昼寝ネコの雑記帳

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明日は月末と木曜日が重なるので、多忙な日になる

Bill Evans Trio - Blue in Green (Take 3)

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 月末と、製本所に納品・引き取りに行く木曜日が重なるのは、滅多にないことだ。今晩から覚悟して、事前にできることをようやく終え、ちょっとひと息ついている。

 インターネットを閲覧しているだけでも、金正恩委員長の狼狽ぶりを感じる。見間違いではないと思うが、安倍総理が訪露し、プーチン大統領と会談したようだ。何の目的で行ったかの真相など、公表するはずがない。米朝情勢を踏まえて、安倍=トランプ両者間で入念な打ち合わせと役割分担を行い、ロシアの対北支援を牽制して釘を刺しに訪露したのではないかと、素人判断で推測している。
 フィリピンの外相が、中国に対して宣戦布告警告を行ったのも、背後ではやはり安倍=トランプ両氏が、中国の対北支援を牽制する意図を持って比政府を説得し、比政府がその意をくんで連携行動に出たのではないだろうか。もしそうだとすると、金正恩委員長と文在寅大統領は完全に外堀を埋められてしまい、外交的に孤立してしまっているのはないだろうか。日米共同の、戦略的対北離間工作である。

 国際政治・外交の世界に身を置いた経験はないので、いろいろな断片を目にして想像力を膨らませる程度のことしかできない。まったくの妄想ストーリーである。しかし、核ミサイルや生物化学兵器、さらにはスーツケース型携帯核爆弾などをちらつかせて、国際社会を恫喝してきた金正恩委員長が、アメリカ主導で完全に身ぐるみを剥がされ、対外攻撃力ゼロの裸の王様に成り果てることを、そう簡単に受け入れるだろうか。おそらく、ロシアや中国への助命嘆願を行い、対米抵抗の後ろ盾になってくれるよう交渉しているのではないだろうか。

 その程度のことは、アメリカ政府・情報部はお見通しであり、その逃げ道を塞ぐために、秘密裡に対露、および対中には事前警告を与え、同時に中国に対しては、報復関税などの緩和など、アメも与えているはずだ。対露のアメは、安倍総理がその任を担って携え、プーチン大統領の説得に当たったと推測するのは、ごく自然な流れなのではないだろうか。表向きは国際平和実現のために日米と連携し、さらには近いうちに、電撃的に北方領土を日本に返還するという声明が出されるかもしれない。

 これ以上、あまり具体的・詳細に記述し、もしそれがかなり実態に近かったとなると、今度はロシア政府と中国政府からも監視対象にされかねない。あくまでも、妄想家の無責任な空想放言として、これぐらいにしておこうと思う。

 東アジア情勢の緊張度が高まってきたせいか、私自身の戦闘意識も高揚してきてしまっている。ある種の緊張感も高まっている。いろいろな準備がまだまだ遅れており、構想の実現が間に合わないかもしれないが、それはそれで仕方のないことだと思っている。

 でもなんとか途中で放り投げずに、私なりのスピードで努力を継続したいと思っている。


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by hirune-neko | 2018-05-31 00:34 | 心の中のできごと | Comments(2)

戦いが終わり、寛ぎの中で静かに過去を回想する

Astor Piazzolla - Los pajaros perdidos (5 - CD3)

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 一つずつではあるが、着実に遅延案件を片付けつつある。当然のことながら、新規案件は常時増えている。延々と負荷がかかる生活は、どこで終息するのだろうか。やがていつか戦いが終わりを迎え、静かな空間で寛ぎながら過去を回想できる日が訪れたとしたら、贅沢で恵まれた人生だと思う。できれば自分の責任を果たし終えるまで、重荷が徐々に軽くなるのを感じながら、最後は肩の荷が消えていることを願っている。

 まだ軽度で、コントロールしようと努力している程度だが、白内障だと診断されている。長時間のパソコンの電磁波の影響だろうか。少し離れると、衣服で性別は判断できるのだが、誰なのか識別できなくなっている。しかし不思議なもので、対面して表情を見ただけで、その人の人間としての生地が見えるように感じる。仕事も、概要を把握した時点で、その可能性の可否について、ほぼ判断できるように感じる。会社を創業して、今年で38年を迎えた。サラリーマン経験がないため、教えてくれる上司もなく、父も義父も早くして他界したので、自分の勘だけを頼りに試行錯誤するしかなかった。高い授業料を払い、年月を浪費し、ようやく自分の領分ともいうべき場を見出したように思う。

 不幸にして、世界は混乱と不安、恐怖に溢れ、陰謀と謀略に満ちている。ここ日本では、人種差別、レイシストなどと鬼の首を取ったように声高に叫ぶ人たちがいる一方で、古代から血統を重視する世界もある。日本人は、その出自に対する関心がそんなに高くはないかもしれない。しかし、私は個人的に、日本の起源は古代イスラエルにつながると思えてならない。学術的検証は歴史家に任せればいいと思う。しかし、人格の主要な構成要素である正直さ、正義感、潔癖さ、慈悲深さ、信義・信念などの要素を嗅ぎ分けてみると、日本人にはそれらの大部分を有するという共通項を感じる。

 私は個人的に、過去数十年の期間、世界中の様々な国籍の人たちと接触する機会があった。ひとくちにアメリカ人といっても、先祖は例外なくヨーロッパからの移民であり、思い出しただけでも、ドイツ、イギリス、アイルランド、フィンランドなど様々である。もちろん、国籍が一緒でも人間的個性は様々である。私が自分を無国籍人間だと自称するのは、国籍で判断せず、あくまでもその人の人格を見るからだ。
 何ヶ月も前、たまたまある男性から、祖父の代に朝鮮半島から渡日して帰化したと打ち明けられた。何かの機会に、日韓有事の際の留意点として、戦時国際法、国防動員法、強制送還、強制隔離、外患罪などの主要項目について説明した。帰化しているつもりでも、韓国政府に国籍離脱を照会した際に、故意に離脱していることを否定される可能性についても言及した。可能なら、離脱証明書を確保するよう助言した。そこから先は彼自身の判断である。

 話題を元に戻すが、この先、世界がどの程度混乱するか、明確な予測はできない。しかし、日に日に世界情勢が安定し、平安で友好的な、秩序ある環境に変貌するとはとても思えない、その真逆である。そのような危機感が、ずっと自分の原動力となって突き動かされてきたように思う。

 日本人の気質は決して凶暴な狼ではない。逆に明らかに、もの言わぬ沈黙の羊の群れだと思う。しかし、その寡黙な羊の群れの中にも、ごく一部ではあるが、強い正義感を持ち、義憤に駆られて秘匿された実態を開示する人たちが出現している。羊たちは今や、窮羊狼を噛む気質に覚醒されつつある。しかし、決して性格が凶暴な状態に変貌したのではなく、一匹ずつが無理のないささやかな抵抗に出ている。

 購入しない、購読しない、視聴しない・・・そして少し行動的になっても、官邸メール、外患罪集団訴訟、そして弁護士に対する懲戒請求程度である。その懲戒請求に対し、被請求者となった弁護士達が請求人に対し、恫喝的に訴訟を前面に出し、和解金の支払い・取り下げを迫っている。懲戒請求は法律で認められた国民固有の権利のはずだ。自治体の首長に対してリコール運動をした人たちを、その首長が告訴するのと同じなのではないだろうか。そのような論旨で、反論し、さらには新規に懲戒請求する動きも出ている。懲戒請求者の個人情報を漏洩したであろう弁護士会、あるいは担当委員会に対する、国政レベルでの調査も始まるという観測もある。

 冷静な日本国民に対し、理不尽な行動をとり続けるなら、国籍とは別の意味での「人種」に対する反感が静かに拡がるだろうと予測している。静かな忌避感が地を覆い尽くし、それが時の政府への追い風になり、いわゆる国家レベルのカウンター・インテリジェンス行動が加速するのではないだろうか。

 つい先刻、「昼寝ネコ情報部員」の方から投稿があった。
 「日本列島と台湾、フィリピンでChina+(半島2国)の封じ込めの完成です。背後でアメリカや日本が動いていそうです。陸続きのベトナムはどう動くでしょうね?」
 というコメントが添えられていた。一般人の目に見えない領域では、確実に事態は進展しているのだろうと感じる。

(参考資料)
【緊急速報】比外相が中国に警告「南シナ海レッドライン越えたら宣戦布告」―米華字メディア(2018年5月29日) - エキサイトニュース


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by hirune-neko | 2018-05-30 00:43 | インテリジェンス | Comments(0)

利害を超越した理解者、協力者、賛同者は有難い存在だ

Bill Evans Trio - Haunted Heart

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 改めて思っている。売り上げを上げるのは最終目的なのではなく、あくまでも手段である、と思っている。それは間違いなく、長い時間をかけて醸成された私の体質である。

 では、何が目的なのかと問われて、ありのままに答えようものなら、普通の人だったら言葉を失って唖然とし、呆れ果ててしまうだろうと思う。間違いない。従って、なかなか自分の本心や長期構想を明かすのがためらわれる。個人的に、妄想家だと笑われるのならまだしも、仕事関係の方たちには禁句なのだろうと思う。

 それなりの長い期間、私の言動を観察し、断片的に発する考えを総合判断して、最終的には理解し、賛同し、協力者としてサポートしてくれるようになった方々には、心からの感謝をお伝えしたい気持ちだ。文字通り、利害得失という目先の尺度ではなく、広い視野から共鳴してくれている。本当に有難いことだ。

 ちょうど、旧約聖書の出エジプト記からヨシュア記、士師記辺りを眺めている。エジプトで解放され、40年間の長きに渡り荒野で苦難の旅を続けたイスラエルの民。最近は、自分自身が数十年の苦難の旅を続けてきたのではないかと思うようになり、古代イスラエルの民と二重写しになって見える。

 紅海を分け、ヨルダン川をせき止めるような大きな奇跡は目にしていない。しかし、自分の力だけでは乗り越えられないような局面を、何度も乗り越えてきたが、思い返せばその都度、いろいろな人たちの支援と協力をいただいている。改めて感謝の念を抱いている。

 生後数ヶ月の白毛の、迷いネコか捨てられたネコかは分からないが、その小さなネコが道ばたで、甘える声で鳴きながら足許に駆け寄ってきたのは、もう20年以上も前のことだと思う。車のドアを開けたら、ためらわずに飛び乗り、私の肩に乗ったまま家まで一緒だった。三男の命名でシロと名付け、15歳で絶命するまで、私に安らぎと癒しを与え続けてくれたネコだった。娘が倒れて昏睡状態になり、病院に運ばれたことがあったが、意識が戻って無事に退院したその日に、奇しくも、急激にシロの様子がおかしくなり、動物病医に向かう車の中で、大きな鳴き声をあげて絶命した。娘の身代わりになってくれたのだと思っている。深夜過ぎまで仕事をする私の横の椅子で眠り、仕事を終えて2階に上がるときは、起き上がって先導するかのように、先に寝室に向かった。利口なネコだった。その寝姿から、私はペンネームを昼寝ネコに決めた。

 苦難の旅路を歩み続けられるよう、天から与えられた天使のようなネコだった。

 ここ最近、その旅路の終わりが近づいているような感覚がある。いよいよ次の段階に進む時が近づいているような予感がある。誰かがいっていたのを思い出す。十二使徒の預言は20年後に成就する、という言葉だ。独学で何年も試行錯誤して学んだ時期を経て、最近はかなり明確に構想がイメージできるようになってきている。20年までは経っていないが、少なくとも10年近くは脳内で何度も反芻し、練り上げてきた。偶然、防衛研究所の主任研究員だった小谷賢先生と交流させていただき、それがきっかけで青学の大学院でインテリジェンスを学ぶことができた。おかげで、かなり視界が開けたように思う。

 入学試験の後の面接試験で、主任教授の方から質問された。事前に入学動機の書面を読まれていたようで、ファミリー・インテリジェンスは国家インテリジェンスとどう違うのか、という質問内容だった。当時は、Googleで検索しても、日本語はおろか英語でも、ファミリー・インテリジェンスの意味を説明する検索結果は皆無だった。勿論、最初から明確な理論があったわけではなく、独学で何度も繰り返し考える裡に、独自の体系が固まったようで、質問にはよどみなく答えることができた。私自身はまだまだ初学者ではあるが、いうなれば「昼寝ネコ情報部」の情報収集・分析スタッフとして名乗りを上げてくれる方が現れて、嬉しく思っている。長年のブログ読者の方で、私の発想を深く理解してくれている。心強く思っている、構想の具体化に向けて加速することになるだろう。

 以前もご紹介したが、ニュージーランド出身で村上春樹を研究し、慶応大学で英語を教えていた知人がいる。現在は家族揃って英国に住み、1年間の予定でオックスフォード大学で何やら研究している。英訳でお世話になっているが、ファミリー・インテリジェンスという言葉は聞いたことがないようで、首をかしげていた。ある日、神学的インテリジェンス・Theological Intelligenceという言葉を口にしたところ、文法的には正しいが、そのような言葉は存在しない、と断言されてしまった。それを聞いて、私はすっかり嬉しくなってしまった。神学的インテリジェンスは、世界のどんな神学者や哲学者も視野に入れていない、独創的な体系なのだと確信できたからだ。

 日々緊張の高まる国際情勢を地球規模で俯瞰するなら、国家インテリジェンスという大きな流れを包括し超越する、神学的インテリジェンスなるものが存在する、というのが私の持論である。パスカルが著した「パンセ」に出てくる「神学的発生」を否定できないのなら、まさにこの地球の限界的飽和状態にこそ、「神学的終焉」が訪れると考えるのは、自然なことなのではないかと思っている。

 いつかきっと、ああ、これが「神学的終焉」なのだ、という人智を超えた事象が出現すると感じている。注目すべきは北朝鮮の金正恩委員長である。人智を超えた不思議な結末を迎えるなら、それは地球の「神学的終焉」の始まりだと思っている。神学の世界では、人間の畏れる権力や圧政、暴虐という概念に萎縮することはない。残念ながら、どのような結末になるか具体的な予測はできないが、現状の民の困窮、餓死の怖れ、圧政による拘束、強制労働、理不尽な処刑などは、明らかに神学的終焉の対象にせざるを得ないと感じている。

 私にはなんの神聖な権威も権限もないが、古代イスラエル時代から生き続けていると妄想するネコ人間としては、精一杯の預言もどきであり託宣もどきでもある。


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by hirune-neko | 2018-05-29 00:32 | インテリジェンス | Comments(0)

久しぶりのフォトジェニック・ストーリー

Bill Evans Trio - What is there to say?

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【創作/フォトジェニック・ストーリー・シリーズ】
「未来を辿る記憶〜What is there to say? Bill Evans Trio
   □文 /昼寝ネコ
   □画像/ケ・セラ・セラ(年齢・国籍不明の女流カメラマン)
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 ボランティアで、週末毎に何人かの高齢者を訪問している。最初は、純粋に人の役に立ちたいと思って面接を受け、一通りの講習を受けた。最初の3ヶ月は先輩同僚に同行し、やりとりを黙って観察するという実地訓練を受けた。

 あの頃からもう7年にはなるだろうか。勤務先の仕事が徐々に忙しくなり、土曜出勤を求められるようになったのだが、何ヶ月もかかってようやく心を開いてくれた相手のことを考えると、仕事が忙しくなったから来られません、とはいえなかった。

 私の訪問先の人たちは、心の扉を重く閉ざし、人に対して寡黙であり、まるで言葉そのものを失ってしまったかのようだ。伴侶に先立たれ、子どもたちとも疎遠になってしまっている場合が多い。まるで、過去の出来事を鮮明に思い出すことが恐怖であり、自らの記憶を少しずつ埋葬しようとしているかのようだ。

 藤吉さんの住まいに通うようになって、すでに3年以上が経過している。田園都市線のたまプラーザ駅を下り、15分ほど歩いた住宅地に建つ、2階屋だった。庭はそんなに広くないが、低木が雑然と植えられていて、耳を澄ますと小鳥のさえずりが聞こえる閑静な環境だった。

 70歳を超えて間もない藤吉さんとは、最初の頃は向き合っても何も言葉を交わさず、気まずい沈黙の時間が流れた。ある日、たまたま部屋の隅に、折りたたみ式の将棋盤と駒のセット、それにどうやら詰め将棋や定跡の解説書らしい本が置かれているのが目に入った。将棋がお好きなんですか?と声をかけると、我に返ったような表情で、私に視線を向け、軽く頷いた。これはいいきっかけだと思った私は、自分の将棋歴を披露した。小学生の時の友だちが将棋好きで、奨励会に入り、プロの道に進んだこと。友だちのよしみで、ときどきインターネットで対戦したこと。そんなとりとめもないことを話すうちに、藤吉さんの視線と表情にわずかだが変化が現れた。

 思い切って将棋盤と駒をテーブルの上に持ってきた。一局いかがですか、と声をかけると、まるで機械仕掛けのように手が動き、駒を並べた。訪問する度に、将棋の対局をするのが習慣化した。中盤の判断が難しい局面では、真剣に集中する表情になり、悪手を指したと思ったときは、短い声を上げるようにもなった。

 将棋の対戦を始めてから、やや半年経った頃だろうか。藤吉さんは奥の部屋から写真アルバムを持ってきて、私の前に拡げた。若かりし頃の藤吉さん、奥様らしき女性とお子さん達。多くは語らなかったが、いつになく穏やかな表寿だった。

 それから何ヶ月か経ち、春先の暖かい土曜の午後、私はいつものように藤吉さんの家を訪問した。挨拶を済ませると、テーブルの上に重ねられた何冊ものアルバムが目に入った。

 しばし、以前のような重い沈黙の時間が流れた。やがて藤吉さんは、意を決したかのような固い表情になり、私の目を射抜くように見つめた。

 「聞いていただきたいお話があります」

 私は余計なことはいわず、ただ頷いた。

 藤吉さんは、少しためらった様子で話し始めた。奥様との出会い、結婚を決意したときの経緯を、懐かしむように心からの想いで語った。やがて、少しの沈黙を挟み、その奥様が血液のがんで、あっという間に他界したのだと話した。私はその先をせかさず、藤吉さんの言葉を待った。

 奥様は、まだ50歳にもならない早世だった。墓石には「最愛の妻、ここに眠る」と刻んだそうだ。お子さん達はそれぞれ自立しており、独りになってしまった藤吉さんは、自分よりずっと若い女性と再婚することになった。再婚という言葉を口に出してから、藤吉さんの口は徐々に重くなり、慎重に言葉を選んでいるのが分かった。

 それからの話の内容は、時系列が錯綜し、整合性をもって理解するのが難しくなった。しかし、私にとって衝撃的だったのは、「私が彼女を殺してしまいました」というひと言だった。

 独りで暮らす孤独な生活の毎日を過ごすうち、潤いと安らぎを与えてくれる相手に出会い、比較的早い時期に再婚したそうだ。再婚してまもなく、二人は先妻の墓前に報告に行った。彼女は墓石に刻まれた「最愛の妻、ここに眠る」という文字を目にした瞬間、その文字を抹消するよう要求したという。いいなりになり、墓石の文字を削り取ったことを、今でもずっと悔やんでいると、藤吉さんは辛そうに語った。

 どうやらその件以降、二人の間には徐々に隙間ができてしまったらしい。藤吉さんはそれ以来、先妻の命日には独りで、しかも彼女には内緒で墓参するようになったそうだ。墓前では頭を垂れ、先妻に涙を流して詫びる言葉を伝えた、といった。

 濃い霧に閉ざされていた重い過去が、徐々に姿を現したかのようだった。また少しの沈黙を挟んで、藤吉さんは話し始めた。

 再婚相手の女性には、軽度の心臓疾患があり、定期的に病院で検査を受けていたという。ある日、いつもより重い発作が起き、薬を飲むこともできないほどだったため、電話の受話器を取って救急車を呼ぼうとした。その瞬間、藤吉さんの心の中には、再婚後の数十年にわたる負の思いが、一気に流れ込んできた・・・そのように表現した。目の前で苦しむ彼女の表情が今でも目に焼き付いている。電話を躊躇している自分に対する先妻の叱責の声が聞こえた。そしてこの数十年間を虚しく耐えてきた自分に対する憐憫の気持ち、それらが錯綜してしまい何も行動に移すことができなかった・・・。しかしほどなく我に返り、藤吉さんは救急車を呼んだ。その空白の時が、どれぐらいの時間だったかは思い出せないという。

 救急隊員が到着したとき、心肺は停止していなかった。藤吉さんも救急車に同乗し、かかりつけの病院の救急救命センターに向かった。入口の外で待機していた医師と看護師によって、応急手当が施されたが、彼女は帰らぬ人となった。

 藤吉さんは深いため息をついた。そして私にいった。

 「ありがとう。誰にもいえなかったことなので、心が軽くなりました。もう何も思い残すことはありません。心のつかえがとれました。私が彼女を殺してしまいました

 そのとき、私にはある情景が目に浮かんだ。遺書を書く藤吉さんの姿だった。

 「藤吉さん、お孫さんは何人いらっしゃるんですか?」
 意外そうな表情を見せて、彼は答えた。
 「5人います。でも、もうみんな成人しています」
 「藤吉さん。過去の記憶を辿るのは、今日で終わりにしましょう。藤吉さんの人生は、藤吉さんだけのものではありません。自らの命を絶つなら・・・」
 藤吉さんの表情は一瞬、硬直したようだったが、私は構わずに続けた。
 「自らの命を絶つなら、どなたが一番苦しむとお考えですか?これまでの長い年月、先妻の奥様が霊界からいつも心配して、藤吉さんを見守っていらっしゃったことを、気づかれませんでしたか?私には分かります。これからの人生を、お子さんやお孫さん達との大切な時間だと考えましょう。これ以上、ご家族の皆さんを苦しめ、悲しませるのは止めましょう。これまでどおり、毎週将棋を指し、未来に向かって記憶を辿ることを一緒に考えませんか?」

 若造の私が、ずいぶん生意気なことをいってしまったと思った。しかし、藤吉さんは私の言葉を聞きながら、軽く何度も頷いていた。次回は少し手を抜いて、たまには負けてやろうかという考えが浮かんだ。

 長居をしたようで、窓の外が少し暗くなりかけていた。周囲から白い目で見られながらも土曜出勤を断り、こうしてボランティア訪問を続けてきて、本当に良かったと、心から思えた一日だった。


(創作メモ)
 このところずっと、仕事に追われる毎日が続き、創作脳が乾燥しきって’しまっているのではないかと、不安に思った。そこで、かねてから女流カメラマン(カメラウーマン?)のケ・セラ・セラさんが撮りためた作品を観ながら、湧いてくるイメージを短編作品にしようと思い立った。画像を観ながらの即興作品である。すぐに目に留まったのが、濃い霧の中を歩く二人の姿という構図の画像だった。勝手に名付けて、フォトジェニック・ストーリーである。ケ・セラ・セラさんの作品は、私に饒舌にイメージを語りかけてくれる。改めて、使用許諾をくださりお礼申し上げる。いつかこのようなフォトジェニック・ストーリーが何編にもなって、出版できるようになったときは、サブタイトルとして、冒頭の「What is there to say? Bill Evans Trio」のように、作品イメージのBGMになりそうな音楽作品名も並記したいと思う。

 今日は久しぶりに、ちょっと達成感を感じることができて嬉しく思っている。


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by hirune-neko | 2018-05-28 00:42 | 創作への道 | Comments(2)

天下のAmazonに向かって、弓を引く気はないのだが

Astor Piazzolla - Milonga Tres

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 栄枯盛衰という言葉がある。企業寿命という言葉もある。すぐ近所で、コインランドリーがオープンした。その前がなんの店だったか、さっぱり記憶にない。商店街には文房具屋さんが2店、はす向かいに営業していた。1店のシャッターが下りたと思ったら、イタリアレストランになっていた。閉店した文房具屋さんには、紀州の色上質紙の全判があったので、ときどき買いに行く程度だった。考えてみたら、文房具や梱包資材、用紙、封筒類はほぼ100%アスクルを利用して久しい。

 Amazonを利用する頻度もかなり高い。書籍だけでなく、リステリンやココナツオイルなどの食品、非常用の七輪や木炭も購入している。年額数千円のプライム会員なので無料の映画や、定額で読み放題の電子書籍も利用している。

 そのAmazonが過日のG20で問題になったという。世界中で販売益を上げているにも拘わらず、アメリカ以外の国では税金をあまり払っていない、というのが問題視されている主要因のようだ。しかし、違法・不法な会計処理を行っているのではなく、租税回避のためにタックスヘブンに会社を設立し、合法的に利益を集中させているのであれば、税制そのものを改正すべきかどうかというのが、最初に論じられるべきなのではないだろうか。

 私個人は別の視点からAmazonを問題視しつつある。以前、救急医薬品セットを購入した。とくに原産国の記載がなかったが、中国から郵便で届いた。返品交渉をしたが、商品に不具合がない限り返品に応じられない、というのが最終回答だった。すぐにAmazonにクレームを入れた。なぜ原産国を表示しないのか、と書いて送信したが、なしのつぶてである。
 数日前、次男が注文した帽子が、中国からやはり郵便で届いた。本人は驚き、ヒアリが付着していないか、私も心配した。現在、返品の申し出をしており返事待ちである。

 Amazonの販売の仕組みや、顧客管理システムはなるほど大したものだと思う。今日、Amazonから届いたメールを読むと、ネットで購入した情報やダウンロードした商品の情報を把握したい、と同意を求められた。個人の嗜好や思想傾向の把握に拍車がかかってしまうことになる。さらには、運送業者に破格の低料金で即日、あるいは翌日配達を強いているようだ。そのあおりで、最近届いた第1回目のゆうパックの見積もり金額は、なんと現状のほぼ2倍だった。

 おそらくAmazonでは、違法な商品以外はほぼ、なんでも購入できるのではないだろうか。逆の視点から見ると、長年に渡って地域社会に密着して商いをしてきた小売店が、まるでブルドーザーに踏みつぶされるかのごとく、廃業に追い込まれていくのは、このままでは時間の問題だと考えるようになってきた。

 そんな矢先、会社のサイトに設置してある「取次・書店様専用の注文・在庫問い合わせフォーム」から、在庫確認の照会が入った、珍しい名前なので見覚えがあった。確認したら、照会対象は単行本の「昼寝ネコの雑記帳」だった。書店を確認したら、北海道の道南地方の書店で、書店主は室蘭時代の高校の同窓生であるH氏だった。携帯電話の番号が記載されていたので、すぐに電話した。

 先週の土曜日に市ヶ谷の私学会館で行われた同窓会の写真が、北海道の彼にLineで届き、私が映っているので会社のサイトを閲覧しに来たという。名入りグリーティング絵本に興味があり、サイトに掲載されていたこのブログを見つけて読んだそうだ。どうして室蘭の市議会で名入り絵本が取り上げられたのか、と質問された。なんでそんなことまで知っているのか驚いたが、1時間かけてブログ記事をかなり読んでくれたそうだ。

 道南地方のその市では、かつて書店が6店舗営業していたそうだが、今では彼の店だけになってしまったという。彼曰く、わが社が創業時にC・W・ニコル氏の単行本を何冊か出版したとき、私が営業で彼の店に立ち寄ったそうだ。すっかり記憶の彼方になってしまい、失礼してしまった。

 奇しくも同窓生同士であるだけでなく、書店・出版社という同じ業界人同士なので、話題も共通して一気に饒舌な会話になってしまった。もう半世紀以上にわって、地元で書店を営んでいるだけあり、産婦人科のある総合病院の事務長と会うこともあるそうだ。その市は、生まれた赤ちゃんに絵本を贈るブックスタートも実施しているという。旧知の間柄なので、お互いに警戒心も何もない。街ですれ違ったとしても、互いに気づかないのは間違いないだろうが・・・そんなことより、遠慮の必要が無いので、私は一気に書店・出版社が提携して推進できる共同のプロジェクトについて提案した。絵本の見本と関係資料を送ることになった。
 
 東日本大震災の直後に、現地に何度も足を運び、自然の残した無残な爪痕を目にした。地元の新聞社、将棋連盟の支部の人たち、地元の皆さんとの交流の中から生まれた企画がある。子どもたちに、内面に存在する夢と希望を原動力にしてもらい、創作を通して感性や自信を深めてもらいたい、という一念で企画した独自の案である。あれからすでに6年近くが経過しているが、いつでもスタートできるノウハウは温存している。

 私は、地元で真摯に、地道に小売業を営んでいる方々と協力し合いたいと思っている。苦戦の渦中にある出版業界で、書店さんが活路を見出し、良書の普及に努めてほしいと願っている。そのために、私は売り上げ至上主義ではなく、既存の販売ルートの維持発展に協力したい、という説明に彼は心の中で深く頷いたように感じた。

 別に天下のAmazonに対して弓を引くなどという考えは、毛頭持っていない。ただ、これまでの人生で、欧米の企業経営者とは比較的接触する機会が多かったと思うのだが、限られた数ではあっても、その経験から感じているのは、日本は欧米資本によって植民地化されてはならない、という警戒心である。いざとなれば、総引き上げとなり、日本がどうなろうと知ったことではない。おそらく、ほとんどの欧米人経営者はそのような距離感で、日本市場を捉えていると思っている。

 とりあえず彼には、絵本に関するPDF版の資料をメールに添付して送った。そのメールの最後に、私は以下のように付け加えた。

 「これをご縁に、出版物という貴重な媒体の有効活用を創出し、仕事上でも有益な環境が作られますよう、願っています。長くなりましたが、今後とも宜しくお願いします。お元気で頑張ってください。
 多分、私は高校時代は異端児でしたが、今でも相変わらず、異端児だと自覚しています。ここまで生きてくれば、変えようがないので、自分の特質をこのまま維持したいと思っています。」

 正直な気持ちをいわせていただくと、私は自分のことを少しも異端児だとは思っていない。自分ほどまともな考えの持ち主は、そんなに多くはないと思っている。ただ、一般的な考え方とは、かなりかけ離れているだけであり、自分を卑下することはしない。・・・しかしもしかして、そういう人間のことを、世の中は異端児と呼ぶのかもしれないと思うが、好きに呼んでいただいて結構である。


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by hirune-neko | 2018-05-27 01:05 | 心の中のできごと | Comments(0)

悪戦苦闘の一日だった

Change Partners - Pascale Lavoie

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 ちょっと頼まれて、神奈川県内の高等学校へ郵送する宛名ラベルの作成を手伝った。249校分である。
 事前に県庁や数カ所の市役所などに電話し、この一年間で統廃合、校名変更、新設があった高校を調べた。昨年使用したデータはExcelファイルに保存してあるので、修正分を差し替えた。

 宛名ラベルは、4Dというデータベースプログラムで印刷を行う。そのため、Excelデータをタブ区切りテキストに変換し、4Dに読み込む。日常的に行っている作業なのに、今日は何回試しても4Dに読み込めない。とうとう4Dジャパンに3回も電話して相談したが、それでもだめだった。

 何時間も悪戦苦闘し、最終的にはなんとかラベル印刷までこぎつけたが、夜の8時過ぎまでかかってしまった。なんと、8時間近くも悪戦苦闘していたことになる。さすがにクタクタで足許がふらついている。

 初めて4Dと出会ったのは、おそらく20年近く前のことであり、当時はプログラムがフロッピーディスクに収納されていた。名前も4Dではなく、当時は4th Dimensionだった。現在の4Dは、サイトでの検索機能があり、アメリカの航空会社の予約システムにも使われているそうで、かなり高度になっている。私など、相当勉強しないと最新の機能を使いこなすことはできない。

 しかし、まだ将来構想ではあるものの、情報提供サービスを目指しているので、4Dの機能を活用しようと考えている。しかし、あるレベルまで到達したと思っても、その頃にはさらに高機能にバージョンアップされてしまっているのが常だろう。

 ようやくボランティアの遅延案件が、残りひとつになった。早く作業を終えて、自分本来の仕事に十分な時間を割けるようになりたいと思っている。

 ところで、どうやらトランプ大統領は金正恩委員長に対し、米朝会談中止の申し入れを行ったようだ。私が昨晩作成した、アメリカ国家安全保障会議宛ての書面を読み、こんなことを画策しているのかと一同が激怒し、米朝会談の中止を即決したとしたら、責任を感じてしまう・・・そんなことが起きているわけがない。笑

 さすがに今日は脳内回路が焼き切れそうなので、これ以上アホな文章は止めておくことにする。昨晩は久しぶりに氷枕で、後頭部の冷却をした。そのせいか、脳内の圧迫感がほとんど消えているようだ、

 では、今日は短稿にて失礼させていただく。・・・というか、いつも少し長文過ぎると反省している。書き出すと止まらないので困っている、実は。


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by hirune-neko | 2018-05-26 00:05 | 心の中のできごと | Comments(0)

妄想短編〜南北合作の危険な陰謀シナリオ

Astor Piazzolla - Marejadilla

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 午後8時40分からインターネットの対局場で、将棋のレッスンを受ける予約をしていたのだが、脳内の圧迫感が強く、思考力にまったく粘りがないフニャフニャ状態なため、先生にメールを送ってお休みさせていただいた。こんなに早い時間から、ブログを書く気になるなんて珍しいことだ。

 仕事脳はフニャフニャ状態なのだが、妄想脳はどうやら健在のようだ。ここ数日の内外情勢をぼんやりと眺め、インターネット上を飛び交っている情報をもとに、妄想短編を書きたくなってしまった。最初に明確にお伝えするが、今日の記事は・・・妄想短編は、100%が想像の産物である。部分的に読まれて、くれぐれも大騒ぎされないようお願いしたい。アハハと笑い飛ばしていただき、でももしかして、と用心を深めていただければ幸いである。

【妄想短編の始まり】

 今日は木曜日なので、いつも通り製本屋さんを往復した。運転しながら、好きな音楽をいい音で聴きたいと思い、Bose製のMini Sound Linkという小さなスピーカーを座席の横に置いた。Boseオタクの次男が、還暦か何かのお祝いで買ってくれたものだが、なかなかの優れもので気に入っている。

 駐車場に車を入れ、事務所に戻りかけたとき携帯の呼び出し音が鳴った。出るといきなり「Hello! Do you remember me?」という声が聞こえた。アメリカ政府の職員だといって、一度電話をかけてきた東部アクセントの男性だった。
(前回の妄想記事参照。「恐ろしいことに、どうやら監視対象になってしまったようだ」2018/5/11 https://hiruneneko.exblog.jp/29486598/

 以下に、政府職員と名乗る男性とのやりとりを、できるだけ簡潔に、しかも日本語に訳して記述したいと思う。

謎の男「まだ鼻水とクシャミは止まらないのか?」
おいら「えっ?まだおいらのことを監視してるの?」
謎の男「トランプ大統領から、日本の昼寝ネコから目を離すなと命じられているので、申し訳ないが、まだ監視している」
おいら「へえ、じゃあ今日は洋菓子屋のフルールの前を通ったが、我慢してオートミールのクッキーを買わなかったのも把握しているの?」
謎の男「監視員がちゃんと観ていた。昼寝ネコは自制心が増したと感心していた」
おいら「で、今日はなんの用件なの?」

 政府職員の男の申し出を、簡潔に紹介する。

 6月12日にシンガポールでドナルド・トランプ大統領と金正恩委員長の会談が予定されている。しかし、金正恩氏は文在寅大統領との会談をキャンセルし、態度をめまぐるしく変えているので、現時点でどのような考えなのかがなかなか掴めない。メールや電話のやりとり、行動パターンについてはエシュロンや偵察衛星を駆使して、ある程度は把握しているが、脳内の思考パターンまでは掌握できない。米朝会談の日程が迫っているのだが、金正恩氏がどのような戦略で動くか予測が難しい状況だ。そこで、昨日の国家安全保障会議の席上、昼寝ネコならどのように予測するか意見を訊いてみようということになった。そこで、金正恩氏と文在寅氏がどのような戦略構想を描いているのか、予測レポートを作成してくれないだろうか。

 ざっと、上記の内容で予測レポートを依頼されてしまった。まあ、むげに断るのも角が立つだろうし、少しでも国際平和に貢献できるのであれば、本望でもある。国家安全保障会議は、私のレポートが届き次第招集されるといわれたので、事務所に戻ると仮病を使い、脳内の圧迫感が強いので休養を取らせてもらう、といって自室に引きこもり、レポートの作成にとりかかった次第である。

 実際のレポートは、かなりの文字数なのだが、簡略化したエッセンスだけを以下にご紹介する。興味がおありになる方はお読みいただきたい。

【アメリカ合衆国・国家安全保障会議メンバー各位】
→開始
 以下は、人間がアクセスできず、世界中の由緒正しいネコだけが共有しているネコネットからの情報と、古代イスラエルから伝承されている、昼寝ネコ一族の霊感の賜によって作成されたレポートである。文中の人名は敬称略である。

  1. 南北対話の中断は、金・文両氏が入念に打ち合わせた馴れ合いの芝居である。
  2. 金が強気に出る姿勢を強調するのは、トランプに動揺と懸念を与えるのが目的である。
  3. 米・朝間の緊張をできるだけ高め、周辺国の日・韓・中・露までをも巻き込む核戦争に突入するのではないか、という国際的緊張を高める演出をし、できるだけトランプの譲歩と妥協を引き出しやすい環境を作るのが目的である。
  4. 文は米朝の間に入り、粘り強く説得する役割を引き受ける。あわや全面戦争か、という局面まで持って行き、そこで劇的に金が核兵器、ミサイル、生物化学兵器の全面廃棄に踏み切ると発表する。
  5. 文は中・露の後押しを得てノーベル賞選考メンバーを懐柔し、東アジアに恒久的平和をもたらす大英断をした金、そして粘り強くトランプ、金両氏を説得して東アジアの平和構築に献身的努力を重ねた文の二人に、ノーベル平和賞を与えるよう画策する。
  6. 金および文は、核兵器等の全面廃棄の見返りとしてトランプと安倍に対し、速やかな経済制裁解除と莫大な経済支援を要求する。
  7. 経済制裁解除と莫大な経済支援を得た南北朝鮮は、南北両首脳がダブルでノーベル平和賞を受賞したのを記念し、世界平和を祈念するという名目で突如電撃的に南北朝鮮の統一を果たす。
  8. ほどなく新しい朝鮮国でクーデターが勃発し、金と文が拘束されて軍事政権が樹立される。新軍事政権は世界に対し、大量の核兵器、大陸間弾道ミサイル、生物化学兵器を保有していることを宣言する。さらには、欧米主要国の多くの都市にスーツケース爆弾と呼ばれる、携帯型核爆弾が秘匿されていることを公表する。
  9. 新しい朝鮮国に対し、軍事的な行動に出た場合は世界中で携帯型核爆弾を起爆し、生物化学兵器による無差別テロ攻撃を実行に移すと宣言する。それを実証するかのように、世界の主要国で新しい朝鮮国の工作員によるものと思われる、テロ事件が発生し多くの一般市民が犠牲になる。
  10. これらは、北朝鮮の核兵器と生物化学兵器の廃棄前に、フル生産されたかなりの量を、極秘裏に北朝鮮から韓国内に運び込み、秘匿していたものである。アメリカの軍事偵察衛星の盲点を衝いて搬出したものである。
  11. 新しい朝鮮国の軍事政権が、国際社会を恫喝し、ほぼ制圧した頃、金・文の両氏は軍事政権首脳に対し、粘り強く正義と国際平和の重要性を説き始める。その懸命な努力の甲斐があって、軍事政権は金・文主導の民主国家樹立に協力することになる。国際世論は、世界平和に大きく貢献した金・文両氏の指導力を絶賛し、さすがノーベル平和賞受賞者だという美談が流布される。
  12. しかしこれらはすべて、国際社会を欺くためのカバーストーリーであり、実際には最初から金・文両氏がシナリオを描き、軍部を背後から操っていたものである。民主国家といっても、世界中に潜む工作員によるテロによって恫喝し、世界制覇を目論む、独裁国家による戦略的陰謀の最終章である。つまり、米朝会談に対する揺さぶりを行っているのは、この遠大・長大な陰謀計画の、ほんの序章にしか過ぎない
→終了


 ・・・以上が、アメリカ国家安全保障会議宛ての妄想レポートの概要である。トランプ大統領や他のメンバーが、ひどい妄想だと一笑に付すか、あるいはこれまでに得ている情報や傍証と照合し、信憑性が高いと考えるか、そこまでは私のあずかり知らぬことである。
 しかし、100%が想像の産物である妄想だ、とお断りしたものの、南北朝鮮の情報部中枢の人間がこれを読み、当たらずとも遠からずの内容だと判断したら、これからの私はトランプ大統領だけでなく、金正恩委員長、文在寅大統領からも監視対象にされてしまうのだろうか。

 そうなったら私は、祖国の日本を捨てて、どこかに亡命しなければならなくなるだろう。いやいやせっかく住みなれた日本だもの、その時には人間としての面倒な人生を捨てて本来のネコの姿に戻り、ネコカフェ辺りで余生を送ることにしようではないか。クッキーを手に、ネコカフェにおいでになったとき、嬉しそうに近寄って来るネコがいたら、それは私である。深夜にはそっとパソコンを開き、このブログはなんとか更新し続けたいとも思う。

 こうして読み返してみると、妄想と現実・真実の境界線がとても曖昧に思えてしまう。世界平和を願う一念で、不覚にも私の本性を少しだけ明かしてしまったが、それもご愛敬だろう。笑い飛ばしていただきたい。


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by hirune-neko | 2018-05-24 23:16 | 創作への道 | Comments(0)

未来に向けて、過去から押し出されているかのようだ

Sleeping - Astor Piazzolla

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 これまで、過去のブログ記事に興味を持つことは、ほとんどなかった。改めて確認したところ、最初の記事は2007年2月9日の「昼寝ネコです、はじめまして・・・ちょっと長い前書き」だった。早いもので、このブログは12年目に突入している。

 いつの頃からか、毎回YouTubeから音楽動画を拾って貼り付け、更新も毎日行うようになっている。義務的に書いているのではなく、文字通り日記代わりに、その日に思い浮かんだ雑感を書き記している。乱雑に散らばった考えを整理し、心を鎮めることで、現実から隔離された空間になっている。

 遠い過去からの現実的な重荷を背負い、いつかはその肩の荷を下ろしたいと願って日々を過ごしている。興味深いことに、気がついてみたら私利私欲という、誰もが持っているだろう病巣はいつの間にか消滅し、心が軽くなっているのを感じている。

 一般的には、誰の言動にもなんらかの動機があるはずだ。もちろん、私にも自分なりの動機がある。とくに、毎日のほとんどを占める仕事には、売り上げを高めて利益を上げる、という根本的な動機がある。しかし、それは最優先の目的なのではなく、あくまでも手段である。過去には、いろいろな動機での行動があった。しかし、ある目的の価値は風化し、別の動機には空しさを感じ、結局は濾過されて残ったごく僅かの動機に突き動かされて、仕事をしているように思える。

 一見すると華やかで、人からの羨望の対象となるような状況や価値も、現実社会の変化によって瞬くうちに錆び付き、カビが生え、腐臭を放つようになってしまうかもしれない。そのような虚無感が、既視感とともに視界を占めている。

 私とて、現実社会で生活している人間である以上は、目の前で展開している出来事に無関心でいることはできない。しかし、とても残念なことに、私たちは価値、目的、意義を感じさせない喧噪に取り巻かれており、声を荒げた非難や中傷の渦の中で生きることを余儀なくされてしまっている。
 
 不毛な欲望を煽るコマーシャリズム、陰謀を巧みに隠した巧言令色な人々、人を陥れようとする流血を伴わない殺人・・・判断の誤りが連続するなら、地上が戦火にまみれ硝煙と火薬の匂いで覆われかねない。文字通り地球規模の終末を迎えようとしているかのようだ。
 
 しかし、私はあくまでも楽観的に生きようと思っている。悲観的になって行動を萎縮させるよりは、小さい可能性であっても追求し、善人の輪が拡がり、ついにはいい意味での神学的終焉が訪れるよう、明日への希望と期待を持ちながら、一日を終えるようにしたい。

 Five Tango Sensationsというピアソラ作曲の組曲で、標題の作品はSleepingとなっているが、Asleep~Dreamingと表示されている場合もある。単に眠りこけているよりは、眠りの中で夢を見続け、目覚めとともに夢の実現に向けて行動に移す、というニュアンスの方が、個人的には好ましく思っている。

 私の場合は、夢ばかり見てずっと眠りこけている、昼寝三昧のネコのような存在だったが、そろそろ目を覚まし、行動に移そうかと思い始めている。


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by hirune-neko | 2018-05-23 22:41 | 心の中のできごと | Comments(0)

人生に対する神学的考察・・・

Astor Piazzolla-Milonga del Ángel

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 あくまでも個人的な見解だが、現代人には神学的視点が必要だと考えている。人生の将来と目的について考えるとき、あるいは絶望的な状況に追い込まれ、生きる気力を失ったとき、幸せの絶頂にあるとき、いずれのときも神学的な視点を持つことは、その人の人生を益すると考える。

 かといって、神学的視点とはどのような視点なのか、と問われても困ってしまう。理路整然と説明できるほどの言葉は、持ち合わせていないからだ。神学者や宗教家のような立場ではなく、あくまでも弱点・欠点の多い、そして有言不実行の意志薄弱で自制心の弱い不完全な人間として、実体験から感じている視点、としかいいようがない。

 旧約聖書は何度か読んではいるが、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教が共通して教典・聖典に含めているモーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)から派生的に、それぞれの一神教の発生史を研究してはいない。そこまでは手が回らない状態だ。

 しかし、旧約聖書を読むと、それは決して大昔のファンジー物語などではない。古代の視点から、現代に生きる私たちに向けて、警告あるいは勧告として発している言葉だと捉えることができる。つまり、行間を読み、目に見えない領域から流れてくる聖なる印象を感じ取り、耳には聞こえないイメージを捉えることができて初めて、自分に向けられた神聖な導き、促しを感得できる・・・残念ながら、このようにしか表現できない。

 かつて、サルトルは実存主義という思想を公にした。補足的に表現するなら、無神論的実存主義である。その思想の根底には、「人間は今あるところの存在ではなく、あらぬところの存在に向けて、自分自身を変革・改良する生き方をすべきである」という考えがある。したがって、クリスチャンは生まれながらにして、聖書により価値観や人生観を規定されているので、自主的な生き方はできない、というとても理論的な主張をしている。サルトル、そして同時代人だったカミュに私は傾倒した。つまり、宗教によって自己規制する生き方を否定的に考えていた。大学生の頃である。勇んで教会を訪問し、議論を挑んだものだ。今となっては赤面ものだが、いかにキリスト教が間違っているかを、自信に満ちて「説教」したものだ。

 そんな私が、今ではこのように旧約聖書を読み、神学的視点の必要性を公に勧めるようになっている。あの当時からおよそ半世紀の年月が流れている。まるで180度の大転換である。その間に、短い言葉では言い尽くせないさまざまな経験をし、いろいろな心情を味わった。ただ一貫性があったと思うのは、物欲、金銭欲、社会的地位、名誉などを最優先しなかったことだ。そして、ある種の孤立感や孤高の精神と同居し、自分の信念や理念を手放さなかったという自負心はある。

 神学的には、いずれも天界からの天使および悪魔(サタン)という存在が並立している。悪魔は旧約聖書ではルシフェルとも呼ばれている。正と邪の対立、人を神聖な徳に導く力と、人を破滅に導く力の拮抗。そのような対立構造が現存することを、私は自分自身の半生を振り返り、否定できない。不思議な力、すなわち奇跡を起こす力は、天使だけでなく悪魔とそれに従った悪霊の両方に具わっている。つまり奇跡に盲従することは危険なことであり、それが神聖な奇跡なのか邪悪な奇跡なのかを識別する必要がある。

 何度か紹介しているが、ピアソラには天使の組曲と悪魔の組曲がある。曲想を聴くだけでは、天使なのか悪魔なのかを聞き分けるのが難しい。実生活でも、私たちは常に判断と決定の分岐点に立たされる。目先の利得に惑わされず、確信を持って正しいと思うのではなく、正しいと感じる方を選択する・・・乱暴ないい方になるが、理論や饒舌な言葉に惑わされることなく、世俗的な利益に目を奪われることなく、心に感じる無垢の印象を根拠に懸命な選択をする・・・それこそが、はなはだ非論理的かつ乱暴ではあるが、神学的視点に立った判断・選択だと思うようになっている。

 花粉症ではなくても、ピアソラが墓の中でクシャミをしているかもしれない。


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by hirune-neko | 2018-05-23 01:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

Old Friends〜甦る旧友との懐かしい思い出

Astor Piazzolla - Largo tangabile

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 過日の記事で触れたが、旧友夫婦が5月5日にアメリカを出発し、中国旅行を終えて帰路、日本に立ち寄っている。数日間名古屋に滞在し、金曜日に帰米するそうだ。

 新横浜駅の改札口で待ち合わせ、駅ビル内の京都風とんかつ屋に入った。彼は日本語を話し、いなり寿司など日本食を好む変わったアメリカ人である。学生の頃、彼等の家にホームステイしていた日本人女性夫婦も合流した。私たち夫婦と総勢6人だった。

 40年ほど前、ある映画の日本語版を制作する関係者から依頼され、ボランティアで声優を引き受けた。そのとき民泊させてくれたのが、彼の両親だった。そんな縁で、彼との付き合いが始まった。あのときは、まだ小さい双子の男の子と、生まれてまだヨチヨチ歩きの娘という家族構成だった。その後は、渡米すると決まって彼の家に泊めてもっらったので、子どもたちとは小さい頃からの顔なじみということになる。

 前回の来日以来なので、かなり久しぶりの再会だった。子どもたちは3人とも結婚し、それぞれに子どもが生まれているという。孫の数を訊いたら、なんと13人だそうだ。

 何度も同じことを言われているが、その後アメリカで私と一緒に仕事をした何年間かが、自分の人生にとって最も充実した思い出深い時期だったと、今日も繰り返した。40年程前から今日に至るまで、私は文字通り人生を駆け抜けてきたようなものだ。感傷に浸る余裕もなく、来る日も来る日も時間に追われてきた。

 しかし確かに、信頼・安心できるパートナーとして、米国内では孤立無援だった私を親身にサポートしてくれたのは事実だ。いわば戦場を一緒に駆け巡ったような、戦友という表現が合うのかもしれない。

 駅構内での別れ際に、彼は奥さんに頼んで私と二人の記念撮影をした。私は彼を指さし「ビフォー」といい、自分を指して「アフター」というと、奥さんは顔中笑顔で声をあげて可笑しそうに笑った。

 撮影が終わると、彼は真剣な視線を私に向けると「I love you」といった。男性からそのような表現をされることは滅多にないので、ちょっと躊躇しながらも、まるで映画で聞き覚えたセリフをいうように「Me, too」と答えた。男同士で戦友同士で、しかも旧友同士という人物が存在したのだと、改めて実感した。

 彼のお兄さんは従軍歯科医だったが、奥さんは数年前に山道をバギーで走行中に事故で亡くなっている。何度も会っているので、その後の状況が心配で訊いたら、数ヶ月前に再婚したという。私の家内は、自分にもしものときは、すぐに再婚しなさいといっているので、1週間以内に再婚すると約束しているし、すでに候補者のリストを作って持っている、というと、また奥さんが大笑いしてくれた。実によく笑う女性なので、冗談をいう張り合いがある。彼女の父親は肖像画家で、1枚描いてもらっている。旧友の弟の二人は弁護士で、よくサポートしてくれた。

 お互いにこの数十年の間に、それぞれいろいろなことがあった。私の大変な時期にも親身に協力してくれた。利害を超えた人間的な信頼関係を構築できていると、再認識した。

 この先、この年齢で、また渡米して何か新しいプロジェクトに手を付けるということは想像すらできない。しかし、人生というのは何が起きるか予想がつかないものでもある。ビジネスというのではなく、何かしら情報関連の分野ならそのような可能性が浮上するかもしれない。

 その日に備える、という意味ではないのだが、何をするにしても気力と体力、集中力が不可欠なので、まずは肉体の鍛錬を怠らないようにしたい・・・と、有言不実行の人間が、また宣言している。しかし、ようやく自分のライフワークが見つかった、といったら、私の仕事上の変遷を熟知している旧友夫婦は、笑顔で喜んでくれた。

 親日家の夫婦と彼等の親兄弟には、私を親戚同様に扱ってくれたことに対し、改めて感謝の気持ちを伝えたいと思う。・・・といっても、ここに書くだけだが。


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by hirune-neko | 2018-05-22 01:09 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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