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昼寝ネコの雑記帳

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今月も月越しの祭りを終えた

Eliane Elias - That's All
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 毎月、月末の振り込み作業を終えると、ほっとして気が緩む。振込金額を1円でも間違えると、しっかりした会社ほど連絡が来る。それで・・・当たり前と言われればそれまでだが・・・1件1件、かなり神経を張り詰め、集中・緊張して確認と振り込みを繰り返す。いつものことながら、作業を終えると、ほっとして肩の荷を下ろす。ささやかに「月越しの祭り」を祝った。

 これまでも何度か「月越しの祭り」という言葉を使っているが、目にされたことのない言葉だと思うので、ほとんどの方は怪訝に思われたと思う。辞書にも載っていないと思う。見たことのない言葉だと思うので、ほとんどの方は怪訝に思われたと思う。私が勝手に作った名前だからである。オリジナルの言葉は「過越しの祭り」であり、旧約聖書の出エジプト記に出て来る。

 簡単に説明すると・・・私ごときが説明すると、かえって分かりにくくなってしまうかもしれないが・・・エジプトで奴隷の身となったイスラエルの民を、エジプトから去らせてくれるよう、エジプトの王であるパロに願い出たのは、モーセとその兄アロンだった。聖書にも色々な種類があるので、モーセをモーゼと、またパロをファラオと表記する場合もあるようだ。私は口語訳聖書を読んでいるので、モーセとパロである。

 モーセとアロンは、パロの前でいろいろな奇跡を行って見せた。しかし、パロの魔術師もことごとく同じ奇跡を行ったので、パロはイスラエルの民がエジプトを去ることを許さなかった。

 そこで神は、モーセとアロンを通しイスラエルの民に、子羊をいけにえにして、その血を家の入口の柱とかもいに塗るよう命じた。その結果、殺戮の天使は子羊の血で赤く塗られた家の前を過ぎ越したが、エジプト中の家々では、その家の長子が皆死に、エジプト中に嘆きの声が響き渡った。その結果、パロはイスラエルの民にエジプトを出て行くよう言わざるを得なかった。

 これは約3500年ほど前の出来事であり、それ以来ずっとイスラエルの民は定められた時に、「過越しの祭り」を祝っている、というのがあらましである。

 古代イスラエルの儀式や風習が、日本古来の儀式と酷似していることから、日本ユダヤ同祖論という考えもある。神社の朱塗りの鳥居が、当時の「家の入口の柱とかもいを赤い血で塗る」のに酷似しているのも、その根拠のひとつである。

 この「過越しの祭り」は、現在もユダヤ教の教えとなっているようだ。では、イスラエルとユダヤはどう違うのか、と訊かれると、私も自信を持って正確に答える自信がないというのが正直なところだ。ただ、乏しい知識からいくつかを列挙すると、アブラハム、イサク、ヤコブという血筋に関連し、当時は神のことを「アブラハム、イサク、ヤコブの神」と表現することもあった。

 そのヤコブは、名前をイスラエルと名乗るよう命じられ、イスラエルの起点となった。予断だが、「エシュルン」はイスラエルの別名であり、主に忠実な者という意味だそうだ。このヤコブ=イスラエルはある日、天まで届く「ハシゴ」を天使たちが上り下りするのを見た、という記述が聖書の中にある。

 アメリカのNSA(国家安全保障局)が運営する、世界的な大規模通信傍受システムの名は「エシュロン」として知られている。「エシュルン」という言葉は、旧約聖書には確か、ほんの数カ所しか出ていないはずだ。何かで、通信傍受システムの「エシュロン」という名を目にしたとき、「エシュルン」に酷似した名前だとは思ったが、あまり気に留めなかった。しかしある日、なんとなく気になったので調べてみた。すると、「エシュロン」はフランス語であり、その意味は「ハシゴ」だというではないか。

 つまり、ヤコブ=イスラエル=エシュルン=ハシゴ=エシュロン・・・というまことに奇妙な連鎖関係を発見したように感じ、妙に納得した次第だ。

 さて、話題を元に戻すが、ヤコブは4人の女性(ラケル、レア、ビルハ、ジルパ)との間に12人の子どもをもうけた。長子から順にルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ダン、ナフタリ、ガド、アセル、ヨセフ、ベニヤミンの12人であり、これが、いうところのイスラエルの十二支族である。

 これらを包括的にイスラエルと呼ぶようだが、古代に北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂し、その後、主イエス・キリストを十字架につけて殺したのはユダヤ人である、という表現が新約聖書にあるように、イスラエルとユダヤというのは、包括的にイスラエルと呼ばれたり、個別にユダの血を引く一族、あるいは南ユダ王国の血縁者を指すのか、聖書を読んだだけの私には明確な定義ができず、まだ体系的に調べていない。

 ただ、ときどき出て来る表現で、終わりの日には全地に散らされたイスラエルの枝が、一カ所に集められる(イスラエルの集合)という言葉がある。仮にもし、日本人がユダヤ人と同祖であり、すなわちイスラエルから折り取られた枝のひとつであるとしたら、個人的には得心する部分がある。

 すなわち、天皇制という長い歴史を持ち、さらには今回の韓国ホワイト国削除問題で、はからずもいくつもの日本企業が、世界的シェアを占める種々の戦略物質を生産していることが明らかになったことなどを総合的に考えると、日本人および日本という国は、神学的インテリジェンス(恐縮だが、これも私自身の勝手な造語である)の視点から見ると、何かを期待され、また、なんらかの使命を帯びた民族・国家なのではないだろうか、という印象が強まっている。

 2019年8月を、決して無傷ではないものの、なんとか無事に過ぎ越した記念に、少々の力みも入れて、改めて私なりの妄想の産物である「月越しの祭り」を記録に残させていただく。

 大変申し訳ないが、かなり疲弊しているので、校正・推敲無しで、このままアップさせていただく。おかげで、自分が紀元前1000年頃に、古代イスラエルで生まれたというのは、案外事実なのかもしれないという自覚が、少しばかり強まったような気がしてきた。

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by hirune-neko | 2019-08-31 01:45 | 心の中のできごと | Comments(0)

猛暑の中、消耗した木曜日だった

Astor Piazzolla - La famille
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 毎週木曜日は製本所まで往復する日だ。外に出た瞬間、あまりにも威圧感のある暑さに圧倒されてしまった。車のドアを開けただけで、車内の熱気が吹き出してきた。朝、製本所から電話があり、絵本のカバーの在庫が切れてしまったというので、午前中に倉庫に行き、500枚のカバー2セットを届けた。

 午後からは、印刷の終わった絵本本体を届け、製本の終わった完成品の絵本を引き取って帰ってきた。製本所に夏期休業があったため、今日は2週間分をまとめて引き取った。かなりのボリュームだった。

 さすがに消耗した一日だった。しかし、数日前に久しぶりに思い出した未完の大作(ちょっとしつこいだろうか?)「気仙しぐれ雪」のストーリーが、時々思い浮かんだため、車を運転しながらピアソラのOblivionとRemembranceを、何度も繰り返し聴いた。聴いていると、舞台上のいろいろなシーンが思い浮かぶ。時間的には厳しい毎日だが、さらにイメージを絞り込み、本格的な脚本の作成に手を付けたい、などという無謀な考えになっている。

 創作の世界に閉じこもり、いろいろ想像していると、登場人物があたかも生きた実在の存在であるかのように、心の動きや話す言葉などが具体的にイメージされる。脚本を仕上げるまでは、共同作業ではなく完全に孤立無援の世界である。

 あくまでも妄想世界ではあるが、大船渡・リアスホールでの公演に、東日本大震災の被災者の皆さん、とくに子や親を亡くされた遺族の皆さんが、観客として座席を埋め尽くす情景が目に浮かぶ。時代劇で、しかもアルゼンチンタンゴのピアソラの作品と日本舞踊の組み合わせ?なんだそれ?・・・そんな怪訝な気持ちで足を運んでくださった皆さんが、ラストシーンでは霊界から訪れた、という設定の舞う女性からのメッセージを聴くことになる。あくまでも架空の物語の中で、地上に残した大切な人への語りかけなのだが、観客の皆さんにとっては、それぞれが亡くされた大切な方からの言葉として聞こえる。当日は、亡くなった皆さんの魂が、大切な家族の皆さんに寄り添いながら、一緒に観劇する。・・・まことに勝手ながら、そのような情景が思い浮かべている。

 それぞれの過ぎ去りし過去の思い出が心に去来し、ピアソラの曲にも心を揺さぶられる。目の前に繰り広げられた、幻想的な舞いにしばし現実を離れ、心が洗われて清冽な感動の涙が頬を伝い、嗚咽する。・・・そのような結末になるといいな、と希望的な想像をしてる。それこそが、私にとっての何よりの報酬である。

 感性のいい方々との出会いが拡がり、公演が実現することを願っている。

 そんな私のことを別の私が冷静・客観的に見て、小言を言う。「夢も希望も大切だが、現実社会に生きているのだから、仕事上の営業やシステム改良、サイトの活用など、するべきことを山ほど抱え込んでいるんだから、妄想もほどほどにして、しっかり現実に目を向けないとあきまへんで」(どういう訳か関西弁である)

 いやあ、それは重々承知している。バランスと優先順位を視野に入れることが大事だということは、ちゃんと自覚している。日々の実務に追われ、乏しい時間をやりくりして組み立ての設計図に手を付けてもいる。しかし、私とて人間である。仕事上の数字的な業績だけを視野に入れて、私自身の個性や適正を枯渇させることはできかねる。

 わがままを言わせていただくが、なるべく人に迷惑をかけたくはないものの、このまま、我が道を進ませていただきたい。一見すると、支離滅裂な選択をしているように見えるかもしれないが、たとえもうしばらく苦難を背負うことになったとしても、いつか振り返ったときに、整合性のある選択だったと思えるだろう、という確信を持っている。

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by hirune-neko | 2019-08-29 23:24 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日は異常に眠い日だ。思考がさっぱり焦点を結ばない。

Gidon Kremer - Astor Piazzolla: El Tango (1997) [8/11] Los Mareados
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 夜中から朝方まで、すっかり頭が冴えてしまい、まったく眠くならないのは不安で不気味なものだ。しかし、今日のようにずっと睡魔に襲われているのも困ったものだ。文字通り、思考が焦点を結ばなくなっている。

 そのような状態でも、何か書こうという意識はあるので、こうしてキーボード叩いている。

 昨日の孫娘の発表会の感想をブログに書いた。リー・サロンガと森尚子さんの動画も掲載したので、歌を勉強している孫娘に読んでほしいと思った。母親に電話をして主旨を伝えたのだが、夜になって、その孫娘からメールが届いた。ブログを読んだという。

 一人でも自分に関心を持ってくれる人がいれば、嬉しいのではないだろうか。普通は誰でもそうだと思う。

 日本で声楽家が教えている発声法が、果たして正しいのか疑問に思うことがある。いわゆるクラシックは頭声、ミュージカルは胸声と言われているようだ。知人の男性声楽家は、国立音大の声楽科を主席で卒業し、フランスとイタリアに留学した。帰国後は劇団四季の舞台で歌っていた。独自の発声法を生み出し、実践している。

 別の男性声楽家は、東京芸大を卒業し、ウィーンに留学した。オペラと歌曲を歌い、コーラスグループの指導もしている。

 ここで中断し、英語のスカイプレッスンを受けた。睡魔はすっかろ消え去ってしまった。今日は、なんのはずみか、我が家の子どもたちが何をしているか訊かれ、結局は1時間のほとんどを、私の身の上話で費やしてしまった。日本語ならスラスラ言えることでも、英語となった途端、言葉に詰まってしまうことが多い。東日本大震災の津波で、と言いかけて、洪水はfloodだけど、津波は英語ではなんと表現するのか言葉が出てこなかったので質問すると、tsunamiで通用するそうだが、英語では tidal waveだそうだ。


 さて、本題に戻りたいと思う・・・。

 声の良さに拘るのは分かる。しかし、そのような視点で見ると、ロベルト・ゴジェネチェの歌は論外になるのではないだろうか。レオ・フェレだってどのように評価されるか分からない。しかし、声の良さだけに酔い痴れる人もいるだろうけれど、音楽の本質は心に感動や癒し、平安や慰めを与えることにあるのではないだろうか。あるいは励ましを受けることもあるだろうし、何かに共鳴することに安堵を感じるかもしれない。つまり、感性と感覚が心の中、精神領域に何かを覚醒させるような力が働くのではないかと感じている。


 身の上話の中で、東日本大震災後に、江戸時代を舞台にした「気仙しぐれ雪」を書き初めていることに触れた。伊達政宗公の名前を口にしたら、以前東北に住んでいたことがあり、伊達政宗公ゆかりの建物に行ったことがあると言っていた。

 今日もそろそろ深夜である。連日、実務作業に追われてしまい、なかなか思うように自分自身の業務が進まない。なんとか粘り続け、大きな歯車が回転し出すところまで、踏ん張りたいと思う。

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by hirune-neko | 2019-08-29 00:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

小学5年生の孫娘の、歌の発表会に行ってきた

Lea Salonga - On My Own (Les Misérables) [720p]
19,395,045 回視聴

 小田急線の鶴川駅は、初めて訪れたのではないだろうか。ホールの名には和光大学の名前が冠されており、300席という大きさだった。

 いわゆる声楽の発表会だったが、出演者は10人ほど。文字通り老若男女が次々とステージで、日頃の練習の成果を披露した。小5の孫娘が最年少で、70歳代と思われる男性、女性も生徒さんだった。中には、ボニージャックスのリーダーかと思わせるような、なかなかの美声の持ち主の高齢男性もいらっしゃった。明らかに私より年長だと思う。

 もし私が今、ステージに立ったら、果たしてどの程度声が出るだろうかと想像してみた。かなり高齢者の皆さんが歌われる姿を目にし、つい良からぬ想像をしてしまった。とてもこれ以上、何かにチャレンジする余裕は無い。にもかかわらず、ついついイメージが湧いてしまった。

 思わず笑ってしまったのだが、最初は一人一人が文部省唱歌のメドレーを歌った。次は同様に一人一人が日本の流行歌を歌う。そしてミュージカルのナンバー、さらにはシャンソン・カンツォーネで第1部が終わった。

 孫娘は、決してひいき目ではなくても、良く通るなかなかいい声をしている。それと滑舌がいいので歌詞がちゃんと聞き取れる。才能と可能性に恵まれていると思った。

 声楽を趣味で留めるのか、あるいは職業として目指すのか、どうなるかは分からない。しかし、いずれにしても音楽を職業としようとすると、なかなか険しい道のりなのではないかと思う。

 今日の発表会で、中学1年生の女の子だったと記憶しているが、ミュージカルの部で、レ・ミゼラブルの曲を歌った。冒頭に紹介した「On My Own」だ。歌っているのはリー・サロンガで、以前記事で触れた、ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役・キムを演じた女性だ。フィリピンではアイドル歌手だそうだ。なんと、再生回数は2千万回近くになっている、驚異的な数字だ。

 ロンドンに初めて行った頃、地下鉄の切符の買い方も分からず、日本のJCBデスクに電話して、ガイドをお願いすることにした。待ち合わせ場所にやってきたのは女性で、電車の中で話すうちに、ロンドンが発祥のミュージカル「ミス・サイゴン」を話題にした。すると彼女は、そのミュージカルに出演していたと言った。へぇ〜、何の役だったの?と訊いてみた。酒場で働く女性が何人も登場していたのを思い出したからだ。

 すると彼女は「キム」です、と答えた。私は思わず、ぎぇーっ!と声を上げた。主役のキム?彼女は頷いた。その彼女の名前を思い出そうとしたのだが、なかなか思い出せない。もっとも、20年以上も音沙汰が無くなっているので、やむを得ないと思うが、最近は言葉がなかなか出ないことが増えている。困ったものだ。・・・5分ほどして思いだした、森尚子(もり・なおこ)さんだった。

 このやり取りは何年も前に書いた記憶がある。当時の私は、サロンコンサートを月に一度主催していたので、いつか日本に来ることがあったら、是非出演してください、とお願いし、それが実現した。

 そのコンサートに、NHKのプロデューサーだった知人を招待した。それがご縁で彼女は、NHKの単独番組で紹介されることになった。もしかして、その番組がYouTube動画になっていないか調べたが、残念ながら見つけられなかった。

 前回もご紹介したのと同じ動画だが、テレビ番組に出演し、ミス・サイゴンの曲の一節を歌うシーンがまだ残っていたので、以下にご紹介する。さて、彼女は今頃どこで何をしているのだろうか。何人かのお孫さんに囲まれているのだろうか。

 改めて、私自身の無軌道で無鉄砲だった頃のことを,懐かしく思い出している。よく無事に、これまで生きながらえてきたものだと、感慨深く思っている。

 今の私はさすがにおとなしく、温厚になっていると思う。しかし、年齢の割には多少はまだ、無軌道で無鉄砲なところがあるかもしれない。あったとしてもそれは単なる昔の名残り、日の名残りなのではないだろうか。つまり、人間の本性は、そんなに簡単に変えられないものだと思うからだ。

【森尚子さん〜英国のテレビ番組に出演】
John Barrowman & Naoko Mori Sing The Last Night of the World

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by hirune-neko | 2019-08-28 00:56 | 心の中のできごと | Comments(0)

緊張感が無くなった生活を想像してみた

Astor Piazzolla - Marejadilla
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 何かをしながら、これが終わったら、あれを片付けようと考えていることが多い。ひとつかふたつ程度なら、記憶に留めておくことはできる。しかし、間断のない電話やメールで作業が中断され、しかもその電話やメールのほとんどは、調べたり処理したり、説明したりなど、即対応しなければならないケースばかりなので、全ての案件を記憶に頼っていると危険になってしまう。理想的には、タスク管理ソフトにちゃんと入力すれば万全なのだろうが、とてもそのような余裕は無い。最も迅速・確実に記録を残せるのは、正方形のポストイットにメモし、目の前のモニター画面の下に貼っておく方法だ。それとて、終了した案件はくずかごに捨てないと、貼るスペースが無くなってしまう。

 なぜ、こんなに必死になっているのだろうか。ひと息ついたとき、少しでも余裕があると、そう自問することがある。

 いつかはきっとすっかり落ち着いて、もしかしたら海外へも取材旅行に行けるのではないだろうか。好きなだけ水平線を眺める時間があり、電話も来訪者も無い静かで平安な時間を過ごせるようになることを夢みて、今はそのために必死なのだ・・・というのが一応の答えである。

 しかし、今の生活パターンと較べてみると、ほぼ完璧に時間速度の観念を喪失し、外部からの刺激も少ない生活に埋没してしまうと、起き上がることすらも億劫になってしまうのではないだろうか。まるで生ける屍のような存在になってしまい、逆に自分自身の存在価値を見出せないという、悲壮感に包まれるのではないだろうか。

 心身共にしんどい話ではあるが、私はこのまま突っ走り、倒れるまで自分の鼻先に人参をぶら下げて生き続けるのが、おそらくは性に合っているのだろうという気がしている。

 視界不良の中でも、あれこれもがいていると、少しずつ周りの景色が見えてきて、進むべき方向の暗示を受けるようになると期待している。年齢的には、体力・気力面で徐々に厳しさを増すだろう。

 物質的なものが最終目標であれば、それは数値で表すことができる。しかし、私が目指しているのは・・・勿論経済的な基盤はあるに越したことはないが・・・数値に換算できない何かを、模索しながら探求しているようなものなのではないだろうか。

 気力と集中力を維持しながら、さらには自分なりの使命感と正義感を失わないよう、逆風に立ち向かおうと思ったとき、改めてピアソラの作品の持つ力を感じている。私にとっては、ときどき見失いそうになる自分の原点を支えてくれる、不思議な力を湛えた音楽世界である。

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by hirune-neko | 2019-08-26 23:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

作業が終わってみたら、午前3時だった

Astor Piazzolla - Oblivion
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 受注システム改善のため、作業を実体験しようと考えた。そこで、週末に溜まった受注データを全て、Excelbookに入力した。手書きの申し込み書は約40枚あったため、拡大鏡で一項目ごとを確認しながらの手入力だった。休み無しでも、7時間程度はかかったように思う。

 結論としては、やはり手書きの申し込み書は受け付けず、サイトからの申し込みフォームに一本化すべき、というところに落ち着いた。しかも、産婦人科や自治体個々の申し込みフォームを設置するのではなく、統一フォームにすべきだと確信した。営業が本格化する今後の展開を考えると、統一フォームは譲れないラインになる。協力してくれない相手は、こちらから取引を辞退させていただくつもりだ。

 それにしても、この時間まで仕事をするのは、間違いなく身体に良くない。そんなことは百も承知である。仕事をしていれば、ときには限界を超えて無理をしなければならないこともあるだろう。


 昨日、久しぶりに未完の大作の資料を開いてみた。昨日の記事でご紹介したピアソラのRemembrance(思い出)は、幕開けの最初の舞いで使う予定だ。

 今日ご紹介するのは、ラストシーンで使いたいと思っている、同じくピアソラの作品で、Oblivion(忘却)である。ピアソラの作品の中では、最も好きな曲だ。

 改めてストーリー全体の流れを、頭の中で反芻してみたが、それだけでも深い感動の気持ちを味わうことができた。

 連日、私にとっては厳しいスケジュールが続いてるものの、定期的に時間を確保して、とりあえずは脚本を仕上げたいなと思い始めている。

 ピアソラの曲を、どのように使わせてもらうのがいいのかが、課題になりそうだ。私個人としては、各作品のメロディーを演奏するだけでは、ピアソラの音楽的な立体感を舞台上で再現できるとは考えていない。

 ピアソラ自身が演奏した音源を、そのまま使う方法を検討するか、あるいはたとえ無名であっても、感性のいい演奏家を探すか、迷うところである。

 さてさて、そんな呑気なことを考えている場合ではない。いくらなんでも、もう布団に入ろうと思う。

 いつまで経っても、やれやれの生活パターンである。

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by hirune-neko | 2019-08-26 03:42 | 創作への道 | Comments(0)

久しぶりに未完の大作?「気仙しぐれ雪」を思い出した

Suite remembrance: Remembrance
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 資料を確認したら、具体的な発案そのものは、2012年だった。

 東日本大震災は2011年だったので、その翌年である。多くの方が津波で落命し、悲惨な状況だった。福祉団体の依頼で助成を受け、子や親を亡くされた方のための文章を作成して寄贈した。北海道から青森、岩手、宮城、福島を回り、新聞社に告知記事のお願いをした。十数社は訪問したと思う。

 何かのご縁だったと思うのだが、岩手県大船渡市の東海新報社には、何度もお邪魔することになった。海岸線を車で走りながら、入り組んだ湾の静謐で神秘的な暗緑色の水面に、強い印象を受けた。

 気仙地方を何度かお邪魔するうちに、無言のまま死を余儀なくされた方々の、魂の囁きが聞こえたように感じた。イメージは膨らみ、江戸城築城の手伝いを伊達政宗公に命じられた家族と、男勝りのやんちゃな娘が思い浮かんだ。

 その娘もやがて成長し、年頃になる。江戸で知り合った男性に恋心を抱くが、ある日、父親の上司によって勝手に決められた縁談が持ち込まれる。娘は苦渋の決断で、病を装って自害する。

 その娘が、霊界から現世を訪れ、無念の気持ちを舞で表現する。そして、決して口には出せなかった苦しい胸の内を明かし、舞台上から観客に向かって語りかける。つまり、別れを告げることもできずに、地上を後にした無念の思い、残された家族に対する気持ちを語る・・・という設定である。

 当初は「気仙に還る〜望郷の舞い」というタイトルで考えていたのだが、「気仙雪しぐれ」、そして現時点では「気仙しぐれ雪」と考えている。

 残念ながら、筆が一向に進まない。しかし、全体のプロットはその頃にまとめてある。

 舞台上では、婆やのナレーションと、他界した娘の舞が交互に展開する。そして、舞に使用するのは、もちろん全てピアソラの曲である。冒頭で紹介したのは「Remembrance」で、思い出という意味のようだ。この曲を冒頭のシーンで使う予定だ。

 ラストシーンでは、「Oblivion」を使うことに決めている。忘却という意味である。

 会場は、大船渡市のリアスホールをお借りし、地元の皆さんをご招待したいと考えている。婆やは独身時代からの演劇仲間にお願いしている。私の作品に何度か付き合ってくれている女性だが、すでにお孫さんが何人もいて、そのままで適役である。

 主役の舞う女性は、我が娘に平身低頭してお願いしようと思っている。もう何年も前のことだが、川崎市民劇で、枡形城主の妻役で使っていただき、そのときの舞う姿が、ずっと印象に残っている。

 課題は音楽である。どうしてもピアソラの演奏が強く印象に残っているため、現役の演奏家にお願いすることに違和感を感じている。著作権の問題があるので、どのようにクリアするか、まだ出口が見えない状況だ。

 早く仕事を落ち着かせ、脚本を仕上げたいと思っているのだが、さて、あとどの程度の時間がかかるだろうか。そのうち、しびれを切らした霊界の皆さんが、夢に現れて「何をモタモタしてるの?ずっと待ってるのに」と、催促されそうな気がする。当日は観客席のどこかで、一緒に見守ってくれるのではないかと想像している。

 気仙の皆さんから送っていただいた、大船渡銘菓のカモメの玉子、生のサンマなどを懐かしく思い出している。

 依然として、不義理中の昼寝ネコである。大変申し訳ない。

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by hirune-neko | 2019-08-25 01:19 | 創作への道 | Comments(0)

在韓邦人・宮本富士子さんの現地レポート

Bill Evans Trio - B Minor Waltz (For Ellaine)
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 今日、8月23日は、およそ全てのメディアが、韓国政府のGSOMIA(日韓軍事情報包括保護協定)破棄決定の話題で持ちきりだったようだ。しかもアメリカ政府も異例の反応を表明したようで、「米国防総省は22日、韓国が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を決めたことについて、『韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の決定に強い懸念と失望を表明する』との声明を発表した。ポンペオ国務長官も同日、『失望している』と述べ、文政権を非難する立場を鮮明にした。」(引用:zakzak https://www.zakzak.co.jp/soc/news/190823/for1908230005-n1.html


 あらあら、とうとうそこまで来てしまったか、と暗澹たる気分になっていたが、そんなときブログ読者の○○○さんからメールが届いた。開いてみると、以下のように書かれていた。

 「興味深い動画がありましたのでご報告します。」

 紹介されていたのはYouTube動画だった。チャンネル桜に、韓国在住の宮本富士子さんという方が、スカイプで登場し韓国の実態を報告していた。とくに強調されていたのは、韓国人である李栄薫(イ・ヨンフン)という方のことで、最近、韓国で出版した書籍が話題になり、韓国内で読者が急増しているという。

 タイトルを日本語にすると「反日種族主義」となるらしく、付記された説明には「大韓民国の危機の根源、韓国書籍、これ以上、無視できない記憶との闘い、その歴史についての明快な答え [並行輸入品]」と書かれている。

 韓国語でしか出版されていないようだが、宮本富士子さんの説明によれば、近いうちに日本語でも出版されるようだ。

【李栄薫(イ・ヨンフン)著「反日種族主義」】
 amazonより転載
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 日韓関係は史上最悪だ、という表現が目立つ。確かにそうなのだろう。インターネット上でも、韓国人の日本人に対する敵対心や憎悪の感情、逆に日本人の韓国人に対する醒めた嘲笑が溢れているように見受けられる。

 以前から申し上げているように、韓国人を一括りにして論ずるのは、いささか疑問に思っている。現在は政府主導で反日感情を煽り、日本製品の不買運動、日本への旅行の中止が徹底されているようだ。しかし、政府主導の世論操作により、反日感情の高まりを誇示することで、日本政府に圧力をかけ、ホワイト国削除の撤回を目指しているのは明白だろう。

 さらには、告げ口外交という表現が定着しているようだが、G7を前にして、韓国政府は政府高官を、日本を除くG7加盟国に派遣し、日本の不当な貿易制限について訴える方針のようだ。さらには、日本から輸入した食料品の放射能検査を厳格化し、放射能汚染国である日本でのオリンピック開催の不当性まで訴えようとしている。

 それだけを視野に入れると、政府関係者のみならず、普通の日本人なら誰でも不快感を持つだろう。しかし、韓国内は一枚岩で、全国民が一丸となって反日感情に凝り固まってる、ということはないだろうと思っている。客観的な判断力を有する良識ある国民は少なからず存在するだろうし、退役・現役を問わず、軍関係者の皆さんは現政権に批判的だと聞いている。企業家にとっては、まさに存亡の危機の元凶が現政権の政治手法だとの認識があるのではないか・・・と思っている。

 宮本富士子さんの動画を視聴していたら、路上アンケート方式によれば、文在寅大統領の不支持率は、支持率を大きく上回っており、しかも、香港を彷彿とさせるような大規模の、文在寅大統領の罷免を要求するデモが拡大しているそうだ。

 産経新聞や系列のメディアは、かなり実態を報じているようだが、いわゆる左派メディアと称される新聞やテレビは、おそらく韓国政府にとって不利になる情報には、報じない自由を行使しているのではないだろうか。

 このような状況下で、韓国の反日行動を批判的に論じ、しかも感情論ではなく、種々の客観データをもとに、冷静に論じているのが、上記の「反日種族主義」の著者である李栄薫(イ・ヨンフン)氏だ。氏は反日集団から暴行を受けてもなお、信念を曲げないと断言しているそうだ。

 Wikipediaで調べたら、経歴が載っていたので一部を紹介させていただく。

李栄薫/イ・ヨンフン
略歴
* 1970年 慶北高等学校卒業[2]
* ソウル大学校商科大学経済学科卒業[3]
* 1977年-1982年 芝谷書堂漢学5年課程[3]
* 1985年 ソウル大学校商科大学大学院より博士号取得[3]
* 1985年-1989年 韓神大学校経済学科教授[2]
* 1989年-2002年 成均館大学校経済学部教授[2]
* 2008年12月9日-2009年2月27日九州大学韓国研究センター客員教授[4]
* 2002年-2017年2月28日 ソウル大学校社会科学大学経済学部教授(2017年2月28日定年退職[5])
* 2017年 ソウル大学校名誉教授[1

■日本における評価
* 永島広紀は、李は韓国近代経済史研究におけるトップランナーの一人であり、「かつての民族至上主義的な右派とは明確に一線を画する保守論客」と評している[15]。

* 小倉紀蔵は、李は著名な歴史家の一人であり、「真に勇気のある韓国人がここにいる、という感じだ。これまでは歴史について韓国人がどんなに声高に語っていても、つねに『民族』に遠慮している。『民族』をこわがっている。『民族』の代表者になってしまっている。『個人』の意見を堂々と語っていない。そんな印象を受けていたからだ。もっと自由に語ってもいいはずなのに、できなかった。」と評している[16]。

* 三輪宗弘(九州大学教授)は、李の著書『大韓民国の物語』は高邁かつ知的レベルが高いとしたうえで、「李栄薫の知性と勇気と自由な発想に敬意を払いたかった」「韓国の歴史清算の動きに敢然と立ち向かった知性と勇気」「偽りの歴史で過去を清算し、断罪するようなことがまかり通る国には未来はないという、韓国に対する愛国心が満ち溢れています。」「聡明な頭脳」「李栄薫の寸鉄の鋭きを持ち合わせたレーダーは、韓国の病理をスクリーンに鮮やかに映し出してくれます。」「李栄薫の保守主義が本物であると私は思いました。錦の御旗の正義感を謳う研究者とは質が違うのです。」「日本と韓国の歴史認識が共通の基盤に立てる可能性を引き出した、勇気と知性に満ちた本書に出会え、日韓の歴史認識が怨念から事実に基づいた史実の解明につながる日が近づいたと感じました。」「韓国の民族主義を批判するのは李栄薫教授グループの知性にお任せし、いや韓国の良心にゆだね」「素晴らしい歴史家」「江戸時代の天才棋士本因坊秀策の華麗な打ち回し」と称賛している[17]。

■韓国における評価
* 慰安婦について「従軍慰安婦は売春業」「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員したと、どの学者が主張しているのか」などの挺身隊関連の発言に対し、韓国挺身隊問題対策協議会(常任代表申蕙秀)から教授職辞任を要求された[20]。最終的に元慰安婦に対し、2004年9月にナヌムの家にて韓国式の土下座(地面に額を押し付け屈服の意を表明する)をした上で謝意を伝えつつ「日本に協力した多くの韓国人がおり、植民地解放以降も女性たちの性の搾取が国家により行われてきたため、それを正すことが必要」との自身の見解を述べたが、元慰安婦らに数十分におよび罵倒された[21]。

 どこの情報部にも所属していない私なので、24のジャック・バウワーとクロエに今後の予測を質問してみた。すると即座に以下の答えが返ってきた。起きる可能性の高い順番だそうだ。
 1.文在寅大統領の自殺(に見せかけた暗殺も含む)
 2.文在寅大統領の殺害(側近による銃殺、刺殺、薬殺)
 3.軍部によるクーデター
 4.膨大な数の一般国民による内乱と青瓦台占拠による政権崩壊


 あれこれと少々長くなってしまったが、以下に2種類のYouTube関連動画を紹介させていただく。


 1.李栄薫(イ・ヨンフン)氏自身による「反日種族主義」に関する考察・約20分、韓国語+日本語字幕
韓国の歴史 国民に知らされない真実(イ・ヨンフン ソウル大学校名誉教授解説)1 反日種族主義を打破しようシリーズを始めるにあたって

 2.ブログ読者の○○○さんから送られたチャンネル桜
*該当部分は44分28秒数河からで、全約57分
https://www.youtube.com/watch?v=SnCVXfKyx_Q&app=desktop
【世界は今… #168】韓国の反日感情の根源暴露!イ・ヨンフン教授/ カナダ、オンタリオ州の印象 / ほか/バルセロナテロ事件とスペイン中央情報局 / 水野久美・世界の名庭園[R1/8

 私自身は感情的な非難・罵倒のような論争には巻き込まれず、首尾一貫して非常時・緊急事態を想定した備蓄を、改めてチェックしたいと思う。今、探しているのは、ガソリンで駆動できる小型の発電機である。それと、エネループの乾電池のストック量を増やすこと、携帯用の充電バッテリー機能の再確認である。

 食糧、飲用水、燃料、電源などは必需品だと思っているので、引き続き必要量の確保に努めたいと思う。当然のことながら、読者の皆さんにも、同様の備蓄をお勧めしたい。

 まだ将来構想ではあるが、会員制みるとすがスタートしたら、非常時への備えは重点項目のひとつとなる。農業生産者と加工業者の協力を得て、保存期間の長い主食を製品化してもらいたいと考えている・・・すでに協力要請は行っている。

 まあ、そんなこんなで頭の中は飽和状態である。その割には,ソフト相手の将棋と詰め将棋の時間は、しっかり確保している。・・・韓国の皆さんと較べれば、不安のない平和な時間を過ごせているのではないか思う。

 もしご縁があれば、韓国の心ある方々への、できる範囲での支援はしたいという気持ちは持っている。

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by hirune-neko | 2019-08-23 22:59 | インテリジェンス | Comments(2)

96歳の老母のささやかな抵抗、「家を出て行くから」

Astor Piazzolla - Mumuki (RCTV 1984 - Live/En Vivo)
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 義母は数年前に家の中で転び、骨折した。自宅療養に決め、数ヶ月寝たきりになったが、最終的には手術を受けることにした。とても上手な先生だったようで、車椅子生活に移り、今ではゆっくりだが自力歩行できるようにまで快復している。

 その義母が最近「今度やったら、家を出て行くから」と言ったそうだ。一体何があったのか。

 食事は3食、ベッド脇のテーブルまで運んでいる。元々食が細い人であり身体も細い。体重は30キロそこそこのようだ。ご飯に味噌汁、納豆、サツマイモの煮たの、魚料理が主で、肉類は肉団子やハンバーグなどの挽肉製品のものしか食さない、という比較的ワンパターンのメニューである。もともと偏食傾向が強いので、用意する方も大変だ。

 ある日、デイサービスに向かう朝、義母のハンドバッグ中から、家内がティッシュペーパーに包まれた不審な塊を見つけた。開けると食べ残しのおかずだった。こちらは、食器を下げるときに食べた量を確認しているので、食べ残しを「秘匿」されると、一体どの程度ちゃんと食べているか把握ができなくなってしまう。

 そこで家内は、かなり強い口調で注意した。さしもの義母も家内の剣幕に圧倒されたようで、もう繰り返さないと約束した。

 その後しばらくは、平穏無事な日々が続いた。

 しかし数日前、デイサービスに行こうとする義母が、膝の上に別のバッグを載せショールでグルグル巻きにしているのを、家内が目ざとく見つけた。開けると、また食べ残しの塊だった。

 約束を破った義母に対し、家内はかなり立腹したようだが、お迎えが来る直前のタイミングだったので、優しく注意したそうだ。家内は優しく注意したと言い張るのだが、おそらく義母にしてみたら、悪事が露見して鬼検事の前に立たされた罪人ような、恐怖感と威圧感を感じたに違いない。

 すっかり観念し、「今度したら、家を出て行くから」とすっかりしおらしくなってしまったようだ。しかしちゃんと確認すると、見つかるたびに、何度も何度も同じ言葉を繰り返しているそうだ。しかし、96歳で、30キロそこそこの体重で、自力歩行がやっとの状態で、一体どうやって家を出て行くなどという発想が出て来るのだろうか。

 しかし私は、そのような義母から多くを学んだ。

 そうか、甘い誘惑に負け、袋菓子を買ってきても、食べた後はティッシュペーパーにくるんでくずかごに捨てれば、厳しい検閲の目をかいくぐることができるのだ。・・・ときどき、その老獪な手口を実行してみた。今のところは、なんとか露見せずに無事安泰である。もしバレても、「また繰り返したら家を出て行くから」、と真似して、しおらしく言ってみよう。

 
 先週は製本屋さんが夏休みだったため、今日は2週間分の量を持って行った。事前チェック作業も2倍の分量だったので、時間に追われてみんなピリピリし、時には怒声を上げての作業になってしまった。なんとか無事に終えることができたが、全員ぐったりと消耗してしまった一日だった。でも、売上が2倍になると、この程度の量、忙しさだということを身体で理解できたのは、いい経験だったと思う。

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by hirune-neko | 2019-08-23 00:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

ようやく復調したようだ

"Barco quieto" - Julia Zenko - HDfull
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 1週間前からの体調不良からは、なんとか脱却できたようだ。クシャミと鼻水が止まったのが、何よりも有難い。痰がまだ時々絡むけれど。

 ここ最近、OA機器の動作不良が散発し、それなりに時間を取られている。でも、長い目で見れば経験値が上がり、自分でなんとかできる可能性が高まるので、楽観的、鷹揚に構えることにしている。

 今日はこの時間まで・・・あと数分で午前0時だが・・・文字通り実務的な処理作業に追われてしまい、自分自身の仕事に進展は無かった。しかし、先週お休みした英語のレッスンも、今日から再開できたので安堵している。

 英語だけの対話なんて実に数十年ぶりだが、少しずつ錆が剥がれつつあるように感じる。とても頭のシャープな先生なので、心強い。来週からのテーマは、日韓有事を想定した国際法、国内法、韓国の法体系を俯瞰し、日本国内在住の韓国籍の方、帰化された方およびその子孫、特別永住許可を与えられている方などの法的な位置の整理を始めたい。

 いざ、宣戦布告で有事状態が発生しても、一般的には危機感が湧かないのではないだろうか。韓国への強制送還の対象になる方が、大量に発生するのだろう。韓国政府に拒絶された人たちは、北朝鮮が引き受けることで話がつている、と何かで読んだ記憶があるが、実際はどうなのだろうか。日本国内で、強制的に収容する施設ができるようになるのだろうか。

 種々のテロ、破壊工作が発生した場合は、警察ではなく自衛隊が出動する法体系になっているように記憶している。改めて資料を確認し、整理しておきたい。

 東日本大震災の時には、結局間に合わず、なんの役にも立てなかった。日韓関係が過去最悪といわれる時代になったが、まだまだ具体的な情報サポートを提供できる環境を実現できていない。しかし、言い訳になってしまうが、そう簡単なことではないと、改めて実感している。

 ほとんどの国には、国家の安全のための国家安全保障会議が存在するはずだ。しかし、国家の最小構成単位である個人・家族のための安全保障会議、あるいはインテリジェンス機関が存在しないことに、いささか不自由さと不合理性を感じている。

 そう思うようになって、すでに何年が経過しただろうか。6年だろうか、7年だろうか。しかし、単に個人や家族の物理的な安全のみを視野に入れるのではなく、夫婦関係や親子関係を総括的に捉え、独自の理念を基盤とする情報提供なので、決して一朝一夕にできるものではないと実感している。

 私の寿命が尽きる前に仕組みを仕上げ、永続性のある構造を稼働させたいと願っている。地道に言い続けていれば、少しずつ賛同者も増え、理解される面積も拡がるのではないだろうか。

 どここまでも現実感の乏しいプロジェクトだと思われるかもしれない。しかし、売上金額を増大させるというような側面だけではなく、人間の精神世界や家族関係という目に見えない領域まで視野に入れようとしているので、数量的な達成の評価基準も存在せず、もっぱら感性と感覚に頼った判断を継続しなければならない。

 言い訳になるが、だから時間がかかっている。どこにもマニュアルが存在せず、先駆者もレクチャーしてくれる人も存在せず、かつ流動的な現実社会の動向を見極めながらの組み立てなので、よほど純粋な動機に支えられていなければ、何年も何年も取り組むことは難しいのではないだろうか。


 今日の英語のスカイプレッスンの最中に、先生に質問してみた。絵本には両親の名前が著者として記され、全てのページに子どもの名前が記載されている。お父さん、あるいはお母さんが、子どもの名前を呼びながら、我が子に対する愛情、歓迎する気持ち、必要なら自分の命を犠牲にしてもいいほど大切に思っている、という内容を伝える文章構成であることを説明した。

 まだ小さい赤ちゃんは言葉を理解できないけれど、自分の名前を呼び、優しい言葉を語ってくれる両親の存在を感じながら徐々に成長し、やがて言葉を理解するようになったときに、両親からの特別な愛情を感じ、絆が育っている・・・そのような絵本に対し、国民性の違う外国人の皆さんは必要性を感じるだろうか、と質問してみた。

 すると先生は。そのような絵本にはとても興味があると答えた。そして”My wife is expecting.”と付け加えた。つまり、妊娠しているということだったので、いつ?と訊くと、12月だという。早速、絵本をプレゼントする旨を伝え、申し込みの案内チラシを送った。

 そういえば今日、絵本の見本を展示してくれている、近所の洋菓子屋さんの女性店主の方から連絡があり、お客様が絵本を購入してくれたという。早速、お客様が記入された製作依頼書を受け取りに行った。なんでも、前回ご来店の折に見本を手に取り、チラシを持ち帰られたそうだ。そして、とても感動しました、と言って申し込んでくださったと説明を受けた。

 感動は頭で感じるのではなく、皮膚ででもない。あくまでも心で感じる、精神世界の出来事である。商品である以上は、受注部数が増大し、売上も増えてくれればとても有難い。しかし、私にとっては自分で考え、感じながら作成した絵本の文章に感動してくださる方が存在する、という事実が何よりも嬉しい。

 平和や安全、経済的な基盤や健康などはどれも貴重で不可欠な要素である。しかし、人間の一生を考えたときに、感性や感覚によって心の中、精神世界で育まれる要素が、実は自分自身にとって最も価値があるものだ、ということに誰しもがいつかは気付くはずだ。そしてそのことに気付くのが早ければ早いほど,その人の人生は充実したものとなり、目に見えるものを追う時間を減らし、目に見えない世界の要素を大切する時間が増えていく・・・人生とは、そのようなものなのではないだろうか。

 かれこれ三千年を生きている、妄想ネコの悟りである。

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by hirune-neko | 2019-08-22 01:18 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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