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昼寝ネコの雑記帳

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集中できる時間が回復したようだ


Astor Piazzolla Duo de Amor

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ピアソラが映画のために作曲した作品を初めて観たとき、
冒頭でこの曲が流れてくるのを聴いて、ざわざわと
感動したのを、今でも鮮明に憶えている。

ソラナス監督の3部作のひとつで、記憶がもう曖昧だ。
たぶん「ガルデルの亡命」だったのではないだろうか。

後日、高場先生に教えていただいたのだが、
映画で使用されている全曲すべてがピアソラの
作曲ではないと聞いて、少しがっかりした。
監督のソラナス自身が作曲したものもあるそうだ。
多分この曲だろうと思うものが、逆に言えば
えっ?ピアソラがこんな曲想の作品を作るの?
と感じた曲が、ソラナス監督の作品なのだろう。

今日は久しぶりに集中できる時間が大幅に回復した。
昨日、数ヶ月ぶりに横浜・石川町の治療院に
行って治療を受けたからだと思う。
有難いことだ。

今日はもう、脳内が飽和状態で何も書けないようだ。

そういえば昨日、面識のない年齢不詳の女性が
あるサイトにに掲載していた創作短編
約10種類をすべて読み
感動したとコメントを残してくれた。
昼寝ネコさんのファンです、とも書き添えられていた。
読者の感性を感じることができて、正直に嬉しかった。
本当はもっと作品を書きたい気持ちはあるのだが、
朝からずっと夜まで、実務的な作業に追われており
脳内に登場人物がなかなか現れてくれない。

不思議なことだが、夜のウォーキングの最中に、
脳内でイメージが映像化され、主人公が無言で
身の上話を始めることが多い。
私はただ、それをそのまま文章にするだけなので
実に楽なものだ。
仮に単行本として出版しても、現実に目の前に現れ、
著作権を主張したり印税を要求したりしないので
その点は気楽なものだ。

おそらく、接点をもった色々な人たちのエッセンスが
脳内に残留し、ある日突然現れるのではないだろうか。
その割には、登場人物に日本人は極端に少ないようだ。
思うに、普段から人間さまとはあまり接触しないので、
どちらかというと映画やオペラの登場人物のイメージが
知らず知らず勝手にふくらんできて、現実感を伴って
脳内に登場するかのような印象だ。

それともうひとつ。
歩きながらピアソラの曲を聴くことが圧倒的に多い。
ピアソラの曲は、音楽的には優等生の秀才タイプ
ではないと思っている。つまり、モーツァルトや
バッハなどのような、ある種の完成された超然とした
作曲家ではなく、実に魂がストレートに表現されている。
なので、ピアソラの曲の中から具体的なシーンが
映像となって脳内に投影される。

考えてみたら、本当にピアソラは希有な作曲家だと
改めて敬服している。

私は音楽評論家ではないので、たくさんの作曲家を
聴いてはいない。
なので、聞きようによっては不遜な意見かもしれない。
しかし、もともと音楽的な偏食傾向が強い私には、
おそらくこれ以上の作曲家との出会いは、ないだろうと
思っている。

墓の中のピアソラの、迷惑そうな顔が思い浮かぶ。


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by hirune-neko | 2015-02-15 02:11 | 創作への道 | Comments(0)

ヘボ将棋奮戦記


Astor Piazzolla - Jorge adios

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誰だって褒められれば嬉しいし、けなされれば落胆する。

私の将棋の師匠は、推定数十人の小学生をネットで
指導しており、過去に70回以上、県代表を輩出している。
卒業して奨励会に入り、プロを目指している子どもも
それなりに存在するようだ。

指導中に、かなり厳しい小言を投げつけるそうだ。
でもまあ、その程度のことで挫けるようだと
プロ棋士としての勝負根性は身につかないのだろう。
でもさすがに、私に対しては
「もう将棋なんて止めちまいな」なんていう言葉は
例え思っていたとしても、一度もいわれたことがない。

昨日の師匠のブログに、以下の記述があった。

「詰め将棋
大人の方で、詰めパラのアプリかな?を購入し
やってるのですが、なんと! 解いた問題数が
千問を超えたそうです。継続は力なりと言いますが、
ご自分で力がついた実感というのは
余程じゃないと気付かないですし、努力・忍耐力 
色々な要素が必要になってくるので
大したもんだなーと関心しています。」

何を隠そう、この「大人の方」とは、私のことだ。
レベル1〜5というカテゴリーに挑戦し、コツコツと
解き続けてきたのだが、1,000問を超えたので、
師匠から褒められたときは、素直に嬉しかった。
少しずつ投稿があるので、総問題数は増え続けるが、
昨日時点で最後の問題だった第1,025問が解けない。

いくら考えても解けないので、残念ながらギブアップ。
正解手順を知ろうと、全ての王手を指したが
全てが不正解だった。なので詰め将棋を解くソフトに
やらせてみたら、3回ともソフトがダウンしてしまった。
これは問題に不備があるのではないかと思い、
師匠にその問題をメールで送って、
ことの次第を説明した。

「ああ、これは問題にミスがありますね」
という回答を期待していたのだが、返ってきたのは
以下のひと言だった。

「これ詰みますよ。5秒で解きました」

解答を見て、さらにがっかりした。
打ち歩詰めを防ぐために、初手は角が成らないのだ。
よくあるパターンなのに、最後の最後でこんな
初歩的な見落としをするなんて。
でも、このような経験を積むうちに、寄せの感覚が
養われていくのだろうと思う。
まるで人生と一緒なのではないだろうか。

20歳ほど年上なのに、私のことを先輩と呼ぶ
将棋仲間の先輩が可笑しそうに笑う表情が眼に浮かんだ。
動脈瘤の術後の経過が思わしくなく、昨年他界した。
考えてみたらそれ以来、ソフトやネットでの対戦は
続けているが、対人の実戦はまったく機会がない。

その先輩は夢に出てくることはないが、
果たして来世では将棋なんて指せるのだろうかと
時々考えることがある。
先輩はもしかして、あの世で将棋に夢中になり、
すっかり腕を上げているのではないだろうか。
ということは、先輩と来世で再会したときには
もしかして、私よりずっと強くなっているのかも
しれないと、少々不安になって来た。

過去の対戦で、私が投了したのは1度か2度しかない。
なので先輩は私のことを、いつも先輩と呼んだのだろう。
では、来世では晴れて「後輩」と呼ばれることに
なるのだろうか。
うむ。それも悔しい話だと思う。

恥を忍んで、解けないと大騒ぎし、師匠は5秒で解いた
その詰め将棋の問題を以下に掲示しておきたい。
もう二度と「不成り」の手を見逃すことはないと思う。
やはり人生と一緒で、人間には失敗も必要なのだろう。
失敗だらけの人生を送ってきた私がいうのだから
間違いはないはずだ。
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by hirune-neko | 2015-02-14 00:22 | 現実的なお話し | Comments(0)

ようやく戦意が蘇生してきたようだ


Milonga para tres - Astor piazzolla

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腰にしっかりとゴム製の腰痛用ベルトを巻き、
昨晩に続き、今晩も続けてウォーキングに行ってきた。

昨秋からの異常な忙しさで、すっかりパソコンと一体化し
歩かず身体を動かさず、
眼と頭と神経だけを酷使してきた。
その結果、背筋の酷い凝りに続き、とうとうぎっくり腰を
煩ってしまった。

一昨日はインターネットがダウンし、機能が破綻。
今日はまたFAXの送受信ができなくなってしまった。
まだ解決していない。

まるで私の構想が実現するのを妨げるために、
妨害工作が連続しているのではないかと思うほど、
こんなにトラブルが重なったことはない。

そんなに私の考えるインテリジェンス構想が
邪悪な人々の計略にとって、邪魔な存在なのだろうか。
私自身、まだまだ全体構想のアウトライン程度しか
描けていないというのに。

しかしもしかして、私の視点や目指す手法が、
奸智奸計で一般市民を苦境に陥れようと考える
人たちや団体にとっては、なんとかして停止させたいと
必死に行動を起こそうと思うほど「正しい」のだろうか。

数十年前に購入し、ついに読まなかった本がある。
「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」
というタイトルだ。
最近購入した映画「裏切りのサーカス」の
作者がジョン・ル・カレで、原題が上記の
長ったらしい小説であることを知って驚いた。
時間がとれず、まだ観ていないが、楽しみだ。

さっとしか調べていないが、ジョン・ル・カレは
英国情報部MI6のスパイだったようだ。
ということは、海外工作の情報部員だったことになる。
大学院の先生が観るよう勧めてくれた映画は、
「誰からも狙われた男」で、原作はやはり
ジョン・ル・カレだ。
ドイツの情報部長が主人公だそうだ。
とても映画館まで観に行く時間がないので、DVDが
発売される3月まで待とうと思っている。

調べれば調べるほど、現実にここ日本国内でも
長年にわたって工作員がかなり大胆に
活動してきたことが分かる。
日本の情報部は世界的にも、優秀な機能だったようだ。
それが第二次大戦で実質的に解体されてしまい、
今日に至るまで、スパイを摘発する法体系がないし、
さらには国家としての安全保障機能が脆弱だというのは
インテリジェンスの専門家が断定するのだから
間違いないのだろう。

今はまだ、世界主要国の国家安全保障会議の
仕組みを学び、日本で構築されつつある同様の
組織の実情を学んでいる。

私が目指しているのは、子育て中の家庭や個人に対する
安全保障周辺の情報提供と提言なので、まだ誰も
着手しておらず、したがって茨の道だ。

体調が悪化し、トラブルが次々と重なると、いい加減
面倒臭くなってしまう。
どこか温暖な地方都市に住み、毎日水平線を眺めながら
ゆったりと生活したいなと思うこともある。

でも、ようやく少しずつだけれど、
戦意が蘇生してきている。
私には、一般市民という人間さまだけでなく
全国の野良ネコ諸君からの期待も背負っているので
戦意を完全に喪失しないよう、ときどきはこうして
ピアソラの曲に励まされながら、孤独な闘いを
続けていこうと、静かに思いを新たにしている。


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by hirune-neko | 2015-02-13 01:17 | インテリジェンス | Comments(0)

インターネットを離れた静かな32時間


Astor Piazzolla - Remembrance.

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昨日の朝、突然インターネットがつながらなくなった。
NTTの故障係、通信機器係、アップル、プロバイダ、
ルーター販売会社などへ電話したが、原因不明だった。
そういえば去年も同じような状況になり、NTTの担当者に
来てもらったが、あの時は光ケーブルを鳥かネコが
食いちぎりそれが原因だった。
ケーブルの断線はすぐに分かるそうで、
調べてもらったが、正常だとのこと。

これ以上原因追及をしても始まらないので、
NTTに無線機能付きのルーターとの交換をお願いし、
先ほど、無事にインターネット環境が復旧した。
10数年使用していたルーターだったので
おそらくは寿命だったのだろうと思う。

この約32時間の間、携帯のテザリングという機能で
iPadは利用できたが、やはり速度が遅く、
やむを得ず使用を断念して、
インターネットから離れて過ごした。

ところが、いざインターネットを離れてみると、
クラウドを使用した様々な機能を含め、
日常的に行っている作業が一切停止してしまい、
ちょっと不思議な感じがしたが、逆に普段はいかに
パソコンと一体化したライフスタイルかを痛感した。

静かで神経が休まる半面、突然何もすることが
なくなった戸惑いがあった。
ある日、会社が倒産したり失業したり、
あるいは親しかった人が急逝したりなどのような
大きな空白に呑み込まれてしまった喪失感、欠落感に
包み込まれ、しばし現実感を失ってしまった。

今ではもうインターネット環境も快適になり、
もとの生活のリズムが復活している。

昼間は時間に余裕があったので、老母と少し長く話した。
地震に対する備えをしっかりするように、
繰り返し「警告」を受けている。
今日など、非常用持ち出しリュックにサランラップを
入れろという。そんなもん、何に使うのかと訊くと
避難先には食器がないし、水だってないんだから、
紙皿にラップをのせて食べるように、とこんな調子だ。

あんたは、地震と遠足を一緒にしてるんじゃないの?
そういうと、電話の向こうでさも可笑しそうに笑った。
この程度の冗談に笑えるのだから、まだ脳内は大丈夫だ。

確かに地震は近い将来、どこかで発生するだろう。
それも困ったものだが、人為的な災害も始末に負えない。
あくまでもネット上の情報しか持ち合わせていないが、
改めて、マスメディアの衰退と個人の情報発信の
飛躍的な拡大とを実感している。

日本人のほとんどは、数十年にわたり
どこで何が起きているかを知らされないできたのは
事実だと思っている。
でも、ネットから発信されるさまざまな情報に接し、
一般市民のメディアリテラシーが改善され、
さらにはインテリジェンス・リテラシーも
確実に進んでいることを実感している。

くたびれる話だが、その人為的災害である
暴動、内乱、テロ発生のメカニズムを
きちんと資料にまとめあげ、
注意を喚起したいと思っている。

昨日からの32時間は、
ある意味で良き休養となったようだ。


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by hirune-neko | 2015-02-11 22:53 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼寝ネコをフランス語で表現すると


Armageddon, Astor Piazzolla / Vincent Peirani / Jocelyn Mienniel - Salque, Peirani .mov

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最近、フランス語を勉強し直す、と宣言したところ
facebook友だちの方が、連日にわたって詳細に
勉強方法を助言してくれている。
実に有難いことだ。

ご自身はアテネ・フランセでしっかり学ばれ、
きちんと高位の資格認定を受けていらっしゃるようだ。
私とは同世代だとおっしゃっているが、
あの時代に、しっかり勉強されたということは
「芯のある生き方」を貫かれたことの証明であり、
私のようにアウトサイダー気取りで、結局は
なんの行動も起こさず、ひたすら「存在価値の希薄な」
人生を送ってきたのとは、雲泥の差だ。

甘えついでに、「昼寝ネコ」はフランス語で
どのように表現するのがいいか、質問してみた。
英語では、sleepy catと自称し、夜も昼も
眠そうにウツラウツラしているイメージだと伝えた。
すぐに何種類かの表現を推薦してくれた。
引用させていただく。

【さて、「いつも眠そうに、昼間でもウツラウツラしているというイメージの表現」は、"Chat Somnolence de Jour"「シャ・ソムノランス・ドゥ・ジュール」でしょうね。最も簡単に言えば、"Chat Sommeil"「シャ・ソメイユ:眠い猫」ですが、"sommeil"は単に「眠気」という意味なのに対し、"somnolence"の方は「ウトウト する眠気」という意味合いがあります。ただ、"somnolence"の音は、"sommeil"のそれより抽象的な感じがするのが難点です。
一 方、「昼間」という意味を出すためには、"de Jour"を付け加える必要があります。しかし、"Somnolence de Jour"では長すぎて、愛称としては不適切かも知れません。けれども、"de"が付いているフランス人の苗字(例えば、ド・ゴール"de Gaulle")は「貴族の出」ということを表しますから、捨てたものでもありません。」】


おお、まさかfacebook友だちから、
こんなにちゃんとした
フランス語の講義をしていただけるなんて
想像だにしていなかったので、とても嬉しく思っている。

・日本国内向け:昼寝ネコ
・英語圏向け:Sleepy Cat
・フランス語圏向け:Chat Somnolence de Jour

おお、なんとなくインターナショナルに活動できそうな
雰囲気に近づいてきた。
福岡さん、スペイン語ではどう表現しましょうかね?
お嬢さんにも相談して、何か考えていただけませんか?

ん〜、なんとなく構想だけでずっと放置していた
「電子書籍の多言語出版」が実現しそうな予感がする。
まだまだ夢は諦めずに、前進しようと密かに
決心している。決心だけは何度もしている。

今日のギターレッスンでは、初めてOblivionを
先生に教えていただいた。
数十年のブランクがあるにもかかわらず、
無謀にも、ピアソラの曲に挑戦したいと宣言している。
まあ、別に期限があるわけではないので、
でも、もう少し時間を確保して、せめて2段目までは
それらしく弾けるようになりたいものだ。

先生曰く、ギター演奏には両手をネコの手のように
丸くして使うのが理想だそうだ。
なんだ、じゃあ、私は最初から理想の手の形、
なのではないだろうか。
先生には怠け者のアホな生徒の相手をしていただき、
大変申し訳ないとは思っているが、
でも、ピアソラの曲を人前で演奏できるようになれば
こんなに嬉しいことはない。

先生は、いつも褒めてくださり、私が自信喪失しないよう
とても気を配ってくださっている。
なので先刻、先生のブログに名言を残してきた。

「ネコはおだてられなくても、木に登る。
おだてられたら空を飛ぶ」

うん、我ながら、後世に残るなかなかの名言だと思う。


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by hirune-neko | 2015-02-10 00:59 | 創作への道 | Comments(0)

知識の限界を知るのが知識人だと思う


Pergolesi: Stabat mater, for soprano & alto | Les Talens Lyriques

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ようやく久しぶりにウォーキングを再開した。
腰痛はまだ完治していないのだが、治療院の先生が
どんなに具合が悪いときでも、歩いてください
といつもいっていたのを思い出し、ちょっと無理して
40分のウォーキングを無事に終えた。

脳内がパンパンに飽和状態だったので、iPhoneで
TOEFL用のオーディオブックは聴かず、音楽にした。

夕方、短時間だったがギターの練習をした。
半音ずつのスケール移動で指馴らしを行い、
課題の練習曲を、たった1回だけ弾き、あとは
数週間前に習ったアルペジオの練習曲を何度も弾いた。
割と好きな曲想で、指がかなり覚えてきたので
少し速めに弾いてみた。暗譜できたら、多少は
音楽的に演奏できるのではないかと思う。

先週、ピアソラのOblivionの楽譜を譜面台に置き、
最初の3小節を弾こうとしたが、まったく
歯が立たなかった。曲そのものはおそらく
数百回は聴いているので、アレンジの違いはあっても
メロディーは把握している。
ところが、ギターの楽譜そのものに
まだ馴れていないため、まったく音楽にならなかった。
今日はちゃんと集中して、最初の3小節までを
なんとかそれらしく弾いてみたが、改めて
ギターという楽器の難しさを再認識した。
でも、自分がピアソラの曲を演奏できるように
なるかもしれない、というのは実に嬉しい。

このブログを「余命3年時事日記」というキーワードで
検索し、閲覧して下さる方の比率がまだまだ高い。
googleで「余命3年時事日記」を検索してみたら
私の書いた記事が2ページ目に表示された。
相変わらず、たくさんの方が注目しているブログだ。

ネット上では、まだまだISILのテロ事件と、
世界各国の連合軍によるテロリスト殲滅の情報が
交錯している。依然として現政権を声高に非難する
記事も多い。

私は現在、周りの人たちに注意を喚起する意味で
「余命3年時事日記」をベースに、いわゆる
テロ関連法案、外国人登録法改正、同時に韓国政府の
住民登録法改正などを精査し、なぜ2015年の7月に
向けて動乱や暴動・テロの懸念が高まっているかを
きちんとした説明資料として作成を試みているが、
思うように時間が取れなくて焦っている。

今日のウォーキング中に改めて、情報収集と分析という
基本的な作業について考えてみた。

情報の洪水状況と種々のプロパガンダが錯綜する時代だ。
知識の限界を知るのが知識人だと思う、と結論づけた。
残念ながら、日本はまだまだインテリジェンスの
レベルが低い国家だと感じている。
インテリジェンスは他国からの工作活動に対する
カウンターインテリジェンスという機能は当然として、
重要機密が国外に漏れないようにすることも、
もうひとつの重要な機能だと、授業で教わった。

仮に私が、必死で情報を収集し、
いざ乏しいスキルで分析しようとしたときに、
何を基準に判断できるだろうか。
知識は増えれば増えるほど、自分の無知さを知らしめ、
何を知らないかが見えてくるのではないだろうか。
なので、完成された知識体系というのは、ある狭い
領域では成り立つかもしれないが、これだけ
プロパガンダ活動が横行し、日本の国益を損壊する
勢力が野放しになっているのだから、とても
一般市民の手には負えないだろう。

分析手法のひとつに、経験に裏打ちされた直感での
判断があるが、それが最も誤った方向に導いてしまうと、
先生は講義で教えてくれた。
ヒューリスティクスと呼ぶそうだ。

専門家からは一笑に付されると思うのだが、国家ではなく
個人や家族が備えるべきインテリジェンス・リテラシーの
根底には、感性、人格など、およそアカデミックな
カリキュラムには決して出てこない、そして
目に見えないこれらの要素が、重要だと感じ始めている。

本当に相変わらず堂々巡りなのだが、多くの方々が
ヒステリックに対立して非難の応酬をするのは、
まさに敵性国家や団体の思うつぼだという気がする。

脳内疲労がピークであり、たまたまYoutubeが
私への推奨曲として表示してくれた曲を掲載した。
よく見ると「スターバト・マーテル」だった。
もうかなり昔、取材先のオペラマニアの医師が口にして、
私が知らないというと、落胆と多少の軽蔑の表情を
浮かべられたのが、この曲だったのを思い出した。
クラシック音楽は、まったく紹介したことはないが、
たまにはいいのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2015-02-08 01:16 | 現実的なお話し | Comments(0)

今日はここまでにしよう


Caminhos Cruzados...♪Clémentine♪

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もうこれ以上は止めにしようと思う。
今日はここまでにしよう。

最近は布団に入り、背中と腰を伸ばすと
ほっとする。何よりも嬉しい瞬間だ。

最近のブログは、まあ継続しているようだが、
どうも傾向としては、あれこれ考えたことや
雑感を記録として残そうという意識が働いているのか
以前と較べると、かなり理屈っぽいなと感じている。
でも、もともとあれこれ考える性格なので、
それは仕方のないことだろう。

ある記事で、facebookの創業者は
ザッカーバーグというITの天才だが、
全世界に拡大して登録人数が膨大になった頃、
いつの間にか副社長の二人は、国家安全保障局だったかの
トップが就任していると読んだことがある。
さらには、アメリカの国家安全保障会議の機関が
facebookやSkypeを、とくに外国人のものは
しっかりと傍受していると習った。

私はテロリストではないし、犯罪者でもない。
なので、別に傍受されても構わないと考えて
いずれも頻繁に常用している。

でも、とても有難いと思うこともある。
友だちが今日の夕食に何を食べたかなんて
まったく興味はないけれど、たまに孫の様子を
垣間見ることができる。

コロンビアに住んでいるfacebook友だちとは
お互いに音楽的嗜好が一致し、ついには
一緒にサイト上に「ピアソラ音の出る図書館」まで
作ってしまった。
さらには、一緒にfacebook上にグループも作った。
その名もAPFA:Astor Piazzolla Fan Clubで
言い出しっぺの私がオサボリ状態なのに
facebook友だちは、いつも投稿してくれる。
時差もあり、skypeで話したこともなく、
お会いしたこともないのだが、思えば不思議なご縁だ。

そうかと思うと、最近の私の記事を読まれた
別のfacebook友だちの方は、アテネフランセに
5年も通われた方で、いろいろフランス語周辺の
ことを教えていただいている。今日は、ベルグソンは
今はベルクソンと呼ばれているとか、哲学の手法に
ついてもあれこれ知識を授けてくれている。
ぜんぜん面識もないのに、大変有難いことであり
嬉しく思っている。

facebookやskypeが傍受されているとというのは
確かに気味の悪いことではあるが、しかし
限られたメディア情報源しか持たなかった大部分の人が
今では、インターネットを介してより正確な情報を
手軽に入手できるようになったことは
歓迎すべきことだと思う。

あっ、書き始めると止まらなくなるので
本当に今日はここで店仕舞いしよう。


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by hirune-neko | 2015-02-07 01:51 | 現実的なお話し | Comments(0)

失われた空白の時間を求めて


Gidon Kremer - Historie Du Tango Cafe 1930, Bandoneón/arrangement: Per Arne Glorvigen

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1969年・昭和44年という年は、振り返ってみると
自分の人生の大きな分岐点だったと思う。
いや、正確にいうと、その後の人生にも大きな分岐点は
いくつもあった。

しかし1969年という年は、いわゆる日米安全保障条約を
更改する前年であり、それに反対する社会的なうねりが
大学生にまで波及した、いわゆる
学生運動のピークの時期でもあった。

北海道の地方都市で、
学校を抜け出し毎日ジャズ喫茶に通う
おちこぼれの高校生活を送っていた私にとって、
東京という都会は、著名なジャズ喫茶やライブハウスが
存在する、それだけでも憧憬の空間だった。

しかし、実際に東京で大学生になってみたら、
お茶の水では異様な雰囲気の機動隊の隊列を目にし、
高田馬場ではデモ隊を鎮圧するための、空からの
催涙液散布に巻き込まれ、
重篤なカルチャーショックを受けた。

もともと、自分の外の世界に対しては
醒めてしまっていたと思うが、
そのカルチャーショックは、漠然と抱いていた
社会に対する幻想を、無残に打ち砕いた。

大学には行かず、
もっぱらすずらん通りの古書店を徘徊した。
当時の嗅覚は、やがてカミュを探し当て、不条理から
サルトルの実存という概念に引き込まれていった。

計算間違いでなければ、あれからすでに46年が
経過しようとしている。四捨五入すれば半世紀だ。

目的を失い、何に対しても価値を見出せず、
その意味では、形而上学的な葛藤と常に闘ってきた。
振り返れば、そのように実感してる。

この約半世紀という長い年月で、
自分のある部分は風化し、
ある部分には忽然と湧水が出現した。
失っていた感情や感覚が蘇生したようにも思う。

そんな過去から押し出されるように、
昨秋は突如思い立ち、
ある大学院の講座を受講させていただいた。
大学も大学院も若い学生で溢れ・・・当たり前だが・・・
希望と活力に満ち溢れている。

未来に向かって漠とした希望や夢を抱く学生の空間は、
疑念や雑念を払拭させてくれるし、まさに学問の家だ。

さらに押し出されるように、正規の履修生としての
出願を、今日終えてきた。試験科目は専門分野の英語と、
口頭試問だという。すでに、志望動機や目的は
所定の用紙に記入して、願書と一緒に提出してきた。

もし試験に通り、受講するようになったときは
すでに64歳になっている。

自分の子どもと同年代の先生に教わり、
ほぼ孫たちと同世代の学生たちと机を並べる。
そのシーンを想像してみると、奇妙な光景に思える。

若者は、未来に向かって自分の存在を投機する。
・・・ふいにヘーゲルのアウフヘーベンという言葉を
数十年ぶりに思い出し、苦笑している。

私は、自分の過去に向かって、
とりあえずは自己投機してみようと思っている。
この約半世紀で失ったものと、得たものの双方を吟味し
改めて新しい自分を生き直そうという情熱に
後押しされている。

そんなこんなで、すっかり疲れ切った頭のために、
セブンイレブンに立ち寄って、ガトーショコラを
買ってきた。これは内緒の、私だけの秘密事項だ。


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by hirune-neko | 2015-02-05 23:47 | Comments(0)

やれやれ、やっと一段落だ


Arthur Nestrovski - Retrato em Branco e Preto

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ひとつひとつ処理していれば、いつかは終わる。
でもそれは、新たな案件が一切発生しない場合であって、
実際には、処理数を上回る案件が発生している。
なので解決方法は、睡眠時間を削るかあるいは
処理スピードを上げるよう工夫するか、
そのどちらしかないように思う。

身体もあちこちがきしんでいるのを自覚している。

どういう訳か、最近はボランティアで
いろいろな国籍の人たち、いろいろな宗教の人たちと
お話しをする機会が増えている。
本当は時間的な余裕がないのだが、依頼があったら
断らないようにしている。

国籍でいえば、パキスタン、ヴェトナム、フィリピン、
スリランカ、中国、韓国。
宗教でいえば、キリスト教、仏教、イスラム教、
ユダヤ教で、まだヒンズー教の方とは
お目にかかっていない。

どんな宗教や国籍の方であっても、純粋な信仰心を
持つ方は、真摯で誠実な人間だなと感じている。

難しい問題もある。
国民性の違いは文化や習慣の違いにつながり、
日本的な感覚で、それは常識でしょうとか、
それはおかしいでしょう、という視点は持たないように
心がけている。

宗教はさらに難しく、信じる対象や呼称が異なれば
世界観や人生観を共有するのも困難になる。

大体、宗教というのは一生をかけても、ひとつの
宗派だけでも究めるのは困難だと思っている。
なので、他宗派の表面的な事象だけを捉えて
断定的に論じるなど、とてもできない。

目下話題の「イスラム国」の問題ひとつをとっても、
国と呼ぶのは相応しくないと考える人も存在し、
単に「ISIL」と表現する人もいる。
阿倍総理の中東での不用意な発言がテロリストを
刺激したといって、現政権を厳しく批判する人もいれば、
そのような人を、テロリスに呼応する「準テロリスト」だ
と反論する人もいる。

私には確定的な情報はないが、画像分析の専門家が
鑑定したところ、画像処理ソフトのphotoshopで
あたかも身体の上に、切断された頭部が載っているように
加工された画像だそうだ。
素人の私が見ても、下半身はうつぶせだが、
上半身はあおむけになっている。

そんな具合に、検証ができない情報を間に置いて
互いに反目する、対立構造が醸成されている。

これを人間関係という視点から捉えると、
おそらくは最終的に、感情的な対立にまで発展し、
彼らの個人的な信頼関係や友好関係は
ほぼ絶望的だと思う。

スポーツであれば、ライバル同士でも
試合が終われば、佳き友人として会話もできるだろう。
しかし、最初に対立ありきで、憎悪と反感という
感情を持ち続けるなら、それは不幸なことだと思う。

情報源が多様化されているのだから、異なる情報を
比較検討して検証し、さらには人間関係を維持できる
共有領域や緩衝地帯のようなものがあれば、
別の出口が見えてくるような気がしている。

しかし残念ながら、対立構造は根が深く
最終的には法的な強制力や治安維持目的の武力で
決着がつくことになるのだろうか。

私自身の課題は、社会事象をひとつひとつ精査し、
自分なりの分析結果を持つことだが、
それ以上に肝に銘じているのは、
どんなに異なる考えの人であっても、基本的には
その人の考えを理解しようと努め、
人間関係を誠実に維持することだと思っている。

なかなか難しいことだが、ボランティアの精神とは
そういうものではないかと考えている。
甘い考えだと酷評されるかもしれないが、
それが60数年生きてきた、私の人生観だ。
あ、いや。3,000年の間違いだった。
訂正させていただく。

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by hirune-neko | 2015-02-05 00:48 | インテリジェンス | Comments(0)

初めて訪れた八王子の母校


Charles Aznavour L'amour C'est Comme Un Jour

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卒業証明書と成績証明書が必要になったので、
八王子に移転している母校に初めて行って来た。

立川で多摩モノレールに乗り換え、
目指す「中央大学・明星大学前」駅で降りると、
そこはすぐ大学のキャンパスで、守衛さんが立っていた。
事前に電話で学部事務室の所在位置を聞いていたが、
念のため、道順を教えてもらった。
キャンパスの一番奥だそうで、かなり歩いた。
多摩丘陵なので階段が多く、降雪の跡がまだ残っていた。

腰痛はまだ完治していないが、腰痛ベルトをきつく巻き、
ゆっくりと歩き始めた。

申請してしばらく椅子で待たされたが、無事に
証明書2通が発行された。
「ああ、ちゃんと卒業してたんですね」
というと、事務の若い女性がおかしそうに笑った。

大学に入学したのは、70年安保闘争のピーク時で
東大の入試が中止された1969年だった。
大学はロックアウトされ、機動隊が囲んでいた。

授業なんてロクに出席しなかったし、試験は
ほとんどレポート提出で評価されたので、
しかもほとんどは寮生仲間に作成してもらったため、
一体何を勉強したのか皆目思い出せない。

なので、成績証明書はカフカ(可と不可)全集だろうと
チラッと目を通してみた。
意外と可が少なく、優と良だったので驚いた。

フランス語が優だったので笑ってしまった。
出席日数が不足したため、再履修の連続で普通は
2年間で修了するところ、休学期間を含むと
5年間履修したことになる。
最後の年は、NHKフランス語講座の講師だった
朝倉季雄先生の授業だった。
手を抜かない先生で、教室内を歩きながら、
学生にフランス語を音読させた。

私の前で朝倉先生が立ち止まり、読むようにいわれた。
「je me suis lève」(という文章だったと思う)
フランス語は動詞の格変化が多いので、もしかしたら
インチキ文章かも知れないが、「音」は確かに
こんな内容だった。今でも鮮明に憶えている。

私のフランス語(もどき)を聴かれた先生が、
私を覗き込むように、意外そうな表情でおっしゃった。
「キミはフランスに留学していましたか?」

笑いをこらえるのが大変だった。
当時の私は、カミュからサルトルに傾倒しながら、
アズナブールに聴き入る毎日だったので、
割合と耳だけは良かったように思う。
アメリカ人からは、私の英語がフランス語訛りだと
不思議がられた。
あるとき、フランス人に新聞を読んでみろといわれ
(スラスラと?)読んだところ、意味はちゃんと
理解できてるんだろう?と質問された。
いや、まったく意味不明だと答えると、
信じられないという表情になったのを、
今でも懐かしく憶えている。

お茶の水の当時の喧噪とは、比べものにならない
多摩丘陵の自然溢れる静謐さの中、いつのまにか
空がすっかり暗くなった帰り道を辿りながら、
46年前に入学してからの、自分の人生を振り返っていた。

誰だって悔いのない人生はないだろうと思う。
私は実に間違いだらけの人生だった。
同時に、居直り続けてきた人生でもあった。
でも、地位や名誉、権力や財力には腰をかがめず
正体と意味不明の自分の哲学を持ち続けてきたと、
それだけは自信をもっていえる。

そして、どんなに失敗しても挫けそうになっても
ずっと前方を見つめながら前進してさえいれば、
失敗も挫折も、自分自身の心の養分となるのだと
今この歳になって実感している。

現代という逼迫感の強い特異な時代を生きるには、
これまでの思想・哲学の知識だけでは
乗り越えることが困難であり、何か別の要素が
不可欠だと思っている。

大学生の頃も40数年を経た今も、自分の本質が
まったく変わっていないなと実感できた一日だった。

少しばかり、感傷的な気分になりながら、
モノレールを降り、立川駅のコンコースで、
キャラメル味のポップコーンを見つけ、買ってしまった。

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by hirune-neko | 2015-02-03 22:32 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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