昼寝ネコの雑記帳

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秋深し、私は何をする人ぞ・・・?

The Singers Unlimited - Autumn In New York

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 長時間、自分に負荷をかけ続けていると、おそらくは限界点を超えるのだろうと思う。時間の流れに一人取り残され、行き場を失ってその場に埋没しているような感覚に囚われる。滅多にあることではないが、黄色信号が灯ったように感じるので、無理はしないようにしている。1〜2時間仮眠すると元に戻るので、深刻な病などではないと思っている。

 なかなか加速度がつかないが、少しずつ全体構想がイメージできつつある。短編作品を書くのと似ているなと思うのだが、イメージが鮮明にならないと、なかなか企画書が書けない。イメージが脳内で視覚的に見えるようになると、一気に筆が進む。もう少しだと思う。ようやく機が熟してきたように感じる。

 仕事を極限まで単純化すると、最終的には商品やサービスを販売し、対価を得ることなのだと思う。多くの場合、日本や国際情勢の変化などは別世界のことだと考え、マーケティング手法には、あまり取り入れていないように感じる。ずっと昔、カントリー・リスクという言葉が話題になった。それとて、あくまでもビジネス上のリスクを視野に入れての言葉だったように思う。

 ごく最近のインターネット記事を読むだけでも、中国や韓国からは外資が資本を引き上げるとか、進出企業が撤退準備を進めているというような記事が目立つ。まさか、今日のような危機的な状況が顕在化するとは夢にも思わず、経営者たちは中国や韓国への進出を決定したのだろうか。

 私は個人的に、ビジネス活動の将来をバラ色とは捉えていない。未来永劫、今の状態が平穏に継続するとは考えていない。国際的に見ると、混乱や不安が拡大し、テロ活動が拡大し、内乱やクーデターも絶対に起きないとは言えないだろう。最悪の場合には戦争もあるだろう。

 努力すれば、数年は繁栄するかもしれない。しかし、国際社会の大きな流れと無関係に活動を拡大することは難しくなるだろう。

 数十年、あるいは百年先を見据えて方向性を考えるとなると、なかなか先が見えないだろうと思う。しかし、人間の本質や人間が根源的に必要とするものは、何百年経っても不変だと思う。その領域から外れずに商品企画を行い、営業活動を行う・・・実に抽象的な表現だが、そのような感性が求められている時代なのではないだろうか。そんな気がしている。

 「百年先を視野に入れた経営戦略」、なんていうマニュアルがあったら、是非手に入れて参考にしたいものだ。

 今にして思えば、二十代後半から何度も渡米していなければ、自己主張する気質は育っていなかったかもしれない。しかし、様々なアメリカ人との接触を通じ、自分自身の考えを持ち、主張することが重要だと肌で感じるようになり、今日に至っている。

 自分の考えも大事にするということは、換言すると、相手の主張を良く理解するよう努めることにもつながる。さらには、いろいろな考えを見聞し、自分なりに消化する努力も必要だ。

 長いものに巻かれ、ある勢力に媚びて従属すれば、ある程度までは繁栄がもたらされるだろう。しかし、長い目で見れば、そのような繁栄は砂上の楼閣であり、環境や状況の変化とともに、一蓮托生になってしまうと危惧している。

 私のように、納得するまで自分で考え、先例のない未踏の荒れ地に平気で足を踏み入れるような人間は、無謀な存在なのかもしれない。しかし、選択肢がそれしかないのだから、このまま突き進むしかないと諦めている。

 そこそこまで行くか、途中で挫折して地中に埋もれるか、神のみぞ知る、である。

 めっきり秋も深まって来た。自分で自分のことを、一体何をしようとしている人間なのか、時々把握するのが難しくなる。

 いうなれば、秋深し、私は何をする人ぞ、の心境である。


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by hirune-neko | 2018-11-16 00:00 | 心の中のできごと | Comments(0)

半年間にわたるボランティが、ようやく終わった

João Gilberto Samba de uma nota só

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 もうかれこれ何年になるだろうか。2015年が第1回目だったから、今年で4年目である。アメリカの州立大学と共催で、神奈川県内の高校生を対象に、英語コンテストが行われてきた。第1回から、専用サイトを設置して管理し、事務局を引き受けている。

 つい先ほど、今年度の自分の役割の最後の対応を終えたばかりだ。生徒の皆さん、先生たちからの問い合わせなど全てに対応してきたが、ようやく務めを果たし終えた。

 今年で最後のお手伝いになるだろうと思う。身辺整理も徐々に進み、残るは小冊子の完成にこぎつければ、皆無ではないものの、ボランティアに割く時間は大幅に減り、ようやく自分本来の仕事に集中できるようになるだろう。

 時間的に、あるいは体力的、神経的にかなりきつい時もあったが、途中で放り投げないで良かったと思う。

 最後の最後で難関だったのは、生徒さんが投稿してきたwordやpdfファイルの英文原稿を、審査員用の冊子にまとめようとしたら、驚いたことに一部が漢字に変換されたり、綴りが違うなどの誤変換が出てしまった。こんな動作不良は初めてだった。原因不明である。

 そのため、本来は不要の校正作業をしなければならず、原稿全てを通読した。誤変換がいくつもいくつも見つかったため、かなりの時間を要した。意味不明の単語がいくつかあったものの、高校生の書いた文章なので、ほぼパーフェクトに読解することができた。ちょぴり嬉しかったし、安堵もした。

 途中で中断したくなかったので連続作業になってしまい、夕方前に手を付け、最終的に専用サイトからダウンロードできるように加工し終えたのは深夜を過ぎてしまっていた。そのおかげで、今日は歩きに出ることができなかった。本当に、身を削る思いだ。

 肩の荷をひとつ下ろしたので、気分的にはちょっと爽快である。しかし、完全に深夜型の生活パターンになっているので、そろそろ是正しなくてはいけない。本業の営業が活発化すると、採用の詰めには訪問しなければならない。産婦人科か自治体のいずれであっても、全国を対象にコンタクトするので、いよいよ全国巡業できるよう、体力も付けておく必要がある。

 半分旅行気分で行けるといいのだが、明日は北海道、翌日は九州、なんていうパターンになると、かなりきつそうだ。おまけに、今の調子だとホテルにの部屋で種々の処理作業をこなすことになるので、ノートパソコンも持ち歩くことになる。プリンターも必要になるかもしれないので、機器の総重量はかなりの重さになりそうだ。

 How old am I?・・・年齢のことは、あまり意識したくはないが、もうすでに高齢者であることは否定できない。もうひと頑張りして、第一線から快適に引退できるようにしよう。創作活動に入りたいという希望は常にあるのだが、いざ部屋に閉じこもり、朝から一日中、構想を練ろうとしても、かえって心身がだらけてしまい、効率が悪そうな気がする。仕事に追われ、神経が張り詰めている方が、脳内にイメージが湧きそうな気がする。

 脳内に主人公が登場し、無言の対話を通してイメージが文章化される。そのような機能を、果たしていつまで持ち続けることができるだろうか。改めて、このようにブログでその日の雑感を文章にできる機会があって、とても至福なことだと思っている。毎日佳欠かさずに更新するようになって、どのぐらい経つだろうか。

 本当に文字通り、雑記帳として好き自由に書かせていただき、そしてそんな気ままな文章を読みに来てくださる読者の皆さんが存在してくださり、改めて有難く思っている。


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by hirune-neko | 2018-11-15 02:29 | 心の中のできごと | Comments(0)

雨の中、四日ぶりの6千歩復活

Bill Evans - Valse

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 多少無理をしても、一日のノルマを歩き終えるると、精神的に充足感があるだけでなく、脳内血管の付着物が流れ落ちたような、スッキリ感もある。パソコンの前に陣取って、長時間、頭と眼と神経を使い、身体は全く動かさない・・・健康にいいわけがないと思う。分かってはいるのだが、どうにもできない。

 歩きながら、同時並行して進めているいくつかのプロジェクトについて、脳内で反芻した。少しずつだが骨格が姿を現しつつある感じがする。いい兆候だ。

 最新のプロジェクトは読書と関係がある。

 生まれてから息を引き取るまで、人によって読書との関わりには濃淡があると思う。娯楽要素を求める人もいれば、専門知識を追い求める人もいるだろう。実に様々である。

 読書という行動を分析的に考えてみると・・・かなり理屈っぽくなってしまうが、まず考えられるのは、必要な知識を得たいという欲求が想定される。たとえ知識が断片的であっても、それらは時間経過と共に有機的に結合し、その人の視野を拡げ、判断力を増すものだと思う。

 創作ストーリーの場合は、明らかに疑似体験の幅を拡げ、また深めることにつながると思う。洞察力、理解力、想像力、観察力などが育つのではないだろうか。

 いずれにしても、幅広く見聞を拡げることで、教条的な考えに凝り固まったり、独善的な思考に陥る危険性は軽減されるとも思う。

 改めて、読書を時系列でイメージしてみた。

 読書する生き物は、明らかに人間だけである。しからば人間にとって、読書、換言すれば書物との出会いは、どの時期が最適なのだろうか。地上に生を受けたばかりの赤ちゃんは、自分で書物を選び読むことはできない。では、幼稚園や保育園、あるいは小学生に入学するまで、読書の機会は訪れないのだろうか。

 今からおよそ16年ほど前、会社の相談役だった方が、新聞か雑誌の切り抜きを用意して見せてくれた。絵本の文章中に、子どもの名前を入れる仕組みで、そのような絵本が存在することを、その時初めて知った。

 相談役の方から、あなたならもっといい物が作れるでしょう、と言われた。それがグリーティング絵本を作るようになったきっかけだった。

 各ページにはお子さんの名前を入れ、文章はご両親あるいはお母さんからの、お子さんに対する愛情溢れるメッセージになっている。

 あの当時は、生まれたばかりで言葉も分からない赤ちゃんには、意味がない絵本だろうと思った。一方で、読み聞かせる側のお父さんやお母さんが、それぞれ父性愛・母性愛を体感し、授かった赤ちゃんを守り育てる決意を、新たにしていただけるだろうと、そのように考えた。

 これまでの約16年間で、5万世帯以上に「大切なわが子へ」というタイトルの、グリーティング絵本をお届けしている。絵本を受け取られた感想は、プレゼント主である産婦人科の院長先生に送られる葉書、個人ブログ、インスタグラムなどで窺い知ることができる。直接お話を伺ったこともある。

 意外だったのは、小さなお子さんの名前を呼び、文章を読んで聞かせると、まだ言葉を理解していないにも拘わらず、お子さんが涙ぐむというお母さんがいらっしゃった。文中に自分の名前がある本は、お子さんにとって特別の存在のようで、少し大きくなってからは、本棚から絵本を取り出し「ボクの絵本を読んで」と、毎日せがまれるというお母さんもいらっしゃる。

 あくまでも想像だが、言葉も分からない小さなお子さんであっても、何度も自分の名前を呼ばれ、自分に対する心からの愛情の言葉を、優しく語りかけられる体験は、小さなお子さんの感性を育み、心で感じる領域を知らず知らず拡大しているのだと思う。

 いろいろなご家庭の様々な反応をお聞きしていると、赤ちゃんにとっての最適で理想的な読書の出発点は、お父さんやお母さんからの読み聞かせなのだろうと、再認識するに至っている、

 どのご家庭でも、お子さんへの読み聞かせの大切さを認識されて、ご家庭で習慣化されるなら、10年単位で将来を展望したときに、国の構成単位である個人や家庭が平和を愛し、国を大事に考える人たちが増え、国家の安寧と平和に寄与することになるのではないだろうか。

 改めて、読み聞かせというテーマに絞って考えてみたが、個人や家庭だけでなく、国家にとっても、とても大切な取り組みであるということを、私なりに確信することができた。

 今日はちゃんと、6千歩を歩くことができて良かったと思っている。


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by hirune-neko | 2018-11-14 01:59 | 心の中のできごと | Comments(0)

珍しく絶不調の一日だった、自業自得かもしれない

Bill Evans - "All Mine (Minha)

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 今日でとうとう、6千歩を歩けない日が、3日目になってしまった。いつもなら、深夜近くでも歩きに出ようという気力があるのだが、脱力感に負けてしまっている。

 原因をあれこれ追及しても始まらないが、判断の伴う作業を途切れなく続けていたせいなのではないだろうか。頭がどんよりとして、気力も減退している。自分の存在そのものを消し去りたいと思う人の気持ちが、なんとなく理解できるような気がする。

 いや、もしかしたら・・・。知人に差し入れようと思い、2個入りのクッキーを5袋用意した。しかし昨日は会えなかったので、来週の日曜日に渡すことになった。そのクッキーは、近所の洋菓子屋さん手製のオートミールクッキーで、かなり大きい。消費期限が週末までなので間に合わない。勿体ないので、何日かかけて食べてしまうことにした。

 神経を使う作業が連続し、無意識のうちについつい食べ続けてしまい、気がついたら、夕方過ぎには10個すべてをお腹に入れてしまった。好物とはいえ、いくらなんでも食べ過ぎである。おそらくは血中糖度が急上昇してしまい、そのせいで不調なのだろうと思う。こんなことは恥ずかしくて、とても人には言えない。しかし、不思議なことに書くことはできる。

 そんな挫折した状況なので、明日からはまた新たな再出発でる。ちなみに、再登場してもらうが、真ん中手前が、そのオートミールクッキーである。こうして見ると、かなり大きい。先日ご紹介した、絵本を売っている洋菓子店・フルールの作品である。

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 さて、そのような甘い話ではなく、相変わらず現実世界では、苦いというか辛いというか、予断の許さない状況が表面化してきているようだ。呑気に生きたいと思っているのだが、なかなかそうはさせてもらえないようだ。

 例の徴用工賠償判決以来、インターネット上では、日韓国交断絶という言葉が目立つようになった。その先に、日本政府の有事宣言を視野に入れると、日本はかなり混乱するのではないだろうか。仕事で韓国に住んでいる日本人にとっては、不安が募る状況だろう。同様に、日本在住の韓国籍の方々は、あらゆる事態を想定して情報収集に努める必要があるだろう。

 日本に帰化したと思っている皆さんは、正式に国籍離脱をされているだろうか。国籍離脱証明書を取得されているだろうか。これまでの韓国政府の手法を見ていると、国籍は正式に離脱できていない、戸籍は韓国に残っている、と虚偽の主張をされかねないのではないだろうか。いうところの、在日棄民政策である。仮にもしそのようなことが起きると、つまり韓国に国籍があるという事態になると、二重国籍を認めない日本政府は、帰化や特別永住権を取り消すことになる・・・というのが、現時点での私の認識である。

 つまり、韓国政府の選択肢の中には、在日韓国人、帰化した人およびその子孫、特別永住許可者など、全てに網をかけるという発想があるのではないかと、個人的には危惧している。刑事罰を過去に遡及させないという取り決めは日本には存在するが、どうやら韓国の場合は、過去に平気で遡及させている実態があるようだ。

 そのような観点から、帰化3世の知人にどのように助言しようかと考えているが、大筋の結論は出た。近々、文書にして渡そうと思っている。小さな子どもたちを抱えて、韓国の離島にあるといわれる強制収容所で暮らす姿は、想像するだけでも悲惨である。

 愚問であることは重々承知しているが、なぜ、この地上では国家観の争いが絶えないのだろうか。確かに遙か昔の、旧約聖書の時代から部族抗争があり、今日でも存在している。刀や槍、弓矢や石投げ器という武器は、核ミサイル、生物兵器・化学兵器、重戦車、原子力潜水艦、ステルス爆撃機など、高度に進化を遂げているというのに、人間の本性は、数千年経った今でもなお、征服欲・支配欲を持ち続けているのだろうか。なんと進化の無いことだろうかと、嘆かわしく思ってしまう。

 ああもしかして、私の絶不調の原因は、オートミールクッキーの食べ過ぎなのではなく、特亜近隣諸国の不調とともに表面化してきた、世界平和の終焉と人類の苦難を予知し、深く憂慮する気持ちから来ているのかもしれない。

 国家間の争いにつける特効薬があればいいのに。はなはだ残念であるが、昨今の内外情勢を俯瞰していると、どうも行き着くところまで行くのではないかと、暗澹たる思いである。

 であるがゆえに、子どもや孫たち、友人・知人には、なんとか危機的状況を回避してほしいと思う。それと、一面識も無い皆さんに対しても、余計なお節介だと言われるのを承知で、あれこれと提言できる環境を作りたいと思う。・・・間に合うだろうか。少しでも早く実現するよう急がなくては。

 ・・・妄想ネコの遠吠えである。


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by hirune-neko | 2018-11-13 01:24 | インテリジェンス | Comments(0)

更新動作不良につき、動作確認の試験投稿をさせていただく

Summer of 42 - Jennifer O'Neill / Music by Michel Legrand

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 昨日ブログ更新をしたのだが、他の関連サイトで更新されていない。もちろん原因は不明であるが、試しに新規記事を更新し、様子を見てみたいと思う。

 まさかカメラで撮影し、画像を公開するわけにはいかないが、かなり無様な格好で記事を作成している。時々背中の筋肉の上の方が異常に凝ってしまい、椅子に座っているのが辛くなってしまう。今がちょうどそのような状態で、床に背中をつけて仰向けになり、胸の上にiPad Proを立てかけて音声入力で記事を作っている。

 今日も色々な方のブログ訪問した。日課となっているブログ・徒然なるままにの中で、気になる記事があった。それはオルタナティブ通信というアメリカの英文ブログを、日本語に翻訳して紹介しませんか?という呼びかけの記事だった。私は以前、日本語で配信されるオルタナティブ通信という有料記事を購読していた。かなり前に、配信されていた方が病気で入院し配信が滞るようになってしまった。現在は完全に途切れてしまっているので、もしかしたらかなり病状が思わしくないのかもしれない。

 正直に言うと、私は自分の英語力に対して自信は持っていない。しかし、アメリカで配信されているというオルタナティブ通信は、既存のマスメディアが報じない情報を、ジャーナリストや有志の方々が自発的に発信しているらしい。当然のことながら、ある種の勢力にとっては都合の悪い記事が多いのだろう。ブログが閉鎖に追い込まれたり、ひどいときには発信していた本人が殺害されたこともあると書かれている。

 くどいようだが、私は自分の英語力は、まだまだかなり勉強を要するレベルだと思っている。しかし、性格そのものは全く無謀で怖いもの知らずなので、一度その英語サイトのオルタナティブ通信を覗いてみたいと思っている。辞書の助けを少し借りる程度でそこそこに翻訳できそうならば、考えてもいいかな、などまたまた無謀なことを考え始めている。

 この呼びかけは、ブログ・徒然なるままにで紹介されていた「日本や世界や宇宙の動向」と言う記事の中で述べられていた内容である。
 【徒然なるままに】http://mblg.tv/42411914/entry/7215/

 自分たちにとって都合の悪い情報を発信するブログを閉鎖に追い込んだり、さらには発信者を殺害するなど、いかにもアメリカらしいやり方だと思う。しかし、ここ日本でも保守系ブログが相次いで攻撃を受け、思うように情報発信ができない環境が顕著になってきている。世界中、どこの国でも明らかに情報戦争が表面化してきているようだ。

 私たち一般人の判断力というのは、果たしてどの程度養われているだろうか。歴史や政治・経済、哲学など専門領域の話題になれば、やはり大学の教授や専門家にはかなわないだろうと思う。しかし、一国民として、例えば選挙のときの投票行動に移る基本的な判断力、あるいは新聞やテレビ・ラジオ等で報じられる報道内容が、果たして本当なのか、あるいはどうも胡散臭い、と直感的に思う、そのような基本的な観察力や洞察力だけでも、とても重要なのではないかと思う。

 私は個人的に、特定の政党や政治家を支持するよう勧めたり、あるいは拒絶するように誘導するつもりは毛頭ない。重要なのは、偏った情報だけを目にし、あるいは耳にすることで、それらを鵜呑みにすることが危険だということに気づくことではないだろうか。つまり、ある法案に対して賛成の意見、逆に反対の意見の両方を視野に入れ、どちらが正しいかを自分の頭で考える。まずはそこが第一歩なのではないだろうか。相当の知識や経験がなければ、そのような高度なテーマについて、簡単に判断ができるとは思えない。

 しかし、世界中がプロパガンダ活動と言われるように、ある国を実行支配しようとする他国の政府あるいは情報機関が、その国のマスメディアを巧妙に籠絡し支配し、自分たちに都合の良い世論形成をする、というのは常套手段であると再認識すべきだと思う。結果として、フェイクニュースとも言われる捏造報道、印象操作、世論誘導などという手法が、頻繁に使われるようになっている。

 そういう構造が、常態的に存在すると認識できていれば、誰が何を言おうと鵜呑みにせず、広い視野で情報を取得するように心がけ、徐々にそれらフェイクニュースの真意が何かを推し量ることができるようになるのではないだろうか。

 最近、私のブログでもご紹介したが、NHKのクローズアップ現代という番組で、弁護士に対する懲戒請求が、人種差別的な行動であると非難する論調で制作されていた。その後、当のブログ・余命三年時事日記で、NHKの番組に対する種々のコメントが書きこまれていた。この件については、NHKの番組を観て、さらには余命ブログで書かれているコメントを読むことにより、初めて客観的な判断ができる素地が形成されると思っている。

 これまでに何度も述べているように、東アジア情勢はまさに飽和点に到達しつつあるように思う。あれほど日本を非難し毛嫌いしている韓国では、大卒者の就職が非常に困難になり、日本で就職を探そうという動きが活発になっているそうだ。それに対し、徴用工賠償判決を皮肉って、将来不当な扱いを受けたので賠償請求をする、という可能性のある雇用機会を、日本の企業が作るだろうか、という記事も目にする。

 本当に生きにくい世の中になったものだ。

 動作確認用の試験投稿と思ったのだが、ついつい長くなってしまった。これぐらいにしてアップし、様子を見てみたいと思う。お付き合いいただいて感謝申し上げる。


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by hirune-neko | 2018-11-12 01:06 | インテリジェンス | Comments(0)

こんなに時間がかかるとは思っていなかった

Bill Evans - Some Other Time

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 約6万5千通のメールを、サーバーからiMacにダウンロードするのに、結局は昨晩から今日の午前中までかかってしまった。ひと通りの用事を済ませ、夕方から整理に取りかかった。

 まずは、ゴミ箱の中のメールを数百通ずつ削除し、並行して迷惑メールフォルダの中のメールも同様に、数百通ずつゴミ箱に移した。

 なんとか整理を終えて、約50のメールアカウントをひとつずつ開き、整理した。不要のメールを捨ててすっきりした。長年の間に、何度もやり馴れている作業なので、項目をキーワードで並べ替え、そのかたまり毎で処理したので、そんなに煩雑な作業ではない。しかし途中で気力が落ちてしまい、何度か中断して明日に延ばそうかと思ったが、明日は明日で締め切りの作業があるので、なんとか踏ん張った。

 それでも、全作業を終えたのは、日付けが変わる午前0時を回っていた。ようやく、クールダウンに入っている。


 途中、何度か短い休憩を取った。いつものように、内外の時事情報を収集し発信しているブログ・徒然なるままに、を何度か開いてみた。併せてzakzakを開き、見出しを目で追った。

 いずれも斜め読みではあるものの、日韓関係に関する緊迫した記事が印象に残っている。日韓関係は、政治、外交、経済面で抜き差しならない所まで来ているのではないだろうか。日本政府の言動からは、一歩も退かない決意を感じる一方で、韓国内の動向が気にかかる。日本のマスメディアはあまり報じていないようだが、韓国内の保守勢力がこのまま、韓国が衰退していくのを座視するはずがないと思う。

 韓国政府に対する国際世論の批判的な空気に後押しされるように、日本政府は国際司法裁判所に提訴し、国際社会に対しても積極的な国際世論形成を行おうとしているようだ。

 日本でも、国民の韓国的治世に対する忌避感が顕在化しているようだが、国交断絶という事態に至るかどうか、注視したいと思う。

 懸念するのは、今回の徴用工賠償判決を好機と捉え、さらには国内・国際世論の韓国に対する反発を追い風として、竹島問題を念頭に置きつつ、政府が有事宣言を断行するのではないか、という点だ。

 誰でも混乱や戦争を好む者はいないだろう。しかし、ここ数年、加速度的に認識されるようになってきた、日韓間の深刻な諸問題の解決方法として、世論の後押しを得られるという自信を深めれば、有事宣言も決してあり得ないことではないかもしれない。

 何年も前から、ブログ・余命三年時事日記で記述されているように、もし安倍総理の胸中に「一括処理」という戦略があるとしたら、今がまさにその時期なのではないだろうかと、素人判断をしている。安倍総理とトランプ大統領との良好な関係、さらには中国が国際的に追いつめられつつある状況。そして安倍総理のプーチン大統領に対する巧妙な牽制と接近・・・私ごときに実態は分からないものの、国際的に外交手腕を評価されている安倍総理だから、その程度の布石は打っているだろう。

 日韓関係が深刻化し、その流れで仮に有事宣言を行ったとしても、トランプ大統領は協力的に対応するだろう。習近平総書記は、自国の浮沈という問題を抱え、さらには自身の進退問題も表面化しかねない状況にあって、表立って韓国を支援することはできないだろう。プーチン大統領も、静観の構えを崩さす、巧妙に振る舞って漁夫の利を得る戦略に出るだろう。

 韓国はまさに進退が窮まるのではないだろうか。

 さて、問題は日本国内に居住している韓国系の人たちである。在日韓国人だけでなく、特別永住権を持つ人たち、帰化した人たちおよびその子孫が、どのような処遇になるかを心配している。

 日本で生まれ、日本の文化の中で育ち、日本語しか話さない帰化二世や三世の人たちは、果たしてどのような扱いを受けるだろうか。

 私は現在、そのような視点で情報を収集し、私なりに分析している。ボランティアで関わっている福祉団体そのものが、韓国を含む多国籍組織であるため、日韓平常時および有事の際の強制送還や強制隔離の可能性について、報告書の作成を依頼されている。

 それだけでなく、帰化3世だと打ち明けてくれた知人男性は結婚しており、小さな子どもたちがいる。彼と彼の家族のためにも、最悪の状態を回避できる方法を見つけ、助言したと思っている。

 私には政府や国会議員に知り合いはいない。あくまでも、公開情報を収集して分析しているだけである。どこまで正確に予測できるかは、なんとも言えない。

 しかし、ここ日本で平和な日常生活を送っている、善良な帰化子孫の家族が、ある日突然韓国に強制送還され、兵務庁が管理しているといわれる、「強制収容所」に隔離されてしまったら、心身ともにどれだけ悲惨で残酷な仕打ちを受けるだろうか。

 それを考えると、決して人ごととは思えない。しかし今の日本は、そのようなナイーブな発想だけでは収拾がつかない状況であるのも事実だと思う。日本の国家転覆、実効支配という危機的状況の一歩手前を実体験したのは、紛れもない事実である。

 冷徹に、しかし慈愛の心を忘れずに、報告書を仕上げたいと思っている。まったく仕事と関係のない、完全なボランティアなのだが、真剣に取り組んでいる。


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by hirune-neko | 2018-11-11 02:12 | インテリジェンス | Comments(0)

初めて経験したiMacのトラブル

Bill Evans - Like Someone in Love

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 iMacで作業中に、メールの索引が壊れたという表示が出た。指示に従ってメールソフトを終了し、再起動したら、どうやらサーバーに保存されているメールをダウンロードし出した。その数、約6万5千通である。

 最後の所で読み込みに失敗した。2回目も失敗した。そこで、セーフブートという再起動を行い、次いでピーラムクリアという再起動も行って、iMacの負担を軽くした。そこで改めてメールを再起動したら、なんとか立ち上がった。現在もなおサーバーから読み込んでいる最中のようで、メールの送受信がまったくできなくなってしまった。

 その他はなんとか無事のようで、ブラウザも機能し、evernoteも使えるので、ブログ更新はなんとかできそうだ。

 原因として考えられるのは、メールアカウントを約50も設定していることだ。必要なので設定しているのだが、確かにiMacには過重な負担をかけているのだと思う。名前は忘れたが、サードパーティ製のメールソフトがあり、かなり以前使用したことがある。思い出した。サンダーバードという名前だったと思う。明日、Appleのサポートに電話して相談してみよう。

 相変わらず日中は、電話やメールで作業が中断されることが多い。次はこれをしようと思いながら作業をしている。その最中に中断されるので、飛び込み案件を処理した時点で、脳内が真空状態になってしまう。そんなことを繰り返していると、脳内疲労が蓄積し、気力と集中力が著しく低下してしまう。

 そのようなときは、発想を変えるようにしている。やがて、もっと忙しい環境に身を置くようになるので、今から悪戦苦闘しながらいろいろ工夫し、同時並行してたくさんの案件を管理・処理できる技術を身につけるための、訓練を受けている。そう考えるようにしている。なるべく建設的に考える生き方を、身につけたいものだ。

 ここ数ヶ月は、本格的な営業体制に移行するため、その手法を私なりにあれこれ検証していた。ようやく焦点が結びそうである。

 何をそんなに考えていたかというと、まず第一に、目先の数だけを追っていると、日本全体、あるいは国際社会がどのような方向に収斂していくかが、視野に入らなくなってしまう。つまりは、結果的に砂上に楼閣を建てるようなことになっては、元も子もないと思っている。

 最近の韓国最高裁の徴用工に対する、賠償金の支払い問題は、思わぬ波紋を拡げているようだ。詳細は忘れたが、政府が韓国へのハイテク商品の禁輸を言い出しているそうだ。関連企業にとっては、思わぬアクシデントだろう。

 日本でも膨大な数の人たちが利用していると思われる、Facebook、YouTube、Twitter、Amazon、Google、Appleなどが、本当にアメリカで国家反逆罪の訴追を受けるようになったら、大混乱を来すのではないだろうか。

 誰でもビジネスを考えるときには、需要のあるところ、顧客の多いところを狙って営業展開を始めるだろうと思う。極めて自然なことだ。しかし、そこにはある種の企業のエゴイズムがあるとも思う。社会がどうなろうと、自社が売上を伸ばし、存続すればいい・・・勿論、企業にとって存続するのは、必須条件であるが。

 数日前、全国で書店がゼロの自治体が440カ所存在することを紹介した。絶対人口が少ない、あるいは読書人口が少ないことに起因するのだろうか。しかし、そのような地域で良書との出会いを待っている、潜在的な読者が少なからず存在すると思っている。ビジネスベースで試算すると、割に合わないと考えて、誰も何も工夫をしない。それはある意味では正しい選択なのかもしれない。

 しかし私は、潜在読者の発掘というのは、とても意義深いことだと感じている。現実的に何をどうできるかは、まだ構想段階である。しかし、売上至上主義の考えからは生まれることのない手法を、なんとか具体化したいと考えている。

 書籍販売業界の巨人であり、グローバル・ビジネスの覇者として君臨している、天下のAmazonであっても、手を出しにくいニッチな領域があると確信している。そして、コマーシャリズムから取り残された地域で、本との出会いを喜ぶ子どもや大人達の笑顔を目にすることができたら、私にとっては何物にも代え難い至福の瞬間である。

 生涯を、妄想家と呼ばれたままで終わるのではなく、人のために少しでも役に立ったと思える生き方をしたいものだ。・・・現在はまだ、妄想レベルであるが。

 その妄想は、名付けて「プロジェクト・ダビデ」である。巨人・ゴリアテと対峙した少年ダビデが、石投げ器ひとつでゴリアテを倒したシーンが思い浮かぶ・・・やはり妄想である。今のところはまだ・・・であるが。


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by hirune-neko | 2018-11-10 02:16 | 心の中のできごと | Comments(0)

秘密兵器を特別公開してしまおう(笑)

Stan Getz & João Gilberto - Para Machuchar Meu Coração

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 いつもの木曜日同様、今日も製本屋さんまで往復してきた。木曜日が終わると、みんなほっとしてひと息ついている。

 私自身は、相変わらず処理案件を多く抱え込み、気力と集中力をなんとか維持しつつ、優先順位を誤らないよう吟味しつつ進めている。

 一日に6千歩歩く習慣の仕上げは、どうしても夜になってしまう。遅い時間に歩くことを知ったある方から、心配のメールをいただいた。

 「ところで、散歩コースは安全なのでしょうか?音楽や何かを聴きながら散歩をされているとのことですが、車や暴漢の心配はないのでしょうか?健康と安全を願っております。

 なんて優しい方なのだろうか。うぐぐ・・・有難いことだ。・・・ん?暴漢?防寒や傍観ではなくて、人を襲う暴漢のことまで心配されてしまった。

 そのとき閃いたのは、もうかれこれ10数年以上前に購入した、護身用のペンだった。見た目は金属製のペンなのだが、護身用や車などからの緊急脱出にも使える。つまり、車に閉じ込められたときでも、内側から窓ガラスを突き破るほどの威力があるそうだ。・・・試したことはない。

 しかも、世界の主要国際空港でのセキュリティ・チェックも、なんなく通過できると説明されていたので購入したものだ。私は危機意識が抜けているのか、平気でペンケースに小型のフォールディングナイフ(折りたたみ式ナイフ)を入れて持ち歩き、ある空港では警察を呼ばれてしまった。「鉛筆を削るのに、持ち歩いています」と弁解したら、ボールペンだらけのペンケースの中を見て、鉛筆はどこにあるのか?と質問されてしまった。想定していなかった質問だったが、とっさに、「遠距離介護をしている母がほしいというので置いてきました」と、ある程度は本当のことを伝えた。ついでに母の病状を述べ、人には私のことをいつも親不孝息子だと嘆いてるらしい・・・とか愚痴を並べたら、警察官は面倒くさく思ったのだろう。解放してくれた、なかなか人を見る力の具わった警察官だったと思う。

 さらに酷いのは、機内持ち込みではなく、預かり荷物のカバンをX線検査機に通されたとき、中に入れてあった特殊警棒が咎められてしまった時だ。老母の介護帰りの新千歳空港のできごとだ。警察官二人がすっ飛んできて、交番に連れて行かれ、かなり長い時間の尋問を受けた。最終的には、皆さんと親しくなれたのだが、最初のうちはまるで老テロリストであるかのような、疑いの目で見られ続けた。今となっては笑い話であるが、帰宅してからも空港交番から電話があり、購入時期や購入方法などを細かく訊かれた。たまたまブログで購入したことを公開していたので、そのまま伝えた。

 特殊警棒は交番で没収され、その後は購入していない。自宅に保管する分には問題ないそうだが、外で持ち歩くと軽犯罪法違反だそうだ。本件は、横浜地裁川崎支部に送り、検察が起訴するかどうか判断する、といわれて、はて何年になるだろうか。もう時効なのだろう、きっと。

 取材先だったサンフランシスコの銃砲店は、日本人がオーナーだった。日本人観光客向けに、射撃ツアーを主催していた。確か、ベイブリッジを渡りオークランドにあった公営射撃場に行って、実射を行う。回転式の拳銃、オートマチックの拳銃、そしてM16というライフルの実射体験を積んだ。やがては、ワルサーPPKという、ジェームズ・ボンドが映画で使ったという、オートマチックの拳銃を、その銃砲店で購入してしまった。許可を取れば携行できる、といわれたが、さすがにそこまでは行動に移さなかった。そのまま銃砲店に保管してもらい、それっきりである。すくなくとも20年は経っている。

 素手の格闘技経験は、体育の授業のボクシング程度しかないので、今後はそのボールペンもどきの護身ツールを携行することにしようと思う。さっき試しに持って出た。どうすれば、とっさのときにすぐ使えるかを考えた。右袖の中に隠し持ち、相手がナイフで脅してきたときは、瞬時に手で持てる・・・という練習までしてしまった。改めて、単細胞の私である。

 正式には、アメリカの銃器メーカーである、S&W(スミス&ウェッソン)社製の タクティカルペンM&Pというらしい。M&Pはミリタリー&ポリスの略で、どこかに軍や警察が使っていると書かれていた。外出時の所持は軽犯罪法違反になる可能異性もあると書かれてもいる。私は一度、路上でひったくりに遇ったことがある。胸ポケットから財布を抜かれ、大声を上げて犯人を追いかけた、すると後ろで待機していたオートバイが私を追い抜き、犯人を乗せて走り去った。警察に被害届も出している。それ以来、夜の一人歩きがトラウマになっているので、自己防衛用に持ち歩いている、といったら通用するだろうか。ちょっと無理かもしれない。

 以下が、そのタクティカルペンの画像である。警察の方には笑って見逃してほしいものである。
c0115242_01373796.jpg
 S&W(スミス&ウェッソン)社のロゴ部分。
c0115242_01380588.jpg

 夜道で、危険なネコには声をかけない方がいいと思う。


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by hirune-neko | 2018-11-09 01:43 | 現実的なお話し | Comments(0)

なんとも表現しがたいコンディションである

João Gilberto - Eu e meu coração

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 外に出ると、かなり寒さを感じるようになったが、それでも一定時間を歩いていると、汗ばんでくる。

 できれば、ひとつのことに集中して取り組みたいのだが、なかなか現実はそうさせてもらえない。必ず何度も中断され、その度に元に戻るのだが、しばらく考えないと、中断した作業に戻ることができない。日中はその連続なので、根気を養う訓練を受けているのだと思うようにしている。

 今日、どうやらメールの不着事故が発生していたらしいことが発覚した。弱り目にたたり目である。余計に溜息が出る。

 いくつかの重要な案件を、並行して仕上げに入っているので、連続して考え、判断する時間がほしいのだが、日常業務が増えているせいもあり、なかなか集中できない。それがストレスになっている。困ったものだ。

 こんなときは、気力と集中力を維持するのが難しい。しかし、放り投げないで踏ん張っていれば、筋肉トレーニングのように、ある日気がつけば、忍耐力と集中力が高まっているのだろうと、自分を慰めている。

 私にしては短文だが、今晩は雑感で終わらせていただく。

 いろんな歌手が存在するが、どんな背景色にも自然に溶け込めるような、ボソボソと歌う、ジョアン・ジルベルトの声が神経に優しく感じる。


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by hirune-neko | 2018-11-07 23:44 | 心の中のできごと | Comments(0)

なんか、統計資料みたいな記事だが・・・決意を新たにしている

Una Mujer

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 このグラフを見て、溜息が出てしまった。1999年には、全国に2万2千296軒あった書店が、昨年2017年には1万2千526だそうだ。約4割の減少だろうか。

  ・全国書店数の推移
c0115242_02240633.jpg
※グラフの2017年は5月1日現在の数字
※本部や営業所、外商のみの書店を含む。
※2016年は、大阪屋と栗田出版販売の経営統合、
太洋社の破産など、総合取次再編の動きがあったことで集計できず。
(元記事:日本著者販促センター http://www.1book.co.jp/001166.html) 


 そして、2017年時点での全国の地方自治体数1741に対し、書店の存在しない自治体数を集計したのが以下の表である。( )内の数字は、各都道府県の自治体総数に占める、書店の無い自治体の比率(%)である。

 ・全国書店数ゼロの自治体数(全自治体に占める%)
c0115242_03073726.jpg
※朝日新聞 2017年8月24日号、朝刊一面と二面より
※大元は、トーハン調べ。2017年7月末現在
※丸カッコ内は自治体・行政区に占める割合で単位は%、小数点以下は四捨五入
(元記事:日本著者販促センター http://www.1book.co.jp/005852.html)


 私が出版社を創設したのは1981年だ。あと数年で創業40周年を迎えることになる。倒産していないだけで、相変わらず険しい山道をなんとか歩んでいる。上記のデータを見ていると、出版業界の推移を横目で見てきた者として、ある種の感慨深さがある。

 アメリカ・オレゴン州のポートランドに、学術書の問屋さんを訪ねたのは、かれこれ30年以上前だったと思う。当時の私は別に書店機能の会社を興し、東京郵政局と提携してブッククラブ・サービスを提供していた。今のAmazonの業務形態とほぼ同じである。今にして思えば、ずいぶん無謀な試みだった。洋書や洋雑誌までを取り扱っていたのだから。

 その学術書の問屋さんの社長と商談しながら、話題はAmazonに移った。彼は、Amazonは赤字続きで、業界ではじきに倒産するだろうと思われている、と語った。へえ、そうなんだと思った。まだ日本には上陸していなかった、遙か以前の頃の話である。

 20年近く前のことだったと思うが、ある日、築地で駐車しながらラジオのニュースを聴いていた。あのとき、Amazonが日本に上陸するというニュースを耳にし、日本の出版業界が大きく変わると感じた。その理由は、電子書籍が普及するだろうという予測だった。長年に渡り、日本では書籍も雑誌も紙に印刷して流通していた。取次会社の存在が不可欠であり、書店も同様に無くてはならない存在だった。その構造に大きな変化が生まれるだろうと、直感的に感じた。身震いがしたのを憶えている。

 ところがAmazonは電子書籍だけを販売したのではなかった。一般書籍・雑誌も扱ったのである。私の記憶に間違いがなければ、最初は太洋社という取次を経由して、書籍類を仕入れ、販売していた。やがて、取次会社の大幅な統廃合に伴い、日販から仕入れるようになったと記憶している。

 Amazonは徐々に販売力を付け、ついには出版社と直接取引をするようになって、今日に至っている。今では、Amazonを知らない人は少なく、利用している人は膨大な数に上るだろう。大したものだ。実に見事である。現在では、書籍・雑誌のみならず、これぞ、グローバル・ビジネスのモデルケースといってもいいのではないだろうか。

 しかし、その栄光の輝きは、同時に大きな陰影をももたらした。明らかな出版業界の衰退であり、掲出したように書店数の激減がその証左である。

 さらには、アメリカトランプ大統領だけでなく、国際的にもG20でAmazonの商法を問題視する公式声明が出された。最近のアメリカのYouTube動画を視聴すると、トランプ大統領は、オバマ元大統領、ヒラリー・クリントン元国務長官、元CIA長官だけでなく、テック・ジャイアンツと呼ばれる巨大なIT企業をも国家反逆罪容疑で、軍事裁判にかけるのではないかといわれている。Facebook、Twitter、YouTubeなどとともに、Amazonもその中に含まれているようだ。私ごときにその理由を的確に説明することなどできないが、おそらくは、中国政府との関係が、ディープ・ステートと称される勢力と同等、あるいいはそれ以上に深いからなのではないだろうか。あくまでも推測に過ぎないが、米中関係がかつてない程に緊張しており、その情勢が影響していると考える方が自然だろう。

 世界中の多くの人間が利用している、テック・ジャイアンツ提供のサービスは、これからどのような変遷を遂げるのだろうか、注視する必要があるだろう。

 一方で、Amazonの光輝くグローバル・ビジネスの陰で、静かに存在感を失いつつある世界があることを忘れてはならない。地域文化を支える、町の書店の機能が失われつつあり、さらには、書店が存在しない自治体数も、約1700のうち400を超える数に増大している。

 Amazonや他のインターネット書店が普及しているのだから、それで書籍・雑誌の購入機能を十分に補完しているではないか、という考えの人が多いだろう。確かに、商品の調達という側面は、とても便利になっていると思う。

 しかし、地元に慣れ親しんだ「本屋さん」があり、その書店主が中心になって、読み聞かせや読書サークルの活動などの普及を支援する、という「優しさと心が伴う」読書推進支援は、今の時代にこそ必要なのではないだろうか。長い目で見たら「町の書店」は、子どもたちの成長、そして大人たちにとっても、賢明に人生を生きる上で、大事な役割を果たすことができるのではないかと思えてならない。

 批評・評論は分かったから、ではお前は一体どのような解決策をを提供できるというのか?・・・そういわれると返す言葉が無い。返答に窮してしまう。

 しかし、私なりにAmazonの近未来のビジネス戦略を予測している。そして、私利私欲のためではなく、純粋に日本と日本人の未来のために・・・ほんの僅かな影響でしかないとは思うが、一石を投じたいと思うようになっている。

 具体的にはまだまだ公開できないが、アウトラインのイメージは固まってきている。今日はほんの決意表明である。・・・またいつもの妄想が始まった、そのように笑い飛ばしていただければ、それで十分である。


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by hirune-neko | 2018-11-07 02:29 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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