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昼寝ネコの雑記帳

<   2020年 02月 ( 29 )   > この月の画像一覧

なんとか入口までは作り上げた

Bill Evans - Haunted Heart
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 ファミリー・インテリジェンスという発想が生まれて、どれぐらいの年数が経っただろうか。何もできないうちに、東日本大震災が発生した。あの時は、無力感に打ちひしがれた。

 途中の試行錯誤も含めて、かれこれ10年近くにはなるのではないだろうか。かなりの長期間、国家インテリジェンスについて独学で学んだ。ある時、青山学院大学の大学院で、インテリジェンスという講座があることを知り、還暦を何年も過ぎていたにもかかわらず、ノコノコと受験し、授業を受けた。

 面接試験の試験官は、主任教授の女性だったが、「国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスは、どのように違うのか」と質問された。その質問は、私自身が何年も何年も自問した内容だった。しかし、その甲斐があって面接試験のときには、よどみなく答えることができた。

 昨日、正式にドメインを取得できたので、今日は「ファミリー・インテリジェンス研究所」の公式サイト作成にとりかかった。

 ところが、最後に新規でサイトを作ったのが、かれこれ1年半以上前の事だったので、どうしてもやり方が思い出せず、何度も何度も立ち止まって確認する始末だった。しかし、会員制の仕組みをインストールし、新規登録申請のフォームまでは、なんとか作ることができた。

 トップページのバナーも、オリジナルで作った。コピーライトフリーの画像集を購入していたので、そこから1枚の画像を選んだ。以下に、その画像を使ってトップページのバナーを作成したものを、掲載させていただく。その下に、ドメインのURLを掲載するので、良かったらお越しいただきたい。

なんとか入口までは作り上げた_c0115242_23470917.jpg

【ファミリー・インテリジェンス研究所公式サイト
 www.firi.gr.jp

 ようやく、スタートラインに立ったと思うと、少々感慨深い。私自身は、どこの情報機関にも所属したことがないので、実務経験はゼロである。しかし、見よう見まねで、これまでに得た知識をベースに、独自のインテリジェンス研究所の機能を構築したいと考えている。

 人によって、政治的あるいは宗教的背景はまちまちである。産婦人科の院長先生も、あるいは自治体も、保守的な考えかもしれないし、あるいはリベラルかもしれない。おそらく、政治的な領域が最も、取り扱いの難しい情報になると予測している。

 どのように、その難しい関門を乗り越えるかを、戦略的な手法として考えている。折しも、中国・武漢で発生したコロナウィルスは、まだまだ着地点が見えていないと感じている。それよりも懸念するのは、国家崩壊の可能性を指摘する人が増えてきている、中国・韓国・北朝鮮の、特亜三国の、今後の動向である。

 最新の法的な環境は確認していないが、いわゆる、中国と韓国の国防動員法、それと戦時国際法の規定などを考えると、そんなに楽観的ではいられないように感じる。特に、日本はスパイ防止法を持たない、希有な国家だと言われている。そのような環境の中で、日本国内での様々な工作活動、あるいは破壊活動が実際に起きるような予感がしている。

 とにかく、何とか大過なく収束してほしいと希望している。

 昨日は、夜遅くだったが、何とか所定の歩数を歩くことができた。今日はくたくたである上に、雨が降っている。さすがに、雨の中、暗い夜道を歩くのは気が重い。今日はおサボりさせていただこうと思う。

 それも、たまには良いのではないだろうか。明日以降も、ズルズルとなってしまうようなら、それはまずいと自覚している。

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by hirune-neko | 2020-02-29 23:49 | 心の中のできごと | Comments(2)

なんとなく得心できた・・・でも記憶力が霞んでいる

Toots Thielemans & Eliane Elias - Moments
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 実質的な月末だったので、数時間かけて振り込み作業を終えた。何度も数字を確認しながらの作業だったので、やはり疲れる。しかも、法人口座からの振り込みなので、ひとつひとつの振り込み毎に、ワンタイムパスワードの小さな数字を確認し、入力する必要がある。視界の曇りはそんなに改善していないが、数字は幾分だが見やすくなっていた。


 新規で取得したのが「属性ドメイン」というカテゴリーのものだったので、印鑑証明書を送り、審査を待った。しかし意外に早く、一日で公式のドメインとして認可された。

 日本語では「ファミリー・インテリジェンス研究所」で、英語では「Family Intelligence Research Institute」と命名した。

 3時間ほど前に、サーバーにドメイン登録し、そこにサイト制作のソフトをインストールしようとしたのだが、特定できないというエラーが表示される。まだインターネット上に浸透していないのか、あるいは私の設定方法に間違いがあるのか、まだ判然としない。最後に新しいサイトを設置してから、少し年数が経っていることもあり、思い出しながらのノロノロ運転である。かなり記憶の彼方である。

 そのドメイン名を、ここで公開させていただく。まだ開くことができないが、なるべく早く、せめてトップページだけでも設置して公開しようと思う。(4時間経過した今も、まだ反映されていない。)

【ファミリー・インテリジェンス研究所】
 FIRI〜Family Intelligence Research Institute


 今日は、イリアーヌ・イリアス(Eliane Elias )の曲を選ぼうと思った。彼女はジャズ・ヴォーカリストであり、同時にジャズ・ピアニストでもある。記憶では、ビル・エヴァンストリオのベース奏者と結婚している、と思い込んでいた。改めて調べてみたら、興味深いことがいくつか分かった。

 6歳からクラシックピアノを始め、幼少の頃からビル・エヴァンスの演奏をコピーして弾いていたそうだ。驚きだ。でも、なんとなく納得できた。それと、ビル・エヴァンストリオのベース奏者だったエディ・ゴメスは、結婚相手ではなく、彼女を認めてアメリカでデビューさせた人物のようだ。

 それともうひとつ。彼女の誕生日が、私と一日違いであることを知り、なんとなく勝手に親近感を持ってしまった。笑

 冒頭の音楽を耳にしたとき、ビル・エヴァンスとジャズ・ハーモニカ奏者のツーツ・シールマンズ(Toots Thielemans)の共演アルバムが思い浮かんだ。確認したら、その当人だった。やはり、イリアーヌ・イリアスは、どこまでもビル・エヴァンスの影響を引きずっているのだろう。

 今日の私は、すっかり疲労困憊し、たまには歩くのを休もうか、という誘惑に曝されている。さすがに、ずっと緊張感を維持するのは、なかなかしんどいものだ。


【Wikipediaより一部抜粋】
 イリアーヌ・イリアス(Eliane Elias、1960年3月19日 - )
1960年、ブラジルのサンパウロ生まれ。6歳よりクラシックピアノを始める。幼少からビル・エヴァンスやハービー・ハンコック、キース・ジャレットなどをコピーするジャズ好きとなる。
(中略)
1980年、パリへのツアー中にベーシストのエディ・ゴメスに認められ、アメリカへの足がかりを得る。渡米後、エディの強いすすめもありステップス・アヘッドへ参加。美貌もあいまって一躍注目を浴びる。


【Wikipediaより一部抜粋】
 エディ・ゴメス(Eddie Gómez、1944年10月4日 - )は、プエルトリコ・サンチュース生まれのジャズ・ベーシスト。主にダブルベースを演奏する。1966年から1977年の間、ビル・エヴァンス・トリオに加入していたことで有名となった。

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by hirune-neko | 2020-02-28 22:11 | 心の中のできごと | Comments(0)

明日は月末、少しでも早く寝よう

Little Paradise by Eliane Elias from Dance of Time
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 昨晩はなかなか寝付けず、深夜3時位まで憶えている。そのせいか、今朝は血糖値も上がるし、体調もすこぶる悪かった。やはり、なるべく早く切り上げて、睡眠時間をちゃんと確保することが、とても大事だと痛感した。

 今年も明日で、2ヶ月を消化することになる。改めて、時間の経過が速いことを痛感している。なかなか思ったようなスピードで、案件をこなせていない。しかし、焦っても仕方がないので、少しでも集中力が持続し、思考力が鈍らないようにコンディションの維持に努めたい。

 今日は、製本所に行く日だった。印刷の終わった絵本の原稿を届け、製本が終わった絵本を引き取ってきた。産婦人科の1ヵ月健診の日程とにらめっこし、間に合うように発送しなければならない。それなりに、集中力の必要な作業だ。

 時間の経つスピードがいせいか、自分自身の年齢変化をあまり意識できていない。確実に老化し、機能が低下しているのだと思うが、両眼のコンディション以外は、そんなに退化しているという実感がない。自分で自分を追い詰めているせいなのか、弱音を吐いている暇がない。

 いつも述べているように、いよいよ東アジア情勢が、目を離せない状況になってきているのではないだろうか。色々と考えているのだが、まずは物理的な安全を確保することが重要だと思う。しかし、同時並行の課題として、自分の人生、生き方、人生観、価値観などを吟味することが必要な時代でもあるように思う。

 そのような思考には、現実的な緊迫感を視野の外に追いやり、ある意味では時間を超越した感覚で、考える必要があるだろうと思う。それはなかなか容易ではないとことだが、今の時代の人間には必要な要素なのではないかと感じている。

 明日の月末の振り込みを終え、東アジア情勢レポートを仕上げたら、少しはプレッシャーが軽くなると思う。1日中、常にいくつものプロジェクトの戦略的な進め方について、あれこれと考えている。ある時に、ひらめきがあったり、イメージが思い浮かんだりするが、それらを少しずつ束ねて、実現性の高い手法を構築したいと考えている。

 これからしばらくは、中国、北朝鮮、韓国から目が離せない状態が続くと思うと、本当にやれやれだ。しかし、おののかず、果敢・積極的に取り組んでいきたいと思う。

 今日は心身ともにすっかり消耗しているので、これにて失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2020-02-28 00:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日ばかりはギブアップである

Charles Aznavour - Comme Ils Disent
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 本来は、今年の1月上旬に作成すべきだった、東アジア情勢のレポートが、なかなか手をつけられず、ようやく、たった今終わった。午前1時である。

 なかなか手をつけられなかった理由は2つある。一つは、私自身の仕事上の書類作成が錯綜してしまい、まだその途中であること。それともう一つは、言わずもがなの、中国・武漢で発生したコロナウィルスの影響が、あっという間に中国国内で拡大し、さらには全世界に広がりつつあるため、焦点が絞れなかったことだ。

 単に伝染病だけの問題ではなく、中国および中国と親和性の高い北朝鮮と韓国に対しても、政治・経済・外交・軍事面で多大な影響が及び、予測を立てるのがなかなか難しい状況になったからだ。

 これまでに何度か福祉団体の要請で、レポートを作成している。ほとんどが公開情報を列挙し、私個人の意見はごくコンパクトにまとめるだけだった。今日のレポートは、A4判で8ページになった。そのうち、私自身の個人的な見解として、オリジナルで文章を作成したのは2ページ半にもなってしまった。これまでのレポートと比較すると、かなり文章量が多い展開となってしまった。

 なぜならば、もちろん当面の課題は感染を防ぐ事と、収束に至らしめることである。しかし、もしこのコロナウィルスが専門家が検証しても、野生動物から自然発生的に感染したものであれば、そこまでの話である。

 しかし、どの専門家に言わせても、明らかに人工的に作られたウィルスだという。現時点での大勢を占める意見は、中国共産党政府が細菌兵器として製造した、という内容である。しかし、別の情報もあるようだ。

 このウィルスは、アメリカ政府がカナダの研究所で製造した、という説である。さらに注目すべき事は、中国人のDNAをよく研究し、特に中国人に対しての感染力を高め、ダメージを及ぼすように設計され、作られたと言うのだ。もちろん私ごときには、この信憑性など知る由もない。

 そのウィルスが、カナダにいた中国人女スパイの手に入り、中国に持ち帰ったと言うのだ。当然のことながら、中国・武漢近くの細菌研究所では、そのような生物化学兵器による攻撃を未然に防止するため、ワクチンの製造を研究していたとも考えられる。しかし、その研究の過程で、中国政府が公式発表しているように、人為的ミスで流出してしまった、という事態が発生した。

 これまでのいろいろな情報を時系列で並べてみると、なるほど整合性があるなとも思う。

 それはそれとして、さすがに今日の私は一気に8ページのレポートを仕上げたため、すっかり憔悴してしまった。今日はお詫びの文章1行だけに留め、後はせっかくお越しくださった読者の皆さんに、アズナヴールのこの曲を聴いていただこうと考えていた。

 しかし、習性とは恐ろしいもので、こうしてブログと向き合い、iPadに向かって音声で文章を作成していると、次々といろいろなイメージが浮かんできて、なんだ、いつもと変わらないような文字量になりそうになってしまっている。

 今日の朝、血糖値を測ったら140ジャストだった。140というのはここ最近、3回か4回経験している。私にとっては、どうやら厚い壁のようで、まだ1度も130台に突入していない。励みになるので、1度ぐらいは130台を経験したいと思うのだが、おそらくは、まだまだ修行が足りないということなのだろう。

 外出するときは、いつも当然のことながらマスクを着用している。しかしそれ以外に、次男のお嫁さんが差し入れてくれた、口内にスプレー噴射する殺菌薬を使っている。つまり、二重でガードしていることになる。おかげで、精神的には少し安心感が高まっている。

 とにかく、今現在の私は、いくつものタスクを抱え込んでしまい、毎日タスク管理ソフトとにらめっこしながら、1つずつ着実にこなすように努めている。今日仕上げたレポートが、1番の難物だった。まだ最終的な校正と推敲は終わっていないが、とりあえずは現時点のレポートとしては、これで良いのではないかと思う。

 読者の皆さんも、引き続き外出から帰られたら、手洗いを入念にしていただき、うがいと鼻のうがいもぜひ行っていただきたい。

 余談になってしまうが、今日作成したレポートの中で1つの重大な懸念を述べた。それは、お互いに親和性の高い特亜三国が、軍事同盟を結び、窮鼠猫を噛むではないが、国家の崩壊に直面したときに、結託して日本に宣戦布告する、というシナリオである。荒唐無稽と言われるかもしれないが、中国・韓国両方の国防動員法、戦時国際法などに加え、スパイ防止法のない日本にたくさん在住していると言われる、これら特亜三国の工作員の存在は、決して視野の外に追い出してはいけないと思う。

 注意喚起の方法はなかなか難しいが、私個人としてはこれは厳然たる事実だと思うので、やはりコロナウィルスの動向に加え、有事に至る可能性も視野に入れておく必要があると思っている。
 
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by hirune-neko | 2020-02-27 01:52 | 心の中のできごと | Comments(0)

自分の血糖値の推移を公開するようなアホはいないだろう

Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato
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 断糖を宣言して、2週間を過ぎた。急に思い立ち、グラフ化して数値の推移を確認してみたくなった。

 しかし、考えてみたら、もう何年も前にExcelの表をグラフ化していたものの、バージョンがどんどん更新されてしまい、今ではチンプンカンプンになっている。そこで、Googleで検索し、見よう見まねでグラフ化にチャレンジしてみた。すると、昔とは違い、あっという間にグラフが出来上がった。

 しかし、ここ1週間は数値が140〜150の間で安定し、微妙な上下になっているため、数字も併記しないと把握しにくい。そこでまた、Googleで調べたが、やはりExcelのバージョンによって、手法が異なるせいなのか、方法を見つけるのに難儀した。しかし、最終的には、なんとか見つけることができた。信じられない話だが、なんとワンクリックで瞬時に数字が併記されてしまった。いやあ、IT技術の進歩は凄まじいものだと実感した次第だ。

 以下が断糖宣言数日前から今日までの、即製の「血糖値の推移グラフ」である。

【昼寝ネコの血糖値推移グラフ】
自分の血糖値の推移を公開するようなアホはいないだろう_c0115242_01234764.jpg

 どこの世界に、個人的な血糖値のグラフを公開するアホがいるだろうか。しかし、私にとっては、血糖値を下げることが最終目的なのではなく、ほんの入口にしか過ぎない。まずは薬物に頼らずに血糖値を低く安定させ、もう少し視界の透明度が増すよう、根気強く今の努力を継続したい。

 おかげで、そんなに「甘いもの禁断症状」はない。血糖値が徐々に下がってきたせいか、思考力が深まり、集中力と気力が持続するようになってきたのを実感している。

 連日、遅延タスクを確実にこなし、もう少しで自分本来の課題・・・全国の産婦人科、全国の自治体への営業、そして全国の新聞社への記事掲載依頼に、集中できる環境を仕上げたいと思っている。

 さて、ちょうど午前1時になってしまった。推敲してアップし、入浴〜就寝とさせていただく。

 いよいよ仕事上のリベンジが本格化する。ジェダイの逆襲である。

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by hirune-neko | 2020-02-26 01:29 | 心の中のできごと | Comments(0)

アマゾンの商品紹介記事を見て驚き、何度も吹き出した

Charles Aznavour - La bohème (Official Lyrics Video)
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 先月の中旬ごろ、出版取次会社から書籍データの一覧表を提出するよう、依頼があった。1ヵ月程度で送って欲しいと書かれていたが、すでにその1ヵ月を過ぎてしまっている。遅延案件が累積し、全く手が付けられなかった。祝日で電話がつながらなかったので、お詫びのメールを送った。

 今日、送られてきた入力用のテンプレートで、入力項目の確認をした。これまでにも、自社書籍のデータベースは作成していたので、事務的にすぐに作れると思っていた。しかし、初版年月日その他、調べないとわからない項目がいくつかあった。

 もしやと思い、アマゾンで検索をしてみると、そこにはちゃんと初版年月日や著者名その他が記載されていた。ちょっと安心した。

 試しに自著「昼寝ネコの雑記帳」がどうなっているかと思い、検索してみた。かなり以前から、連日アマゾンから注文が来るものの、いつも「キャンセ・ル品切れ中」と回答していたので、開いてみた。

 数年前には、マーケットプレイスという古書市場で、5千数百円の値段がついていた。あまりにも高額で、驚いてしまったのを憶えている。ところが、今日開いてみると、古書すら手に入らない状態だった。

 どなたかが、増刷を待ちきれず高額な古本を買ってくださったのだとすると、申し訳なく思う。それと、連日のようにアマゾンから注文が来るという事は、依然としてお待ちくださっている方がいらっしゃるのかと思うと、さらに申し訳なく思った。

 そこで、会社の資料用として保存してある「昼寝ネコの雑記帳」を、提供させていただこうかと考えている。年数が経っているので、少し経年変化を感じるかもしれないが、無いよりはマシなのではないだろうか。

 アマゾンのページの下のほうに目を移すと、いろいろな紹介情報があり、さらにその下には、この書籍の中から、2作品が紹介されていた。両方とも「ベンチウォーマー」というタイトルで、1つは日比谷公園編で、もう一つは、ニューヨーク・セントラルパーク編となっている。

 一体、どなたが選定し掲載してくださったのか、知る由もないが、とても有難いと思った。

 しかしながら、読み始めても、内容を全く思い出せないまま不思議な気持ちで読み進めた。そのうち、だんだん思い出しながら、しかも所々吹き出しながら、そしてさらにはグッときながら読み終えた。

 せっかくの機会なので、その日比谷公園編の方を以下に転載して、ご紹介させていただく。もしかして、ひょっとして、ブログ読者の方が長期間にわたって、アマゾンに注文してくださり、いつも空振り状態だったとしたら、大変申し訳なく、改めてお詫びの気持ちをお伝えする。10数年前の出版物なので、新品のような輝きは無いが、その点は大変申し訳ないが、お許しいただきたい。

 しかし、今日の記事全体はそれなりの文字量になってしまうので、果たしてブログ記事の文字制限に引っかからず、掲載できるかどうかが心配である。まあ、ものは試しでトライしてみる。誤字脱字を修正した、改訂版を出版したいと思っているし、短編作品だけをブログ内から選定して、創作作品集として出版したいとも思っている。しかし、全く時間を割くことができず、いまだに未刊行のままである。


【アマゾンの該当ページより転載】

■商品の説明

■内容紹介

 「心に癒しと共感、そしてクスッと笑い」をお届けする一冊。 世の中で仕事に追われながらも、脳内の感性は衰えず、ブログ日記に書き綴った一年間の記録が、読者の強い要望で一冊の本として世に出ることになった。昼寝ネコは世にいう第二の人生なんてこれっぽっちも考えておらず、このまま第一の人生の延長と考えている。 外の世界はどうあれ、昼寝ネコの内部には独自の感受性で音楽を聴き映画を観る世界がある。本も読むし「こしあん大福」もつまむ。気が向けば小説を書き、創作落語にも挑戦する。別に拗ねているわけではないが、世の中の権力や地位・財産に媚びることなく、ただひたすら人を優しく見つめ、感動の源を大切にして生きている。 読者がたまたま人生をやり直したい人、人生を見つめ直したい人だったら、肩から力が抜け、もう少し自分に優しくなれるのではないだろうか。疲れたらネコのように、昼間だって構うもんか。堂々と昼寝をすればいいんだよ。 ・・・そんな声が聞こえそうな一冊だ。

■著者からのコメント

 ひょんなご縁でブログの出版化を勧められ、最初は躊躇したものの結局はお受けすることにした。数十年間仕事に追われて来たが、書くことへの情熱は一向に衰えず「昼寝ネコの雑記帳」出版を機会に、さらなる創作の世界を構築したいと願っている。テーマは多感な人の心に「癒しと優しさを感じていただく」ことにある。社会に身を置いての創作活動なので困難が伴うと思うが、一歩ずつ前進していきたいと思っている。なお、ペンネームや内容のかなりは飼い猫のシロからインスピレーションを与えられたので、厳密にいうと昼寝ネコとシロの合作ということになる。

■出版社からのコメント

 普通であれば人間も50歳を超えると人生の先も見え、心身の衰え
とともに感性も乾きがちだと思う。著者・昼寝ネコはその点、今でも音楽や映画、小説に共振する感性を維持し、広角レンズで世の中を眺めている。音楽に関しては、ピアソラ、ビル・エバンス、シャルル・アズナブール、プッチーニに偏ってはいるが、きっと何か共鳴するものがあるのだろう。エッセイ風の日記を読むと、壊れやすい人の心に優しく触れており、とくに鬱症状や自閉症の人間を好意的に受け止めている。政治や哲学、スパイ小説に触れたかと思うと、クスッと笑える短編小説や創作落語もあり、肩が凝らずに読める。たまには仕事や現実生活から逃れて、深呼吸してみたい読者にはお勧めの作品だ。それと、ネコを飼っている人は何かと共感する部分が多いと思う。60年安保、70年安保の時代に学生だったおじさん、おばさんもきっと、懐かしく読んでいただけると思う。

■内容(「BOOK」データベースより)

 世の中で仕事に追われながらも、脳内の感性は衰えず、ブログ日記に書き綴った一年間の記録。

■抜粋

短編小説・ベンチウォーマー(日比谷公園編)
 救急車を呼んでもらった方がいいのではないかという不安感と、どこかに座って様子を見ようという気持ちの、どちらが勝ったのだろうか。狭くなった男の視野が捉えた公園のベンチが、とりあえずの待避所となった。

 夕方とはいえ、木々の間を荒々しく縫ってくる初夏の陽射しは、辺りの空気を澱ませ息苦しさを倍加させていた。ネクタイを緩めようと、重くなった手を上げたが、身体中から冷たい汗が噴き出し、その上、視界がどんよりと暗くて、思うように指が動かない。頭も妙に重く判断力が低下している。脳か心臓のいずれが不調なのだろうか、あるいは両方なのだろうか。

 全身をベンチの背にあずけ、眼を閉じて深く息を吸った。もっと早く気づけば良かった。呼吸が浅かったのかもしれない。何が原因なのだろう。不安な気持ちはほんの少し薄らいだが、生命保険の金額や、遺言書の肝心の部分が書きかけであること、もしものとき、やりかけの仕事はどうなるのだろう、去年の五十五歳の誕生日を期にちゃんと準備を進めておけば良かった・・・。考えても仕方のないことが同時に頭の中を駆け巡った。・・・周りから生命力に満ちた樹木の匂いがする。どうやら峠を越えたようだ。

「あのう、だいじょうぶですか?」

 横から声が聞こえた。どうやら先客のいるベンチにお邪魔したらしい。声のする方に顔を傾けた。真面目そうな青年だった。

「いや、ご心配ありがとうございます。」
「救急車をお呼びしなくて大丈夫ですか?」
「ああ、どうも・・・なんとか落ち着いたようですので。・・・もう少しこうして休んでいれば・・・だいぶ楽になってきましたので。」

 ずいぶん親切そうな人間だが、一応は用心しよう。男は書類鞄を自分の方に引き寄せた。

 帝国ホテルのコーヒーショップで契約の打ち合わせを終えたのは、午後の遅い時間だった。日比谷公園の松本楼が思い浮かび、人影の少ない広々とした公園を横切ってレストランを目指した。かすかにコーヒー豆の香りが漂う一階で、遅い昼食をとりながら、懐かしい思い出に浸っていた。

 「ハヤシライス」が好きな子どもたちにせがまれ、でも顔中に広がる嬉しそうな表情を見るのが楽しみで・・・季節ごとに表情を変える日比谷公園を背景に、年ごとに成長する姿を確かめながら、ここはいつしか思い出の場所になっていた。

 今はもう、娘と二人きりの生活になってしまったが、その娘もいずれは嫁いで行く。多くは望まない。平凡で暖かい家庭を築いてほしい。

「あのう、落ち着かれましたでしょうか?」 青年の声だった。

 せっかく子どもたちとの思い出に浸っていたのに、という不快感と、先ほどまでの症状がかなり好転しているという安堵感の両方があった。

「あ、いや、ありがとうございます。・・・ずっといてくださったんですね。」
「少し苦しそうなご様子でしたので、失礼かとは思ったのですが、様子を観させていただいていました。顔色がずっとよくなられましたよ。」
「そうですか。・・・公園を出ようと思ったら、急に気分が悪くなりましてね。どなたかに救急車をお願いしようかと思ったのですが、このベンチが目に入って、とりあえず避難してきた次第です。」
「ああ、そうでしたか。」
「あなたは、ずっとここにいらっしゃったんですか?」
 男は座り直し、青年に身体を向けた。
「ずっと狭い部屋に閉じこもりっぱなしで効率が悪くなったものですから、開放感のある公園に仕事場を移しました。」
「ほう、そうでしたか。おかげで私が命拾いさせていただきました。」
「いえいえ、とんでもないです。別に何もしておりません。」   

 深呼吸した男は、青年の膝に載せられたままの原稿用紙と筆記具を目に留めた。

「何か、文章を書くのがお仕事なんですか?」
「仕事というにはほど遠いんですが・・・なかなかお金にならなくて。いくつかの劇団に脚本を書いてはいるんですが、みんな貧乏劇団なものですから、どこも予算がないんです。」
「そうですか。でも、夢のあるお仕事で羨ましいですよ。最近は、お金だけを追い求める若手の事業家が多いようですが、感心しない手法が世の中を荒んだものにしていますからねえ。」
「そうですね。でも、現実生活にはある程度のお金も必要ですから。」

 頷くと、少し饒舌になった男は先を続けた。

「失礼ですが、ご家庭をお持ちなんですか?」
「いえいえ、まだ独りなんです。」青年は俯き加減に答えた。
「ああ、そうですか。でもね、収入や資産など、最近は条件を見て結婚を考える女性が多いですが、スタートは苦労しても、軌道に乗ればお金はやがてついてくるものですよ。でも、お金を第一順位で考えて結婚した後、一時的にでも失業してご覧なさい。私はこんな生活を望んでいませんでした、と言って、それでお終いですよ。ですから、あなたの可能性を信じ、人間性を評価して、苦労をともにしてくれる女性を探すのが一番ですよ。そう思われませんか?」
「はい、そうですね。世の中の父親すべてが、あなたのようなお考えだといいんですが。」

 男は、ふと自分の娘との最近の会話を思い出した。

「私には娘がいましてね。どうやらお付き合いしてる男性がいるらしいんですよ。IT関係の企業で働いているそうで、収入は安定しているらしいんですな。」
「はあ、それは羨ましい。せめて私にもそのような安定した収入があれ
ば・・・。」
「しかしね、世の中の最先端を走っているということは、逆にいうと歴史がない業界なんですよ。それこそ先のことは誰にも分かりません。そんな不安定なリスクを、娘には負わせたくないんですよ。父親って、こと娘のことになると保守的になるものですねえ。」

 青年は、父親ほどの年齢の人物が自分の味方になってくれているように思え、親近感をもち始めていた。

「娘に付き合っている男性がいて、結婚を考えていると知ったとき、父親はどんな気持ちなんでしょうか。」
「そりゃあ、待ってましたと歓迎する父親はいないでしょうな。たとえ、どんな理想的な条件の男性であっても、大反対するでしょう。」
「どんな理由で反対するんでしょうか。」
「理由なんてある訳がないですよ。娘に結婚相手が現れたと聞くだけで、不幸の使者がやってきたと断定するわけですよ。早い話が、眼が二つあるからだめ、歩くときに足を交互に出すからだめ・・・そんなもんですよ。」
「はあ。」
「でもね、そんな冷戦状態は長続きするものじゃあないです。結局、娘はいつしか嫁いでいくものですよ。まあ、独り取り残される寂しさもあって猛反対するんでしょうなあ。」
「はあ、そうですか。」
「なんだ、元気を出してくださいよ。どうしました?まさかプロポーズして反対されているんじゃあ・・・」
「はあ、まあそんなところなんです。」
「おや、それは困ったお立場ですね。で、うまく進んでいらっしゃるんですか?」
「ちょっとお手上げ状態なんですよ。」
「うむ。相手の父親が反対されてるんですか?」
「はい。お願いしてるんですが、まだ会ってもいただけないんです。」

 やれやれ、気分はすっかり良くなったが、これじゃあ人生相談だな、と男は思った。しかし感じのいい青年だ。気遣ってくれたお礼に、元気づけてやろう。

「父親が一番の難敵なんですよ。ですから、まずお母さんを味方におつけなさい。それがありきたりですが、一番の秘策ですよ。」
「なるほど。でも、彼女は母親を亡くしているんです。」

 妻と最後に日比谷公園を訪れたのはいつだっただろう。一瞬、男は自問した。季節ごとに訪れた公園には、捨て猫が目立った。餌の少ないであろう寒い冬に、妻は行き場を失った小さな猫を抱え上げ、家に連れ帰りたいと無言で同意を求めた。あのとき、連れ帰っていれば私たちの運命は変わっていたのだろうか。

「ですから、どうしても父親の同意が必要なんです。」青年は弱々しく呟いた。
「そうですか。いや、そのお父さんの気持ちは痛いほど良く理解できます。でも、あなたのお話しを聴いていると、そのお嬢さんをとても大切に考えていらっしゃることが伝わってきます。」

 二人の間に重い沈黙が割り込んできた。突然、背後で数羽の鳩の羽音が響いた。ここまでは噴水の音が伝わってこないのだろうか。男は無関係なことに考えを向けていた。小さかった頃の娘の、無邪気な笑い声が聞こえたような気がした。娘にとって一番幸せなことを実現してやらなくては・・・。所詮、自分に母親の代わりはできない。当たり前のことだが、無力感を否定することはできなかった。

 そのとき、携帯電話の着信音が鳴った。My foolish heart。自分のものではなかった。

「ちょっと失礼します。」

 着信番号を確認すると、短く断りを入れ、青年はベンチから数歩離れた。この距離だと会話はすべて聞こえる。聞こえてもいい。お互いに知らない同士なのだから。後ろ姿からは青年の表情をうかがい知ることはできない。だが、おそらく恋人からの電話のようだ。口調からそう感じる。

「しのぶさんは、それでいいの?」

 しのぶさんはそれでいいの・・・。しのぶさん。確かに青年はそう言った。これは単なる偶然なのだろうか。そうだと思うが、なぜか心から肯定できなかった。逆に、運命のいたずらが徐々に、その完璧な姿を現そうとしているような予感がしてならなかった。

「じゃあ、六時に待ってます。気をつけて。」

 男は聴いていないふりをした。

「どうも、大変失礼しました。」

 青年は戻ってきた。男の腹の底には重い固まりが生まれていた。最初は小さかったのだが、徐々に膨らんでくるのを感じていた。

「いやあ、彼女からだったんですよ。ちょっとあなたのことをお話ししたら、お会いしてみたいと言っていました。参謀役をお願いできないかと。」
「いえいえ、とんでもない。私なんかこの年でもまだまだ世間知らずですから。」

 訊いてみたい衝動はあった。しのぶさん。名字はなんとおっしゃるんですか?しかしその勇気はなかった。最悪の場合、その瞬間を無反応に演じきる自信はなかった。しかし娘の話だと、彼はIT企業で働いているはずだ。やはり別人なのだろう。

「彼女は、あなたのことをなんと説明なさったんでしょうかね、父親に対して。職業とか、いろいろ。」
「それが・・・売れない脚本家と言ってしまうと、生活力がないのはだめだって猛反対されるので、コンピュータ関係の仕事だ、と脚色しているようなんです。」
「ほう。嘘をついてしまったんですね。」
「いえ。まったく嘘というわけではないんです。私はデータベース・プログラムを勉強しましたので。ときどきフリーで仕事を受けています。そちらの方が収入になっているんです、実は。」
「ああ、そうなんですか。・・・あのう、ちょっと聞こえてしまったんですが、しのぶさん、とおっしゃるんですか?彼女のお名前は。」
「ええ、忍耐するしのぶ、って自分で言ってるんです。忍耐の忍と書きます。」
「ほう、そんなに忍び難い生活を送っていらっしゃるんですかねえ?」
「いえいえ、それはジョークなんですが、実際に忍耐強いと思いますよ。」
「ははは、そうですか。・・・で、まさか『大竹忍』さんではないですよね?」
「いえいえ、まさか。・・・大野忍といいます。」
「ははは、大竹忍さんではなく、大野忍さんですか。あはは・・・そうですか、そうですか。」

 男の笑顔は引きつっていた。ここで、私は忍の父親の「大野和男です」と言ったら、この青年はどんな表情になるだろうか。

 確かに私は、忍の頼みを聞き入れず、三人で会うことを拒んでいた。正当な理由は、考えてみれば何もない。不幸の使者である男と会うなんて。ただ感情的な思いだけだった。だが、本当にそうなんだろうか。忍が家を出て幸せになることは、親として願うべき状況なのに、相手のことをろくに確認せず、頑迷に反対し続けているだけではないのか。

「彼女とはこれから、夕食なんです。作戦会議なんですよ。これも何かのご縁ですから、ご気分が大丈夫でしたらご一緒していただけませんか?彼女もそう言っていますから。是非。」
「いやいや、私なんかがご一緒したら、忍がびっくり・・・いや、忍さんがびっくなさいますよ。」
「どうしてですか?そんなことありませんよ。」
「いえ。あなたとも初対面ですし、今日は思いがけず体調を崩してしまって、自信がありませんから。せっかくですが、ご遠慮させていただきます。お気持ちだけ頂戴します。ありがとうございます。」
「そうですか。折角いろいろ有意義なお話しをお伺いできたのに、残念です。お引き留めして、かえって失礼しました。でも、不思議ですね。偶然お会いしたばかりなのに、なぜか他人のような気がしません。」

 そりゃそうさ。もうじき君は他人じゃなくて、我が家の一員になるんだろうから。

「お一人で大丈夫ですか?」
「ええ、もうすっかり元気になりました。ショック療法のおかげですよ。」
「はい?」
「いやいや、お若い方からエネルギーをいただけて、良かったです。」
「でも、本当にお名残惜しいです。また近々お会いするような、そんな予感がしますよ。」   

 おう、そうとも。君はなかなかいい勘をしている。まるで予言者だ。

「あまり多くは語れませんが、もう一度、彼女から三人で食事でもどうかと、誘ってみたらいいんじゃないかな。きっとうまくいくと思いますよ。そんな気がします。」
「そうですか。ありがとうございます。そうします。」
「うん、そうなさい。必ずうまくいきますよ。さあ、どうぞ、いらっしゃってください。私のことを気遣ってくれて本当にありがとう。私はもう少し息を整えてから帰ります。どうぞ、お構いなく。」

 青年は深々と頭を下げて帝国ホテルの方に向かって歩き始めた。途中、二度振り返って頭を下げ、木陰に姿を消した。律儀な青年の態度に、思わず微笑みを返していた。

 いい青年じゃないか。もし今日、ここで体調が悪くならなかったら、私はこのベンチに座ることはなかった。そこにいた青年が、顔色の悪い病人との関わりを避け、私から離れて行くような人間だったら、個人的な会話はなかった。もし、途中で忍から電話がなかったら、この青年が娘にとって大切な存在であることに気づかなかっただろう。そして、娘がまた、三人で会ってほしいと言ってきても、おそらく頑迷に拒否しただろう。

 もしこうだったら、という選択肢ごとにストーリーが変化する映画を、何十年も前に観たように思うが、思い出せない。

 この偶然は、娘の執念によって引き寄せられたものだと認めざるを得ない。世俗の恥辱と垢にまみれた五十五歳の人間に較べれば、無垢な娘のためにこそ、多くの可能性と達成感が用意されてしかるべきなのだ。異論はない。

 さて、難問が一つある。次に三人で会うとして、彼にはなんて挨拶しようか。はじめまして、ではおかしいだろう。こちらが忍さんですか?では、もっとおかしい。人間、年を経てくると、若い連中には思いも及ばない苦労が待っているものだ。 

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by hirune-neko | 2020-02-24 21:18 | 創作への道 | Comments(2)

静かに一日を終える


Mischa Maisky - Prelude From Bach's Suite N. 1 For Cello - HQ
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 血糖値の下落は、一本調子では行かないと思っていた。ところが今朝、血糖値を測ったらちょうど140だった。ちょっと驚いた。当分は、アップダウンを繰り返すことになると思うが、140という数字は見たことがない。一度でも130台になると、とても張り合いになるので、経験してみたいと、欲が出て来ている。

 依然として、血糖降下剤は服用していない。

 今日も、タスク管理ソフトとにらめっこしながら、相変わらず懸案事項が多いのを見て、ため息が出た。なかなかこの約40タスクを崩すのは容易でない。

 何とか工夫をしなくては、と考えていたら、ひとつの単純な方法が思い浮かんだ。

 それは、iMacのデスクトップ上に「作業中」というフォルダーを作り、その中に、製作が絡むタスクの名前のフォルダを作った。製作物というは、ゼロから取り掛かるため、なかなか大変だ。資料となるデータを、検索して探し出し、それをもとに始めなくてはいけない。しかも、単純な転記作業のようなものではないので、いろいろ構想を考え、順番や表現を練って作り上げる。いざ着手するまでが、なかなか億劫なものだ。

 まずは、頭を使わなくて済む作業・・・関連ファイルをそれぞれのフォルダにコピーして、いつでも取りかかれるようにする作業は終えた。

 今日は、早めに切り上げて遅くとも、午前0時までには寝るつもりだった。しかし、どうしても請求書を作って送らなくてはいけなかったのだが、該当する納品書の一部がどうしても見つからない。かなり悪戦苦闘してしまった。

 今日はこの時間まで・ ・ ・既に午前1時であるが、とうとう歩けないで終わってしまった。まぁ、日曜日ぐらいは休養とっても良いのではないだろうか。

 明日が祝日であるということが、せめてもの救いである。必ずしも電話に出る必要がないからだ。

 受注データ処理作業の途中で、背中の筋が異常に凝ってしまい、途中で床に背中をつけて何度か休養した。なかなか思うようにいかないものである。

 もう二度と、深夜族には戻りたくないと思っている。しかし、どうしても締め切り時間がある作業をいくつも抱えていると、一方的に中断するわけにはいかない。少しずつシステムを工夫して、作業量を減らし、時間も短縮できるようにしたいと思っている。

 もう今日は、ここまでにして静かに休みたいと思う。また明日から、新しい1週間が始まる。祝日といえど、私には平日と一緒である。

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by hirune-neko | 2020-02-24 01:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

この戦いの本質は、どこにあるのだろうか

Astor Piazzolla - Devant la glace
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 いつもより数時間は早く歩きに出た。断糖宣言後、常食しているアーモンドとクルミが切れたので、マルイの中にあるKALDIという店で、購入した。

 そのまま日課のウォーキングを始めた。今日の読書課題の残りを音声ファイル聴きながら、やはりコロナウィルスの拡散を不気味に感じた。気をつけてはいるが、私だって感染しないという保証はない。

 暗鬱な気持ちで歩いていたのだが、気がついたら、現在最も深刻になっているウィルスとの戦いが、どのような結末になるだろうかと考えていた。

 仮に、中国武漢で発生したコロナウィルスが、中国共産党政府が主導して製造した生物化学兵器であり、世界支配の先兵として送り込む武器だったしても、決して不思議ではないだろう。

 その場合、直接対峙する政府や軍部、情報機関は、中国共産党政府、人民解放軍、情報部などの、ある意味では現実の目に見える対象を監視し、情報収集と分析を行うだろう。それは当然のことだと思う。

 しかし一方で、人から相手にされないのを承知の上で言うが、「神学的インテリジェンス」という視点から見ると、どのように見えるだろうか。一見すると、国と国との戦いである。

 そのような現実があるにもかかわらず、これが、サタン(悪魔)の軍勢と、天の軍勢との最終戦争である、と仮定してみた。

 神学的には、「ハルマゲドンの戦い」という表現がある。かつて、暁の天使と言われたルシフェルが、天から投げ落とされ地上でサタンとして君臨し、地上の多くの人々を悪に誘い、そして多くの人々を苦しめ絶望の人生を送らせる。

 ある程度までは放置されてきたそのような行動が、いよいよ天の軍勢によって、その動きを縛られる時が来た。そう考えると、それはまさしくハルマゲドンの戦いである。

 今日は、久しぶりにピアソラの曲を聴きたいと思った。ダウンロードしているアルバムを眺めていた時、目に留まったのが「armaguedon」というタイトルのアルバムだった。

 このまま読むと、「アルマゲドン」となる。しかし、日本語ではハルマゲドンが一般的な呼称のはずだ。それも宗派によっては、異なるかもしれない。

 ピアソラの作品には、独特の世界があり、現実に立ち向かう強靭な意志を感じさせる。

 私には的確に未来を予測することなどできない。しかし、国家インテリジェンスならば、相手の謀略や策略を見抜き、それに対応する。そして、必要であれば様々な工作活動を行い、さらには軍事行動に出て、自国と自国民を守るだろう。

 一方、ファミリー・インテリジェンスには、一体何ができるのだろうか。もちろん、国家安全保障のように、家庭や個人の安全と平和という側面は重要である。しかし、それと同時に、人間としての内面に蓄積され、最終的には人徳や人格、などと言われる特性を高めることが、人間としての人生の、最終的な安全保障につながると考えている。

 何を抽象的なことを言うのか、と嘲笑されるかもしれない。しかし私は、大真面目である。人間はともすれば、この世の富に目を奪われ、名声や支配欲に翻弄されがちである。それらを克服する事は、決して容易ではないだろう。しかし最終的に、果たして人は死して次の世に、何を持っていけるだろうか。そう考えたときに、本当に自分にとって大切なものは何か、人に何を残せるか、という問いかけを続ける人生は、崇高なものではないだろうかと思っている。

 なかなか難しいテーマではあるが、私が70年近く生きてきて。いまだに道を極められてはいないものの、夜の濃い霧の彼方にかすかに見える、心の灯台が、私にとっての道標となっている。

【参考資料「ハルマゲドン」】
ハルマゲドン(アルマゲドン、ハーマゲドンと表記される場合もある、希: Ἁρμαγεδών、英: Armageddon、日本語では最終戦争)とは、アブラハムの宗教における、世界の終末における最終的な決戦の地[1]。ヘブライ語で「メギドの丘」を意味すると考えられている。世界の終末的な善と悪の戦争や世界の破滅そのものを指す(戦争を終わらせる最後の戦争。一説では大艱難の頂点がハルマゲドンとも言われている)。

 *引用元:Wikipedia

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by hirune-neko | 2020-02-22 22:05 | インテリジェンス | Comments(0)

本格的な活動開始を目指し、ドメインを取得した

Loreena McKennitt - The Mystic's Dream
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 夜になって歩こうと思い、玄関を出たところでフィットビットを確認した。すると、驚いたことにその時点ですでに、5千歩を歩いてしまっていた。では、2千か3千歩程度で充分ではないかと思った。しかし、連続5千歩が目標なので、やはり5千歩を歩いた。したがって、今日は1万歩の大台に乗せた。

 遅延案件はなかなか減らず、さりとて仕上げなくてはいけない企画書や提案書がいくつもある。なかなか集中してかかり切れないのが頭痛の種である。

 それでも、今日は意を決して、本格的に活動を開始しようとしている、「ファミリー・インテリジェンス研究所」の新規ドメインを取得した。この属性ドメインは、代表と副代表2人の印鑑証明書を必要とする。せっかくのいい機会なので、しっかりとした構築の始めにあたり、それにふさわしいドメインを取得しようと考えた。

 ここ数日は、仕事時間中に強い眠気に襲われている。ちょっと疲労が溜まっているようだ。何とか乗り切らなくては、と思ってはいるのだが、時々睡魔に負けて、うたた寝をしていることがある。

 地元の薬局に、開店早々に買いに行っても、マスクの在庫がない。インターネットで調べてみたら、ネット通販の方が手に入りやすいと書かれていた。そこには、普段利用し慣れているアマゾンで、売られていると書かれていた。

 どこもかしこも品切れ状態なのに、本当にアマゾンで買えるのだろうか、と半信半疑で検索してみた。すると、通常よりは少々高めではあるが、100枚入りや50枚入りのものが実際に売られていた。もし、マスクが入手できずにお困りの方がいらっしゃったら、アマゾンで検索をすることをお勧めする。

 血糖値のほうは、昨日よりも1下がった。150を挟んで落ち着いている感じだ。130台に突入するためには、もう少し工夫が必要なのだろうと思う。

 今日は異常なほど睡魔に襲われ、こうしてブログ記事を作成していても、途中で寝入ってしまっている。効率が悪いし、深い睡眠をとって心身の疲労を取り覗きたいと思うので、今日はこの辺で失礼させていただく。

 今日ばかりは、早退である。

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by hirune-neko | 2020-02-22 00:25 | 心の中のできごと | Comments(0)

一日の終わりに・ ・ ・

Astor Piazzolla - Tango Blues (Campeón).wmv
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 今日は珍しく、ブログに向かう前に入浴を済ませた。まだ寒いが、さすがに1時間近くを歩くと、汗ばんでしまったので、風呂に入ることにした。

 今日は、歩きながら音楽は一切聴かなかった。読書課題の今日の残りを、音声ファイルでいた。全行程の3分の2ほどで聴き終わったので、残りはまた性懲りもなく、英語の音声ファイルをいた。

 タスク管理ソフトで、期限切れとなっている案件が40件前後あった。見ただけで気力が失せてしまう。しかし、優先度の高いものをなんとかこなし、残りは期限を明日や週末に変更して、期限切れ案件の数を無理矢理ゼロにした。

 タスク管理ソフトの使用スキルは、アマチュアから始まり今は中級である。いろいろな機能があるのだと思うのだが、そこまでは手が回らない。何か思い浮かんだら、とにかくすぐにタスク管理ソフトに入力することにしている。iPadに音声入力で項目を残せるので、紙にメモをするよりもずっと速い。しかも、ちゃんと記録に残り、メールであれこれ知らせてくれるので、とても重宝している。

 このタスク管理ソフトには、プロジェクトを他の人と共有し、それぞれの作業を分担して割り当てることができる。私の場合は、まだそこまでは使いこなせていない。

 目下話題の、中国・武漢で発生したコロナウィルスの先行きは、まだまだ見通せないのではないだろうか。アメリカで、16,000人以上が死亡したといわれるインフルエンザが、実はこのコロナウィルスではないかという疑いを持ち、調査を始めたそうだ。

 もし、ウィルスの構造を突き止めて、それが武漢ウィルスだと判定された場合、アメリカ政府はどのように判断するのだろうか。

 別の情報では、人民解放軍や大学の研究室レベルで、感染者発生よりずっと前に、新型肺炎の発生に備えた対応方法の伝達があったそうだ。明らかに、感染者の発生を前提にしており、これは一体どのような意味を持つのだろうか。

 ここから先は、100%私の妄想である。決して真に受けないようにお願いする。しかしながら、そんな可能性もあるのかな、と少しは疑いの気持ちを持っていただければ幸いである。

 専門家の分析で、武漢コロナウィルスが自然に発生したものではなく、人工的に作られたウィルスであるという事は、確定しているようだ。そしてさらに、内部告発等の情報を総合すると、どうやら中国政府が主導して作った、生物化学兵器だという疑いが濃厚になってしまうのではないだろうか。

 しかも、かなり早い時点で、感染者が発生した場合の対処方法を、軍や大学・研究所関係者に通達している。

 これらの事実をつなぎ合わせると、以下のような妄想ストーリーが浮かび上がる。

 中国政府は、世界中に勢力圏を拡大し、明らかに世界支配を目論んでいる、と指摘されている。正確な名前は忘れたが、確か2050年マラソン何とか、といったのではないだろうか。

 乏しい知識ではあるが、「新世界秩序」(NWO: New World Order)を推進しようとしている中国政府に、協力加担しているのがGAFAと総称される、Google、Amazon 、Facebook、Appleなどで、アメリカではテックジャイアンツと呼ばれているようだ。

 これらのIT企業は、世界中である種の強固なデジタルゾーンを形成している。これらに加え、同じくアメリカでディープ・ステートと呼ばれる勢力がある。そこに名前が挙がるのは、オバマ前大統領やクリントン夫妻である。すでに、インターネット上ではよく知られた情報だが、クリントン財団には中国が莫大な基金を提供していたそうだ。

 つまり、世界は中国政府の種々の工作により、文字通り世界を統一支配するコースを突き進んできていたと思う。

 最近は、英国で問題視されるようになったが、ウイグル地区だっただろうか。(ちゃんと調べないで申し訳ないが)大量の人民を拘束し、臓器を求める顧客に対し、殺害して臓器を取り出し売却するという、残虐非道な臓器売買ビジネスを主導しているのが、中国共産党政府であると、あちこちで告発されており、これも紛れもない事実なのだろうと考えられる。

 最近では、北海道のリゾート開発に絡み、自民党の政権中枢の議員に対し、中国企業が賄賂を贈っていた事実が発覚し、その自民党議員は逮捕された。

 正直に言って、日本人はとても人がいい国民だと思う。それはそれで良いことだと思う。しかし、目に見えないところで、どのような工作活動が進んでいるかを、英邁に洞察する人間が必要な事は言うまでもない。

 さて、本題に戻るが、もし仮に、アメリカで大量の死者を出したインフルエンザが、武漢コロナウィルスによるものだという事実が確定したら、本当にアメリカ政府はどのように判断し、対応するだろうか。

 国際的に強大な国であるアメリカと中国が、本格的に軍事対立になってしまうのだろうか。なぜなら、これまでに発覚した様々な事実を時系列で並べてみるならば、1つの仮説が成立するからだ。

 それは中国共産党政府が、他国を武力で制圧するという、目立つ手法をとることにより、国際的な非難を浴びることを避け、目に見えない生物化学兵器を、つまり人工的にウィルスを作り、しかも増殖力がどんどん増すような構造にして、それを人知れず相手国にばらまく。そして、大量の死者が出て、さらには感染者がどんどん拡大する。

 この機に乗じて、つまりその混乱につけ込んで、さらなる工作活動を進め、場合によっては多数の国会議員を籠絡し、合法的にその国を支配下に収める。その程度の戦略は考えられていたのではないだろうか。

 では、なぜ今回、武漢から感染者が急拡大し、主要都市が閉鎖されるような事態になったのだろうか。何かの記事で読んだが、英国人スパイがコロナウィルスの存在を見つけ、それを持ち出して武漢の市場に散布した、という説もある。そうなのかもしれない。

 しかし、他国を支配するための道具として製造したウィルスによって、自国で深刻な感染拡大が起きている。これはとても不思議なことではないだろうか。

 そのようなわけで、私は国際情勢を判断するときに、「神学的視点」によるインテリジェンス手法というものも、無視してはいけないような気がしている。

 問題は、日本国内の情勢である。日本では、思想信条の自由が認められているので、何主義を唱えようが自由である。最近のインターネット情報で目にしたのだが、ある野党の議員が、「武漢ウィルス」のように、具体的な地名をつけて伝染病の名前を使用すると、その地域の人たちが傷つくからすべきではない、という主張をしていた。

 それに対して、その記事を掲載していたブログ主がツッコミを入れていた。「そこまで言うのなら、では今まで長い期間にわたって、日本脳炎とか水俣病などに対し、どうして指摘しなかったのか」。なるほど。思わず笑ってしまった。

 日本人の国民性は、よく言えば人が好いが、その反面、何か危殆に瀕したときには、一夜にして一致団結してことに当たる、という結束力を持っていると思う。

 このままの東アジア情勢が続くと、日本国内に潜伏している多数の他国の工作員が、本国の指示によって種々の工作活動や破壊活動を行う事は、かなり可能性が高いと感じている。

 これまでに何度も申し上げている事だが、もう少し政治に関心を持ち、日本の国益に寄与する候補者を選んで、選挙では棄権せず投票することがとても重要だと、ますます思うようになっている。それをしないと、結局は宗教団体や一部の政治団体の組織票の影響力が増大し、真に民意を反映した選挙結果にはならないと思う。

 そして、今日の結論である。評論家的な姿勢で、非難の応酬をし合っても、それはそれで結構だが、最も重要なのは、私たちが様々な状況を前提に、少なくとも1ヵ月程度は自給自足できるような備えをすることだと考えている。

 もちろん、1ヵ月ではなく、3ヶ月とか半年間自給自足できるような、つまり、外出できないような状況になったとしても、生き延びられるだけのノウハウウを身に付ける事は、私たち一人ひとりにとって大切なことだと思う。

 それは結果として、地元の自治体、そして最終的には政府の負担を軽くすることにもつながる。そのことにより、政府は緊急事態や非常事態が発生したときに、その対応に集中しやすくなると考えている。

 今日もまた、音声変換で文章を作成している。正直言ってとても楽である。しかし、それであるが故に、ついつい長文になってしまう。

 今日の記事をお読みになった皆さんが、備蓄についてこれまで以上に具体的な興味と関心を示し、行動に移されるよう願っている。

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by hirune-neko | 2020-02-21 02:01 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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