のうちは、ほぼ10秒ごとに痛みが出た。やがてその間隔が広がり、30秒ごとに発生するようになった。

 いずれにしても、すっかり疲れて眠りたかったにもかかわらず、間断なく襲ってくる痛みのため、全く眠れなくなってしまった。

 血行が悪くなっているのだと考え、手のひらで膝から足先に向けて強く擦った。何十回も試したが、改善しなかった。結局、その時間から一睡もできず、仕事場に行った。しかし、さすがに半徹夜同様の状態だったので、体調が悪く仕事をオフにすることにした。

 ・・・この辺までMacBook Proに音声入力で原稿を作成した。ところが、操作を誤ってしまい全文を消去してしまった。iMacであればすぐに修復する方法を知っているのだが、MacBook Proではその方法がわからなかったため、今こうして再び同じ内容の原稿を、iMacで作成している。

 このような痛みが出たとき、人によって対応は異なると思う。ある人は病院に行き、痛み止めの薬を処方されてそれを飲むだろう。しかし私は長年の経験から、あくまでも自然治癒力を高めるようにしている。午後から2時間ほど仮眠ができたので、夜になってから歩きに出ることにした。

 これまで何度も経験しているが、この種の足の痛みには、歩いて自然に治癒するのが一番いいと思っている。本来であれば5千歩を歩くところなのだが、さすがに今日は体調が悪かったし、歩いている最中に時々痛みが走るので、4千歩ちょっとで終了することにした。

 そのような状況だったので、今日は遅延案件に手をつけることができなかった。下準備の段取りだけで終わってしまった。明日は木曜日なので、倉庫によって表紙を積み、製本所まで往復しなければならない。

 実に根気のいる毎日であるが、何とか前進し続けたいと思っている。

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by hirune-neko | 2020-09-16 22:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

いつか静かにひっそりと暮らしたいという思いが募る

Diana Krall "Cry Me a River"

 今日は一日中、睡魔と同居しながら仕事をしていたような感じだっだ。まだ脳内で眠気がずっと消えずに残っている。夏の疲れが出てきたのだろうか。相変わらずリアルな夢を見ることが多いので、ほとんど1日中頭と神経を使っているような感じがする。

 今日初めて知ったのだが、誕生したばかりの菅首相の任期は来年の9月までだそうだ。何やら、すぐに解散総選挙があるという人もいる。政治の世界は、何が何だかさっぱりわからない。

 アメリカではいよいよ大統領選挙が近づいてきた。トランプ大統領の優勢が伝えられているが、バイデン候補を大統領にしたい勢力が、必死の巻き返しを図っているのだろう。

 それにしても、米中関係はいよいよのっぴきならない状況になってきているのではないだろうか。韓国と北朝鮮も内憂外患状態といっていいのではないだろうか。国際政治の世界は、ちらっと覗いただけでもまるで別世界で、私など神経がもちそうもない。できるだけ避けて通りたい世界である。

 どうやら、ゆったりと静かに暮らしたいという気持ちは、日に日に強まっているようだ。仕事が一段落するまでは必死になって取り組むが、できれば静かで景色のいい環境で、短編小説家としての人生を送れれば、理想だと思っている。今のように、来る日も来る日も実務に追われるような生活からは、距離を置いて離れたいと感じてしまう。

 もしかして、人並みにストレスを感じているのだろうか。楽しみといえば、甘い和菓子を口にする時ぐらいになっている。

 最近知ったのだが、セブンイレブンでもカリントまんじゅうが売り始めたそうだ。最近のセブンイレブンは、和菓子にもかなり力を入れているようだ。既存の和菓子屋さんにもじわじわと影響が出るのかなと思っている。それにしても、こしあんの和菓子を口に入れた瞬間、ささくれだった脳内がすーっと楽になるのを感じる。血糖値などどうでも良いと思う瞬間だ。

 今日はもう、いや違った。今日ももう、歩きに出る気力を喪失している。お風呂に入って筋肉をほぐし、横になって頭を休めたいと考えるばかりだ。毎日これだと困るが、たまにはそんな日があっても良いのではないだろうか。すっかりだらけた生活である。

 と書いたが、せめて1往復だけでもしてこよう。足先に痛みが出始めているので、防止しなくては。

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by hirune-neko | 2020-09-15 22:07 | 心の中のできごと | Comments(0)

読むと吹き出すかもしれないロマンチックな純愛物語

Moon River - London FILMharmonic Orchestra

 オードリー・ヘップバーン主演の「ティファニーで朝食を」という映画は観ていない。ティファニーは確か有名な宝飾店の名前だったと思うので、宝飾店で朝食などと聞いても一体どんなストーリーなのか、想像もつかない。

 私の日常の食事スタイルは、まったくなっていない。お盆が運ばれてくると、キーボードをパソコンの下に押しやり、その空いたスペースにお盆を置く。視線はほとんどパソコンに釘付けで、箸を持つとき以外はマウスを操作しながら、半ば義務的に食べ物をお腹の中に流し込んでいる。

 そんな集中力を欠いた不謹慎な食事スタイルなので、時々ふとした拍子に箸を落としてしまうことがある。

 数週間前、箸を一本落としてしまった。足下は薄暗いので懐中電灯を照らして辺りをくまなく探したのだが、どうしても見つからない。目のいい者に手伝ってもらったのだが、とうとう見つからなかった。

 長く使ってた箸なので、塗りの部分も色落ちしてしまい、ある意味では骨董品のようになっていた。新しい箸を買いに行くのも面倒だったので、同じぐらいの寸法の色柄の違う箸と組み合わせて使っていた。

 昨日、パソコンに集中しながら食事していたら、またまた一本の箸を落としてしまった。数週間前に無くした箸の片割れである。椅子を引いて足下を見てみたが、見つからない。無いわけがない。

 そこで懐中電灯で照らし、隅々までくまなく探してみた。すると、右端で敷物の下にもぐりこみ、ヘリに沿って隠れるように、かろうじて半身を見せている箸の姿が目に入った。

 やれやれと思い、机に顎をのせて腕を伸ばし、つまみ上げようとした。そのとき、指先からは箸が一本だけでないという感触が伝わってきた。咄嗟に意味が分からず、身体を起こして見てみたら、なんと、数週間前に消息を絶っていたもう一本の箸だった。

 驚いてしまった。あんなにくまなく探しても見つからなかったのに。しかも、まるで相手を引き寄せるかのように、ぴったり同じ場所の敷物の下で寄り添うように横たわっていたなんて。

 その瞬間、私の脳内では、一人だけで寂しさに耐えていた一本の箸が、その孤独に耐え切れなくなり、幽閉されていた自分の場所に、人間の耳には聞こえない悲痛な叫び声をあげ、相手の箸に救いを求めたのだという情景が拡がった。

 すっかり古ぼけてしまったひと組の箸ではあるが、使える限りは使おうと思った。改めて、すぐに新しい箸に買い換えなくて良かったと思う。

 パソコンやプリンター、デバイスそれぞれに名前を付け、そしてこのような日常小物にまで感情移入してしまう自分のことを、少々異常なのではないかとも思うのだが、自然に感じてしまうものは避けられない。

 今日のブログには、古びた木製の箸の純愛物語を書き残したかった。・・・さて、そこでふと疑問が湧いてきた。一対の箸はそれぞれ、果たしてジェンダーが異なる異性同士のだろうか。・・・でもまあ、そのように設定しないと「純愛」というロマンチックな響きの代わりに、「性同一性障害」や「LGBT」などという異なる匂いが漂ってくるので、とりえず私が使っている箸に限っては、異性同士で純愛の絆で結ばれている、と思い込むことにする。

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by hirune-neko | 2020-09-14 22:04 | 心の中のできごと | Comments(0)

集中できたので、いつもより早い時間に店じまいだ

Michel Legrand - Theme from "Summer of '42"

 累積する遅延案件を抱え、何から手をつけていいのかすら見えない状況が続いている。しかし、週末の受注データ処理はどうしても終えなければならない。夕方前から着手して、午後9時過ぎには何とか終えることができた。これまでの時間帯と比べれば、はるかに早い時間に終えることができた。集中力が回復してきたのだろうと思う。

 どうやら雨が降っているようだ。このまま歩きに出られれば優等生なのだが、さすがにすっかり消耗しきってしまった。どうしても歩きに出る気力が湧かない。今日は早く寝ることを最優先したいと思う。

 ブログに向かいながら、脳内にあるメロディーが浮かぶのを感じた。メロディーは思い浮かぶのだが、曲のタイトルがどうしても思い出せないこともある。しかしこれはすぐわかった。アメリカ映画のメインテーマで原題は「Summer of '42」であり、邦題は「思い出の夏」である。この曲の作曲者はフランスのミシェル・ルグランで、なかなか秀逸な作曲家だと思う。

 9月に入り、明らかに暑さが和らいできている。そろそろ夏よさらば、の季節である。

 最近はまた、以前のように不思議な経験をしている。かなりリアルな夢を見るようになっている。まるで現実世界の中にいるような感じで、知人と一緒に話したり過ごしたりしている。しかし、目が覚めるとどのような夢だったかを一瞬で忘れてしまっている。夢の中とはいえども、周りの人たちにリアルに対応しているので、それなりに頭と神経を使っているはずだ。目が覚めても、夢を見ていたのかそれとも現実だったのか、判然としない、不思議な印象である。

 毎日毎日、現実の仕事にリアルに追われているが、これとで1年も経たないうちに記憶の彼方に姿を消しているのだろうと思う。連日、現実に対面し取り組んでいると思ってはいるのだが、時間経過とともに幻想的なイメージに変質してしまうのだろう。

 しかし、人間にとっては忘れるということも大事な要素だと思う。過去の失敗や過ちを、いつまでもいつまでも忘れず悔やみ続けるというのは、精神的に良くないと思う。

 誰かからとても酷い扱いを受けたことを、生涯決して忘れることなく、その人に対する恨みや悪感情をずっと持ち続けるのは、人格形成上とても良くないと思う。

 性格は人それぞれなので、割と簡単に割り切って忘れられる人もいるだろうし、いつまでもこだわり続ける人もいるだろう。言うなれば、「心の洗浄液」のようなものがあれば、理想的なのではないだろうか。

 心に感動や平安、さらには共鳴や共感を感じるような音楽、あるいは短編作品が身近にあれば、その人は自分自身の中に、心や精神領域が存在することを実感するだろうと思う。

 これからの時代はますます、人の心の領域に届くような要素が必要とされると思う。長年の間、漠然とイメージを追い続けてきたが、この年齢になってようやく、人間の一生にとって何が最も大切かということが、少しわかりかけてきたように思う。

 さあ、新しい1週間が始まる。今週もまだまだ遅延案件との戦いである。何とか倒れないように、だましだまし乗り切りたいと思っている。乗り切れば、事態は建設的・生産的なステージに変わっているだろう。楽しみである。

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by hirune-neko | 2020-09-13 22:35 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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