人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

<   2019年 03月 ( 32 )   > この月の画像一覧

あらら、エイプリル・フールは明日だった

Janelas Abertas (Lumiar Discos) - Tom Jobim e Gal Costa
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 てっきり今日がエイプリル・フールだと思ったので、昨日の記事ではすっかり羽目を外してしまった。とんだ勘違いだった。

 朝、義母をデイサービスに送り出した後、2時間ほど外出し、帰宅したが、どうも疲れが抜けない。しかし、隣のアパートのおばあさんから、果物や甘いものを食べられないと聞いていたので、昨晩アジの干物を買ってきた。ちょっと届けようと思った。

 いつものように裏側に回り、居間の窓から覗いたが、いない。トイレかと思ってしばらく待ったが現れない。玄関に回ってドアをノックしたが、応答がない。しかも、鍵がかかっておらず、ドアを開けることができた。風呂場かトイレで倒れていることを心配し、確認したがもぬけの殻だった。

 ちょっと心配になり、警察に電話して事情を説明したところ、警察官を向かわせるという。・・・そんなことがあった。心配だったので、夕方過ぎに再訪したところ、おばあさんは台所に立っていた。今日は食料品の買い出しに行っていたそうだ。やれやれである。

 自分の夕食用に、サンマのみりん干しを焼いた。フライパンにオリーブオイルを垂らし、とろ火で焼いた。何度もひっくり返し、焼き加減を確認したせいか、焼き上がった後、火を消すのを忘れてしまった。よく油に火が移らなかったものだ。こんな不始末は初めてだ。かなり疲れているようで、注意力が落ちてしまった。

 今日は、何人かの方たちが置かれている境遇を、あれこれ考える時間が合った。ある意味では身動きできない境遇であり、選択肢が限られる一方で、現状を変える選択肢には大きな痛みが伴う。楽観的人間である私にしては珍しく、憂鬱な気持ちに支配されてしまった。

 こんな調子だと、せっかくのエイプリル・フールだというのに、冗談ひとつ言えそうもない。

 こうして、今年の第一四半期の最後の日を迎えている。あっという間だった。昨年から、時の流れの速さを痛感している。何もしていないわけではないが、明らかに通常業務が増えている。それに加えて、時間を要する企画書や提案書の作成があり、思うように回っていない。

 人と口をきくのも億劫な一日だった。この調子だと、第二四半期の最初の日である明日は、不機嫌なネコのままで始まりそうだ。やれやれである。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-31 23:49 | 心の中のできごと | Comments(0)

ヤコブの12人の息子達・・・イスラエルの十二支族

John Barry Theme Out of Africa
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 明日はいよいよ待ちに待った4月1日だ。遠慮することなく、周りの人達には妄想度全開で、何か面白い嘘話をしたいと思う。日頃の憂さ晴らしである。

 とりあえず、私は旧約時代に宇宙の彼方から地球に渡来し、これまでずっと生きて来た、という話を真面目にしてみようと思う。

 そのために、旧約聖書の創世記に出て来る、アブラハム、その息子のイサク、そしてその息子のヤコブ・・・その辺りの家系をちゃんと把握し、そこに私自身を登場させようと思う。

 創世記によれば、イスラエルの十二支族となる、ヤコブの息子達は12人だったが、母親は4人だった。即ち、ラバンの上の娘であるレア、下の娘であるラケル、そしてラケルのつかえめのビルハ、そしてレアのつかえめのジルパである。ラバンは、ヤコブの母・リベカの兄である。ということは、ヤコブとラケル、レアはいとこ同士ということになる。

 ヤコブはラケルと結婚したかったのだが、結果的に以下の4人の女性との間に、12人の息子が生まれたことになる。細かい経緯は抜きにして整理すると、以下のようになる。

1.ラケル;ヨセフ、ベニヤミン
2.レ ア;ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン
3.ビルハ;ダン、ナフタリ
4.ジルパ;ガド、アセル

 ラケルとの間に生まれたヨセフは、兄弟達から疎まれ、後にエジプトの商人にに売られて最終的には、エジプトの王であるパロに重用される。さらにヨセフは、王のパロが見た夢を解き明かし、広範で大規模な飢饉の到来を予測する。ヨセフの進言を受け入れたパロは、ヨセフに国中を治めさせ、エジプト中で飢饉に備えて、食糧を貯蔵するよう命じる。

 父ヤコブとヨセフの兄弟達にも飢饉の影響がおよび、エジプトに行けば食糧があると聞いて、最終的にはヤコブの全家族がエジプトに移住することになる。野で獣に殺されたとばかり思っていたヨセフが、エジプトで生きていたことを知った、父ヤコブとの感動的な再会だった。

 この後、イスラエルの民は、エジプトでの奴隷の境遇に耐えられず、モーセとその兄・アロンの導きによって、全部族がエジプトを逃れ、苦難の行軍を始めることになる、いわゆる出エジプト記である、

 なぜ私がこのように、旧約時代のイスラエルの歴史に詳しいか、不思議に思われると思う。すでに午前0時を回り、いよいよ4月1日になったので、エイプリル・フールを隠れ蓑にして、そっとここだけで真実の話をさせていただく。

 過去のブログ記事で妄想と称し、私が銀河系の彼方から地球に派遣された、天からの使い、即ち地球人から見れば宇宙人であることを書いたことがある。誰も本気にするはずがない。当然である。

 私には人に明かせない神聖な使命があるため、じっと辛抱しながら機が熟すのを待っている。宇宙空間から、地球7千年の計画と歴史を管理している天の軍勢の助けを借り、少しずつ環境を整えつつある。それは決して大それたことではなく、人間に生まれながらに具わっている、人間の本質を覚醒させ、あらゆる不毛な価値を超越して、その本質を顕在化するよう助ける・・・それが私の使命である。

 私自身には、モーセのように大きな奇跡を起こす力は無い。しかし、静かな声でそっと言葉を囁き、人の心に届く真理を伝える賜を、天から授かっている。そして、必要な都度、天の軍勢が人の心を動かせるよう、手助けをしてくれることになっている。


 とうとう今日は、かなりの機密事項を開示してしまった。このような秘密の開示は許されていないのだが、4月1日に限っては公開していいことになっている。どうせ誰も、そのような荒唐無稽な話は信じないからだ。

 もうひとつだけ開示するなら、私はエジプトに売られた、そのヨセフの子孫として地球に生を受けている。ネコというのは、真の姿を隠すための方便であって、実際には宇宙の最先端技術によって、人間の胎内に宿り、生を受けている。但し、人間と異なるのは、生まれるときに過去の記憶を消されず、そのまま持っていることである。そして、これまでの約3千年の間、死を知らず生きながらえているのである。

 ここまで真実の姿を開示できれば、私としては大満足である。決して公開してはならない秘密が多すぎるので、普段から息苦しい思いをしているのだが、今日ばかりは肩の荷を下ろし、熟睡できそうである。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-31 01:12 | 心の中のできごと | Comments(0)

小さな羊たちの沈黙、無視、反乱に遭った

Estate-Joao Gilberto
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 月末の振り込み作業を順調に終え、ほっとひと息つくことができた。

 ところが、思わぬ伏兵が待ち受けていた。こんなに連続してパソコン周辺のトラブルが、団体で押し寄せて来たのは初めてだった。

 詳細な説明をする気力は残っていない。読まれる方にとっても、ある意味ではつまらない内容なのは明らかだ。

 最大の難事だけご紹介する。Office 365のExcelが、なかなか起動しなくなり、とうとう無視を決め込むという、反乱を起こした。マイクロソフトのサポートに電話したのだが、何カ所もたらい回しにされ、とうとう午後5時半を回ってしまい、時間切れ。

 それでも諦めず、マイクロソフトのサイト内で、チャットのサポートを見つけたので、やりとりしたが、結局案内されたのは、別の相談窓口で、やはり土日は休みだった。

 App Storeで新規にダウンロードしたが、ファイルは開くものの印刷できない。すでに、ボリュームライセンス契約をしているから、それが邪魔をしているらしい。

 そこで、もう1台のiMacに1ヶ月無料お試しのをダウンロードしてインストールした。時間はかかったものの、なんとかファイルを開き、印刷画面が出た。しかし、一向にプリンタが動かず、オレンジ色のランプが4連続で点滅するだけだった。

 これまでのトラブル修復の経験を思い出し、セーフブート、ピーラムクリアを行ったが効果無し。最後は電源ケーブルを引っこ抜く、SMCクリアとかいう方法を試したら、なんとか修復された。

 これだけの作業に6時間以上を費やしてしまった。

 溜息をつきながら、ふと考えた。パソコン2台とプリンタ2台には、それぞれ名前を付けて起動・終了時には声をかけている。しかし、アプリケーションには名前も付けず、声もかけていない。もしかして、それをひがみ、ささやかな反乱を起こしたのだろうか、と思い浮かんだ。

 しかし、アプリケーションといっても、数えたら常時立ち上げて使用するだけでも10種類にはなる。面倒なので、Excelちゃん、Quarkちゃんなどのように、そのままの名前で呼んだのでは、態度を変えないだろうという気がする。

 iMacには、アレックス、アリス、プリンタにはオーギー、オーギー・ジニアという人間名前を付けているのに、どうして自分たちにはちゃんとした愛称を考えてくれないのか、という不満の表情が脳裏に浮かぶ。

 しかし、私の身にもなって欲しい。パソコン周辺のハードやソフトに、十いくつもの名前を付けてしまったら、その都度思い出せなくて混乱し、ストレスが増幅してしまうんだぞ、と思う。

 おまけに今日は、長い付き合いの友人が、腸の癌で手術を受けるという知らせが入ってきた。ちょっと前の電話で、どっちが先に逝くか、という年代になってきたねと言われたばかりだった。ずけずけ言う人間だが、それだけに裏表が無く、安心して付き合える人間だ。なんとか手術が成功し、またあの毒舌でまくしたてられてみたいものだ。女性なのに、ヤクザを睨み付け、くってかかることもあったらしい。

 今日の私は、心身共にクタクタである。でも、我ながら感心しているのは、途中で投げ出さず、なんとか印刷できる環境を構築できたことだ。

 そのような半日だったので、どの音楽を聴いても癇に障っしまい、受け付けない。そんなときでも、ボサノヴァはほっとできるようだ。いつか、ブラジルの海岸線をのんびり歩いてみたいものだ。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-30 01:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

明日は実質的な月末である


Una Mujer
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 明日は実質的な月末なので、振り込み一覧表の準備をし終えたところだ。今日は木曜日で、製本屋さんにも往復した。言い訳にはならないのだが、今日は歩くことができなかった。

 そんなこんなで、とうとう一日中、実務脳のままで終わりそうである。

 いや、そんな最中にも、少しだけ妄想タイムがあったようだ。1年少し前頃から、東アジア情勢や日本が有事に巻き込まれた際のシミュレーションを、ネイティブの人(たち?)を前にして説明するシーンが脳内に浮かんでいる。浮かぶ一方で、なかなか消えない。

 そこでいつしか、日韓や日中有事の際を中心とする情勢分析の説明を、英語で行う自己訓練を少しずつ始めていた。たとえ通訳者が同席したとしても、戦時国際法や外患罪、国防動員法、強制送還、強制隔離などという言葉を羅列するなら、通訳者の方は適語が思い浮かばず、対話が進まないと思っているからだ。

 今朝、ある日本人の言語教育者が著した冊子を手に取ってみた。日本人が英語を学ぶ際の助言が詳細に述べられていた。夜になって、その先生の知人に電話し、事情を説明して意見を聞いてみた。するとどうも、私の目的には少し外れるように感じた。

 そのとき、昨年から私の短編作品を英訳してくれた、ニュージーランド出身の女性のことが思い浮かんだ。日本の大学院で、日本語で修士号を取得しているし、メールのやり取りで読んだ日本語は、かなりレベルが高い。月に2回か4回程度、スカイプでの個人教授をお願いしたら、どの程度の費用で引き受けてくれるか、訊いてみようと思うようになっている。

 別に差し迫って具体的な必要性がある訳ではない。明らかに私の妄想病の病巣から出現している症状である。

 そのようなことに時間やお金を割こうと考えるのだから、私はまだまだ切迫した苦労をしていないのだと思う。

 でも、自分独自の発想や手法は、大事に温存したいと思う考えに変わりはない。

 思ったより早い時間に作業が終わったので、今日は早めに休もうと思う。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-29 00:41 | 心の中のできごと | Comments(0)

作業に追われた一日だった

Diana Krall - You Go To My Head
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 どうも何かバランスが悪い。すっきりしない。

 俗に言う、気晴らしが何もないのが原因なのかもしれない。何か気晴らしを、と考えても、残念ながら何も思い浮かばない。

 自然の中で過ごすのがいいのかもしれない。しかし、山道を歩くには脚力に自信が無い。平坦な道ならある程度は歩けると思うが、ずっと上り道が続くと無理だろう。

 遠くに水平線を見ながら、ぼんやりと過ごすのがいいかもしれない。鎌倉、逗子、葉山に最後に行ったのがいつだったか、思い出せない。

 来る日も来る日も何かに追われており、映画すら観なくなって久しい。

 こういう状態を、普通はストレスというのではないだろうか。普段、ストレスなど感じたことがないのだが、改めて考えてみるなら、やはりストレスなのだろうと思う。

 ゴールデンウィークは10連休だと、誰かが言っていた。へえ、10日も休みがあるのか。想像すらできない。10日も休んでしまったら、休み中に溜まってしまった絵本製作の申し込みが、山のようになってしまうだろう。誰も10日間をまるまる休みたいという人間はいない。その後の大変さが分かるからだ。

 こうしていても、知らないうちにうたた寝をしてしまっている。どうやら、疲労が全身に回っているようだ。

 こんな日は、何も考えず、このまま寝ることにしよう。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-28 00:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

一進一退だが、少しずつ朝型人間に変貌しつつある

Léo Ferré - Avec le temps (enregistrement TRS)
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 午後6時頃からこの時間までの約6時間、作業をしながらずっとこのこの曲を、繰り返し繰り返し何度も聴いていた。聞きながら、過日の、シャンソン歌手兼童謡歌手の大庭照子先生からの申し出を思い出していた。

 パリ祭の頃、シャンソンコンサートをするので、そのときに「ラ・ボエーム」を舞台上で歌って下さい・・・実際に私の歌をお聴きになって、是非、歌って欲しいと言われたのなら、かなり心を動かされたと思う。しかし、40数年前に、日高なみさんのシャンソニエで、パリ祭には特別に客が歌わせてもらったため、そのときに「ラ・ボエーム」を原語のフランス語で歌ったところ、日高さんから、今のは中国語ですか?、と馬鹿にされたという話をお伝えしての申し出に過ぎない。なんでも、大庭先生は日高さんとお知り合いだそうだ。

 そのお申し出には、ご放念ください、とお伝えしそのままになっている。それでいいと思っている。

 アズナブールの音域は、私にはかなり高すぎる。それに、いくら二十歳の頃の回想し懐かしむ歌詞であっても、「ラ・ボエーム」の歌詞に散りばめられた情熱は、とても持ち合わせていない。

 しかし、レオ・フェレの歌う「アヴェク・ル・タン」・・・正しい邦題は知らないし、歌詞の意味も正確に把握してはいないのだが・・・時の流れに身を任せ、という、なんとなく肩から力を抜いて、諦観と達観に包まれたような曲想なので、それと、レオ・フェレの音域だと歌いやすそうだ、などと阿呆なことを考えていたのは事実だ。

 中国語訛りのフランス語は御免被る、と思われているだろうから、もう二度と声はかからないと思うのだが、もし再び声をかけていただいたら、せっかくのご厚意でもあるので、特訓してみようかなと、またまた無謀なことを妄想してしまった。

 話題が横道に逸れてしまったが、今日の作業は仕事とは関係が無い。知人女性が脳腫瘍になってしまい、文字が読みにくいと聞いた。その方はクリスチャンであり、宗教音楽を聴きたいと仰ったので、聴ける環境を提供し、喜ばれたことがある。

 聖書を読みたくても読めない、という彼女の姿が思い浮かんだので、インターネットで検索してみた。口語訳聖書の音声ファイルを見つけたのでダウンロードしたのだが、ファイル名が連番の章の数字だけなので、これだと読みたいところを探すのが大変だろうと考えた。

 そこで、ファイル名をひとつずつ修正し、何の何章かがひと目で分かるようにしようと思い、作業を始めた。

 ところが、膨大な数の音声がイルであるため、この時間までかかっても、やっと歴代誌下までである。気持ちの上では、なんとかこのまま旧約聖書を変換し終え、新約聖書も、と思うのだが、一気にそこまで仕上げようとすると、朝までかかってしまいそうだ。

 心を鬼にして、今日はここで切り上げることにした。せっかく朝型への転換にチャレンジしているのだが、このまま朝まで作業を続けてしまったら、一気に深夜人間に逆戻りしてしまう。

 脳梗塞や脳内出血にも気をつけ、やはり自らの健康状態を優先するようにしたい。急がば回れ、だと思う。

 もしいつか、公開の場でこの「アヴェク・ル・タン」を歌う機会があったら、恥も外聞もなく、記念に公開させていただく。・・・そして後悔もしたいと思う。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-27 01:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

健全な生活だと、夜は眠くなるようだ

Astor Piazzolla - Oblivion
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 いつもより数時間早く起き、今日の読書課題を読み終え、5000歩を歩いてきた。私としては、優等生の部類である。そのせいか、つい先ほどまで猛烈な眠気に襲われていた。そのまま眠りに入るなら、ますます健全な生活になるのだろうと実感している。

 最近は歩く余裕がなく、しばらくぶりに歩いたため、足の筋肉が衰えて身体を支えるのが大変だった。足がガクガクしながら、なんとか歩いてきた。連日歩き続けると、徐々に楽になることは経験的に分かっている。

 一昨日、リステリンのトータルケアが切れたので、新たに注文しようとしたら、トータルケア・プラスという名の新製品が紹介されていた。昨日届いたので、早速使用してみた。劇的な効果はないのかもしれないが、良さそうな感じがしている。口腔内のうがい液だ。相当年数にわたり、使用している。

 今日、歩きながら、昨日の手のひらのしびれについて考えた。久しく歩いていなかったので、脳内が重く圧迫感を感じた。そんなときでも、ある程度歩き続けていると、やがて脳内がすっきりするのは、何度も経験している。

 パソコンの前で椅子に座りっぱなしの時間が長いと、当然身体を動かさない。実感として、脳内血管の内側に何か微細なものが、少しずつ付着するような気がする、そのままにしていると、さらに付着物が増えてしまい、血液の通りが徐々に悪くなってしまう。そしてやがては、脳の血管が詰まり気味になり、脳梗塞の症状が出る、あるいは血管に亀裂が入り脳内出血を引き起こしてしまう。

 医学的なことは分からないが、体感的にはそのように感じる。つまり、どんなに忙しくても、半徹夜は止め、最低5000歩は連続して歩く。糖分の摂取はできるだけ少なくする。

 これを実行するだけでも、いろいろな病気の予防になると思う。

 相当量の水を飲むのも習慣化している。電子水、酸素水を欠かさず飲んでいる。手作り酵素も、水で薄めて飲んでいる。

 今日知人が、カゴメのトマトジュースを誕生日のプレゼントとして送ってくれた。「つぶよりの国から」と書かれた説明パンフレットが入っていた。とても新鮮でナチュラルな感じがした。栄養価が高く、野菜の栄養分を吸収しやすい、腸に優しいジュースという感じだ。私の健康を心配して、送ってくださったのだと思う、有難いことだ。

 今日は選曲に迷ってしまった。冒頭のOblivion(忘却)という曲は、ピアソラ作品の中で最も好きな作品なので、出し惜しみをし、あまり掲載していない。今日は、この曲を選び、いろいろな演奏家の演奏を聴いたのだが、正直言ってどれも気に入らず、結局はピアソラ自身の演奏の、この動画にした。


 東日本大震災の後、北海道から福島まで、地方新聞社を駆け足で訪問した。レンタカーで走り回ったのだが、廃墟と化した気仙の海岸線の景観、そして多くの人命を運び去った湾内の海水の色が、強烈な印象として残っている。

 物質的、経済的な支援は被災者の皆さんの、大きな支えになったと思う。復興に向けての基盤になったと思う。しかし、どれだけの予算を配分されても、失った家族は還ってこない。

 その心の痛手を癒し、心に今も残る空虚な隙間を埋めるには、何が必要なのだろうか。・・・そう考えたとき、江戸という時代設定で、気仙出身の女性が非業の死を遂げるストーリーが思い浮かんだ。

 てっきり、陸前髙田という地名は江戸時代にあったと思い、幼少期をその陸前髙田で過ごした少女が、江戸城築城の手伝いに、家族共々江戸に移り住む、という設定にした。ところが調べたら、陸前高田市は幾つかの町が合併したときに、新たに付けられた名前だということが分かった。

 少女は江戸で成長し、やがては恋に落ちる。しかし、父親の上司から結婚相手を決められ、逆らえない父親の立場もあったので、長崎から薬を取り寄せ、病死を装って自害する。その少女が、霊界から舞台に登場し、婆やの独白する回想シーンに合わせて、舞姿を見せる。

 その舞で使われる音楽は、すべてピアソラの曲を使用する。日舞とピアソラ?日舞関係者の方だけでなく、ほとんどの方が驚かれると思う。

 幕開けで使用するのは、Remembrance(思い出)であり、少女が気仙時代に、将棋が強かったことが語られる。江戸の棋士の間では、独自戦法の「気仙流」を指す少女として、名を知られていた。

 そしてラストシーンでは、舞台上から、地上に残したまま別れ別れになった、当時の恋人や家族に対する心情を語る。そのときに使用するのが、このOblivion(忘却)である。あたかも津波に連れ去られた家族が、舞台上に甦った舞う女性を通して、自分たちに語りかけている、という印象を感じていただける演出にしたい。

 語り手の婆や役は、独身時代からの演劇仲間(私は役者ではなく脚本家である)の女性にお願いしている。数十年の付き合いだが、今では実際に婆やの年齢に近づいている。リアルな演技を期待できそうだ。

 で、舞う女は、我が娘に頭を下げてお願いしようと思っている。娘は、自分のことを私がブログで書くのを嫌がっているので、これ以上は書けない。しかし、何年も前に川崎市民劇「枡形城 落日の舞」で、城主の妻で舞う女として舞台で舞を演じさせていただいたときの印象が、強く残っており、娘のイメージで脚本を書きつつある・・・数年がかりになっているが、自称。未完の大作である。

 余談だが、気仙時代に少女が指した将棋の独自戦法を「気仙流」と命名し、これまでに将棋ソフト相手に数百局は対戦している。師匠の堀川修指導棋士五段に相談し、先手のときは初手6六歩である。師匠曰く、プロが指したのを見たことがないそうだ。最終的には立石流四間飛車を目指す戦法である。

 地元大船渡には、日本将棋連盟の支部があり、何度かお邪魔している。いつか、小学生相手に、その気仙流で対戦してみたいものだ。小学生に負けるのなら、まだ格好がつくと思うので。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-26 00:17 | 創作への道 | Comments(0)

朝、手にしびれがあり、脳梗塞かと思った

Vete de mí - Julia Zenko
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 足先の血行が悪く、慢性的にしびれはあるのだが、今朝は左手のひらにしびれが発生した。真っ先に思い浮かんだのは、脳梗塞だった。検索したら、やはり脳梗塞や脳内出血が疑われると書かれていた。

 緊急に処置が必要だとは感じなかったが、外出の予定を取り止め、布団の中でじっと安静にして、様子を見ることにした。

 もしかして何か脳に異変があり、身体のどこかに麻痺が出るかもしれない、などと暗鬱な気持ちになってしまった。しかし、それはそれで受け入れるしかない、とも思った。

 ちょうど、読書課題が数日分遅れていたので、携帯用スピーカーと同期させて聴き始めた。途中、何度も寝入ってしまったが、その都度、章の最初から再生し直した。

 薄紙を剥ぐように、しびれは少しずつ改善されたが、最終的には約5時間ほど安静にしていた。その頃には、しびれも消え安堵した。

 知人何人かが、脳梗塞や脳内出血を経験しており、後遺症を抱えている。これまで以上に、摂生しなくてはと思った。その一方で、ひょっしてしびれの原因は、いつも身体を左下にして寝ることが多いので・・・布団の中でiPadを閲覧するため・・・もしかしたら、左手を身体の下に入れたまま寝てしまったのではないだろうか、とも考えた。ありえることだ。

 しかし、これは普段からの不摂生に対する警告だと考えることにしたい。とりあえずは、床につく時間を早めることから始めたい。それともうひとつは、甘いもの依存症の克服だ。血糖値が高止まりしているのに、脳内の疲労感を抑えるために、つい甘いものに依存してしまう。自分で病気を作ってしまっているようなものだ。

 今日は自由な時間が比較的長かったので、自己分析をしてみた。

 ・・・なぜ、いつも脳内疲労を感じるのだろうか?

 どうやら、絶えず何かを考えているように思う。ひとつの情報記事を読んでも、いろいろな視点から考え、深層にある事情や状況をあれこれ推測してしまう。そんな感じなので、脳はかなりフル回転している。

 もっとリラックスする時間を確保すればいいのだろうが、これだけ内外情勢がめまぐるしく変化すると、やはり気になってしまう。

 しかし、健康体あっての的確な判断だと思うので、まずは健康と基礎体力を優先したい。

 現在時刻は午後8時15分である。これが健全なブログ時間帯なのだろう、きっと。

 そんな訳で、徐々にブログアップ時間を早めたいと思っているので、応援をお願いしたい。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-24 20:23 | 心の中のできごと | Comments(2)

思春期は彼方に去り、思秋期からやがて思終期へ

Bill Evans Trio - What is there to say?
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 考えてみたら、執着を感じる対象がずいぶん少なくなったことを実感している。。おそらくは、いろいろな意味で身辺を整理し、世俗とは徐々に距離を置くような時期になっているのだと思う。

 普通、青春は希望に満ち溢れている時代だと思う。こんな私でも、漠然とではあるが、前途が開けているという予感があった。しかし、70年安保闘争の時期を神田で過ごしたせいか、なぜか一気に社会が疎遠に感じるようになってしまった。

 あの当時の余韻が、今でも残っているように感じる。今でも、世の中とは距離を感じているようだ。無邪気に、そして素直に社会に同化することができない気質が、失われることなく、今も引きずっているように感じる。

 こうしてビル・エヴァンスの演奏を聴いていると、聴き手に媚びない、孤高の精神世界を感じる。果たして、生涯を通じて、平安で穏やかなときがあったのだろうかと、そのような印象を受ける。

 
 最近は、驚くほど時間の経つのが速く感じる。つい最近、12月末だったと思ったのに、あっという間に四半期が過ぎ去ろうとしている。

 本来は、私自身が終盤に向かっているはずなのだが、現実はともかく、相変わらず架空世界での構想を描いているせいか、なかなか終焉の危機感を感じない。それがいいことなのか、あるいは不吉な予兆なのか、判然としない。

 とにかく、あまり遠くの前方を見ずに、目の前の視野に入る課題をひとつずつ、確実にこなしていきたいと考えている。

 午前0時になった。これでも、いつもよりはずっと早い時間だ。徐々に、早く一日を切り上げて、健全な睡眠時間を確保することを、優先課題にしたいものだ。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-24 00:10 | 心の中のできごと | Comments(0)

途中であっても中断する勇気を持ちたい

Diana Krall - Sorry Seems To Be The Hardest Word
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 昨晩、途中で中断するのがいやで、最後まで仕上げたら、寝る時間が早朝4時過ぎになってしまった。当たり前のことなのだろうが、決して体調は良くない。

 今日中に終えられるだろうと思って始めた作業の途中で、産婦人科からの申し込みセット作成依頼その他が入ってしまった。結局深夜0時でもまだまだ終わらない。このまま最後まで続けると、おそらくあと3時間程度はかかると思う。

 午後10時から午前2時までの睡眠が、免疫力を高めると言われているので、私は最悪の睡眠パターンである。さすがに深夜作業が続いていると、身体の芯からじわーっと不調さが拡がるのを感じる。ある方からは、深夜1時から4時まで起きている人の、癌の発生率が高く、しかも治りにくいと聞いている。

 無理を重ねると、かえって無責任なことになりかねないので、なんとか午後11時から徐々に10時には床につきたいと思っている。思っているだけで、実際に作業に集中すると、なかなか途中で止めるのが難しい。

 今日は思い切って、ここで中断して休もうと思う。中途半端なブログ記事で心残りではあるが、ご容赦いただきたい。まだ、もうしばらくは生きていたので。

 この歌の歌詞のように、ごめんねで済ませるのは、最も難しいと感じるが、しかし、今晩ばかりは、ごめんね、である。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-03-23 00:37 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ファンさん 激励を..
by hirune-neko at 06:42
がんばろうぜ!ねこさん
by ファン at 06:17
causalさん ..
by hirune-neko at 14:30
>知人何人かが、脳梗塞や..
by causal at 08:27
メタセコイアさん ..
by hirune-neko at 00:39
記事ランキング
以前の記事
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ