昼寝ネコの雑記帳

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追いつめられた男 by ブライアン・フリーマントル

Bill Evans Trio - A House Is Not A Home

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 われながら、よく働いた一日だったと思う。さすがにカリカリすることもあったが、この時間まで集中力が途切れなかった。ここまでで中断し、あとはクールダウンの時間にしよう。

 ずっと永年、ブックマークした政治ブログや情報サイトを閲覧するのが日課になっている。見出しを一瞥して、詳細まで読む必要があるかどうかを決めるのだが、かなりたくさんの数をブックマークしているので、ひとつずつ開いたり閉じたりするのが億劫に思えることが多い。途中で閲覧を休止することもある。

 ほとんど全てのブログ主の皆さんは、実によく調査されており、大局的な視点から明快な判断を加えている。世の中の論点や争点の動きの表層だけ見ていたのでは、なかなか実態が把握できず、確信を持って判断できないことが多いのではないだろうか。なぜなら。積極的に情報を収集し、比較分析し、的確な視点を得て判断するには、かなりの時間と労力を要するだろうからだ。

 いくつものメジャーなマスメディアの報道には、あらぬ方向にバイアスがかかっており、なかなか実態を報じていないことも大きな原因だと思われる。

 最近の例では、ケント・ギルバート氏が、オーストラリアで従軍慰安婦像の設置に反対する市民運動家の方とともに、朝日新聞社の英字報道に抗議と訂正の要請を行った。国内では、問題の発端となった小説の内容を否定したにも拘わらず、相変わらず海外向けの英字記事では、従軍慰安婦の強制連行を想起させるような記事を垂れ流しているからだ。そこでこの両人は朝日新聞社に対し、英文記事でもきちんと訂正した内容を配信すべきだ、と迫った。しかし、朝日新聞社は、その要請には応えられないと回答したという。Why?私にはどのような経緯と背景があるのか、さっぱり理解できない。

 ケント・ギルバート氏は、このように述べている。
 「今回のゼロ回答は、朝日新聞が日本の名誉回復を望まない『確信犯』であることの自白にも等しいと感じた。この事実を、すべての日本人が知るべきだ。」ZAKZAKより転載。https://www.zakzak.co.jp/soc/news/180728/soc1807280002-n1.html

 公開情報に数多く接すれば接するほど、報道されない事実、隠したがっている内容、隠している報道機関が浮き彫りになり、少しずつではあっても、外国政府や情報機関との密接な関係が、推察できるようになるのではないだろうか。

 時間と労力が絶対的に不可欠である以上、もし本当に国内外の実態を少しでも深く知り、的確な判断力を高めたいと思うなら、ブックマークするブログやサイトを厳選し、しかも短時間で効率よくできるだけ数多くを閲覧する必要がある。

 大概の個人ブログは、一日にひとつのテーマに絞り、その代わり深く掘り下げて情報を発信している。そんな中で、特異なブログがある。ブログ主自身が、それなりの数のブログやサイトをブックマークし、毎日かなりの時間をかけて閲覧していると推察される。そして、自身の視点と判断により、少しでも多くの方々と共有すべきと評価した記事のリストを、自身のブログにリストアップして公開している。

 しかも、それぞれのタイトルをクリックすると、記事の全文を、リンク先に飛ぶのではなく、そのブログ内で読むことができる。読後はまたリストに戻り、読みたいタイトルをクリックすれば、また全文を読むことができる。その繰り返しで、かなりの量の記事を読むことができるのだから、読む側の時間と労力を大幅に軽減することができる。オリジナルの記事のテキスト全文をコピーし、自身のブログに貼り付けるのだから、かなりの時間と労力を費やしているのは歴然だ。相当の使命感がなければできないことだ。

 私は、このブログと出会ってから、情報収集の手法を変えた。毎日、このブログの最新の見出し全てに目を通すことが、いつしか習慣になっている。あたかも、新聞の全ページの見出しを斜め読みするような感じだ。それだけでも、国内外の大きな動きをある程度は把握することができるので、とても助かっている。深く読みたい記事は、タイトルをクリックして全文を読んでいる。

 今の私のように、時間的に追いつめられた男にとっては、とても重宝しているブログだ。ご参考まで、以下に7月30日付けの記事タイトルを羅列させていただく。読者の皆さんには、このブログをブックマークなさって毎日タイトルだけでも閲覧されるようお勧めする。以前もご紹介しているが、世の中の動きが速くなっており、予断を許さない状況になりつつあると感じているので、改めてお勧めする次第だ。

【ブログ「徒然なるままに」】http://mblg.tv/42411914/
 *番号数字は昼寝ネコによる

1.「日本の伊賀市で忍者不足、年間8万5000ドル(約943万円)で忍者募集」の報道で世界中から募集殺到。伊賀市が困惑「募集してません・・」 | もえるあじあ(・∀・)
2018/07/30 20:55

2.【また】文科省職員、保護者から集めた770万円を横領で懲戒免職 「遊興費に使った」| もえるあじあ(・∀・)
2018/07/30 20:49

3.東京五輪・開閉会式の演出責任者は野村萬斎、椎名林檎、川村元気、山崎貴、佐々木宏、MIKIKOら | 保守速報
2018/07/30 20:08

4.2630 懲戒請求に関するお知らせ③ | 余命三年時事日記
2018/07/30 19:58

5.世界三大バレエのバルナ国際で、五島温大さん2位 日本人3人が3位に輝く - 産経ニュース
2018/07/30 15:22

6.地上イージス1340億円 契約後、配備まで6年 防衛相発表 - 産経ニュース
2018/07/30 15:20

7.【野口裕之の軍事情勢】中国の「非友好的な国」調査で見事1位に輝いた豪州 中国の「自滅」が世界を救う - 産経ニュース
2018/07/30 15:02

8.日本政府による朝鮮学校の無償化適用外、韓国が国連に「差別」報告 片山さつき議員「分担金見直し考慮 国連での発言力増強を」 - zakzak
2018/07/30 14:53

9.倒閣運動モリトモ★大暴露キタ━━(゜∀゜)━━!!! 籠池長男「菅野完が金(4千万円くらい)は民団幹部から工面すると言い、目が覚めた」と暴露wwwwwww | もえるあじあ(・∀・)
2018/07/30 14:47

10.【動画】 クロネコヤマト強ぇぇえええええええ!! | 保守速報
2018/07/30 14:37

11.アメリカのディープステートとロシアのディープステート : 日本や世界や宇宙の動向
2018/07/30 14:10

12.”歴史はどこへ向かうのだろうか”?――単一種として“大絶滅”に向かいつつある人類!? (その1) | 推摩 一黙のブログ(仮)
2018/07/30 13:56

13.朝米関係順調に進めば9月の国連総会で「終戦宣言」の可能性も : 政治&#8226;社会 : hankyoreh japan
2018/07/30 13:50
【ブログ「徒然なるままに」】http://mblg.tv/42411914/


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by hirune-neko | 2018-07-31 01:31 | インテリジェンス | Comments(2)

せっかちな公開予告〜新サイト・昼寝ネコのグリーティング絵本

Summer of '42(おもいでの夏)- Michel Legrand

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 ミシェル・ルグランのこの曲を聴くと、札幌での母の介護中に、一人で車を運転し、石狩の浜に行ったときのことを思い出す。当時の私には、唯一の息抜きだったように思う。

 このSummer of '42(おもいでの夏)という映画も観ている。思春期の男子学生が、夫を戦争で亡くした女教師に寄せる淡い想い・・・夏みかんのように甘酸っぱいシーンを思い出す。

 いやいや、そんな思い出に浸っている場合ではない。私は現在、新しいサイト構築で四苦八苦している。せっかく、何人もの奇特な皆さんが、私が文章を書いた名入れ絵本「大切なわが子へ」を、全国に広めようと応援してくれている。そのグリーティング絵本をより詳細に理解していただけるよう・・・本来はブログだったら簡単に設置できるのだが、やはり専用サイトの情報量と拡張性にはかなわないと判断し、独自ドメインを取得して、サイト構築を始めた。

 WordPressの機能が高いとは聞いているが、QuickCommuという会員管理機能は使用できないらしいので、使い慣れたQHP〜HAIKを利用することにした。ただ、サイト内にはWordPressのブログ機能を設置できるらしいので、いずれトライしてみたい。

 本来なら、完成・公開した時点でご案内すべきなのだが、せっかちにも今日、この記事で予告させていただきたい。

 ブログのタイトルは「昼寝ネコのグリーティング絵本」に決めた。妄想家である昼寝ネコを前面に出し、その妄想世界から生み出されたいろいろな要素が、徐々に拡散している様を、できるだけ多くの方に知っていただこうという主旨だ。

 以下にトップページ用に作成したバナーを掲示し、主要コンテンツの目次も掲載させていただく。久々に、カトリ〜ヌ・笠井さんのイラストが登場しているので、ご覧いただきたい。デザインセンスはゼロの私が、悪戦苦闘してそれらしく見せようとしている骨折りを見ていただきたい。このバナーも、昼寝ネコ自作である。

 残念ながら、このサイトはGoogle検索してもまだヒットしない。ある程度まで出来上がったら、そのときは正式にご案内させていただくので、今日はせっかちな予告編だけで我慢していただきたい。サイト制作ソフトの更新にも、ようやく手をつけた。この関門を乗り越えてしまえば、デザイン性はともかく、それなりに機能性のあるサイトはかなり自在に作れるようになるはずだ。乞うご期待である。

【トップページのバナー】
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【サイトマップ〜サイト内の主要コンテンツのご紹介】
  1. 歓迎のご挨拶
  2. サイトマップ〜サイト内の主要コンテンツのご紹介
  3. グリーティング絵本「大切なわが子へ」誕生の経緯
  4. 「大切なわが子へ」の文章の種類
  5. 「大切なわが子へ」作画者の紹介
  6. 「大切なわが子へ」文章作者の紹介
  7. サイト内の「絵本製作工房のブログ」
  8. 絵本を受け取られた皆さんのブログやインスタグラムの実例紹介
  9. 無料会員制「グリーティング絵本に声援を送る会」
  10. 質問やご要望はフォーラム「昼寝サロン」をご利用ください
  11. 昼寝ネコの別サイトブログ「昼寝ネコの雑記帳」
  12. 昼寝ネコが館長を務める「ピアソラ音の出る図書館」
  13. 昼寝ネコがプロデュース 無料会員制子育て支援「みるとす」再開準備中

 おあとがよろしいようで・・・。


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by hirune-neko | 2018-07-30 00:23 | 心の中のできごと | Comments(2)

久しぶりに新規サイトの製作に着手した

A House Is Not A Home ~ Eliane Elias

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 ずっと長きに渡って馴れ親しんだQiuck Homepage Makerというサイト制作ソフトが、HAIKという名前に変わり、従って仕様も変更になっているのだが、更新してマスターする時間がないままになっている。今日になって、ようやくその新しいソフト・HAIKの公式サイトを開き、更新サポートの申し込みも終えた。ずっと先延ばしにしてきた案件だが、いよいよ腹を決める時が来たようだ。

 更新しても、サイト構築の基本手法は一緒らしいので、そんなにハードルは高くないと思っている。それもこれも、仕事の営業環境が徐々に変化しており、機動的なサイト制作が求められるようになっているからだ。みるとすサイトも、せっかくある所まで到達したのに、編集や更新に支障が出てしまい、会員募集も中断してしまっている。登録してくださった皆さんには、大変申し訳ないと思っている。

 夕方、ある産婦人科で出産し、名入り絵本「大切なわが子へ」を、院長先生からプレゼントされたというお母さんから電話があった。上のお子さんは別の産婦人科で出産したため、絵本をもらっていなかった。そこで個人的に上のお子さんの名前を入れた絵本を注文し、購入してくださったそうだ。電話の内容は、2冊を読み比べると内容が少し違っているが、何か間違いがあるのではないかと心配になった、という質問だった。

 オリジナルの文章はあるのだが、プレゼントしてくれる院長先生の希望があれば、文章を修正することがある、と説明したら納得してくれた。様子を訊くと、上のお子さんはもう自分で読めるようになったので、ときどき本棚から持ってきて読んでいるそうだ。そして、下のお子さんにも読んで上げているという。文章を作成した人間としては嬉しい限りだ。そこで、お母さんにこのように伝えた。

 「お子さんはいつか反抗期を迎えることがあるかもしれません。でも、小さい頃からお父さんとお母さんに愛され、大切に育てられたという思いは、ずっと心のひだに残りますよ。最後に帰って行ける場所は、お父さんとお母さんしかない、という気持ちになりますよ。期待して待っててください。」

 そう言うと、お母さんは電話の向こうで笑い声を上げて、嬉しそうに納得したようだった。

 たった今、絵本製作申込のメールフォームが着信した。いつも通り印刷して、追記事項がないか確認したら、通信欄に何か書いてある。北海道の産婦人科で出産されたお母さんからのメッセージで、以下の内容だった。無記名で転記させていただく。

5歳になる息子が、出産時に制作していただいた絵本
をとても気に入っています
読み聞かせ中に涙しているようです
また今回もよろしくお願い致します」

 私にとって、とても嬉しいメッセージである。そこで、ブログ記事を書く手を止めて、以下のように返信メールを送った。

ご出産おめでとうございます。
5歳になる息子さんは、なかなか
いい感性をされているんですね。
文章を書いた者として、このような
お話をお聞きすると嬉しいものですよ。
有難うございました。 昼寝ネコ」

 毎日たくさんの勧誘メールが送られて来る。億万長者になる秘訣、一日ワンクリックで月収30万円、毎日ワンクリックで収入確保、自動的に利益を出すソフト購入の勧め・・・などなどキリがない。昨日と今日の二日がかりで、とくに迷惑メールが多数着信するアカウントのいくつかを、サーバーで設定変更して防御策を講じた。

 お金はあった方がいいに決まっている。それも、多いにこしたことはない。しかし、お金や売り上げ、利益を最優先することで失うものがあることを知る人は、そんなに多くはないかもしれない。資金繰りや営業で辛酸を舐めたとしても、それが未熟な自分に与えられた訓練の機会だと受け入れ、優先順位を誤らずに苦難の行軍を厭わない人間には、いつかきっと、春が訪れるのではないだろうか。そんな気がする。・・・というかそのような確信を持っている。


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by hirune-neko | 2018-07-29 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

我が人生は、なかなか居心地がいい・・・迷いもあり試練もありで

J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase

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 ひとくちに戦争といっても、実にいろいろな戦いの局面がある。最前線で敵軍と対峙し、砲火を交える局面もある・・・あると言っても、私には実戦経験がないので、あくまでも映画による疑似体験からの判断である。かと思うと、敵国の中枢組織に浸透潜入して、スパイとして機密情報を収集し、本国に送る人間も存在する。さらには敵国で一般市民になりすまして生活し、本国からの指令があれば、無差別テロなどの破壊工作を行うスリーパー工作員も存在する。実に多面的ではないだろうか。

 今日の余命ブログ(余命三年時事日記)を訪れると、真っ先に目に飛び込んできたタイトルは2627 五十六パパ横浜簡易裁判所へ提訴」だった。

 この「五十六パパ」は、瑞穂尚武会会長の津﨑尚道氏の俗称であり、余命記事によれば「津﨑氏は2016年10月26日第一次告発~第三次告発まで、ただ一人、皆さんの委任を受け、代表として延べ数十万通にも達する告発状をもって検察と戦った御仁である。なんてったって最初は一人だったのだ。まさにコロンブスの卵で、彼の勇気には改めて敬意を表したい。第四次~第六次の個人告発の原点がここにある。」と説明されている。(余命上記記事より引用)

 いわゆる、川崎市で今もなお争点となっている、川崎デモに関連した提訴が記事の内容である。「五十六パパ」に関連した書籍はこれまでに4冊、自費出版で刊行されている。「テロリストと川崎デモ上・下」、「五十六パパかく戦えり上・下」である。

 その「五十六パパ」が、横浜地裁に対し、三木恵美子弁護士を提訴したそうで、その訴状を余命ブログ上で公開している。訴状に目を通したが、かなりの長文なので、一部だけを転載すると・・・被告である三木恵美子弁護士等が作成した「ヘイトデモ禁止仮処分命令申立書」の中で、「五十六パパ」のことを次のように記載したという。

(以下、余命上記記事より引用開始)
原告津崎に関し、『債務者(三木恵美子弁護士・昼寝ネコ注記)は、「行動する保守運動」(代表者:桜井誠こと高田誠、同人は「在日特権を許さない市民の会」代表をかねる)と称する排外主義で民族差別を扇動する街頭宣伝やデモ(以下、「ヘイトデモ」という)を行う連合団体に属する活動家の1人である』と記載している(下線は原告津崎が付記)。
しかし、これらの記載は虚偽である。
なぜなら、原告津崎(及び同人が代表の任意団体である瑞穂尚武会)は、「行動する保守運動」の「連合団体」に属しておらず、「在日特権を許さない市民の会」の会員でもない。
 *中略
被告(三木恵美子弁護士・昼寝ネコ注記)らがヘイト団体と主張する「在日特権を許さない市民の会」に原告津崎(及び瑞穂尚武会)が所属していないにも拘らず、所属しているような印象を与え、かつ、排外主義者で民族差別を扇動し、ヘイトデモを行っていると断定したことは、社会的相当性を逸脱した原告津崎への誹謗中傷・侮辱にあたり、名誉権及び名誉感情という人格権及び人格的利益を侵害するものである。
(以上、余命上記記事より引用終了)


 もう何年前のことになるだろうか。川崎市の恒例行事として、隔年毎に川崎市民劇が行われている。川崎にちなんだ歴史や文化を素材に、劇作家の小川信夫先生が永年に渡って脚本を担当されている。毎回、なかなかの力作・大作である。
 ある年度の作品を観劇させていただいたが、その作品には在日朝鮮人の皆さんが登場した。観劇後、出過ぎたこととは思いつつ、小川先生に個人的な感想を書いてお送りした。相当以前のことなので、お伝えした内容の詳細までは憶えていないが、要するに日本人が一方的に、在日の皆さんを差別していると受け取れる表現だと感じたため、昨今、政治意識が高くなっている日本人市民が増えており、そのような日本人にとっては違和感を感じる内容だと思う、という主旨だったはずだ。

 その後も毎回、川崎市民劇を観劇させていただいている。その後の作品にも在日朝鮮人の皆さんが登場したが、違和感を感じるようなシーンはなかった。

 現・福田川崎市長は、ヘイト条例を巡って激化する一連の動きの渦中にあり、その対応にご苦労されているのではないだろうか。最近では瀬戸弘幸氏が糾弾する、川崎での言論弾圧問題も抱え、野党国会議員の介入など、私だったら逃げ出したくなってしまうような状況だ。

 一部で、余命ブログは弁護士に対する懲戒請求を主導していると名指しされ、一方では当の弁護士による懲戒請求者に対する脅迫的な訴訟が新たな反発を生み、請求者の個人情報不当開示などもあり、弁護士会自体も不本意な注目を浴びてしまっているのではないだろうか。

 ひと頃では考えられなかった、一般市民による弁護士に対する懲戒請求や司法関係者への訴訟など、人種・国籍の境界線が曖昧なまま推移してきたここ日本では、一般国民の間での真相解明が進み、論点が劇的に表面化していると感じている。

 触れられたくないと考えている人たちが多く存在する領域で、ついには対立構造が表面化してしまったようだ。しかし、この流れはもう誰にも止められないのではないだろうか。なぜならば、実態を知った、国の主権者たる一般国民の総意が大きなうねりとなりつつあり、過去のしがらみを引きずる政治家が下手な動きに出れば、あっという間に有権者の反感を買い、支持率の低下から選挙での落選という、負のスパイラルリスクが顕在化するだろうからだ。

 私も川崎市民の一人なので、事態の推移を注視したいと思っている。しかし、このような政治的論点・争点はほぼ限りなく存在するため、私はあくまでも私らしく、自分のできる範囲で、引き続きマイペースの種蒔きを継続したいという思いを新たにしている・・・といっても、別に大したことをしているわけではないが・・・。

 明日は・・・もうすでに今日になってしまったが、大きな台風が襲来する。読者の皆様には十分注意をされて、安全にお過ごしいただきたい。

【参照記事・余命三年時事日記】
「2627 五十六パパ横浜簡易裁判所へ提訴」


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by hirune-neko | 2018-07-28 01:13 | 心の中のできごと | Comments(0)

昨晩は、ご心配いただきお礼を申し上げる

L'un part, l'autre reste (Charlotte Gainsbourg)


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 目の中にギザギザの光が現れるという初めての経験のため、いささか驚いてしまったが、今日は多少の見えにくさは残るものの、いつも通り仕事をしている。ご心配や激励のお言葉をいただき、お礼申し上げる。

 最近の報道や、いろいろな方のブログ情報を閲覧していると、表面化している論点の本質や根源までが深く掘り下げられ、まるで隠し通したいと思っていた恥部が、いとも簡単に衆人環視の場所で、曝け出されつつあるという印象を受ける。

 それは北朝鮮や韓国、中国の指導的立場の人たちだけに留まらず、ここ日本でも同様なのではないだろうか。かつては、国会議員といえば雲の上の人だった。弁護士や裁判官ともなると畏敬の眼差しで見られていた。それが今ではどうだろうか。

 詳細をつまびらかに述べようとすると、焦点が拡散してしまうように感じる。特に政治家は、一定の正義感、理念、哲学、理想、人徳などが求められる職業だと思う。無論、そのような政治家はそれなりに多く存在するのだろうと思う。しかし、公開されている情報を概観しただけではあるが、その出自や背景に疑念を持たざるを得ない政治家や法曹関係者が、散見される時代になってしまったようだ。

 世界は陰謀と謀略に満ち、その闇は深い。私には、それら全てと対峙して立ち向かうだけの器量などない。しかし、興味を持つ人の耳許で囁き、知りたいと思う人の目に触れる文字を書きたいと思う。それは、実体を知る人が一人でも増えれば増えるほど、国家が健全になると思うからだ。なんて気の遠くなるような手法だろうかと、自分でも思う。

 強い陽射しの中で、荒れ果てた大地に、一粒ずつ種を蒔き、そのひとつひとつに、期待と希望と願いを込めている、まるで楽天家の農夫のようである。トラクターも耕運機すらもなく、肩に鍬を担ぎ、雑草に足を取られながら、ただひたすら黙々と、耕地となる場所を探し歩く、時を忘れた農夫のようでもある。

 種はそのままだと、一粒のちっぽけな存在かもしれない。しかし、その一粒が至るところで芽を出し、茎が伸び、やがては空の鳥が来て、その枝に宿るほどの木になるならば、かつての荒れ地が鬱蒼とした森に変貌する。

 夏ともなれば、多くの人が強い陽射しを避けて森を訪れ、涼を得る。悪しき人が森に入り込めば、ついには道を見失い、諦めて森を離れる。

 すぐに結果を得たい人の多い時代だと思うが、それなりの時間と労力をかけることによってこそ、種は芽を出し、茎が生長して枝を張るようになるのではないだろうか。

 猛暑、大水害、台風などの自然災害。人の奸智奸計による陰謀と謀略。有事事態の発生。無差別テロの可能性など、懸念材料が山積する時代である。まるで難解な高次方程式に行く手を塞がれてしまったように、気が遠くなってしまうこともある。

 少しでも多くの人たちから評価されたい、と思うことはない。たった一人の人であっても理解し、共鳴し、激励してくれればそれで十分である。ある意味では、孤独な長距離走者のような感覚なのかもしれない。

 実は、今日もまたやってしまった。交差点で信号待ちをしていたら、自転車の後部に座り、灰色のヘルメットを被っていた小さな男の子が、両手でお母さんの肩をパンと叩いた。思わず男の子に向かって「お母さんをいじめちゃだめだよ」と言ってしまった。するとお母さんは笑顔いっぱいで振り向き「いじめているんじゃないんです。甘えているんです」と言った。男の子は困惑した悲しそうな表情だったので、私はまた話しかけた。「お母さんの肩をモミモミしてあげなさい」するとその素直な男の子は一転して穏やかで得意気な表情になり、小さな両手でお母さんの肩を揉み出した。

 どうも、小さな子どもを見かけると、何か話しかけたくなってしまう。仲のいい親子を見るのは、心が和むものである。見ず知らずの親子であったとしても、とても親近感を感じてしまう。

 とっくに適齢期を過ぎても縁のない人。子どもに恵まれない夫婦。幼い子どもを亡くした夫婦。重度の障がい児を抱える夫婦。離婚して独りで晩年を送る人。不仲の親子。統合失調症で心が安らがない人。・・・無邪気な表情の子どもと、それを見つめる両親の愛情溢れる笑顔。そんなのどかで平和な光景と、苦しみ悩む人たちの姿が、私には二重写しになって見える。
 
 悲しみの表情が、満ち足りた笑顔に変わる瞬間。不安と怖れに満ちた社会が、平安と安らぎを取り戻す瞬間。そのような変貌の瞬間に立ち会えることがあったら、それは私にとって、何物にも代え難い至福のひとときである。


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by hirune-neko | 2018-07-27 00:20 | 心の中のできごと | Comments(0)

右目の中にギザギザの光が走るという、初めての症状を経験した

クミコ 我が麗しき恋物語

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 今日は朝から夕方過ぎまで、製作物の作成が連続した。その後、無印良品まで買い物に行き、帰宅してパソコンに向かった。するとほどなくして、ギザギザの光模様が目に浮かび、文字の判読ができなくなってしまった。こんな経験は初めてだったが、何かで聞いた記憶があったので、なんとかGoogle検索をしてみた。キーワードは「目の中に光が走る」だった。検索結果の1つを開き、拡大して何とか読むことができた。光の方向が一定だと、網膜剥離の可能性があるという、恐ろしい言葉が読み取れた。もし網膜剥離でたとえ片目でも失明したら、私のような仕事にはかなり致命傷である。

 もうひとつの記述は、まさに私の症状と酷似していた。
 「ギザギザになって稲妻やのこぎりのように見える光が数分続いて見えたあと、頭痛を覚える場合は、脳の血管障害によるものが考えられます。閃輝暗点と呼ばれ、片頭痛の持病を持っている人が繰り返し訴えます。片頭痛ならそれほど心配はいりませんが、念のため、ほかの脳血管障害などが隠れていないか、神経内科などを受診しておきましょう。」

 ん〜、まさにそのギザギザである。脳血管障害?・・・思い当たるのは、今日は作業に集中するあまり水分補給が十分ではなかったかもしれない。夕方といえどそのまま外出し、途中でペットボトルの水を飲んだのだが、水分不足が脳血管に悪影響を与えたのかもしれない。

 今日はちょっと無理が過ぎたかな、と反省していたら、いつの間にかギザギザの光は消えていた。しかし、パソコンの画面がぼやけてしまい、とても見えにくい状態だった。さすがに少し不安を感じたので、何もせずに体を休めることにした。少しうとうとして目が覚めた。そういえば、今日は水曜日なのでデータの照合をお願いしている人に、最新データを送らなくてはいけないことを思い出した。きっと待ちわびているだろうと思ったので、データの送信が遅れることを何とか伝えようとした。横になりながら、iPad Proを開き、メールを立ち上げたら何とかなりそうだった。状況をそのまま説明し、送信が遅れることを伝えた。目の状態は、かなり快復してきたので、ほっとしている。

 そんな状況なので、今日はすっかり無精をさせていただき、だらしない格好で記事を作成させていただく。すなわち、仰向けになり胸の上にiPad Proを立て、指を使わず音声入力で文章を作成している。どうやら、iPadとiMacとでは音声入力のソフトが異なるようで、iPadの変換にはミスがとても少ないので助かる。しかも、かなり早口で喋っても正確に変換してくれる。ちなみにこのiPad Proには、バーコフという名前をつけている。天才ハッカーでアメリカのテレビドラマ、ニキータに登場する。さすがに頼もしいバーコフちゃんである。

 夕方過ぎに、無印良品で買い物し、その帰りにエスカレーターで1階まで降りた。私の前には、お父さんが小さな女の子を抱きかかえ、その後ろにお母さんが立っていた。お父さんはその子をとてもかわいがっているのがよく分かった。お母さんは、お父さんの後ろから子供に顔を近づけ、子供が嬉しそうに笑うと今度は、反対側の方から子供に顔を近づけた。子供はすっかり喜んでケタケタと、嬉しそうに笑い声を上げた。私もそんな微笑ましい光景を見て、すっかり嬉しくなってしまい思わず、その小さい子供に大きな声でこう言ってしまった。「お父さんとお母さんと遊んであげてるの?えらいね」そう言うと、私のすぐ前に立っていたお母さんが振り向き、嬉しそうな笑顔を浮かべた。本当にのどかで微笑ましい光景だった。まさに平和な街、平和な国の象徴的な情景ではないだろうか。いつ敵が襲ってくるかもしれない緊張した不安な状況。いつ不当に逮捕されて強制労働に送られるかもしれない日々。そんな不安のない一般市民の生活を目にすると、心の底からとても平安な気持ちになる。

 これまで私は、健康のためにフランスキクイモを食べ、酸素水を飲み、次には電子水を毎日3リットル平均は飲んでいる。最近は、家内が友人から誘われて手作り酵素の講習会に参加した。海の精という酵素に梅を中心とする季節の果物を混ぜ、しばらく置いて毎日飲むようにしている。難病といわれた人たちにもかなり効果を実感しているらしい。それでは、私の深刻な妄想病も治るのかもしれない。いやいや、妄想こそが我が人生なので、それは治ってほしくはないと思っている。

 どうやら、目の異常も完全に快復したようだ。原因はさっぱり分からないものの、健康には注意して、世のため人のための邪魔にならないよう、慎ましく生き続けたいと思う。

 昨日の記事で紹介した、クミコの歌う「わが麗しき恋物語」を冒頭に掲載した。お時間のおありになる方は、原曲のシャンソン・バルバラの歌う「Ma Plus Belle Histoire d’Amour」と聴き比べてみていただきたい。同じ曲でも、こんなに雰囲気が異なるものかと実感していただけると思う。

Barbara Ma Plus Belle Histoire d'Amour 1967 (stéréo)


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by hirune-neko | 2018-07-26 00:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日はあれこれ選曲に迷ってしまった

aznavour comme ils disent

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 最終的に、アズナヴールのこの曲を選んだ。あまり知られていない曲なのではなうだろうか。アズナヴールの歌と初めて出会い、むさぼるように次々と聴くようになったのは、二十歳を過ぎた頃だった。それから数十年経つまで、この曲を知らなかった。

 もう記憶の彼方だが、この曲を初めて聴いたのは、札幌で一人きりの時だったように思う。母が西札幌病院に検査入院したが、その翌朝、急性心不全で脈拍数が異常低下し、ペースメーカーを埋め込む緊急手術を受けた。いや、あのときは間に合わず、体外で携帯するペースメーカーを応急で使用したはずだ。駆けつけた私は、途中一度だけ家に戻ったが、延べで半年ほど札幌の母と同居生活を送った。今の私だったら、いかにインターネットのある環境だとしても、半年も仕事場を離れるのは難しいだろうと思う。札幌滞在中は、何カ所もの病院に営業で訪れた。札幌から岩見沢まで足を伸ばし、幸いに2カ所の病院と契約することができた。懐かしい思い出だ。

 母の隣室で深夜一人、パソコンに向かって音楽を聴きながら仕事をする毎日だった。おそらくだが、YouTubeから次々と流れる曲に混じって、アズナヴールのこの歌が耳に入ってきたのだろうと思う。最初の数フレーズを耳にして、こんないい曲があったのだと、新鮮な驚きを感じた。歌詞を理解するほどフランス語が堪能ではないので、意味はさっぱり理解できなかった。後日対訳を調べて、いわゆる性的マイノリティの男性の、切々とした心情を歌っているのだと知った。

 学生の頃、千歳空港に向かう飛行機で機内誌を手に取った。文中のダリの言葉を今でも鮮明に憶えている。音楽には、その当時の思い出を甦らせる力がある・・・なかなか味わい深い言葉で、半世紀近くたった今でも印象深く思い出す。

 青春時代を何年も過ぎ、結婚してから、遅い青春時代が訪れたように思う。声楽を習ったので、イタリア歌曲を習い、次いでイタリアオペラのアリアを歌うようになった。プッチーニの「ラ・ボエーム」で歌われる哲学者コッリーネのアリア「コートの歌」を練習しながら、アズナヴールの歌う同名の「ラ・ボエーム」が切々と、懐かしく思い起こされた。「帰り来ぬ青春」も、人生の陰影を切々と歌っており、年齢不相応にセンチメンタルな人間になってしまったように思う。

 いずれもパリの芸術家達が主人公で、モンマルトルの丘から見えるアパルトマンで繰り広げられるストーリーだったように記憶している。サクレクール寺院の前を過ぎ、至る所でキャンバスを並べる画家達を観察しながら坂を上り、モンマルトルの丘の頂上に辿り着いた。眼下の視界いっぱいに拡がるパリの街並み。あのとき、プッチーニとアズナヴールのラ・ボエームが二重写しになり、なんともいえない深い感動を味わったのが懐かしい。

 札幌で、入院中の母を見舞った帰り、カーラジオから流れてきたのは、クミコの歌う「わが麗しき恋物語」だった。思わず集中して耳を傾けるほど、なかなか印象的な歌詞だった。後日、原曲はシャンだと知り、バルバラの歌うその曲「Ma Plus Belle Histoire d’Amour」を原語で聴く機会があった。私の記憶では、クミコの日本語歌詞は、原詩に較べると、かなり日本的なメンタリティで脚色しているのだと思った。いずれにしても、クミコとバルバラを並べてみると、メンタリティの根幹がまったく異質だと感じてしまう。あくまでも私の個人的な好みにしか過ぎないが、まったくか弱さを感じさせない女性は、ちょっと苦手である。バルバラの「ふん!」という表情が目に浮かぶ。

 話があらぬ方向に錯綜してしまった。

 十代の青春時代、遅れて訪れた二十代の青春時代、そして、高校生の頃から半世紀を経た現在・・・容姿や体力の退潮を度外視しての話だが、今も私は青春時代を生きている・・・つもりだ。冗談でも笑い話でもなく、自分の感性はまだまだ創作したい、という情熱を持っているのを感じるので、そんな自分に対する敬老精神を忘れず、エールを送りたいと思っている。

 創作の世界では、たとえどのような境遇の人に対しても、理解と思いやりの心を忘れてはいない。人知れず苦しみ悩む人、人生の陰影に消え入りそうになるほど弱り果てた人・・・そのような弱者を舞台上に登場させ、時の流れに埋没してしまった過去の栄光にスポットライトを当てて、観客からの喝采を浴びられるようにしたいと思っている。未だ見ぬ多くの主人公達との出会いが生まれるよう、心から願っている。

 ・・・仕事が一段落するまでのお預けである。


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by hirune-neko | 2018-07-25 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

何それ?と言われると思うが、私には大発見だった

Bill Evans/Marc Johnson/Joe La Barbera. All Mine (Minha). 1979.

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 帖合いという言葉がある。一般的には、資料は片面にのみ印刷してホッチキスで留める。しかし、ページ数が増えると裏表の両面に印刷し、二つ折りにして真ん中を留める。いわゆる週刊誌のような製本で、中綴じという。そのままただ印刷したのでは、ページ順番が飛び飛びになってしまうため、ページ数が順番になるように面付けを行う。これがいわゆる帖合いという作業だ。

 数日前、家内がボランティアで手伝いに行く、子どものキャンプのしおりが、PDFファイルで送られてきた。開いてみたら、明らかにプロのデザイナーの手によるものだと分かった。注意書きに、印刷したら二つ折りにして綴じればしおりになる、と書かれていた。総ページ数は12ページだった。

 普段使用するのは、クォークエキスプレスというDTPソフトで、帖合い印刷をするときはサムネールといい、縮小したレイアウトにしてページの帖合い作業を行う。しかし、PDFでは経験が無い。どうやったらしおりになるんだ、と半分腹立たしく思いながら、A4判で12枚を印刷した。しかしどうも注意書きが気になり、PDFの印刷画面を注意深く見たら、「冊子印刷」というメニューがあった。さらには、表面印刷と裏面印刷の選択肢がある。もしかしてと思って試したところ、A4に見開きでA5に自動的に縮小されて、なんと二つ折りにして綴じたら、ちゃんとページ順にめくることができた。

 このような自動機能があったなんて、まったく知らなかった。私のように頻繁に資料を作成する人間にとっては、とても便利で時間と手間を省ける、まことに使い勝手のいい機能だ。

 昨日思い立ち、今日はかなりの時間を割いて読書計画表を作成した。まず手始めに、あるジャンルの読書計画を立てた。延べ5千ページを1年間で読む計画だ。ExcelでA4判7ページなった。最初はそのまま印刷してホッチキス留めしたのだが、ここでPDFの帖合い印刷機能を思い出し、ExcelをPDFに変換してトライしてみた。結論だけ書くが、A3判の用紙2枚に裏表印刷し、ちゃんとページ順になって綴じることができた。改めて、アプリケーションの高機能さに脱帽した次第だ。

 両面印刷をされない方にとっては、何それ?の内容だと思うが、私にとってはかなりの大発見だった。

 昨日、ブログ読者の方から、弊社の名入り絵本を書店ルートでは販売しないのか、という質問があった。書店流通させるにはISBNコードとJANコードを書籍に印刷するのが必須条件だが、1冊ずつ手作りの絵本なので、当初から書店ルートは視野に入っていなかった。しかしここ最近は、普及の手伝いを申し出てくれている皆さんから、産婦人科だけでなく、自治体や幼稚園ルートはどうなのか、という意見が寄せられていた。

 そこで、絵本の周知という視点から見直してみたところ、書店ルートの活用方法がありそうな気がしてきた。高校の同窓生が老舗書店を経営しているので、思い切って電話し意見を聞くことにした。お互いに気心は知れているし、同じ業界仲間なので話は早い。短時間のうちにいくつかの手法が候補として浮上した。

 さてそうなると、まだ手つかずになっている、ウェブサイトの制作ソフトのアップデートを早急に実行し、再び自在に新規サイトを作れるようにならないと対応ができなくなる。

 かくのごとく、処理案件や対応案件が次々と出現してしまう。でも、書籍や紙の印刷物製作、HTMLの知識無しでのサイト制作、Excelや4Dを使ったデータ管理など、ごく限れた範囲の作業ではあるが、10数年から20年以上は下積み経験があるので、おそらくではあるが、サポートに頼りながらなんとか乗り越えられるのではないだろうか。
 
 何かで読んだ記憶があるのだが、ひとつのことを最低1万時間以上経験しないと、プロとは言えないそうだ。ふ〜ん、と思った。これまで私は、妄想というひとつのことに費やした時間は、おそらく数万時間を軽く超えるのではないだろうか。そうなると、私は立派なプロの妄想家として認定されてもいいのではないだろうか。

 アホな話はこれぐらいにしておこう。次のカテゴリーの読書計画表を作成しなければならないので、とりあえずはダウンロー読状態のままのKindle本から選定し、優先度の高いものを読了したいと思う。

 身体機能は明らかに退化しつつあるが、妄想力=想像力はまだまだ捨てたものではないと自負している。依然として進化中である、と思い込むことにしている。


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by hirune-neko | 2018-07-23 23:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

旅行などとは縁の無い生活だが、馴れてしまったようだ

Miaskovsky - Sonata for cello and piano No 2

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 現実逃避という言葉があるが、確かにずっと現実だけと向き合っていると、人によって違うかもしれないが、決して良好な精神状態ではなくなるだろうと感じる。ひと頃はまだ、ジャック・バウアーがどうのとか、アマゾンのプライムビデオを無料で観る時間的な余裕があった。徐々に自由時間がなくなり、これではいけないと思ったので、二子玉川の109シネマに行き、会員になった。しかし、一度たりとも映画を観に行っていない。

 そんな毎日なので、旅行など夢のまた夢である。おそらく、傍目には暗鬱な生活に映るのだろうと思う。確かに、たまには水平線を見ながら、ぼんやり過ごしたいと思うこともある。脚力がないのに、知人の登山の話を聞くと、頂上から眺望する景観を想像してしまう。現実は、登山口の山荘まで辿り着くのが精一杯だろうと思う。

 考えたこともないが、旅行に行ける状況になったらどこに行こうか。日帰りか、あるいは何泊もできるかによって行く先も異なるだろう。しかしもうすでに、長旅や時差が負担になる体力だろうと想像している。

 いやいや、私はもうすでに自分の楽しみや寛ぎを追い求める年齢ではない。ここで踏み留まり、何か行動に移すことでたった一人でも、平安を見出せるとすれば、それをもって満足すべきなのではないだろうか。そう考えれば、今の生活パターンもそんなに苦にはならない。

 今日、短い時間だが、処理案件に追われつつも、いくつかのカテゴリーの読書計画について考えてみた。目の前の案件に追われてばかりいると、放電状態になってしまう感じがするからだ。かといって、欲張った無謀な計画を立てても、間違いなく計画倒れになってしまい、却って自己嫌悪が増幅するだけだと思う。

 繰り返して読むことで、自分の心の滋養となる本から始まり、カテゴリーをいくつかに絞り込んで読書計画を立てる、という方針までは辿りついた。あとは読書進度のチェックリストを作り、毎日確認するのを習慣化することだ。準備には多少の手間暇がかかるが、立ち止まって定点観測できるときでないと、忙しさに流されてしまうので、なんとか形にしたい。

 さあ、明日からまた新しい1週間が始まる。先週と同じ1週間にならないよう、少しでも進歩前進したいものだ。

「(私は)患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、 忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを、知っているからである。」(ローマ人への手紙5:3-4)

 そうだ、日曜日には安息日らしく、神学的見地から人生を語ってみようか・・・と思いつきで考えている。


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by hirune-neko | 2018-07-22 23:15 | 心の中のできごと | Comments(0)

半世紀ぶりのコルトレーン〜テロリストの憂鬱

John Coltrane Quartet - Say It (Over and Over Again)

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 数日前、Facebook友だちから、ジョン・コルトレーンの未発表曲が発見され、アルバムになるらしいと教えてもらった。へぇ〜とは思ったが、高校を卒業してからコルトレーンはあまり聴かなくなっていたので・・・というよりは聴けなくなっていたので・・・それほど体力と気力を消耗する、まるで呪詛のような曲想なので、聴くこと自体が重荷になっており、無視していた。

 あの夜、寝る前にいつもの習慣でiPad Proを開き、音楽を聴こうとしたら、ジョン・コルトレーンの未発表曲のアルバムが、どういうわけか私へのお薦めとして表示された。iTunesではコルトレーンを一度も聴いていないのに、不思議なこともあるものだ。半世紀前、おそらくは、眉間に皺を寄せながら、忍耐強くコルトレーンの演奏を、受験勉強そっちのけで聴いていた自分の姿が、懐かしく思い起こされた。しかし、コルトレーンは、ジャズにおける最も旧い友だちなので、再会を祝して聴くことにした。

 あの夜は驚愕すべき出来事が起きたので、それを記念して、初めてこのブログでコルトレーンの演奏を紹介しようと思った。しかし、いきなり初めてコルトレーンの演奏をお聴きになると、人によっては気分が悪くなり、船酔いならぬ音楽酔いしてしまう可能性が高いので、最も穏やかで誰にでも聴きやすいバラードを選んだ。この曲はピアノトリオとの協演で、ピアノ:マッコイ・ターナー、ベース:ジミー・ギャリソン、ドラム:エルビン・ジョンズというメンバーと一緒に、コルトレーンがテナーサックスを吹いている。半世紀経っても、彼等の名前をは鮮明に憶えていた。もしかしたら、私がアルツハイマーかもしれないというのは、考えすぎだったかもしれない。

 男性ジャズボーカリストのジョニー・ハートマンとの協演アルバムで、同じく「バラード」というタイトルのアルバムにも、確かこの曲が収録されていたはずだ。懐かしい思い出だ。しかし、ソプラノサックスの演奏は、初めての方はお止めになった方がいい。軽い精神錯乱を起こしてしまう危険性があるから。(コルトレーンがこっちを睨んでいる)

 さて、やっと本題である。私の身に何が起こったかを記録したいと思う。口外しないよう厳しく口止めはされたのだが、書き残してはいけないとは言われていないので、ブログに残すことにする。お読みになった方は呆れ顔で、どうせまたいつもの妄想だろうとスルーされると思う。それでいいのだ。是非そうしていただきたい。

 詳細を記述しようとすると、朝になってしまうと思うので、概要を簡潔に書くことにする。・・・それでも少々長くなってしまうと思うが。

(口止めされた出来事〜書き止めはされていない・・・始まり)

 懐かしいコルトレーンの音色を味わううちに、私はいつしか眠りに落ちてしまったようだ。

 閉じた目にも強烈な眩しさを感じ、我に返った。目を開けると部屋中いっぱいに光が満ち溢れていた。少し目が馴れると、前の前に誰かが立っているのが分かった。何やら微かな金属音がする。その男性は銀色の奇妙なデザインの衣服で、何やら言葉を発した。まったく聞き覚えのない言語だった。怪訝そうな私の表情を察し、男はベルトのダイヤルを回した。すると英語や中国語、韓国語と思われる言語に変わり、ようやく日本語で話し始めた。おそらくは、自動翻訳機を身につけていたのだろう。少々文語調の日本語だったが、十分に理解できた。話の概要は以下の通りだ。

 「こんな深夜に突然現れて、さぞかし驚いたことと思う。私は時空を超越して往き来できる使者である。いよいよこの地球にも悪逆が満ち溢れ、終焉が近づいている。宇宙全体を管理している宇宙評議会で、これから重要な局面にさしかかる地球にとって、献身的に奉仕してくれる人材の人選に当たっていたが、慎重に協議した結果、大和の、いや日本の昼寝ネコが最適だという結論になった。それで、私が送られてきた次第だ。いや、突然のことであり、しかも常軌を逸した申し出なので、言葉が出ないのは当然だ。しかし、地球の多くの尊い人たちの生死に関わることなので、是非協力をお願いしたい。」

 大体このような出だしの話だった。私は夢を見ているのだと確信したが、その割にはとてもリアルで・・・ときどきリアルな夢を見るので、やはり夢だと思ったのだが、なかなか覚めない。もう観念して、訳の分からない話ではあるものの、現実だと受け入れることにした。

 さて、どのように説明すればいいのだろうか。簡潔に説明することは困難だが、なんとか努力したい。
 男は私に、分厚く黒いカードを手渡した。専用の黒いベルトを腰に巻き、そのカードを所定の場所に収納するよう指示された。そのカードは私のIDカードであり、宇宙GPSによって常時所在場所が特定できる。付随したイヤホンと切り替えチャンネルで、地球上の全言語だけでなく、彼等の話す宇宙語?でも、自動翻訳機能で会話できるという。そのカードが、宇宙評議会からの任命書も兼ねているという。さらに驚いたのは、これから瞬間空間移動装置で、一緒にアインシュタインに会いに行き、特殊な兵器であるIVMWの操作方法をマスターしてほしいという。そのIVMWを地球のために使用するのが、私の使命だという。

 質問すると、IVMWというのはどういう訳か英語であり、InVisible & Merciful Weaponの略称だという。直訳すると、「慈悲に満ちた目に見えない兵器」ということになるそうだ。私の頭はますます混乱し、夢ならそろそろ覚めてほしいと切にに願った。しかしやはり、どうやら夢ではなかったようだ。

 ほぼ数秒で、私は地球の建物とは思えない建造物の中にいた。さらに驚いたことに、入口から入って来たのは、本でしか顔写真を見たことのない、アインシュタインそっくりの男性だった。その男性は驚く私を見透かしたように、やはりベルトに固定されたダイヤルを廻し、日本語で話し始めた。彼は正真正銘のアインシュタインだという。

 法律には自然法というのがあることは私でも知っている。アインシュタインの説明によれば、宇宙全体には、摂理と称して一定の規範があるそうだ。その規範によると、地球上の圧政や陰謀・謀略などによって落命する人の許容数が、そろそろ限界に達しているという。これまでの長い歴史で、戦争や自然災害、不慮の事故、事件などで亡くなった人たちはすべて、その命を再生されて宇宙空間に存在するという。しかし、地球ではこれ以上の理不尽な、人命を軽視した実質的「殺人」は、その摂理からは許容されないという。

 そこでアインシュタインは、評議会の要請に応じて、IVMWなる兵器を発明したのだそうだ。Invisible〜なぜ見えないのか。IVMWは小さなドローンのような物体に組み込まれており、特殊な宇宙物質でできているため、レーダーで捕捉することもできないし、肉眼で目にすることもできない、透明体なのだそうだ。

 Merciful〜なぜ慈悲溢れる兵器なのか。アインシュタインによれば、評議会が攻撃対象と認定した要人を、通常兵器によって攻撃し抹殺するのは容易なことだそうだ。しかし宇宙の摂理によれば、どんな悪人であっても命を絶つことは許容されていない。従って、人格や性格、感覚、感性、判断力などを強制的に変質させ、穏やかで柔和な人格者に変貌させるのだそうだ。それでMerciful〜慈悲溢れる、という言葉が使われているという。

 なんとかことの次第は呑み込めた。しかし、一体私に何ができるというのだろうか。そこが一番腑に落ちなかった。

 アインシュタインによれば、地球上の全ての人間の妄想力をスキャン調査した結果、私が最も妄想指数が高かったそうだ。喜んでいいのか悲しむべきなのか・・・私には分からない。しかし、地球上のあらゆる圧政、陰謀、謀略などの全データは評議会が把握しているらしいのだが、目に見えないIVMWは、生体操作といい、機械的に動かせるものではないというのだ。つまり、最終的には妄想力、換言すれば特殊な想像力と洞察力を有する地球人との生体同期ができなければ、この兵器は正常に機能しない可能性が高く、攻撃対象者が逆に、かえって凶暴で残虐な性格になってしまう危険性をはらんでいるという。いかにアインシュタインといえども、そこまでが現時点での限界だとのことだった。

 さらに驚いたのは、評議会が決めた私のコードネームは、「憂鬱なテロリスト」だという。は?テロリストですか?という質問に、アインシュタインは笑うだけで何も答えなかった。地球上で使われるテロリストという言葉と、宇宙評議会のテロリストとでは意味の違いがあるのだろう、きっと。

 最後に、地球から瞬間移動で連れてきてくれた男が、私に質問した。どのような報酬を希望するか、という内容だった。あまりにも非現実的な時間を過ごしたためか、混乱した私は馬鹿なことを言ってしまった。ずっと以前に亡くなったネコのシロに会いたい、と言ってしまった。他に無いのか、と念を押されたが、何も思い浮かばなかったので、黙って頷いた。・・・そのとき、何やら白い小さな生き物が鳴き声を上げながら、足許に駆け寄ってきた。見るとなんと、まだ小さかった頃の姿のシロだった。こんなに嬉しい、感動の再会は無かった。

 そんなこんなで、今私は「憂鬱なテロリスト」として、地球上で待機している。宇宙評議会からの攻撃指令が来たら、生体同期させたIVMWを瞬時にターゲットのすぐそばまで空間移動させ、目視しながらゆっくりとスイッチをオンにするだけだ。

 あとは、翌日の新聞やテレビ、インターネットが発信する情報を確認するだけだ。すべての報道機関は、驚きをもって発信するだろう。多数の人間を銃殺し、暗殺したあの残虐非道な国家元首が、にこやかに微笑み、路上のホームレスを見れば歩み寄って自分の上着を差し出した・・・などなどである。

 私の存在を知る人は、この地球上には一人も存在しない。あの男とアインシュタイン、それと評議会メンバーだけである。・・・いやいや、忘れるところだった、かわゆいかわゆいシロにゃんも、私を遠くから見守ってくれている。

 誰にも明かせない秘密を持ってしまった、本当に憂鬱な私である。

(口止めされた出来事〜書き止めはされていない・・・終わり)

 もし、どこぞの国家元首が真人間の人格者になったとか、あるいは日本国内で政権や国家転覆を企てていると見られていた人たちが、突然憲法改正大賛成、安倍ちゃん大好き、などと言い出したら、それは私の「兵器」の効果だと、密かに思っていただきたい。


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by hirune-neko | 2018-07-22 01:30 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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