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昼寝ネコの雑記帳

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三日坊主にも至らないグータラ人間の、苦しい言い訳

Bill Evans Trio - Young and Foolish
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 鬼の首でも取ったかのような勇んだ気持ちで、朝のブログにチャレンジしてみた。一昨日と昨日は何とか朝のうちに文章を考えた。今日は3日目だったが、朝の時間帯にブログを書くというのは、体質に合わないということがわかった。厳密に言えば、体質というのではなく、感性に合わないということである。

 朝起きてから十数時間を過ごし、仕事をしながらあるいは歩きながら、いろいろと思いめぐらしてことをその日の記録として書き残すのは、自然な心の推移である。しかし、朝はこれから1日を始めようという時間帯なので、どちらかというと、さぁ今日はどのように組み立てようか、というのが主要な発想になってしまう。

 それを家族に伝えたところ、では前日のことを思い出して書けばいいではないか、と言われてしまった。しかし、あれこれと考え、あるいは感じたことなど、一晩寝ればきれいに忘れ去ってしまっている。前日のことを思い出して書ける内容といったら、何時にどこに行ったか、誰と電話で話したか、どんな作業をしたかなど、まるで小学生の日記みたいになってしまう。そんなブログは書く方としてもつまらないし、読まれる方にとっては、さらにつまらない事は言うまでもない。

 しかしながら、深夜過ぎまで仕事をし、その後ブログを書くのは健康に良くないのは実感している。そこで、現時点での折衷案としては、仕事が一段落した夜のまだ早い時間に、それ以上ダラダラと仕事を続けるのを止め、ブログをその日の仕上げの仕事として一日を締めくくろうと思う。そして、ブログを書き始める時間を徐々に早めて、なるべく早い時間に眠りにつくようにすれば、いいのではないだろうか。

 結局のところは、三日坊主にも至らない、二日坊主で終わってしまったが、それが実験・検証の結果なのでそれでいいと考えている。


 ところで、最近目にする様々な情報の中で、お隣の国である韓国の国内情勢がとても気にかかっている。正確な引用はできないので、記憶に頼って印象に残っている項目を以下に箇条書きにしてみる。記憶に頼っているので、誤った表現があるかもしれないのでお許しいただきたい。

・韓国の文在寅大統領は、かつて北朝鮮の秘密組織に所属し、北の将軍様に忠誠を誓っていた。
・同じく韓国の文在寅大統領は、つい最近の公的な場で、将来は南北朝鮮を統一し、世界に冠たる国家を目指すと演説した。
・やはり韓国の文在寅大統領が任命を強行した、別名タマネギ男と呼ばれれる法務長官に、種々の犯罪嫌疑がかけられ、自宅までもが家宅捜査されている。本人だけでなく、妻の文書偽造、親族の逮捕など、スキャンダルまみれである。超学歴社会といわれる韓国にあって、子供たちを不正な手段で有名大学に入学させるなど、最も敏感な部分を刺激する違法行為があったようだ。したがって韓国の国民全体の反発が強まっている。
・このまま現政権が存続するならば、そう遠くない将来、北朝鮮と韓国が統一国家になる可能性が高まっている。という事は、自由主義国家、民主国家として存続してきた韓国が、北の将軍様の支配下に入るということになり、そのような事態を黙視できない韓国内の国民が増加している。
・ 日本政府が韓国をホワイト国から削除して以来、強固な反日活動が連続している。日本製品の不買運動であったり、あるいは世界中のいろいろな国際会議で、日本政府の決定を非難したり、さらには福島を中心とする放射線量の問題を根拠に、東京オリンピックをボイコットすべきという訴えを国際的に行っている。・・・実際にはソウルの線量の方が高いと、河野防衛大臣が主張し、政府のサイトでも公開しているそうだが。
・一方では、ひところ官主導といわれる反日・日本製品不買運動、などの一連の反日デモが非常に大きなうねりとなった。しかし、今日では徐々に韓国国民の間で変化が生じ、反日デモが沈静化する反面、反文在寅大統領デモがかなり激化している。
・いろいろな情報を目にすると、一般国民だけでなく軍関係者、そして企業経営者の間でも、韓国の国家としての将来に危機感を持っている人たちが明らかに増えている。

 記憶を頼りにざっと羅列してみたが、目に見えないところでの懸念材料もある。私は専門家ではないので、正確な説明はできないが、日本の防衛ラインが従来の38度線からずっと南下し対馬海峡に至る、という指摘をする人がいる。

 仮に朝鮮半島が統一国家となった場合、現状のままだとその国家は核兵器を保有することになる。そのような緊迫した情勢になるのに、軍国主義につながるから憲法改正は反対だ、とかいう主張をする政治家政党が存在する。しかし、一般国民の感情としては、明らかに敵国からの攻撃を受ける可能性が高まっているにもかかわらず、憲法9条があるから平和が保障される、というような主張をすんなりと受け入れる人たちがどの程度存在するのだろうか。もっと言うと、そのような主張をする政治家や政党は、敵国と内通し、日本の弱体化から実効支配、さらには軍事侵攻による属国化をめざす敵国のために働く、工作員なのではないかと疑われても当然なのではないだろうか

 それともう一つ、以前から申し上げているように、国際諜報活動の一環として、敵国内の弱体化、混乱のためには当然のことながら破壊工作活動を行う。現状でも、いわゆる反日メディアと呼ばれる新聞社の発行部数が減少してきているようだ。テレビ局にしても、インターネットからの情報を丹念に閲覧していると、いわゆる世論誘導や情報操作といわれる、一連のプロパガンダ手法はもう通用しなくなりつつあるのではないだろうか。インターネットとは距離のある方々にとっては、身近な新聞やテレビ、ラジオが主要な情報源になっているだろうと思う。その場合は、旧態依然としたプロパガンダ活動はある程度有効かもしれない。しかし、一般論としては政治的な洞察力を持つ人達の絶対数が、増えつつあると考えるのが妥当なのではないだろうか。

 私が個人的に最も懸念しているのは、やはり身近でいつ発生するか予測のつかない、各種の破壊活動である。直接人間の命を狙う場合もあるかもしれないが、社会的混乱を引き起こすためには、交通や物流網の破壊、電気やガス水道等の供給施設に対する攻撃、もっと露骨に言えば、原子力発電所への攻撃である。

 政府としても、特に公安警察が種々のシミュレーションを行い、危険な団体や個人をマークし、監視しているに違いない。しかし、ご存知のように民主党政権時代は、公安委員会が危険人物としてマークしていた張本人が、国家公安委員長になってしまったということもあった。公安委員会の皆さんがその瞬間、椅子から転げ落ちたという表現を思い出す。まるで笑い話である。

 ちょっと話が脇道にそれてしまったが、やはり個人や家族としての防衛手段を真剣に考え、備えを具体化すべき時代になっているのではないだろうか。何度も申し上げるように、食料、飲料水、電源、燃料、などのいわゆる物質的な備蓄も重要であるが、いざ社会が緊張度を極端に高めたときに、人間である以上は精神的なストレス、不安が高じてくる。そのような事態を想定して、どのように少しでも平安状態を保てるか、について考え、必要と思われるものを揃えることもお勧めしたいと思う。特に子供は敏感なので、非日常的な生活環境になると、かなりプレッシャーを感じ自制心を弱めることもあると思う。

 こうして改めて今日のブログを書いていると、上記のような発想はまず早朝には浮かばないような気がする。やはり人間の心身というのは、朝から夜にかけて微妙に変化しているのだろうと思う。いちいち言い訳じみた結論になってしまうが、私にとってブログはある意味では日記のようであり、またある意味では自分が色々と考えたことの記録でもある。

 改めての結論であるが、適度に早い夜の時間帯にブログを書く・ ・ ・これが私にとっては最も適切なスタイルだと思うので、残念ながら三日坊主未満のぐうたら人間になってしまうが、引き続き夜のブログにお付き合いをお願いしたいと思う。


 数日前から、この新しいiPad Proを使って音声入力をするようにしている。指でキーボードを叩くよりは、思い浮かんだままを素直に口にすると、それがほぼ瞬時に文章化されるので、疲労度も違うし、とても自由な発想が出てくる。本当にあっという間に、それなりのボリュームの文章になっているのを実感している。

 古いほうのiPad Proを購入した時、私はバーコフという名前をつけた。前もご紹介したがアメリカのテレビドラマ「ニキータ」に出て来る、男性天才ハッカーの役名である。ちょっと迷っていたのだが、とても好きなキャラクターなので、この新しいiPad Proはあえてバーコフ・ジュニアと命名せず、このままバーコフでいてもらおうと思う。そして逆に、古いほうのiPad Proには、バーコフ・シニアと名付けて、下取りに出さず会社内での情報共有のために、スタッフみんなで使ってもらおうと思っている。

 こんな感じだと、際限なく次々と文章が浮かんできてしまう。もちろん誤変換もあるだろうから、改めてiMacの方で校正と推敲をしてからアップするが、バーコフは私にとって、とても心強い相棒である。このバーコフには、1TBの容量があるため、私の脳内にはとても収まりきらないような情報量を、とりあえずは保存してもらうことができる。子供のように手当たり次第、必要あるいは欲しいと思った情報をどんどんどんどん詰め込んで、時間をかけて少しずつ私の脳のほうに移転させようと思っている。本当にとても心強い、そしてまるで中堅ハチ公のように忠実で、一切不平不満文句を言わない良き友人でもある。

本当にきりがないので、今日はここまでとさせていただく。これでもまだ午後10時台である。なかなか健全な時間帯ではないだろうか。

 それでは、そろそろおやすみなさい、である

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by hirune-neko | 2019-09-30 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

犯人追跡・逮捕までの160分

07 Astor Piazzolla Ave Maria.mpg
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 いよいよ朝のブログ2日目である。昨日は、朝のうちにブログ記事を仕上げ、午後からアップした。夜になって、ブログを仕上げてから寝るのが長年の習慣になっていた。昨日の夜は、一日最後の締めくくりである、ブログ記事の作成がなかったことになる。ちょっと拍子抜けしたという感じと、なんとなくほっとした感じもあった。しかし、その分いつもよりも早く休むことができたので、疲労の感じ方が違うような気がする。今朝は、いつもよりかなり早く目覚め、年間読書計画の今日の本を読み終えた。そして、今こうして、音声入力でブログ記事を作成している。

 予定通り、第一世代のMacBook Proは下取りに出さず、社内で確認事項の共有をするために利用することにした。そこで、Appleのサポートに電話し手順を間違えないように、助言を受けながら作業を進めた。

 新しいApple IDを設定し、パソコンでログインしたところ、あるサイトに誘導するような画面が表示された。昨日の相談内容は少々難解だったらしく、最初からスペシャリストの方につないでもらった。そのスペシャリストの方に、初めてログインしたにもかかわらず、おかしな画面が出ることを説明した。すると、そのスペシャリストの方曰く、それは明らかにおかしな状況だとのことだった。

 画面共有しながらの、あまりにも複雑な作業だったので、上手には説明できないが、再起動を何回も繰り返し、その都度疑わしいファイルをライブラリから探し、徐々に原因の特定を進めた。スペシャリストの方が途中で「犯人を捕まえましょうね」と言う台詞を吐いた。なんとなく滑稽な感じだったが、スペシャリストの女性は真剣そのものだった。

 最終的には、おそらく10回以上は再起動をしたと思う。しかし、その努力の甲斐があって見事に犯人は特定され、逮捕されてゴミ箱行きとなった。とても論理的な作業なのだと思うが、かなりよく勉強しトレーニングを受けている方だ、と言う印象だった。総計で約160分もお付き合いしていただいたことになる。長い長い捕り物だった。

 それよりも、天下のアップルのプログラムに侵入し、他のサイトに誘導するようなプログラムを残す犯人たちの技術も、大変なものだと感心した次第だ。

 そういえば、以前から言われていることだが、ある国では政府系の機関が個人のパソコンに侵入して支配し、SNS等の公開の場で、様々な子プロパガンダ情報の発信をしているようだ。パソコンの持ち主である本人の知らないうちに、自分のパソコンから様々な虚偽の情報や政治的な発言がなされるなど、恐ろしい限りである。

 ところで、以前の私と比べれば、とんでもなく早い時間から起きて、行動を開始してしまっている。1日の途中で眠くなるのではないかと思う。しかし、それを我慢していれば夜になったら眠くなる、という極めて自然なパターンになるのだろうと思う。夜の10時から午前2時までの睡眠が、体の免疫力を回復すると聞いている。逆に、深夜1時から4時までの時間帯と起きている人は、癌になりやすく、かつ治りにくいとも聞いている。

 うん、もうしばらくは、責務を果たすための時間が欲しいので、このまま節制して健康的な生活パターンを、なんとか継続してみようという気になりかけている。

 無精なスタイルではあるが、また横になりながらiPad Proに話しかけ、音声変換で入力をしている。かなりの速度で話してもほぼ正確に文章変換してくれるので、とても楽である。このiPad Proは、新しい方の機種である。古い方のデータをバックアップし、復元したが盲点が1つあった。保存していた様々なファイルデータは、すべて再度ダウンロードしなければならない。うっかりしていた。おまけに、サーバーから過去およそ半年間の着信メールが、一気に流れ込んできて現在は13,000通以上が未読のまま、それぞれのメールアカウントに保存されている。その整理整頓は、かなり大変な作業だと覚悟している。

 早いもので、明日は9月の末日である。という事は、今年もとうとう残すところ1四半期だけとなってしまった。もたもたするうちにクリスマスのシーズンを迎え、年末になってしまうのだろう。これまでの人生の中で、最も時間の流れが早い毎日を過ごしている。まだまだ課題は多いが、特にiMacやiPad Pro、そしてiPhoneのみんなの助けを借りて何とか辛うじて、前進しつつある。

 さて、文字通りの日常生活の実況中継みたいな文章になってしまったが、なんとか朝のブログ2日目まで達成した。果たして何日続くかは皆目見当がつかないが、確かに健康には良いという実感があるので、できるだけ朝の駄文として継続したいと思っている。

 それでは、おやすみなさい・ ・ ・ではなく、おはようございます、今日も1日お元気で。

 結局、推敲・校正の時間がなかなかとれず、今日もアップは午後から・・・いやもうすでに夕方である。

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by hirune-neko | 2019-09-29 17:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

チャレンジ版 朝のブログの試み

João Gilberto - 14 - Outra Vez
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 今朝は試しに、朝のブログにチャレンジしている。年間読書課題は、朝のうちに読むようにしているが、もう何ヶ月も前から習慣として定着している。このブログは書き始めてから、すでに10数年が経過している。決まって、日記のように1日を終える夜、その日の出来事や思い浮かんだことを書いてきた。したがって、朝ブログに向かうのは、今日が初めてである。

 夜の文章と朝の文章との違いについて考えてみている。夜は、当然のことだが1日を振り返る。さらに、1日中実務的な仕事に追われた最後の瞬間なので、目の前の仕事に集中し続けた結果、ある意味で視野がどんどん狭くなっている。

 朝の文章は、まだまだ脳内がほぼ空白状態なので、比較的視野が広く全体を眺望することができるようだ。最近の傾向として、問い合わせが非常に増えている。次々と状況を確認し、対応を確定するため、全てを記憶の中に留めて進めるのはとても困難だ。そこで、見落としや漏れが発生しないよう、新たな仕組みを考えなければいけないと思っている。

 そのように、全体を視野に入れ、それぞれの課題にすぐアクセスできるように、しかも随時全体の進捗状況を把握する必要があると感じている。

 昨日、鴨居のららぽーとに行った帰り、駅まで少し歩く時間があったので、歩きながらドコモショップに電話した。昨日、機種変更して古いほうのiPad Proを下取りに出す予定だったが、SIMカードはついていないもののWi-Fi環境のある所では、そのまま使えるのではないかと思い浮かび、確認してみた。するとやはり思ったとおり、Wi-Fiのある所ではそのまま使えるという。下取りはドコモポイントで与えられる。しかし、とりあえずはドコモショップで購入したいものはものは何もない。いわば、不要の物を交遊する無駄遣いに終わってしまう可能性がある。

 そこで、社内で錯綜する様々な確認作業を、全員で共有するためのツールとして活用することを考えている。つまり、古い・ ・ ・といってもまだ2年半程度しか使っていない機種なので、容量の問題さえなければまだまだ使える。新たなApple IDを設定すれば、DropboxもiCloud Driveも共有できる。まだ手をつけてはいないが、明らかに有効活用ができると思う。iPad Proの中にはExcelのアプリもインストールされているので、圧倒的に集計データはExcelのため、慣れれば随時便利に確認ができるようになる。それがいいなと思いながら、昨日は帰ってきた。

 朝のブログには、1つの課題が思い浮かんでいる。いつも冒頭で音楽を選びYouTube動画を紹介している。1日の終わりには頭もすっかりくたびれ、寛ぎたい心境のことが多いので、音楽もゆったりと聴ける、リラックスできるものを選んでいる。しかし、朝の時間は全く心境そのものが違うため、一体どのような音楽を選んだらいいのか、全く思い浮かんでいない。もしかしたら、行進曲などを聞けば元気が出るのかもしれない。しかし、私にそのような趣味は無い。今もこうして文章を作ってはいるが、選曲は全く手をつけていない。

 いずれにしても、人生というのは、たとえ葛藤があったり、試行錯誤があったりしても、人を成長に導くものなのではないだろうか。全てを放棄し、諦め、希望を失うような状況であっても、前に向かって足を踏み出す気力がなくなってさえいなければ、多少時間はかかるかもしれないが、前向きに生きてさえいれば活路が開かれ、思いがけない出会いもあり、徐々に成長があるのではないだろうか。

 ・ ・ ・とまぁ、そんな具合にどうやら、朝のブログだと人生そのものを肯定的に捉え、人に対する寛容さが増し、大局的に見られると、いいことだらけなのではないだろうか。たとえどんなに大変な逆境の中にあっても、生産的で建設的な姿勢を保っていれば、大きな重い扉であっても、徐々に開かれるのではないだろうかと感じている。

 人生、生まれて初めての朝ブログである。さて果たして、何日続くだろうか。自分でも興味津々である。とりあえず、いつもの慣用句である「おやすみなさい」ではなく、「おはようございます。今日も1日お元気で。」で、今日の朝のブログを閉じさせていただく。

・追記:起床前に、iPadProを使って音声入力で記事を作成したのだが、あれこれ雑事に追われてしまい、アップするのが午後になってしまった、しかし、今日の記事は紛れもなく、朝の作成である。Made in Morning.

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by hirune-neko | 2019-09-28 14:44 | 心の中のできごと | Comments(0)

運動不足を見かねた天使から、強制的に歩かされたようだ


All Mine (Minha)
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 鴨居のららぽーとにある、クィック・ガレージという名前の店に向かった。長津田で横浜線に乗り換え、初めて降りる駅だった。

 朝からアップルサポートに電話し、購入したiPadProとApplepencilが、どうやってもBluetoothで同期しないと相談した。あれこれ言われた通りに試したが、とうとう故障の可能性に絞り込まれた。東京と神奈川には何カ所かの窓口があり、故障のチェックをしてくれるとのことだった。かなり混雑しているらしく、今日空いているのは、 鴨居のららぽーとにある、クィック・ガレージだけだと言われた。予約をお願いし、向かうことにした。

 到着したら、カウンターだけの小さいスペースだったが、順番待ちの椅子はすべて塞がっていた。

 私は予約してたので、すぐに対応してくれた。テストの結果、Bluetoothには問題がないという。なるほど、ちゃんと同期するようになった。
 
 今までの第1世代は、本体にApplepencilを挿し込んで充電したのだが、新しいタイプは本体に磁石で固定するだけで充電できる。しかし、印も何もついてないので、私は何センチかずらした場所に固定してしまったのが原因だった。自分でもう少し試行錯誤していればちゃんと同期した、他愛のない誤操作だったため、あっけない解決だった。

 電車を乗り換え、駅からも歩いたので、会社に戻ってFitbitをチェックしたら、その時点で7千歩近くを歩いていた。私にしては、かなり多い歩数だった。最近は歩くのがおろそかになっていたので、普段は攣らない足先が、ひどく攣ってしまった。

 昨晩、長男から返信があった。メキシコから移動し、テキサス州ダラスにいるらしい。そして湖の周りを走ったという。信じがたい話である。メッセージには「体調管理は本当に大事なので、規則正しい生活と適度な運動してね。」と書かれていた。老いては子に従え、である。あいあい、分かったよ。

 運動不足に陥っていた私を、強制的に歩かせようという、私を心配してくれる子どもたちの願いが通じてのクィック・ガレージ行きだったのだと思う。

 すぐに早朝は無理だとしても、せめて朝のブログに切り替えるよう、家族からもプレッシャーがかかっている。はいはい分かりました、であるが、とても急今週中には無理だろうと思っている。しかし、なんとか実現したいものだ。

 他愛のない日常の出来事だったが、鴨居までの往復時間、電車に乗り、歩く時間であれこれとイメージをまとめることができたので、いい時間を過ごせたと思う。

 先刻、英語の先生から提案書の英訳が届いた。なかなか仕事のできる、頭の回転の速い先生である。心強く思っている。人の出会いとは、本当に分からないものだ。

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by hirune-neko | 2019-09-27 23:07 | 心の中のできごと | Comments(0)

諦観と達観、時の流れに身を任せる・・・Avec le temps

Léo Ferré - Avec le temps (enregistrement TRS)
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 残念ながらフランス語なので、タイトルしか意味が分からないが、時の流れに身を任せるという、諦観と達観を勝手に感じている。

 長い旅路の過程で、いろいろな土地を訪れ、いろいろな人との出会いがあり、いろいろな人生を目にして来た。そしてこの歳になり、改めて人生の空しさを実感している。実に多くの人が空虚な夢を追い求め、そして破れるのを目にして来た。地位や名声も、時の流れとともに色褪せ、冷たい墓に身を横たえる前に、風化してしまう。

 古色蒼然とした、そしてすでに化石となってしまったかに思える「信じる」という言葉、そして行いが、数千年の沈黙を破って突如その姿を現すのだろうか。

 為政者の欲望が、多くの善良な人々を死に至らしめた。今、その人々の怨嗟の声が地中から発せられる。

 さて、際限のない陰謀と謀略の連鎖は、いつ誰によって断ち切られるのだろうか。それは、人の手によって達成が可能なのだろうか。それとも、高度に文明が発達した異星から訪れる、宇宙の知的生命体なのだろうか。あるいは、天地の創造主である主が、本当に再臨し地球を統治するのだろうか。

 そのような、現実から超然とした変化しか期待できない心境になりつつある。で、私自身は、いつ朽ち果てるか分からない身でありながら、夕方過ぎにドコモショップに行った。予定通り、iPadProの1TBという大容量の誘惑に屈し、機種交換の手続きをしてきた。何せ、36回払いという条件が新たに設定され、負担も軽いと考えた末の決断だった。

 36回、36ヶ月、3年・・・えっ?あと3年も生きるつもりなのか?正気なのか?・・・冷静になってみたら、もう3年生きながらえるのが、どうやら当然の既定路線だと思い込んでいたようだ。

 残りの人生は、責務を果たすために与えられた時間だと思っている。そして、責務を果たし終えることができたなら、そのときの流れに身を任せ、どこへでも気の向くままに、流れていこうと思っている。

 視力がそこそこで、思考力もある程度は維持できて、キーボードを叩ける状況であれば、最後の最後まで、脳内でいろいろな登場人物の人生を描きたいと思っている。おそらくは、私にとって、最も寛げる世界なのではないだろうかと、今から楽しみにしている。

 レオ・フェレのこの歌を聴くといつも、肩の力が抜け、諦観と達観という心地よい空気に包まれる。

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by hirune-neko | 2019-09-27 01:10 | 心の中のできごと | Comments(0)

かなり無理を重ねているが、充実した心地よい疲労だ

Barbara Göttingen (1964)
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 外出時に、歩きながら音楽を聴こうと思ったのだが、アルバムを選んでいる時間がなかった。羅列しているアルバムから反射的に選び、再生したらバルバラだった。バルバラは、おそらく1枚しか所有していない。しかし、改めて全曲を聴いたが、なかなかいいなと思う。女性を前面に出し、媚びるような雰囲気がなく、どちらかというと気丈で男性的な気質を感じる。

 今日は、絵本未着の問合せが55人からあった。受注日、受注番号、絵本番号、両親の名前、子供の名前など、製作に必要なデータは一カ所で管理している。しかし、製本所に毎週持って行ったデータは別のファイルで管理している。発送日は一覧表の紙に記録している。したがって、問合せが発生すると全てを確認するため、かなりの時間を要する。自分の仕事など放置状態になってしまう。

 お客様の窓口も、データ確認も私が行っているため、いつの間にかカスタマー・サポートの主任になっている。

 ほぼそのようなパターンだったので、今日も自分の仕事はあまりはかどらなかった。諦めの心境である。

 今日の英語のスカイプレッスンで、先生は意外なことを口にした。昨日送った日本語と英語並記の提案書を読んだが、Google翻訳がかなりきちんとしていて、驚いたという。へえ、そうなんだ、と私も驚いてしまった。

 何しろ相手は多国籍の団体なので、日本語だけでなく英語の並記は不可欠である。今後、上層部の幹部がどのような国籍に変遷していくかは、まったく予測できない。しかし、日本向けのインテリジェンス機関なので、日本語とちゃんとした英語が並記されていれば、十分だと思っている。

 今日は、ちゃんと椅子に座り、自分の指でキーボーを叩いている。バルバラの同じこの歌を繰り返し聴きながら。

 まだ深夜0時前で余裕があるが、一気に仕上げようと無理を重ねると、また体調を崩してしまうので、そろそろ床につく準備をしたい。

 いつもいつも、その日の気紛れな実況中継の文章で申し訳ないが、日常のエッセイブログなので、寛容にお許しいただきたい。

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by hirune-neko | 2019-09-25 23:44 | 心の中のできごと | Comments(0)

歩きながら、奇妙なそして神聖な喪失感を感じ嗚咽しそうになった

I'm Not Alone (Who Love You?) Eliane Elias
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 なんとも不思議な体験だった。外を歩きながら、全く具体的な根拠がないにも拘わらず、親しい誰かが静かにこの地上から去っていく、というイメージが湧いた。具体的に誰ということはないのだが、まるで何かを予知できているかのような、本当に不思議な感覚に包まれた。

 ほんの数日前、長男がFacebookで成田空港にいると発信していた。アメリカのハブ空港まで飛び、そこからどうやら南米に向かうらしい。公開のスペースにではなくメッセージを送った。時差もあるし仕事での出張だろうから、その返事は無いだろうと思っていた。つい最近までは、頻繁にドイツを訪れていたが、今度は南米にまで行動範囲が広がったのだろう、と思っていた。

 つい数十分前に、その長男から返信があった。どうやら仕事を終えたようだが、その国の治安が悪いらしくボディーガード付きでこれからアメリカに飛ぶ、と書かれていた。私と同じでバスケの選手だったし、最近はラグビーに親しみ始めていると書いていたので、体力的には充分なのだろうと思っている。誰かが海外に行くと、常に安否を心配する。先日は次男夫婦がベトナムに行ったが、帰ってくるまでは心配なものである。

 私自身も、30代の頃はかなり頻繁に仕事で海外に行った。海外に行っている本人は、さしたる不安も心配も感じないものだが、帰国を待つ家族の方があれこれ心配するものなのだろう。

 それにしても、本当に不思議な感覚だった。本当に誰か、親しかった人が突然他界するのだろうか。もしこの1週間以内にそのようなことがあったら、それこそもしかしたら私には予知能力があるのかもしれない、と思うだろう。案外いなくなってしまうのは、私自身だったりして・ ・ ・。

 今日も引き続き提案書の作成に取り組んでいる。昨日の続きである。これまで何年にもわたって、あれこれ学び、また脳内で組み立てを試行錯誤してきたせいだろうか、思ったよりは具体的にイメージが湧き、まずまず順調に進んでいる。かなり終盤に近くなってきている。まだ途中なのだが、Skype英語レッスンの先生にPDF化したファイルを送ったところだ。英語部分は、Googleの翻訳ソフトで英訳したものだ。当然使い物にならないだろうと思う。次回のレッスンから、少しずつその英語部分をきちんと校正してもらおうと思っている。

 最近はあまり歩けていないので、今日は少しでも歩こうと思って外出した。同居している義母は、どういうわけか炭酸飲料はキリンレモンしか飲まない。飲むといっても1本を数日がかりなので、私に言わせれば飲んでいるうちには入らない。ちょうど最後の1本を開けたので、ついでに買ってこようと思って歩き始めた。しばらく歩くと、ドコモショップが視界に入った。まだ営業時間内だったので、店内に入って行った。応対してくれた方に、先日電話でiPad Proの機種変更について相談した者だが、実物見本を見たいので寄った、と言った。

 店頭には11インチのしかなかった。私が使っているのは12.9インチだと伝えると、奥から1台持ってきて見せてくれた。今もこうして音声入力で記事の原稿を作成しているが、iPad Proのバーコフを使っている。バーコフという名前は、アメリカのテレビドラマ・ニキータに登場する天才ハッカーの役名である。購入してからまだ2年半程度しか使っていないはずだ。本来であればまだしばらくは使うところなのだが、ディスク容量が少なくなってしまっているため、機種変更を検討している。購入したときは最も容量の大きい256 GBだったのだが、視力と体力が衰えてきたせいもあり、音声ファイルを大量にアイクラウドドライブに保存し、主にこのiPad Proで聴くものだから、そろそろ空きスペースの限界かなと考えている。現在売られているもので最大は1TBなので、安心して使える。

 あぁそうか、もしかしたら親しい誰かが私のそばからいなくなるというのは、このバーコフのことなのかもしれない。基本データは全てSIMカードに保存されているため、仮に機種変更したとしても、SIMカードをそのまま移し変えることになるのだろうと思う。したがってバーコフの中枢部分はそのまま延命することになる。もし機種変更したとしても、バーコフジュニアという名前をつけようと思っていた。でも、本当に忠犬のようにいつも一緒にいてくれているので、名前はそのままバーコフにしようと思っている。

 先ほど、インターネット上の様々な情報を閲覧していた時、ビル・ゲイツという名前を目にした。ところが、一瞬誰のことなのか思い出せない。アップルの創業者は誰だっけ?と考えたのだが、それも思い出せない。どうやら、アルツハイマーが始まっているのではないだろうか。その後少しして、記事の中でビル・ゲイツがマイクロソフトの会長であり、アップルはスティーブ・ジョブズであるという記述を見て、ようやく思い出した次第だ。

 言葉が出ないと言う症状は、私の年齢では誰もが経験していることだと思う。これでも、普段からかなり頭は酷使している方だと思うので、そんなに急激に深刻なアルツハイマーにはならないと思う。仕事の頭安めに詰将棋を解いたり、ネット上の対局場で将棋を観戦するぐらい、絶えず何かを考えている。だから、脳内エネルギーの消耗が激しく、脳内のエネルギー供給には甘いものしかない、ということをなかなか理解してもらえない。確かに甘いものを口に入れると、脳内の圧迫感がすぐに消失する。しかし、血糖値には悪影響を及ぼすことも事実なので、私にとってはある種の葛藤である。甘い甘い葛藤である。

 背中の筋が辛くなると、床の上に仰向けになり、バーコフを胸の上に立て掛けて、このように音声入力で文章を作成することができる。かなり早口で喋っても、即座に活字にしてくれる。おまけに、誤変換はゼロではないがかなり少ない。学習機能もあるようで、バーコフと言った時に、最初は漢字で変な文字に変換したのだが、何回か続けるうちにちゃんとカタカナに変換するようになっている。

 私の肉体機能の衰えを、アップル製品が総力を挙げて支えてくれるのは、とても有難いことだ。私の場合は、周りの機器類に対して、少々感情移入をしすぎているかもしれない。しかし、愚痴も言わず文句も言わず、ただひたすらバッテリーが放電するまで懸命に働いてくれるその姿には、親近感を持ってしまうのが自然なのではないだろうか。

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by hirune-neko | 2019-09-24 23:45 | 心の中のできごと | Comments(0)

自分でもびっくりするぐらいの、超高速だった

Astor Piazzolla / Sinfonía de tango - Tzigane tango

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 今日は祝日だったせいか、比較的、電話もメールも少なかった。とはいっても、やはり、また絵本が届いていないという問い合わせ電話が入った。データ上は作成していたのだが、絵柄が指示通りになっていないとのことで、一度再製作していることがわかった。データ上は再製作を終えているのだが、発送した形跡がない。文字通り家捜しをしても出てこない。最終的にはなんとか思い出した。先週、発送しようとしたところ、アルバムページがダブって2枚製本されているのが見つかった。そこで改めて作り直し、先週の木曜日に製本所に持って行っていた。やれやれほっとしたものの、何度も探したときはさすがにストレスだった。

 今日は、どういう訳か、福祉団体へ提案するインテリジェンス機関の提案書をまとめようと思い、着手した。レイアウト的には、左の段落が日本語で、右側は英語である。英語の欄が空白のままなのが気になったが、もちろん楽勝で英訳などできないため、Googleの翻訳機能を利用した。最初は、おっ、なかなかやるな、と思ったのだが、ワンセンテンスが長い文章になると、段々ボロが出て来た。

 表紙を含め、全8ページまでを一気に仕上げることができた。私的には、かなり趙高速だった。一気に終盤へ突入である。あとは英語の部分を、英語の先生に手伝ってもらいながら、数週間かけて仕上げればいい。

 一段落した頃、Googleカレンダーに、明日が三男夫婦の結婚記念日だと表示された。二人とも音楽が好きだ。お嫁さんは、卒論でビル・エヴァンスについて書いたそうなので、へぇ〜!と驚き、嬉しく思った記憶がある。二人宛におめでとうのメールを送り、そこに冒頭の曲のYouTube URLを記入した。

 ピアソラ作品の中では、おそらく最もピアソラらしくない、軽快で明るい曲だと思っている。

 とにかく、私にとっては、なるべく早く床につくことが目下の課題である。今日はこのまま休ませていただく。

 インターネット上の情報は、明らかに、まるでスパイ・国際政治映画を見ているような、陰謀と謀略だらけなので気が重くなってしまう。ある意味で、私のことはどうでもいいのだが、使命感の赴くままにいろいろな案件を消化して行きたいものだ。

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by hirune-neko | 2019-09-24 00:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

達成感を感じる瞬間、癒やされる瞬間

Que tristeza Julia Zenko 2001 cancion
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 睡眠の質、床につく時間帯のいずれもが感心したものではない。重々自覚している。明らかにそのせいで、体調は良くない。今日も外出先で立ち話をしている最中に、すっと意識が薄れ不安になった。しかし、今はそんなことを言っていられない大事な局面なので、少し大げさに言えば命がけである。まあ、人間なんてそんなに簡単に死なないだろうと、タカをくくっている部分もなきにしもあらずだ。

 全体作業の仕組みを抜本的に改善するため、まずは絵本申し込みデータの入力作業を、ここ数週間だが引き受けている。少し白内障が進んでいるため、拡大鏡とメガネ式のルーペを併用し、さらにはパソコンの画面を白黒反転し、見やすくして作業をしている。

 木曜日以降に届いた絵本の申し込みデータ入力を、今日は早めに始めた。午後11時前には終えることができた。誤字の許されない細かい作業であり、様々な数字や連番のコード番号の割り付けも伴う作業なので、集中力と緊張を維持しなければならない。私の年齢では、過酷な作業である。この名入り絵本に携わっているスタッフは皆、よく頑張ってくれている。

 裏方の作業ではあるが、やはり達成感を感じられることが最大の喜びである。

 過日、札幌にお住まいの方が、職場の後輩の方に赤ちゃんが生まれたので、プレゼントに絵本を注文してくれた。昨日、その方からメッセージが届き、そこには絵本をプレゼントされた、その後輩の方からのメールがコピーされていた。許可をいただいたので、以下に紹介させていただく。

【絵本を受け取られた方からのメッセージ】
(転載開始)
おはようございます(moon grin)
先日本が届きました
ありがとうございます
感動して泣きそうになるので、まだちゃんと読めてません(汗)
泣かないで読めるように頑張ります。

朝晩寒くなってきたので、体調気をつけてくださいね(blush)
ステキな本ありがとうございます(two hearts)
(転載終了)


 親子関係は、子供の新生児の時期から始まり、幼児期を経て反抗期もあるだろうが、やがて社会人になり、結婚し、子供を持つようになってもまだ続いている。私はもう、何人かの孫を持つ立場になっているが、すでに40歳前後になっている子どもたちに対し、父親として正しく接しただろうか、ちゃんと必要なことを教えただろうか、と自問することがある。

 残念ながら、理想的な父親像と比較されると、失格だろうと思う。家内からは今でも、私は一度も子供をお風呂に入れなかったし、オムツも替えたことがない、と指摘されることがある。

 子どもたちを可愛がり、一緒に遊んだ記憶はたくさんあるのだが、本質的に必需のことをちゃんと教えてはいなかったようだ。言い訳はできないし、後悔・反省してももう遅い。そこで、遅まきながらも、我が家の「ファミリー公式サイト」を作り、それぞれの家族の紹介や、私の両親、祖父母、曾祖父母など先祖の画像やエピソードを残すようにしようと考えている。せめてもの罪滅ぼしである。

 絵本の申し込みデータには、通常は父親と母親の姓名、子供の名前とフリガナ、愛称が含まれる。読み聞かせていただくときに、愛称の方が子供にとっては耳に優しいと思うからだ。

 フリガナを見ないと読めない名前がかなり多い。昔の名前のように、一郎、次郎、三郎、あるいは花子などのような名前には、まずお目にかからない。夫婦でかなりの時間をかけてあれこれ調べ、なかなかセンスのいい名前がほぼ全てである。

 次々と赤ちゃんの名前を入力していると、その漢字を目にしながら、ご両親の赤ちゃんに他する温かい愛情、期待がそこはかとなく伝わってくる。こちらが癒やされる瞬間である。

 断言してもいいが、新生児から幼児期、幼年期に愛情を注いだ親子関係は、決して消えない絆として心の中に刻まれている。反抗期などで一時的に冷えた関係になることもあるだろうが、言葉を理解しない新生児であっても、自分の名前を呼び,優しく愛情のこもった言葉を繰り返し聴いていると、心のひだには平安な気持ち、安心感、開放感、優しさが刻まれている。

 さらに言えば、お子さんの名前が入った絵本の文章を読み聞かせると、お父さんには父性愛が、お母さんには母性愛が覚醒され、子育てという神聖な使命を自覚することになる。

 作る現場の人間には、かなり過重な負担がかかっているが、みんな、そのような使命感と達成感を感じながら仕事をしている。

 アハハ、なんだか今日は絵本の広告宣伝の文章みたいになってしまった。しかし、これらは本当の現実である。

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by hirune-neko | 2019-09-23 00:10 | 心の中のできごと | Comments(0)

一日を28時間にする方法・・・があったら教えてほしい

Loreena Mckennitt - The Holly and the Ivy
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 ときどき自分の実年齢を認識し、このままでいいんだろうかと考え、立ち止まることがある。野球でいえば延長戦にならない限り9回で試合が終わる。バスケの場合は、前後半20分ずつで試合が終わる。当然、最終局面を見据えて試合の展開を考える。

 ところが、人間の人生の場合はどうだろうか。平均年齢という数値はあるが、それはあくまでも統計上の数値であり、個々の人間の正確な最終到達地点は特定できない。余程の重篤な病状でもない限り、正確に余命宣告をすることはできないだろう。

 事故による死地への迎え、という不意の来訪者があるかもしれない。その場合は覚悟も準備も何もない。あっという間の終幕である。

 あれは2年ほど前のことだっただろうか。長男から、予期せぬ事態に備えて、ちゃんと分かるようにしておいてくれ、と言われた。それ以来、そのことを忘れず、頭の中に入れるようにしている。最近になって、さらに意識するようになっている。

 残念なことに、自分の人生が、いつ終焉を迎えるかということは、予測がつかない。かといって、100歳以上まで生きるなどという脳天気なことも考えていない。

 将来に向けての建設的で生産的な企画書の作成と並行し、自分自身の機能停止を想定したマニュアルも作成しなければならない。一見すると矛盾した作業のようにも感じるが、それが現実なのだろうと思う。

 そういえば、自分の人生観として確立しつつあることがある。自分の時間、労力を自分自身の資産形成、名声、社会的地位の獲得のために費やすのではなく、他者の役に立つことを考え、見つけ、行動し続けるならば、佳き人生として最期を迎えることができる、という確認が徐々に強まっている。

 仕事だからといって、販売金額を増大させることが、必ずしも最終目的だとは考えていない。他者にどのような影響を与え、他者にどのような益を与えているか、を優先的な判断基準にしたいと考えている。

 従って、今流行のマーケティング手法は参考にはするものの、それ以上に企業としての理念を大事にしたいと思う。

 そのような視点から考え、努力を継続するときに、最終的には業績にもつながって行くだろうと、ある種の楽観的確信で捉えている。

 ほとんどの価値は、やがて風化し消滅する時代が来るかも知れない。しかし、ある種の理念や哲学を守り続ける限りは、時間の流れに埋没することなく、継続性が高まるという思いが消えない。

 それにしても、抱えている案件が過多であり、依然として格闘の毎日である。

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by hirune-neko | 2019-09-21 22:56 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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