昼寝ネコの雑記帳

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久しぶりの映画に、元気と勇気を与えられた

"Last Tango in Paris".... theme from the movie


 珍しく不調の一日だった。どのように不調だったかを、言葉で説明するのはなかなか難しい。

 敢えて説明するなら、案件を抱え込みすぎて空回りし、自信喪失気味の自閉症、鬱症状、人と口をきくのが億劫で、食欲もない。今日など、1食しか食べていない。歩くなんてとんでもない、という気分だった。

 さて、どのように回避しようかと考えたとき、久しく映画を観ていないことに気づいた。2018年は、ほとんど観た記憶がない。ずっとストイックな生活が続いている。

 思い切って仕事を離れ、たまには映画を観ようという気になった。すぐにアマゾンのプライムビデオで探してみた。すると比較的すぐに目に飛び込んで来たのは、次の説明だった。

 「元CIAエージェントのマッコールは、いまはホームセンターで働く、ごく普通の真面目な人間として生活していた。しかし、ある夜、なじみのカフェで娼婦の少女テリーと出会い、彼女を囲うロシアンマフィアの非情さに、内に眠っていた正義感が目を覚ましていく。かつてのマッコールは、身のまわりにあるあらゆる物を武器に変え、警察では解決できない不正をこの世から瞬時に消してしまう『イコライザー』と呼ばれる男だった。マッコールはテリーとの出会いから、再びイコライザーとしての仕事を遂行していく。

 プライム会員なので無料だし、やはり元CIAエージェントという言葉に反応してしまったようだ。

 冒頭のテロップを目にして、いきなり集中力が復活した。

 「人生で一番大切な日は、生まれた日と、生まれた理由が分かった日」—M. トゥエイン

 英語では、このように並記されていた。

 The two most important days in your life are the day you were born and the day you find out why. —Mark Twain

 なかなかの至言だと思ったら、マーク・トゥエインの言葉だったのだ。なるほど。

 最初にこのような含蓄ある言葉を提示されたので、一気に集中力が高まってしまった。再生時間は2時間ちょっとと表示されたので、ずいぶん長いなと思ったが、一気に最後まで観ることができた。

 主人公の黒人男性には見覚えがあったが、最後まで名前を思い出せなかった。デンゼル・ワシントンだったが、何の映画で観たのか、とうとう判明しなかった。

 現金なもので、この作品によって元気と勇気が蘇生し、夜の10時過ぎから往復5000歩を歩きに出た。一体何が原因で不調だったのか、一向に分からないのだが、おそらくはやはり、案件の抱え込み過ぎなのではないかと思う。

 正義感が覚醒し、平凡な人生を送っていた元CIAエージェントが、単身でボストンに巣くっていたロシアンマフィアを撲滅し、さらにはロシアにまで行き、マフィアのボスを粛正する。

 この映画の良さは、単なる痛快アクションに終始していない点だ。人間の内面、弱さ、勇気、正義感という要素を巧みに伏線として使っている。

 その彼の口癖は「なりたいものになれる」だった。つまり、障害物があって行く手を阻まれても、希望を失わずに努力していれば、いつかは実現する、という励ましの言葉である。

 もう一つの至言を目にした。あちこち再生して探しものの、とうとう.見つけられなかったので、正確な表現はできないが、「人生では、目的地に到達するまでに、いくつもの失敗を経験するものだ」・・・という内容だったように思う。

 ネタバレになってしまうが以下に、Wikipediaで紹介されていた作品の概要と、予告編動画を紹介いさせていただく。雰囲気だけでも味わっていただきたい。久しぶりに、佳き作品と出会い至福のひとときだった。映画1作品で不調から脱却できるのだから、深刻な症状ではなさそうである。

【イコライザー/Equalizer〜Wikipediaより】
マサチューセッツ州ボストンホームセンターで働きながら平穏な日々を送るロバート・マッコールは、誰からも慕われる好人物で、深夜は行きつけのダイナーでの読書が日課となっていた。そのダイナーには同じく常連で、テリーと名乗る少女娼婦のアリーナがおり、言葉をかわす内に奇妙な友情が芽生えいく。歌手になる夢を持つアリーナは、娼婦の仕事に嫌気がさしていたが、やがてアリーナは自分に暴力を振るった客に反撃して傷つけてしまう。客が苦情を入れたため彼女は、元締めでロシアンマフィアのスラヴィから見せしめに、よもや発声機能をも失いそうになるほどの激しい暴力を受けICU送りとなる。彼女の入院を知り、その悲惨な姿をガラス越しに見たマッコールはスラヴィらのいる一室に赴き、9,800ドルを提示して彼女を自由にするよう申し出るが、スラヴィは無下に断り、これからも彼女を搾取すると言い放つ。彼らのあまりの非人道ぶりに、ある決意を持ったマッコールは素直に引き下がる素振りを見せた直後に振り向くと、瞬時に彼らの手にしている武器や、全員の位置関係や狙いどころを目視でシミュレーションし、スラヴィを含め、その場にいたギャング5名を、その場にある物だけ用いて19秒で全員殺害する。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
・・・以下は省略させていただく。
The Equalizer - Official Trailer - In Theaters 9/26

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by hirune-neko | 2019-01-16 01:22 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

読書中に、半世紀も前のシーンが何度も思い浮かんだ

Bill Evans Trio - Haunted Heart
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 毎週月曜日は、週末に溜まった絵本の製作申込を処理するため、次男が深夜過ぎに出社してくる。昨晩は午前1時ちょっとには出社してきた。私は自分の仕事が終わらず、結局床についたのは、午前3時を過ぎてしまった。

 ところが、疲れ果てたので無精して風呂に入らず、身体が冷え切ったままだったので、なかなか眠れなかった。寝付いたのは、外が明るくなってからだと思う。おかげで、コンディション不良で今日一日を過ごした、

 そのせいなのか、今日の読書課題を読み始めたのだが、目は文字を追っているものの、気がついたら脳内には半世紀近く前に交流のあった人たちが、次々と思い浮かんだ。

 大学1年の時、父が亡くなったため、学費稼ぎに進学塾で教えることになった。同じ大学の先輩が卒業するため、後任として雇われた。何年か務めたが、実社会で仕事をする気になれず、卒業後は同じ区内に新しい教室を作り、そこの責任者として社会人生活を始めた。

 経営者の方の奥さんは、何年も前に電車のホームから転落死したと聞いていた。二人のお子さんがいらっしゃったが、下のお嬢さんは中学生で、塾の教室で私の生徒でもあった。

 やがて経営者の方は再婚し、女の子が生まれた、毎年夏は、合宿があり、茨城県の自然環境の中で過ごした。夜遅く悪戯心で、シーツを被ってバンガローの周りを駆け回ったら、何人もの生徒が幽霊が出たと言って憶えていた。可笑しい思いでだ。

 その経営者は元々肺に疾患があったが、私が同じ区内の別の場所で開塾した数年後に、息子さんから訃報の連絡があった。

 理由は不明なのだが、ご家族の皆さんのことが鮮明に思い出されてしまい、読書に集中できなかった。今頃、みなさんはどうしているのだろうか。すっかり疎遠になってしまっているのだが、気にかかった。

 当時中学生だった娘さんも、高校生だった息子さんも、還暦を過ぎている。後妻の方が産んだ女の子だって、50歳ぐらいになっている。皆さんは、私のことを憶えているだろうか、と、本当にどうでもいいことを思い巡らせるうちに、時間が経ってしまった。

 インターネットの普及で、毎日驚くようなニュースに接することが多い。結末が気になったり、憤慨したり、時代の流れの表層に目を奪われがちになる。特に、特亜三国と呼ばれる中国、韓国、北朝鮮に関しては、国際社会から排斥される傾向が顕著になりつつあるようだ。

 今年だけを考えても、いつ、どこで、何が起きるかを予測することは困難だろう。しかし、有事を含む非常事態が発生し、社会インフラの機能が破綻するようなことは、常に視野に入れておくべきだと考えている。

 そして、基本備蓄をできるだけ実行することだ。現金やクレジットカードを持っていても、スーパーやコンビニの棚からは、商品があっという間に消えてしまう。もし備蓄をしていなければ、今日や明日を生き延びることに集中しなければならなくなる。

 しかし、一定期間を過ごせる備蓄をしていれば、冷静に事態び推移を把握し、賢明な選択判断ができる余裕が生まれる。不本意で後悔を伴う選択をする可能性が低くなる。

 また、平常時であっても、必要以上に社会の対立の渦中に身を置くのは、避けるべきだと考えている。少なくとも選挙に棄権しないこと、外国政府や情報機関と一体化して、プロパガンダ活動に加担していると思われる、マスメディアは視聴・購読せず避けること、日本の実効支配、政府・国家の転覆を企てていると疑われる国が原産国となっている商品の購入は、慎重になること・・・そのように行動する方が増えるだけでも、日本は正常な方向に向かうだろうと考えている。

 さらに重要と思うのは・・・もしかしたら、提言する人は少ないかもしれないが・・・抽象的な表現になってしまうものの、精神、心の領域に存在する諸要素を、今まで以上に大事に考えることが、最終的には重要な要素だと申し上げたい。感性、感覚、人格、徳性、慈愛、直感力、洞察力などである。

 支配欲、独占欲、名誉欲、物欲、金銭欲などに煽られた人たちの行動が、最終的には国際的な種々の事件として表面化してきている。

 たまには自らの心の鏡と向き合い。自分は正直に生きているか、誠実な人格を持っているか、私利私欲に振り回されて利己的になっていないか、周りの人たちに思いやり・慈愛の気持ちで接しているか、など自分自身を吟味する時間を持ったらいいと思う。

 昨年末来、ファミリー・インテリジェンスサービスとして提供する情報カテゴリーを、具体的に絞り込んでいる。これまで、何年もかけて自問自答してきたが、事態はかなり緊迫してきていると感じるので、私自身も歩みを速め、できることから着手すべきだと自戒している。

 私ごとき人間に何ができるだろうか、と時々自信が揺らぐこともある。しかし、丘の上に旗を立てれば、主旨に賛同してくれる方々が集まって来てくれて、力になってくれるのではないかと、かなり楽観的に考えるようにしている。

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by hirune-neko | 2019-01-15 00:30 | 心の中のできごと | Comments(0)

真夜中の捜索者〜奇跡の発見・・・求めよさらば与えられん

FRANK POURCEL – MIDNIGHT COWBOY 真夜中のカウボーイ
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 夜の遅い時間帯に歩くときはいつも、右手袋の中に護身用のタクティカルペンを忍ばせていることは、何度も書いている。そういえば、一昨日の記事にも書いたばかりだ。たとえ暴漢に遭遇したとしても、まさか私がSmiss & Wesson社製のタクティカルペンを保持しているなど、思いもよらないだろう。瞬時にまさかの反撃で致命的なダメージを負うだろう。

 午後11時近く、5000歩を歩き終え、家まであと50歩程度の所まで帰ってきた。ポケットからドアの鍵を取り出そうと思ったとき、右手袋の中にタクティカルペンが入っていないことに気づいた。指でしっかり押さえているので、滑り落ちることはあり得ない。

 そういえば、歩きながら聴いた音楽の曲名がどうしても思い出せず、気になってiPhoneを操作したが、手袋のままではうまくいかなかったので、外したのを思い出した。全長10数センチの黒の金属製ペンである。暗い夜道で、しかも白内障の私が見つけるなど至難の業に近いことだ。大体、どこで立ち止まってiPhoneを操作したかなど、正確に覚えていない。やれやれ、諦めて再購入しようと思った。 
 
 ドアを開けようと思ったその時、寒さに凍えて私を待ちわびているだろう、タクティカルペンの姿が思い浮かんだ。私は即座に決断し、大型の懐中電灯を持って、探しに出ることにした。単1電池を5本収納する金属製の大型懐中電灯で、測ったら全長50センチだった。アメリカのハイウェイパトロールに制式採用されている、マグライト社製である。心強い武器となる。もしパトカーとすれ違ったら、鉄パイプと思われて呼び止められるかもしれない。

【大型マグライト】
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 祈る気持ちで出発し、大体1200〜1300歩ぐらいの所で、手袋を脱いだと検討をつけたが、念のため最初から道路の中央近くを照らしながら、心の中でタクティカルペンの名前を呼びながら、探し始めようとした。そのとき初めて、名前を付けていないことに気づいた。即席だったが「タッくん」と呼ぶことにした。

 途中、車両進入禁止用の地中に埋められたポールにも声をかけた。見つかるように力を貸してくれるよう頼んだ。

 大体1200歩ぐらいまで歩いたが見つからない。引き返そうかと思ったが、後ろ髪を引かれる思いがしたので、もう100歩、もう100歩と捜索を続け、結局は1800歩の地点まで到達した。そこから先では、手袋を外していない確信があったので、折り返すことにした。

 帰路は、道路の右側を照らしながら探した。歩き始めの頃は、タクティカルペン見つかったら今日のブログで記事にしようと、張り切っていた。しかし、暗い夜道で10数センチの黒い物体を見つけるのは、容易ではないことを思い知った。

 とうとう見つからず、家から80歩ほどの所にある、マンションの花壇の辺りを、再度入念に探した。そこでも曲名の確認をしたからだが、無駄骨に終わった。懐中電灯の灯りを消し、失意の思いで家に向かった。

 可能性はゼロだと思ったが、家までの数十メートルの路上も照らしてみようという思いが浮かび、再び電源を入れた。

 私道を10歩も歩いただろうか。足許に黒く細長い物体が目に飛び込んできた。よく見ると、紛れもない「タッくん」だった。

 「こんなに寒くて暗い中、何千歩も歩いて捜してくれてありがとう。ボク、とっても嬉しいです。」

 そんな声は聞こえなかったが、嬉しい再会だった。改めて、パソコンやプリンターだけでなく、タクティカルペンにまで感情移入してしまう自分が、ちょっと奇人か変人かなと思ったが、それもいいのではないだろうか。

 執念が報われたいい日だった。このような執念を持ち続け、とくに仕事の営業でも、諦めずに粘り、成果を上げたいと思った。「タッくん」のおかげで、ひとつ教訓を学んだ。

 願うところが正しければ、「求めよさらば与えられん」なのだ、きっと。
 
 ・・・いやいや、改めて考えてみたら、ポケットから鍵を取り出そうとしたときに、手袋から滑り落ちたのに気づかなかっただけなのだろう。要するに、私の注意力散漫の結果だったのだろうと反省している。

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by hirune-neko | 2019-01-14 03:23 | 心の中のできごと | Comments(0)

愚かなりし我が心の、重大決心・・・何日続くか

Bill Evans Trio - My Foolish Heart
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 脳内麻薬とか依存症とかの言葉が思い浮かぶ。

 連続してある程度の時間、集中して頭を酷使していると、甘いものを補給しないではいられない体質になってしまったようだ。すっかり甘いもの依存症のようになり、まるで脳内麻薬のように禁断症状が常態化してしまい、ついに危機感を持つに至った。血糖値も高止まり気味で、ちょっと危険水域だと、自覚するようになった。

 禁断症状を緩和させるため、龍角散のど飴と乾燥イチジクを常備していた。脳内が不調になると、どちらかを口に放り込む。その、放り込む頻度が段々高くなり、ほぼ間断なく常用する状態になってしまった。寝る直前までなので、血糖値が上がるに決まっている。分かっているのに止められない・・・愚か者である。

 身体中のかゆみや、断続的な睡魔が発生し、さすがに危機感が募ったので、今朝、重大決心をした。まずは手持ちの龍角散のど飴と乾燥イチジクを、断捨離することにした。即実行し、全てを足許のくずかごに捨てた。

【さようなら、干しいちじくちゃん】
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 数日前から、絵本の産婦人科向けの提案書に、本格的に取り組んでいる。既に仕上げた自治体向けの提案書をベースにしているが、全然切り口が違うため、微速全身状態である。逆に、自治体向けの表現も変更したくなる。産みの苦しみが続いている。

 ちょっと頭休めにと思って、ぴよ将棋というソフトと対戦するが、2級相手にボロ負けである、ますます気落ちしてしまう。本当にコンディションが良くない。

 今日は、午後9時過ぎからブログに向かっている。ぼんやりした頭で考えても焦点が定まらず、選曲も決められない。最終的に選んだのは、現在の心境にぴったりの、My Foolish Heart・・・愚かなりし我が心、と訳されている。私馬鹿よね、お馬鹿さんよね、である。

 なんとかきっかけを作って、再起のモードに入りたいものだ。

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by hirune-neko | 2019-01-12 22:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

2018年の奇行を振り返る

B Minor Waltz (For Ellaine)
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 2018年は、一定歩数を歩けた日の方がかなり多かったと思う。ほとんどが夜から深夜の時間帯だった。

 振り返ってみると、傍目には奇行と思われるような行動が増えたように思う。

 道ばたで、お父さんが小さな子どもを抱っこしていた。お母さんも一緒だった。思わず立ち止まり、声をかけてしまった。
 「お父さんに抱っこされるの?いいね」
 ただそれだけだったが、お父さんは苦笑か、あるいは照れ笑いを見せた。

 お母さんが同行の女性とおしゃべりしながら、小さな女の子の手を引いて歩いていた。女の子は、おしゃべりに夢中のお母さんに、少し引きずられるような感じだった。追い越しざまに、お母さんに声をかけてしまった。
 「もっとゆっくり歩いて、って言ってますよ」
 一瞬、表情が凍りつき、言葉が出ないお母さんだった。

 交差点で信号待ちをしていたら、自転車の後ろに座っていた小さな男の子が、突然お母さんの背中を、パシッと叩いた。もちろん深刻な様子ではない。お母さんが反応しないので、その男の子に言った。
 「お母さんをいじめちゃだめだよ」
 すると、突然見知らぬ変な人間に叱責されたと思ったのか、男の子は首をすくめて小さくなった。振り返ったお母さんは、小声で何か言ったが、子どもの表情が戻らないので、また声をかけた。
 「お母さんに、いい子いい子してあげなさい」
 子どもは強迫されたかのように、ぎこちなくお母さんの背中を撫でた。

 ベビーカーを押すお母さんの横を、ぎこちなく歩く小さな子が目に入った。小さいと性別が分からない。ベビーカーを覗くと空だった。どうやら歩く訓練をしているらしかったので、思わず声をかけてしまった。
 「ひとりで歩いてるの?えらいね。」
 お母さんは可笑しそうに、声をあげて笑った。

 夜遅い時間に、商店街にさしかかったとき、道路の端に倒れている人がいた。近寄ってみると、まだ若い男性で、仰向けだが少し上半身を起こしている。
 「大丈夫ですか?救急車を呼びましょうか?」
 と声をかけた。近くなので、大丈夫です、と答え、携帯電話を手にしたので、そのまま通り過ぎた。恋する女性から別れ話を持ち出され、力を失って立っていられなくなったのだろうかと、アホな想像しながら家に向かった。

 いつも同じコースを歩いている。用水路沿いだ。一カ所だけだが、狭い道幅なので、途中に、車が進入しないよう、鉄製のポールが道路の真ん中に埋め込まれている。直径10センチちょっと、長さは80センチ程度だろうか。暗い場所なので、うっかりぶつからないよう、それだけを注意して横を通り過ぎていた。ところが、数週間ほど前から、凍てつく夜道で孤独に耐えながら寡黙に、寝ずの任務を果たしているポール君に対し、感情移入するようになってしまった。ポール君の横を通り過ぎるたびに、金属光沢を発する頭を撫で、声をかけるようになってしまった。どういう訳か、英語である。
 「Hi, nice to see you again.」
 帰り際にはもまた、頭を撫でて声をかける。
 「See you romorrow, good-night.」
 いつか私が、凶器を持つ数人の暴漢に襲われたとき、ポール君は音速で飛んできて、暴漢をなぎ倒してくれるのではないだろうか。と、勝手に親近感と信頼感を持ってしまっている。

 そんなメルヘンチックな想像をしながら、いつも右手袋の中には、Smith & Wesson社製の、タクティカルペンを忍ばせている。幸いにこれまでのところは、一度も出番がない状態ではある。

 以下の動画を観たが、とてもこんな風に動けそうもない。脳内トレーニングがせいぜいである。

【護身術】タクティカルペンの使用方法(How to use a tactical pen)

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by hirune-neko | 2019-01-12 00:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

選曲に手間取っているうちに、Miss Saigonを聴いていた

Miss Saigon - 1989 Original Cast Recording - I Still Believe
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 とても寒かったせいなのか、体調が思わしくなく、気がついたら何度もウツラウツラしていた。

 今日も早いうちにブログを更新しようと思ったのだが、選曲が決まらない。昨晩、ずいぶん昔に観たミュージカルを思い出したせいか、YouTubeで、Miss Saigonを検索してみた。

 調べたら、ロンドン・ウェストエンドでの初演が1989年だったので、丁度30年前のことだ。その数年後に、ニューヨーク・ブロードウェイで上演しているので、私が観たのは、40年近く前ではなく、30年近く前だったことになる。

 これまでの人生のあれこれのシーンが、一気に甦ってきた。色々なことがあったし、色々な所に行った。色々な人たちに会い、色々な人生を垣間見た。それらがずっと記憶の底に沈殿し、あるとき、唐突に浮かび上がってくる。

 Miss Saigonの原作は、プッチーニのオペラ「蝶々夫人」、そしてフランスの小説「お菊さん」にまで遡る、日本由来だそうだ

【参考資料】
 脚本家のクロード=ミシェル・シェーンベルクが、ふと見た雑誌に掲載されていたベトナム人の母が、タンソンニャット空軍基地で子供により良い生活をさせようと、元GI(アメリカ軍兵士)の父親の待つアメリカへ見送ろうとしている写真を見て、そこから着想を得て創作されたとされる。シェーンベルクはこの母親の行動を「尊い犠牲」と考え、『ミス・サイゴン』の中心テーマとすることに決めた[4]。
 ジャコモ・プッチーニ作イタリア・オペラ『蝶々夫人』と、その着想のもととなったフランス のピエール・ロティの小説『お菊さん(Madame Chrysanthème)』をストーリーのベースにしている。出典:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%B4%E3%83%B3

 Miss Saigonから1曲選ぼうとしたが、なかなか決められなかった。最終的に選んだ冒頭の曲は、ベトナムに残されたキムが、わが子の父親である米兵のクリスが、きっといつか迎えに来てくれる、と切々と歌い、次いで、クリスの妻のヘレンが、夫が悪夢にうなされながらキムという女性の名前を口にしたのに驚く・・・という相反する立場の女性二人による、二重唱である。それぞれが切ない気持ちで、同じ男性に信頼を寄せる気持ちを歌う、切ない曲である。
 話はガラリと変わるが、今年は旧約聖書を読み直してみようと考えている。オリーブの元の木から折り取られた枝が、全世界に散らばされたが、末の日にはすべての枝が集められ、元の木とつながって一体になる。・・・訳の分からない内容に思えるだろうけれども、イザヤの言葉だ。旧約聖書には随所に、現代に生きる私たちに向けられた言葉がある。数千年前の言葉なのに、である。
  ロンドンやニューヨークで上演された著名なミュージカルの源泉が、「蝶々夫人」であり「お菊さん」である、というのは、個人的に興味深いことである。
 日本は周りを海で囲まれ、一説によれば2千700年もの間、存続している国だそうだ。旧約時代のエルサtレムが滅び、バビロンの捕囚があったのが、紀元前約600年だとされている。日本ユダヤ同祖論なるものがある。つまり、日本人はイスラエルの血統だというものだ。
 まったくの私見であるが、日本人はお花畑とか、平和ぼけとか揶揄されることもあるが、これだけ国際社会が緊張度を増しているにもかかわらず、明らかに純粋無垢な精神性を保持し、義の旗の下に結束する属性を共有している、と思っている。
 この度の、韓国海軍の日本自衛隊機に対するレーダー照射を巡る、日韓両政府の対応を傍観していても、日本人の国民性の根底には戦闘民族の血が流れ、寡黙ではあるが、いざとなると一致結束して果敢に闘う、という気概を感じる。
 刀を抜けば、どちらかが命を失うことになるので、ぎりぎりまで礼節を尽くす、という武士の気概が、意識するしないに拘わらず、日本人の血に流れているように思う。
 さて、神学的に世界を俯瞰したときに、その日本人にはどのような役割が期待されているのだろうか。現時点では皆目想像もつかないが、日本人ならではの平和的貢献の機会が巡ってくるのではないだろうか。
 それはそうと、北海道の皆さんには馬鹿にされて笑われると思うが、今日の体調に加え、この寒さにはすっかり怖じ気づいてしまっており、散歩はパスすることにした。いや、気が変わって、出かけるかもしれない。なんとも言えないが、多分今日ばかりは大事をとるだろうと思う。
 いつもより全然早い、午後11時前である。
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by hirune-neko | 2019-01-10 23:06 | 心の中のできごと | Comments(0)

生活のパターンを変えようとしている

Bill Evans Trio - What is there to say?
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 集中時間をできるだけ長く確保したいので、生活パターンを変えてみた。

 今日は午後一番に外出し、5000歩を歩いてきた。夕方までに、年間読書計画の今日の分を読み終えた。現在のところ、スケジュール通りに読み進んでいる。

 ブログに向かったのも、午後7時過ぎなので、いつもと較べるとかなり早い時間帯だ。効果があるかどうか、何日間は試してみようと思っている。

 昨晩、本当に久しぶりにミュージカル「ラ・マンチャの男」の1曲である「見果てぬ夢」を聴いた。後刻、Appleミュージックで検索したら、「ラ・マンチャの男」の全局のアルバムを見つけたので、ダウンロードした。

 今日、1時間近く歩いた間、ずっと聴いていたが、とても懐かしかった。タイムマシンで数十年前に戻ったような、新鮮な感動を覚えた。聴きながら、ミュージカルの舞台が、記憶の彼方から甦ってきた。ニューヨーク・ブロードウェイでは、「ミス・サイゴン」を観たのを憶えている。ロンドン・ソーホーでは、確か「クレイジー・フォー・ユー」だったはずだ。「マイ・フェア・レイディ」も観たと思う。もう遙か、40年近く前のことなので、記憶はすっかり薄れてしまっている。

 どうやらその頃から無国籍人間だったようで、言葉の障壁はいかんともしがたかったが、どの国のどの街に行っても、感覚的にはすぐに溶け込めたように思えた。不思議なことだ。異言語の世界。そして異なる国民性に接しても、同調しながら接することができた。

 もしかしたら、紀元前1000年頃に古代イスラエルで生まれ、世界各地を放浪してきたというのは、妄想なのではなく、本当にそうだったのかもしれない。笑

 今の私には、海外との仕事をしようという気持ちは、全くない。あるとしても、短編作品を、まずは日本語で出版し、それを英語を起点として、各国語に翻訳出版するという構想だけである。良質な翻訳家と、翻訳出版に興味を持ってくれる海外の小さな出版社が見つかれば、なんとか進められる話だとは思う。

 まるで自分の人生の時間が、際限なく残されているような錯覚に陥っているようだ。そうではなく、余命が日に日に短くなっているという自覚を持たなくてはいけないのだろう。

 終着駅まで行きつけなくても、途中下車でオッケーである。・・・そんな心境にもなりつつある。七合目から八合目まででいいのではないだろうか。

【追記】
 作業で中断されながらも、せっかくブログ記事を午後10時頃には仕上げたのに、いざアップしようとしたら開けない。あれこれ調べたら、サーバー強化のため、午後10時からメンテナンスだという。ときどきチャレンジしたのだが、とうとう開かないまま推移し、一仕事終えて試したらようやくアップできるようになっていた。もうすでに深夜0時半過ぎである。

 せっかく素行を改め、真人間の生活パターンにしようと努力したのに、すっかり妨害が入ってしまった。しかし、そのおかげで丁度今、産婦人科向けダイレクトメールのための封筒が出来上がった。

 あとは、自治体向けの提案書を産婦人科向けに仕様変更し、同封する手紙も同様に仕様変更すれば、郵送による営業コンタクトを始めることができる。昨今流行のウェブマーケティングと較べると、時代遅れの原始的な方法だが、それなりの戦略があってのことなので、期待したい。

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by hirune-neko | 2019-01-10 00:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

相変わらず重力に逆らっている

Man of La Mancha
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 邦題「ラ・マンチャの男・Man of La Mancha」で歌われる、[見果てぬ夢・The Impossible Fream」は、このBrian Stokes Mitchellで聴くのが、一番しっくりくる。

 今日は朝から、背中の筋を痛めたような激痛がときどき走った。寝返りを打とうとするとズキンと痛み、ちょっとした拍子にも痛みが出るものだから、だましだまし・・・時々は背中を床につけて負担を軽くし、なんとか一日を過ごした。

 それでも、夜10時過ぎの寒い時間帯に、連続5000歩の散歩に出かけた。以前の私と較べれば、随分進歩したものだと、我ながら感心している。

 あまり年齢は意識したくはないのだが、この3月には68歳になる。90歳を過ぎても元気に活躍している人たちが周りにいるので、そんな人たちと較べれば、私などまだまだ若造なのだろうと思う。

 しかし、38歳で早世した祖父、45歳で他界した父、という早死にの家系に生まれているし、63歳で病死した義父のこともあり、いつ自分の人生が終わってもおかしくないという急迫観念で、今日まで生きてきた。

 別に根拠はないのだが、このまま引退して楽隠居し、世俗と没交渉の生活を送ったら、かえってその方が寿命を縮めることになるだろうと、そんな感じがしている。使命感に後押しされて、多少の無理も苦にせず生きる方が、鍛えられるのではないだろうか。そんな気がする。

 散歩の帰りに、日用品を買いにドンキホーテに寄った。年末年始も24時間営業である。

 普段は、なんの意識もなくドンキホーテを利用しているが、こうして改めて、Brian Stokes Mitchellが、劇中のドン・キホーテになりきって熱唱するのを聴くと、見果てぬ夢を追うドン・キホーテの名前が、24時間営業の店舗・ドンキホーテとして定着してしまってることに、少々残念な挫折感を覚える。

 せっかくの機会なので、この歌の歌詞のオリジナル英語と和訳を、以下に記録して起きたい。

【The Impossible Dteam】
To dream the impossible dream
To fight the unbeatable foe
To bear the unbearable sorrow
To run where the brave dare not go
To write the unwritable wrong
To be better far than you are
To try when your arms are too weary
The reach the unreachable star
This is my quest, to follow that star
No matter how hopeless,
No matter how far
To fight for the right
Whithout question or pause
To be willing to march into hell
For a heavenly cause
And I know if I'll only be true
To this glorious quest
That my heart will be peaceful and calm
When I'm laid to my rest
And the…

【見果てぬ夢】
夢は稔り難く 敵は数多なりとも
胸に悲しみを秘めて 我は勇みて行かん
道は極め難く 腕は疲れ果つとも
遠き星をめざして 我は歩み続けん
これこそは我が宿命(さだめ)
汚れ果てしこの世から 正しきを救うために
如何に望み薄く 遥かなりとも
やがて いつの日か光満ちて 永遠の眠りに就く時来らん
たとえ傷つくとも 力ふり絞りて
我は歩み続けん あの星の許へ

(福井峻訳「見果てぬ夢」<騎士遍歴の唄>パンフから引用しました)


 ・・・ふと思ったのだが、毎日のように地元の店舗・ドンキホーテに足を運んでいると、すっかり感化されて、私もこの劇中のドン・キホーテになりきってしまい、見果てぬ無謀な夢を追い求めるようになるのではないだろうか。・・・いやいや、もうすでに、半分以上はドン・キホーテもどきかもしれない。それとも、自分にお供をするサンチョ・パンサの、一人二役なのかもしれない。

 ・・・何を訳の分からないことを言っているのだろうか。

 日本公演のアルドンサ役は、草笛光子、浜木綿子、上月晃、西尾恵美子、鳳蘭・・・だった。見所のひとつは、小さい頃からこの世の穢れに染まって生きて来たアルドンサが、舞台最後でこの「見果てぬ夢」を歌う裡に、徐々に不品行な本性が浄化され、高貴な女性に変貌して歌い終えるところだろう。

 悪しき思いの人間が、悔いて善良で高貴な人格の人間に変貌する・・・それはこの地上での最大の奇跡だと思う。佳き芸術作品との出会いは最も至福なひとときである。

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by hirune-neko | 2019-01-09 02:12 | 心の中のできごと | Comments(0)

待ちぼうけ。Dropboxが未だ同期せず、困ったものだ。


Bill Evans Trio - Lucky to be me
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 スタッフが別の場所で作業したデータを印刷するため、Dropbox経由で同期するのを待っている。画像だけで300数十メガバイトなので、加工後は400メガバイト程度にはなっていると思う。

 もうすでに3時間以上は待機していることになる。待機児童ならぬ、待機おっさんで、やれやれである。午前0時を回ったので、もうこの時間から歩きに出るのは、止めておこうと思う。

 改めて会員制の「みるとす」ファミリー・インテリジェンスサービスについて考えている。まずは絵本を採用してくれている産婦人科の院長先生に事前説明し、今年はそう遠くない時期に、正式公開して会員登録の募集を始めようと思っている。

 改めて、国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスの、根本的な違いについて考え、その違いを前面に出して説得の切り口にしようと思っている。

 かなり以前にも書いたが、大学院の面接試験の時、試験管の主任教授の先生から質問された。志望動機をあらかじめ書面で提出していたので、それを読まれての質問だった。

 「国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスは、どう違うんですか?」

 国家インテリジェンスは、国家元首に対する情報分析結果の提言だが、ファミリー・インテリジェンスは、基本的には家族の長に対する提言である。

 国家には、政治、外交、経済、軍事、情報などの手段を通じて、相手国と対峙する。つまり、国家としての安全、平和の実現を図る。ある意味では、物理的な結果を求める。そこには勿論、国家としての理念や政治哲学はあるだろう。

 しかし、国家の基本構成単位である個人や家族の内面、つまり心や精神、感性、感覚という領域には踏み込まない。個人や家族とて、物理的な意味での安全と平和が不可欠なのは言うまでもない。

 では、あらゆる非常事態に対する準備が万全であれば、それで目的が達成できるのか、と問われるなら、答えはノーである。政治、外交、経済、軍事手段を持たない家族や個人の、本当の意味でのインテリジェンスは、家族関係、さらには周りの人たちとの人間関係を良好に保つことも視野に入る。

 人生観や価値観の異なる個々の人間にとって、共通して必要な要素は何か、という少々理屈っぽい命題についても考えている。

 誰でもいつかは人生を振り返ることがあるだろう。そのときに、いい人生だったと思えるのは、どのような生き方だろうか。巨額な資産を保有することだろうか。知名度の高い著名人として名をなすことだろうか。社会的に高い地位を得て、名声を博すことだろうか。もちろん、ないよりはあるに越したことはないと思う。しかし、それらが人生の最終目標であるべきではない、という考えが根底になる。

 このような問答は、決して論理的に正解を出せるものではない。それなりの期間を生きて、失敗や挫折、苦難、落胆を経験しつつ、真摯な問いかけを続けて初めて目に見え、耳に聞こえるものだと思う。

 事象の表面だけを見て、豊富な知識によって演繹的に判断できるものではなく、豊かな感性と感覚、それと弱者に対する慈愛の心を持って初めて、その人の人生の完成度を高められるものだと思っている。

 いかにも抽象的な表現であることは、重々承知している。しからば、どのように具体的な情報あるいは手法として提案できるか、そこが実に難しいと感じて折る。

 ごくたまにではあるが、病名不明ながら精神疾患を持つ人、統合失調症を抱える人たちと対話することがある。実に純粋な人格である。鋭敏で繊細な感性を持っている。しかし難しいことは何もない。ただひたすら、親身になって相手の話に耳を傾け、相手の心情を理解しようと努める。それだけでも、相手は寛ぎと安心感を持ってくれるようだ。

 ファミリー・インテリジェンスは、物理的な安全から、目に見えない心の領域に存在する感性や感覚、人格などをも、幅広く視野に入れるので、あまりにも漠然としているためだろう。今日でも、この概念を提唱する人は国内外でも見当たらない。

 私たちが将来、提供する種々の情報や提案する手法によって、いつか折々にでも人生を振り返ったときに、役に立ったと感じてくれる人たちがいれば、私にとって最も至福なことである。

 あれこれの失敗や挫折、迷いの多い人生を送ってきた私には、最もふさわしい達成課題なのだろうと思っている。

 とうとう深夜1時になってしまった。まだ同期されていないので、印刷作業は諦めることにする。歩くのも、それを口実におサボりさせていただく。

 毎日、たとえ1センチ、1ミリでも前進したいと思う。

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by hirune-neko | 2019-01-08 01:30 | インテリジェンス | Comments(0)

ほぼ放電状態になっている

J. S. Bach - Lute Suite, BWV 996 (Part 1)
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 今日は午後からこの時間(午後10時過ぎ)まで、ほぼ連続して事務作業に追われ、放電気味である。ゆっくり眠りたい。

 こんなコンディションのときは、音楽も受け付けず、選曲に手こずってしまった。最終的には、バッハのリュート曲を選んだ。

 睡眠を取れば快復すると思うが、放電状態の時は積極性も失せてしまい、もしかしたら、自分は無謀な人間なのではないかという、否定的な感情に支配されてしまう。確かに、自分の年齢を意識することは少ない。しかし現実問題として自分の余命を想定し、逆算しても始まらない。

 いずれにしても、人生のペースダウンを考えるのは、一定水準の業績に到達してからで、それまでは突っ走るだけである。

 ・・・ここで気を取り直し、往復5000歩を歩きに外出した。午前0時を回った頃に帰宅した。徐々に歩幅が拡がり、歩くピッチも速くなってきている。いい傾向だと思う。

 課題はいくつもあるが、まずはもっと自己管理をできるようにならなくては。

 幸いなことに懸案の案件があらかた片付いた。これでようやく、産婦人科向けの企画提案書に手が付けられる。企業提携も含め、動きを本格化させたいと希望してる。

 今日の往復は、宗教関係の人たちの講演を聴いた。てっきり日本語訳の音源だと思って再生したら、オリジナルの英語だった。でも、いい機会なので、そのまま帰宅するまでずっと聴いてみた。ヒアリング能力はまだまだで、しかも話されているかなりの単語の意味が理解できなかった。本当の意味での英語能力は、まだまだであることを実感した。

 さて、これでもいつもよりは早い方だ。新しい1週間の始まりにパワーを発揮できるよう、一風呂浴びて休むことにする。

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by hirune-neko | 2019-01-07 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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