昼寝ネコの雑記帳

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昼寝ネコの日曜学校・珍説「旧約の預言の現代訳」

Silvius Leopold Weiss - " Fantasie", guitar Asya Selyutina

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 今日は日曜日なので、気紛れに日曜学校を開講してみたいという気になった。

 かねてから、旧約聖書に登場する預言者は、その当時の人々に対する勧告や警告を発したが、同時にそれらは、末の日に生きる現代人に対する預言でもある、という宗教家の言葉を聞いたことがある。以前も一度、旧約聖書の中の預言の言葉を、現代に置き換えて解釈を試みたことがある。このブログのどこかに残っているはずだ。

 改めて考えたのだが、「預言」と「予言」にはどのような違いがあるのだろうか。「預言」とは、神聖で隠された言葉を神から預かり、人々に伝えることであり、従ってそれを伝えるのは「預言者」である。

 一方で、単に未来を予知し、その予測をなんの神聖な権威もなく述べるのが「予言」である。その意味では、ある種の「予言者」だが、それは個人的な見解を述べるものであり、神の言葉ではない。したがって私が何か予知的な予言をしたとしても、それはあくまでも独りよがりの予言にしか過ぎない。・・・当たり前だろう。

 今日は、旧約時代の預言者・アモスの言葉を、現代に当てはめて解釈してみたい。


【旧約聖書 アモス書8章11-12】
8:11主なる神は言われる、
「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、
それはパンのききんではない、
水にかわくのでもない、
主の言葉を聞くことのききんである。
8:12彼らは海から海へさまよい歩き、
主の言葉を求めて、こなたかなたへはせまわる、
しかしこれを得ないであろう。

 
 ここでいう「主の言葉を聞くことのききん」という意味は、はてなんだろうか。おそらくは、私心や私利私欲を捨て、真善美を求め、他者を思いやる生き方を目指す人たちの、心の渇望なのではないかと考える。

 「彼らは海から海へさまよい歩き」の意味は、善き言葉・善き教えを探し求め、海面を走るウィンドサーフィンならぬ、ネットサーフィンによって、熱心に検索・探索する姿が思い浮かぶ。

 しからば、「しかしこれを得ないであろう」という否定的な言葉は、何を意味するのだろうか。真意は、「これを得ない」と断言するのではなく、「得ないであろう」、即ち、得られる可能性は低い、と述べているのだと思う。

 では、何故「主の言葉」は、容易に得られないと言われているのだろうか。あくまでも私個人の考えだが、いくつかの要素が理由として思い浮かぶ。

 1.たとえ真善美を求め、他者を思いやる生き方を目指して
  いたとしても、情報が洪水のように溢れており、なかなか
  到達できない。
 2.頭で理性的・論理的に考えてしまう傾向が強く、
  「心で感じる」感性を持たなければ到達しない領域にこそ、
  「主の言葉」が存在していることに気づかない。
 3.神学的に言えば、人間が神の領域に近づくことを邪魔する
  存在が巧妙に道をそらし、見失うように邪魔をしている。
  いわゆる、ルシフェル、またの名はサタンである。
 4.巧妙な手法とは、「主の言葉」に酷似した教え・考えを
  99種類与えて信じ込ませ、最後のひとつで欺すという
  手口である。

 こうして自己流に解釈してみても、なかなか真理に到達するのは至難のように読み取れる。しかし同時に、求めれば与えられ、叩けば開かれる、とも言われているので、決して悲観的になる必要は無い。ひたすら求め続けることである。
 
 聖書の解釈も人それぞれである。神学者・宗教家といえど人間の考えが大部分なのかもしれない。単純化して考えれば、神は実在するか、あるいは存在しないかのいずれかである。それだけは明白なのではないだろうか。つまり神は、知恵と徳のある人間によって創作された存在なのか、あるいは実在するのか、そのいずれかである。

 もし神が実際には存在しない創作された存在だとしたら、キリスト教徒だけでなく、旧約聖書を聖典と考えるユダヤ教徒もイスラム教信者も、愚かな存在だと言われても仕方がないだろう。

 かつて、ニーチェは神は死んだと言い、多くの無神論哲学者が特にキリスト教を否定した。私自身、学生時代にカミュに傾倒し、さらにはサルトルの実存主義の考えに染まりきった。キリスト教系の教会に乗り込み、聖職者と議論しに行ったほど、サルトルの考えに傾倒していた。

 あれから約45年が経過したが、その間ずっと自分自身との血みどろの格闘を経て、今の私は有神論者に「転向」している。理屈は何もない。否定と肯定、疑問、懐疑、自省、悔悟の繰り返しで実に進歩ののろい生き方をしてきたが、ようやくこの歳で、やっと有神論の初心者である。

 神に実際に会ってしまえば、それはもう信仰ではなく知識である、と誰かが言っていた。まだ見ぬ神の存在を信じる信仰を強める、というのがキリスト教の「信仰」の本質だと考えている。単に信じるということではなく、苦難の中での生き方や求め方、信頼し頼るという行為を繰り返すうちに、時間をかけて目覚め、感じるのが信仰の醸成の本質だと思う。

 したがって私は、ある意味では永遠の求道者であり、未だまみえてはいないものの、神なる存在を裏切らない生き方を続けて行きたいと願っている。

 ・・・なんだか訳の分からない展開になってしまったが、学生時代から何やら自分なりにずっと考え続けて来た結末である。理論や理屈だけを述べる人を否定しはしないが、個人的には目に見えずとも、心の交流ができ、信頼できる相手を大事にしたいと考えている。


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by hirune-neko | 2018-09-24 00:03 | 心の中のできごと | Comments(0)

能登から送られてきた、小粒ラッキョウの酢漬け

Tomas Luis de Victoria - O vos omnes / 教会音楽 / 宗教音楽

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 去年に続き、今年も送っていただいた。ブログ読者の方が、地元・能登産のラッキョウを小粒の時に購入し、一粒ずつ皮をむいて酢漬けにしたものだ。その手間たるや、大変な量だろうと思う。元々は、同居している高齢の義母が骨折して寝たきりになり、食欲が落ちてしまった時期があったのだが、そのときに「小粒ラッキョウが食べたい」と言い出した。探しても見つからなかったので、そのことをブログに書いた。するとほどなくして、わざわざ能登から手作りの小粒ラッキョウを送っていただいた。おかげで義母の食欲も増し、手術も受けられるようになって、今では部屋の中程度は歩けるようになった。M子さんに、改めてお礼を申し上げたい。私自身も重宝していただいている。

 ウォーキング時間がどうしても夜になってしまう。ときどき、無灯火の自転車が突然目の前に現れ、ひゃっとしたことが何度もある。黒っぽい服を着た人も、目の前2メートルまで接近してようやく認識する始末だ。たとえ相手が自転車であっても、激突したらそれなりの打撲症状を負うと思い、 USB充電のできる蛍光ベルトを購入した。これで、かなりの確率で事故を防げると思う。

 歩きに出たのは夜の11時半頃だった。今日は第三京浜まで行って折り返し、帰ってきた。計算上ではそれども7千歩だ。歩数はFitbitという、腕時計タイプの計測器で測っている。歩行中に午前0時になると、まるでシンデレラ姫のように、その瞬間にリセットされ、ゼロからの計測開始となってしまう。今日は5200歩あたりでリセットされた。無理せず、7000歩で止めておいた。

 歩きながら考えたのは、自社商品である名入り絵本の営業方法についてだ。営業するからには、受注量を増やすのが目的となる。当然のことだ。いろいろな手法が提案されており、私自身も独自の営業方法を検討している。

 今のところ、主要な顧客対象は産婦人科病院・クリニックである。いろいろ思い巡らしているのだが、効果的だというマーケティング手法はあれこれ情報が飛び交っている。社内でも意見交換をしたが、商品の特性によって、営業手法が異なるのではないかと思い始めている。

 産婦人科といえど、地元では競合関係となる相手が存在する。例えば、粉ミルク、医薬品、医療機器、事務用品、保険などは競合相手が同じメーカーの商品を使用しても、とくに何も感じないのではないだろうか。

 わが社の名入り絵本「大切なわが子へ」の場合は、明らかに汎用製品とは全く異なる捉え方をされている。ある院長からは新規採用の際、同一区内では他に営業しないでほしいと言われた。ある院長夫人からは、市内で他の病院は採用しているかと何度か確認された。

 つまり、競合相手からの差別化ツールとしての認識を持っていただいているのは明らかだ。

 手作り絵本なので製作ラインも複雑な作業が多い。一般書籍と違って量産の対応ができない。

 最近の営業は、インターネットを活用した、ダイレクトマーケティングを筆頭に、広範囲の顧客を対象に、一気に効率的なマーケティングを行う手法が広く喧伝されている。

 しかし、わが社の手作りオーダーメイド絵本は、競合相手からの差別化ツールという評価と認識で採用していただいているので、それを前面に出して営業コンタクトする手法が適切なのではないかと、思い至った。まだなんとか入口が見えてきた程度だが、今日は珍しいことに歩きながら宗教音楽を聴き、天啓の閃きが降ってくるよう、祈るような気持ちで真剣に考え続けた。

 文字通り困ったときの神頼みの典型である。天父からも天使からも、すっかり呆れられているのがよく分かる。しかしかと言って、見放されてはいないことも分かっている。何せ図々しい性格なので。


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by hirune-neko | 2018-09-23 02:30 | 心の中のできごと | Comments(0)

深夜の冷気の中、ボサノヴァを聴きながら歩いてきた

João Gilberto - Hó Bá Lá Lá

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 これまでに経験したことのない、機器の動作不良が連続した一日だった。

 すっかりお手上げになり、サポートに電話して説明している最中に正常になる。しかし、しばらくするとまた動作不良が起きてしまう。これを繰り返した。いやあ、本当に参ってしまった。

 せっかく、情報ファイル保存のインフラを整備して、前向きに加速しようとしている矢先に、まるで妨害工作に遭っているような気分だった。・・・いや、そうなのかもしれない。案外、私たちがかなり核心を衝くようになってきたので、防御態勢を強めているのかもしれない。・・・で、誰が?さあ、誰だろう。

 復旧作業の合間の頭休めに、政治ブログランキングの上位を、いくつか閲覧した。興味深かったのは、ブログ「正しい歴史認識・国益重視外交・核武装」 http://deliciousicecoffee.jp/の記事「虎ノ門ニュースで日本ウイグル連盟代表が言語禁止、拷問虐殺、臓器売買など語る・ようつべが配信停止」だ。日本語の堪能なウィグル人の方が出演し、井上和彦×藤井厳喜×トゥール・ムハメット×居島一平【虎ノ門ニュース】というタイトルの動画を、時間の関係で少しだけ観たが、興味が尽きない。

 この動画の長さは2時間ちょっとだった。貴重な記録だと思ったので、なんとか動画ファイルとしてダウンロードしようと試みた。私はAiry 2というソフトを利用しているが、数日前にやはり2時間ちょっとの動画をダウンロードしようとして、途中で回線が切れて断念していたので、不安だった。

 かなり時間がかかったものの、結果的には成功した。どうやら前回は、時間がかかるので洗面所に行ったり入浴したりで、パソコンを離れたためスリープアウトしたのが原因のようだ。今日は、ダウンロードしながら他の作業をしていたので、スリープアウトせず、うまく行ったようだ。ファイル容量はおよそ1.8GBで、音声ファイルに変換したものは、約360MBと、ぐんと軽くなったので保存しやすい。

 次の頭休め時間には、ブログ「徒然なるままに」 http://mblg.tv/42411914/の掲載記事を、ざっとタイトルだけ閲覧し、興味があったので「ハザールマフィアの隠された歴史|嗚呼、悲しいではないか!」というタイトルの記事を読んだ。かなり長文で、元記事から引用しているが、コピーペーストではなく手入力なのか、随所に明らかな誤変換があった。元記事はおそらく、英文サイトの記事を翻訳しているようで、皆さんのご努力には頭が下がる。

 ハザールマフィアとロスチャイルド家の関わり、そしてロスチャイルド家の世界支配戦略について書かれてた。この記事を読むには、旧約聖書や神学的解釈に関する基本知識が不可欠だと思った。英文のオリジナルを含む、それぞれの記事をEvernoteにクリップした。いつになったら、読む時間を確保できるかは皆目分からないが、手軽に情報を保存できる機能があるのは、とても便利なものだと再認識した。

 日本で普通に暮らしていると、ロスチャイルドと聞いても、正直言ってあまりピンとこないが、その出自を歴史的に辿るなら、まるで不死身の怪物のようなイメージが浮かび上がってくる。そんな相手に対峙し、果敢にも過去の悪行を告発する人物が出現したことに、とても畏敬の念を感じた。どう猛で巨体の戦士・ゴリアテに立ち向かう少年・ダビデの姿が目に浮かんだ。

 ブログ「ダークネス」 https://bllackz.com/からは、いつも老獪な知恵を学んでいる。「リーマンショックから10年。次の暴落は予測せずに準備だけしておく」、「グーグルはあまりにも優秀だ。だから逆に依存度を下げることを意識する」・・・など、タイトルだけからも興味深い教訓を得ている。

 ・・・このまま書いているとキリがないので、ここまでとさせていただく。ただようやく、iPadPro用でも閲覧できるデジタル情報の十分な外部保存容量(2TB)と再生のインフラは完成したので、ほっとしているところだ。電子書籍もAppleデバイスとKindle端末を使い分けて、なんとかそれなりのスピードで読書できる環境も整った。あとは、せっかく買いためた紙の書籍をPDF化(自炊?)して自在に読める環境にしたいと希望している。ちょっと時間がかかりそうなので、少し先の話になってしまうと思う。

 飽和状態の頭を抱え、溜息をつく毎日である。


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by hirune-neko | 2018-09-22 02:06 | インテリジェンス | Comments(0)

I Am Sorry, アイ・アム・ソーリー、 アイ・アム総理

"Barco quieto" - Julia Zenko - HDfull

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 自民総裁選があるとは認識していたが、もう投開票が終わり、結果が出たようだ。「I Am Sorry, アイ・アム総理」などと駄洒落というか、親父ギャグを言っている場合ではないと思うが、とにかく候補者のお二人とも、激戦でお疲れになったと思う。

 最近は、わが家にも朝日新聞と毎日新聞の、無料試読の案内が来た。あくまでもインターネット上からの情報であるが、全国紙の購読部数が深刻な凋落傾向だそうだ。

 新聞や週刊誌などの紙媒体を、オールドメディアと卑下し、高齢で情弱人間の唯一の情報源だ、と批判的にいう人が拡がっているようだ。確かに、インターネットから情報を得る年代の人たちの方が、かなり社会の実態を把握しているのかもしれない。そんな高齢者を頼りに、プロパガンダ工作を続けていても、年々その絶対数が確実に減少しているのだから、メディアを支配しての世論誘導は難しい時代になっているのだろうと思う。

 もし、どこかの国の情報機関が、他国の政権転覆を目論み、あるいは実効支配するためのマニュアルを作成しているとしたら・・・もし、ではなくて現実にはそのような戦略が存在することは、厳然たる事実だと私は確信しているのだが・・・今どきの時代に、いきなり他国に武力侵攻して支配しようものなら、国際的な非難を受け、様々な国際的制裁を受けるのではないだろうか。いにしえの昔とは異なり、もはや自国領土して確保してしまえば、なんとでもなるという時代ではなく、他国との交易や交流なくしては、国家が存立し得ない時代なのではないだろうか。

 しからば、具体的にどのような手段で政権を転覆し、あるいは実効支配・属国化ができるのだろうか。

 詳細な意見を書くと文字量が膨大になるので、結論を言うなら、自国の工作員化した議員を、国政選挙で過半数以上当選させることである。選挙は、合法的で民主的で、しかも確実に政権を奪取することのできる、唯一の方法である。

 そのためにはまずどうするか。大多数の有権者に影響を与える、マスメディアを支配することである。そしてマスメディアを通じ、あらゆる手段で政権を批判し、自国工作員化している議員の評価を高めるような報道を繰り返すことである。勿論、他にも徹底して庶民の味方であることを標榜し実行する宗教団体を設立して信徒を増やし、さらには特定の政党を支援するよう洗脳することも含まれるだろう。

 言われてみれば、思い当たることの多い日本の現状ではないだろうか。上記のような手法は、過去に話題を集めた、スヒョン文書や花王文書と呼ばれるものの記述内容でその一端を知ることができる。また、ある大学の教授が偶然入手したという、中国人民解放軍の日本侵攻マニュアルという文書の存在も話題になった。

 一般的に見れば、確かに日本人は他国人に対しての警戒心が薄く、逆に親切に温情を示すという特質があるように思う。本質的には今でもそうなのかもしれないが、とくにインターネットの発達と普及によって、内外社会構造の実態を知る人が増え、徐々に国家の安全に対する危機感を持つ人の絶対数が増えてきていると思う。



 私は永年にわたり、政治ブログランキングの上位から、割と丹念に読むことを習慣としていた。しかし、徐々に時間に追われる生活になり、基本的には見出しだけを閲覧し、興味を持った記事だけを読むようになってしまった。

 ここ最近は、まるで「国際時事情報発信ブログ」とでも名付けたくなるような、個人ブログを日に何度か訪問し、国内外の動向把握に努めている。ブログ主は、国を擬人化した時事小説を書くだけあり、実に国内外の情勢だけでなく、歴史的流れも丹念に調べている。それと、文章も和の趣を隠し味にした、とても味わい深い仕上がりだ。

 そんなブログ主が、相当数のブログや情報サイトを閲覧し、厳選して紹介しているのだから、掲載タイトルを閲覧するだけも、かなり広い視野で内外情勢を把握することができる。長い時間をかけて、情報源として信頼を置けるブログやサイトのリストを構築しているのだと思っている。時間に余裕がない方には、とくにお薦めである。

 ・・・時々、私のブログ記事も紹介されているので、お返しに推奨するわけではない。実際に特異な構成の情報ブログである。文字通り、ブログ主の方による私心・私利私欲のない、純粋に使命感によって発信されている、労作の情報ブログだと評価している。

 ブックマークされ、日刊新聞でも読む感覚で、朝夕閲覧されることを、改めてお勧めする次第だ。

【徒然なるままに by ちはや】
・以下のURLをクリック


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by hirune-neko | 2018-09-21 00:28 | インテリジェンス | Comments(0)

事件ではないが、110番に三度通報した

Hier Encore - Charles Aznavour - paroles

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 今日は午前中から、絵本納入先の産婦人科クリニックからの依頼で、本文中のイラストマップの修正に着手した。このクリニックは、16年ほど前から出産祝いのプレゼントとして、私たちが製作しているグリーティング絵本「大切なわが子へ」を採用してくれている。ずいぶん長い付き合いになっている。

 16年も経てば、当時は存在していたコンビニがなくなり、近所の学校の名前も変わり、パン屋さんが別の場所にオープンし、などなど当初のイラストマップとは、現実がすっかり変貌してしまっているようだ。製作作業を一手に引き受けている次男は、製作依頼書の到着が重なったため、今日は私がイラストをマップの修正を担当することになった。

 少し時間がかかったが、試作した最新のイラストマップを印刷し、ファックス送信しようとした。すると紙詰まりを起こしてしまい、動かなくなってしまった。メーカーのサポートに電話して、あれこれ試すうちになんとか送信できるようになった。

 そこでふと、普段はあまり使っていないのだが、eFaxというサービスを利用しているのを思い出した。しばらく使用していなかったので、送信方法を思い出せなかった。あれこれ調べて、ようやく使えるようになった。要するに、送信したい内容をPDFファイルに変換し、送信先のアドレス欄には、相手のファックス番号を規定の文字列に組み込んで入力し、あたかもメール添付でファイルを送ることになる。やはりどのような作業でも、継続して行わないと、すっかりさびついて使い物にならないものだと思った。

 夜の8時半近くになって、ようやく歩きに出られるようになった。その時点の歩行数は、たったの800歩だった。最終的に8000を歩くには、何歩で折り返せばいいかを計算しようと思い、玄関の外で立ち止まった。その時、割と近くから何やら音楽が聞こえた。どうも鑑賞用の音楽ではなく、どちらかというと警報に近いような印象を受けた。ちょっと気になったので、耳を澄ましてどこから音が出ているかを確認した。どうやら、我が家に隣接して建っている2階建てのアパートの1階の部屋のようだった。部屋はすぐ目の前なのだが、フェンスがあるため遠回りして部屋の前に立った。

 どうやら、風呂場か台所が音源のようだった。以前から、時々声をかけているおばあさんの部屋のようだ。数年前にご主人が他界し、独り暮らしのはずだ。もしかしてガス漏れ警報の音楽なのだろうかと心配になり、ドアを強めに何度もノックしたが、一向に反応がない。窓越しに奥の方から光が洩れている。もしかして、倒れてしまっているのかもしれないと思ったが、確かめる術がない。不謹慎ながら、夫に先立たれ、年老いて独り暮らす老婆の孤独な死、とうう情景が思い浮かんだ。できれば、まだ息をしていてほしい。なんとか一命を取り止めて、周りの人たちに介抱され、孤独感を払拭してほしい、などという思いがよぎった。

 そこでやむを得ず、110番に通報した。簡単に状況を説明したら、警察官と救急車を手配してくれることになった。家内の方が、そのおばあさんとは交流があるので、家に電話した。すると、ドアをノックしても聞こえないから、裏側の窓から声をかけるよういわれた。さすがに状況を把握している。

 暗く、足元が不安だったのでポーチから懐中電灯を取り出し、確認しながら裏窓に回った。窓ガラスを、何度か連続して強く叩いてみた。中からはラジオかテレビから流れる音楽が聞こえる。そのうち、カーテン越しに人影が動くのが見え、カーテンを上げておばあさんが姿を現した。

 窓を開けてくれたので、挨拶し事情を話した。すると、あのけたたましい音楽を止める方法がわからないので、困っていたと言う。ガスでも漏れていたら大変なので、ちょっと見せてくださいとお願いし、再び玄関のドアに向かいながら、2度目の110番通報をした。事故ですか、事件ですか?と言う相手に向かい、さきほど電話した者ですが、本人と話をすることができました、と伝えた。警察官と消防隊員には、安否確認ができたと伝え、現地に向かうのをキャンセルします、と言ってくれた。

 ドアの前に立つと、おばあさんが中から開けてくれた。中に入れてもらい、ガスの臭いを確認しながら音源を辿った。ちょうどその時、2人の消防隊員が到着した。私はかいつまんで状況を説明しながら、音源を見つけようとした。すると、冷蔵庫の上にわりと大きめの目覚まし時計があり、それを手にとるとまさしくそれが音源だった。つまり、ガス漏れの警報ではなく、単に大型目覚まし時計がけたたましく音楽を流していたのだった。

 規則があるらしく、救急隊員の方はおばあさんの名前と生年月日、部屋番号などを確認した。横で黙って聞いていたが、大正15年4月生まれだと言う。亡くなった母と3ヶ月違いの、95歳である。かなり耳が遠くなっていたので、会話が思うようにいかなかった。果たして私のことを覚えているのだろうか。何かをしてあげたときに、お礼にと言って不自由な体を引きずり、わざわざ地元の和菓子屋さんから菓子折を買って届けてくれたことを思い出した。

 消防隊の方から帰りがけに、警察官が来るかもしれないのでできれば待っていてほしいと言われた。5分ほど待ったが、念のため3回目の110番通報をした。状況を説明し、警察官の方を待つように言われたのだが、まだ待つ必要があるかどうかを確認した。すると、既にキャンセルしているので、待っていなくていいと言われた。

 おばあさんの元気な姿を確認できて、ほっとした気持ちになった。もし私があと30年近く生きたとしたら、おばあさんとほぼ同年齢になる。もし私が95歳で、このおばあさんと同じように独り暮らしをしていたら、果たしてどのようなライフスタイルだろうか、と想像してみた。

 その年齢でも、パソコンのキーボードをたたけるだろうか。そんなことより、今から30年後の自分が、まだ何か書きたいと思うようなコンテンツを持っているだろうか。こうして、仕事に追われながらも毎日その日に思い浮かんだことを、ブログに書き残している。読んでくださる読者の皆さんの存在が、エネルギー源になっているからだ。95歳の老ブロガーの書く記事を、読んでくれる人が存在するだろうか。・・・あっ、もしかして私はもうすでに老ブローがではないか、と思い至ってしまった。

 台所で、けたたましい音楽を流す目覚まし時計の操作方法も分からず、かといって誰も頼める人がいない孤独な生活。結果的に、おばあさんを勝手にご臨終扱いしたり、110番通報したりで、すっかりお騒がせして申し訳なかったが、別れ際のおばあさんの笑顔に、自分のことに関心を持ってくれる人がいて嬉しい、という素直な喜びを感じ取ることができた。

 これは私の、あくまでも一方的な思いではあるが、近所に住む者として赤の他人とは違う、心の交流ができていると感じた。ほんのささいなことではあるが、しかしさまざまに存在する人間関係の中でも、このようなちょっとした心の交流というのは、とても貴重で得難いものなのではないかと実感した次第だ。

 もし私が95歳まで生きながらえて、相変わらずブログを書いていたとしたら、今日のこの記事を思い出すことがあるのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2018-09-20 01:02 | 心の中のできごと | Comments(4)

ご心配をおかけしたが、かなり復調した

João Gilberto - Eu Sei Que Vou Te Amar - São Paulo - 1994

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 今日もそれなりに忙しかったが、日中に2回外出したため、夜遅い時間に2800歩だけを歩き、それで8000歩を歩くことができた。一気に8000歩を歩くのはかなり負担だが、何回に分けるとかなり楽に歩くことができる。

 最近は、ジョアン・ジルベルトの歌を聴く回数が増えている。ビル・エヴァンスやピアソラと較べると、とてもノリが軽い。最近は脳内疲労を感じることが多いせいか、軽い音楽を好んで聴いている。

 現在福岡では、ニュージーランド人の女性が、私の短編作品を英訳してくれている。短い方の作品はかなり進んだと言ってきた。逐語訳的に、日本文をそのまま単純に訳してしまったのでは、味わいが損なわれると感じているので、仕上がりがどんな文章になるか楽しみである。

 そうは言っても、私自身は英訳文を読んだとしても、文章のクオリティまでは判断できない。最終的には、村上春樹研究家の、同じくニュージーランド人男性や、文学的素養・感覚を持っているネイティブの人たちに読んでもらい、意見を聞いて最終判断するしかないと思っている。

 一の位を四捨五入したら70歳である。十の位を四捨五入したら100歳である。自覚的には3000歳であるが。この際だから、運命や宿命に逆らって、図々しく前向きに生き続けようと思っている。

 両手に抱えているのは、まだまだ断片ばかりなのだが、少しずつどこかに収束して行くのではないかと期待している。・・・終わってみなければわからないことではあるが。

 さて、体調優先で、今日はこれぐらいで失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2018-09-19 00:44 | 心の中のできごと | Comments(0)

昨日から今日は、自宅静養に努めた

Bill Evans - Easy living (1956)

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 振り返ってみたら、この3年近くは旅行もせず、水平線を見に湘南にも行くことなく、せわしなく日々を過ごしてきた。対応案件が次々と途切れずに発生し、さすがに疲労が'溜まってしまったようだ。なんとか追いつこうと無理を重ねると、ついつい寝る時間が徐々に遅くなってしまい、睡眠中に免疫力が高まると言われる時間帯には、ほとんどパソコンに向かって作業をしていた。身体にいいわけがない。

 今日は祝日だったので、電話がほとんど入らず、郵便局の集荷を待つ程度だった。ゆっくち身体を休め、昨日からの体調不良をなんとか払拭しようとした。しかし、せっかく横になっても、時間が勿体なく思え、Kindle端末をいじって機能を確認した。電子書籍の読書専用に作られているだけあり、読みやすいし便利な機能が付いているので感心した。

 あれこれ調べていたら、日本では英語以外にいろいろな外国語の検定試験があることが分かった。想像以上に多かったので驚いた。ご参考まで、以下に目次だけを紹介させていただく。

【語学検定〜Wikipedia】
■語学検定(ごがくけんてい)は、個人の語学能力の指標となる検定試験である。
1 日本での語学検定
2 アラビア語
3 カタルーニャ語
4 標準中国語
5 チェコ語
6 オランダ語
7 英語
8 フィンランド語
9 フランス語
10 ドイツ語
11 アイルランド語
12 イタリア語
13 日本語
14 朝鮮語
15 ラテン語
16 ノルウェー語
17 ポルトガル語
17.1 ブラジル・ポルトガル語
17.2 ヨーロッパ・ポルトガル語
18 ロシア語
19 シンハラ語
20 スペイン語
21 スウェーデン語
22 トルコ語


 とまあ、こんなにあった。今日では話す人がいないと聞いていた、ラテン語の検定試験まであったのには驚いた。

 とても恥ずかしいことなので、この後、私がどのような行動に出たかは書かないでおこうと思う。私には自殺願望なんてこれっぽっちも無いのだが、こんな年齢であり、完璧な健康体ではないにもかかわらず、まるで無邪気な子どものように、興味を持ったものは前後の見境無く、おもちゃ箱に入れようとしてしまう。明らかに自殺行為である。

 こんな調子だと、もう少し契約数を増やし、生命保険を増額して、もしもの時は周りの皆さんに迷惑をかけないようにしなくてはと思っている。しかし、自分でも呆れるというかなんというか、差し迫った必要性も無いし、具体的な仕事上の使途も思い浮かばないというのに、自分でも分からないのだが、いずれ分かるときが来るだろう、という程度の軽い考えで、脳内にあれこれを詰め込もうとしてしまう。精神科医に話したら、おそらくは何か病名が付くのではないだろうか。

 現在研修医の三男は、どうやら当初の考え通り、精神科を目指すようだ。こんなへんてこな父親をずっと見てきて、知らず知らず、精神科医の存在理由を自覚するようになったのではないだろうか。私はおそらく、ある意味での反面教師になっているのだろうと思う。


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by hirune-neko | 2018-09-18 00:49 | 心の中のできごと | Comments(2)

いつになったら「ご隠居さん」と呼んでもらえるだろうか

Bill Evans Trio - Stairway to the Stars

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 外出先で、脳内に不快な圧迫感が拡がり、なかなか治まらなかったので、無理せずに帰宅して横になった。血圧は正常だったので、なんらかの原因で一時的に脳圧が上がったのかもしれない。すぐに眠りに落ちて、2時間ほど熟睡したら、脳内の圧迫感が消えていた。

 目が覚めてもすぐに起きず、仰向けになったままiPadProを開いた。あるブログ読者の方が、昨晩の私のブログ記事に関連し、これまで封印していたという情報を投稿してくれた。「閲覧注意」と記されたタイトルは、下記の通りである。

【独占報道】元中国軍部病院実習生が証言 暗幕の中の臓器収奪
https://www.epochtimes.jp/jp/2015/03/html/d61618.html」

 URLをクリックすると、THE EPOCH TIMESという英字タイトルが目に飛び込んできた。大紀元 日本、と並記されている。何度も見覚えのある名称だが、これまで頻繁にアクセスしてはいない。どうやら多言語化して情報発信しているようで、サイトの最下部には、以下の表示があった。

【大紀元 Global Group
* 英語 * 中国語(簡体) * 中国語(繁体) * 日本語 * 韓国語 * ベトナム語 * インドネシア語 * フランス語 * ドイツ語 * スペイン語 * ポルトガル語 * イタリア語 * スウェーデン語 * ロシア語 * ウクライナ語 * チェコ語 * スロバキア語 * ルーマニア語 * ブルガリア語 * トルコ語 * ヘブライ語 * ペルシア語

 なんと22種類の言語で情報発信している。全てを開いたわけではないが、クリックするとその言語でサイトが表示される。このような、多言語表示する情報サイトを見るのは初めてである。自分の短編作品を多言語出版したいなどと妄想している私に較べると、驚きを通り越して感動すら覚える。この発想には共感できるし、参考にさせていただきたいと思ってしまう。

 「中国の臓器狩り」という項目には、たくさんの記事が掲載されている。どのような背景を持つサイトなのか、私は把握してないが、ご参考まで、サイトに掲載されている紹介文の一部を、以下にご紹介させていただく。実に興味深いグローバルサイトである。

 年齢不相応に、私の探究心、好奇心はますます募るばかりである。この調子では、あの世に行っても同じようなスタンスなのではないのだろうか。棺には、使い慣れたiPadProと充電器一式を一緒に入れるよう、今から言い残しておいた方がいいかもしれない。

【大紀元 Global Groupの紹介文】
(以下、引用開始)
■大紀元グループ―世界31カ国に広がるネットワーク
弊社は、ニューヨークに本部を置く報道社であり、世界各地のグループ社が的確にローカルニュースを報道し、グローバル・ネットワークを形成しています。弊社は、いかなる傘下にも入らず、独立していますので、広範囲な報道と多様性ある見解を提供できます。
アメリカ国内に11の支社を持ち、日本やカナダ、イギリス、ドイツなど、世界31カ国にグループ社があります。アメリカのワシントンDCやニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ボストン、カナダ、オーストリア、香港、台湾では、日刊を、他では週刊発行しています。現在、全世界での中国語版の発行は週約180万部にのぼります。
■大紀元のあゆみ
大紀元時報日本版(中国語)は2001年1月に創刊しました。日本国内のニュースのほか、中国大陸や香港、台湾などをはじめとする海外の国際ニュース、政治、経済、華僑生活、流行の話題、日中文化交流、健康、歴史、科学、女性生活、家庭、教育など多くの分野における情報をバランス良く伝えることで、幅広い年齢層の読者獲得に努めるとともに、日本文化の紹介なども含め、日中の文化の架け橋として、国際的文化交流の場を提供しています。
2004年11月に発表された大紀元連載社説『九評共産党(共産党についての九つの論評)』は、中国共産党の本質を暴き、瞬く間に全世界で話題騒然となり、中国大陸を中心に脱党の奔流の源となりました。日本においても、その反響は大きく、反日デモ、台湾の独立を阻止した反国家分裂法など、日本社会において真実の中国情報が渇望されるなか、2005年から日本語Webにて情報を発信しています。
(以上、引用修了)


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by hirune-neko | 2018-09-16 23:24 | インテリジェンス | Comments(0)

ようやく脳内がリセットされたようだ

Bill Evans Trio - Spring Is Here

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 何日かぶりに、8000歩を歩いて家に戻ったら、Fitbitから携帯に表彰メダルの画像が届いた。イタリアメダルという名前で、これまでに通算1184キロを歩いたと書かれてた。1184キロと言ったら、もしかして青森を通り越して、函館か長万部までの距離なのではないだろうか。もしそれが事実だとしたら、ちりも積もれば山となる、というのは本当なのだと実感した。

 ・・・Googleで調べたら、青森までは700キロちょっとだった。では、札幌までの距離はどうなんだろうと思って調べたら、1175キロだった。つまり、わが家から、母が最期を迎えた札幌市手稲区近くまでを歩いたことになる。驚いてしまった。そして奇しき距離数でもある。

 以下に、そのメダルの画像をご紹介させていただく。

c0115242_01573664.jpg


 一昨日で2年越しの遅延案件をほぼ終え、長かったトンネルをようやく抜けた気分だ。また修正指示が入るかもしれないが、おそらくは知れた数だろうと考えている。多少の反動があり、疲労感はあるものの、ようやく脳内がリセットされて、自分本来の仕事に集中できるモードになっている。

 毎日、ブログ「徒然なるままに」を閲覧し、国内外の主要な動向を把握するように努めている。一カ所のブログで、広範にわたる情報を閲覧できるので、とても助かっている。(時事情報ブログ「徒然なるままに」http://mblg.tv/42411914/

 その紹介情報で、唖然とした記事がある。信憑性はかなり高いと思われるのだが、以下のタイトルである。一瞬、目を疑ってしまった。

 【これは酷い…】中国、国家ぐるみでウイグル人を強制収容所に入れ臓器を取る決定的な証拠をフリー記者が大暴露… : 政経ワロスまとめニュース♪ 2018/09/15 01:20 (元記事には動画も掲載されている:昼寝ネコ注)

 腎臓移植を希望する方が、どれぐらいの期間、ドナーからの提供を待たなくてはならないかの、英米中3カ国比較データが、アメリカの機関から発表されている。以下に掲示するが、この表を見ると一目瞭然なのではないだろうか。

c0115242_01574827.jpg

 海外富裕者から中国側へ、臓器移植代金として支払われている推定金額は、年間1兆円程度だと書かれていた。

 そんな金額よりも、まるで動物のように臓器を摘出され、無念の死を余儀なくされた本人とその家族の皆さんの心中を察すると、言葉が出てこない。毎年、かなりの人数のウィグル人が、貴重な命をまるで虫けら同然のように奪われていることになる。そのような行為を公的に、しかも平然と行っている中国政府に対し、これまで以上に見方が変わってしまった。

 調べてはいないが、日本のマスメディアはこのような事実を、報じているのだろうか。アメリカ議会が、中国政府のウィグル人弾圧を問題視し、トランプ大統領が中国に対し、さらなる経済制裁を準備しているという記事を読んではいたが、おそらくは、上記の事実を把握してのことなのではないだろうかと想像している。

 正直言って、この記事を読み、さしもの温厚な私であっても、許容限度を超えてしまった。(状況によっては、かなり短気な時もあると思うが)中国に対する認識が大きく変わり、中国にすり寄り、なんらかの利益を受けて平然としている政治家、メディア、ジャーナリストなどの方々には、大変残念ながら未来はないと思ってしまう。虐殺された人たちの無念の叫び声が地の底から響き渡り、夢の中にも現れて心が安らがない日々を送ることになるのではないだろうか。

 ふと思い浮かんだ聖書の言葉がある。かなり調べて、やっと見つけた。

また彼らに言われた、「ますの下や寝台の下に置くために、あかりを持ってくることがあろうか。燭台の上に置くためではないか。なんでも、隠されているもので、現れないものはなく、秘密にされているもので、明るみに出ないものはない。(新約聖書 マルコ4:21〜22)

 人間がどれほど狡猾に立ち振るまおうが、最後には悪事の全てが露見する。まさに、そのような時代になっているではないか。

 私自身は非力な一個人なので、大したことはできない。しかし、人知を超越した不思議な力が出現し、善きことはますの上で光を輝かせるが、罪無き人々をを自らの利のために死に至らしめた人間たちは、神学的終焉の渦の中に巻き込まれて行くに違いないと思っている。

 私は自分にできることを、粛々と行うだけである。


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by hirune-neko | 2018-09-16 02:00 | 心の中のできごと | Comments(2)

ないものねだり

"Caminhos Cruzados" - Antonio Carlos Jobim - Joao Gilberto Version

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 初秋の穏やかな湖面に手こぎボートを浮かべ、どこまでも拡がる雲ひとつない青空を見上げている。

 津軽平野を北上する津軽鉄道に乗り、遠い地平線を眺めながら、一路五所川原を目指している。久しぶりに津島家別邸の和室に座り、太宰が執筆したときの雰囲気に浸りたい。

 真夏でもストーブに火を入れるほど寒い、根室の海岸に行き、オホーツクの潮風に吹かれてみたい。

 いつか、シベリヤ鉄道に乗り、ロシア大陸を横断してみたい。そしてそのまま北欧へ足を伸ばし、ノルウェイの森を散策してみたい。

 セーヌ川に架かるポン・ヌフの橋の上から、川を行き交うバトー・ムッシュを眺めてみたい。

 時間に追われず、ぼんやりと時の流れを傍観しながら、一日を過ごしてみたい。そして、飽和状態の脳内が空洞になるのを実感し、まったく新しい風が吹き込んでくるのを感じてみたい。

 病や不安な気持ちで過ごす人たちが、平安な状態に回復されるのを見届けたい。

 執着するものが何もなく、寛容な気持ちで日々を送れるような人間のままで一生を終わりたい。

 ・・・今日は、あれこれそんなことを考えて半日を過ごした。しかし、どう考えても、このまま最後まで忙しい人生を送るだろうと観念している。決して利己的にならず、未だ見ぬ人たちの行く手が、少しでも平坦な道となるよう、お手伝いできることを願っている。

 2年がかりの難しい案件にメドがついた反動で緊張が緩み、非現実的な世界に身を置いてみたいと思っているのだろう。自分らしくないなと思う反面、誰にでも隠されている一面なのではないかとも思っている。

 このジョアン・ジルベルトのように、力みのない脱力した歌唱法で、ギターを弾きながらボサノヴァを歌えたらいいなと思ってしまう。音楽も、その日の気分で嗜好が違うことを実感している。


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by hirune-neko | 2018-09-15 01:12 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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