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昼寝ネコの雑記帳

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本日もいつもながら、一日の実況報告である

Bill Evans - Time remembered (with Symphony Orchestra)
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 今日はお昼過ぎから外出した。都心で開かれるミーティングに出席するため、電車で向かった。最初に自由が丘で電車を乗り換えたのだが、そんなに頻繁に電車を利用しないため、ホームに到着した電車が目的地に向かうのかどうか、思い出せない状態だった。自由が丘という駅は、結構いろいろな方向に電車が走っている。

 そこで、若い女の子たち3人のグループに歩み寄り、「すみません。この電車は恵比寿のほうに行きますか?」と話しかけた。一瞬、びくっとした様子で会話が途切れたが、親切にも案内表示板に行って調べてくれた。どうも判然としない様子を見た、私の側にいた若い男性が携帯で経路を調べてくれて、教えてくれた。最近の若い人たちは、なんて親切なのだろうと感心した次第だ。

 結局は目の前の急行に乗らず、反対側のホームに停車していた各駅に乗った。乗って電車が動き出してから、先程の急行に乗り、中目黒で乗り換えるのが正しい行き方だと、ようやく思い出した。少し時間をロスしたが、打ち合わせ場所には時間前に到着した。

 今日のミーティングの参加人数は、事前に知らされていなかった。いつもの通り、私を含めて3人だろうと思ったので、本当は資料を2部作ればいいと考えた。私自身は、紙に印刷した文字は判読しにくくなっているので、iPad Proで見ればいいと考えた。しかし、不思議なことに5分作った方がいいという促しがあった。自分でも不思議に思いながら、結局は5部作ってミーティングに臨んだ。

 初対面のアメリカ人男性、それと同様に初対面のアメリカ人夫婦、それに加えて別の日本人男性が加わったため、私を入れれば全員で6人になった。しかし、私の分は不要なので、合計5分の提案資料で充分だった。というか、どんぴしゃりの数字だった。

 アメリカ人3人のうち2人は日本語が堪能な人たちだった。私は最後に5分ほど時間をもらい、用意した提案書の趣旨説明を行った。私の提案内容は、通常の議案とはとてもかけ離れた異質なものだったようで、アメリカ人の皆さんの表情が、和気藹々としたものから、突然深刻そうな表情になった。

 このような状況では、一見すると日本語が通じるのだから思った通り話せばいいと感じるかもしれない。しかし、世間話とは違い、ある程度専門領域の話題になると、果たしてどこまでちゃんと理解してもらっているのだろうか、という不安がつきまとう。

 しかし、いくらなんでもアメリカ人相手に英語で説明するほどの自信は無い。幸いにして、昨晩英訳が届いたので左の列に日本語、右の列に英語というレイアウトで、ギリギリ印刷が間に合った。全部で、表紙を入れて12ページなので結構文字量がある。しかし、多少専門的な分野の話題ではあるが、英語だと十分に理解してもらえるだろうと思う。その英語自体も、私が翻訳したのではなく、私の英語の先生であるアメリカ人が好意で翻訳してくれたものだ。

 それなりに時間をかけて作成した提案書なので、これでやっと一段落である。採用されるか、あるいは黙殺されるか、それは私には予測がつかない。しかし、今までに取り扱われたことのないようなテーマだと思うので、さてどうなるだろうか。

 お読みになる方にとっては、何が何だか皆目理解していただけないと思うが、核心に触れる内容は書けないので、申し訳ないがご容赦いただきたい。

 会社に戻って、倉庫に行くように言われた。表紙やカバー、本体などを車に積み込むためだ。。そんなこんなで、今日はずっと外を動き回ったので、わざわざ歩きに出なくても、もうすでに8000歩近くを歩いている。さすがに、脳内が完全に消耗してしまった。甘いものを控えるも何もあったものではない。セブンイレブンに寄って、ブラックチョコレートと栗饅頭を買ってきてぱくついた次第だ。

 なんて、小学校低学年の書く日記のような文章なのだろうか。我ながら呆れている。しかし、今日一日の実況記事となると、これぐらいしか書けないというのが正直なところである。

 ところで、明日は製本所まで往復する木曜日であり、同時に月末でもある。最悪のパターンである。今日から少しでも振り込みを進め、明日の負担を軽くしないといけない。もう少し休養したら、売り込みを開始したいと思っている。

 内容のない文章で申し訳ないが、私にとってはとても大きな一区切りの1日だった。それなりの時間をかけて構想を練り、企画書に仕上げ、しかもネイティブの方に手伝ってもらって、日本語と英語の二本立ての提案書に仕上がったので、ほっとしているところだ。

 重ね重ね、内容のない記事で大変申し訳ないが、そんなわけで、明日はかなり重労働になるため、この辺で失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2019-10-30 23:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

おっ!私も少しは進化したようだ

Bill Evans Trio - Lucky to be me
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 頭がクタクタで、午後8時半を回った。本当は、ゴロンと横になりたい気分だったが、何とか歩きに出ようと思った。

 玄関を出るときに、いつもだと聴きたい音楽を選んで出発するのだが、今日は違った。

 なんと、「セールスレターの書き方」という動画を再生し、音声だけを聴くことにした。ちょうど今、産婦人科向けのダイレクトメールを準備しているので、封筒から中のチラシの記述内容をあれこれ考えている。私にしては珍しく音楽ではなく、まさにそのセールスレターをどのように書くかを学びたいと思った。これまでにれこれストックしていた資料から選ぶことにした。

 動画は2本あった。片道のコースで最初の1本を聞いた。なるほど、なるほどと、とても参考になった。続けて2本目の音声を聞いてみたが、1本目とは別の方だった。迫り方が明らかに「儲かりませ」という感じで、完全に収入や売り上げ最優先のアプローチ手法だった。正直に言って、違和感を感じたものの、プロの方のセオリーを少しでも学ぼうと思い、最後まで聴いた。

 かなり脳内に、ダイレクトメール手法の営業戦略について、具体的なイメージが固まりつつある。1回に発送するのは100カ所ぐらいだろうか。反応を見ながら次の100カ所という感じで展開していきたい。

 アメリカ方式の流行の、ダイレクトマーケティングという手法は、何年も観察してきているが、どうやら頭打ちから衰退の方向のようである。私は、長年のたうち回った経験を生かし、独自の手法を実現したいと思っている。自分でも期待している。

 本当に珍しく、音楽を聴いて黄昏ることなく、仕事に直結する音声を聞くなんて、少しは進化したのだなぁ、という実感があった。この調子だ、もうひと息だ、と自分を励ましている。


 今日も仕事の合間に、国内外の動きを知りたくてブログ・徒然なるままにを開いてみた。インテリジェンスの学術的世界では、陰謀論は排除して考えるそうだ。しかし、アメリカにおける、しかも元大統領や、公的な機関が関与したといわれるおぞましい事件を目にし、単なる陰謀論なのかどうか私には知る由もないが、もしこれが現実に起きていることだとすると、さすがの私でも強い厭世観に襲われてしまう。

 以下は、その記事を要約抜粋させていただくが、閲覧要注意である。本当に気分が悪くなる話である。しかし、もし本当にこれが現実の出来事だとすると、油断のできない時代になったものだと、暗鬱な気持ちになる。

 本当に、閲覧はお勧めしたくないのだが、それほど時代が悪化し極限値に近づいているのだという認識は、持つ必要があるのかもしれない。私自身は、善人ぶるわけではないが、齢を重ねるごとに少しずつではあるが、過去の自分の行いや考えを反省し、なるべくまっすぐの道を歩もうと努力している。しかし現実には、いろいろな人たちが存在するので、人は人、私は私なのではないだろうか。

【ブログ・徒然なるままにで読んだ】閲覧注意情報
■アリゾナ州で発覚したもう一つの大スキャンダル : 日本や世界や宇宙の動向 2019/10/29 12:54

 少し前にジェフ・エプステインが性奴隷目的で子供たちを人身売買し自らも子供たちに性的暴行を加えたり生贄にしていたとして逮捕され留置されましたが、留置所内で自殺したと報道されました。実際は彼はまだどこかで生きています。しかも彼と共に犯罪を繰り返していたビル・クリントンを含む政治家らは逮捕されていません。

 今回、発覚したのは、カリフォルニア州に本部?がある児童保護サービス機関が子供の人身売買を行ってきたこととアリゾナ州のマリコパ郡の判事補佐官もエプステインと同じようなことをしていたとして逮捕されたそうです。米国の児童保護サービス機関(虐待された子供たちを保護する機関)は保護された子供たちを養子縁組させるとしながら、実際は人身売買を行っていたことが明かになりました。判事補佐官も逮捕されたけど、死んだことにしてどこかで生きているようになるのでしょうか?

最も被害を受けているのが罪もない子供たちです。親から虐待を受けたことで保護されても、次に待ち受けているのは人身売買と赤の他人の大人たちからの性的虐待です。本当に恐ろしい限りです。
中国のウイグル人や法輪功や政治犯らに行っている虐殺や臓器摘出と同じようにおぞましい事です。
しかしこのようなことがメディアで報道されることはないでしょう。

 以下の情報により、米国の政治システムがいかに腐敗しているかが分かります。大スキャンダルを隠蔽するために3人の議員が殺害されていました。デイブ・ホッジズ氏とリサ・ヘイブンさんがこのことについて語ってくれています。

 以下は省略させていただくが、詳しく知りたいと思われた方は、引用元の以下の記事をお読みいただきたい。

*引用元・徒然なるままにの該当記事


 日本国内や世界の変化をできるだけ視野に入れ、その変化を予測しながら、私なりの着地点を探し求めたいと思っている。

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by hirune-neko | 2019-10-29 23:56 | 心の中のできごと | Comments(0)

もしかして峠を越えつつあるのだろうか

Bill Evans Trio - What is there to say?
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 珍しく、夜の8時台に猛烈な眠気に襲われた。どうにもならないので、仮眠することにした。相前後して、連続した激しい咳が出たため、またまた喘息が何かと、少々不安になった。1時間少し眠った後、このまま横になっていたのではジリ貧だと思い、歩きに出ることにした。

 不思議なことに、足が非常に軽く感じ、しかも早足で歩くことができた。途中からは、ジョギングに切り替えられるのではないかと思うほど、全身が軽かった。しかし、今の私には走るなど無謀なことで、心肺に過大な負担をかけてしまい、救急車を呼ぶはめになるのが目に見えている。したがって、自重しながらマイペースで片道2500歩のコースを歩き始めた。

 お利口さんの時は、歩きながらセミナーか語学学習の音声ファイルを聴くのだが、そこまでは快復していない。誰の演奏を聴きたいかと自問したが、ビル・エヴァンスを聞くことにした。不思議なもので、その時々のメンタリティーによって、聴きたい音楽が異なるものだ。

 歩きながら、時々単発的に咳込んだが、何とか治まった。この体調不良に負けていられないぞ、という闘争心が体内から徐々に湧き上がるのを感じている。それ自体は良いことだと思う。呼吸のたびに、ほんの少しだがむせるような感じはある。しかし、大筋では快復に向かっているのだろうという実感がある。

 仕事の合間に、今日もインターネットのブログやサイトを訪問した。内外のいろいろな情報を見聞きしたが、改めてインターネットの影響力を実感している。以前は、主要な全国新聞、テレビやラジオを支配下に置けば、世論形成は容易に行われたのだと思う。しかし、昨今では新聞やテレビしか情報源としていない方々がどんどん高齢化し、当然のことだが絶対数が先細りである。

 その逆に、特に20代から30代の世代の人たちは、インターネットを駆使し様々な情報源から、リアルタイムの、しかも深層情報を自由に表現している情報源を広く視野に入れている。そのため、新聞やテレビがどのように報じようが影響を受けず、実態についてはかなり醒めて洞察しているようだ。逆にその報道機関の背後関係を冷静に類推しているのではないだろうか。

 そのような空気が伝わっているせいかどうかは知らないが、民主党時代の元総理・鳩山由紀夫氏が新党を立ち上げる構想を公表したようだが、現役の政治家は一人も参加しなかったと聞いている。あるブログでは、その共和党なる新党の基本綱領を詳細に分析し、ほとんどが日本共産党の主張に酷似していると述べていた。年々、日本では、いわゆるプロパガンダ活動による印象操作や世論誘導は、効果を失いつつあると実感している。

 以前から、韓国の情勢が気になっている。日韓関係や米韓関係、あるいは北朝鮮との関係だけでなく、韓国国内の現政権に対する批判的な動きも気にかかっている。文在寅大統領は、かなり窮地に追い込まれているという意見が多い。あくまでも素人判断ではあるが、このまま失脚すると裁判にかけられ、下手をすると北朝鮮との関係などを根拠に、最悪の場合は死刑判決を受けることになるのではないだろうか。そこで、今の窮状を乗り切るための突破口として、反日行動をさらに激化させ、日本との交戦状態を作る、いわゆる有事状態を目指すことを懸念している。

 たまたま、行橋市の市議会議員である小坪しんやさんのブログを読むと、その懸念についてかなり詳しく意見を述べていらっしゃる。私ごときのような、スパイ小説や映画を好む一般人とは違い、かなり情報源をお持ちだと思うし、分析力も鋭いと思う。文末にそのブログ記事をご紹介するので、興味がおありになる方はぜひご一読いただきたい。

 何度も何度も同じことを申し上げるが、個人やあるいは自分の家族で、どのような自衛策ができるかを真剣に考え、実行に移すのが最も賢明な方法だと考えている。最悪の事態では、まるで地震発生のようにある日突然やってくるものだろう。そうなると、スーパーやコンビニの店から商品が消えるだけでなく、外出そのものも危険になることが考えられる。あまり想定したくはない状況ではあるが、その可能性はこの最近の韓国情勢の変化によって、徐々に高まっていると考えるべきではないだろうか。

【行橋市 市議会議員 小坪しんやさんのブログ】
(1)戦争の始まり方を予測、安全な地域と退避方法の考察

(2)戦争が近いという覚悟。遠くない未来、国土が戦火に焼かれる危険性について。

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by hirune-neko | 2019-10-29 01:12 | 現実的なお話し | Comments(0)

我ながら呆れている〜まるで病床ブログ日記のようだ

Bill Evans Trio - B Minor Waltz (For Ellaine)
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 昨晩は比較的眠れた方だと思う。それでも何度も目が覚めた。

 今朝は、鼻づまりがひどく呼吸が苦しかった。それと、深い咳が出て、喘息ではないかと思うほどだった。深く呼吸をできず、酸素が脳に回らない感じがあったので、とても不安だった。やはり今日は家で安静にしようと思ったが、他に誰もいないので体調が崩れたら、救急車を呼ぶしかないとまで思い詰めていた。

 午前中から夕方にかけて、ほとんどの時間は横になり、iPadを片手に色々と調べたり考えたりした。そのおかげで、全身症状はそれなりに改善した。このところ連日、体調がすぐれないため、本当にまるで病床ブログ日記のようになってしまっている。そんな文章を読まれる方にとっては、決して愉快なものではないだろう。しかし、現実をありのままに書いているので、どうしてもそのようになってしまう。

 脳内であれこれ反芻する時間が十分にあったので、ようやくマーケティング戦略の全体像が見えてきたように思う。これまで、何年にもわたってダイレクトマーケティングやセールスレターの書き方など、かなりいろいろな資料をため込んでいる。改めてどのような内容のデータが保存されているか、確認してみた。まずは基本設計図を書き、最終的にはダイレクトメールで送る資料を試作してみたい。

 営業用の手紙やメール、資料などは、そのまま捨てられてしまう可能性が高いと思う。しかし、表現の仕方次第によっては、興味を持っていただき、開封してもらえると期待している。開封して最初の数行を目にされた時、さらに興味がわきその先まで読んでもらい、最終的には最後まで読んでいただく、という戦略的な提案資料になればいいなと思っている。それがおそらくは、セールスレターのエッセンスだと思っている。

 私の場合は、長年にわたって、ほぼ飛び込みの営業をしてきた。知人を頼るという手法も有効かもしれないが、飛び込んで感性に訴え、説得する手法を基本に考えている。

 今日送られてきた、有料セミナーの案内メールを読んで、深く共鳴した表現があるので、少々長いが以下に紹介させていただく。

【案内メール】
(引用開始)
 時は、1984年・・・
 日本の電話通信は、電電公社(現NTT)による独占事業。1つの会社が日本の通信を牛耳っていました。

 そんな中、京セラで一躍有名になった、稲盛和夫さんは参入を決め、30万人の電電公社に対し、第二電電(DDI)を設立し立ち向かった。周囲からも「稲盛さんはセラミックスの分野では優秀な技術屋かもしれないが、電気通信の技術については何も知らないじゃないか。できるわけがない」と言われた。

 しかし、稲盛和夫さんは「京セラが成功したのは、私の技術が優秀だったからだとか、時流に乗ったからだとか言われるけれどもそうではない。フィロソフィ(哲学)があったからなのだ。通信について、私は技術も何も知らない。あるのは哲学だけだ。・・・」

 そして、みなさんご存知の通りそれが今や、auという押しも押されぬ大きな会社になっています。
 そして、その哲学による、“動機”が優れていたから。通信が一社の独占で行われていて、高い料金で国民が苦労しているのを見て「これはけしからん!」という気持ちがあったからです。

 自分が儲けたいとか、称賛されたい・・・そういう“動機”ではなく、日本の消費者、「みんなの為に」という大きな“動機”で動いたから、ということなんです。稲盛さんは、日本人のために第二電電(現KDDI)を創業した。セラミック製の人工関節を世界中の人に届けたい。世界中にとどけるという“動機”を持ったから京セラは成長した・・・
(引用終了)


 長い引用になってしまったが、引用文中の「フィロソフィ(哲学)があったからなのだ」という部分に、深く共鳴した次第だ。

 しかしながら、だからといって、この有料セミナーに参加するというのは、私にとっては別問題である。そこがセールスレターの難しいところなのだろう。

 これまでの16年間の絵本製作という経験を活かし、なんとか興味を引き、さらには説得力のある提案書を仕上げたいと思っている。

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by hirune-neko | 2019-10-28 01:32 | 心の中のできごと | Comments(0)

病的なほどのクシャミと鼻水に苦しめられた1日だった

Astor Piazzolla __ Leonora 's Song

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 朝からクシャミと鼻水が止まらない一日だった。いろいろ試したが、なかなか改善しない。そんな中で、鼻うがいを試みたら、鼻の奥に刺激を感じたものの、しばらくは効果が続いたように思う。このらま楽をしてしまうと、ジリ貧になってしまうと考え、夜の9時ごろから連続5千歩を歩きに外出した。今日一日の累計歩行数は7千歩を超えた。

 歩きながらいろいろ考えた。誰の人生にも、きつい上り坂があるだろうし、障害物に行く手を遮られることもあるだろう。しかし、そのような時であっても、一歩一歩、集中しながら前進するうちに、心・精神の筋肉が少しずつが鍛えられるという実感がある。

 昨今は、いろいろと新しいマーケットが広がっているようだ。私はヘソ曲がりなのか、売れればどことででも提携するという考えは無い・ ・ ・あらあら、日本語を話して音声変換しているのに、突然英文に変換されてしまった。一体これは何なのだろうか。

 残念ながら、一日の間で戦略的な構想について深く考える時間は限られている。やはり、電話やメールでの問い合わせが入るし、やり残している案件があるため、どうしてもそれらが優先になってしまう。今日は土曜日だったので、比較的時間を確保できるはずだったのだが、連続するクシャミと鼻水のため、残念ながらあまり進展はなかった。唯一、頭の中であれこれ思い巡らせることができた程度である。

 夜、歩きに出る前にブログの冒頭に紹介する音楽を何にしようか、あれこれ迷った。ビル・エヴァンスから始まり、ピアソラを聴いてみた。普段は、自然にメロディーが思い浮かぶのだが、今日は全くダメだった。一曲ずつ聴きながら、今日の心理状態に共鳴する音楽を探したのだが、とうとう見つけることができなかった。今こうして、文章を作成しているが、いつもとは順番が逆で、文章が終わってから選曲しようと思う。

 明日は外出する予定だったが、人の中でくしゃみや鼻水が連続してしまうと、周りの皆さんに迷惑になるので、自宅内で静養する予定である。

 毎日何度か、国内外の動きを把握するため、ブログ・徒然なるままに、にお邪魔している。相変わらず、韓国の政治・経済・外交、それに加えて国内の一般国民の皆さんの不安や不満、さらには近隣国からの韓国に対する、決して親和的ではない言動を知るにつけ、韓国の行く末がますます心配になっている。

 私が心配したところで、何がどうなるという事はないのだが、今後の情報提供のあり方について、韓国情勢、日韓情勢をテーマに、研究を進めたいと思う。

 歩き始めは涼しかったのだが、終盤は汗ばんだので、帰ってすぐに入浴を済ませた。今のところ、鼻水・クシャミともに落ち着いているので、横になることにする。

 停滞、低迷の時期を過ごしているが、突破口を虎視眈々と狙っている。

 ときに、野生のチーターは時速100キロ以上で走ることを、最近知った。ペットにしたいと思うぐらい可愛く感じるのだが、とんでもない肉食動物のようだ。でも、飼い馴らせたらいいなと、アホなことを考えてしまった。

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by hirune-neko | 2019-10-27 00:36 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日は、選曲すらできずに迷っている

Sarah Vaughan: Autumn In New York
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 こんなに何も出てこない日は珍しい。いささかは下品な表現ではあるが、言葉の便秘症状である。しかも、午前0時を回ってしまったとなっては、もう寝なくてはと気持ちばかりが焦っている。

 そんな時は無理せずに、何も書かずに寝ればいいではないか、という気持ちもある。しかし、毎日、日記のようにブログ記事を書くようになって、もう何年になるだろうか。すっかり習慣化しているので、やはり何か書かないで1日を終えるのは、いささか罪悪感を感じてしまう。

 今日は、ずっと何かをしていた。何かに没頭していると、頭の中に何もイメージが残っていない。それで、何も言葉が出てこないという悲惨な症状になってしまっている。

 このように、言葉の便秘の話をされても、それを読まされる方にとっては苦痛この上ないであろうと思う。まずはお詫び申し上げる。

 気温がかなり下がり、今日は雨も降っていた。もうすっかり秋の気配である。ふと、「ニューヨークの秋」という曲を聴きたくなった。YouTubeで調べてみたら、結構いろいろなアーティストが演奏していることがわかった。一応は、サラ・ヴォーンと暫定的に決めたのだが、気が変わるかもしれない。

 長男のFacebookを覗いてみたら、デュッセルドルフからフランクフルトに行き、どうやら今日帰国するらしい。確か先月は、アメリカとメキシコを往復してきたはずだ。特にメッセージは入れず、一言だけ「東奔西走人間」と書き残しておいた。今年で何歳だろうか。43歳だったように思う。

 私自身も、30代から40代の頃はかなり頻繁に、アメリカとヨーロッパに行った。しかし、長男の場合は当時の私と違って、明らかに具体的で実務的なミッションを背負い、大きな会社の担当者として海外を飛び回っている。私の時と比べれば、はるかにプレッシャーとストレスが大きいだろうと思っている。海外で雇用している人数が、膨大な数になっているらしく、いわゆる本格的なグローバル経営の形になっているようなので、大変だろうと思う。

 こうして、4人の子供たちの生き様を見ていると、それぞれが私自身の感性や気質を受け継いでいると実感している。長男はいわゆる国際ビジネスマン。次男は職人気質のアーティスト。三男は、完全に医学の道だ。一番下の娘は、舞台芸術の分野で独創的な世界を作り始めている。それぞれ、私自身が自分の中に持っている何かを受け継いでいると感じている。

 私はどういうわけか、サラリーマン経験をしていない。ゼロから立ち上げ、ゼロから新しい商品を創り、ゼロから顧客を開拓してきている。当然のことながら、とても長い時間がかかっている。しかし、他の企業が真似をしにくい、ユニークな展開になっていると感じている。目下は、最大の課題であるマーケティングに悪戦苦闘している。あくまでも独自の理念や手法を曲げず、付和雷同せず、事大主義にならず、しかも今後の社会動向の急激な変化をも視野に入れて、ただ単に売り上げを上げるのではなく、少しでも多くの方々の役にたつことを目指そう、という気持ちである。

 そうそう。今日はいささかみっともない思いをした。救急体制が充実した、ある大きな総合病院で出産をされた方から、絵本の申し込みがあった。文章の種類は「天使版」を選んでいた。しかし、アルバムページ用の3点の画像を見ると、ご家族やおじいちゃんおばあちゃんに囲まれて、赤ちゃんがちゃんと抱っこされている。何か勘違いをされているのではないかと思い、何度か電話したがつながらなかった。すると、今日その方から電話があった。着信履歴を見てのことだ。

 私は、電話をした理由を伝えた。すると、出産した翌日に赤ちゃんが亡くなったと言う。

 「立ち入ったことをお尋ねしますが、救急体制の整った立派な病院なのに、一体何があったのでしょうか?」と質問してみた。すると、予定よりも少し早く破水し、病院側が赤ちゃんに感染症が発生するといけないので、慎重に様子を見ることになったそうだ。検査の結果、お母さん自身が何かに感染し全身症状がおかしくなったそうだ。赤ちゃんの心拍などには異常がなかったそうなのだが、最終的には医師の判断で緊急に帝王切開で出産することになったという。しかし、出産時に赤ちゃんの鳴き声が聞こえないので不安に思っていたら、仮死状態で生まれだそうだ。そしてそのまま亡くなったという。

 再現すると長くなるので要点だけ書き残すが、私の方がすっかり打ちのめされてしまった。何か慰めの言葉を伝えたいと思ったのだが、口から出たのは、私自身の経験だった。

 次男の出産直前に家内が水疱瘡に感染した。出産直後から、次男の体には発疹が出て、そのまま入院することになった。夜通し保育器の中の次男を見守る私の前で、いきなり呼吸が止まった・ ・ ・当時の情景を思い出し、お母さんがどれだけ辛い気持ちが理解できることを伝えた。私の長男は、感染症専門病院に転院させられ、肺炎を併発したが4週間で退院した。とても悲惨な経験だったが、その次男が今この絵本を作っているのだ、と伝えた。

 最初は、淡々と私の経験を伝え、そんなに多くはないが、天使版の発生の都度、どのように対応しているか、つまりそれぞれに状況が違うので、電話をして亡くなった赤ちゃんに伝えたい言葉を聞き、それを本文に組み込んでいると伝えた。

 簡単に説明するなら、恥ずかしながら、私は何度も言葉に詰まり声が上ずってしまった。明らかに少々涙声になってしまった。しかし、そのお母さんはとてもしっかりしていて、力強い口調で話をしてくれた。つまり、私が子供を亡くした当事者で、お母さんが精神カウンセラーであるかのように、しっかりした口調で私の相手をしてくれた・・・すっかり逆の立場になっていたのである。

 ああ、北海道の女性は強いなあと、改めて感慨深く思った次第だ。

 そういえば思い出した。まだ20代の頃だったと思うが、アメリカのある家族を訪れた。その女性は娘さんを私に紹介してくれ、この子の赤ちゃんがプールに落ちて溺れて死んだ、と説明してくれた。何がどうしたものか、その時私はとっさに嗚咽してしまったのである。次男のことを思い出したからに違いない。

 アメリカ人の感覚では、男が人前で泣くのはみっともない、恥ずべきことだ、というのが通説である。つまり、私はアメリカ人から見たら、男のくせに人前で泣くような、女々しくみっともない男性なのである。

 今日電話で話したお母さんから見れば、いくら天使版の文章を書いている作者であっても、いささか涙もろすぎるのではないか、といぶかしく思われたのではないだろうか。

 うっかりすると、今日の電話でのやりとりは忘れ去られるところだった。

 すっかり長くなってしまったが、このように、心を痛めている方との会話を通して、心に届く文章を書き、少しでも力づけることができれば、というのが自分の使命だと再認識した次第である。

 天使版が発生する件数は極めて少ない。しかし、そういう方々こそが心のケアを必要としているのを、理解しているつもりだ。

 先日も書いたが、今の私にとっての大きな課題は、自分で産んだ赤ちゃんを他人の夫婦に差し出す、そのようなお母さんのための「養子版」の文章の完成である。一体どのような状況ならば、妊娠して中絶せず、子供を産むが自ら育てず、他の夫婦に手渡すことになるのだろうか、つかみどころのない、想像を超える現実世界がそこにはある。したがって、そのような方の心理状態を理解し、文章にするなどというのは、正直言って非常に難しい。しかし、なんとか完成させたいと思っている。

 さらっと終わるつもりでいたのだが、なんだかかなり長文になってしまったようだ。これから推敲してアップし、休むことにする。では、これにて失礼させていただく。

 私の本質は、涙もろく女々しい日本男児なのだろう。それはそれでいいではないか・・・と居直っている。

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by hirune-neko | 2019-10-26 01:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

アハハ、とりあえずは三日坊主で中断した

Bill Evans - Remembering the Rain
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 今日で4日目のウォーキングのはずだったが、あえなく陥落し、三日坊主で中断してしまった。もちろん理由はあるのだが、あれこれ説明しても言い訳になるだけなので、やめておこうと思う。ただ、毎週木曜日には製本所を往復するのだが、今日は色々と重なってしまったので、無理はしないことにした。おまけに、割と強い雨が降り出したので、それも私の足を引っ張った。・ ・ ・あらあら、やはり言い訳を始めてしまった。

 さて、今日ばかりは頭の中が真空状態であり、何を書いていいのか、さっぱり思い浮かばない。一日中ずっと目先の案件処理に追われていたため、脳内で何か考えるということが全くできなかった。そんな日もあるだろうと思う。

 選曲にも迷ってしまったが、雨にちなんで冒頭の曲を選んだ。最近は割と、Bill Evansの演奏を聴く機会が増えている。高校生の頃から聴いているので、かれこれ半年・・・じゃなかった、半世紀になろうとするのに、一向に古さを感じさせない演奏で、とても不思議に思っている。

 これまでに何度も書いているが、私が個人的に思いついたファミリー・インテリジェンスという考えは、世界中の誰も目を留めていない分野だ。それに加えて、神学的インテリジェンス、という考え方も思い浮かんだのだが、ネイティブの人に言わせると、直訳英語のシオロジカル・インテリジェンス(Theological Intelligence)という言葉は、文法的には正しいが、そんな言葉はないと一笑に付れてしまった。笑

 ということは、私はかなり異端の人間なのだろう。どう思われようが、それは全然構わない。付和雷同したり、大多数のグループに迎合したり、はたまた事大主義と称して、勢力のある人や組織に追従する事は全く視野にない。

 その、神学的インテリジェンスだが、最近の急激な世界情勢の混乱、暴動、テロや戦争の記事を読むにつけ、やはり何やらこの時代の終焉が近づいているのではないか、という感じを持ってしまう。そう感じる人が増えているのではないだろうか。

 そこで、神学的視点から見ると、キリスト教で旧約時代から言われている「主の再臨」という言葉が思い浮かぶ。英語ではセカンド・カミング(Second Coming)と言うらしい。それにしても、この地上には一体どれだけの種類の宗教があるのだろうか。キリスト教ひとつとっても、宗派の数は膨大なのだろうと思う。個人的にはあまり興味がないので、どんな宗派があるかは調べていない。

 仮に、ある日創造主が天から降ってきて、地球を統治する、ということが起きたら、世の中はどのようになるのだろうか。私の想像力では、全くイメージが浮かばない。今現在ある、国家、政治、経済、外交、軍事などが、どのように変貌するのだろうか。想像自体はできないものの、大変興味を持って注視している。

 ただ、個人的な見解を言わせていただくなら、あらゆる資産や地位・名誉等は、おそらく大部分が塵(チリ)に埋もれてしまうのではないだろうか。

 最近、大型チェーン店の大規模閉店のニュースを、複数目にしている。昔から言われることだが、大きな船ほどすぐに舵を切れないので、つまり方向転換が機敏にできないので、そのまま間違った方向に流されてしまう、ということが現実に起こっているような気がする。しかし、浅学非才な私には、どのような業態が生き残れるか、については分かるはずもない。

 しかし、ひとつだけ確信を持っていることがある。これまでにも、何度か書き残しているが、目に見えない領域、手で触れることのできない領域、すなわち心の中とか、精神領域、あるいは人格という領域に蓄えているものは、いかなる状況にあろうとも、ちゃんと存続すると思っている。

 では、そのためには何をすればいいかとなると、これもやはり人間にはそれぞれ感性や感覚、境遇や経験の違いがあるため、一概に言う事は難しい。しかし、私なりに考えているのは、私心や私利私欲を捨て、慈愛の心を持ち、人の苦難を理解し、できる範囲の手助けをする、というような発想が、最終的には目に見えず、手で触れることのできない領域に、宝を積むことになると考えている。

 ずいぶん以前に、「迷える子羊の教会」と言う短編作品を書いた。おそらく、私に最も合った職業は、この作品の主人公のように、どこの教団にも属さず、文字通り生きることに迷っている人たちが、しばしの休息を得て、そこから人間の完成に向けて再出発する・・・ただ単に、そのお手伝いができればいいなと思っている。まさか実際に、教会を作るような事はありえないが。

 現時点では、キリスト教系の聖書や書籍しか読んでいない。ユダヤ教はどう違うのか、イスラム教の教えはどんな内容なのか、ということにも興味はあるのだが、キリスト教だけでも膨大な数の宗派があり、その違いすら把握していない。したがってあまり欲張らず、自分の感性や心に受ける促しのままに、その領域は自分なりに極めていきたいと思っている。

 ここ最近は、ブログ記事のテーマを決め、YouTube動画を選んだら、後は今こうしているのと同じように、iPad Proに向かって語りかけている。もちろん誤変換はつきものだが、視力の落ちた目でキーボードを叩くよりは、はるかに早く文字にしてくれる。私のように、年齢が進んでも、携帯デバイスを手放せない人間にとっては、とてもありがたい機能である。

 あらら、午前1時を回ってしまった。しかし今日はもうすでに入浴を済ませている。この記事をアップしたら寝床にまっしぐらである。

 新たな台風が接近しているようなので、第19号の経験を忘れず、無事安全にお過ごしいただきたい。それでは、これにて失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2019-10-25 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

とりあえず、なんとか三日間は続いた

Charles Aznavour - L'amour c'est comme un jour
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 三日続いたのは、連続5千歩のウォーキングである。夜になると、もう涼しい気候になってしまった。しかし、連続で5千歩を歩くと、終盤には汗ばんでしまう。毎日のウォーキングと、甘いものを遮断する習慣は、確実に血糖値を下げるということを学んでいる。そんな事はずいぶん前から承知していたのだが、脳内ストレスに負けて、ついつい甘いものに手が出てしまう。あれこれ試験的に試してみたが、龍角散のどあめは、比較的血糖値には影響が少ないと体感している。

 いずれにしても、私自身の仕事は序盤の終盤に差し掛かっている。決して簡単な課題ではないが、あれこれ考えて動き出したいと思っている。

 昨晩は突然思い立って、本当に久しぶりに短編作品を書いてみた。フランス人女性歌手の歌に触発された形だが、作品内でフランス人女性をイメージして書いたせいか、今日はフランス語の歌を聴きたいと思った。行き帰りずっと、バルバラの歌を聴いた。私にとっては、フランス語の響きがとても耳に心地いい。大学の時以来、フランス語を学ぶ機会は全くなかったが、これからもないだろうと思っている。・・・本当かな?

 20代の頃から聴いているシャルル・アズナヴールは、やはり情感が豊かで心に伝わってくるなと再認識している。

 ふと自分の年齢を意識すると、いい年をして一体何を考えているのだろうと思うことがある。何度も書いたが、まるで寿命というのが自分とは無関係であるかのように錯覚し、かなり長期的な構想を描いてしまっている。早世の家系に生まれたので、私自身もそんなに長くは生きられないという強迫観念で生きてきた。

 今日など、アップルの電話サポートを受けたのだが、新しいiPadのため、文字の拡大や反転の設定をする前の、画面の判読が非常に困難で、とても時間がかかってしまった。サポートの方は、きっとイライラしただろうと思う。

 ゼロックスのレーザープリンターを使うように言われ、1台あてがわれた。現在は、インクジェットプリンター2台とiMacを接続して使用している。Wi-Fi接続である。ゼロックスのレーザープリンターも、同様にWi-Fiで接続しようと思ったのだが、電話サポートにお願いしたところ、液晶画面の文字が判読できない状態だった。申し訳ないので、日を改めることにした。

 最近は、少々自らの老化に関する話題が多すぎて、反省している。なるべく、はつらつとした元気な文章書くように心がけたいと思う。

 せっかく、良い習慣が根付きかけているので、なるべく早く床につきたいと思う。今晩はこれにて、失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2019-10-24 00:54 | 心の中のできごと | Comments(0)

創作「ロンドンに雨が降る」〜 Il pleut sur London

Sylvie Vartan - Il pleut sur London
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 フランスのカレーを出航したフェリーは、イギリスのドーバーに向かっている。パリを、そしていろいろな想いが錯綜しているフランスを離れたい一心で、気がついたら船上の人になっていた。船室の人混みを避け、甲板後部の手すりに身を預け。ただぼんやりと水平線を眺めていた。少し雨模様だったが、頬を伝う涙が目立たないだろうから、このまま到着までの残り1時間ほどを過ごそうと思った。

 今朝、会社に電話して、家族に事故があり、しばらくは故郷のブルータニュに滞在しなければならないので、急なことで大変申し訳ないが、退社させていただきたいと告げた。

 ブルターニュでのことが思い出される。小学生になったばかりの兄が急死した。小さかった妹の私には、兄の死の経緯は何も知らされなかった。しかし、その兄の死を境に、両親の関係が急速に悪化した。言い争い、ののしり合い、無視の中で、私は独り取り残された。

 離婚はしなかったが、父にも母にも不自然な不在が交互に続いた。家庭とか家族という言葉が空虚に思えた。夫婦や親子という人間関係にも、冷え切って干からびた抜け殻のイメージしか持てなくなってしまった。

 厚く暗い雲の中を飛行する小型機のように、何も明るい兆しを見出せなかった私は、中学校を卒業し、高校に進学したが、ブルターニュを逃げ出すようにパリの大学に入学した。学費は両親の合意で、送金は卒業まで続いた。

 恋愛をテーマにした、あらゆる映画、小説、舞台作品には、「所詮は作り物」という空虚感しか感じなかったので、興味は持てなかった。何か専門技術を身につけ、生涯の生活の基盤を確保することを最優先した。語学が好きだったので、母国語のフランス語に加え、英語とスペイン語を必死に学んだ。アルバイトで少し蓄えができると、ロンドンを訪れ、実際に英語体験を積んだ。

 あの頃もこのフェリーに乗り、フランスとイギリスを往復した。何度もロンドンを訪れた。恋愛や結婚に対する期待も希望もなく、ただひたすら外国語を学び、通訳者や翻訳家を目指した。当時の私には、少なくとも視線を前方に向けて前進する気力があったのを、懐かしく思い出している。

 どれぐらい時間が経ったのだろうか。ふと視線を前方に移すと、対岸が迫っているのが見えた。見馴れたドーバーの港が懐かしい。


 ドーバーからロンドンへは、バスで向かった。窓際に座った私は、窓に顔を向け続けた。なんの計画もなく、まるで緊急避難のようにパリを逃げ出してきた自分に苦笑した。ある種の非常事態であり、明日以降の予定も計画も何もない。車窓を流れる大粒の雨の跡が、まるで私の心をそのまま映しているように感じた。


 ロンドンの街は何も変わっていない、昔のままだった。安堵感に背中を押されるように、傘をさしながら何も考えず歩き始めた。

 テムズ川の河畔でふと足を止めたとき、不意に、セーヌ川沿いに一緒に歩いた情景が甦った。手をつなぎ、いろいろな話題に時を経つのも忘れた。哲学の話題だったり言語学の話題だったり、唐突な冗談で吹き出したり・・・ポン・ヌフという名の橋まで来たとき、「ポン・ヌフの恋人たち」という名の映画についても解説してくれた。

 あのときの私は、自分の人生に、生まれて初めて建設的な動機を感じていた。恋愛や結婚という言葉についても、何か誤った辞書を引いていたのだと思えるようになっていた。

 立ち止まるのは止めよう。過ぎ去った思い出が次々と湧いてくる。とにかく歩き続けてみよう。どこまでも歩いてみよう。私は再び雨の中、ロンドン市街を歩き始めた。

 なるべく雑踏の人たち、店のウィンドウ、建物の景観に注意を向けようとした。しかし、過ぎ去った情景や感情が、次々と洪水のように押し寄せてくる。せき止める努力は無駄だと悟った。

 昨晩、決して見てはいけないシーンを見てしまった。あの瞬間に、私は以前の私に引き戻されてしまった。何か別のことを考えようとしても、昨晩、この目で見、耳で聞いたシーンは、生涯にわたって忘れることはできないだろう。

 突然、車のクラクションの音で我に返った。赤信号なのに、交差点を渡ろうとしていた。交差点で点灯している信号の色に、普段は感じない何かを感じた。赤・黄・青・・・「止まれ」・「注意しろ」・「進め」・・・そのとき、信号機が私に、人生の大切な教訓を伝えているように感じた。

 そうか、信号の色には「止まれ」・「注意しろ」・「進め」しかないんだ。「後ろを振り返れ」という色の信号はないんだ。そうだ、人生も同じなんだ。取り戻すことのできない過去を、いつまでも振り返り、悔やんだり恨んだりしても、何も建設することはできない。

 また車のクラクションが鳴った。気がつくと、私は交差点の真ん中で立ち尽くし、自分の世界に埋没してしまっていた。手を挙げて注意しながら、ゆっくりと交差点を渡った。

 文字通り、現実に引き戻された私は、自分が何をすべきかをはっきりと認識した。バッグから携帯電話を取り出すと、会社の上司に電話した。事故があったのは実家の隣の家族だったのに、私に間違った伝言が届いてしまい、動転してしまった。明日から普通通りに出勤できる・・・と伝えた。

 ほんの少しの間があったが、承諾してくれた。上司は勘の鋭い人間なので、私の言い訳を見抜き、寛容に黙認してくれるだろうと思った。

 このまま雨の降るロンドンに別れを告げ、ドーバーからカレーに帰ろう。パリに着くまでには、私自身も心の脱皮を終えて、新しい自分を生き直すことに集中しよう。・・・前進してさえいれば、いつかまたセーヌ河畔を、一緒に手をつないで散歩してくれる男性が現れるかもしれない。

 亡くなって久しい兄が、「やっぱりお前はフランス女だよ」と苦笑している姿が目に浮かんだ。私自身も、思わず苦笑してしまった。雨は心なしか、弱まっているように感じた。


【創作メモ】
 数日前に、この、シルヴィー・ヴァルタンが歌う、「ロンドンに雨が降る」〜 Il pleut sur Londonを初めて聴いた。好きな作品と出会うのは、何よりも至福の瞬間である。この歌が収録されているアルバムが欲しいと思い、探したのだが、アップルでもアマゾンでも見つけられなかった。そこで、YouTube動画で探したら、冒頭のロンドン市街のバージョンを見つけた。専用ソフトでダウンロードし、何度も何度も聴いた。そのうちに、失意のフランス人女性が、雨のロンドン市街を歩いているシーンが思い浮かんだ。そして、その女性の、これまでの人生とこれからの人生が重なり合い、かなり具体的なイメージになった。本来は、創作に時間を割ける余裕など無い日常なのだが、この失意の女性の感情を再現したいと思い至った次第だ。もちろん即興なので、完成度は高くないと思うが、いつか短編作品集を出版する機会があったら、推敲し直して収録したいと思う。どういう訳か、心に残る切ない曲想である。

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by hirune-neko | 2019-10-23 00:40 | 創作への道 | Comments(0)

10月21日は父の命日だと気付いた

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Bill Evans Trio - What is there to say?

 母の命日は、確認しないと分からない。父の死に目には会えず、遺体安置室で対面することになった。父は、息を引き取る直前まで、私がまだ来ないのか、と言っていたそうだ。何か伝えたいことがあったのだろうと、今になって思う。私にとって、初めての家族との別れだった。18歳か19歳のときだった。

 その後、祖父が他界し、次いで数年後には祖母が他界した。母は、反応がなくなったという連絡を受けて、飛行機で駆けつけたのだが、言葉を交わすことなく、翌朝目が覚めると、荒い息づかいが止まっていた。父は45歳で亡くなり、母は倍以上生きて94歳だった。ん?92歳だったかもしれない。

 アルベール・カミュが、その作品「異邦人」の冒頭で「今朝、ママンが死んだ。昨日だったかもしれない」と表現し、フランス文学界に衝撃を与えた、と何かに書かれていたのを思い出した。

 家族とはいえ、人間の集合体だったので、いろいろなことがあった。子ども心に、いくつかのシーンを今でも憶えている。家族間で、いろいろな確執があったのは事実だ。もちろん死後の世界など覗いた事は無い。しかし、死後の世界があるとすれば、父母や祖父母が揃って私を見下ろし、心配そうに見守ってくれているような気がする。そこにはもう、確執などは存在していないだろうと思う。

 今日は、夜の早い時間から歩きに出た。幸いに、足裏の痛みは見事にピタッと止まった。しかし、さすがに病み上がりの足なので、歩き始めは両足の筋肉が固い感じがして、思うように足が伸びなかった。足の裏で地面を蹴るような感じも弱かった。しかし、折り返し地点から戻り始めた頃から、徐々に足の筋肉が柔らかくなるのを感じた。連続で5千歩を歩いてきた。

 今日は、歩きながらBill Evansの演奏を聴いた。聴きながら、自己分析をするように自分自身のことを、極力客観的に見てみようとした。確か、Bill Evansの作品の中に「自己との対話」と言うタイトルの曲があったと思った。しかし、探してみたところ、それは曲名ではなくアルバムのタイトルだった。続編もあるようだ。

 毎日、目先の仕事に追われてばかりだが、たまには自分を客観的に見て自己分析し、自分と対話してみることも必要だと感じている。そんな時間を過ごしていると、改めて自分自身がどこにも帰属せず、ある意味ではやはり無国籍人間だなと、再認識するに至った。

 帰りがけに、二か領用水路のおそばにあるセブンイレブンに入った。入り口にあるマガジンラックに立ち寄り、最後の1部だけ残っていた夕刊フジを手に取った。一面のトップ記事は、「文在寅政権の末期・内部の裏切りと逃亡」というような内容だったと記憶している。ある記事には、「文在寅大統領〜国際的な孤児」という表現もあった。一見すると他国の情勢ではあるが、いろいろな形で日本に対して影響を及ぼすだろうと、個人的には考えている。懸念材料の多い憂鬱な状況である。

 かなり以前、ブログでなかなか歩く時間が取れないと書いた。すると、ブログ読者の方から、ご親切に、歩けない時に股関節を鍛えるというテーマの、YouTube動画を3種類送っていただいていた。さすがに、歩く歩けないだけではなく、全身の筋肉や内臓、眼、歯と歯茎・・ ・ 結局は全身を鍛える時間を確保しなくてはいけないと思い始めている。そこで、今日にしてようやくそのYouTube動画を観てみた。なんとか真似てみようと思っている。・・・が、もう手遅れだろうか。

 今日も大粒の雨が降り始めている。台風がダブルで発生していると聞いているが、コースは把握していない。自然災害やテロ、そして戦争など、あらゆる可能性を孕んだ東アジア情勢なので、本当に先が読めない。仕事にしても、一体どんな業種が生き残れるのか、見極めが難しい時代になっていると思う。

 自分との対話を続けながら、心に感じる促しや閃きも大事にして、方向を誤らないようにしたいものだ。

 今日の音楽のタイトルは「What is there to say?」である。日本語ではどのように訳するのが良いだろうか。おそらく「なんと言えばいいのだろうか」が、まぁ適役訳なのではないだろうか。

 本当に、なんと言ったらいいかわからない昨今である。・・・では、今晩はこれにて失礼させていただく。

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by hirune-neko | 2019-10-22 00:47 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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