昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 204 )

女性でジャズベース奏者でヴォーカリストでさくらを歌う

East of the Sun by Brooks Bowman - Nicki Parrott & Rossano Sportiello at Shanghai Jazz (Madison, NJ)

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 女性でウッドベースを弾きヴォーカルもこなすなんて、初めて見た。オーストラリア出身のNicki Parrottだそうだ。

 ブログ読者のcausalさんから教えてもらった。これまでも、何人もの女性ヴォーカリストを紹介されている。causalさんは実に音楽に詳しい方で、音楽だけでなく、映画にも精通している。職業不明だが、音楽評論家か、はたまた音楽雑誌の編集者なのではないだろうか、と思ってしまう。

 何曲ものリストを送っていただいたが、視覚的にも珍しい演奏家なので、女性でありながらウッドベースを演奏し、しかも歌うという、その勇姿をご覧いただくと文字通り、百聞は一見にしかずだと思い、冒頭のEast of the Sunの演奏を紹介した。ノリのいいテンポである。

 かと思うと、なんと驚くなかれ。彼女が日本語で「さくらさくら」を歌っている動画も、causalさんが送ってくれた。下部に掲載するので、よかったらお試しいただきたい。なんとも不思議で微笑ましく思った。West Meets Eastという感じである。


 よく「まるで人が変わったように・・・」という表現が使われる。

 こんな猛暑続きにも拘わらず、私の場合は「まるで脳内構造が変わったように」不思議と集中力が増している。

 昨日は、ほぼ12時間がかりで仕事場の資料の山を、すっきりと整頓した。書類を1点ずつチェックし、捨てるか保存するか、しかもすぐに対応が必要か、時間的な余裕はあるかを瞬時に判断しながらなので、脳内負担がとても大きかった。しかし身辺がすっきりしたせいなのか、まるで脳内血管の内壁にこびりついていた不純物が、きれいに流れ去ってしまったかのように、実に余計な雑音が視野や脳内に入ってこない。すっきりと
快適である。

 約2年がかりでまだ仕上げられない小冊子がある。ボランティアで手伝っているものだ。最初に見せられた途中原稿で判断したのだが、最終的にはページ数が2倍以上になり、画像点数も大幅に増大し、和英並記の英訳におかしいと思う部分が散見され、指摘したら和文英文ともに修正の洪水になってしまった。

 私自身が非常にハードなスケジュールになってしまったので、修正作業が徐々に負担になってしまった。修正指示が多ければ多いほど、作業の立ち上げには時間かかかってしまう。どこまで修正したかを、いちいち確認しないと作業に入れないからだ。

 数日前に依頼者の皆さんに予告したとおり、未修正の指示内容をevernoteにまとめ、送信し終えることができた。あとは修正内容の最終確認をしてもらい、校了原稿を仕上げるだけだ。いやあ、ここまでの道のりはとても長かった。遅延状態がずっと続いたので、罪悪感と自己嫌悪と居直りを適当にブレンドし、今日まで生きながらえてきた。

 サイト制作ソフトの更新作業も、メールサポートを受けながら着手している、これも約2年に渡って遅延している案件だ。とっかかりがつかめず、すっかり敷居が高くなっていたが、ようやく第一歩を踏み出した。

 何か大きな歯車が噛み合い始めたような感じがしている。しかし、好事魔多しともいうので、引き続き自重して進んでいきたいと思う。
Nicki Parrott - Sakura Sakura


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by hirune-neko | 2018-08-04 22:32 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

今日はあれこれ選曲に迷ってしまった

aznavour comme ils disent

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 最終的に、アズナヴールのこの曲を選んだ。あまり知られていない曲なのではなうだろうか。アズナヴールの歌と初めて出会い、むさぼるように次々と聴くようになったのは、二十歳を過ぎた頃だった。それから数十年経つまで、この曲を知らなかった。

 もう記憶の彼方だが、この曲を初めて聴いたのは、札幌で一人きりの時だったように思う。母が西札幌病院に検査入院したが、その翌朝、急性心不全で脈拍数が異常低下し、ペースメーカーを埋め込む緊急手術を受けた。いや、あのときは間に合わず、体外で携帯するペースメーカーを応急で使用したはずだ。駆けつけた私は、途中一度だけ家に戻ったが、延べで半年ほど札幌の母と同居生活を送った。今の私だったら、いかにインターネットのある環境だとしても、半年も仕事場を離れるのは難しいだろうと思う。札幌滞在中は、何カ所もの病院に営業で訪れた。札幌から岩見沢まで足を伸ばし、幸いに2カ所の病院と契約することができた。懐かしい思い出だ。

 母の隣室で深夜一人、パソコンに向かって音楽を聴きながら仕事をする毎日だった。おそらくだが、YouTubeから次々と流れる曲に混じって、アズナヴールのこの歌が耳に入ってきたのだろうと思う。最初の数フレーズを耳にして、こんないい曲があったのだと、新鮮な驚きを感じた。歌詞を理解するほどフランス語が堪能ではないので、意味はさっぱり理解できなかった。後日対訳を調べて、いわゆる性的マイノリティの男性の、切々とした心情を歌っているのだと知った。

 学生の頃、千歳空港に向かう飛行機で機内誌を手に取った。文中のダリの言葉を今でも鮮明に憶えている。音楽には、その当時の思い出を甦らせる力がある・・・なかなか味わい深い言葉で、半世紀近くたった今でも印象深く思い出す。

 青春時代を何年も過ぎ、結婚してから、遅い青春時代が訪れたように思う。声楽を習ったので、イタリア歌曲を習い、次いでイタリアオペラのアリアを歌うようになった。プッチーニの「ラ・ボエーム」で歌われる哲学者コッリーネのアリア「コートの歌」を練習しながら、アズナヴールの歌う同名の「ラ・ボエーム」が切々と、懐かしく思い起こされた。「帰り来ぬ青春」も、人生の陰影を切々と歌っており、年齢不相応にセンチメンタルな人間になってしまったように思う。

 いずれもパリの芸術家達が主人公で、モンマルトルの丘から見えるアパルトマンで繰り広げられるストーリーだったように記憶している。サクレクール寺院の前を過ぎ、至る所でキャンバスを並べる画家達を観察しながら坂を上り、モンマルトルの丘の頂上に辿り着いた。眼下の視界いっぱいに拡がるパリの街並み。あのとき、プッチーニとアズナヴールのラ・ボエームが二重写しになり、なんともいえない深い感動を味わったのが懐かしい。

 札幌で、入院中の母を見舞った帰り、カーラジオから流れてきたのは、クミコの歌う「わが麗しき恋物語」だった。思わず集中して耳を傾けるほど、なかなか印象的な歌詞だった。後日、原曲はシャンだと知り、バルバラの歌うその曲「Ma Plus Belle Histoire d’Amour」を原語で聴く機会があった。私の記憶では、クミコの日本語歌詞は、原詩に較べると、かなり日本的なメンタリティで脚色しているのだと思った。いずれにしても、クミコとバルバラを並べてみると、メンタリティの根幹がまったく異質だと感じてしまう。あくまでも私の個人的な好みにしか過ぎないが、まったくか弱さを感じさせない女性は、ちょっと苦手である。バルバラの「ふん!」という表情が目に浮かぶ。

 話があらぬ方向に錯綜してしまった。

 十代の青春時代、遅れて訪れた二十代の青春時代、そして、高校生の頃から半世紀を経た現在・・・容姿や体力の退潮を度外視しての話だが、今も私は青春時代を生きている・・・つもりだ。冗談でも笑い話でもなく、自分の感性はまだまだ創作したい、という情熱を持っているのを感じるので、そんな自分に対する敬老精神を忘れず、エールを送りたいと思っている。

 創作の世界では、たとえどのような境遇の人に対しても、理解と思いやりの心を忘れてはいない。人知れず苦しみ悩む人、人生の陰影に消え入りそうになるほど弱り果てた人・・・そのような弱者を舞台上に登場させ、時の流れに埋没してしまった過去の栄光にスポットライトを当てて、観客からの喝采を浴びられるようにしたいと思っている。未だ見ぬ多くの主人公達との出会いが生まれるよう、心から願っている。

 ・・・仕事が一段落するまでのお預けである。


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by hirune-neko | 2018-07-25 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

久しぶりにピアソラと対面した


Astor Piazzolla - Introducción al Angel (Gidon Kremer)

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 夜になってからだが、久しぶりに8千歩を歩いた。出かける直前にappleミュージックでピアソラのアルバムを5枚、月額定額なので無料でダウンロードした。そして珍しく、歩きながらずっとピアソラの曲を聴いていた。改めて、ピアソラの世界に引き込まれて時間を過ごした。

 途中、ピアソラ自身がライブコンサートで、聴衆に語りかけたメッセージが入っていた。英語だったので、完全に理解はできなかったが、1960年当時は自分の音楽を理解してくれる人が存在せず、人からは「きちがい音楽」と悪口を言われたそうだ。バンドネオンはドイツが発祥で精緻で複雑な機構の楽器だが、とても素晴らし楽器なのでドイツ人に感謝していると言っていた。どうやらドイツでのコンサートだったようだ。自分が演奏するバンドネオンは、1925年にドイツ人の・・・名前までは聞き取れなかった・・・手になるもので、名品であり、作ってくれたことに感謝しているとも語っていた。

 本当に久しぶりにピアソラの世界に入り込んだ。故人となった福岡貞夫さんが、ピアソラは精神的に強いときでないと聴くことができない、と言っていたのを思い出した。なるほど、本当にその通りだと同意する。

 ピアソラの作品、そして演奏にはとてもリアルなイメージが満ちている。かなり具体的なストーリーや登場人物が、その背負っている過去の陰影を表情に出しながら語りかけてくる。どう表現すればいいのか分からないが、ピアソラの作品には魂がこもっており、音楽自体がまるで生き物のように存在感を主張している。

 今年は仕事の営業成績を上げるよう次男から期待されてる。ボランティアはほどほどにして、営業コンタクトを増やすよう期待されている。そんな状況なのだが、今日は新たに別のボランティアの依頼があり、引き受けてしまった。明日、次男にそのことを伝えたら、呆れた表情を見せるだろうと思う。しかし、それが私の生き方なので受け入れてもらいたい。決して仕事の手は抜かないので。

 自分でいうのもなんだけど、組み立てのスピードは速いほうだと思っている。許可を得る前から、そのボランティアのためのドメインを夕方には取得し、基本設定を終えて、仮登録申請のフォームまで設置してしまった。

 ピアソラの作品と演奏を聴きながら、励まされているような気持ちで作業を行っているが、さすがにもうここまでにしておこうと思う。


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by hirune-neko | 2018-02-04 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

似て非なるもの ビル・エヴァンスとキース・ジャレット


Bill Evans - Young and Foolish

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 高校生の頃、最も頻繁に聴いたのはジョン・コルトレーンとビル・エヴァンスだった。ビル・エヴァンスのピアノ演奏には独特の緊張感があり、緻密で知性的でもあった。そんなある日、店内を流れたピアノ演奏を聴き、間違いなくビル・エヴァンスだと思った。確認したらキース・ジャレットだった。ちょっとした驚きだった。タッチと雰囲気ががとても良く似ていたので、混同してしまった。結局、キース・ジャレットはほとんど聴くことがなく、今でも最も好んで聴くジャズ・ピアニストはビル・エヴァンスである。

 ジャズ・ピアニストの聞きくらべなんて、誰も興味はないかもしれない。しかし私にとっては、音楽は対話と一緒のようなものであり、伝わってくるものが具体的であり、好き嫌いがはっきりしてしまう。

 つい最近まで知らなかった曲だが、Young and Foolishという作品を、ビル・エヴァンスもキース・ジャレットも演奏しているのを見つけた。上部に掲載したのがビル・エヴァンスの演奏で、下部に掲載したのがキース・ジャレットの演奏だ。同じ曲ではあるものの、テンポや雰囲気が大きく異なる。しかし、タッチやテンションに共通点があると思う。

 だからどうなんだ?とか、それがどうしたの?とか言われても返答に窮してしまう。自分で音楽の話題を提供しながら言うのも気が引けるが、今の私は音楽に耽溺していられるような立場ではなくなりつつある。データベースソフト・4Dの基本をマスターすること、サイト制作ソフトの大幅な更新内容をマスターすること、電子書籍のKindle本を自分で製作すること、ネイティブの人に対し英語で国家安全保障をテーマに意見を述べること・・・昼寝もままならず、これはもうすでに拷問なのではないだろうか。拷問は国際法で禁止されているのではなかっただろうか。

 やれやれの人生ではあるが、同時に目的の明確な人生でもあるので、本心では佳き人生だと思っている。

Keith Jarrett Trio - Young and Foolish


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by hirune-neko | 2018-01-26 00:28 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(5)

昨晩はご心配をおかけしたが、なんとか快復した


ome Other Time - Monica Zetterlund - Bill Evans Trio - Leonard Bernstein

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 昨日の足裏の激痛は、かすかに痕跡を残しているもの、激しい痛みが断続的に襲ってくることもなくなり、今日はなんとか集中力も回復した。お読みくださった方々には、大変ご心配をおかけしたが、ほぼ平常の状態に戻っているのでご安心いただきたい。

 最近は記憶が逆流することが多い。appleミュージックで、ビル・エヴァンスのアルバムを何枚かダウンロードして、1枚ずつ聴いている。その中の1枚は、ビル・エヴァンスが女性ボーカルのモニカ・ゼッタールンドと協演したアルバムだ。高校生の時、ビル・エヴァンスが女性ボーカルと協演しているこのアルバムを聴き、新鮮な驚きを感じたのを今でも憶えている。モニカ・ゼッタールンドは確か、スウェーデンか北欧のどこかの国の出身だったと思う。

 調べたらWikipediaでは、以下のように記されていた。

 モニカ・ゼタールンド(Monica Zetterlund、1937年9月20日 - 2005年5月12日)は、スウェーデンの歌手・女優。本名は、Monica Nilsson。優れたボーカリストとして知られ、特にジャズ作品が有名。
 ビリー・ホリディ、エラ・フィッツジェラルド、そして特にサラ・ヴォーンを聴いて育つ。ラジオやレコードからジャズを学び始める。(以下略)

 このモニカ・ゼッタールンドの歌を久しぶりに聴きながら、ところどころの声質が、過日ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、パスカル・ラヴォワに似ているなと思った。
 冒頭の演奏は1965年となっている。なんと、私がまだ中学生の頃だ。改めて、音楽的には少し早熟だったのではないかと思う。小学校低学年の頃、祖母の家に行くとまだ独身だった叔母のコレクションであるSPレコードを、むさぼるように聴いた。確か、ビング・クロスビーやコール・ポーターばかりだったように記憶している。後年、叔母にその話をし、おかげで音楽がとても好きになったと言ったら、嬉しそうに笑っていた。

 今日も、なんとか6千歩を歩くことができた。歩きながらいつしか・・・いや、いつものことだが、ぼんやりとここ数年の近未来を想像していた。いや、妄想していた。とても自分に都合のいい、ありえないような成功事例が思い浮かんだ。売り上げ規模とか、世界的な資産家になるとか、そのような尺度ではない。みるとす会員がついに1千万世帯を超え、新聞やテレビがどれだけ印象操作や世論誘導に必死になろうが、ことごとく反証することでプロパガンダの悪巧みを無に帰せしむる、という他愛の無い内容だ。しかし、私にとっては自分の使命を達成した充足感があり、国家に対しては国家安全保障に対して少々の貢献を行い、結果として日本国民の皆さんの、平和と安寧の構築に陰ながら役立ったと実感できるのではないだろうか・・・。やはり妄想だ。

 誰の迷惑にもならないいつもの妄想なので、大目に見てお許しいただきたい。


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by hirune-neko | 2017-12-12 23:06 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

朝からピアソラを聴きたくなり、驚いている


Chant Et Fugue - Astor Piazzolla

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 今日はどうした訳か、朝からピアソラを聴きたくなった。夜ならいざ知らず、朝からピアソラを聴こうとする自分自身に驚いている。夜も暗くなり、一日の疲労を感じながら、ピアソラの作品の暗鬱さに同化し、耽溺したことなら数え切れないほど経験している。

 女性ヴォーカルが歌う、愛の哀しみ、切なさ、高揚、回想は数限りなくあるように思う。古くはビリー・ホリデー、ニーナ・シモン、ヘレン・メリル、カーメン・マックレー。そしてここ数年前から最近にかけては、アンナ・カリーナ、ダイアナ・クラール、エリアヌ・エリアス、シャーリー・ホーン、ステイシー・ケント、パスカル・ラヴォワを思い浮かべている。外出先によって洋服を選ぶ女性のように、そのときの自分の心象に合わせて、無意識のうちに聴く音楽を選んでいるようだ。

 人は自分の心の状態に寄り添い、慰めと癒やしを与えてくれる音楽を必要とするのではないだろうか。自分を責めたり嫌悪する気持ちを和らげ、自己の存在を無条件で包み込んでくれる音楽。泥まみれで悪臭を放つ自分の心を見放さず、霧状の柔らかい洗浄スプレーで純化してくれる音楽。暗鬱で先が見通せないときにも一条の光明となってくれる音楽。

 振り返ってみたら、長年に渡って音楽に励まされ、折々に束の間の休息を与えられたように思う。とくに、深いぬかるみに足を取られて疲労困憊し、先に進む気力が失せてしまったときは、ピアソラの作品から力を与えられたことが幾度もあった。その意味で、一面識も無いまま他界したピアソラではあるが、その作品を通して対話し、自己嫌悪の心を開き、優しい眼差しで見つめながら微笑み、力と勇気を与えてくれた、私にとっては特別の作曲家・演奏家である。

 朝からピアソラの作品を聴こうという気になったのは、もしかしたら私自身が少し脱皮したのかもしれない。戸籍上の年齢を考えると、まだまだ大人になりきれていない自分を実感している。もし仮に、大人になるということが、妥協し自らの理念への拘りを捨てるという意味なのなら、おそらく私は寿命が尽きる最期の時まで、大人になりきれない、妥協を知らない人生を送るだろうと思う。

 どうやらピアソラの作品には、妥協を知らずチャレンジ精神に富んだピアソラ自身の気質が、深く浸み渡っているのではないだろうか。それを、感性というプロトコルによって、私自身が目に見えない領域で感じ取り、共鳴しているのではないかと思っている。


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by hirune-neko | 2017-12-09 14:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

少し今年一年の疲れが出てきたようだ

Stacey Kent - Double Rainbow (audio)

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 12月に突入した。押し出されるように、新しい月を迎えたような感じがする。

 少々マニアックな話題になってしまう。読者のcausalさんから、その存在を教えていただいたStacey Kentについてである。Apple Musicは、まだ無料お試し期間中なのだが、すでにStacey Kentのアルバム11枚をダウンロードしていた。なかなか個性的であり、しかも英語とフランス語を流暢に話すので、国籍不明の不思議な存在だと感じていた。

 今日、causalさんからメールをいただいた。Stacey Kentについての情報である。最新版の”I Know I Dream”というタイトルのアルバムが、10月25日にソニー・ミュージックから発売された。冒頭の"Double Rainbow”は、そのアルバムの最初の曲である。ずっと聴いていると、いきなり日本語で新幹線の車内アナウンスが流れる。一瞬、何が混線しているのかと驚いた。曲名は「新幹線」の意味の”Bullet Train”である。「東京から名古屋、そしてベルリンへ」という、不思議な歌詞だと思って聴いていた。

 causalさんからの資料を読むと、なんとその曲に歌詞を提供したのは、カズオ・イシグロ氏だそうだ。あの、ノーベル文学賞を受賞した「日の名残り」の著者のカズオ・イシグロ氏である。新鮮な驚きだった。2007年から歌詞を提供してくれていると、Stacey Kent自身が書いている。耳で聴くだけでは知り得ない「音楽の立体感」を感じることができた。Stacey Kentがカズオ・イシグロ氏と、こんなところで接点があっただなんて、本当に新鮮な驚きだった。

 音楽には、作曲家や演奏家にとっては、音楽理論などという論理性が存在するのだろう。しかし、純粋に音楽を楽しむ人間は、あくまでも感覚で音楽を捉える。しかし、その制作の舞台裏に存在する人間関係を知ることも、その曲に対する親近感をもたらすものだと思う。ちょうど、ビリー・ホリデーとマルウォルドロンのように。

 今日は深いうたた寝を、2回もしてしまった。周りも心配するぐらい、今の私は籠の中の鳥同然である。iMacの前に座っている時間が圧倒的に長く、それ以外は近所への買い物かウォーキングぐらいのものである。こんなときは、ぼんやりと水平線を見たくなる。逗子の海辺にデニーズがあり、湘南に行くと必ず立ち寄る。決まって窓際の席をお願いし、水平線を眺めながら神経と目を休める。

 しかし、もう少しで全ての遅延案件が視野に入りそうだ。さて、年内にどこまで追いつけるだろうか。こうしてStacey Kentの歌声に神経を癒やしてもらいながら、狭い鳥かごの中でネコが一匹、不機嫌な顔で考え事をしている。癒やしのの返礼に、もし私にも歌詞を提供してほしいと言ってきたら、なんとか希望に応えようと思っている。(笑)


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by hirune-neko | 2017-12-02 23:57 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のピアソラコンサート

Che Tango Che - Astor Piazzolla (cover)

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 なんとか無事にコンサートを終えることができて、ほっとしている。

 フルート、ソプラノサックス2本、ホルン、ファゴットの五重奏で演奏したのは、以下の曲だった。

1. Fugata(作曲:A.ピアソラ)
2. Adios Nonino(作曲:A.ピアソラ)
3. Ave Maria(作曲:A.ピアソラ)
4. 神の子です(教会の子どもの歌)
5. 神は造り主(教会の賛美歌34番)
6. cafe 1930(作曲:A.ピアソラ)
7. Duo de amor(作曲:A.ピアソラ)
8. Oblivion(作曲:A.ピアソラ)
9. Libertango(作曲:A.ピアソラ)

 教会のホールを貸していただいたこともあり、教会の子どもの歌と賛美歌が組み込まれた。子どもたちは生の管楽器の演奏を背にして歌った。緊張したようだったが、いい経験だったのではないだろうか。

 ピアソラの演奏を数多く聴いてきたが、その多くが人生の徒労を引きずり、歩みを止めて視線を虚空に漂わせているかのようだ。あるいは絶叫調の演奏もある。ピアソラの曲想をどのように再現するかは、演奏家の技術的水準というより、感性や心象風景によるところが大きいように思う。

 冒頭の「Che Tango Che」と同じタイトルのアルバムをリリースしている、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のメンバーは、全員が女性であり、しかも現役音大生、あるいは音大を卒業してまだ年数が経過していない、という圧倒的に若い世代である。ピアソラを歌う歌手を思い浮かべると、人生経験が豊富であり酸いも甘いも味わい尽くした「年輪」を感じてしまう。

 その点クレモナのメンバーは、この先に人生の起伏が待ち受けてはいるものの、無垢で清楚な魂のままピアソラの空間に飛び込んでいるかのようだ。音楽の演奏には、最低限の演奏技術が必要とされるのは言うまでもない。しかし、これはあくまでも私の持論なのだが、音楽には言葉と同様に聴く人間の心を開き、共感、感銘、感動を、その心に到達させる使命がある。奇をてらった間の取り方、表面的な形だけの技巧などは、音楽的感性を持つ聴き手に容易に見透かされ、空虚さだけが際立ってしまう。

 さりとて、若き女性たちが今すぐに、シャーリー・ホーンやレオ・フェレのような、時間経過を必要とする達観を身につけることは不可能だろう。今日、ステージの真横で演奏を聴きながら感じたことは「胎動」だった。何かが新たに生まれ、中心部分で膨張しつつあるという、ある種の予感だった。具体的なイメージは像を結ばなかったが、私の感覚は何かを捉えることができたように思う。

 音楽的表情・表現に深みとリアリティを与えるには、どうすればいいのだろうか。人と話しているときに、急に感情がこみ上げて言葉に詰まることがある。感極まってしまい、声が上ずることもある。数日前にYouTubeの動画を掲載した、レオ・フェレのアヴェク・ル・タンでは、感極まり言葉に詰まった表情を見るうちに、感動が大きなうねりとなって伝わってきた。

 池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団には、梶野元寛さんという音楽監督が存在する。五重奏団が脱皮を続け、成長することを見守り叱咤激励している。私自身は何もお手伝いできないが、何が変貌のきっかけになるだろうかと考えている。今日ひとつだけ思い浮かんだのは、演奏者の感情が溢れ出し、ちょうど言葉に詰まるように自然に間が空いてしまう・・・そのような表現が加われば、音楽的表情に深みと厚みが増すのではないか、そして聴き手に対するメッセージが増幅するのではないか、という付加価値だった。

 私にとっては念願のピアソラ作品のみのコンサートだった。プロデュースと司会を務めさせていただき、晩年の人生の佳き思い出となった。以下に、今日の出演者の皆さんのお名前を残し、記念とさせていただく。またさらに成長し、ピアソラに清楚に反逆する彼女たちの演奏を聴きたいと願っている。

【池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団】
・フルート:森脇 佑季/大阪音楽大学4年
・ソプラノサックス:上野 舞子/関西(かんせい)学院大学4年
・ソプラノサックス:山本 桃実/相愛大学4年
・ホルン:松田 あやめ/大阪音楽大学卒業
・ファゴット:久保田 ひかり/京都市立芸術大学卒業
・音楽監督/編曲:梶野 元寛/

 ああそういえば、司会者の特権で音楽監督の梶野さんの、恋愛遍歴をお訊きしようと思っていたのに失念してしまった。残念なことをした。


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by hirune-neko | 2017-11-26 00:22 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

改めてピアソラと向き合う時間を持った


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 目下、明日のコンサート用プログラムを印刷中である。プログラムには、ピアソラの経歴を簡単に記そうと思い、調べてみた。Wikipediaで、以下のような記述を見つけた。

 「元来タンゴは踊りのための伴奏音楽であり、強いリズム性とセンチメンタルなメロディをもつ展開の分かりやすい楽曲であった。ピアソラはそこにバロックやフーガといったクラシックの構造や、ニューヨーク・ジャズのエッセンスを取り入れることで、強いビートと重厚な音楽構造の上にセンチメンタルなメロディを自由に展開させるという独自の音楽形態を生み出した。これは完全にタンゴの表現を逸脱しており、『踊れないタンゴとして当初の評判は芳しいものではなかった。一方で、ピアソラの音楽はニューヨークなどのあまりタンゴと関わりを持たない街で評価されたため、タンゴの評論家から意図的に外されるといった差別も受けた。」

 これを読んで、ジャズ・アルトサックス奏者のチャーリー・パーカーを思い出した。その昔、ジャズはタンゴ同様ダンスのための音楽だったらしい。ところが、チャーリー・パーカーの演奏では踊れないと不評であり、演奏中に後ろからシンバルが飛んできたという記事が印象に残っている。高校生の頃の記憶なので、おそらくスゥイング・ジャーナル誌で読んだのだと思う。

 アストル・ピアソラとチャーリー・パーカー両者の共通点だと思う。個人的に、チャーリー・パーカーはそんなに聴かなかった。記憶に残っているのは、April in Parisぐらいのものだろうか。

 世の中の流れや風潮に左右されず、独自の感覚、スタイルを貫いたという意味では、敬意を表したいと思う。一人の作曲家・演奏家である存在にここまで傾倒したのは、ピアソラだけである。しかし、最近はピアソラ図書館もFacebookページも更新ができていない。墓の中のピアソラが顔をしかめているような気がする。しかし、明日はうら若き乙女たちが、そのピアソラに清楚に反逆するのだから、興味を持ったピアソラが、オラシオ・フェレールを伴って、霊界から様子を見に訪れるかもしれないと思っている。

 私にとっても、初めてのオール・ピアソラプログラムのコンサートである。人生の佳き思い出のひとつにさせていただきたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-25 01:44 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

まるで実在しないかのような女性ヴォーカル


Pascale Lavoie - Change partness - Female Voices 097

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 先日、読者のCausalさんから教えていただいたPascale Lavoie/パスカル・ラヴォァ。低く独特な声質の歌に惹かれ、アルバムを探してみた。ところが、appleミュージックで検索してもiTunesストアで検索しても、見つからない。今どき、そんなことがあるのだろうか。不思議な歌手である。Please belong to meという曲が収録されている、同名のタイトルが見つからない。さて、どうしたものだろうか。

 大阪・池田から演奏に来てくださる、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のコンサートが、いよいよ今週の土曜日に迫っている。当日のプログラムを作らなければならず、なんとか試作を終えた。クレモナの皆さんには、パリ在住の世界的に有名なネコのグラフィックデザイナー、その名もラング・ド・シャに無理をお願いして作ってもらった、と説明している。またいつもの冗談が始まった、と相手にもされていないと思う。

 以下に労作のプログラムの、表1部分だけをご紹介させていただく。もう何年も前に、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いた記憶がある。ん十年前には、ほとんどクラシックだけのサロンコンサートを主催していたが、こうしてとうとう念願の、ピアソラ作品だけのコンサートをプロデュースすることが実現し、我が人生の佳き思い出になった。・・・まだ終わっていないので過去形では書けないが、あとは無事に終えられることを願っている。
c0115242_22495304.jpg
 ん〜、こうして改めて見ていると、さすが世界的に有名なネコのデザイナーの作品である。まるでセーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフの上で、まだ熱い甘栗を頬張っているような、パリらしい雰囲気が漂っているではないか。・・・ん〜、自分でも何を言っているのか分からないが、まあ経費をかけずここまで一人で作業ができたのだから、それはそれでよしとしようと思う。

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by hirune-neko | 2017-11-21 23:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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