昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:創作への道( 280 )

さて、日本語ではどう訳すのだろうか


Diana Krall - You Go To My Head

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 いつも不思議に思いつつ、面倒で調べていない。このYou Go To My Headという曲は、結構いろいろな歌手が歌っているのを知っているのだが、果たしてどのような意味なのだろうか。

 You Go To My Head・・・まさか「あなた、頭にくるわね」ではないと思うのだが、さて実際にはどのようなニュアンスなのだろうか。辞書を調べず曲想だけから感覚的に訳すと、「あなた、頭にくるわね」ではなく「あなたのことが思い出されます」なのではないだろうか。もう少し感情を込めると「あなたとの思い出が脳裏から離れません」とでもなるのだろうか。

 今頃になって、学生の頃に付き合った数人の女性に感想を訊いたら「アンタのことなんか思い出したくもなかったよ」と言われるに決まっている。それでいいんだよ、と自虐的に納得している。

 ちょっと珍しい新聞記事を目にした。その記事に関連した明治神宮の公式サイトの記述と比較して興味深く思った。かねてから明治神宮と交流のあった、アメリカに本部があるキリスト教会の上層部の人が明治神宮を訪ね、正式な参拝をしたという内容だった。つまり、クリスチャンが神道の儀式を受け、巫女による神楽「倭舞(やまとまい)を観賞した、とされている。これらの記事を紹介している方の論調では、どうやらこのキリスト教団は、神道をイスラエルの伝統につながる宗教として認知している、ということになる。双方にとってこのような正式な交流は初めてだという。

 折しも、アメリカが英仏との共同作戦でシリアに爆撃を加えた、という報道を目にした。ある宗教研究家によると、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、神道は同根だとされている。いわゆる一神教と多神教のいずれが正しいかは、人間社会の論争によって決するのではなく、一神教に共通の「救い主の降臨による福千年」が実際に、目に見える形で訪れればはっきりするのではないだろうか。

 今日は改めて、評論家の存在価値について考えていた。スポーツ評論家、文芸評論家、音楽評論家、映画評論家、宗教評論家、政治評論家などなど、評論家と名の付く職業は多い。それなりに仔細を研究し、専門知識を有し、実態を的確に評価してその情報を発信する。

 ただ間違いなく言えることは、文芸評論家自身が必ずしも優れた文芸作品を書けるわけではない。すべての経営学の教授が起業し、事業で成功できるわけではない。では、政治評論家の場合はどうだろうか。ある政治家の失言や誤った判断を指摘し、批判することはできるだろうと思う。それはそれで貴重な情報発信だと思う。しかしでは、その政治評論家に批判相手の政治家の代わりが務まるだろうか。まずは困難を極めるだろうと思う。従って、評論家の評論の限界を視野に入れて、その評論を読む必要がある。学術的な知識と実務的な知識は別物だと思う。

 では、政治評論家から評論家の文字を削除した場合を考えてみたい。つまり、政治家の能力はどのように発揮されるべきなのだろうか。政治家とて人間である。ちょっとした失言や判断ミスは皆無という訳にはいかないだろう。そのときに、その失言や判断ミスをあげつらい、大騒ぎする政治家が目立つ。マスメデイアも同様であるが、政治家の本来の使命を放棄して、内閣総辞職を要求し、大臣の罷免を迫り、根拠のはっきりしない情報をもとに国会を空転させている政党・政治家が目立つように見える。

 最近、ケント・ギルバート氏が、そのような野党政治家は、政治家を辞めて市民運動家になるべきだと主張しているのを読んだ。率直にいうなら、私もほぼ同感である。省庁のセクハラ問題には罷免を要求するが、自党の議員の同様のケースでの場合は、和解が済んでいるからと言い、それ以上の追求を拒む。まさにダブルスタンダードではないだろうか。

 日本の国益を考えた上で政権批判をするのは正常な行動だと思う。しかし、いわゆる反日左翼政党といわれる政党所属の議員の皆さん、そして同じく反日メディアと呼ばれる新聞社やテレビ局の皆さんは、おそらくインターネットを介在した情報浸透の速さと深さ、さらにはそれに伴う一般国民の洞察力の深化を軽視しすぎているように思えてならない。

 記憶は定かではないが、アメリカのテスラ社やFacebookが、脳とインターネットを直接リンクさせた技術を開発中のようだ。脳内でイメージした内容を自動的に文章化するなど、とんでもない技術が誕生しそうだ。そのうち、脳と同期する語学チップが販売され、世界数十カ国語を自由に操れる時代が来るのかもしれない。

 現代人の知能は、そのような情報環境の発達に伴い、確実に高まっているそうだ。これからの時代は、目に見えない変化を察知し、将来を予測する能力がない人間は淘汰されるとも断言していた。

 さて、私自身は仕事のスピードをアップし、できるだけ早く現役引退したいと考えている。世の中の激動とはできるだけ距離を置き、まるで地下生活者のように静かに過ごしたいものだ。100%断絶するのは不可能だと思うので、会社には顧問か相談役として籍を残して助言し、残りの時間は創作活動に没頭したいというのが、最終的な理想の生活である。おそらくは自分で原稿を書き、電子書籍化の作業も自分で行う。編集、カバーデザインやイラスト・画像は協力者にお願いすることになるが、まだ元気なうちはコストダウンを重視して、製作作業は自分で行いたいと思っている。

 相変わらず、主人公の生い立ちをイメージするため、北欧、東欧、西アジアの国々を取材で訪れたいと、夢みたいなことを考えている。・・・考えているだけならば、現実の苦しみや痛みを伴わないので、そのままの方が至福なのかもしれない。

 単行本「昼寝ネコの雑記帳」は、まだ1冊しか出版していない。すでに品切れであり、古書ルートでも見当たらないので、年内に重版し、さらにはKindle版で初めての電子書籍にチャレンジしてみたい。その勢いで、ずっと昔の団伊玖磨さんに倣い、続・またもや・まだまだ・・・のように、際限なく出版できるようになるといいな、なんて思っている。なんでも思っているだけが一番いいのかもしれない。

 そういえば、私の日本語をニュージーランド出身の知人が英訳し、その知人の英語を私が和訳するという形で協力関係にあったD氏が、年初まで慶応大学で英語を教えていたのだが、先月から家族で英国・オックスフォードに移転した。1年間の予定で、何やらオックスフォード大学で研究するらしい。もともと村上春樹の研究家で、村上作品を日本語で読むほど日本語に堪能な人間だ。私の作品には興味を示さないようだが、いつか彼に英訳をお願いし、英語でのKindle版出版にチャレンジしてみようかな、なんて脳天気なことを考えている。その前に、村上作品を読んでみなくては。

 今後の出版販売をどのように促進しようかと話したら、次男が助言してくれた。理由は思い出せないが、昼寝ネコのステッカーを作ったまま、何も活用しないで保存してある。それをオマケにつけたら売れるよ、なんてからかわれてしまった。確かに大量に保存されていた。カトリ〜ヌ・笠井さんのイラストを中心に、上部には「1951年からずっと見果てぬ夢を見ています」と英語で表示され、左には「おいらの名前は昼寝ネコ。ムニャムニャ・・・ダンゴが大好き」という寝言がフランス語で書かれている。

 以下にそのステッカーの画像を掲示する。お札代わりに目立たないところに貼っておけば、ひょっとしたら家内安全、商売繁盛、無病息災という御利益があるかもしれない。人生に行き詰まってしまい、頼るものが何もなくなってしまった、という境遇の方には、無料でお送りさせていただくので、メールで請求していただきたい。送付先の郵便番号、ご住所、ご氏名をお送りいただければ、普通郵便でお送りさせていただく。もし明らかにこのステッカーのおかげで、宝くじが当たったとか、ビットコインや株で莫大な利益を得たという際には、5%を振り込んでいただければとても嬉しい。

 不思議なもので、たった今、私が館長を務める「ピアソラ音の出る図書館に会員登録があった。横文字なので確認したら、なんとフランスにお住まいの方だった。国籍は不明である。・・・う〜ん、いよいよ昼寝ネコもインターナショナルに活動する展開になってきたのだろう、と勝手に思い込んでいる。おそらくは、長生きするのではないだろうか。
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 【ステッカーの送付請求先メールアドレス】
 hirune-neko@crossroads.co.jp


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by hirune-neko | 2018-04-15 01:53 | 創作への道 | Comments(0)

「追いつめられた男」チャーリー・マフィンシリーズ


Chiara Pancaldi - I Walk A Little Faster

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 英国のスパイ小説作家である、ブライアン・フリーマントル。その代表的作品(だと私が勝手に評価している)は、MI6所属で冴えない風采の老スパイ・チャーリー・マフィンを主人公とするシリーズである。そのシリーズの第5作目の作品のタイトルが「追いつめられた男」である。

 今日の私はすっかり追いつめられた心境で、この時間(深夜1時12分)になって、ようやく最後の印刷物が終わるのを待っている。かれこれ5時間以上、2台のインクジェットプリンタを同時使用していたのだが、ようやくブログを開くことができた。

 締め切りを少々過ぎた案件と、今日が締め切りの案件をいくつも抱え込んでしまい、今日の自分が「追いつめられた男」だという強迫観念で仕事をこなしていた。たった今、プリンタの音が止まったのでやっと終了かと思ったのだが、そうではなく、シアンインクが切れたためだった。新しいカートリッジと交換し、またブログに戻ってきた。

 仕事に追われる毎日は、ある意味では充実しているし、いい意味での緊張感があり、かつ未来への希望を紡いでいるという楽しさもある。

 今日の歩行数は5千歩ちょっとで、なかなか8千歩に到達することができない。でも、追いつめられているという緊張感の中でも安堵できるのは、それなりに心身を鍛え、心が折れない状態を維持することだと思っている。

 友人のブログで、30年間ずっと自宅に引きこもり続けた画家を主人公とする、新作映画が紹介されていた。瞬時に広い庭に囲まれ、コーギー犬と過ごしている絵本作家の女性のことが思い浮かんたが、どうしても名前を思い出せない。友人のブログにそのことを書いたら、すぐにターシャ・テューダーだと教えてくれた。

 ここで最後の印刷が終わった。やれやれ、ほっとしている。

 改めてターシャ・テューダーの動画を観てみた。自然に囲まれ、時間の流れとともにゆったりと生きている姿を見て、ああいいなあ、と思う反面、私には無理な生き方だと思った。

 まず第一に、私には画を描く才能がない。独りであんなに広い庭を造るような気力も体力もない。コーギー犬は嫌いではないが、やはりネコに添い寝をしてもらいながら、きままに昼寝を愉しむ方が性に合っている。
 ブエノス・アイレスに行き、タンゴ・クラブを覗いてみたい。シベリア鉄道に乗って、モスクワやキエフを訪れてみたい。ノルウェイやフィンランド、スウェーデンなど、北欧諸国に身を置いてみたい。ポーランドなど東欧の国にも行ってみたい。イスラエルに行って、聖書の世界を実際に観てみたい。

 まるで徘徊老人のようではあるが、いろいろな国を訪れてみたいという好奇心が募っており、これでは毎日庭の手入れをするという単調な生活を送るのは無理だろう。自分の年齢を考えると、今からパスポートを取得し、何時間も飛行機に乗って南米や北欧、東欧に行く機会など、おそらく訪れないだろうと思う。しかし、心身ともに壮健であれば、実行に移す危険人物だとも思う。

 それにはどうやら理由があるようだ。これまで観た欧米の映画や、アメリカのテレビドラマで多少の疑似体験しかしていないのだが、登場人物が多国籍にわたるというイメージが強く、実際の街並み、言葉、行き交う人たちの容貌や表情に関心が高まっている。どうやら、私が仕事に熱心に取り組んでいるそもそもの動機は、仕事を人に任せられる環境を作り上げ、いつか取材旅行で世界の国々を訪れて、作品を書くための素材を収集をしたいからのではないだろうか。そう思うことが多い。

 人生の晩年、終末期には、人間関係やお金の煩いがなく、取材旅行に必要な資金が潤沢に蓄えられており、かつ毎月それなりの金額の印税収入が銀行口座に振り込まれてくる・・・想像しただけで、至福な人生のゴールに思える。贅沢な望みであることは承知している。しかし、こんなに予断を許さない世界情勢なのだから、真摯に生き続けることができたなら、最後には、せめてそのようなご褒美をいただけないものだろうか。

 私には地位や名声、財産に対する執着は全くない。長い人生の多岐にわたる経験で、それらは削ぎ落とされてしまっている。私が書く作品と感性が合い、感動、癒やし、希望、励ましなどを感じてくれる固定読者が、一定数存在してくれれば、それが何よりの人生の達成感である。愚かな人間が自身の愚かな過去に埋葬されず、自分とともに人生の新境地を切り拓く主人公を、作品の中に創造する・・・純粋な創作意欲の原動力である。

【ターシャ・テューダーの世界】

✾世界中のガーデナーが憧れたターシャ・テューダー✾ TashaTudor


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by hirune-neko | 2018-04-10 02:36 | 創作への道 | Comments(0)

おめでとうと言えない誕生シーンがある


Diana Krall - You Go To My Head

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 現在時刻は午後10時36分。この時間でも、インターネット経由で絵本の製作依頼がパラパラと入ってくる。印刷して日付印を押し、アルバム用の画像はdropboxに保存して、着信の報告メールを送信する。赤ちゃんの表情はそれぞれ異なるし、当然だがお父さんとお母さんも容貌が様々だ。どの両親にも共通なのは、新たな生命を引き受けた歓びの表情だ。どの赤ちゃんも、共通のスタートラインに立つ。

 しかしそうではないケースもある。

 つい先刻着信した製作依頼メールの内容を確認していたとき、「29週6日で出産 子宮内胎児死亡」という文字が目に飛び込んできた。滅多にあるケースではないが、やはり緊張が走る。わが子の誕生を心待ちにしていたご両親にとって、あまりにも過酷な状況であり、私自身も暗鬱な気持ちになってしまう。

 本文の種類は「誕生死された赤ちゃんとご両親」となる。何度か記したが、わが家の次男の誕生直前に、母親が水疱瘡に感染し、そのまま胎内感染してしまった。日本で初めてのケースだと言われ、学会で報告された。生まれたばかりのわが子が目の前で、呼吸が停止して全身が土色になる。あのときの情景、心理状態は言葉で表現することができないほど、強烈で過酷なものだった。

 あの経験がなければ、天使版の文章は書けなかっただろうと思う。そんなに多くの事例はないものの、亡くなったわが子の名前が入った絵本の文章を読み、心に平安を取り戻すことができた、そして立ち直ったという報告をいただくと、疑似体験をした私の文章が役に立ったと感じ、達成感を感じることができる。

 あの日の夜、私は病室で仮眠せず夜通し椅子に座って次男を見守っていた。仮眠していたら、蘇生させることもできず、夜明けには冷たくなったわが子を目にしただろう。それが不可避だったと、時間がかかっても納得しただろう。

 不思議なことに、それから数十年後に誕生した「大切なわが子へ」という絵本は、今現在、次男が100%の製作作業を行っている。私たちの仕事場は、工房といっていいぐらい、手作業である。最初の1冊目から数え、製作部数はそろそろ5万冊に到達すると思う。お父さん、お母さん、赤ちゃんの三人家族だとしても、約15万人の人たちの目に触れていることになる。

 事情があって、出産しても自分で育てられず、育ての親に託すケースもある。初めてのケースだったが、院長夫人の依頼で特別版の文章を試作した。残念ながら院長の確信を得られず、陽の目を見るに至っていない。

 自分で言うのはためらわれるが、私は平均値と比較すると、多感な感性を持って生まれたように思う。そして、これまでの長い人生で、二度と経験したくないシーン、思い出したくない情景を、何度も繰り返して味わった。しかし、そのことによって人間の弱さ、苦しみ、落胆や葛藤を身をもって体験し、人の心の状態をより深く理解できるようになったのではないかと思っている。

 つまり、人の心に伝わる文章、ストーリーを書くことが、最終的には自分の天職だと思っている。動かなくなったわが子を両手で抱える母親。表現する言葉を失ってしまい、どんな慰めの言葉も虚しく通り過ぎてしまう。大切なわが子と、言葉を交わすこともなく別れを告げる悲痛な心を和らげ、言葉にならない言葉が心に届いて平安を取り戻す。固く閉ざされた心を開く言葉は、考えて出てくるものではない。相手の心象を洞察・理解することで、あたかも神聖な啓示のように自然に湧き上がってくるものだと思う。そのためには、相手に対する純粋な思いやり、いたわりの気持ちが具わっていなければ、なかなか書けないものだと感じている。

 どんな著名な文学賞を与えられるより、なかなか立ち直れなかった母親が、立ち上がり、一歩を踏み出し、前方に希望を見出すようになった・・・そのような言葉をいただけたなら、その方がわたしにとっては遙かに大きな歓びであり、名誉でもある。


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by hirune-neko | 2018-03-27 23:47 | 創作への道 | Comments(0)

音楽の曲想から浮かび上がってきた人生


Bill Evans - Young and Foolish

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 すぐ近くのコンビニに現金を下ろしに向かう途中、気が変わって駅近くのマルイまで行くことにした。せっかく外出したので、少しでも歩数を多く歩こうと思ったからだ。

 歩きながら何を聴こうかと少し迷ったが、Bill Evans Blue Notesというタイトルのアルバムを選んだ。最初に流れてきたのが、「Young and Foolish」だった。若く、分別も見境も無い、愚かだが情熱的だった日々の出来事。ある日突然、遠く忘れ去った過去が目の前に甦ってくる。そんな情景が目に浮かんだ。

     *     *     *

 ほぼ寝たきりの状態で、郊外の終末期ケア専門の病院で暮らしている。もう何年も前に80歳を超えているが、家族だけでなく、見舞いに来る知人や友人もなかった。窓から見える木立。ときどき鳥のさえずりが聞こえるだけの、閑静な空間だった。

 入所してまだ数ヶ月だが、さすがに人生の終着点を意識するようになっている。時々断片的に、苦い思い出の数々が脳裏に浮かぶが、気がついたらうとうととまどろんでしまっている。そんな静かな毎日だった。

 医師、看護師、ヘルパーの誰もが感じよく接してくれるのが心地よかった。最初の頃は、何人かの担当医が交替で診察してくれたが、今では一人の医師だけが診てくれている。

 振り返ってもやり直しのできない自分の人生を、それでも記憶の中で反芻することが増えてきた。何度もあった人生の分岐点。別の選択をすべきだったのかもしれないと、自分を責める気持ちになるシーンがいくつも甦る。仕事を優先し過ぎたかもしれない。それなりの業績を残したと思う一方で、妻や子どもたちに背を向けられるような、夫失格、父親失格の自分だったことが、ほろ苦く思える。

 もうそろそろ、担当医の診察の時間だ。親身に接してくれる、敬服すべき人物だ。担当医の彼は、いつも通りの手順で診察を終えた。血液検査のデータを見ると、内臓全体の機能が下降気味だという。ごく短い時間ではあるが、ときどき悔悟の気持ちから、身の上話を聞いてもらうようになっていた。いつも真剣に、そして親身に聞いてくれた。

 診察を終え、帰りかけた彼が戻ってきた。少しいいですか?と改まった口調で話すので、椅子を勧めた。少し躊躇した様子だったが、決心したように話し始めた。目に真剣な表情が湛えられていた。

 一体何を話すのかと怪訝な気持ちだったが、彼の話を聞きながら、目の前に遠く過ぎ去った情景や表情が鮮やかに甦ってきた。

 あれは私が大学一年の時だった。高校の同級生だった女性が女子大に進学し、大学の同級生だといって、小柄な女性を紹介された。その女性と二人で会うようになった。そんなある日彼女から妊娠したことを告げられた。あのとき私は、中絶費用を工面して彼女に渡した。その後、一度会ったきりでずっと疎遠になってしまった。

 彼の話を聞きながら、私は難解な高次方程式に対面したかのように、どう反応していいのか分からなくなってしまった。

 彼女は中絶せず、郷里の親元に戻って子どもを産んだ。そして、目の前の担当医がその子どもだという。母親からはずっと、私の名前を聞かされていたので、入院者のリストの中に私の名前を見つけたとき、最初は同姓同名の人物だろうと思ったそうだ。しかし、なんとなく気になり、興信所に依頼して私の経歴を調べ、本人だとの確信を持ったらしい。それ以来、同僚医師達に願い出て、彼は一人で私を担当するようになったという。

 彼女は私生児を産み、苦労しながら小さな子どもを育てる人生を送ることになった。なぜ私に連絡をしてこなかったのかと思ったが、私自身にそのような寛容さや優しさを感じなかったのだろう。改めて自己嫌悪の念を強く感じた。

 苦労の生活がたたり、彼女は比較的若くして他界したそうだ。彼女の両親が彼を引き取り、養育することになったという。そういえば、彼女の実家は病院を経営していると聞いた憶えがある。それで孫である彼を支援し、医学部を卒業させたのだろう。

 私は何か言おうとしたのだが、言葉にならなかった。無理に何も言わなくていいですよ、と言い残し、彼は去って行った。

 数日後、彼は私の部屋にやってきた。彼は自分の妻子に事情を話したそうだ。音信不通で完璧に疎遠だったものの、子どもたちにとっては血のつながったおじいちゃんだ、ということになり、週末の土曜日に家族揃ってお見舞いに来たいという申し出だった。何も言葉を発することのできない私の表情を暗黙の了解だと受け取り、じゃあ土曜日にまた、と言い残して部屋を出て行った。

     *     *     *

 やがて土曜日がやってきた。担当医が妻子を伴って、駐車場から病院のロビーに入って行った。エレベータで病室のある7階に上がると、病室に慌ただしく人が出入りするのが目に入った。急ぎ足で向かうと、彼の姿を認めた看護師が、急変ですと伝えた。そのとき、すでに心肺は停止していた。

     *     *     *

 遺品の整理をしていたら、担当医宛の封書が出てきた。手紙には、たった数行の文章が書かれていた。

 「ありがとう。
 人生の最後に、もっとも貴重で大切な贈り物をいただきました。
 不甲斐なく、父親の資格のない私に、親身に接してくれたことへの
 感謝の気持ちを、大切に心にしまっておきます。
 あなたの母親といつか霊界で会うことがあったら、
 心からのお詫びの気持ちを伝え、苦労をねぎらいます。」

 その日、鳥のさえずりはほとんど聞こえず、大地の沈黙を際立たせていた。老人の部屋は空き室になったままで、寡黙な時の流れを湛えていた。


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by hirune-neko | 2018-03-27 02:05 | 創作への道 | Comments(0)

イタリアのジャズシンガー、キアラ・パンカルディ/Chiara Pancaldi


Chiara Pancaldi - Crazy He Calls Me
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 月額980円で音楽アルバムをダウンロードし放題の、appleミュージック。開いたらお薦めのアルバムが何枚か表示された。Chiara Pancaldi。一瞬なんと発音するのか戸惑ってしまった。どうやらイタリア人のようで、キアラ・パンカルディ。イタリア人の女性ジャズシンガーは初めてだったが、それなりにいなと思い、3枚のアルバムをダウンロードしてみた。

 川崎市では、隔年毎に市民劇を開催している。長年にわたって作・構成・脚本を担当されているのは小川信夫先生だ。先月末、次回・2019年に上演される作品の脚本データを送ってこられた。感想を依頼されていたのだが、仕事に追われてなかなかまとまった時間を確保できず、今日ようやく一気に読み終えた。たった今、読後感想文をメールで送ったところだ。さすがに読み応えがあり、感涙を誘われるシーンが随所にあった。この脚本が実際に舞台上で上演されるなら、観客はさらなる感動に包まれることだろう。

 以下は、小川信夫先生に送った感想文の一部である。

 「利便性、合理性、経済性を追求し、心の存在が希薄になっている現代社会ですが、改めて人の輪、絆、信頼関係、そして郷土愛、公共性に目を向けさせる作品だと思います。
 多くの老若男女に観劇していただき、感動を共有してそれぞれの人生観や価値観を見つめ直す機会にしていただきたいと感じました。」

 私も作品を書きたいと思うのだが、現実的には贅沢な望みである。最近はようやく実務脳になっており、脇目も振らず仕事をしている。やはり作品を書くには、実務に追われない時間がそれなりにあり、仕事から離れた空間に身を置かなければ一行も書けないようだ。しばらくはお預けである。

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by hirune-neko | 2018-03-17 01:01 | 創作への道 | Comments(0)

フォトジェニックギャラリーから生まれる短編作品


Bach - Cello Suite No.4 i-Prelude
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 少々ハードな一日だった。来週に向けての準備があり、音楽を聴きながら作業をしようと思ったのだが、いつもなら寛げるBill EvansもPiazzollaもStacey Kentのどれにも違和感を感じて受け付けない。珍しいこともあるものだ。なんとか落ち着いて聴けたのが、バッハの無伴奏チェロ曲だった。改めて、バッハは偉大な作曲家なのだと思った。

 個人差はあると思うが、一人の人間が掌握できる案件の数は、どれぐらいなのだろうか。自分を客観的に分析すると、少々無謀で案件を抱え込み過ぎているのではないかと、不安になるときがある。かなり以前、人間が瞬時に識別できるアイテムの最大数は7種類だと、何かの本で読んだことがある。確かに、細分化して数量が増えると、常に立ち止まって確認しなければならない。

 カレンダーを見ると、来週の日曜日は私の誕生日だった。なんと67歳である。正直に言うと、ここまで生きるとは思っていなかった。早世の家系に生まれたせいか、何十年も前から長く生きられないという強迫観念を持っていた。しかし不思議なもので、67という数字を見るとなぜか70歳を超えるまで生きるのではないかという、図々しい気持ちが湧いてくる。さらには、アンドリュー・マーシャルの高齢現役引退の秘密を探り当てることができたら、それを真似て80歳以上まで生きながらえるのではないかと、さらに身勝手な妄想が膨らんでくる。もし80歳になっても思考力と感性が保持され、キーボードを叩けるようなら、作家として余生を送ることを思い描いている。

 これまで、いくつかの短編作品を書いているが、新しい試みにチャレンジしようという気になっている。1枚の写真・画像を見つめ、そこから思い浮かぶイメージを膨らませてストーリー化するというものだ。勝手に造語し、「フォトジェニックストーリー」と呼んでいる。本来のフォトジェニックの意味からすると、文法的には間違った表現かもしれないが、まあいいだろう。

 古い知人で女流カメラマン(カメラウーマン?)のケ・セラ・セラさんが、何年もかけて撮りだめした画像が数千点あるという。とりあえず100点ばかりを、dropboxに送ってもらった。イメージが秘められ、創作意欲をかきたてる画像を選んで、ストーリーを書いてみようと思っている。どんな撮影テイストか、何枚かを紹介させていただく。

 かなり以前、試みに彼女の作品から画像を1点お借りし、作品を書いてみたことがある。派手目な柄のワンピースを着た女性が、少し外股気味にハイヒールで歩いている瞬間を撮影した画像から浮かんだイメージだ。ご参考まで、以下にご紹介させていただく。

創作「ハイヒールを履かない女の、雨上がりの午後」
・文章 昼寝ネコ
・画像 ケ・セラ・セラ

ケ・セラ・セラ作品 フォトジェニックギャラリー
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by hirune-neko | 2018-03-12 02:18 | 創作への道 | Comments(0)

ようやくブログタイムになった


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato
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 どういう訳か、今日が土曜日だという感じがしていた。金曜日だった。明日一日分が儲かったような気分だ。今日も作業が連続し、ようやく一段落した。まだ深夜0時半なので、私としてはこれでもいい方だ。

 作業の合間の頭休めに、政治ブログランキングの上位20位ぐらいまでを飛ばし読みした。ちょっと気になったのは、トランプ大統領の側近や重要なポストに就いていたスタッフが相次いで辞任したり、辞任の噂があることだ。ロシア・スキャンダルは、果たしてどこまで拡がりを見せるのかも気になるところだ。

 追い打ちをかけるように、今年の上院議員選挙に、以前大統領選に出馬したミット・ロムニー氏がユタ州から出馬するそうだ。氏はトランプ大統領をペテン師呼ばわりした人物だが、当選すると上院内務委員長を務めると言われている。下院内務委員長とロムニー氏は親しい関係にあるらしいので、もしロムニー氏が当選するようなことになると、トランプ大統領に対する監視の目は、ますます厳しくなるのではないだろうか。

 3月に辞任という説が流れているマクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)に至っては、トランプ大統領のことを「幼稚園児並みの知能しかない」と表現したとか。内情は把握していないものの、何か大きな不安定要素を内包しているような印象は否定できない。

 今日のように、一日中疾走気味のときは、何かを口に入れていないと脳内がショートしそうになる。ローソンで見つけた「花粉症」なんとかキャンデーは、まずまずだった。チューインガムは、プラスチックの円筒型のを買ってきて、次々と口に放り込んだ。Clorets製であり、セブンイレブンで購入できる。

 最近見つけた逸品を内緒でご紹介する。歩いて数分の所に最近オープンした洋菓子屋さんがある。喫茶店も併設しているのだが、そこで売られているスコーンが気に入っている。2個入りで280円。プレーンと小さな果実(内容不詳)が散りばめられたのが2個セットになっている。店主らしき若い女性からは、オーブンで焼いて食べるように言われていたが、最初のうちはそのままムシャムシャと食べていた。最近、無精な食べ方を改めてオーブンでこんがり焼いてみたら、ずっとずっとナイス・テイストである。セブンイレブンにもスコーンは売っているが,大工場で大量生産したスコーンと、丁寧に手作りしたスコーンでは、まったく味が違う。どのように違うかというと、生地が生きているし、味にも命がある。おまけに、口に入れると心に伝わってくる至福感もみなぎっている。

 開店前は、安藤さんという方が経営する「アンディーズ・ガーデン」という名前の洋菓子屋さんだったが、新しいお店の名前は「フルール」(フランス語で花の意味)だ。(*今日、またスコーンを買いに寄ったらこの記事を読んでくれていたようで、間違いを指摘された。前の経営者は安藤さんではなく鈴木さんで、店の名のアンディーは飼っていた犬の名前だそうだ。失礼した。)いつだったか、店主らしきその女性と立ち話をした。ずっと昔、浅草のアンヂェラスという洋菓子店の社長が急逝した後、依頼があって3年ほど手伝ったことがあると説明した。漫画のこちかめにも登場する店で、家内の叔父・叔母が経営していたのだが、社長が懇意だった田谷力三さんが現役の頃の創業なので、レトロな洋菓子屋である。

 その女性からは、私がお菓子を作っていたのかと訊かれたが、当時出店していた日本橋三越本店を中心とする営業担当だったと説明した。調子に乗って、洋菓子のネーミングに口を出した。ショパンのシリーズとして、ケーキに「雨だれ」、「子犬のワルツ」、「プレリュード」、そしてスタンダールのシリーズとして、彼の作品である「赤と黒」に出てくる地名や人名をケーキの名に使用した。なんでも、著名な皇族の方の目に留まり,お買い上げいただいたらしく、三越の社内報で取り上げられたようだ。職人達が、ショパンの曲を聴きながらケーキを創作した効果があったのだろう。

 血糖値が高い状態が続いているので、残念ながら生の洋菓子はまだ口にしていない。しかし、あのスコーンの味から推測すると、洋菓子も素材から厳選し丁寧に作っていると思うので、量産品には真似のできない、生きた深い味わいの作品だろうと思っている。

 いつかiPadを持参して、店内で読書しながらゆっくりと過ごせればいいなと希望している。読者の皆さんに味見していただけないのが残念である。せめて、チラシに掲載されている、店内お召し上がり用のスコーンセットの画像をご覧いただきたい。
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by hirune-neko | 2018-03-03 02:17 | 創作への道 | Comments(0)

ボブとの最後のお別れドライブ


Astor Piazzolla - Marejadilla (14 - CD2)

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 1年半ほど前、新しいiMacを購入した。何年も使用したiMacは横に置いたまま、電源も入れなくなってしまった。あるとき、2台のパソコンを同時使用する必要性が発生した。ところが、古いiMacに電源を入れても、経験のないような動作不良を連続して起こすようになった。そこでハタと気がついた。器械とはいえども、ずっと無視され続けていると寂しいものなのだろう。 それで、古いiMacをヘレンと名付け、新しいiMacはアリスと名付けた。「ヘレン、おはよう」と声をかけてから電源を入れるとあら不思議、動作が正常になった。それ以来、頻繁に使用する器械類には名前を付けて、時々声をかけるようにしている。

 愛車にはボブと名付けた。何度も車検を取ったが、さすがにもう寿命だと宣告された。明日が車検の切れる日なのだが、更新せず廃車することにした。今日の夕方過ぎにディーラーにボブを届け、廃車依頼をしてきた。途中、何度もボブに声をかけ、これまでの働きをねぎらった。視力も低下し、運転する機会がめっきり少なくなったので、新たに車を購入するか、レンタカーやカー・シェアリングを利用するか思案中である。

 数日前、ある産婦人科クリニックの院長夫人から、特別版の絵本の文藻を作成するよう依頼があった。ブログに書いたその記事を読んだ次男から、絶対に「コウノドリ」の第5話を観た方がいい、と言われた。TBSが放映したテレビドラマで、主人公は鴻鳥サクラという男性産婦人科医だ。14歳の女子中学生が妊娠し、すでに8ヶ月で中絶できない状況になっている、という設定だ。奇しくも、特別版の対象の少女と同年齢だ。

 昔から日本のテレビ番組や映画には興味を持てずにいた。しかし40数分の「コウノドリ」は、観て良かったと思う。脚本はとても良くできていたし、キャストの皆さんも好演していた。きちんと実態の取材や調査も行っているようだ。見終わったとき、文章の中に挿入したいシーンが思い浮かんだ。少女が夢で見たシーンを想定し、表現しようと思う。

 劇中では当事者の少女と少年が登場する。いつしか自分の高校生の頃のシーンと、重ねて二人を観ていた。私の周りの学生たちは皆、自由というか奔放というか、好きなように行動している連中だった。妊娠し中絶する例を、いくつも身近で見ていた。あの当時の自分たちと、このドラマの中の二人を較べると、私たちとは大きく違う生き方、性格だと思う。もちろん、どこにでも存在するような軽いキャラクターは、テレビドラマの主人公にはなり得ない。

 CG画像で、お腹の中の子どもが指をくわえている姿を見る少女、乳児院の先生、特別養子縁組をサポートする人たち、不妊治療を続けたが諦めて養子受け入れを待ち望む夫婦、出産したわが子に泣きながら別れを告げる少女、そして、主人公の産婦人科医・鴻鳥サクラ先生の意外な生い立ち。いくつもの要素を巧みに組み立てた、重厚だが分かりやすい筋立てだった。

 さて、私自身は、断片的な情報をもとに、15歳の生母の心に慰めと励ましを感じてもらえる文章を書かなくてはならない。ドラマに登場する架空の人物ではなく、現実世界で生きることと格闘している、生身の人間を対象としている。ここ最近の出来事とここ数年の未来だけでなく、生まれてくる前の世界から、今の現実を眺望しなければならないような気がしている。耳には聞こえない、静かなささやきに耳を澄ます必要があるかもしれない。

 私にとってはこれも、ある意味では創作の世界である。


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by hirune-neko | 2018-01-27 01:33 | 創作への道 | Comments(0)

「大切なわが子へ」の第5の文章を考え始めている


J.S.Bach BWV 853 - Patricia Hase

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 夕方、ある産婦人科の院長夫人から電話があった。珍しいことだ。何かクレームかと思ったが、そうではなかった。

 その産婦人科の院長は、優生保護法の規定があっても人工中絶をしない主義だ。たとえ肉眼では見ることのできない胎児であっても、中絶は殺人になるという考えを持っている。では、出産できない、あるいはしたくない女性が中絶を希望した場合、どのように対応しているのか。

 一方で、子どもがほしくても授からない夫婦が存在する。院長は、中絶希望の女性を説得し、出産と同時に子どもを待ち望んでいる夫婦の子どもとして、出生届を出すよう勧めている。妊娠という事実を闇に葬るのではなく、幼い命を殺めず、その子を大切に育ててくれる夫婦に託すよう説得するとに使命感を持っている。

 院長夫人の説明を黙って聞いていた。女の子は15歳だそうだ。新生児を育てることになった夫婦が、お腹を痛めて産んだ母親である彼女の心のケアに、絵本をプレゼントしたいと申し出てきたそうだ。開業した最初から、私が文章を書いている絵本「大切なわが子へ」を、出産祝いに使ってくれており、累計で1万冊を超える絵本を届けている。絵本の文章は現在、ご両親と赤ちゃん、お母さんと赤ちゃん、天使になった赤ちゃん、先天性の障がいを持つ赤ちゃん、の4種類である。

 子どもを産んだ瞬間に子どもから隔離され、おそらくは一生涯対面することの叶わない、わが子に対する母親の気持ちを文章にすることになる。私にとっては第5の文章となる。できるだけ個々の状況に寄り添った文章を、と考えて何種類かの文章を作ってきたのだが、院長夫人の依頼はさすがに想定していない内容だった。特別版になるので費用は払う、と申し出てくれたが、即座に辞退した。そのような境遇の、おそらくは若いであろう「母親」の気持ちを癒やす文章を書くことに、絶対の自信を持っている訳ではない。しかし、もしその女性が特別版の「大切なわが子へ」という絵本を読むことで、肩を震わせ、大粒の涙とともに慚愧の思いを自身の外に流し出し、新たな人生を歩む勇気と気力、そして希望を持ってくれたなら、それが私にとっては最上の対価である。

 出産を楽しみにしていたわが子が天使になってしまった苦しみや悲しみは、やがて次の受胎と出産で癒やされるケースをいくつも見ている。しかし、この若い「母親」は、実在するわが子の名前を呼ぶことすらできず、抱き寄せることもできない。これからの人生で、幾度となく自分が産んだ子どもに思いを馳せることがあるだろう。悔いと自責の念を、まるでゴルゴダの丘に向かって十字架を背負うがごとく、独りで背負い歩き続けなくてはならない。

 そのような境遇の女性の前に、ある日天使が訪れ、「汝の罪は赦された。心に平安を与えよう」と告げられたら、どれだけ至福の気持ちになれるだろうか。私には神学的に赦すような権限はないものの、心の痛みと重荷を一緒に背負いたいという気持ちを、文章にしたいと思っている。簡単には思い浮かばないものの、イメージは蓄積しつつある。

 表面的な美辞麗句は人の心深くには届かない。読む人が自身の存在の根底から揺さぶられ、本来の生き方を覚醒させられる要素は、言葉や理論を超越した領域に存在する。その抽象的な概念やイメージを平易な言葉に変換して表現するには、ある種独特の感性が不可欠であることを、改めて痛感している。

 人工中絶をせず、養子縁組を紹介する方針の院長なので今後も継続的に、この第5の文章の絵本を使いたい、と言い残して院長夫人は説明を終えた。受話器を置いた瞬間から、その少女の姿が蜃気楼のようにまとわりつき、今も脳裏から離れない。そして、文章を書き始める前から、すでに感動が心に満ちている。我ながら、なんて奇妙な感性を持ち合わせているのだろうと思っている。


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by hirune-neko | 2018-01-22 23:02 | 創作への道 | Comments(0)

やはり木曜日はハードな一日だ


Bill Evans Trio - Blue in Green (Take 3)

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 半世紀ほど前に出会ったビル・エヴァンス。高校生という年代と感性で、果たしてどのようにエヴァンスの演奏に引き込まれたのだろうか。謎である。エヴァンスの演奏の特長のひとつは、スロー・バラードで始まる曲が多いが、ほとんど途中から感情が高ぶったかのようにアップテンポになる、という点だろう。そして再びイントロのスローな静けさが甦る。

 ビル・エヴァンスのプロフィールについては、一度何かで読んだ程度なので明確に思い出すことはできない。薬物依存で自殺願望のような生き方、というイメージが残っている。演奏そのものには、張り詰めた緊張感があり、独創的な音楽世界が構築されている。常に感性が研ぎ澄まされ、妥協のない美意識に溢れてもいる。風景も、田園地帯や海岸ではなく、マンハッタンの裏通りの雑踏が似合う。論理と感覚が絡み合って一体化し、直感的な洞察力に満ちている。真夏をイメージさせる曲は少なく、秋から冬、そして春先の心象風景のように聞こえる。

 これまで、イラストや写真を見て即興的に短編作品を書いたことはある。しかし、音楽を聴きながら作ったことは数えるほどしかない。例外なく、ピアソラの作品だった。ピアソラにも独自の音楽的世界があり、登場人物の姿が見えたり、さらには半生の航跡までが伝わってくることもあった。

 登場人物の精神的航跡は、自分自身の記憶している小さな世界には収まりきらない。過去に観た映画や読んだ小説の主人公と対面し、それらが疑似体験として蓄積されているような気がする。自由な時間があるときは、想像力や妄想力が小さな種を膨らませることもある。架空の人物が、あたかも実在するかのように命を吹き込まれる。

 改めてビル・エヴァンスとアストル・ピアソラを対比させてみた。エヴァンスの曲想から浮かび上がってくる人物は、極めて内省的であり、したがって内面世界が拡がる。一方、ピアソラの曲想からは、体躯や体温を感じさせ、しかも具体的・動的なストーリー展開が思い浮かぶ。今ふと、過去の作品で、アメリカ東部から中西部に移り住んで来た、近所付き合いの悪い、無愛想な老女を主人公にした作品を思い出した。確か「クリスマス・ロースの墓」というタイトルだったと思う。あの作品には、誰の曲を使っただろうか。大体のストーリーは憶えているが、音楽までは記憶にない。興味があるので、ちょっと確認してみたい。

 アハハ、エヴァンスでもなくピアソラでもなく、ナンシー・ウィルソンが歌う、「クリスマス・ワルツ」を使っていた。思ったより短く、しかもクリスマスの時期かと思ったら、2013年のまだ暑い8月に書き上げていた。もう少し詳細な描写を加えて、長くした方がいいようだが、気に入っている作品のひとつである。

 今日から11時前に寝るつもりでいたのだが、納品書に誤記載があるとか、直送が増えたから納品書の色を変更してくれとか、なんだかんだで深夜1時になってしまった。健康のためには、深夜ブログから早朝ブログに引っ越すべきなのだろうが、どうも一日の脳内疲労をクールダウンするには、そしてあくる日への鋭気を養うには、一日の最終章としてブログに向かうのが、とてもいい感じになっている。

 とにかく忙しさが加速している。地元の産婦人科病院に加え、一緒に仕事をしている次男がネットから新規開院の産婦人科2カ所を見つけたので、即対応している。全国の産婦人科名簿から分娩しているかどうかをチェックし、リスト化するのを知人の息子さんにお願いしている。何年もかけて準備してきた、産婦人科へのウェブ・マーケティングにトライする準備が整いつつある。

 エヴァンスでもなくピアソラでもない曲を使用した作品を、以下にご紹介させていただく。人生の陰影が見え隠れする主人公が、モチーフになっている。

【クリスマス・ローズの墓】2013/08/26


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by hirune-neko | 2018-01-19 01:34 | 創作への道 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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