昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 207 )

久しぶりの映画に、元気と勇気を与えられた

"Last Tango in Paris".... theme from the movie


 珍しく不調の一日だった。どのように不調だったかを、言葉で説明するのはなかなか難しい。

 敢えて説明するなら、案件を抱え込みすぎて空回りし、自信喪失気味の自閉症、鬱症状、人と口をきくのが億劫で、食欲もない。今日など、1食しか食べていない。歩くなんてとんでもない、という気分だった。

 さて、どのように回避しようかと考えたとき、久しく映画を観ていないことに気づいた。2018年は、ほとんど観た記憶がない。ずっとストイックな生活が続いている。

 思い切って仕事を離れ、たまには映画を観ようという気になった。すぐにアマゾンのプライムビデオで探してみた。すると比較的すぐに目に飛び込んで来たのは、次の説明だった。

 「元CIAエージェントのマッコールは、いまはホームセンターで働く、ごく普通の真面目な人間として生活していた。しかし、ある夜、なじみのカフェで娼婦の少女テリーと出会い、彼女を囲うロシアンマフィアの非情さに、内に眠っていた正義感が目を覚ましていく。かつてのマッコールは、身のまわりにあるあらゆる物を武器に変え、警察では解決できない不正をこの世から瞬時に消してしまう『イコライザー』と呼ばれる男だった。マッコールはテリーとの出会いから、再びイコライザーとしての仕事を遂行していく。

 プライム会員なので無料だし、やはり元CIAエージェントという言葉に反応してしまったようだ。

 冒頭のテロップを目にして、いきなり集中力が復活した。

 「人生で一番大切な日は、生まれた日と、生まれた理由が分かった日」—M. トゥエイン

 英語では、このように並記されていた。

 The two most important days in your life are the day you were born and the day you find out why. —Mark Twain

 なかなかの至言だと思ったら、マーク・トゥエインの言葉だったのだ。なるほど。

 最初にこのような含蓄ある言葉を提示されたので、一気に集中力が高まってしまった。再生時間は2時間ちょっとと表示されたので、ずいぶん長いなと思ったが、一気に最後まで観ることができた。

 主人公の黒人男性には見覚えがあったが、最後まで名前を思い出せなかった。デンゼル・ワシントンだったが、何の映画で観たのか、とうとう判明しなかった。

 現金なもので、この作品によって元気と勇気が蘇生し、夜の10時過ぎから往復5000歩を歩きに出た。一体何が原因で不調だったのか、一向に分からないのだが、おそらくはやはり、案件の抱え込み過ぎなのではないかと思う。

 正義感が覚醒し、平凡な人生を送っていた元CIAエージェントが、単身でボストンに巣くっていたロシアンマフィアを撲滅し、さらにはロシアにまで行き、マフィアのボスを粛正する。

 この映画の良さは、単なる痛快アクションに終始していない点だ。人間の内面、弱さ、勇気、正義感という要素を巧みに伏線として使っている。

 その彼の口癖は「なりたいものになれる」だった。つまり、障害物があって行く手を阻まれても、希望を失わずに努力していれば、いつかは実現する、という励ましの言葉である。

 もう一つの至言を目にした。あちこち再生して探しものの、とうとう.見つけられなかったので、正確な表現はできないが、「人生では、目的地に到達するまでに、いくつもの失敗を経験するものだ」・・・という内容だったように思う。

 ネタバレになってしまうが以下に、Wikipediaで紹介されていた作品の概要と、予告編動画を紹介いさせていただく。雰囲気だけでも味わっていただきたい。久しぶりに、佳き作品と出会い至福のひとときだった。映画1作品で不調から脱却できるのだから、深刻な症状ではなさそうである。

【イコライザー/Equalizer〜Wikipediaより】
マサチューセッツ州ボストンホームセンターで働きながら平穏な日々を送るロバート・マッコールは、誰からも慕われる好人物で、深夜は行きつけのダイナーでの読書が日課となっていた。そのダイナーには同じく常連で、テリーと名乗る少女娼婦のアリーナがおり、言葉をかわす内に奇妙な友情が芽生えいく。歌手になる夢を持つアリーナは、娼婦の仕事に嫌気がさしていたが、やがてアリーナは自分に暴力を振るった客に反撃して傷つけてしまう。客が苦情を入れたため彼女は、元締めでロシアンマフィアのスラヴィから見せしめに、よもや発声機能をも失いそうになるほどの激しい暴力を受けICU送りとなる。彼女の入院を知り、その悲惨な姿をガラス越しに見たマッコールはスラヴィらのいる一室に赴き、9,800ドルを提示して彼女を自由にするよう申し出るが、スラヴィは無下に断り、これからも彼女を搾取すると言い放つ。彼らのあまりの非人道ぶりに、ある決意を持ったマッコールは素直に引き下がる素振りを見せた直後に振り向くと、瞬時に彼らの手にしている武器や、全員の位置関係や狙いどころを目視でシミュレーションし、スラヴィを含め、その場にいたギャング5名を、その場にある物だけ用いて19秒で全員殺害する。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
・・・以下は省略させていただく。
The Equalizer - Official Trailer - In Theaters 9/26

[PR]
by hirune-neko | 2019-01-16 01:22 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりに、コンサートホールに行ってきた

Samba em Prelúdio - Vinicius de Moraes "La Fusa" con Maria Creuza y Toquinho
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 場所は築地市場駅から至近で、朝日新聞の本社ビルの中のようだ。

 先生達とは、おそらく約20年以上ぶりの再会だった。最初から最後まで聴いたが、改めて自身の音楽的嗜好が固まっていることを認識した。

 電車を乗り継いで帰宅したが、今日は1食しか食べていなかったので空腹を覚え、途中でファミレスに寄って遅い夕食を摂った。おかげで帰宅したときは、すでに深夜0時を回っていた。

 明日の午後一番のミーティングが、急遽午前中 に変更されたので、今晩は早仕舞いさせていただく。せっかくお越しくださったのに、拍子抜けされると思うが、ご了承いただきたい。

 声楽の恩師は楽壇生活65周年だそうで、ピアノ演奏もされる多才な方だ。息子さんとお嬢さんも声楽家として育ち、舞台上で協演した。

 終演後、出演者の皆さんがロビーで挨拶されていたので、列に並んだ。大先生は、一瞬、私が誰か判別できなかったようだったので名乗ると、おお、懐かしいと言われた。それほど昔の生徒なのである。

 お嬢さんには、「人妻の○○ちゃん」と声をかけた。まだ独身の頃の生徒だったが、もうすでに51歳だそうだ。

 息子さんは懐かしそうに応対してくれ「また一緒にやりましょう」と誘ってくれた。「もうボサノヴァぐらいしか歌う気力はないですよ」と答えた。ご夫婦とも長くウィーンに留学されており、ウィーンと姉妹都市だという、世田谷区の合唱団を指導されている。とても人間的にいい方なので、また機会があるといいなと思った。年齢を忘れて。

 今からまた、ステージ上でオペラのアリアを歌うような体力は残っていないと思う。しかし、声楽を習うのであれば、ロベルト・ゴジェネチェが歌っている、ピアソラの曲を歌ってみたいと思った。

 クラッシック音楽の世界では、声楽は往々にして声量や発声法、声質で評価されがちだが、となると、ゴジェネチェのだみ声を聞いたら、唖然とされるに違いない。

 しかし私はゴジェネチェのだみ声、というより、心に伝わってくる独特の世界が好きなので、それを真似て原語のスペイン語でピアソラの作品にチャレンジしてみたい。そう思うだけで、実際には時間を捻出することは不可能である。

 帰宅して説明を受けたのだが、当時は自宅内でクラシック音楽のサロンコンサートを定期的に行っていた。珍しくミュージカルのステージを作った。きっかけは、ロンドン出張時に知り合った女性が、現地のミュージカル「ミス・サイゴン」の主役キムを演じたと聞いた奇遇だった。いつか来日の機会があったら、一緒にやりましょうということになり、その後実現した。

 旧知の知人で、当時NHKのディレクターだった方に演出をお願いした。彼女の相手役男性歌手として、今日久しぶりに再会した恩師の息子さんにお願いし、協演していただいた。そんなことすら、すっかり忘れてしまっていた。

 短稿で失礼するといいながら、だらだらと書いてしまった。ここ数十年の音楽に関する思い出が、どっと甦ってきた感じだ。やはり私は本質的に、音楽と創作が好きなようだ。しかし、生活のためには、しっかり仕事の営業をしなければならない。それは十分に認識している。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-12-12 02:28 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

とうとうティッシュペーパーの3箱目を開けた

Milonga for Three - Astor Piazzolla

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 午前中から、鼻水とクシャミが止まらず、久しぶりに酷いコンディションだった。新しいティッシュペーパーの箱を開け、2箱目を開け、今しがたとうとう3箱目を開けたところだ。

 夜になって、ある産婦人科のアルバムページ用の画像が入り始めた。10数年前は、担当者が他県まで出向き、画像データをメモリースティックにコピーして帰ってきた。半日がかりである。今ではdropboxを共有しているので、天地の差ほど環境が好転している。

 画像が入ってきたのは15人分だったが、製作ラインがパンク寸前なので、私がアルバムページの作成をサポートしている。ようやく終わったところだ。

 そんな状況なので、思考力と集中力がかなり低下している。しかし、夜遅くになって仕事の合間にノルマの残り2000歩を歩きながら、考えたことがある。最近、改めてピアソラを聴き始めているためか、ピアソラとビル・エヴァンスの曲想あるいは演奏の違いについて思い巡らせた。

 適切な言葉が見つからないのだが、「温度」について比較すると、対照的だと感じる。ピアソラには体温があり、血液が流れている。それに対し、ビル・エヴァンスは冷徹でクールな印象が強い。

 「包容力」あるいは「寛容さ」という点でも対照的だと思う。ピアソラには、人の魂を励まし、苦難を共にしてくれるような人間的感情を感じる。一方で、ビル・エヴァンスは明らかに孤高の精神で排他的である。

 不思議なことだが、私はこの対照的な二人に対して、どちらにも親近感を持っている。自分の心理状態に応じて聴き分けているのだろうと思う。

 逆に言うと、私自身の内面には、あたかも二重人格のように、異なる両極端の二面性があるのかもしれない。いや、人間は誰しも自覚していないだけで、二面性あるいは多面性を持っているのではないだろうか。そして、様々な経験と長い時間をかけて、その人の最も本質的な領域に向かい、収斂していくのではないだろうか。

 相変わらず、クシャミと鼻水が止まらない悲惨な状況である。その理由は、私がどうやら、ある核心部分に到達しそうなので、それを妨害しようとする勢力が、影響力を行使しているのだ、と考えると、戦意が高まってくる。あくまでも神学的解釈である。

 とりあえずは、そういうことにしておこう。・・・で、こんな心理状態の時は、ビル・エヴァンスではなく、ピアソラが大きな力になってくれる。とまあ、自己都合に合わせて音楽を聴き分けているのだろう、きっと。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-10-17 01:55 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

女性でジャズベース奏者でヴォーカリストでさくらを歌う

East of the Sun by Brooks Bowman - Nicki Parrott & Rossano Sportiello at Shanghai Jazz (Madison, NJ)

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 女性でウッドベースを弾きヴォーカルもこなすなんて、初めて見た。オーストラリア出身のNicki Parrottだそうだ。

 ブログ読者のcausalさんから教えてもらった。これまでも、何人もの女性ヴォーカリストを紹介されている。causalさんは実に音楽に詳しい方で、音楽だけでなく、映画にも精通している。職業不明だが、音楽評論家か、はたまた音楽雑誌の編集者なのではないだろうか、と思ってしまう。

 何曲ものリストを送っていただいたが、視覚的にも珍しい演奏家なので、女性でありながらウッドベースを演奏し、しかも歌うという、その勇姿をご覧いただくと文字通り、百聞は一見にしかずだと思い、冒頭のEast of the Sunの演奏を紹介した。ノリのいいテンポである。

 かと思うと、なんと驚くなかれ。彼女が日本語で「さくらさくら」を歌っている動画も、causalさんが送ってくれた。下部に掲載するので、よかったらお試しいただきたい。なんとも不思議で微笑ましく思った。West Meets Eastという感じである。


 よく「まるで人が変わったように・・・」という表現が使われる。

 こんな猛暑続きにも拘わらず、私の場合は「まるで脳内構造が変わったように」不思議と集中力が増している。

 昨日は、ほぼ12時間がかりで仕事場の資料の山を、すっきりと整頓した。書類を1点ずつチェックし、捨てるか保存するか、しかもすぐに対応が必要か、時間的な余裕はあるかを瞬時に判断しながらなので、脳内負担がとても大きかった。しかし身辺がすっきりしたせいなのか、まるで脳内血管の内壁にこびりついていた不純物が、きれいに流れ去ってしまったかのように、実に余計な雑音が視野や脳内に入ってこない。すっきりと
快適である。

 約2年がかりでまだ仕上げられない小冊子がある。ボランティアで手伝っているものだ。最初に見せられた途中原稿で判断したのだが、最終的にはページ数が2倍以上になり、画像点数も大幅に増大し、和英並記の英訳におかしいと思う部分が散見され、指摘したら和文英文ともに修正の洪水になってしまった。

 私自身が非常にハードなスケジュールになってしまったので、修正作業が徐々に負担になってしまった。修正指示が多ければ多いほど、作業の立ち上げには時間かかかってしまう。どこまで修正したかを、いちいち確認しないと作業に入れないからだ。

 数日前に依頼者の皆さんに予告したとおり、未修正の指示内容をevernoteにまとめ、送信し終えることができた。あとは修正内容の最終確認をしてもらい、校了原稿を仕上げるだけだ。いやあ、ここまでの道のりはとても長かった。遅延状態がずっと続いたので、罪悪感と自己嫌悪と居直りを適当にブレンドし、今日まで生きながらえてきた。

 サイト制作ソフトの更新作業も、メールサポートを受けながら着手している、これも約2年に渡って遅延している案件だ。とっかかりがつかめず、すっかり敷居が高くなっていたが、ようやく第一歩を踏み出した。

 何か大きな歯車が噛み合い始めたような感じがしている。しかし、好事魔多しともいうので、引き続き自重して進んでいきたいと思う。
Nicki Parrott - Sakura Sakura


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-08-04 22:32 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

今日はあれこれ選曲に迷ってしまった

aznavour comme ils disent

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 最終的に、アズナヴールのこの曲を選んだ。あまり知られていない曲なのではなうだろうか。アズナヴールの歌と初めて出会い、むさぼるように次々と聴くようになったのは、二十歳を過ぎた頃だった。それから数十年経つまで、この曲を知らなかった。

 もう記憶の彼方だが、この曲を初めて聴いたのは、札幌で一人きりの時だったように思う。母が西札幌病院に検査入院したが、その翌朝、急性心不全で脈拍数が異常低下し、ペースメーカーを埋め込む緊急手術を受けた。いや、あのときは間に合わず、体外で携帯するペースメーカーを応急で使用したはずだ。駆けつけた私は、途中一度だけ家に戻ったが、延べで半年ほど札幌の母と同居生活を送った。今の私だったら、いかにインターネットのある環境だとしても、半年も仕事場を離れるのは難しいだろうと思う。札幌滞在中は、何カ所もの病院に営業で訪れた。札幌から岩見沢まで足を伸ばし、幸いに2カ所の病院と契約することができた。懐かしい思い出だ。

 母の隣室で深夜一人、パソコンに向かって音楽を聴きながら仕事をする毎日だった。おそらくだが、YouTubeから次々と流れる曲に混じって、アズナヴールのこの歌が耳に入ってきたのだろうと思う。最初の数フレーズを耳にして、こんないい曲があったのだと、新鮮な驚きを感じた。歌詞を理解するほどフランス語が堪能ではないので、意味はさっぱり理解できなかった。後日対訳を調べて、いわゆる性的マイノリティの男性の、切々とした心情を歌っているのだと知った。

 学生の頃、千歳空港に向かう飛行機で機内誌を手に取った。文中のダリの言葉を今でも鮮明に憶えている。音楽には、その当時の思い出を甦らせる力がある・・・なかなか味わい深い言葉で、半世紀近くたった今でも印象深く思い出す。

 青春時代を何年も過ぎ、結婚してから、遅い青春時代が訪れたように思う。声楽を習ったので、イタリア歌曲を習い、次いでイタリアオペラのアリアを歌うようになった。プッチーニの「ラ・ボエーム」で歌われる哲学者コッリーネのアリア「コートの歌」を練習しながら、アズナヴールの歌う同名の「ラ・ボエーム」が切々と、懐かしく思い起こされた。「帰り来ぬ青春」も、人生の陰影を切々と歌っており、年齢不相応にセンチメンタルな人間になってしまったように思う。

 いずれもパリの芸術家達が主人公で、モンマルトルの丘から見えるアパルトマンで繰り広げられるストーリーだったように記憶している。サクレクール寺院の前を過ぎ、至る所でキャンバスを並べる画家達を観察しながら坂を上り、モンマルトルの丘の頂上に辿り着いた。眼下の視界いっぱいに拡がるパリの街並み。あのとき、プッチーニとアズナヴールのラ・ボエームが二重写しになり、なんともいえない深い感動を味わったのが懐かしい。

 札幌で、入院中の母を見舞った帰り、カーラジオから流れてきたのは、クミコの歌う「わが麗しき恋物語」だった。思わず集中して耳を傾けるほど、なかなか印象的な歌詞だった。後日、原曲はシャンだと知り、バルバラの歌うその曲「Ma Plus Belle Histoire d’Amour」を原語で聴く機会があった。私の記憶では、クミコの日本語歌詞は、原詩に較べると、かなり日本的なメンタリティで脚色しているのだと思った。いずれにしても、クミコとバルバラを並べてみると、メンタリティの根幹がまったく異質だと感じてしまう。あくまでも私の個人的な好みにしか過ぎないが、まったくか弱さを感じさせない女性は、ちょっと苦手である。バルバラの「ふん!」という表情が目に浮かぶ。

 話があらぬ方向に錯綜してしまった。

 十代の青春時代、遅れて訪れた二十代の青春時代、そして、高校生の頃から半世紀を経た現在・・・容姿や体力の退潮を度外視しての話だが、今も私は青春時代を生きている・・・つもりだ。冗談でも笑い話でもなく、自分の感性はまだまだ創作したい、という情熱を持っているのを感じるので、そんな自分に対する敬老精神を忘れず、エールを送りたいと思っている。

 創作の世界では、たとえどのような境遇の人に対しても、理解と思いやりの心を忘れてはいない。人知れず苦しみ悩む人、人生の陰影に消え入りそうになるほど弱り果てた人・・・そのような弱者を舞台上に登場させ、時の流れに埋没してしまった過去の栄光にスポットライトを当てて、観客からの喝采を浴びられるようにしたいと思っている。未だ見ぬ多くの主人公達との出会いが生まれるよう、心から願っている。

 ・・・仕事が一段落するまでのお預けである。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-07-25 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりにピアソラと対面した


Astor Piazzolla - Introducción al Angel (Gidon Kremer)

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 夜になってからだが、久しぶりに8千歩を歩いた。出かける直前にappleミュージックでピアソラのアルバムを5枚、月額定額なので無料でダウンロードした。そして珍しく、歩きながらずっとピアソラの曲を聴いていた。改めて、ピアソラの世界に引き込まれて時間を過ごした。

 途中、ピアソラ自身がライブコンサートで、聴衆に語りかけたメッセージが入っていた。英語だったので、完全に理解はできなかったが、1960年当時は自分の音楽を理解してくれる人が存在せず、人からは「きちがい音楽」と悪口を言われたそうだ。バンドネオンはドイツが発祥で精緻で複雑な機構の楽器だが、とても素晴らし楽器なのでドイツ人に感謝していると言っていた。どうやらドイツでのコンサートだったようだ。自分が演奏するバンドネオンは、1925年にドイツ人の・・・名前までは聞き取れなかった・・・手になるもので、名品であり、作ってくれたことに感謝しているとも語っていた。

 本当に久しぶりにピアソラの世界に入り込んだ。故人となった福岡貞夫さんが、ピアソラは精神的に強いときでないと聴くことができない、と言っていたのを思い出した。なるほど、本当にその通りだと同意する。

 ピアソラの作品、そして演奏にはとてもリアルなイメージが満ちている。かなり具体的なストーリーや登場人物が、その背負っている過去の陰影を表情に出しながら語りかけてくる。どう表現すればいいのか分からないが、ピアソラの作品には魂がこもっており、音楽自体がまるで生き物のように存在感を主張している。

 今年は仕事の営業成績を上げるよう次男から期待されてる。ボランティアはほどほどにして、営業コンタクトを増やすよう期待されている。そんな状況なのだが、今日は新たに別のボランティアの依頼があり、引き受けてしまった。明日、次男にそのことを伝えたら、呆れた表情を見せるだろうと思う。しかし、それが私の生き方なので受け入れてもらいたい。決して仕事の手は抜かないので。

 自分でいうのもなんだけど、組み立てのスピードは速いほうだと思っている。許可を得る前から、そのボランティアのためのドメインを夕方には取得し、基本設定を終えて、仮登録申請のフォームまで設置してしまった。

 ピアソラの作品と演奏を聴きながら、励まされているような気持ちで作業を行っているが、さすがにもうここまでにしておこうと思う。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2018-02-04 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

似て非なるもの ビル・エヴァンスとキース・ジャレット


Bill Evans - Young and Foolish

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 高校生の頃、最も頻繁に聴いたのはジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスだった。ビル・エヴァンスのピアノ演奏には独特の緊張感があり、緻密で知性的でもあった。そんなある日、店内を流れたピアノ演奏を聴き、間違いなくビル・エヴァンスだと思った。確認したらキース・ジャレットだった。ちょっとした驚きだった。タッチと雰囲気ががとても良く似ていたので、混同してしまった。結局、キース・ジャレットはほとんど聴くことがなく、今でも最も好んで聴くジャズ・ピアニストはビル・エヴァンスである。

 ジャズ・ピアニストの聞きくらべなんて、誰も興味はないかもしれない。しかし私にとっては、音楽は対話と一緒のようなものであり、伝わってくるものが具体的であり、好き嫌いがはっきりしてしまう。

 つい最近まで知らなかった曲だが、Young and Foolishという作品を、ビル・エヴァンスもキース・ジャレットも演奏しているのを見つけた。上部に掲載したのがビル・エヴァンスの演奏で、下部に掲載したのがキース・ジャレットの演奏だ。同じ曲ではあるものの、テンポや雰囲気が大きく異なる。しかし、タッチやテンションに共通点があると思う。

 だからどうなんだ?とか、それがどうしたの?とか言われても返答に窮してしまう。自分で音楽の話題を提供しながら言うのも気が引けるが、今の私は音楽に耽溺していられるような立場ではなくなりつつある。データベースソフト・4Dの基本をマスターすること、サイト制作ソフトの大幅な更新内容をマスターすること、電子書籍のKindle本を自分で製作すること、ネイティブの人に対し英語で国家安全保障をテーマに意見を述べること・・・昼寝もままならず、これはもうすでに拷問なのではないだろうか。拷問は国際法で禁止されているのではなかっただろうか。

 やれやれの人生ではあるが、同時に目的の明確な人生でもあるので、本心では佳き人生だと思っている。

Keith Jarrett Trio - Young and Foolish


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-01-26 00:28 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(5)

昨晩はご心配をおかけしたが、なんとか快復した


ome Other Time - Monica Zetterlund - Bill Evans Trio - Leonard Bernstein

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 昨日の足裏の激痛は、かすかに痕跡を残しているもの、激しい痛みが断続的に襲ってくることもなくなり、今日はなんとか集中力も回復した。お読みくださった方々には、大変ご心配をおかけしたが、ほぼ平常の状態に戻っているのでご安心いただきたい。

 最近は記憶が逆流することが多い。appleミュージックで、ビル・エヴァンスのアルバムを何枚かダウンロードして、1枚ずつ聴いている。その中の1枚は、ビル・エヴァンスが女性ボーカルのモニカ・ゼッタールンドと協演したアルバムだ。高校生の時、ビル・エヴァンスが女性ボーカルと協演しているこのアルバムを聴き、新鮮な驚きを感じたのを今でも憶えている。モニカ・ゼッタールンドは確か、スウェーデンか北欧のどこかの国の出身だったと思う。

 調べたらWikipediaでは、以下のように記されていた。

 モニカ・ゼタールンド(Monica Zetterlund、1937年9月20日 - 2005年5月12日)は、スウェーデンの歌手・女優。本名は、Monica Nilsson。優れたボーカリストとして知られ、特にジャズ作品が有名。
 ビリー・ホリディ、エラ・フィッツジェラルド、そして特にサラ・ヴォーンを聴いて育つ。ラジオやレコードからジャズを学び始める。(以下略)

 このモニカ・ゼッタールンドの歌を久しぶりに聴きながら、ところどころの声質が、過日ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、パスカル・ラヴォワに似ているなと思った。
 冒頭の演奏は1965年となっている。なんと、私がまだ中学生の頃だ。改めて、音楽的には少し早熟だったのではないかと思う。小学校低学年の頃、祖母の家に行くとまだ独身だった叔母のコレクションであるSPレコードを、むさぼるように聴いた。確か、ビング・クロスビーやコール・ポーターばかりだったように記憶している。後年、叔母にその話をし、おかげで音楽がとても好きになったと言ったら、嬉しそうに笑っていた。

 今日も、なんとか6千歩を歩くことができた。歩きながらいつしか・・・いや、いつものことだが、ぼんやりとここ数年の近未来を想像していた。いや、妄想していた。とても自分に都合のいい、ありえないような成功事例が思い浮かんだ。売り上げ規模とか、世界的な資産家になるとか、そのような尺度ではない。みるとす会員がついに1千万世帯を超え、新聞やテレビがどれだけ印象操作や世論誘導に必死になろうが、ことごとく反証することでプロパガンダの悪巧みを無に帰せしむる、という他愛の無い内容だ。しかし、私にとっては自分の使命を達成した充足感があり、国家に対しては国家安全保障に対して少々の貢献を行い、結果として日本国民の皆さんの、平和と安寧の構築に陰ながら役立ったと実感できるのではないだろうか・・・。やはり妄想だ。

 誰の迷惑にもならないいつもの妄想なので、大目に見てお許しいただきたい。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-12-12 23:06 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

朝からピアソラを聴きたくなり、驚いている


Chant Et Fugue - Astor Piazzolla

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

 今日はどうした訳か、朝からピアソラを聴きたくなった。夜ならいざ知らず、朝からピアソラを聴こうとする自分自身に驚いている。夜も暗くなり、一日の疲労を感じながら、ピアソラの作品の暗鬱さに同化し、耽溺したことなら数え切れないほど経験している。

 女性ヴォーカルが歌う、愛の哀しみ、切なさ、高揚、回想は数限りなくあるように思う。古くはビリー・ホリデー、ニーナ・シモン、ヘレン・メリル、カーメン・マックレー。そしてここ数年前から最近にかけては、アンナ・カリーナ、ダイアナ・クラール、エリアヌ・エリアス、シャーリー・ホーン、ステイシー・ケント、パスカル・ラヴォワを思い浮かべている。外出先によって洋服を選ぶ女性のように、そのときの自分の心象に合わせて、無意識のうちに聴く音楽を選んでいるようだ。

 人は自分の心の状態に寄り添い、慰めと癒やしを与えてくれる音楽を必要とするのではないだろうか。自分を責めたり嫌悪する気持ちを和らげ、自己の存在を無条件で包み込んでくれる音楽。泥まみれで悪臭を放つ自分の心を見放さず、霧状の柔らかい洗浄スプレーで純化してくれる音楽。暗鬱で先が見通せないときにも一条の光明となってくれる音楽。

 振り返ってみたら、長年に渡って音楽に励まされ、折々に束の間の休息を与えられたように思う。とくに、深いぬかるみに足を取られて疲労困憊し、先に進む気力が失せてしまったときは、ピアソラの作品から力を与えられたことが幾度もあった。その意味で、一面識も無いまま他界したピアソラではあるが、その作品を通して対話し、自己嫌悪の心を開き、優しい眼差しで見つめながら微笑み、力と勇気を与えてくれた、私にとっては特別の作曲家・演奏家である。

 朝からピアソラの作品を聴こうという気になったのは、もしかしたら私自身が少し脱皮したのかもしれない。戸籍上の年齢を考えると、まだまだ大人になりきれていない自分を実感している。もし仮に、大人になるということが、妥協し自らの理念への拘りを捨てるという意味なのなら、おそらく私は寿命が尽きる最期の時まで、大人になりきれない、妥協を知らない人生を送るだろうと思う。

 どうやらピアソラの作品には、妥協を知らずチャレンジ精神に富んだピアソラ自身の気質が、深く浸み渡っているのではないだろうか。それを、感性というプロトコルによって、私自身が目に見えない領域で感じ取り、共鳴しているのではないかと思っている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-12-09 14:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

少し今年一年の疲れが出てきたようだ

Stacey Kent - Double Rainbow (audio)

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 12月に突入した。押し出されるように、新しい月を迎えたような感じがする。

 少々マニアックな話題になってしまう。読者のcausalさんから、その存在を教えていただいたStacey Kentについてである。Apple Musicは、まだ無料お試し期間中なのだが、すでにStacey Kentのアルバム11枚をダウンロードしていた。なかなか個性的であり、しかも英語とフランス語を流暢に話すので、国籍不明の不思議な存在だと感じていた。

 今日、causalさんからメールをいただいた。Stacey Kentについての情報である。最新版の”I Know I Dream”というタイトルのアルバムが、10月25日にソニー・ミュージックから発売された。冒頭の"Double Rainbow”は、そのアルバムの最初の曲である。ずっと聴いていると、いきなり日本語で新幹線の車内アナウンスが流れる。一瞬、何が混線しているのかと驚いた。曲名は「新幹線」の意味の”Bullet Train”である。「東京から名古屋、そしてベルリンへ」という、不思議な歌詞だと思って聴いていた。

 causalさんからの資料を読むと、なんとその曲に歌詞を提供したのは、カズオ・イシグロ氏だそうだ。あの、ノーベル文学賞を受賞した「日の名残り」の著者のカズオ・イシグロ氏である。新鮮な驚きだった。2007年から歌詞を提供してくれていると、Stacey Kent自身が書いている。耳で聴くだけでは知り得ない「音楽の立体感」を感じることができた。Stacey Kentがカズオ・イシグロ氏と、こんなところで接点があっただなんて、本当に新鮮な驚きだった。

 音楽には、作曲家や演奏家にとっては、音楽理論などという論理性が存在するのだろう。しかし、純粋に音楽を楽しむ人間は、あくまでも感覚で音楽を捉える。しかし、その制作の舞台裏に存在する人間関係を知ることも、その曲に対する親近感をもたらすものだと思う。ちょうど、ビリー・ホリデーとマルウォルドロンのように。

 今日は深いうたた寝を、2回もしてしまった。周りも心配するぐらい、今の私は籠の中の鳥同然である。iMacの前に座っている時間が圧倒的に長く、それ以外は近所への買い物かウォーキングぐらいのものである。こんなときは、ぼんやりと水平線を見たくなる。逗子の海辺にデニーズがあり、湘南に行くと必ず立ち寄る。決まって窓際の席をお願いし、水平線を眺めながら神経と目を休める。

 しかし、もう少しで全ての遅延案件が視野に入りそうだ。さて、年内にどこまで追いつけるだろうか。こうしてStacey Kentの歌声に神経を癒やしてもらいながら、狭い鳥かごの中でネコが一匹、不機嫌な顔で考え事をしている。癒やしのの返礼に、もし私にも歌詞を提供してほしいと言ってきたら、なんとか希望に応えようと思っている。(笑)


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2017-12-02 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
causalさん ..
by hirune-neko at 13:24
おはようございます。 ..
by causal at 09:14
千波矢さん 新年明..
by hirune-neko at 12:07
昼寝ネコ様 平成3..
by 千波矢 at 02:48
千波矢さん コメン..
by hirune-neko at 21:52
記事ランキング
以前の記事
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ