人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

<   2020年 06月 ( 29 )   > この月の画像一覧

少しだが、全体像が見えてきた


Sarah Vaughan: Autumn In New York
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 少し楽になったが、ちょっと前までは疲労の極致だった。

 過日、編集経験が豊富な知人からの情報で、日本の大手出版社は海外の出版社と、翻訳出版の取引をしていると教えてもらった。

 そのときに名前が挙がったある大手老舗出版社に電話してみた。まことに図々しいお願いだが、と前置きし、海外出版社との取引の概況を教えていただきたい、とお願いしてみた。

 電話に出た方は、親切に様子を教えてくれた。

 どこの出版社も、エージェントを使っており、直接海外の出版社と交渉しているわけではない、と教えてくれた。一瞬、エージェントというのは、海外のそれぞれの国のエージェントだと思ったのだが、2社のエージェントの名前を口にしたのを聞いて、ああ、日本の企業だと思い出した。

 これまでに一切の取引は無いのだが、名の通った海外出版の仲介会社である。そのエージェントに電話して訊くことを勧められた。

 即座にインターネットで検索し、それぞれのサイトをざっと閲覧したが、海外の著名な著者の版権を日本の出版社に紹介し、日本語の出版を勧めるのが主要な業務のようだ。

 図々しさを発揮し、2社両方に電話した。

 弊社は、日本の出版物を海外の出版社に売り込みたいと考えている、とストレートに伝えてみた。どのような決済の流れで、エージェとしての報酬はどのような計算をするか、というおおよその仕組みは理解した。

 経験豊富な企業なので、全面的にお願いすれば、海外出版社との面倒な交渉をしなくて済む、という考えもあると思う。

 しかし逆に、独自にインターナショナルなネットワーク構築ができないものだろうかと、別の選択肢に関心が強まった。

 久しぶりに海外の情景をイメージしたせいか、そういえばニューヨーク・セントラルパークで、不思議な猫に出会った経験をブログに書いたような気がした。いくつかのキーワードで検索したが見つからなかったが、なんとか見つけた。

 どんなストーリーだったか思い出せなかったので読んでみた。そして改めて、自分の短編作品を書く動機の原点が、そこにあると感じた。

 少々長くなってしまうが、2011年当時の作品を、そのまま以下に紹介させていただく。退屈されるかもしれないが、私にとっては自分自身の原点を再発見したような、新鮮な嬉しさだった。

少しだが、全体像が見えてきた_c0115242_01242485.jpg

【ネコから届いた絵本】

 あなたはご存じないかもしれませんが、ニューヨークにはネコが書いた絵本を発行している出版社があるんですよ。それも、大手出版社のように初版が何万部とかの大部数を出版するのではなくたった一冊なんです。

 すっかり心を閉じてしまい、自分自身の存在すら、支えることが難しくなってしまった、そう、あなたのような人のためにそのネコは、たった一人の読者のために、一冊の絵本を書いているんです。

 もう20年以上も前のことです。当時の私は、各国の出版物を扱っていましたので、ヨーロッパやアメリカの都市を飛び回っていました。ロンドンではハイドパークを散歩し、パリではブローニュの樹木に親しみ、ニューヨークに行くと、決まってセントラルパークを訪れました。

 ある日、セントラルパークで、とても不思議なネコを見つけたんです。なんと、めがねをかけた瞑想するネコなんです。一瞬、視線が合ったんですが全然無視されて、また瞑想の世界に戻られてしまいました。

 レストランのウェイターに尋ねると、地元のニューヨーカーたちはそのネコのことを、尊敬の念を込めて「ミスター・フィロソファー」と呼んでいると説明してくれました。つまり、哲学者のように知恵と思慮に富んでいるというのです。

 なぜ?どうして?何があったの?

 その理由は誰も説明できないけど、いつのまにか、そういう評判がニューヨーク中に広まっているというんです。いやあ、さすがに世界の大都市だな、と感心しました。なので、それ以上は詮索せず、瞑想の邪魔にならないよう、疲れた足を引きずって、窓からメトロポリタン美術館が見えるホテルの部屋に戻りました。

 今、思い返しても、とても不思議な経験でした。深い眠りに落ちて数時間経った頃、もちろん深夜過ぎのことなんです。何かが聞こえるんです。その何かが、窓の方から徐々に鮮明になり、どうやらネコの鳴き声のようなんです。

げっ!私は一瞬、凍り付いてしまいました。きっと夢に違いない。そう思いました。だって、6階の部屋のベランダに、あの「ミスター・フィロソファー」がめがねをかけたまま、紙袋をくわえてちょこんと座っているのです。窓を開けると、ミューヨークの秋の夜の冷気が暖房の効いた部屋に、瞬時に吹き込んできましたので、あれはやはり夢ではなく現実だったと思うんです。

 小さなテーブルを挟んで私たちは向かい合いました。紙袋の中には、冷えたフライドチキンが2ピース入っていました。それと、レシートも入っていましたので気を利かせたつもりで、また冗談半分で訊きました。
「現金?小切手?どっちがいいですか?」

 「ミスター・フィロソファー」は、小銭だと持ち運びが面倒なので紙幣にしてくれと言うんです。財布の中を見ると、紙幣は10ドル札しかありません。「ミスター・フィロソファー」が言いました。「その10ドルでいいよ。おつりはもらっとくよ。」そう言い放つんです。まるで押し売りだなこりゃ、と心の中でつぶやきました。「私は、押し売りなんかじゃないよ。」「ミスター・フィロソファー」は
咎めるように言いました。げっ!この夜、二度目のげっ!でした。

 それから、私たちは延々と話し込みました。あのとき、ネコと人間が会話する光景を見たとしても「ミスター・フィロソファー」を良く知るニューヨークタイムズの記者様だったら、ちっとも不思議がらないで、まるで当然の出来事だとばかりに、驚かなかったでしょうね。

 さて、ここまでは前書きなんです。本題はこれからなんです。でも、とてもあのときの私たちの会話を詳しく書くことはできません。でもまあ、せっかくここまで読んでくださったのですから(勿体ぶって)特別に、かいつまんでお教えしましょう。

 「ミスター・フィロソファー」は、数年前まではたくさんの著名な新聞社に、コラムの連載執筆をしていました。もちろん、地元のニューヨークタイムズだけでなく、海外のデイリー・テレグラフ 、インデペンデント 、ガーディアン 、フィガロ、シュピーゲル、北海道新聞、室蘭民報、陸奥新報、岩手日報、河北新報、福島民報、福島民友新聞などなど。それはそれは猛烈な勢いで、コラムを書いていたんです。目の回るような多忙な毎日でした。

 「ミスター・フィロソファー」には孫ネコが一匹だけいました。ホワイティという名の、かわいらしい白ネコでした。ホワイティは、ある雨の夜、両親と一緒に家に急ぐ途中、交通事故に遭いました。居眠り運転のトラックが、突然向きを変えて突っ込んできたのです。とっさのことで逃げることができず、両親はホワイティをかばって犠牲になりました。あっという間に両親を失ったホワイティは裕福なおじいちゃんネコの「ミスター・フィロソファー」に引き取られたんです。

 昼間はメイドネコが何匹もいて、世話をしてくれました。おじいちゃんは、欲しいものは何でも買ってくれましたニューヨークで手に入らないものは、わざわざ日本のジャパネット・タカタから送ってもらうこともありました。
でも、ホワイティの心は沈んでいました。毎晩、ホワイティのために、手作りの絵本を読んでくれた両親は、もうそばにいないからです。そこでホワイティは、おじいちゃんネコに頼みました。「おじいちゃん、お父さんやお母さんみたいにわたしにも、絵本を作って欲しいの。お願い。」

 おじいちゃんの返事はいつも一緒でした。
 「ああ、わかったよホワイティ。明日にはきっと書いて、寝る前に読んであげるね。おじいちゃんは、世界中の新聞社に記事を書いてあげてて今日は、大きな事件があったものだから締め切りが間に合わなくて、とっても忙しいんだよ。ごめんね。明日まで待っててくれるかい?」
 「うん、わかったわ。明日はきっとね。約束よ。」

 でも、その約束は、毎日延ばされました。来る日も来る日も、膨大な文字量の原稿をこなすおじいちゃんには、孫娘のために絵本のストーリーを考える時間的な余裕などなかったんです。

 数年後、記録的な寒波がニューヨークを襲いました。暖かい部屋でじっとして、決して外出しないようおじいちゃんが言いつけていたにもかかわらず、ホワイティは、失った何かを見つけようと街に出ました。とても寒くて凍えてしまいそうだったけれど心から暖まれる場所を探して街に出ました。歩きに歩いて、帰り道が分からなくなりとうとう力尽きて、ブロードウェイの劇場街近くで倒れてしまいました。息をするのも痛みを感じるほどの寒波でした。道ばたの仔ネコに、誰が注意を払うでしょうか。

 ホワイティの不在に気づき、ネコネットに緊急捜索要請をした「ミスター・フィロソファー」のもとに悲報が伝わったのは、深夜過ぎでした。ふかふかしたベージュの毛布にくるまれ冷たくなったホワイティを、おじいちゃんは一晩中抱きかかえて、眠ることをしませんでした。そのとき、「ミスター・フィロソファー」は深い自己嫌悪に包まれていました。

 「世界中の数千万人の読者のために、叡智を絞り出して役に立っていると自負していたが、結局は、身近なたった一人の小さな孫のために何もしてやれなかった。この子には、私しかいなかったというのに。」

 ホワイティの葬儀が済むと、「ミスター・フィロソファー」は弁護士に依頼して全ての新聞社との執筆契約をキャンセルしたそうです。そして、ニューヨークの名もない小さな出版社を訪ねました。来訪を受けた編集者は、それはそれは驚いたとのことです。それはそうでしょう。世界的に著名なコラムニストがいきなり訪ねてきてこう言ったのですから。

 「重荷を負って、苦しんでいる人がいたら、心を閉ざして、希望を失っている人がいたら、その人のために、文章を書かせてください。ただ一人の人だけを大切に考えて、役に立ちたいんです。」

 長い対話が終わりかけた頃、窓の外が白んできました。別れ際に、ベランダに向かう「ミスター・フィロソファー」は突然振り向いてこう言いました。
 「君は、相変わらず、毎日こしあんドーナツを食べているのかね?」

 げっ!この夜、三度目のげっ!でした。

 今でも、このAutumn in New Yorkを聴くと、「ミスター・フィロソファー」のことをまるで昨日のことのように、鮮明に思い出します。
       by hirune-neko | 2011-11-25 22
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

 

by hirune-neko | 2020-06-30 01:24 | 創作への道 | Comments(0)

今日はちょっぴり優等生だ、エヘン。


07 Astor Piazzolla Ave Maria.mpg
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 昨日から少しずつ作業を進めたため、今日は午後9時半には作業を終えることができた。

 ブログを書き終えてから、歩きに出れば今日中には寝られるのではないだろうか。本当は、午後11時前の就寝が当面の目標である。

 作業の途中の頭休めの時間に、多言語絵本出版の全体構造について、あれこれ考えてみた。外国の出版社と提携する前提で考えると、日本国内固有のISBNコードやJANコードを、それぞれの国に合わせて印刷する方が円滑に話が進むだろうと考えた。

 マーケティングを進める上で、何かシンボリックなデザインがないか、と考えたとき、いろいろな国々の国旗をデザインしてはどうかと考えた。

 Googleで検索したら、ちょうど良さそうなイラストが見つかった。有料だったが、そんなに高くなかったので購入し、ダウンロードした。どのようなデザインのバナーを作るかは、じっくり考えたい。

【多言語絵本出版用のバナー用イラスト】
 今日はちょっぴり優等生だ、エヘン。_c0115242_22115499.jpg

 少しずつ進めながら全体をイメージしていると、時々現実的で具体的な要素が閃く。重量や厚さのチェックのための束見本(つかみほん)も、そろそろ試作しようかと考えている。

 編集のプロの知人に教えてもらったのだが、日本の大手の出版社は独自に海外の出版社にコンタクトし、翻訳出版の営業活動を行っているそうだ。実情を知りたいのだが、現時点では雲を掴むような話だ。

 いずれにしても、切り口や営業ポイント、手法を徐々に詰めていきたい。

 本日はここで切り上げさせていただき、歩きに出ることにする。読者の皆様も、新しい1週間を無事健康・平安にお過ごしいただきたい。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-28 22:13 | 心の中のできごと | Comments(0)

限られた情報で未来を予測するのは困難だが

ELIANE ELIAS - Save Your Love For Me
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 最近は、何が起きるか予測するのは困難だが、何が起きてもおかしくない時代になっているのではないだろうか。断片的にいろいろな情報を目にしていると、決して未来がバラ色には見えず、悲観的な思いにとらわれてしまう。

 こうして見てみると、日本でも大掃除が始まっているのだろうか。これまでは人知れず秘密裏に行われていたことが、徐々に露見してきている時代のような気がする。

 既得権も徐々に崩壊するのだろうと感じる。

 それぞれが皆、生活基盤をできるだけ堅固なものにしようと努力していると思う。しかし、今のように変化のスピードが速く、かつ近未来を予測することも困難になってくると、感覚的に不安を感じるのが自然なのではないだろうか。

 こうなってくると、何か永続性のあるものを見つけ、それを大事に生きることが、とりあえずの課題になるのではないだろうか。永続的なものが、仕事なのか精神的な価値観なのか、なかなか難しいところだと感じる。

 私自身も手探りである。試行錯誤しながらも、受け入れがたいものは切り捨てていくしかないだろうと考えている。

 このところ連続して、いくつもの案件をこなそうと努めている。正直言って、なかなかしんどい毎日である。どこまで気力と体力が保てるか、時々自信がなくなることがある。しかし、当面の着地点は、ようやく見えてきているので、なんとかそこまでは到達したいと思う。

 精神と肉体の両方を鍛えるというのは、言葉にするのは簡単だが、かなりしんどいことだと改めて感じている。

 ただ、誰かから何かを与えられることを期待するのではなく、あくまでも自分自身で道を切り拓いて行きたいと言う気持ちに変わりはない。ある種の執念である。

 何か見落としていることがあるかもしれない。もっと別の視点から見るべきなのに、見落としているのかもしれない、などと思うこともある。できるだけ視野を広げ、大局観を持ちながら進めていきたいと考えている。

 今日は何とか目標の歩数を歩くことができた。明日に向けて、気力と集中力を維持し、新しい一日を迎えたいと思う。
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する


by hirune-neko | 2020-06-28 00:00 | 心の中のできごと | Comments(0)

悟りきった大人の女性の歌だと感じる

https://www.youtube.com/watch?v=UTv3TONfTTQ
Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 このシャーリー・ホーンは、糖尿病などですでに他界しているようだ。かなり以前のことだったと記憶している。
この、Here's To Lifeという曲は、彼女の作品の中で最も好きな歌だ。

 人生でいろいろな経験をし、あるときは傷つき、あるときは歓喜に満ち溢れ、最期は人生について悟りきって、地上を後にした女性だったのではないかと想像している。

 何人かの女性ボーカルを好んで聴いているが、シャーリー・ホーンからは、まるで教訓を垂れるような、熟練した先輩のような印象を受けている。確か、オーストラリアの出身だったと思う。

 20年ほど前に、中国の複数の軍人によって体系化されたという、「超限戦」・・・英語では確か、Unristricted Warfare、だったように記憶している。

 念のため調べてみたら、
 「『超限戦』(ちょうげんせん、中国語:超限战/超限戰、英語:Unrestricted warfare)」だった。

 1文字だけ間違っていたが、まあまあの記憶力だったと思う。

 さらに、このように付記されている。
 「1999年に発表された中国人民解放軍大佐の喬良と王湘穂による戦略研究の共著である。」

 超限戦という言葉は、過去のブログで触れた記憶があるので検索してみたら、6記事がリストアップされた。その中の、約5年前の記事に以下の文章が引用されていたので、再掲させていただく。

【過去のブログ記事からの転載】
1.超限戦の意味が、あやふやになったので、検索してみた。
【以下は転載】
(転載開始)
 「韓国政府や中国政府の反日扇動行為は、『超限戦』の一つであり宣戦布告なき戦争状態と解釈できる。韓国国民や中国国民による自然発生的な反日デモは政府には責任が無いが、習近平主席やパククネ大統領自らが先頭に立って日本の告げ口外交をする行為は『超限戦』の一つなのだ。
 サ イバーテロや不法移民を送り込むことも『超限戦』であり、現代の戦争は気がつかないように行われている。戦争は外交の延長上にある行為であり国際法で規定 された行為は戦争状態と規定されている。アメリカが盛んにサイバーテロを警告しているが、敵国は既にばれていても公表はしない。」
 (引用元:「株式日記と経済展望」2015年7月31日の記事
(転載終了)

 この日のブログには、スヒョン文書や花王文書など、いろいろ列記されていた。

 権力欲、支配欲、名誉欲に取り憑かれた世界の指導者達が、徐々に顕在化し、今ではすっかりその姿を露わにしているのではないだろうか。

 中国における武漢ウィルスの感染拡大、大洪水の頻発、イナゴやバッタの発生、そしてついには三峡ダムという巨大なダムの決壊が懸念されており、実際に決壊すると中国国土は大惨事になると警告されている。

 かなり以前の余命三年時事日記で、繰り返し指摘されていたのを記憶している。

 もしシャーリー・ホーンがまだ生きていて、今日の国際情勢を耳目にしたら言葉少なに、なんと虚しいことに時間と労力を費やしているのだろうかと、深く溜息をつくことだろう。多くの一般国民を苦しめ、悲惨な状況に追いやっている政治指導者に対し、静かな怒りを感じることだろう。

 私は私なりに、何ができるか、何をすべきかを寡黙なまま考えながら、行動に移したいと考えている。

 感覚的には、世界は謀略と陰謀に満ちており、多くの人の魂が危殆に瀕していると感じている。私自身は政治的な行動には出ないものの、少しでも多くの方に気づき、覚醒というものを感じてほしいと、静かな情熱を感じている。

 これまでに経験が無いほど、けたたましく処理案件が連続し、錯綜した一日だった。残念ながら、歩くことができなかった。しばらくは忍従の日々である。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-27 01:32 | 心の中のできごと | Comments(0)

いろいろ予測しないことが起きるものだ

Vais del Regreso
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 詳細は書けないが、来年の1月が期限だとばかり思っていたのに、今日正式に確認したら、期限は昨年の1月に既に到来していたことが判明した。致命的なことではないのだが、選択肢が限られたので、戦略の立て直しを余儀なくされている。

 毎週木曜日が忙しさのピークなのだが、今日は特にいろいろ重なってしまい、みんながグロッキー状態になってしまった。私も息つく暇も無く、あれこれ対応したので、疲労の極致だった。しかし、なんとか5千歩を歩いてきた。

 全体構想の再構築を目指している。具体的には、私の仕事上の分身を増やし、文字通りチームプレイで目標達成に加速度をつけようとしている。

 私自身は、インストラクターのように何かの専門技術を有してはいない。複数の領域の基本的な技術を、浅くマスターしている程度だ。しかし、細部は専門家のアドバイスに頼るものの、全体構想を描くことはある程度だが、できるという自負心を持っている。

 自然に湧き上がってくる妄想イメージを、どのように現実化するか、根底にはどのような理念・哲学があるか、という部分に拘っている。

 今年は同時並行して、いくつもの案件を抱え込んでいる。これまでにはなかった程の種類と数、そして難易度である。なんでもそうだが、ゼロから着手しようとすると、とても億劫で気が重くなる。しばらくは、パソコンに向かうと溜息の連続だった。

 案件Aに手を付けようとすると、さて基本資料はどこにあっただろうか、というレベルから始めなければならない。しばらくの間、溜息をつきながらやっとの思いで仕上げる。その頃には精魂が尽きてしまい、とても次の案件に進む気力が出てこない。

 そのようなジレンマの毎日を過ごすうちに、これまでに経験したことのない手法が思い浮かんだ。

 「作業中」というフォルダをデスクトップに作った。その中に、いくつもの案件フォルダを作成し、緊急度の高い順番に案件名の頭に、1から順に数字を付ける。

 処理が終わると、処理済みフォルダに移す。どのフォルダにも予め、基本情報のデータファイルがコピーされているので、開くとすぐに思考に集中できる。

 この方法を採用するようになって、処理スピードが上がり、しかも溜息をつくことがほとんど無くなったように思う。

 何事も苦労して、自分に合った打開策を生み出すというのは、管理スキルをアップする貴重な経験だと思う。

 もちろん、いろいろな種類のアプリケーションを、ある程度は使いこなせる方がいいと実感している。私の場合は、製作作業はQuarkExpressだ。時代遅れの人間なので、IndesignやIllustratorは経験が無い。

 QuarkExpressとPhotoshopで作成し、PDFファイルに変換すれば、冊子印刷ができるし、JPEG画像に変換し、サイト上に掲載することが容易になる。つまり、サイトに設置するボタンやバナーも、この手順で自在に作成することができる。

 Excel化した受注データは、タブ区切りテキスト変換すれば、データベースソフトの4Dに読み込んで、かなりの大容量のデータであっても、容易に検索や並び替えができる。

 個々のアプリケーションの深い知識は無いし、時々アップデートされるので、常に最新の操作方法を追いかけなくてはならない。

 そんなパターンには、もうついて行けないという限界を感じている。やはり技術というのは奥が深いと思う。従って、私の構想や理念に共鳴してくれる、私よりずっと若い皆さんに部分的な委任を行い、全体としては統一の取れたプロジェクトに育てて行きたい、と考えるようになっている。

 この20数年は、がむしゃらに独学でマスターし、なんでも一人でこなそうとした時期が長かった。しかし、自分の年齢と役割、そしてプロジェクトを展開させる領域の広さと深さを考えると、それは既に無謀なチャレンジだと、ようやく自覚できるようになった。

 いわば、私自身の転換点が訪れたのだと自覚するようになってきた。・・・ちょっと遅かったかもしれないが、まあ、なんとかなるだろうと楽観的に考えている。

 あらあら、もう現在時刻は午前1時である。生活のリズムを変えることも、目下の課題である。しかし、いいわけになってしまうが、遅延案件に追われ続けていると、早い時間に切り上げるのはなかなか困難なものである。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-26 01:15 | 心の中のできごと | Comments(0)

ようやく分水嶺まで登り詰め、地平線を眺めている


Yiruma - Room With A View
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 観てはいないのだが、「眺めのいい部屋」という映画のテーマソングは何度も聴いている。YouTube動画で探そうと思い、原題を調べたら「Room With A View」だった。そのまんまである。

 検索したら、一番最初にリストアップされたのが、冒頭のピアノ曲だった。初めて聴く曲だが、なかなかいいなと思ったので、予定を変更し、これを選択することにした。

 長年にわたり、ずっと閉塞感の強い環境で仕事をして来た。事務所自体が、三方を書棚に囲まれ窓から眺められるような景観は、まったく味わうことができない。

 ひたすら、上り勾配の山道を登り続けて来た。いつかは分水嶺に行き着き、眼下遠くに拡がる地平線を眺めて、深呼吸できる日を、ずっと楽しみにしてきた。

 おおよそひと月かけて、分娩数の最も多い2カ所の産婦人科と、価格改定の折衝を粘り強く行って来たが、ようやく確答を得ることができた。それと、そこそこの規模の産婦人科に提案書を送っていたのだが、今日電話したら、すでに師長さんに資料を渡して、最終確認をしてもらっているという。基本的には契約の流れである。

 零細な規模の出版社なので、今日確認できた3つの案件は、経営環境に大きく寄与することになる。正攻法で自然流の営業方針を堅持しているので、報われた気持ちで安堵している。

 相変わらず製作物や企画書、提案書の作成が錯綜しており、前途にはまだまだ課題が山積している。

 しかし今日は、なんとか分水嶺まで到達したという実感を持つことができた。久しぶりに、心が軽くなった思いだ。

 閉塞感に包まれた毎日だったが、遙か眼下の地平線、水平線を眺めて、自分自身にねぎらいの言葉をかけてみた。


 最近は、周辺機器の誤動作や故障が頻発しているが、今日は歩数を測定するFitbitが放電状態になり、充電できなくなってしまった。以前に一度、やはりバッテリーの状態が悪くなったときは、新品と交換してくれた。そこで、サポートに電話したら、交換は一度しか対応できないと言われた。

 連続5千歩を歩くのを日課にしているので、できれば歩数を正確に確認する必要がある。視力が落ちているので、大きな文字の、丁度いいものが見つかるといいなと考え、インターネットで探してみた。

 その時ふと、iPhoneにそのような機能があると聞いたことを思い出し、Appleに電話してみた。数分待たされたが、ヘルスなんとかというアプリが、デフォルトでiPhoneにインストールされているという。

 アイコンの絵柄を教えてもらい、開いてみた。歩数という項目をタップしたら、今日の現時点での歩数、この1週間の平均歩数、1ヶ月の平均歩数が表示されたので、驚いた。

 何も言わず、ただひたすら沈黙を守りながらも、陰ながら、ずっと私の歩数を記録してくれていたことになる。相手はもの言わぬ小さな機器ではあるが、心が通うのを感じてしまった。改めて親近感を持った次第だ。

 そして、さすがAppleである、と思った。確かに、テックジャイアンツの1構成企業ではあるが、それはそれである。いろいろな用心は継続するつもりだが、私自身の仕事には欠かせない、MacOSとiOSの仲間達である。


 久しぶりの沈黙を経て、精神病院に入院している知人からメールが届いた。退院を目指し、薬の量を減らしているとのことだった。安堵した。

 濃い霧や鬱蒼とした樹木の中を歩いていると、どうしても視界を遮られ、目指す分水嶺など視野には入ってこない。ただひたすら、この山道のずっと先まで歩いて行けば、いつかは分水嶺に到達できるだろう、という希望だけが支えである。

 しかし、挫けず、諦めずに登り続けていれば、やがていつか必ず分水嶺に立つことができる。

 今日は改めて、そのことを実感することができた。この思いは、ずっといつまでも持ち続けたいと思う。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-25 00:38 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日もしんどい一日だった


Michel Legrand - Theme from "Summer of '42"
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 出産のため、入院された患者さんにお渡しいただく、絵本の内容説明と申込方法が記載された冊子、同封用封筒の最終推敲を行った。

 QuarkExpressで作成し、PDFファイルに変換して帖合い印刷を行う、いつもの作業なのだが、どういう訳かうまく変換できず、線が消えたり文字が表示されなかったり、まるで嫌がらせのように障害が連続した。
 
 提案を受け入れてくれた産婦人科では、7月1日から入院患者さんに渡されることになるので、印刷期間が厳しくなってしまっている。そんな状況なので、なんとか今日中に完全原稿を仕上げなければならなかった。

 夜遅い時間までかかってしまったが、あらゆるトラブルを全てクリアし、なんとか終えることができた。おかげで、他の案件にはまったく手をつけることができなかった。当面は時間に追われる毎日になりそうだ。

 仕事の合間の頭休めに、駆け足でインターネットを閲覧した。アメリカでは武装集団にが、街の一画をまるで不法占拠するような事態が発生している。朝鮮半島も予断を許さない状況のようだし、中国は新たな感染、バッタの異常発生、洪水の頻発と三峡ダムという巨大ダムの決壊が懸念されている。下流地域の被害が甚大になると予測されているダムである。

 そのような特亜三国の緊迫した情勢を反映してか、日本国内でも左派勢力の動きが活発化しそうだ。何が起きるか予断が許さない状況になりつつあるのではないだろうか。

 そんな緊迫した国内外の情勢なのに、多言語絵本の出版だなんて何を呑気に構えているのか、と言われるかもしれない。いや、決して呑気に立ち上げられるプロジェクトではない。知人の元編集者曰く、かつて日本で、ことわざを多言語で出版した人がいたそうだ。

 緊迫した社会情勢なのは重々承知している。しかし、そのような情勢だからこそ、人間にとって最も大切な心、精神世界や感性に、いい意味での刺激を与えたい、というのがそもそもの動機である。昨日今日の思いつきではなく、少なくとも6年前には構想を宣言している。

 果たして結果的にどのような展開になるか、こればかりはやってみなければ分からない。しかし、実現に向けて努力を傾けたいという熱意は、一向に衰えていない。

 さあ、もう寝ないと身体がもたないので、これで休ませていただく。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-24 00:59 | 心の中のできごと | Comments(0)

連続して、ほほ12時間を要した


Out of Africa - John Barry
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 過去十数年間の価格据え置きを見直しての、値上げ交渉。それに伴う受注システムの見直しを経ての、新システム提案。

 最も受注量の多い2カ所の産婦人科と折衝しているが、ひとつの方が全面的に受け入れてくれた。7月1日から新システムでの稼働開始のため、患者さんに渡していただく「入院時お渡し封筒」と4ページの「ご案内チラシ」を大至急作成することになった。

 朝目が覚めて、基本的な構成のイメージが湧いたため、それを頼りに午前中から着手した。ほぼ12時間かかったが、両方をPDF化して担当者の方に送ることができた。そんなに簡単な内容ではないのだが、よくもまあ一気に仕上げられたものだと、我ながら驚いている。明日は印刷してゆうパックで送ることになる。

 長年にわたって利用している、申し込みフォーム作成のシステムがある。秋田県にある企業の運営だ。今日、久しぶりに「事前登録」のための、比較的簡単なフォームを作成したら、QRコードをダウンロードするメニューボタンが表示された。古いフォームでは無理だったので、かなり進化しているなと感心した。

 昨日、ぼんやりと考え事をしているとき、ふと多言語絵本出版の基本コンセプトが思い浮かんだ。こんな感じだった。

 「それは、世界中の人の心の中に、小さな種を蒔くようなことになる。心に伝わるメッセージを、短編作品に託してお届けする。それを読まれ哉方は心で何かを感じ取り、自分の中に心が存在することを実感することになる。結果として、鋭敏なな感性を育てていただくお手伝いをすることになる。登場人物の心の中の、目に見えない葛藤や苦悩、苦しみを疑似体験していただき、人の内面に対する洞察力、そして結果として寛容さと慈愛の心を養っていただくことになる。」

 ざっとこのようなイメージである。まるで昼寝ネコ教という名の、新興宗教のような雰囲気だ。

 多言語絵本出版に必要なチーム編成を進めている。英語への翻訳はなんとかなりそうだ。スペイン語については、最終調整局面である。作画と装丁について、慎重に考えているところだ。

 実務的には、英語が公用語の国のリスト、スペイン語が公用語の国のリストを作成し、それぞれの在日本大使館を特定する。そして、それらの国々の基本情報を収集し、マーケティングの基本構造を構築する。公開情報収集・分析のための有能なチームメンバーは、すでに確保できている。

 AmazonのKindle本を中心とする、電子書籍のフォーマット方式は以前から勉強しようと思いつつ、手を付けられていない。自分でそこまで掌握するのは無理だと判断し、チームスタッフに依頼することにした。

 とにかく、もうすでに私が自分一人で全てをこなせるような面積の仕事ではなくなっている。いかに、チームの動きを効率的に掌握・統制できるかが、私の役割になっている。

 一般的に言うなら、技術力のある人は多いはずだ。しかし、私なりの構想とこだわりがあるため、基本的な理念・哲学を共有できる人、信念を持って生きている人、というのが最重要な選定基準となっている。だから、時間がかかるわけだ。

 ちょっと見た目には、かなり壮大な構想だろうと思う。実際に、未知の要素が多いと感じる。しかし、高校生の頃から文章を書くのが好きで、それが昂じて1981年に出版社を創業した。別会社で海外の書籍・雑誌を扱ったため、欧米の出版関連企業を何度も訪問する機会があった。

 結果的にずいぶん辛酸を舐めたが、出版業界の囲いの中に留まってきた。何事も外注する予算が無かったので、独学で学び少しずつ技術を習得してきた。まだまだ基本レベルのことが多いが、それでも広範囲の要素に横断的に取り組んできたので、組み合わせ方はかなり見えているように感じる。

 自分の年齢を客観的に意識すると、ついつい萎縮してしまうが、他者への委任の原則を上手に活用し、有能な分身を増やして生きたいと考えている。

 戸籍上は晩年を迎えているが、心意気だけは、まだまだ青年の志を抱き続けたいと、強がってる。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-23 01:36 | 心の中のできごと | Comments(0)

早めに始めたのだが、今までかかってしまった


Suite in C Minor, BWV 997: I. Praeludio (Arranged for Guitar in A Minor)
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 全産婦人科からの申し込みフォームの項目の順番をを統一するには、いろいろな調整が必要なため、まだ手を付けられていない。相変わらず週末の受注データ処理に時間を取られている。

 早く寝ようと考え、早めに着手したのだが、午前0時ちょっと前までかかってしまった。そろそろなんとかしなければ、と考えてはいる。

 修理に出していたiPodtouchが、結局は新品同様のものと交換してくれて、昨日届いた。すぐに初期設定を行い、音楽アルバム約300枚の同期を始めたのだが、今日に持ち越してしまった。

 それと、iCloudDriveの全フォルダを表示するのに、今日までかかってしまった。膨大なデータ量を保存していることを再認識した。

 今日中に仕上げたかった製作物があったのだが、今から手を付けると朝までかかると思うので、断念して明日に延ばすことにした。

 睡眠時間はなんとか確保しているので、体調は維持できている。しばらくは案件が錯綜して時間に追われる毎日になるが、なんとか乗り切りたいものだ。

 脳内が飽和状態なので、何も考えられない。今晩はこれまでとさせていただく。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-22 00:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

どうやら賽は投げられることになりそうだ


"Solo" Roberto Goyeneche
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 多言語出版の話である。

 ひとつのチームを作ろうとしているのだが、なんとか格好がつきそうである。日本だけでなく、海外の各国の出版業界の仕組みをリサーチしなくてはいけないが、どの国でも出版社と書店は存在するので、あとは取次会社が介在するかどうかの違いとなる。

 例えば、その国の新聞社のリストを作成して、いわゆる書評掲載のお願いをすることも視野に入れている。いわゆる、パブリシティである。

 今日の英語のSkypeレッスンで、英訳されている2作品を読んでの感想を訊いたが、好意的な内容だった。お世辞もあるとは思うが、そのまま受け取ることにした。

 過去のブログ記事の中から、「創作」をキーワードで検索したら、300以上がリスト化された。ひとつずつ開いて確認し、まだ全体の3分の1だが、31編の作品を見つけることができた。

 最終的には、再度しっかり推敲しなければいけないが、個人的には独自の世界が表現されているように感じた。

 英語圏、スペイン語圏が対象になるが、それぞれ国民性も感性も異なる膨大な方々を対象とするので、果たしてどのような展開になるか楽しみである。

 絵本の価格改定の検討をお願いしていた、ひとつの産婦人科から連絡があり、こちらが提示した条件を全面的に受け入れてくれることになった。開業以来、約15年間の価格据え置きだったので、やれやれで安堵している。残るは、もうひとつの大口産婦人科である。担当者の方の口ぶりでは、基本的には了承のようだ。

 大至急、新しい仕組み用のチラシや封筒を試作する必要があり、実務に追われる毎日になりそうだ。

 なんとか体調を維持し、健康を損なわないように、粘り強く、ひとつひとつの案件を仕上げていきたいものだ。

 明日のスケジュールも立て込んでいるので、これにて失礼させていただく。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2020-06-21 00:17 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ちはやさん  コメ..
by hirune-neko at 10:37
昼寝ネコ様 お早う..
by ちはや at 06:45
ちはやさん  ..
by hirune-neko at 12:36
昼寝ネコ様 ② ..
by ちはや at 11:32
昼寝ネコ様 ① ..
by ちはや at 11:30
記事ランキング
以前の記事
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 04月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ