昼寝ネコの雑記帳

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シリーズ新作 日本アラカルト[時代の行方22・神の軍勢]

Bill Evans - Quiet Light
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 以前ご紹介したことのある、国を擬人化して登場させる作品の、最新作が公開された。

 タイトルは、日本アラカルト[時代の行方22・神の軍勢]である。前書きを以下にご紹介させていただく。

(前書きの引用開始)

 1月30日は、日英同盟締結記念日です。
 平成31年、西暦2019年の今年は、西暦1902年日英同盟が締結されてから117年が過ぎました。
 今年、1月10日に、日英共同宣言が締結されました。日英軍事同盟と同等の宣言だと見做されています。

 1月30日、この記念の日に、本作品を投稿したく執筆を続けていたのですが、何とか願いが叶いました。
 かなりの長文であり、ニュース記事も多数引用しています。アフタヌーンティーなど楽しみながら、休み休み閲覧ください。
 
 尚、日米同盟に関するアメリカ合衆国・アルフレッドの科白は、軍事評論家小川和久氏のYouTubeより拝借しました。

(前書きの引用終了)

 最近の東アジア情勢の、急激な変化を反映してなのか、かなりの量の公開情報を引用し、現状分析や歴史的背景も視野に入れた力作である。いろいろな視点からの考察も加えられており、日本、アメリカ、イギリスを中心とする、それぞれの国の立ち位置を疑似体験できる。国際時事を俯瞰するには、貴重な資料だと思い、お薦めする次第だ。

 ブログ・徒然なるままにの、ブログ主の作品である。

【日本アラカルト[時代の行方22・神の軍勢]】

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by hirune-neko | 2019-01-31 22:42 | インテリジェンス | Comments(2)

生まれて初めてスペオン語で話しかけた

"Balada para mi muerte" - Julia Zenko - HD -
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 昨秋、奥様を亡くされ、お子さんの待つペルーに帰ることになった男性と会うことになった。

 今日は製作ラインからはみ出した、絵本のアルバムページ20人分を引き受けたので、6時間はかかりきっただろうか。作業をしながら、ある考えが思い浮かんだ。奥様の話題になったとき、嗚咽して目頭を押さえた彼の姿を思い出したので、唐突に陶器製の夫婦茶碗をプレゼントしようと閃いた。

 ひとつは彼に、もうひとつは亡くなった奥様に。ペルーに帰っても、テーブルにふたつの湯飲み茶碗を置き、目にする度に、日本で奥様と一緒に過ごされた、幸せだった日々を思い出せるように、そんな思いが浮かんだ。

 彼は日本語をほとんど理解しないので、カトリックの信者だったという彼に対し、私から伝えたいメッセージを、Googleで翻訳してみた。日本語は保存しなかったので、記憶を頼りに書き残したい。

(Google翻訳スペイン語の開始)
日本製の茶碗を二つ用意しました。
Preparé dos tazones de té de fabricación japonesa.

ひとつはあなたのために、もうひとつは、亡くなった奥様のために。
Uno es para ti. La otra es para la señora que murió.

茶碗を見る度に、奥様と幸せに過ごした日本での生活を、思い出せるように。
Para que pueda recordar la vida de Japón que usted y su esposa tuvieron felices juntos.

いつか次の世界で、奥様と再会されたときに、一緒にお茶を飲んで楽しく過ごせるように。
Algún dia en el futuro, cuando nos reunamos nuevamente con su esposa, por favor, tomen té juntos y pasen un momento feliz juntos.

未来に向かって、希望と夢が甦りますように。
Por favor, mantén la esperanza y sueña en el futuro.

神様があなたと奥様を見守ってくれますように。
Dios cuida de ti y de su esposa.

あなたの友より。
De tus amigos,
(Google翻訳スペイン語の終了)

 これまで、スペイン語を勉強したことは、まったくないので、読み方も分からないし、とても全文を暗記することもできない。しかし、何度も何度もオラシオ・フェレールの作詞した歌をピアソラの作曲で聴いていたので、なんとなくスペイン語の語感を耳で憶えていた。そこで、ひとつの文章だけを選び、彼と対面するまで必死で暗記した。

Uno es para ti. La otra es para la señora que murió.
(ひとつはあなたのために、もうひとつは、亡くなった奥様のために。)

 事前に上記全てのメッセージを印刷したカードを入れて、夫婦茶碗をギフト包装してもらった。その包みを、彼に手渡しながら、生まれて初めてスペイン語で話しかけた。・・・ウノ・エス・パラ・ティ、ラ・オトゥラ・エス・パラ・ラ・セニョーラ・ケ・ムリオ・・・

 どうやら通じたようだ。何かお礼を言われたようだが、勿論さっぱり理解できなかった。

 人の心の中が見えるというのは、その人の心の痛みも伝わってくることになる。異国人で胃言語の人であっても、共有できる領域があると思っている。

 ほんのささいな経験だったが、改めて、自分の短編作品の多言語出版に意欲が湧くのを感じた。そしてさらに、これまで学んだことのないスペイン語の基礎を、独学で勉強してみたいという気持ちが湧いてしまい、我ながら呆れてしまった。

 あれこれの興味対象をちゃんと仕上げるには、今の機能を維持しながら、さらにもう半世紀は生きていなければならないのではないだろうか。アンドリュー・マーシャルが93歳で現役引退した歳まで、あと四半世紀ほどだ。自分が正常なのか、はたまた異常なのか、さっぱり判断できなくなってしまっている。

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by hirune-neko | 2019-01-31 01:02 | 心の中のできごと | Comments(0)

自分的には、嵐の前の静けさ・・・かな?

Mercedes Sosa - Los mareados
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 日課にしようとしている散歩と同様、インターネット上の決まったコースを、日に何度か巡回している。

 余命三年時事日記は、今日も「403 Forbidden アクセスしようとしたページは表示できませんでした。」となっている。別サイトで公開しているはずなのだが、見つけられなかった。

 徒然なるままにでは、興味深い記事を目にした。

 【衝撃】ジャパンタイムズ、幹部交代で反日路線をやめる→記者ら猛反発、泣き出す「ジャーナリズム!」「ファクトファクト!」ロイターに告げ口「政府広告が増えた」 | もえるあじあ(・∀・) 2019/01/29 11:46

 少々長い引用になってしまうが、以下に一部を引用させていただく。

(徒然なるままにからの引用開始)
 日本の代表的な英字新聞、ジャパンタイムズの新オフィスで、昨年12月3日、同社幹部と十数名の記者らが激しい論争を繰り広げた。対立に火をつけたのは、日韓摩擦の火種となっている「慰安婦」と「徴用工」について、11月30日付の紙面に掲載された「editor’s note」(編集長の説明)だった。
 今後、ジャパンタイムズは徴用工を「forced laborers(強制された労働者)」ではなく「戦時中の労働者(wartime laborers)」と表現する。慰安婦については「日本の軍隊に性行為の提供を強制された女性たち(women who were forced to provide sex for Japanese troops)」としてきた説明を変え、「意思に反してそうした者も含め、戦時中の娼館で日本兵に性行為を提供するために働いた女性たち(women who worked in wartime brothels, including those who did so against their will, to provide sex to Japanese soldiers)」との表現にする。
 こうした編集上層部の決定に、それまでの同紙のリベラルな論調を是としてきた記者たちは猛反発した。
 「反日メディアであることのレッテルをはがしたい。経営陣として『アンチジャパン(反日)タイムズ』ではとても存続できない」と説明する水野博泰・取締役編集主幹に、記者側からは「ジャーナリズムの自殺行為だ」、「ファクト(事実)が問題であって、リアクション(読者らの反応)が問題なのではない」などの批判が噴出した。余命三年時事日記は、今日も「403 Forbidden アクセスしようとしたページは表示できませんでした。」となっている。別サイトで公開しているはずなのだが、見つけられなかった。        
徒然なるままにからの引用終了)                    引用元・徒然なるままに http://mblg.tv/42411914/entry/8976/?cur=archive&val=all
 ある時期、みるとすを試験公開し、会員向けにウィークリーみるとす、という名で、毎週ニュースレターを配信した。当時登録してくださった約70人の方は、おそらく全てブログ読者の皆さんである。従って、内外情勢に関する提供除法が、ほぼ保守色であっても、違和感を持たれなかったと思う。
 しかし、正式に公開して会員募集すると、文字通り様々な政治信条・宗教的背景の方が対象となる。それでなくても、最近の国内外の対立構造は先鋭化してきており、特に日韓関係は素人目に見ても、一触即発の危うさを感じる。そのようなときに、個人的な見解を押しつけるのではなく、客観的な事実をベースに、対立構造の両論を紹介する手法で情報提供する必要があると考えている。
 対立構図のどちらかに誘導することが目的なのではなく、現実に展開されている論争なり対立構造の論旨を、できるだけ視野に入れ、両論併記で紹介する。そして、どちらが正しいかの判断は、読まれた方にお任せする、という考えだ。
 上記のジャパンタイムズの記事は、記者の皆さんの、ジャーナリズム精神の重要性=従軍慰安婦と徴用工の存在があった・・・という図式に対し、経営陣の、反日メディアであることのレッテルをはがしたい、という経営理念が対立した構図を示している。いわゆる、両論併記である。
 公開されているアメリカ公立文書館の資料その他、種々の調査データを紹介することは、読者の判断を助けることになるだろうと考えている。本来のインテリジェンスという手法は、特定のイデオロギーに偏らず、できるだけ多くの公開情報を収集し、客観的な分析を経て一定の方向性を提示する、というものだと考えている。
 あれこれ考えるものだから、ずいぶん時間がかかってしまっているが、そろそろ具体的な行動に移す時期だと思い始めている。
 インテリジェンスを独学で学び、堂々巡りになって行き詰まっていたときに、たまたまメールのやりとりをさせていただいていた小谷賢先生(当時は防衛研究所主任研究官)が、防衛大学と青山学院大学の大学院で、インテリジェンスの講座を教えていらっしゃることを聞き、60歳を過ぎていたが、大学院の試験を受けて在籍し、先生の授業を履修することができた。とてもいい勉強になった。
 先生ご自身が、授業中にいくつものスパイ映画を推薦してくださった。ゼロ・ダーク・サーティやティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイなどである。文字通り、諜報世界の疑似体験である。
 もし仮に、ファミリー・インテリジェンスサービスを提供する、無料の会員制みるとすが話題になり、数十万はおろか、数百万会員になってしまったら、文字通り重大な責任を負うことになる。間違っても、恣意的に誤誘導できないからだ。会員の皆さんからの信頼を損なわない、情報提供を貫く覚悟と、覚悟だけでなく、しっかりした情報収集および分析のスキルを有する、ある意味での情報機関として育てる責務があると思っている。
 やれやれ、私はまるで余命が無限に続くかのような、錯覚に陥っているような気がする。
 内緒の話だが、今日、行きつけの文房具屋さんでプラスチック製の書類ケースを購入した。カードで決済しようとしたら、2階に行ってくれと言われた。これまでに、何度も買いに行っていたのだが、2階に上がるのは初めてだった。勘定を済ませ、どんな商品が置いてあるのか興味があり、店内を回ってみた。画材や大判の用紙があり、意外にも膨大な数のプラモデルが陳鐵されていた。
 驚き唖然としたのは、なんと、かなりの数のモデルガンが並んでいたことだ。自動小銃のエアガンもあった。暗がりで出されたら、驚くだろうと思うほど精巧な銃器だった。買いたい衝動を抑え、今日は帰宅した。エアガンの威力は、どの程度なのだろうか。所詮はオモチャなので、防護の役には立たないだろう。そう考えながら、未練タラタラとした気持ちで、家に向かった。
 サンフランシスコ郊外の公営射撃場で、何度か実射訓練を受けたときのことを、懐かしく思い出した。以前も書いたが、銃砲店の店主は日本人で、ワルサーPPKという自動小銃を購入し、店に保管してもらった。法律的に携行できる方法を確認したが、実行には移さなかった、今にして思えば、狂気の沙汰である。・・・でも、日本で小銃の携行が許可されるようになったら、おそらく購入するだろうと思っている、危険人物である。

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by hirune-neko | 2019-01-30 01:46 | 心の中のできごと | Comments(0)

すっかり腕が錆び付いてしまい、愕然とした

Charles Aznavour - Comme Ils Disent
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 本当に久しぶりに、サイトの改造に着手した。数十ページのリンクページを作ろうとしたのだが、どうもおかしい。ちゃんと作れない。かなりの時間を無駄にしたが、最終的には打開策を考えて、なんとか基本構造ができた。やれやれである。

 今日ばかりは、時間があっという間に過ぎ去ってしまった。このまま最後まで仕上げようとしたら、朝までかかってしまいそうなので、ここで止めることにした。
 
 最近は、探し物が多くなったような気がする。白内障のせいもあるのかもしれないが、見えにくい。人と対面しても、かろうじて性別は分かるが、顔が認識できないと言って、人を笑わせているが、あながち冗談でもない。

 久しぶりにアズナブールを聴いてみた。二十歳過ぎの頃、初めてアズナブールを聴いた。本当は、アズナヴールと書くべきなのだと思うが・・・ラ・ボエームや帰り来ぬ青春など、とても印象的だった。今でもこうして聴きながら、いろいろなエピソードを思い出している。

 パリには仕事で何回か行った。新婚夫婦のアパートに同居させてもらい、一ヶ月ぐらい暮らした時期もあった。地下鉄のデフォンス駅から歩いて5分ぐらいの、古いアパートだった。・・・アパルトマンと書くべきなのだろうか。

 観光旅行のように、あちこちを訪れた訳ではないが、感覚的には親しみを覚える街並みだった。不思議と創作意欲が湧いてくる感じで、いつかまた行ってみたいと思う。セーヌ川の河畔とモンマルトルの丘に佇み、心に浮かぶイメージを味わいたい。

 そういえば、ブログ読者で、仕事でもお付き合いのある方が、名字の由来を調べてくれた。昼寝ネコはさすがに出てこなかったらしいが、人間名前の方を調べてくれた、その結果、以下の内容を報告してくれた。

 「・・・冥府の役人だとかで、閻魔大王に御仕えし冥府とこの世を行き来していたとされる不思議な伝承がありますが、昼寝ネコ様のブログの記述に通じるものを感じて、『血筋』なのかなと思いました。由緒あるお名前、大事になさってください。」

 へえ、それは興味深い話だと思った。現実社会に融和できず、常に醒めた目で周りを眺め、大概のことは先が見えてしまう。永続性のある価値とはほど遠い、あれやこれやには惑わされず、かと言って、これという絶対的な価値体系を述べることもできない。

 まるで孤独な長距離ランナーのように、黙々と走り続けているような感覚だ。しかし、手探り状態ではあるが、少しずつ焦点が定まってきて、何やら具体的なイメージが、ようやく像を結びそうな予感がある。嬉しいことだ。

 世のビジネスマンの皆さんからは、馬鹿にされ呆れられるような発想で、仕事を組み立てているのだろうと思う。しかし、企業にも商品にも、何事にも寿命がつきものなのではないだろうか。今をときめくAmazonのビジネススタイルだって、何かのきっかけで衰退するような予感がする。

 そんなことより、一体私は、あと何年第一線で仕事をしていられるのだろうか。方向性や発想には確信を持っている。しかし、体力と気力が衰え、視力も思考力も低下する方向に向かっているのは事実なのだから、根本的に発想を変えなくてはいけないのでは、という声なき声が聞こえるようになっている。

 ブログ読者の方からのいただきものであるハーブティーを、今日は何杯も飲んでいる。ちょっとビターで、大人の味である。

 もうじき午前3時になる。心や脳内に浮かぶあれこれを、言葉に置き換えて文章として残すのは、最も至福なひとときである。まとまった時間があれば、架空の人物の、人の目に見えない心の動きや、人には言えない人生の隠れた部分を語りかけてもらい、短編作品にまとめたいと思う。

 さて、きりがないので、ここまでとさせていただく。

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by hirune-neko | 2019-01-29 03:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

昼間からもらい泣きをしてしまった

Astor Piazzolla - Tristeza, Separación
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 私の短編作品を、スペイン語とポルトガル語に翻訳してくれる予定の男性から、頼みがあると言われた。聞くと、南米出身の男性が、市役所に提出する書類が日本語のため、説明してほしいという依頼だった。

 三人でテーブルを囲み、書類が並べられた。見ると、退職金支払申請書と書かれていた。当の男性は日本語をほとんど理解せず、スペイン語が母国語だという。そこで、まず私が記入項目の内容を英語で翻訳家に説明し、翻訳家が彼にスペイン語で説明するという図式になった。彼の推定年齢は、70歳近くだと思う。・・・げっ!では、ほとんど同世代ではないか。
 
 最初は訳が分からなかったのだが、やりとりをするうちに、少しずつ状況が理解できた。

 日本人の奥様が、昨年10月に亡くなり、退職金などを申請するための書類だった。個人的なことなので、なるべく立ち入ったことは訊かないよう努めた。それでも、彼がペルー出身であること、亡くなられた奥様とは、30年以上一緒に暮らしたことなどが分かった。

 英語でしか私の気持ちを表現できなかったが、翻訳家がスペイン語で私のお悔やみの言葉を伝えてくれた。彼は俯きながら言葉を発したが、途中で目頭を押さえ嗚咽し始めた。長い間二人で暮らしたが、何も諍いはなく、幸せだった、と翻訳家が彼の言葉を日本語にしてくれた。

 私自身は嗚咽しなかったが、心の中で痛いほど気持ちが理解でき、悲痛な悲しみが伝わってきた。

 ペルー出身だと聞いたので、ピアソラが作曲した映画の内容を説明した。

 記憶は定かではないが、母親と再婚した男性との同居生活に耐えられなくなった思春期の男の子が、離婚した父親から随分前に届いた手紙の住所を頼りに、ペルーを縦断して父親を探しに行くというストーリーだ。

 ところが映画の原題が SUR (南)だったのと、ピアソラが作曲したことしか思い出せなかった。監督はソラナスで、邦題は「スール その先は愛」あるいは「ラテンアメリカ光と影の詩」だった。かなり長期間、ピアソラが好きで聴いている、と言ったら、再度名前を言うよう促されたが、知らないとのことだった。

 お子さんがペルーで待っているので、諸々の処理が終わったら離日するという。お子さんは36歳だというので、どうも計算が合わない。まあ、どうでもいいことだ。30年以上の結婚生活を日本で過ごしたのなら、彼はもう少し日本語が理解できるはずだ。もしかしたら、かなりの期間をペルーか南米のどこかで過ごしたのかもしれない。

 私には何もしてやれないが、せめてペルーに旅立つまでは、必要な手伝いがあれば協力したいと思っている。

 帰宅して、その映画の音楽アルバムを聴いてみた。その中の1曲は、冒頭のTristeza, Separaciónで、「別離の悲しみ」と訳せるのではないだろうか。

 人生の晩年に、異国の地で独り残された男性。せめてこの曲を聴きながら、彼の未来に希望と生きる気力が甦るよう、祈る気持ちである。

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by hirune-neko | 2019-01-28 00:53 | 心の中のできごと | Comments(0)

私は本当に、現実世界で生きているのだろうか

Bill Evans - Like Someone in Love
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 処理作業に追われて脳内が飽和状態のときは、まったく意識しないのだが、今日のように土曜日で電話も少なく、仕事場の整理をしているときには、身体は忙しいが脳内には空洞ができる。その空洞に、いろいろなイメージや視点が忽然と現れることが多い。

 歩いて5分ほどの所に、間口2間ほどの小さな果物屋さんがある。申し訳程度に一部に野菜も置いている。ご主人は高齢の男性で、つい最近まで体調が悪く、店には出ていなかった。何度か買いに行き、雑談を重ねるうちに、ご主人も私のことを憶えてくれるようになった。

 今日はミカン2袋と、サツマイモ芋2袋を買った。サツマイモの煮たのは、義母の常食なのだが、ちょうど切らしてしまったので買いに行った。「今日のリンゴは甘くて美味しいよ、福嶋産だけど」と勧められた。「ちょうど福嶋のリンゴ園から取り寄せて、まだ残ってるから、無くなったら買いに来ます」と答えた。心なしか嬉しそうな表情を感じた。もしかしてご主人は福島の出身で、原発事故の風評被害で苦労している、福島の農家の皆さんを応援しているのかもしれない、という気がした。

 会計の時、小さな箱に饅頭が6個ばかり置いてあるのが目に留まった。「あら、果物屋さんで饅頭も売ってるんですか?」思わず、そのような言葉が出てしまった。なんでも、市場に出ていたので仕入れたという。どこの製造なのか訊いたら、福島だという。「私はこしあんしか食べないので」といい、茶饅頭のような色のをひとつ購入した。

 買ったものをリュックに詰め、店を後にした。そのとき、福島や岩手など太平洋岸の農家の皆さんのことが目に浮かんだ。土にまみれ、丹精込めて作物を育てている、純朴な人柄の人たち。・・・出来上がった生産物は、すべて農協が買い取ってくれるのだろうか。それとも、自ら販売努力をすることが必要なのだろうか。農作物の生産と販売営業。いかにも相容れない感じがする。

 世界中、もちろん日本も含めてマーケティングは、IT技術が全盛である。インターネットで簡単に注文でき、一般価格より安く、迅速に配達までしてもらえる。いわゆる、高度にグローバル化された販売ネットワークである。

 1年ちょっと前に他界された、岩手県の冷凍和菓子メーカーの社長の事を思い出した。頑固一徹な方で、地元の穀類を主原料にした和菓子を作っている会社だ。 全国のほとんどの生協に販売をしていると聞いている。文字通り、地元の農家の皆さんと密接な関係を築き、長年にわたって特色ある製品を開発・販売してきた。その社長とは、かれこれ40年ほど前からの付き合いだった。何度か会社にお邪魔したことがあるし、ご夫婦で東京出張の折は三人で歓談したものだ。

 いつか、非常時に備えた備蓄用の製品を一緒に作りましょう、という話をしていた。私自身の構想である、みるとす会員向けに提供したいという考えがあるからだ。一昨年、喪中の葉書が来たので、常務である奥様に電話をした。その時に、社長と一緒にこのような計画を話し合っていたんですよ、と伝えた。すると、即座に息子さんが跡を継いでいるので、よろしくお願いしますと言われた。

 これまでの長い間、仕事で北海道から沖縄まで訪れている。もちろん、全都道府県をくまなく訪れてはいないが、考えてみると東北地方に足を運んだ回数が断然多い。東日本大震災の後、絵本の寄贈プロジェクトを告知していただくをお願いで、北海道から青森、岩手、宮城、福島までの地方新聞社を回った。

 最終的には、岩手県大船渡市にある東海新報社に、最も多くお邪魔した。そのご縁で、津波の被害が甚大だった気仙地方のみなさんに、励ましの目的で気仙オリジナル版の絵本の寄贈を継続することにしている。予算の関係もあり、まだ実現していないが、もう少しお待ちいただきたいと思っている。そういえば、一時期、日本将棋連盟の大船渡支部が主催する、ちびっこ将棋大会に参加賞のノートを提供させていただいた。震災直後の大変な時期の頃だ。必要であれば、またお手伝いをさせていただきたいと思っている。

 東海新報社の役員の方には、みるとすの構想を簡単に説明している。何年も前からブログに書いているが、 会員制のファミリー・インテリジェンスサービスである。もう少し具体性が高まったら、取材をお願いし記事にしていただくことになっている。その時に、地元気仙地方の農業生産者の皆さんの状況や、加工食品メーカーの様子も聞いてみたい。三陸地方はリアス式海岸で、漁業も盛んなところである。農産物と海産物、それと加工食品の生産力があれば、何らかの形で提携できればいいなと希望している。

 自分の構想を客観的に見てみると、現在主流となっているウェブマーケティングなど、一連のグローバル化指向とは180度真逆の方向に進んでいると思う。長期的に見るなら、その方向が正しいという確信を持っている。つまり、人生観や価値観を共有し、人的な交流を束ねてお互いに、有意義な事業を構築していく・・・仮に逆風が吹くときであっても、お互いの信頼関係と、共に助け合う精神で乗り越えて行けると思うからだ。

 長いものに巻かれず、周りの空気を読まず、相手の地位や権力に臆せず、至ってマイペースな考えて生きている。

 そのような自分の生き方を客観的に見たときに、もしかしたら私はすでに他界しており、地上の価値観や風潮に惑わされず、あの世の視点から物事を考えているのではないか、と思うことがある。早世の家系に生まれ、早死にを覚悟してずっと生きてきている。いや、もしかしたら途中で寿命が尽きていたのだが、まだまだ地上での苦労と修行が足りないという理由で、あの世に受け入れてもらえず、 何度も地上に送り返されているのではないだろうか。つまり、何度もこの世とあの世を往来しているのではないか、という感じを持つことがある。

 そんなことが時々あるので、自分が本当に現実世界で生きているのか、あるいは、あの世でいろいろな訓練と指導を受け、少しは世の中の人のためになることをして成長し、あの世で受け入れられるようなレベルになって戻ってきなさい、と言われているのではないだろうか。そのような荒唐無稽な考えが浮かんでしまう。
 
 こうしていても、自分が本当に生身の人間なのか、あるいは異空間との往来を続けている変種人間なのか、はたまた昭和生まれの人間なのか、あるいは実際に紀元前1000年ごろに生まれ、できが悪いのでなかなかあの世に受け入れてもらえないため、ずるずると3世紀も生きているのか、自信と確信を持って判断することができないでいる。

 そんな行き場の無い私を、どうか憐れんでやっていただきたい。それだけがせめてもの救いである。

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by hirune-neko | 2019-01-27 01:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

これでは毎日が真夜中のカウボーイ状津だ

John Barry (1933-2011) - The Midnight Cowboy Theme
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 自分本来の仕事に手を付ける前に、即対応の必要がある案件が飛び込んでくる。最近は、断続的というより連続する傾向が目立っている。さすがに集中力を維持するのに苦心し、横から世間話をされても、申し訳ないが無視する状態だ。ネコだってエサを食べている最中に手を出したら、引っかかれるだろう。私もかなり殺気立って仕事をしている。

 真夜中のカウボーイという映画は、高校生の時に映画館で観た。確か学校を抜け出し、一人で観たのだが、なぜこの映画を選んだか記憶に無い。大体、半世紀も前のことなので映画といえば、映画館で観るしか選択肢が無かった。しかも、映画館は町に数軒しか無かったのだから、選ぶこともできない時代だった。

 その点、今は無料映画サイトだけでも、いくつもある。かつての映画館主は、どのような状態になったのだろうか。ひと頃は全盛を誇っていたビデオレンタルショップも、徐々に閉店傾向にあるようだ。時代と共に、成り立たなくなる業態があるものだと、感慨深く思っている。

 ここ数日、ブログ・余命3年時事日記がアクセスできない状態になっている。かかる事態を想定し、別サイトを用意していると書かれていたが、もしご存知の方がいらっしゃったら、教えていただきたい。

 時間を確認したら、午前2時である。せっかく早寝を目指していたのに、元の木阿弥である。しかし、今はそのような時期なので、つまり多少無理をしてでも一定の環境を、早急に作らなくてはならないので、楽をしてはいられない。

 いつか将来になって振り返り、ずいぶん無茶をした時期があったな、と懐かしく思い出せるときが来るといいなと、楽しみにしている。

 現実の仕事の渦中にあると、なかなか創作ストーリーが思い浮かばない。やはり第一線から退けられるように、スタッフを揃えて訓練し、徐々に海の近くに住まいを移したいという希望を持っている。

 創作活動は、唯一自分の世界に浸りきり、脳内に自由な空間を創ることができる。今は、そこに至るための上り坂だと考え、引き続き努力するようにしよう。

 しかし一方で、国家の安全については常に視野に入れたいと考えている。とくに、最近の東アジア情勢には注目している。とりわけ、日韓関係がどのような展開になるのか・・・まさに過去最悪の関係なのではないだろうか。北主導の半島統一はあるのだろうか。

 いずれにしても、素人目にも特亜三国が窮地に追いつめられているのは事実だと思う。果たしてどのような陰謀が実行に移されようとしているのだろうか。

 私は国家機関とはなんの関係も無いので、あくまでも想像と推測を巡らせるだけだが、非常事態に備えた個人的な備蓄は、今後も勧め続けようと思っている。また、できるだけ実態を反映した情報源を確保し、他国や他国情報機関の情報工作に振り回されないよう、知恵を絞って警告したいと思う。言うだけなら簡単なのだが、仕事上いろいろな思想信条の方々と接触するので、賢明な戦術・戦略で進めなくてはならない。目下、その基本方針を検討中である。

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by hirune-neko | 2019-01-26 02:32 | 心の中のできごと | Comments(0)

ちょっとしたひと言で、心が軽くなってくれれば嬉しい

Onde Anda Você - Vinicius de Moraes e Toquinho │2R Studio Sessions (Melyssa Amorim)
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 絵本の製作申し込みは、郵送、ファックス、インターネットの3種類だ。アルバムページ用の写真は郵送で、画像はインターネットから送られてくる。いずれも、インターネット経由のものは私が処理している。自分の作業の最中に着信すると、手を止めて製作依頼内容を確認し、印刷する。画像が着信した場合は、製作担当者と共有しているドロップボックスにアップロードし、お客様には到着報告のメールを送信する。基本的には同じ内容の文章なので、名前だけを差し替え、送信する。決して煩雑な作業ではなく、どちらかというと単純な作業である。

 しかし、問題は自分の作業を中断することになるため、何をどこまで進めていたかを見失ってしまうことがある。あるいは、集中力を欠き、何かを飛ばしてしまうこともあり得る。したがって、忘れないように集中しながら作業を中断している。

 昨日インターネットから、同じ名前で2冊の申し込みがあった。誤って二度送信することもあるし、郵送申し込みをしたのに、改めてインターネットから再度申し込む人もいる。こちらも、それなりの数をこなしているので、いちいち名前を記憶に留めることは不可能だ。そこで、毎週1回、重複チェックを在宅アルバイトの方にお願いしている。

 昨日は、また二重注文かと思い、ご両親とお子さんの名前を確認したところ、お子さんの名前が異なり、出生日が一緒なので双子であることが分かった。画像もそれぞれに添付されていたので、定型文で着信報告をしようとした。そのときふと、まるで大音響のステレオのように、二人の赤ちゃんが同時に泣きわめく情景が目に浮かんだ。

 そこで、余計なこととは思いつつも、定型フォームには無い、以下の数行を付け加えて送信した。

「双子のお子さんなんですね。
戦争状態だと思いますが、なんとか
乗り切ってください。」

 今朝メールを開いたら、普段は目にしない表現の文章が目に留まったので、読み進んだ。以下のように書かれていた。

「おはようございます。
まさかあんなにご丁寧な返信をいただけるとは思わず
びっくりしてしまいました!
おっしゃる通りただ今戦争状態です。大変ではありますが、
娘たちの寝顔を見ると全て吹き飛んでしまいます。
本当にかわいいです。」

 読みながら、私の心もほっこりした。赤ちゃんはいつまでも赤ちゃんなのではなく、いずれは笑い、片言の言葉を話すようになる。ハイハイし、ヨチヨチ歩きをするようになる。反抗期を迎えるだろうし、思わぬ病気やケガを経験するかもしれない。ただただ、健康・安全・順調に成長することを願うばかりである。

 ほんの数行ではあったが、お母さんの苦労をねぎらって、ひと言お送りして良かったと思う。

 そのような思いと共に、脳裏に浮かんだのは、最近の例だが、シングルマザーの方が出産し、赤ちゃんが数日後に天使になってしまったケースだった。どのような事情があるのか知る由もないが、女手ひとつでわが子を育てようと決意し、出産したのだろうと思う。子どもの成長を人生の生き甲斐にしようと、あれこれの人生設計を思い描いたのだろうと思う。

 息をしていないわが子の姿に接し、どれほどの悲しみと失望に包まれただろうか。想像することもできない。

 そのお母さんは、いずれ天使版の絵本を手にすることになる。これまでの経験から想像すると、おそらく嗚咽と涙で読み進めなくなるだろう。何度も何度も中断するだろう。悲しみの涙が心の中から溢れ出れば出るほど、心は少しずつ軽くなるはずだ。父親のいない家庭に迎えることになってしまった、悔悟の気持ち。赤ちゃんの父親との最初の出会いから、今この瞬間に至るまでの出来事と、心の軌跡を一瞬のうちに思い巡らすだろう。

 何日か、そして何度か嗚咽し涙を流すことで、やがて視線を前方に向け、微かな希望と生きる気力が心の中で蘇生するのを感じることだろう。・・・そうなることを願っている。もしできれば、励ましの言葉をかけてあげたいという思いがある。

 そうだ。今までそんなことをしたことはないのだが、このブログ記事をそのまま印刷し、絵本と一緒にそっと入れて上げることが思い浮かんだ。

 おそらくは孤立感、絶望感、罪悪感に苛まれている心理状態のときに、誰かが親身に案じ、励ましたいと思ってくれている・・・そう思えるだけでも、少しは心の救いと支えになるのではないだろうか。自分自身を、自分独りで支えなければならないのだから。

 私は鈍感な人間なので、女性の心理は理解できない。しかし、純粋に心からの心配と寛容な気持ちで、これからの人生を歩み始める方の心に寄り添いたい。そのような私の気持ちをお伝えしたいと、心から思うようになっている。

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by hirune-neko | 2019-01-25 02:09 | 心の中のできごと | Comments(0)

消耗品のような私だが、使い捨てられないようにしよう

ANTONIO CARLOS JOBIM (1967) - Triste [wave]
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 処理作業が連続すると、ついつい集中してしまい、気がついたら脳内がすっかり消耗してしまっていた。

 昨年末までに、資料請求のあった自治体6カ所かに、グリーティング絵本活用の提案書を送付した。現在の私は、産婦人科向けの提案書を仕上げなければならないのだが、紹介者なしで自治体にコンタクトしたらどんな様子かと思い、昨日は地元の高津区役所に電話してみた。どうやら区では現場仕事に終始している印象で、長期的・戦略的取り組みは、市役所のようだという印象を受けた。

 そこで、市役所に電話し交換台の方に主旨を説明したところ、担当部署と思われる方につないでくれた。電話に出た方に詳細な説明をさせていただいたら、相談して折り返し電話します、ということになった。すでに夕方近くだったので、今日に持ち越した。

 川崎市には「こども未来局」という部署があり、今日、そこの担当者の方から電話をいただいた。絵本を起点として、地域住民の皆さんに対する、読み聞かせ、読書サークル、同人創作活動、創作コンクールなど、文化的なサポートを、専用サイトを提供してお手伝いさせていただきます、という主旨を説明した。なかなか理解力のある方だという印象が、受話器の向こうから伝わってきた。

 上記のような全体構想は、すぐに思い浮かんだ訳ではない。頭の中で必死に考え、想像し、難産の末にようやくイメージが固定化した。とくに、自治体専用の読書活動支援サイトを寄贈する、などというのは最初のメニューには無かった。

 サイト制作ソフトの使用規約には、他事業者のためにサイトを製作する場合は、その都度ライセンス使用料を支払うという項目がある。それを最終的には、読書活動支援の非営利の行為であると認定し、無料使用することを認めてもらった。レンタルサーバー内の設置ドメイン数にも制限があるし、サイトに不可欠のフォームだって上限数がある。それらをすべて確認し、なんとか無償提供することが可能な水準に到達した次第だ。更新費用の問題は残るものの、在宅でできる作業なので、なんとか人材は確保できると思っている。

 私はこれまでに、新規サイトを数十種類作っている。今にして思うと外注予算が無く、ゼロから独学して習得したのだが、その経験がなければ、自治体に対するサイトの無償提供などという考えは、まったく出てこなかっただろうと思う。誰だって、目の前の苦労は辛いものだ。しかし、辛抱して努力していれば、活路を見出す可能性が高まるのではないだろうか。

 始まったばかりなので、まだ具体例はないものの、単にグリーティング絵本の採用をお願いするだけの営業展開ではなく、自治体が本来的に持つ地域住民への支援、とくに少子化が顕著な現代にあっては、経済的・物質的支援とは別に、堅固な家庭、精神領域、感性、洞察力、疑似体験、知恵、知識などを包括的に涵養する読書活動に焦点を絞ることになった。なんとか説得力が増幅されてほしいものだ。
 
 今日までに資料を郵送した自治体は8カ所になった。各自治体の年間出生数はまちまちである。8年程前に調査したときの古いデータによれば、8自治体のうち、最大の出生数の市は年間約1万4千人、つまり毎月1200人ほどである。大変な製作冊数になる。

 一方、最小の出生数の村は、年間6人だった。もしこの村が、グリーティング絵本を採用するが、村民の皆さんの読書支援のために、専用サイトを活用したいと希望された場合、私はためらわずにお引き受けしようと思っている。完全に赤字なのは目に見えている。しかし、おそらくは熱心に読書活動の支援に取り組まれると思う。その結果、私たちは使命感に加えて、達成感をいただける結果を見ることになると思っている。仕事だけでなく、人生にあっても達成感を感じるというのは、お金で買えない貴重な体験だと思っている。

 もちろん、そのような規模の村だけが100カ所まとまってしまったら、会社が存続できなくなる危険性が高まるかもしれない。でもまあ、きっとどこかで辻褄が合うことになるだろうと、楽観的に考えている。至って呑気なものである。

 同じ状況であっても、視点や見方が違えば、ずいぶん異なる眺望になるのではないだろうか。同時に、見えるものだけを見て判断するのではなく、目に見えないことをどこまで見ることができるか、それはとても重要なのではないだろうか。そんあ風に考えることがある。

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by hirune-neko | 2019-01-23 23:57 | 心の中のできごと | Comments(0)

失った記憶が蘇生し、過去を取り戻した男・・・なんちゃって

Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato
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 昨日の記事で、タイムマシン機能のバックアップ用ディスが認識されなくなり、おまけに過去の全データを保存しておいたディスクを、誤って消去したと書いた。

 諦めきれずに、認識しないディスクをなんとかできないか何度か試したが、徒労に終わった。しかし、どうも心残りだったので、Appleのサポートに電話してみた。すでに先日電話して相談し、手の施しようがないという結論になったが、再度電話してみた。

 iMacをお使いの方で、同じようなトラブルに遭遇されることがあったら、以下の方法をお試しになることをお勧めする。

 パソコンいには長期間使用していると、キャッシュなど、いろいろと記憶に残し、次にすぐ反応できるような学習機能がある。それらをきれいに除くため、セーフブートという再起動を行ってみる。さらに、ピーラムクリアという再起動も行ってみると、復調することがある。そこまでは何度も試していた。

 今日のサポートの方は、それに加えSMCなんとかという、対処法を実行するよう助言してくれた。とても原始的な方法で、まずはUSBポートに接続している外部機器を全て抜く。次に、iMacから電源コードを引っこ抜き、15秒以上放置して再び接続する。

 それを実行し電源を入れたところ、あら不思議。何をしても認識しなかったタイムマシンl機能の外付けディスクが、ちゃんと認識したではないか。

 次いで、過去のどこまでアックアップされているか確認したら、2017年の1月が最古だった。iMacのディスク容量がほぼいっぱいになったため、容量の大きい過去データのフォルダを他に移したのは、おそらく去年のことなので、データが残っているのではないかと、保存フォルダひとつひとつを開いて確認したところ、「総合保存データ」というフォルダが出て来た。感動の再開である。

 てっきりハードディスクの故障が原因だとばかり思っていたが、そうではなかった。バッファローを疑ってしまい、申し訳ないことをした。

 次の問題は、その過去のデータをどのように復元するかだった。別の外付けディスクに直接コピーできれば手っ取り早いのだが、調べてもらったら、アクセス権の問題があり、まずはデスクトップに移した方が安全だということになった。

 そこで安全を期するため、スペシャリストと呼ばれる方に代わってくれて、最終的には無事に全データを復元することができた。

 中を確認したら、最古のデータは1994年のものだった。何年前だろう・・・約25年だ。四半世紀前からの記憶が蘇生した瞬間だった。

 たかだか数日で解決し、最悪の事態から生還できたのだが、ひとつの教訓を学んだ。

 何事も簡単に諦めないことだ。トラブルが発生しても、あらゆる可能性を試しトライすることだ。勿論、結果的に解決しない場合もあると思うが、あれこれ試行錯誤する過程で、技術や知識が身につき、いろいろな視点を体得して視野が広がる。次に対峙するかも知れないトラブルの、解決に役立つようになっていると思う。

 いろいろお騒がせしたが、おかげで気力もパワーアップし、その勢いで自治体攻略の一環で、地元の高津区役所に営業の電話を入れた。そこから派生して、川崎市役所に電話した。相手は大きな組織なため、どの部署が窓口になるのが適切なのか判断が必要なようで、改めて連絡をもらうことになった。

 私は、自社の商品の価値に絶対的な確信と自信を持っている。飛び込みでも電話によるファーストコンタクトでも、まったく物怖じしないで対応させていただきたいと思っている。・・・先日のNHKの記者様だって、いきなりの突撃取材だったが、こちらも正々堂々と自己主張させていただいた。それは、自分の信念と理念は決して曲げないというポリシーがあるからだ。

 私自身、絵本から会員制のファミリー・インテリジェンスサービス、そしてさらには、自治体が地域住民の皆さんの人生構築を、読書を軸としてサポートしていただく、という図式に帰結するまで、それなりの年数をかけている。提案書を読んでもらうだけで、主旨や構想の全体像を、そう簡単に理解してはいただけないだろうと思っている。

 あとは熱意と誠意で波状攻撃を加えるしかないと思っている。ちょっと今日は気分が高揚し、久しぶりにピアソラを聴きながら、5000歩の散歩をこなしてきた。

 トンネルを一本抜けた気分であるが、トンネルを抜けると、そこはまたトンネルだった・・・というのがこれまでの人生なので、まだしばらくは忍耐の日々なのだろうと覚悟はしている。

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by hirune-neko | 2019-01-23 01:35 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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