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昼寝ネコの雑記帳

<   2019年 05月 ( 34 )   > この月の画像一覧

いつ目覚めても、まだまだ旅の途中である

"DESPERTAR" - Astor Piazzolla
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 ピアソラのこの曲、DESPERTAR(デスペルタール)の意味が思い出せなくて、調べてみた。そうだった、「目覚め」だった。目覚めという語感の持つ、新しい一日が始まるさわやかな朝というイメージは感じられない。どちらかというと、長い長い沈黙と熟考に押し潰されそうになりながらもじっと耐えていたが、ある日突然、答えが与えられた。そんな重々しい目覚めの訪れというイメージが浮かぶ。

 この曲を聴きながら、「目覚め」というタイトルで創作作品を書けといわれれば、挑戦したいと思う。しかし、今は無理である。まずは創作の世界に一定時間身を置き、登場人物が現れるのを待たなくてはならない。さらには、場面や情景が視覚的に再現されるまで、その場に立ち尽くしていなければならない。

 そのように、創作の世界に身を置き、そこで見聞きしたことを文章にする・・・私にとっては、至福の時間である。その意味で、創作意欲を刺激するであろう街並みにも訪れてみたい。南米、東欧、北欧の国々である。しかし、歴史も文化も何も知らずに訪れたのでは、現在の街並みを観光客として、表面的に眺めるだけで終わってしまうだろう。

 そう考えると、一人の登場人物を描くにも、かなりの下準備が必要だろうと、現実的に考えてしまう。産みの苦しみが伴うということだ。

 そんな感覚の私なので、実務的な仕事だけに追われ、正確で迅速に処理することに集中していると、それなりの達成感はあるのだが、次第次第に何か不達成感がくすぶっているのを感じる。深呼吸をしていない自分を感じる。

 しかし一方で、それは贅沢な話だとも思う。
 
 絵本の文章には、ストーリーはない。しかし、読み手の心の中に起きる変化や心理的な影響を想像して書いている。今は、赤ちゃんの名前を入れるバージョンだけだ。すでに5万3千冊以上をお届けしているので、ご両親とお子さん、約16万人の方の目に触れている計算だ。

 創作短編作品を書くのは、ある意味では自分だけの世界に閉じこもり、自己満足を追い求めているのかもしれない。しかし、決して悪い動機だとは思っていない。

 新しい命を引き受けた親を励まし、子どもの心には親からの愛のメッセージが刻まれる。ある意味では分かりやすい世界だと思える。しかし、一人の人間が生涯を閉じるまでの間に、誰かから何かメッセージを伝えられ、そのことによって、佳き人生だったと思えるとしたら、それもまた価値あることなのではないだろうか。

 すぐに思い浮かぶのは、年老いた親に対する子どもからのメッセージである。もちろん、同じスタートラインに立つ幼子の場合は、同じ文章で名前だけを差し替えて絵本を作成している。しかし、様々に異なる航跡を生きてきた高齢者に対しては、同じ文章で名前だけを差し替えるという手法では、心に伝わるものが希薄になってしまう。

 あの苦難の時期に、子どもたちのために踏ん張って努力してくれたね・・・などのように、本人達しか知り得ない表現があって、初めて高齢の方は心に感動と達成感を覚えるだろうと思う。

 今の私は、まだまだ実務作業と営業展開に追われている。しかしいずれは、短編作品と並行して、人生の様々なシーンで、思いやりと愛情溢れるメッセージを受け取る人が増えるよう、多様な種類のグリーティング絵本を創り出したいと思っている。

 ・・・いずれ?ちょっと読み返してみたが、一体私はあと何年生きられるというのか。まるで、寿命の到来など、自分には無関係であるかのような発想に、半ば呆れている。しかし、具体的な到達点が存在しない目標領域ではあるが、辿り着いたと実感できるまで、生き続けたいという希望はある。

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by hirune-neko | 2019-05-31 01:29 | 創作への道 | Comments(0)

退役女性工作員・アレックスにアディオス

Adios Nonino - Astor Piazzolla
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 私はパソコンやプリンタ、iPadなどの機器には感情移入し、名前を付けている。起動時や電源を落とすときには、必ず声をかけるようにしている。

 パソコンは2台使っているが、主に使用しているiMacはアリス、2011年に購入し、今は印刷専用で使用しているiMacの名は、アレックスである。アレックスは、アメリカのテレビドラマ・ニキータに出て来る工作員で、北欧出身という役どころの女性の名前を拝借し、命名した。

 フランスの映画監督、脚本家、映画プロデューサーであるリュック・ベンソンは、TAXIシリーズ、レオン、ニキータなどの映画で知られるのではないだろうか。アメリカのテレビドラマ用に製作されたニキータは、シーズン1から4までの全てを観ている。このニキータにリュック・ベンソンが関わっているのかどうか、調べてはいない。

 私は同じ型のプリンタを2台使用していたが、古い方にはオーギー、新しい方にはオーギー・ジュニアと名付けていた。オーギーはニキータに出て来る、盲目の男性SEだ。そのオーギーが動作不良を起こし、戦列を離れた。ちょうど次男が酷使している上位機種のプリンタが少し古くなったので、買い替えることにした。そこで、まだ使える古い方のプリンタをお下がりでもらい受け、私が使うことにした。早速、レオンと命名した。

 ところが問題が発生した。古い方のiMac・アレックスに接続したのだが、PDFファイルは印刷できるものの、エクセルファイルは印刷できないという動作不良が起きてしまった。年代物なので、OSは最新にしたものの機能が追いつかないのだと判断した。そうなると、iMac・アリス1台で、2台のプリンタを同時使用しなくてはならない。

 確認したところ、USB接続では2台同時に印刷することはできないという。説明すると長くなるので、途中経過は省略するが、今日キャノンの電話サーポートを受け、プリンタ2台とも無線Wi-Fi接続して、同時使用できるように設定してもらった。

 いよいよアレックスの退役のときがやってきた。電源コードを外し、プリンタケーブルを外しながら、何年も飼ったペットを看取るときのような、感傷的な気分に浸った。ありがとう、そしてさらば、である。

 アディオス・ノニーノは、ピアソラが亡くなった父親を偲んで作った曲だと聞いている。今日は、旧友・アレックスの退役を独り静かに見送ろうと思い、この曲を選んだ。ヘレン、アレックスと、これまでに2台のiMacを看取っている。


 さて、ふと疑問に思ったことがある。私自身が機能不全に陥り、退役することになったときには、アリス、オーギー・ジュニア、新たなプリンタのレオン、iPadプロのヴァーコフのみんなは、果たしてしんみりと感傷に浸って私を見送ってくれるのだろうか。それとも、無機的に、そして機械的に淡々と機能を果たし続けるのだろうか。・・・そんな情景を想像し、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。

 OA機器にここまで感情移入する私は、もしかしたら精神的に異常なのだろうか。仮に精神科の専門医から精神異常だと診断されても、正直にいうと気にならない。実は、印刷を失敗し無駄にしてしまったコピー用紙をくずかごに捨てるときも、その紙1枚に対し、無駄死にさせたことを心の中で詫びている。

 ん〜・・・確かに、異常かもしれない。でも、どんな対象に対しても情を感じるというのは、悪いことではないのではないだろうか。昔から、米一粒だって、お百姓さんの苦労を考えて大事にするよういわれているのだから。

 いつか三男が精神科医として修行を積んだ頃、実は・・・と告白して診断を仰いでみたい。案外あっさりと、「ああ、それは昼寝ネコ症候群という名の精神病だよ」といわれたりして。(笑)

 ん〜、自分では異常だとは思っていないが、確かに一般規格から較べると、かなり外れた発想をしているな、という自覚はある。しかしそれだって、一般規格の方が異常なのであり、私の方が正常なんだよ、という妙な自信を持っているのも事実である。

 私は、自分が利己的にならず、他者のために労を惜しまない生き方を維持する気持ちがある限り、自分は正常なのだと思い続けようと考えている。

 まあ、ある意味では、どうでもいい議論なのだろう。

【ニキータとアレックス・・・こんな雰囲気である】
 東洋風の女性がニキータである。


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by hirune-neko | 2019-05-30 00:26 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりの連続五千歩と、久しぶりのピアソラだった

Astor Piazzolla Moderato Mistico (original)
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 今日、新しい発見をした。

 朝から絵本の申し込みとアルバム用の画像の着信が連続し、作業に追われた。そんなときに追い打ちをかけるように、電話の問い合わせも連続した。メールでの問い合わせはまだいいのだが、電話の場合は待ったなしである。作業を中断し、対応しなければならない。受注データを確認し、未発送のまま待機中の絵本の山から探し出す。

 そんな感じなので、昼食はキーボードを奥に押しやり、お盆を置いて食べている。食べている最中に、また電話の問い合わせが入るが、キーボードに触ることができない。極端に忙しさが連続すると、大変というより、あまりにも笑い話のような劣悪な環境に、おかしさがこみ上げて、ついには大声で笑い出してしまう・・・というのが、新しい発見だった。

 「ここは人間の働く環境ではないよ。まるで動物園の檻の中だ」
 「ご飯を食べるというより、エサを食べてる感じだよ」

 あまりにもめまぐるしい環境に、笑いながら、そんな冗談が出てしまっほどだった。まあ、仕事なのだから、閑なよりはずっと恵まれていると考えるべきだと思う。


 あまりにも神経と脳を酷使したため、さすがに歩きに出ないと危険だと感じた。午後5時半過ぎだっただろうか。意を決して全てを中断し、歩きに出た。その時点でのフィットビットの歩行数はたったの370歩足らずだった。まずはノルマの半分の2500歩を歩いたら折り返そうと考え、第三京浜を目指して歩き始めた。思ったより足がガクガクしなかった。

 今日は珍しく、ずっとピアソラの音楽を聴きながら歩いた。改めて思った。精神力が強い状態の時でないと、ピアソラの曲を聴く気になれない。その意味では、疲れてはいたものの、気力は充実していたようだ。

 帰路、マルイの中の薬局に寄って買い物をしたので、家まであと5分程度の所まで来た頃には、辺りは徐々に暗くなっていた。帰宅したら少し横になりたいと思うほど、消耗していた。

 突然、後ろから男性の声で名前を呼ばれた。振り返ったが、私の目では誰なのか識別できない。すぐに名乗ってくれたが、良く知る人だった。少し世間話をした後、彼は仕事のことで話を聞いてほしいという。

 永年アメリカで仕事をし。専門技術を身につけている人だが、帰国してある仕事のオファーを受けたとき相談を受け、旧知の弁護士を紹介したことがある。もう何年も前のことだ。

 概要を聞いたが、立ち話で済むような内容ではなかった。近くで椅子に座って話せる場所を確保し、あれこれ助言して一段落しのは、約1時間半後だった。なかなかこみ入った内容だったので、私の脳内は完全に飽和状態になってしまった。

 本当に本当に消耗した一日だった。しかし、どういう訳か気力と集中力、それと思考力がなんとかかろうじてだが維持できている。我ながら驚いている。

 とうとう午前0時を回ってしまった。でも、この時間から寝る態勢に入れれば、まずまずだと思う。最近は少しずつ寝る時間を早めている。案外そのせいで、全身の基本機能が快復しつつあるのかもしれない。

 久しぶりに、ピアソラを聴き続けられるようになるといいなと思う。

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by hirune-neko | 2019-05-29 00:30 | 心の中のできごと | Comments(0)

何日続くか分からないが、少しだけ優等生気分である

"Barco quieto" - Julia Zenko - HDfull
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 今日は事情があり、始業時間前から行動を開始した。私にとっては、いつもより数時間ほど早く一日が始まった。それなりに忙しかったのだが、一日がとても長く感じている。心なしか頭が冴え、なんの脈絡もなくいろいろな閃きがあったので、行動に移した。悶々として入口でウロウロしていた自治体攻略作戦も、割と具体的なイメージが浮かんだ。

 現在、午後7時30分である。ブログの書き始めも、いつもより5時間程度は早いのではないだろうか。この調子で、早寝の習慣が身につくと、健康状態が改善され、100歳まで生きられるのではないだろうか。(笑)

 まだたった一日のことではあるが、戦略的な思考の感度が高まったような印象がある。実に単細胞の私でる。

 既存の常識的なセオリーを外れるものの、良く考えるなら、かなり先の状況の変化を見越しているかのような行動に出た。詳細は明かせないが、既存の組織論でいうと、明らかにタブーの情報漏洩である。もちろん、私自身の私的な利益や目的のためではない。公益を重視しての行動である。


 ・・・ここでブログを一時中断させていただく。デスク周りに積み上がっている紙類を整理するため、プラスチック製のケースを買いに行きたいのだが、無印良品の閉店まで30分となったため、外出させていただく。


 ・・・帰宅した。最終的に、イトーヨーカドーで、希望のサイズの物を見つけたので、5個購入してきた。以前は地下1階の売り場にあったのだが、今は2階の女性用下着売り場の奥に陳列されている。


 私には予知能力などの持ち合わせはない。しかし、ますます追いつめられつつある韓国と北朝鮮。さらには、後ろ盾として控えていたかに見えた中国自体も、基幹産業や国家財政に黄色信号が灯っているようだ。

 窮鼠猫を噛む、ではないが、追いつめられた国々が秘密裡に、日本国内で破壊工作を行い、日本国内を混乱に陥れるという選択をする懸念はないだろうか。それとも潔く、座して死を待つだろうか。

 何度も書いているように、私はスパイ映画ばかり観ている人間であり、ロマンチックな恋愛映画なんて、ここ数十年観た記憶が無い。そんな私なので、世の中の緊張度が増すと、どうしても映画のシナリオのように、これからの展開をあれこれ想像してしまう。

 何年も前のことなので記憶が薄れてはいるが、日本人の大学の先生が、偶然、中国人民解放軍による日本侵攻作戦の計画書なるものを見つけたそうだ。中国のみならず、日本を射程に入れたミサイルを多数保有する北朝鮮、竹島を不法に占拠している韓国のいずれも、国家破綻の瀬戸際まで追いつめられたら、どのような行動に出るだろうか。

 あれこれ想像したシナリオは描けるが、それよりも、混乱した日本国内情勢を想定した自己防御の戦略を考えるべきだというのが、私のお勧めする思考法である。

 敵国の工作員が鉄道や高速道路を分断破壊し、物流網を機能不全にするのは想定すべきことだろう。そうなると、スーパーやコンビニの棚からは食料品と飲料水が、あっという間に消えてしまう。次は卓上コンロなどの燃料、そして乾電池類である。スペースと予算の許す限り、食料品と飲料水は最優先で備蓄するようお勧めする。

 しかし、食品テロの危険性は常に懸念している。私は、日本を敵視している国や企業が生産加工している食品は、その意味で普段から避けるようにしている。同様の理由で、そのような国で生産加工された食品を輸入し、店頭販売しているスーパーには、足を踏み入れないようにしている。

 当然、発電所や送電線も狙われるだろう。停電を想定し、さらにはガスの供給も止まることを想定すべきだ。水道に関していえば、貯水・水源施設への毒物投与が懸念される。

 停電すれば、携帯電話などの端末に充電ができなくなる。インターネットからの最新情報も取得できなくなってしまう。懐中電灯なら、繰り返し充電できる乾電池を相当量、充電して持っていればいいだろう。しかし、携帯電話やiPadなどの端末は電池では作動しない。USB充電池が必需品となる。少し大型の充電バッテリーを確保し、常時フル充電しておけば、一定期間の情報収集はできるだろう。

 もう一点、情報源を普段から選定する習慣を身につけることだ。敵国の侵攻や支配は、常識的に考えていきなり武力には訴えない。ますは、報道機関を籠絡して実質的な支配下に置く。そして自国に不利な情報は発信させず、逆に、誤った情報で恣意的な方向に誘導し、警戒心を抱かせず油断させる。それが、プロパガンダ活動の基本であり目的であることを理解すれば、日本国民を誤誘導していると思われるマスメディアは、視野に入れないことだ。


 いつどこで、何が起きるかを予測するのは困難である。しかし、様々な混乱を冷静に想像し自分に必要な備え、備蓄を行うことが最も重要なことだと考えているし、周りの皆さんにもお勧めしたい。

 何年もかけて、あれこれ考えているファミリー・インテリジェンスの基本軸でもある。

 あらら、今日はいつの間にかすっかりテンションが上がってしまった。私たちが営業に力を入れている名入り絵本には、絵本を受け取られたご家庭のために有益な情報を提供する、このファミリー・インテリジェンスサービスが付加価値としてセットになる。何年も何年も、このファミリー・インテリジェンスという概念の具体化に取り組んできたが、ようやく舞台上に登場させようとしている。苦節10年近くになるのではないだろうか。

 さて、まだ昨日の読書課題が達成できていない、これから二日分に取り組むことになる。気力は十分である。

 午後11時を回ったが、私としてはまだ早い方で、かろうじて夜更かしをしない=優等生のまま一日を終えられそうである。

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by hirune-neko | 2019-05-27 23:28 | インテリジェンス | Comments(0)

日曜はダメよ・・とはいうものの・・・

Que tristeza Julia Zenko 2001 cancion
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 せめて日曜日ぐらいは、仕事を離れて頭も神経もリラックスさせたい。しかし、週末に着信した絵本の申し込みをそのままにしておくと、製作担当者の負担が増大してしまう。

 病院によっては、奇数番目の出産と偶数番目の出産は、別々の絵柄の絵本にしてほしいという希望がある。すると、過去の全データから検索し、そのご家庭の何番目のお子さんかを判断しなければならない。

 絵本にはそれぞれ固有の受注番号と、病院毎に連番の絵本番号を決める作業がある。最初の第1号から、そのような管理をしていてよかったと思う。

 今日は午後の遅い時間から、渡韓団体旅行者の安全のための提案書を仕上げた。速達で投函した。途中で歩きに出ることを考えたのだが、そうするとまた深夜過ぎまでかかりそうだったので、また今日も歩けなかった。

 間違わないように集中しながらの作業が連続したので、何も考えられず、何も思い浮かばなかった。

 そういえば今日、ブラジルから来日している男性に会った。聞くと、ポルトガル語とスペイン語の両方を話すという。私はどちらも話せないので、区別がつかない。試しに、「あなたを愛しています」という意味らしい「E'u sei que vou te amar」・エウセイキボチャマ」と言ってみた。一瞬、表情がこわばったような感じがした。そりゃそうだろう。会ったばかりの男性から求愛されたようなものだから、面食らったのでは内だろうか。

 「E'u sei que vou te amar」は歌のタイトルだ、といって出だしを歌ったら表情が緩んだ。どうやら知っている曲だったようだ。そしてこれはポルトガル語だと教えてもらった。

 それでもなんとか、午後11時台には終えられそうだ。今日は本当に悲惨なぐらい、あれこれに追われてしまった。この曲のタイトル「Que tristeza」・ケトリステサは、調べたらやはりポルトガル語だった。「なんて哀しいのか」という意味のようだ。今日の私にはぴったりである。ボサノヴァを含め、ブラジルの音楽は好きである。

 ギターの弾き語りで、ポルトガル語でボサノヴァを歌いたい、という誘惑に駆られることがあるが、これ以上の新規案件は増やさず、外国語は英語学習だけに留めたいと思う。

 さて今日は、なんとか午前0時前に店じまいができそうである。あっ、いやいや、まだ今日の読書課題が残っていた。やれやれである。

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by hirune-neko | 2019-05-26 23:51 | 心の中のできごと | Comments(0)

具体性はないものの、内面に変化の兆候がある

Bill Evans Trio - What is there to say?
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 私の年齢になっても、心の中で何かが萌芽するような感覚があり、驚いている。何年もの間、全面を厚い雲に覆われていた空だったのに、その雲がいくつにも分かれて移動し、雲間の青空が拡がる。そして、明るい太陽の光が、辺りを照らし始める。暗く閉ざされた独房に、何年も幽閉されていた政治犯が解放され、久しぶりの太陽光との対面を果たしたようなイメージだ。

 ・・・たとえて言えば、そのような心象風景である。何かいいことの前兆なのではないだろうか。単細胞の私は、そのように感じている。何も根拠はないし、具体的な兆候は何もない。

 自分自身の仕事上のスタンスや、個人的な生き方を少し客観的に眺めてみると、なるほど、ある意味では孤立した環境に幽閉されているように感じる。

 つまり、それなりの規模のグループと交流し、そのツテで契約を拡大するという選択肢がない。あくまでも個別に説明し、理解と共感を得て採用していただく、という考えだ。

 人間関係は、孤立を怖れず、孤独を愉しみ、あくまでも得心の行く生き方を好んでいる。

 先日川崎郷土・市民劇「日本民家園ものがたり」を観劇し、その感想をブログに書いた。毎回のことだが、記事の掲載を、作者の小川信夫先生にご案内した。今日、先生からお礼の葉書が届いたので、一部分を以下にご紹介する。

 「貴重な観劇評をコンピュータ上にも掲載していただき、関係者一同感○(手書き文字で判読できず)しております。いつもながらの切れのいい文章と鋭い批評眼、敬服しております。どうかヒューマニズムに富んだ初志の理念、事業と共に完成されること、心に強く念じております。」

 小川信夫先生は、元特攻隊員であり、朝日新聞の記者でもあったと聞いている。私より遙かに年長者だが、頭脳は明晰で行動力もあり、鋭い視点をお持ちの方だ。2年後の新作を期待したい。

 私自身は今しばらく、全国の自治体と産婦人科に的を絞って、営業活動に専念したいと考えている。しかしタイミングを見て、単行本の続刊を発行したいとも思っている。タイトルは多分、「続・昼寝ネコの雑記帳〜創作短編集」となるのではないだろうか。1冊目の装丁を担当してくれた、しょうちゃんはすでに他界しているので、誰にお願いしたらいいのだろうか。ちょっと不確定要素である。

 まったく関係のない話題だが、今年は旧約聖書を読んでいる。まだサムセル記下だが、ここまでで印象に残っている女性登場人物は、ハンナ、ナオミ、ルツ、アビガイルである。旧約聖書はなかなか興味深い世界だが、現代人の私たちへのメッセージだと思って読んでいても、私の頭ではなかなか思い浮かんでこない。イザヤ書やエゼキエル書、箴言以降になると、また違ってくるのだろうか。

 いずれにしても、最新のマーケティング手法とは無縁の生き方であることは間違いないだろうと思っている。そろそろ地殻変動を起こせないだろか。


【参考資料】
川崎郷土・市民劇「日本民家園ものがたり」

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by hirune-neko | 2019-05-25 23:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

ビル・エヴァンスとキース・ジャレットの聴き比べ

My Foolish Heart
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 高校生のとき、スピーカーから流れてきたピアノの演奏を聴き、ビル・エヴァンスの演奏だと確信した。しかし違っていた。キース・ジャレットだったような気もするし、チック・コリアだったような気もする。もう憶えていない。。

 半世紀ほど経って、改めてキース・ジャレットの演奏を聴いてみた。このMy Foolish Heartは、ビル・エヴァンスの演奏で何度も聴いている。両者の違いを言葉で表現するのはとても難しい。しかし、敢えて言葉にすれば、ビル・エヴァンスの演奏は、重心がとても低いと思う。つまり、独自のスタイルを持ち、聴き手に対して媚びたり、妥協する気配はみじんも感じられない。やはり、孤高の演奏家なのだろう。

 今朝、倉庫に絵本の表紙が千枚届いた。20梱包である。搬入を手伝いに行き、多少は肉体労働をしたせいか、一日中眠気に襲われている。これを機会に、免疫力が回復するといわれる、午後10時から午前2時の時間帯は、なるべく寝るようにせよという、天からの促しなのだろうと、真摯に受けとめることにした。

 昨晩はブログ史上最短の記事を宣言したが、結局はいつもの文字量になってしまった。しかし、今日はせっかくのいい機会なので、これにてパソコンの電源を落とし、入浴してそのまま寝ることにする。

 素っ気ない記事で大変申し訳なく思っているが、わがままをお許しいただきたい、布団の中で身体を伸ばし、ほっとする瞬間はまさに至福の時である。

以下は同じMy Foolish Heartで、ビル・エヴァンスの演奏である。やはり、不可侵領域を感じさせる孤高の演奏家だと思う。
bill evans trio - my foolish heart

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by hirune-neko | 2019-05-24 22:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ブログ史上、最短の記事になりそうだ

Léo Ferré | la nuit
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 なんとか深夜族を脱却し、朝型に近づけようと悪戦苦闘している。

 今日は木曜日で、いつものように製本所まで往復した。午後8時40分からは、師匠とインターネットでの将棋対局で、終わったのはほぼ10時。

 締め切り日が切迫している訳ではないものの、渡韓日本人団体の安全のための基本提案書に追記すべき内容が思い浮かんだ。そのため、ファイルを開き追加内容をまとめた。なんとか試作を終え、印刷までできたのは、ほぼ深夜1時だった。

 このまま、いつものように選曲し、ブログ記事の内容を考え始めると、終わる時間は軽く午前2時を過ぎてしまう。億劫でも風呂に浸かり、ゆっくり600まで数え、布団に入ってから3台のデバイスのメールチェックなどでもたもたしていると、あっという間に午前3個。すっかり頭が冴えてしまい、なかなか寝付けない。

 そんな悪循環を続けていると、良くて脳梗塞、悪くすると免疫力の低下による癌の発症・・・後悔したときには既に遅く、あっというまに全身機能が低下し、この世とはおさらばのコースまっしぐらである。

 母方の祖父は38歳で、父は45歳で他界している。どうせ私も早死にだ、と半ば観念して生きてきたが、令和3年の3月まで生きたら、なんと70歳になってしまう。ずっと以前から、70歳は到底越えられない壁だと確信していたので、安らかに他界することは受け入れられる。

 しかし、既述のように、もし私が日本人の渡韓・滞在者に対する安全上の警告を発しなかったら、予備知識の無い無防備な若者達が、現地で非常事態に巻き込まれる可能性が高まる。

 私が憎まれ役を引き受け、種々のリスクを指摘しつつ、安全のための提案事項を作成すれば、事態は多少なりとも改善されるのではないだろうか・・・そう考えると、我が身の健康より使命感を優先してしまい、ついつい深夜の作業が長くなってしまう。

 悪循環であることは自覚しているが、それだけでなく、種々の企画提案書も就業時間中は実務作業に追われ、ズタズタに中断されてしまうので、どうしても夜から深夜になってしまう。

 道半ばなので、ここで倒れると色々な方に対し申し訳なく思う。そこで心を鬼にしてブログ記事を簡潔に済まし、床につこうと決心するのだが、いざ書き始めてしまうと、習性とは恐ろしいもので、次々と文章が浮かんできてしまう。

 でもここで、再度心を鬼にして、本日の記事はここまでとさせていただく。

 ご参考まで、日本人渡韓・滞在者の安全のための提案書は、以下のような目次になっている。この程度なら公開しても問題はないと思うので、以下にご紹介させていただく。

 ・・・自分に対して、お疲れ様、と声をかけている。

主旨説明—1
(A)外務省/在韓公館情報---2 
  【韓国内の日本大使館および領事館】
(B)想定されるリスク1---3  
  【韓国内の情勢と懸念材料】
(C)想定されるリスク2 ---3  
  【韓国内の健康・衛生に関する懸念材料】
(D)想定されるリスク3---4  
  【非常事態発生の場合の懸念材料 】
(E)渡韓者が把握すべきと思われる基本知識---4  
  【客観情勢の把握と不用意な行動の防止】
(F)不測の事態を想定した事前準備の必要性---5  
  【担当事務局と渡韓者間の情報通信手段】
 
 では、本当にお休みなさい、である。レオ・フェレの歌う、la nuit・・・ラ・ニュイ(フランス語で「夜」)は、今日初めて聴いたが、この曲を聴きながら記事を書いた。なかなかいい曲だと思う。

 結局は、ブログ史上、最短の記事にはならなかったようだ。

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by hirune-neko | 2019-05-24 02:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

ブックオフが買い取らなかった書籍がある

Parce que je t’aime
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 今の目の状態だと、紙の書籍の字が読めず、電子書籍に頼るしかなくなった。身辺整理と棚スペースの確保も兼ねて、思い切って読めなくなった書籍を処分することにした。

 インテリジェンスと政治関係の約50冊を、1冊ずつ手に取り懐かしみながら、段ボールの箱に詰めた。

 インターネットで近隣の古書店を検索したが、どうも様子がよく分からない。比較的近くにブックオフがあったので、そこに行くことに決めた。

 カウンターに書籍を積み上げたら、見積もりに10分か15分程度かかります、といわれた。正直にいうと、アルバイト店員が適当に値を付けるのだろうと思っていた。

 15分後に店内に戻り、カウンターの所に行った。すると開口一番、買い取れない書籍があるといわれた。見ると、天皇の陰謀の上下巻、そして余命三年時事日記だった。

 一瞬、訝しく思ったが、かなりしっかりと書籍の評価データベースを構築し、1冊ずつ的確に選別しているらしいことが分かった。なるほど、ある種の書籍は遮断する考えがあるのだろう。

 連続して発生する処理案件に対応するため、並行して机回りや棚などの整理も進めている。どうしても紙の資料が多く発生するため、上手に分類しないと、どこに何があるかが不明になってしまう。勿論、電子データの保管管理もかなりしっかり分類し、保存しなければならない。

 ときどきしんどくなってしまうが、ある種の訓練を受けているのだと割り切るようにしている。今日の脳内はクタクタだが、寝る時間をできるだけ早める必要性を痛感しているので、早めにブログに向かった。

 周りで脳梗塞の人たちが発生しているので、注意しようと思っている。早くトンネルを抜けて、もう少しゆったりしたいと希望している。

 きっと年齢的に、人や物との訣別の時期にさしかかっているのだろう。できるだけ、いい動機に支えられて仕事を続けて行きたい、という思いを新たにしている。

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by hirune-neko | 2019-05-22 23:12 | 心の中のできごと | Comments(2)

修正再掲載:増補版 迷える子羊の教会

Bill Evans Trio - Young and Foolish
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 スーツケースひとつを車のトランクに入れ、とりあえず西に向かってハイウェイを走った。デンバーから何時間か走り、日が陰ってきたのでハイウェイを出て、目についた安ホテルに投宿した。あれからもう、1週間になる。

 最初の数日は何も考えられなかった。少しは思考力が戻って来たような気がするが、訪ねてくる人など存在せず、どこにも行く当てがない。食欲もないし眠気も感じない。スケジュールは全てキャンセルされ、何の予定も入っていない。電話をかける相手も、メールを送る相手もいなくなってしまった。実在するけれど、社会的には不存在の人間。そんな自分は、このままこの安ホテルで朽ち果てるのも、ありかもしれないと思い始めていた。人目を気にすることもないので、外見がどうでも良くなってしまい、シャワーを浴びる程度で、ヒゲも剃っていない。

 思い出したくないあれこれが、徐々に湧き上がってくるのを感じた。

 あの日、懲罰評議会で除名を言い渡され帰宅した夜、いつもは明かりが点いているはずの家が、闇の中に溶け込んでいた。厭な予感がして家に入り、居間の照明のスィッチを入れると、テーブルの上の書類が目に飛び込んできた。さらに厭な予感がした。
 手に取って見ると、妻からの短い手紙と、離婚承諾書、郵送用の封筒だった。

「これからの生涯を、汚名とともに生きるだけの勇気はありません。書類に署名して投函してください。弁護士から連絡させますので、連絡が取れるようにしてください。 ジェニファー」

 もうこのまま、家族と会う機会は訪れないのだろうか。突然の環境の変化に、戸惑いと不安、そして孤立感を感じた。そんな感傷に浸る余裕もなく、その夜遅く、懲罰評議会の代理人だと名乗る弁護士から電話があった。48時間以内に住まいを明け渡すようにとの通告だった。家内と娘たちの荷物は、代理人が引き取りに行くので手を触れないようにともいわれた。私物はそんなに多くはないし、その家に住み続けたいという気もなかった。私は48時間以内に、車で家を後にした。

 5月に入ったばかりなのに、少し蒸し暑いような気がした。ホテルのエアコンの効きが悪いのかもしれない。
 脳内のパニックが少しずつ鎮まって、やや客観的に考えられるようになってきたようだ。今、自分はどこにいるのだろうか。まだコロラド州内なのだろうか。それともユタなのか、あるいはもうネバダなのか。

 東部で生まれ育った子どもの頃の情景が、次々と浮かんできた。ボストン郊外に住んでいたが、父親の仕事の関係で何度も市内のコモンパークに連れて行ってもらい、芝生の上を歩き回るリスたちを追いかけたことを思い出した。
 父はビジネスマンであり、商工会議所の理事を務め、多くの政治家との親交もあった。男の子は私一人だったので、私が会社を継ぐのが当然だと思っていたようだ。妹たちも異存がなかったようだし、母も期待してくれていたのだろう。

 父はいつの頃からか、私がハーヴァード大学に進み、そのままビジネススクールで学ぶというコースを、既定路線だと考えるようになっていた。大学受験を意識しだした頃、父は私に、試験は形式的に受けるだけでいい、と告げた。つまり、なんらかの方法で、すでに私の合格が決められていたのだと知った。
 感謝して、そのまま父の母校でもあるハーヴァードを受験していたら、そしてそのまま卒業し、ビジネススクールも修了して、父の紹介の企業で訓練を積み、最終的には父の会社を手伝うのが、一番無難な人生だったのかもしれない。

 私が、神学校に進みたいといったとき、テーブルで食事中だった家族全員が手を止め、言葉を失ってしまった。あの時の情景は、今でもよく憶えている。私の出自が火星人だと知ったときのような、そんな驚きようだった。

 家族関係は気まずくなっでしまったが、私は自分の我を通し、奨学金を得て自力で神学校を卒業した。卒業後は、コロラド州内の教会で修行し、数年後にはジェニファーを紹介されて結婚することになった。ジェニファーの父親は、教会のコロラド州を統括する聖職者だった。同窓生は皆、これで私の将来が安泰だと羨んだ。
 なるほど、その後の私は教会の実務を離れ、コロラド州本部の財務や法務の仕事に就くようになった。そんなある日、私は目にしてはならないものを見てしまった。
 教会は政治的な中立を宗規としているのだが、教会員に対して、特定の上院議員と下院議員に投票を誘導する、巧妙に作られた計画書を目にした。さらには、同様に特定の議員に対し、いくつかの慈善団体を経由して選挙資金を提供する、アクションプログラムが承認されている議事録を目にした。
 私はすぐさま、ジェニファーの父親を訪ね、ことの次第を報告した。あのときの彼の表情は、今でもよく憶えている。聖職者の表情が崩れ、苦悶と困惑の表情になった。彼は鋭い視線を私に向け、いった

 「ブライアン、聖なる業をこの地上に広めるときは、地の汚れを浄めるために、まず私たち自身が、その汚れの中に足を踏み入れなくてはいけないんだよ。それと、ジェニファーと娘たちの生活を守りたいと思わないのかね。」

 ジェニファーに相談できる内容ではなかった。私は3日間熟考し、最終的に確信が持てた選択を行った。ワシントンDCにある教会の本部を訪ね、法務部のディレクターに面会申し込みをし、経緯を説明することにした。そのディレクターは、私の勇気ある行動を讃え、コロラドに帰って待機するように告げた。さすがに教会の本部では、正義が通用するのだと、安堵して家路についた。

 その3日後、私はコロラド州本部の懲罰評議会から呼び出しを受けた。いつでも証言できるように、経緯を正確に資料化していた。懲罰評議会は、10分もかからずに終結した。「法務および財務の重要機密を開示した重篤な責任」を問われ、私は教会そのものから除名処分を受けてしまった。つまり、ワシントンDCの教会本部が承認の上で全てを進めており、私は一気に危険人物として浮上してしまったのだと、そのときにようやく気づいた。

 私は、何か神聖なものに裏切られたような心境だった。突然、拠り所を失い方向感覚がなくなってしまった思いだった。

 突然ドアがノックされた。ルームサービスなど頼んだ覚えはない。クレジットカードにトラブルでも発生したのだろうか。ドアの外に立っていたのは、身なりのいい男性二人だった。私の両親の依頼を受けた弁護士だというので、招き入れた。

 私の居所を突き止めたのにも驚いたが、さらに驚いたのは両親からの申し出だった。私の身に起こった全容を知らされた両親は、コロラド州の隣に位置するネブラスカ州の片田舎で売りに出されていた建物を購入したという。長く独立系の教会として使われていた建物だが、急逝した聖職者の後継者が見つからず、閉鎖されることになったらしい。その建物で、自分が正しいと考える教えを広めるよう支援したい。それが両親からの申し出だという。
 父や家族の期待を裏切り、教会でも自分の正義感を通し、ジェニファーや娘たちを悲惨な境遇に追い込んでしまった私。そんな私の行動を理解し、受け入れ、寛容に接してくれる両親に、心から素直に感謝の気持ちを持つことができた。

 代理人の弁護士は、今すぐに結論を出す必要はないといった。時間をかけて、これからの自分の人生を設計し直すよう勧め、名刺をテーブルの上に並べた。ドアに向かって歩く途中で振り返っていった。

「もうひとつ伝言があります。お母さんが、お父さんに内緒であなたの銀行口座に1万ドルを振り込んだそうです。ゆっくり旅行していい景色を楽しむように、と伝えるよういわれました。ああ、それともうひとつ。ストレスのせいにして、ドーナツを食べ過ぎないよう注意してくれともいわれました」

 その夜は、疲れ切った頭では何も考えられず、深い眠りに落ちていったようだ。

 朝方、鮮明な夢を見た。私はスペインの荒野で羊飼いをしていた。囲いには100匹の羊を入れて、番をしていた。ちょうど100匹で、それぞれ1匹ずつには名前が付けられていた。毎日3度、羊たち全てが揃っていることを確認することが、義務づけられていた。夕方、何度数えても羊は99匹しかいなかった。囲いの入口を丈夫な綱で固定し、失ってしまった1匹の羊を探しに荒野に向かった。
 徐々に日が陰り、不気味な闇が濃さを増していた。私は途中で引き返す気持ちになれず、もしかしたら危険な目に遭っているかもしれない羊の安否が気がかりで、いつも持っている鈴の音を響かせながら、あてどもなく探し回った。

 突然、何かの気配がした。2匹の狼だった。1匹が右から飛びかかってきたので、杖で殴打したが、その隙にもう1匹が左から飛びかかってきて、足に噛みつかれた。必死で抵抗し、痛さをこらえて杖で何度も殴打するうち、狼はぐったりと動かなくなった。薬草で応急手当てし、私はまた羊を探し始めた。

 かすかに羊の鳴き声が聞こえた。私が鳴き声のする暗闇に向かって声をかけると、鳴き声が大きくなり、やがて私の方に駆け寄って来る子羊の姿が目に入った。子羊は安堵したように、私に飛びついてきた。私は子羊を抱きしめると、肩の上に担いで囲いに向かって歩き始めた。

 かなりの時間を費やしていたのだろう。東の空が少しずつ赤みを増し始め、辺りの景色が鮮明になっていた。

 そこで私は目が覚めた。夢の世界から、一気に現実に引き戻されたが、子羊の感触も足の痛みもまだ残っていると感じるほど、鮮明な夢だった。理由もなく、心の底から感動が湧き上がり、涙が溢れ出した。

 両親からの申し出を受けるべきだと、強く感じた。私にはなんの権能もない。地位もなければ、正当な権威もない。しかし、荒野で迷っている子羊を救い出すのに一体、何の権威や地位が必要だというのだろうか。安全な囲いの中で、しばし平安に過ごせるよう手助けし、その後は自分の意思と判断で、必要とすればどの宗教を目指してもいいではないか。

 そう考えると、とても気楽になった。しばしの休息を得て、新たな道を目指して行けるよう手伝うことなら、私にでもできるかもしれない。
 迷える子羊の教会: The Church for the Lost Sheep。今の私にできる精一杯のことなのではないだろうか。そう考えたとき、聖書の一節が思い浮かんだ。

『あなたがたによく言っておく。わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである』

     ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 両親が購入してくれた建物は、アメリカの中央に位置すると言われる、ネブラスカ州オマハから数十キロの郊外にあった。ミズーリ川からもそんなに遠くない、閑静な田園地帯だった。地元の不動産業者に連絡を取り、現地を案内してもらったが、彼は車の中で急逝した前任の聖職者のことをいろいろ説明してくれた。

 人格者で人望があり、地域の住民たちからの信頼と尊敬を集めていたことが良く理解できた。ブライアンは、それなりの規模と知名度を有する教会を追われ、家族とも離別し、文字通り孤立無援の立場になっていたが、かえって純粋な信仰心を培う良き機会だと考えていた。

 建物は思ったよりも大きかった。L字形の平屋建てで、教会の礼拝堂といくつかの教室、事務所、それに住まいが併設されていた。不動産業者の男性は、いくつかの鍵の説明を終えると、鍵束と一緒に権利関係の書類を事務所のデスクの上に置いた。そして、両親からの手紙を預かっているといい、ジャケットの内ポケットから取り出して手渡すと、別れを告げた。

 封を切ると、父と母それぞれからの手紙が入っていた。椅子に座り直して読みながら、両親の期待を裏切ってビジネススクールではなく神学校に進学した頃の、家の中に充満していた冷たい空気を思い出した。両親と妹たちに背を向け、わがままな選択をした私に対する両親からの寛大で思いやり溢れる行為に、改めて家族の絆を感じ感動の涙が溢れてきた。

 教会はあくまでも迷える子羊たちのために運営する決意だった。地元の新聞社に相談して記事にしてもらい、とりあえず日曜日は礼拝行事と日曜学校からスタートすることにした。果たして、どのような考えの人がどのような動機で教会に足を運んでくれるのか、まったく予測がつかなかった。

     ◆    ◆    ◆    ◆    ◆

 あっという間に半年が過ぎ去った。他界した聖職者を慕っていた「信者」の皆さんが、少しずつ集まってくるようになり、ブライアンは平日にも、いろいろな相談に乗る時間を過ごすようにした。毎日曜日の礼拝行事の時に、出席した皆さんの表情に平安な輝きを感じることが、とても張り合いになっていた。

 ある日曜日、いつものように小さな礼拝堂に入り、説教台から出席者一人ひとりの表情を確かめながら、お話しを始めた。その時、ブライアンの視界に、最後列に座るジェニファーと娘たちの姿が飛び込んできた。一瞬、言葉が出なくなってしまったが、頭の片隅では離婚して離れていた妻と娘たちが、なぜこの場所に存在しているのかを思い巡らしながら、その日のために用意した話しを続けた。

 礼拝行事の後、ブライアンはジェニファーと娘たちを事務所に招き入れた。激動の時期を独りで乗り切ろうとしていた矢先なので、妻たちの突然の来訪の意図を計りかねた。いきなり本題に入るのがためらわれ、健康状態や娘たちの学校の様子などを質問した。

 ジェニファーはブライアンの狼狽を察して、ストレートに説明を始めた。ブライアンの許を去った妻のジェニファーは、後に父親から歪曲された虚偽の経緯を説明されていたことを知った。その後、教団の一部の人間たちが宗規に反して、特定の政治家へ投票させようとしたり、いくつもの慈善団体を迂回して政治献金を行ったことが表面化し、ブライアンの行動の正当性が認められ、評価されたことがジェニファーの口から語られた。しかしブライアンには、遠く過ぎ去った、すでに終結してしまった出来事だとしか思えなかった。

 ジェニファーは軽率な判断をしたことを謝罪し、ブライアンの生き方に共感していることを伝えた。その日、十分な時間をかけて家族で話し合い、ジェニファーと娘たちはブライアンと一緒に生活することを決めた。

 ほどなく、ジェニファーと娘たちはブライアンを手伝うようになり、家族揃って、この小さな教会の運営に励むようになった。

 その後、ブライアンを除名した教団の上層部から連絡があり、除名が誤りであったことを謝罪すると同時に、教会の管理・運営に必要な権限と資金的援助を与えるので、今後は独立系の教会としてではなく、全米組織である彼等の教団に所属して教会を運営するよう申し出があった。
 ブライアンは、かつての夢の中で、囲いから迷い出た一匹の子羊を捜すために荒野に出たこと、狼に襲われ傷つきながらも、見つけ出した子羊を肩に担いで囲いに戻ったときに味わった、深い達成感を忘れてはいなかった。著名な宗教組織への復帰は名誉あることかもしれないが、ブライアンとジェニファーは、そのまま名も無い小さな教会を維持し、いつ悩める子羊が迷い込んできても、心を込めて世話をできるよう、「迷える子羊の教会」の看板をそのまま掲げることにした。

 ある意味で、人生には終わりが無く永遠に続くとしたら、最も小さき者の明日の希望と平安のためには、今日の苦難を甘んじて引き受ける、真の信仰者の犠牲心がネブラスカの片田舎だけでなく、世界中に存在するのではないだろうか。

【創作メモ】
 読者諸兄。久しぶりにこの作品を読み返した。細かい誤字や表現の修正を行ったので、あえて再掲載することにした。本来は、クリスマスの時期に作ったものだが、修正しながら、現在ある刑務所に収監されている友人が心に思い浮かび、記録に残そうと考えた。すでに読まれた方もいらっしゃるかもしれないが、再度掲載させていただく。改めて、ブライアンのような人物が身近にいたら、友だちになりたいと思っている。

 音楽はやはり、Bill Evans Trioの演奏で、 Young and Foolishである。

 Young and Foolish・・・未熟で若い頃には、愚かで無謀な行動に至ることが、誰にでもあったのではないだろうか。私はもうすでに高齢者であり若くはないが、相変わらず書生論を振りかざす、愚かな若者の心情のままのようだ。

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by hirune-neko | 2019-05-22 02:21 | 創作への道 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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