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昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:音楽・映画・本の世界( 218 )

愚考・人間の感性や心境の変化と音楽的嗜好

津軽弁でジャズ

 一日の仕事を終えて、疲れきった頭でブログに向かうと、私にとっては適度な脳内クールダウンになっている。そして、その時の気分というか心理状態に一番合う音楽を選ぶのも、楽しみになっている。

 最近はどういうわけか、ジャズピアニストのビル・エヴァンスを選ぶ頻度が高くなっているようだ。ひと頃は連日、アストル・ピアソラの作品や演奏ばかり選んでいた時期がある。どうやら、人間の心理状態はその日その日によって微妙に異なるようだ。そして、その時の心理状態や心境よって、しっくりくる音楽も異なるようだ。

 ピアソラにすっかり傾倒し、ピアソラの作品だけを選んでいたのはいつ頃だったのだろうか。それを調べるには、自分のブログを開いてみれば良い。

 このブログがいつから始まったのか調べてみた。2007年の2月だった。さて、ではどの直にピアノばかり聴いていたのだろうか。興味があった。もう13年前以上のことである。そこで、とりあえず10年前の、2010年のブログを1つずつ開いてみた。

 すると、ビル・エヴァンスだったり日によって、種々雑多な音楽を紹介していた。つまり、全く一貫性がなかった。しかし、どのような音楽を選んだかに興味があり、1つずつ開いて聴いてみた。すると、とてもユニークな選曲をしている日があった。

 2010年11月の午後2時5分の記事だった。昼過ぎにブログを書くなんて、今の私にとっては考えられない時間帯である。しかも、文章量が驚くほど短い。冒頭で今日紹介するYouTube画像は、その日の紹介画像で、今日現在でもまだ視聴できるものだった。
 
2010年11月のブログより転載

「こりゃいいや」
 お馴染みのMy favourite things。

 高校3年生の頃、ジョン・コルトレーンがリリースしたRide Againというタイトルのレコードに収録されていた記憶がある。もちろんミュージカルSound of musicの曲だ。

 それをなんと、津軽弁で歌っているのを見つけてしまった。津軽弁、という要素を除いて聴いてもなかなかいい演奏だ。この女性ヴォーカリストは、きっと「めんごいおなご」だと思う。

 隣国では砲撃の応酬をしているようだが、日本はまだかろうじて、平和を保っている。このまますっと保って欲しいものだ。
(転載終了)


 文章はたったこれだけである。ここ 数年の自分のブログ記事の文字量と比較すると、完全な手抜きである。

 出だしの津軽弁を聞くと、一瞬どこの国の言葉だろうと思ってしまった。そして、今日発見したのだが途中からはちゃんと英語で歌っている。つまり、津軽弁は聞き慣れない人にとっては、外国語に聞こえないこともない。私の父方の祖父母は秋田県の出身である。子供の頃から聴き慣れていたので、秋田の言葉は割と理解できる。母方の祖父母の出身は、青森県の津軽地方である。しかし、子供の頃から津軽弁を耳にした記憶は無いため、ちんぷんかんぷんである。

 何度も書いたが、高校生の時にジャズの洗礼を受け、ほぼ半世紀にわたってジャズを聴き続けている。これまでに、アストル・ピアソラだけではなくボサノバやシャンソン、ジャズボーカルなどいろいろなジャンルの演奏家との出会いがあった。

 ピアソラに夢中になっていた頃、すっかり趣味が高じてしまいインターネット上に「ピアソラ音の出る図書館」というサイトまで作ってしまった。

【参考資料:ピアソラ音の出る図書館】

 今はもうすでに故人となってしまったが、中南米音楽の専門家だった高場将美先生、そして同じくピアソラ、ガルデルのファンで南米に移住してしまい、数年前に他界された福岡貞夫さんと3人で、ピアソラに関する情報交換を、Facebookで行ったのをそのまま転載した記事もあったはずだ。

 今となっては、とても懐かしい思い出である。環境も境遇も全く異なる3人だったが、ピアソラの世界ではすっかり意気投合し、いろいろな接点を持たせていただいた。

 あの頃から何年も経った今、改めて自分と音楽との関係を客観的に考えてみた。当時ほど、ピアソラだけに傾倒してはいない自分がいる。ピアソラの作品があれば何もいらない、という心境ではなくなっているようだ。ピアソラには大変申し訳ないし、図書館への登録者も海外の方々が何人も存在し、それらの皆さんにも申し訳ないが、いつの間にか曲の更新をしないまま年月が経ってしまった。

 マニアックな点だけを追求するのならば、次々とYouTubeでピアソラの曲を探し、図書館にリストアップして視聴できるようにする姿勢が続いただろうと思う。しかし、今の私はその時に聴きたい音楽を聴く、という体質になってしまったようだ。つまり、ピアソラのこの曲はかなりのマニアでも知らないだろう、という点を強調したいのではなく、自分の約半世紀にわたる音楽的な放浪の旅を通して、こんな音楽もあるという、もっとリラックスした音楽の紹介ができるといいなと、今日ふと考えた次第である。

 見ようによっては中途半端な音の出る図書館になってしまうかもしれないが、クラシックからジャズ、タンゴ、ボサノバ、シャンソンなどの幅広いジャンルで、自分の感性に合った音楽を紹介する音の図書館を作る方が、今の自分には合っているのではないかと、今日そのような考えが思い浮かんだ。

 当時と比べれば今の私は、かなり時間的にタイトな生活を送っている。したがって、頭の中だけでの構想で終わってしまうか、あるいは時間をかけて少しずつ組み立てるか、現在のところは皆目見当がつかない。しかし、個人的に音楽と人間の感性は、密接な関係があると思っているので、誰でも無料で登録できる図書館にして、かつ登録された方からもいろいろなお好きな音楽を紹介してもらう、という交流の場があってもいいのではないかと思った。もちろん、今日の今日なので正真正銘の思いつきのアイディアである。

 徹底的に音楽好きの私なので、仕事の合間の頭安めに、もしかしたら本格的にそのような趣旨の、音の出る図書館をインターネット上に作ってしまうかもしれない。

 さて、もし作るとしたら何か良い名前は無いだろうか。例えば、今日冒頭で紹介した曲のタイトルをもじって「My Favourite Music」 なんていう名前もいいかなと思った。
 
 一体いつになったら着手できるのか、皆目見当もつかないが、設置が始まったらブログで報告させていただくので、音楽好きの方は是非登録してご活用いただきたい。

 現在時刻は午後10時21分。さて今日こそは歩きに行こう。

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by hirune-neko | 2020-08-27 22:25 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

若い人たちの初志貫徹の姿は美しいものだ

Astor Piazzolla - Invierno Porteño

 今日もiMacのアリスの救命のため、長時間あれこれと試行錯誤をした。そのような中でも、いろいろなアクシデントがあった。

 一面識もないのだが、女性の落語家の方がFacebook友達に存在する。その方からメッセージがあり、「このビデオはいつ頃のものですか?」という質問とともに、動画の画面が送られてきた。質問の意味がわからなかったし、私自身はFacebookに動画をアップするようなことはしていない。不思議な気がしたが、動画の開始ボタンをクリックした。

 すると、いろいろなアンケート質問が続いた。抽選でiphone11proが当たると書かれていた。これはどうもおかしいと思って、そこで画面を閉じた。するとその直後に、その 落語家の方からメッセージが届いた。彼女のアカウントが乗っ取られて、スパムメールが発信されたと言う。

 そこですぐさま、パスワードの変更を行った。セキュリティー項目を開いてみると、ほんの数分前に北海道や神奈川県から、私のFacebookアカウントにログインされた形跡があった。短時間だったし、すぐにパスワードを変更したので、私のFacebookアカウントが乗っ取られているような事はないと思う。しかし、何事も用心である。私とFacebook友達になっていらっしゃる皆さんに、私からおかしなメッセージが届いたら、くれぐれも無視して削除していただきたい。

 セキュリティーのため、信頼できるFacebook友達を少なくとも3人指定するようにという指示があった。そこで、人間名前の私自身と、昼寝ネコの雑記帳出版のきっかけを作ってくれた、鈴木れい子さん、そして昼寝ネコのイラストを描いてくれたカトリ〜ヌ・笠井さんの名前を勝手に登録させてもらった。鈴木さん、笠井さん、あしからずご了承いただきたい。

 そのような次第なので、Facebookページをいろいろ確認していたら、大阪・池田市を拠点にピアソラの曲を演奏している、若手女性たちのグループ「クレモナ・モダンタンゴ ラボラトリー」が、オンラインで練習風景を配信しているという書き込みが目に留まった。

 なんでも、ピアソラの「ブエノスアイレスの四季」の全曲を演奏するコンサートを企画しているらしい。オンラインで今実際に行われている練習だというので、興味があってしばらく鑑賞させてもらった。冒頭でご紹介しているのは、その中の1曲なのだが、ブエノスアイレスの秋だっただろうか、スペイン語のタイトルを見てもすぐさま正しい日本語のタイトルが思い浮かばない。

 最初に音楽監督の「かじくん」から電話をいただいたのは、何年前の事だっただろうか。よくは覚えていない。しかし、連日のようにピアソラの音楽だけをブログで紹介していた、この昼寝ネコの雑記帳をご覧になったらしく、ピアソラの熱狂的なファンとして電話を下さったとの事だった。

 その後、「かじくん」と演奏家の皆さんには何度かお会いする機会があった。そして、今もなおピアソラの曲をレパートリーとして選び、演奏する姿に初志貫徹の意思の強さを感じ声援を送りたいと思った。

 ピアソラの作品は、純然たるアルゼンチンタンゴとはかなり趣が異なると思う。世界観が違うと言っても良いのではないだろうか。ピアソラ自身がビル・エヴァンスを高く評価していたということを 知った時は嬉しかった。

 何年も経った今でも、こうしてピアソラの音楽性を掘り下げ、自分たちなりに解釈して表現しようとする努力には、改めて頭が下がる思いだ。バンドマスター、いやバンドミストレスと言うべきなのだろうか・・・そのぴかりんさんというオーボエ奏者の方が中心となり、ピアソラやクラシック音楽などに関するニュースレターを週刊で発行している。なかなか鋭い視点で音楽を捉え、かつピアソラに対する思いや音楽的洞察が綴られておりとても参考になる。興味がおありになったら、ぜひ直接コンタクトして購読してあげていただきたい。

 私の方は、数日前から腸の働きがおかしくなってしまい、とても難儀をしている。おそらくはここ2週間近くの、コンピューターの動作不良とその復旧に振り回されている、ストレスが原因なのではないだろうか。

 しかし、夜の9時直前から約50分近く、辛抱強く付き合ってくれたAppleのアドバイザーの男性サポートの方から、おかげで最適の解決方法を教えていただき、ようやく出口が見つかった。とりあえずは、iCloud Driveの重いデータを全て削除しても良いとの事だったので、現在は空である。 そのため、iMacのディスクに対する負担が大幅に軽減され、アプリケーションやその他の動作の動きがとても速く快適になった。そのため、ストレスがかなり軽減され、まるで青春時代のように希望が湧いてきている。

 アドバイザーの方は、私の白内障の話を聞くと、その方自身も10代そして20代の時に2回白内障の手術をしたという話をしてくれた。私は自分の年齢を伝えなかったけれど、声の感じと目の症状を聞いて、「この時間からだと最後のお客様なので、死なばもろともで最後まで一緒に取り組みます」という力強い言葉をいただいた。とてもありがたい言葉だった。

 もちろん、さりとて一気に終えられる作業ではないが、待たされる時間がほとんどなくなりつつあるので、精神衛生上はとても良好な環境になった。約2週間にして、ようやく分水嶺に近いトンネルの出口に差しかかった感じである。

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by hirune-neko | 2020-07-26 00:56 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

頑張っている皆さんを応援する、真面目なご案内である

Ave Maria-アヴェマリア-|『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ

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 今日は一年に一回の、エイプリル・フールの日なので、何か、あっと驚かせる記事を書くつもりだった。しかし、サイトに設置しようとしている機能が、どうしても動かない。昨日からずっと取り組んでいたのだが、とうとうギブアップして、2カ所のユーザーフォーラムに質問を投稿した。

 おまけに、雨の中を傘を差しながら、日課のウォーキングをこなしたので、少々ヘトヘト気味で、創作意欲が失せてしまった。

 そこでふと思い浮かんだのは、大阪・池田市を拠点に演奏活動をされている、『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリの、メルマガ創刊の件だった。

 音楽監督のかじくんはじめ、皆さんはピアソラに傾倒しており、ヨーロッパでの音楽コンクールにまで遠征しようという、大きな望みをもっていらっしゃる。

 もともと、バンマスのぴかりんさんは、演奏家としてだけでなく、音楽に関する学識・見識も豊富な方で、彼女の音楽論はとても参考になっている。

 それがこの度、まぐまぐから有料メルマガとして創刊されると聞き、早速購読の申し込みをしたばかりだ。何やら、読者プレゼントも用意されているようなので、「ネコ型のコースター」を申し込んだところだ。

 若い女性による、いわゆるブラスアンサンブルだが、メルマガから音楽に対する知識・見識を得て、さらには地道な演奏活動を応援しようと思われる方は、是非定期購読をしてあげていただきたい。

 以下は、そのご案内である。

(全面広告開始)
【毎週2通お届けするメルマガ【クレモナ通信】月/880円】
 目指せ!読者100人!
 『クレモナ』のバンドマスターぴかりんが編集長となって毎週2回配信されるメルマガです。
 クラシック音楽についてのプレイヤーとしての考察から、音楽業界の珍ニュース解説、メンバーそれぞれの奮闘記、本拠地ルーク・カフェの看板猫「ほっけ」と「こんぶちゃん」の観察日記など、毎号10000字を超えるボリュームでお届けします。
 『クレモナ』の「今」を様々な視点からお伝えし、さらに読者プレゼントのコーナーまである、【世界一愛のあるメルマガ】を目指します。

【登録はこちらから】

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(これが難しかったのです!)

【クレモナ通信】読者プレゼントのお申込み】
 *定期購読申し込み者限定

① ケンショーのウスターソース


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 わたしが一番大好きなウスターソースをプレゼントします。目玉焼きにドバドバとかけて召し上がってください。きっと、毎日の朝食が美味しくなりますよ!

② フルートゆき特製手作り「コースター」


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 クレモナのフルートを担当しているフルートゆきが丁寧に手作りをしたコースターをプレゼントいたします。

③ お浄とるりりんのジオラマ


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 大阪府能勢町のPRキャラクター『お浄』と『るりりん』という萌え系のキャラクターがいるのですが、その二人が自転車に乗っているジオラマをプレゼントいたします。
 本年の2月に能勢町にある浄瑠璃シアターでステージをさせていただいたのですが、そのご縁で教育委員会のご担当者さまからいただいたジオラマです。
(全面広告終了)


 ここまでお読みくださり、お礼を申し上げる。

 ところで、皆さんはお好きな演奏家や作曲家をお持ちだろうか。私自身は、音楽的には嗜好が偏向しており、ずっと聴いているのは、ジャズピアニストのビル・エヴァンス、タンゴの作曲・演奏家のアストル・ピアソラ、シャンソン歌手のシャルル・アズナヴールである。かなりの長きにわたって聴いている。

 改めて、自分自身の感性に、音楽は不可欠な存在だと思っている。二十代の後半から、比較的長期間にわたりクラシックの声楽を習った。いわゆるオペラのアリアと歌曲である。今では声を出すこともなくなり、ギターでボサノヴァの弾き語りができればいいなと思っているが、現実的にはまったく無理な生活パターンである。

 しかし、音楽には理論的な側面があるものの、鑑賞する人間にとっては、感性や感覚、そして心理状態と密接な関係があるのではないかと思っている。こんな私でも、音楽の無い人生は考えられないと思うほどである。

 音楽は、聴くのも奏でるのも、お勧めの趣味である。

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by hirune-neko | 2020-04-01 22:50 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

クレモナの皆さん、おめでとう〜セカンドアルバムのリリース

Ave Maria-アヴェマリア-|『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ
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 大阪・池田市を拠点に、ピアソラ作品を積極的に演奏している、木管楽器のアンサンブル・グループがある。その名も、クレモナ・モダンタンゴ・ラボラトリである。何かの実験室なのかもしれない。

 クレモナの皆さんのことは、過去に何度かご紹介したことがあるが、ピアソラのレパートリーでセカンドアルバムをリリースされたので、改めてご紹介させていただく。

 数ヶ月前だったが、東京のスタジオで公開録音をするというので、お邪魔した。スタジオ録音を見学するのは初めてだったので、とても興味深かった。

 アレンジャー兼音楽監督の梶クン・・・娘ほどの年齢のメンバーから、「梶クン」と呼ばれており、私自身は抵抗感があるのだが、改まって本名でお呼びするのも、なんだか他人行儀のように感じるし、さらにはリリースされたCDのジャケットを見ると、Directed by Kajikunと表記されているので、この際だから、私も「梶クン」と呼ばせてもらうことにする。梶クン、悪しからず・・・。

 とりあえずは、改めてセカンドアルバムのジャケットを、以下にご紹介させていただく。

【セカンドアルバムのジャケットの画像】
クレモナの皆さん、おめでとう〜セカンドアルバムのリリース_c0115242_01515760.jpg

 今にして思えば、クレモナの皆さんとの出会いは、梶クンからの電話がきっかけだった。私はひと頃、ブログで紹介するYouTube動画といえば、ピアソラ一辺倒だった。おそらくは何かで検索し、ピアソラに偏向している昼寝ネコという存在に興味を持たれたのかもしれない。ある日、会社に電話があり、いきなり「昼寝ネコさんはいますか?」と訊かれて驚いたのを憶えている。それが、そもそものきっかけだった。

 さて、このセカンドアルバムのリリース前に、オーボエ奏者であるバンマスのぴかりんさんから連絡があり、CD用に使いたいので、ピアソラについて何か書いてほしいと依頼された。いわゆるライナーノートである。

 普通は音楽評論家などの専門家が書くものだが、アホな私はそんなことより、ピアソラについて好きに書いていいと言われたので、なんのためらいもなく、数時間後には原稿を送ってしまった。ある意味では大それたことなのではないだろうか。今さらそう考えても、もう手遅れである。

 送っていただいたCDの中面には、ピアソラのバンドネオン姿と見開きで、私のその文章が印刷されていた。こんな感じである。

2ndアルバムのジャケット中面】
クレモナの皆さん、おめでとう〜セカンドアルバムのリリース_c0115242_01521333.jpg

 おそらく、画像からは文章が判読できないと思うので、どのようなことを書いたか、以下にご紹介させていただく。

【ピアソラの遺産である音楽的遺伝子】

 作曲家であるピアソラは、どの音楽カテゴリーに入れるべきなのだろうか、と思うことがある。ピアソラ作品の曲想は、あるときはタンゴであり、クラシックでもあり、ジャズとも融合する。したがって、そのようなカテゴリー論は、音楽評論家やアカデミックな分野の皆さんにお任せしたい。

 人間の心理が多面的であるように、ピアソラの作品も実に多様な世界を音楽的に創造している。しかし、どの作品にも通底するのは、苦難や不安、さらには歓喜や平安、勇気など、人間の内面世界を直視し、聴き手の心と感性に直接語りかける不思議な力である。決して表面的な形式を気にし、聴き手の顔色を窺うことはない。

 ピアソラの作品は、絶望のどん底で苦しむ人間の心を揺さぶり、励ましと勇気を与える。意気消沈した人間の心を洗い流し、安らぎと平安で包み込む。迷いに沈む人間には、確固とした信念を貫く活力を与える。

 ある種の感性を有する人間にとって、ピアソラの作品は、どのような処方薬もかなわない、効果的な心の栄養補助食品だといえる。文字通り、人間の心を覚醒させる不思議な遺伝子を持つ音楽であり、クレモナの演奏は、その遺伝子を受け継いでいる、うら若き反逆者たちなのである。ピアソラもフェレールも、墓の中から注目していることだろうと思う。 

 昼寝ネコ (自称、紀元前千年頃、古代イスラエルに生まれる。ピアソラと昼寝、こしあんドーナツが大好きな妄想ネコ)


 さて、ここまでは長い長い前書きである。

 クレモナの皆さんは、勝手にクラウドファンディングとして、広く。皆さんからのご支援をお願いしている。クレモナのサイトにはこのCDの収益を『勝手にクラウドファンディング』として来年のヨーロッパの国際コンクールの渡航費・受験費に充てさせていただきます。」・・・と書かれている。

 同じピアソラファンとして、私自身も応援したいと思っているが、もしよろしければ、クレモナのサイトに訪問していただき、詳細をご覧になっていただけないだろうか。

【クレモナのサイト該当ページ】


 とまあ、そのような次第で、今日ばかりは、ピアソラの音楽的遺伝子を受け継ぐクレモナの皆さんへの応援メッセージ+全面広告とさせていただく。

 ぴかりんさんに、ヨーロッパへ同行して通訳のお手伝いをしましょうか?と申し出た。フランス語、ドイツ語、イタリア語は自信が無いけど、ヘブライ語なら大丈夫だ、というと、ちゃんと冗談の意味を深く理解してくれたらしく、笑い声が聞こえた。

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by hirune-neko | 2019-09-02 01:55 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

現実世界と妄想世界の境界線を喪失した女流画家

Daniel Mille - Les Minots
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 私にとって金曜日は週末の一部だ。週の中で木曜日は忙しさのピークで、製本所に新しく印刷した絵本の原稿を届け、製本が終わった絵本を引き取る。金曜日は、ちょっとひと息つける日である。

 しかし今日の金曜日は実質的な月末なので、朝から振り込みの準備を始めた。相変わらず1件ずつ手作業で振り込んでおり、一括振り込みの手法を学んでいない。振込先の名前を確認し、金額を途中で3度ばかり確認し、トークンの数字を入力して振り込む。会社と個人を会わせて、100件までは行かないと思うが、それなりの数である。

 今日は視力が衰えているせいか、あるいは年齢相応の老化のせいか、振り込み作業の終了後は、どっと疲労が押し寄せて来た。珍しく夜の8時頃には寝室で身体を横たえた。1時間半ほどの仮眠の後、気力を振り絞って入浴、洗髪を終えた。疲労感が取れず、また寝室に戻って横になり、iPad Proを胸に載せて音声入力で今日のブログを更新しようと考えた。しかし思い直して、まだ電源を落としていないパソコンの前に座った。パソコンのウィルスチェックに時間がかかっていたからだ。

 少し迷ったが、久しぶりにフランス人アコーディオン奏者の、Daniel Mille(ダニエル・ミル)のアルバムから選ぶことにした。定かではないが確か、ピアソラへの追悼アルバムだったように記憶している。ひととおり聴いてみたのだが、決めかねたのでYouTubeで、Daniel Milleの動画を検索した。

 そこで目に留まったのが、冒頭の動画である。音楽だけだったら、そのまま聞き飛ばしたと思うのだが、映像に興味を持ち最後まで観てしまった。

 動画のクォリティ、登場人物の演技力、撮影技法などから判断すると、おそらくは映画作品の一部なのではないかと判断した。そこで、Googleで検索したのだが、とうとう見つけられなかった。曲名のLes Minotsgという言葉の意味すら、特定できなかった。

 この映像に登場する女流画家は、とてもユニークな感性を持っていると感じる。目の動き、表情、現実世界に重ね合わせる妄想画の構成・・・そのどれを取っても、病的なまでの特異性を感じてしまった。

 そこで、私なりに考えたタイトルは「現実世界と妄想世界の境界線を喪失した女流画家」となってしまった次第だ。

 普通ではない、鋭敏な洞察力と空想力の持ち主。そして市井の人々に対する、慈愛溢れる興味と関心・・・それらが渾然一体となった、女流画家だと感じる。

 もし、この映像の出自についてご存知の方がいらっしゃったら、是非教えていただきたい。

 Daniel Milleのアコーディオン演奏を聴きながら、この少々病的とも思える女流画家の世界を、改めて視聴されることをお勧めする。

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by hirune-neko | 2019-06-29 00:13 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ミュージシャンの来歴にまで興味を持ってしまった

Loreena McKennitt- Caravanserai.flv
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 高校生の頃から、音楽的には偏食傾向が強かったようだ。1960年代の後半なので、ビートルズやモンキーズが全盛だったと思う。しかし、どういう訳か興味が湧かなかった。学校を抜け出して、ジャズ喫茶に通うのが日課になってしまったので、もっぱらジャズばかり聴いていた。

 ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンスに傾倒し、大学の後半にはシャルル・アズナヴールを聴いた。やがてパコ・デ・ルシア、という感じだったが、40代にピアソラと出会い、すっかり虜になってしまった。

 ここ数年は、ダイアナ・クラール、ステイシー・ケント、エリアヌ・エリアスやシャーリー・ホーンなどの女性ヴォーカリストも、アルバムをダウンロードして聴いている。

 しかし、誰一人として音楽的な来歴などを調べたことはない。ところが、最近知ったロリーナ・マッケニット(Loreena McKennitt)に対しては、音楽という枠を越えた背景世界に興味を持ってしまった。

 最初の出会いは、映画で使われたTango to Evoraで、印象深い曲想だった。Apple・ミュージックに登録しているので、アルバムはダウンロードし放題なのをいいことに、ロリーナ・マッケニットのアルバム12枚をダウンロードし、1枚ずつ聴いている。

 徐々に理解できたのは、Tango to Evoraは唯一といっていいほど、現代的な作品であり、その他ほとんどは時空を超越した曲想で、時代も国籍も不明・・・というより、旧約時代の中東から現代にタムスリップして来たのでは、と感じている。

 そこで今日、ロリーナ・マッケニット(Loreena McKennitt)について調べてみた。さすがに、自分のブログで熱狂的に推挙している日本人の絶対数は少なかった。

 とても詳細な記述を見つけたので、長文になるが記録として以下に残しておきたい。
ミュージシャンの来歴にまで興味を持ってしまった_c0115242_00045996.jpg

【ロリーナ・マッケニット(Loreena McKennitt)】
■引用元:バイオグラフィー BIOGRAPHY

 あの壮大な2枚組『ライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』からもう4年が、一番新しいオリジナル・アルバム『ブック・オブ・シークレッツ』からとなると、もう6年が経ってしまった。デビュー以降2~3年に1枚のペースで作品を届けてくれていた彼女だから、もうそろそろ次を、と本当は思いたいところだけれど、その願いはまだ届きそうにない。

 かねてからロリーナを聴いてきた方ならご存じかもしれない。彼女は1998年に婚約者を水難事故で失ってから、一切の音楽活動をやめてしまっている。いや、正確に言えば、『ライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』は1999年9月の発売だから、それにかかるさまざまな行程には、事故後も関わっていたのかもしれないが、創作物として新しいものを世に送り出すというまでには、まだ至っていない。あるいは、もう2度とそれはないのかもしれない。本人にもわからないだろう。『ブック・オブ・シークレッツ』のレコーディングを見学させてもらった時に感じた、まるで音楽以外の雑念を振り払うかのように集中しサウンドを構築してゆく完璧主義者的な彼女のこだわりが、その事故によって乱れたのは、想像に難くない。これからのことは、神のみぞ知ること。彼女の次なるステージを信じて、今はただ、これまでの名作の数々を聴き続けるしかない。

 ロリーナは、カナダはマニトバ州モーデンの生まれ。その姓からもわかるように、ケルトの血を受け継いでいる。アシュリー・マックアイザックやナタリー・マクマスターらを輩出したノヴァ・スコシアを筆頭に、ケルト文化が根強く残っているカナダの大西洋岸だが、マニトバでもパブなどを中心にケルトの伝統音楽は受け継がれていたようで、その少女期の音楽体験が、以後の彼女の音楽人生に大きな影響を与えている。やがて彼女自身も、モーデン付近のフォーク・クラブやホールで歌うようになった。

 1980年代初頭になると、オンタリオ州ストラトフォードに移住。そこは大規模なシェイクスピアのフェスティバルが開かれる町で、移住はフェスティバルに役者、作曲家、歌手として参加するためだった。82年に『THE TEMPEST』、85年に『THE TWOGENTLEMEN OF VERONA』などを手がけている。さらにその後トロントへ出てバスキングも経験。地道な活動が実を結び、やがて彼女は海外で開かれる万国博にカナダ代表として出演、演奏したり、フォーク・フェスティバルで歌うようになる。そして、小規模ながら自分がメインのライヴを開くまでになった。

 1985年、ソロ・ミュージシャンとしての本格的なスタートを決心したロリーナは、自身のレーベル“クインラン・ロード”を設立。同年にファースト・アルバム『エレメンタル』を発表する。その後の輝かしいキャリアの幕開けを飾ったデビュー作だが、その手法はまだまだシンプル。ただひたすらにケルトの大地を見つめる。「ブラックスミス」「シー・ムーヴド・スルー・ザ・フェアー」「キャリックファーガス」など7曲がトラッド、残る2曲はウィリアム・バトラー・イェイツとウィリアム・ブレイクの詩にロリーナが曲をつけた。シェイクスピアをきっかけに身に付けたのだろうこの手法が、際立って素晴しい。

 1987年の第2作『ドライヴ・ザ・コールド・ウィンター・アウェイ』は、アイルランド、スコットランド、イングランドのキャロル集。なんといっても1曲目、18世紀イングランド産のトラッド「クリスマスを讃えて」の美しさが、何度聴いても心を揺り動かす。スタジオを使わず教会やホールで録音したことで神秘的な残響が漂う音空間が生まれ、シンプルな編曲により、彼女自身によるハープの音色も、より堪能できる。数々のキャロルに混じって収録された3曲のオリジナルも、伝統曲の美しさに全く負けていない。

 この頃のロリーナは、その表面的な音楽性から、よく“カナダのエンヤ”と紹介された。もちろん、共にケルトという揺るがぬルーツに根を張っているし、その透明感やシンセサイザーの音色からは、たしかにある程度の共通性が感じ取れる。

 しかし、その後彼女は、音楽をもってエンヤとの資質の違いを、そして無二の個性を明らかにしてゆく。その最初の試みとなったのが、1989年に発表された『パラレル・ドリームス』。その後彼女の片腕的存在として活躍することになるギタリスト、ブライアン・ヒューズが初めて関わり、前2作では稀薄だったリズムへのアプローチによって、新展開をみせた。ケルトのエッセンスを残しつつ、他文化圏の楽器の使用や自作曲を増やし、音楽家ロリーナの発展の跡を感じさせる。この、ケルトと異文化との融合が、以後のロリーナの音楽活動の一大テーマとなっていく。ターニング・ポイントともいえる1枚。

 1990年代は、まさにその才能があふれんばかりに開花した時代。通算4作目、ワーナー・ミュージック・カナダと契約しての第1弾となった1991年『ザ・ヴィジット』では、スケールもアレンジも格段にレベルアップ。ヨーロッパ大陸や中近東への視野の広がりを感じせ、アラブ音楽の旋律やインドの楽器シタールを導入しつつ、前作で見せたリズムへのアプローチの成果もいかんなく発揮する。一方では、プロのミュージシャンとしてのルーツであるシェイクスピアを題材に曲を付けた「Cymbeline」や、トラッドの「Greensleeves」を取り上げるなど、自らの足元もおざなりにはしない。ブライアン・ヒューズは、このアルバムから本格的にサウンド・ディレクションに関わるようになり、クオリティは格段に向上した。

 1994年の第5作『マスク・アンド・ミラー』は、『パラレル・ドリームス』以降の音楽的彷徨が遂に結実した濃密な傑作。スペイン、イタリア、モロッコ、北アフリカで吸収したエッセンスのすべてが集約された名盤である。曲作り、アレンジ、録音、どれもがよく練られ、そのクオリティの高さは“カナダのグラミー”と形容されるジュノ・アワード2部門受賞で実証された。ケルトの聖地アイルランドからは御大ドーナル・ラニーが参加、2曲でブズーキを演奏している。

 1995年の穏やかなクリスマス・ソング集『ウィンター・ガーデン』は、息を飲むような崇高な音世界を構築してきた彼女が久々に届けてくれた、心に深く染み入るような暖かいミニ・アルバムだ。もちろん、ロリーナの妥協のない音作りへのこだわりも変わらないけれど、有名なイギリスのキャロル「Got Rest Ye Merry, Gentleman(世の人を忘るな)」やセカンド・アルバム収録曲の再演となる「Snow」などを、穏やかに、豊かに歌いあげる。この年にはチーフタンズと共に来日を果たしている。
 そして1997年、現時点での最新オリジナル作となる通算6作目『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』を発表。アルバム・タイトルが示すとおり、マルコ・ポーロの『東方見聞録』など世界の歴史的な書物に題材を取り、その各地の音楽的要素を盛り込んで作り上げたコンセプト・アルバム。また、ギリシアやシベリアへの旅から得たインスピレーションも大きく作用しており、『マスク・アンド・ミラー』で見せた壮大で濃密な音絵巻をさらに突き詰めた内容となっている。全世界で300万枚以上の売り上げを記録した。

 この『マスク・アンド・ミラー』発売後のツアーでのパフォーマンスを収録したのが、1999年に発表されたベスト盤的要素の強い2枚組?a href="disc.html#lipt">wライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』。彼女の初のライヴ・アルバムで、DISC-1は、『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』全曲、DISC2は現在までの代表曲で構成されている。片腕ブライアン・ヒューズに、ベースのダニー・トンプソン、ヴァイオリンのヒュー・マーシュ、ソロ・アルバムが日本でも発売されたチェロのキャロライン・ラヴェルら、天才プレイヤー達をバンドとして従え、完璧な演奏を展開する。ロリーナの歌声もスタジオ盤で聴くのとはまた違った力強い魅力にあふれ、感動的である。

 というわけで、これまでに8タイトルのCDを世に送り出しているロリーナ。世界各地への旅から作品へのインスピレーションを育ててゆくという彼女の音楽は、まるで彼女の旅のサウンドトラックである。『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』発表後には中国を旅していたというから、例の悲劇がなければ去年あたりには、中国や、ひょっとしたら日本、ひいてはアジア全体を視野に入れたようなアルバムが作られていたかもしれない。しかし、もしも彼女がこれから音楽界に復帰することがあるのなら、また違うアイディアがコンセプトになるはずだとも思う。しかし、そのどれもが、今は淡い憶測でしかないのが、やはり残念である。

 しかし、そんな憶測をよそに、彼女のこれまでの作品は、何年経っても輝きを失っていない。魂を、全身全霊を込めるように作られた音楽は、そう簡単に色あせるはずがない。今、彼女のアルバムをすべて聴きなおし、いくつかの新たな発見を自分なりにしながら、復活を祈るというより、むしろ、これだけの作品をわずか10年余の間に刻んだ彼女の才能の深さに、あらためて驚きと敬意を感じている。

2003年9月19日 高橋晃浩

(以下は関連リンク先)
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by hirune-neko | 2019-06-24 00:06 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

ビル・エヴァンスとキース・ジャレットの聴き比べ

My Foolish Heart
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 高校生のとき、スピーカーから流れてきたピアノの演奏を聴き、ビル・エヴァンスの演奏だと確信した。しかし違っていた。キース・ジャレットだったような気もするし、チック・コリアだったような気もする。もう憶えていない。。

 半世紀ほど経って、改めてキース・ジャレットの演奏を聴いてみた。このMy Foolish Heartは、ビル・エヴァンスの演奏で何度も聴いている。両者の違いを言葉で表現するのはとても難しい。しかし、敢えて言葉にすれば、ビル・エヴァンスの演奏は、重心がとても低いと思う。つまり、独自のスタイルを持ち、聴き手に対して媚びたり、妥協する気配はみじんも感じられない。やはり、孤高の演奏家なのだろう。

 今朝、倉庫に絵本の表紙が千枚届いた。20梱包である。搬入を手伝いに行き、多少は肉体労働をしたせいか、一日中眠気に襲われている。これを機会に、免疫力が回復するといわれる、午後10時から午前2時の時間帯は、なるべく寝るようにせよという、天からの促しなのだろうと、真摯に受けとめることにした。

 昨晩はブログ史上最短の記事を宣言したが、結局はいつもの文字量になってしまった。しかし、今日はせっかくのいい機会なので、これにてパソコンの電源を落とし、入浴してそのまま寝ることにする。

 素っ気ない記事で大変申し訳なく思っているが、わがままをお許しいただきたい、布団の中で身体を伸ばし、ほっとする瞬間はまさに至福の時である。

以下は同じMy Foolish Heartで、ビル・エヴァンスの演奏である。やはり、不可侵領域を感じさせる孤高の演奏家だと思う。
bill evans trio - my foolish heart

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by hirune-neko | 2019-05-24 22:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

国会議事堂に行ってきました。

Ave Maria-アヴェマリア-|『クレモナ』モダンタンゴ・ラボラトリ
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 いや別に、衆参同時選挙を見越して、立候補を検討しているという意味ではない。なんと、いただいた菓子箱のラベルを見たら「国会議事堂に行ってきました」という商品名が印刷されていた。へえ、こんなネーミングのお菓子があるんだ、と驚いてしまった。中はクッキーだった。

 過去に何度かご紹介したことのある、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団・・・今は音楽工房という名前なのか・・・が、CDリリースのため上京し、平和島の音楽スタジオで録音するというのでお邪魔して来た。その際に、お土産で頂戴したのが、上記のお菓子である。

 スタジオに到着した時は丁度、ロコのバラードを演奏・録音していた。録音後の微調整の様子は初めて見たが、ハイテクであり何がなんだか、さっぱり理解できなかった。続いて、アディオス・ノニーノで録音が完了した。

 彼等の演奏は、もう何年も聴いているが、音楽的な幅と深みが出て来たと感じた。編曲・監督兼務の梶野さんと、スタジオ内の演奏家の方とのやりとりは、時として上方漫才のノリである。

 つい最近、ブログでピアソラのPreparense・プレパレンセという曲を紹介した。調べると、スペイン語で「準備をしなさい」という意味のようだ。この曲を聴きながら、どういう訳かクレモナのお嬢さん達が演奏する光景が目に浮かんだ。ピアソラにしては珍しい曲想だと思う。割と陰影が薄く、どらかというと、明るく、希望に向かって前進する清々しさを感じる。そんなところから、クレモナのメンバーの皆さんが思い浮かんだのだろう。

 録音終了後、梶野さんに質問してみた。ピアソラのプレパレンセはレパートリーの中にあるかどう訊いてみた。すると、候補の中にあるという。「結婚する準備をしなさい」という曲想だからぴったりだね、というと笑顔になった。

 スタジオは初めて行ったが、平和島から20分と聞いていたので歩くことにした。iPadのカーナビに予め住所を登録し、駅から案内開始ボタンをタップした。起動時の最初だけは反応せず、違った方向に向かったが。最終的には無事に到着した。

 帰りも駅まで歩いたので、今日は一日だけで歩行数が1万歩を超えた。

 いずれCDがリリースされたら、改めてご紹介させていただく。ピアソラにとっては、若い女性達に音楽的な反逆ののろしを上げられ、笑みがこぼれているだろうと想像している。

 ピアソラ作品をメインレパートリーとして情熱を傾ける、20代の女性達を私も応援したいと思っている。

国会議事堂に行ってきました。_c0115242_01265301.jpg

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by hirune-neko | 2019-04-25 01:27 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

never let me go〜私を離さないで

Never Let Me Go - Rachel Portman - We All Complete
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 選曲を考えたとき、すぐに思い浮かんだ曲は、ビル・エヴァンスが演奏する「Never Let Me Go」だった。ほぼ同時に、ステイシー・ケントが歌う「Never Let Me Go」も思い浮かんだ。どちらにしようか迷いながら、YouTubeで聴き比べてみようと思った。

 分かりやすい曲想のステイシー・ケントがいいか、ちょっと難解で大人向けの渋い、ビル・エヴァンスの演奏がいいか、決めかねた。

 検索をかけたら、曲名の後ろにsound trackという単語が付いている見出しがあった。そういえば、日系英国人作家のカズオ・イシグロ作品が映画化されており、その原題が「Never Let Me Go」であり、ほぼ直訳の邦題が「私を離さないで」だったことを思い出した。

 まさか、ジャズ・スタンダードの「Never Let Me Go」と、カズオ・イシグロ作品の映画「Never Let Me Go」に関連性があるはずがない、とは思ったのだが、そこまでは自信が無かったので、とりあえず映画の「Never Let Me Go」を開いて聴いてみた。

 上記の音楽が、それである。

 やはり、音楽的には無関係だった。しかし、かなり以前に観たカズオ・イシグロ作品の映画「日の名残り」の雰囲気を思い出した。アンソニー・ホプキンス主演の、地味な地味な映画だったと記憶している。

 いろいろ調べていたら、TBSがこの映画を、舞台設定を日本に変えて金曜ドラマとして放映していたことが分かった。知らなかった。

 カズオ・イシグロ作品の全てを把握してはいないが、かなり内省的と思われるような、人間の深層心理を深く掘り下げた作品が、エンターテイメント性溢れる作品をさておいて、ノーベル文学賞を授与されたことに、意外性とともに安堵感を感じた。

 昨日の突発的な心臓の不調を反省し、久しぶりに連続で5000歩を歩いてきた。祝日であっても、メールでの問い合わせ、郵便やインターネットから絵本製作の申し込みがあり、アルバムページ用の画像も届く。製作ラインの負担軽減のため、基本的な下処理をしなくてはいけない。

 さすがに歩き始めは脚部全体がガクガクしたが、なんとか歩き終えることができた。

 YouTube動画の羅列は、本来は邪道だと思うのだが、せっかくの機会なので、以下にステイシー・ケントの歌う「Never Let Me Go」と、ビル・エヴァンスのピアノ演奏の「Never Let Me Go」を紹介させていただく。

Never Let Me Go(Stacey Kent)

 私は、音楽的にはとても偏食傾向があり、新しい演奏家を発掘することはほとんどしない。高校生の頃から半世紀にわたり、ずっとビル・エヴァンスを聴いている。シャルル・アズナヴールだって、もうじき半世紀になる。

 ブログ読者のcausalさんという方は、音楽と映画にとても詳しく、しかも鋭敏な感性をお持ちだ。そのcausalさんが何年か前に。このステイシー・ケントの存在を教えてくださった。

 YouTubeでかなりの数を聴いたが、ひと言でいうなら、無邪気さと純真さが残っている歌手だ、という印象だ。

 うっかり忘れるところだった。シャーリー・ホーンは、causalさんから教えていただいたのか、偶然見つけたのか、もう憶えていないのだが、彼女の歌い方には最も近いものを感じる。

 シャーリー・ホーンは、もう既に他界している。記憶では、糖尿病と乳がんを併発し、アメリカの病院で亡くなったはずだ。人生の晩年で、過ぎ去りし様々なシーンを回想し、肯定的に懐かしみ、感情を込めて歌うその歌声には、達観、悔悟、憐憫など、全てを包括しようとする人格すら感じる。自分を独りにして去って行った男性(実際にどうだったかは知らないが)に対しても、恨みや憎しみの感情を昇華し、その男性の無事・平安を願っている・・・

 そのような完成度の高い心境を感じる。

Shirley Horn - "Never Let Me Go

 ようやく最後は、ビル・エヴァンスの演奏である。どうしてこのような、大人しか聴かないような演奏に、高校生の分際で傾倒してしまったのだろうか。自分自身のことなので、客観的に分析することは難しい。とにかく、感覚的に融和できる要素があったとしか言いようがない。

 ビル・エヴァンスの生涯は、決して幸福色に染まってはいなかったようだ。音楽性から伝わってくるのは、孤高で内省的な精神世界だろうか。確か離婚を経験し、最後は薬物で健康を害して亡くなったと記憶している。

 気になったので、Wikipediaで確認したら、このようなエピソードが掲載されていた。

 ・・・Wikipediaから部分転載しようと思い、改めて読んでみたのだが、暗く荒廃した人生だったことがよく分かったので、転載は止めることにした。

 どこからこのような曲想が生み出されるのか、皆目見当がつかない。おそらく、個人的に交流があったとしても、長続きはしなかっただろうと、容易に想像がつく。

 そのような荒んだ人生だったとしても、ビル・エヴァンスの音楽性は高く評価したいと思う。

 ビル・エヴァンスは笑った表情の写真を残していないそうだ。タバコと麻薬の常用が原因で、ひどい虫歯になっていたのが理由だそうだ。

 そういえば、私もひどい虫歯なのを放置し、リステリン・トータルケアでなんとかごまかしている。まさか、ひどい虫歯という共通点で、ビル・エヴァンスの音楽性に共感しているということはないと思うが、いつか歯医者さんに行く機会があったら、先生に訊いてみようと思う。

Bill Evans - Never Let Me Go (Alternative take)

 今日ばかりは、YouTube動画連発の、とんでもない記事になってしまい、お詫び申し上げる。

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by hirune-neko | 2019-03-22 01:56 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

纐纈・・・読めない名前だったが、意外な発見だった

Autumn In New York - Ayumi Koketsu
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 今日は、ダウンロードした約200種類のファイル名を編集するのに、何時間もの時間を費やしてしまった。

 なんとか終えて、ブログ用の音楽を選ぼうと思い、YouTubeを開いた。すると、いつものように、私へのお勧めというカテゴリーで、楽曲がずらっと並んでいた。大概は過去の再生データを元に選定しているので、見知ったアーティストばかりだ。その中に、日本人らしき若い女性の画像があった。曲名はAutumn In New Yorkとあったので、おそらくジャズ・ヴォーカリストだと思った。

 どんな歌い方をするのか興味があり、再生してみた。ピアノのイントロに続いて流れてきたのは、サックスのメロディーで、一向に歌声が出てこない。おかしいと思って調べたら、この女性はヴォーカリストではなく、アルト・サックス奏者だった。

 名前はローマ字表記で、Ayumi Koketsuとなっていた。こけつ?一体何人だろうと思って検索してみたら、漢字では「纐纈」と書き「こうけつ」、と読むそうだ。愛知県や岐阜県に集中して存在する名前だそうだが、仕事柄、珍しい名前はたくさん目にしている私にとって、初めて目にする名前だった。

 それよりも驚いたのは、その演奏スタイルである。最初のフレーズを耳にした瞬間、デクスター・ゴードンのような、円熟した男性の演奏を連想した。デクスター・ゴードンは確か、テナー・サックスだと思うのだが、この女性はアルト・サックス奏者のようだ。なるほど、途中の何カ所かとエンディングの数フレーズは、アルト・サックス奏者のチャーリー・パーカーを彷彿とさせるメロディーであり、音色でもあった。勝手な想像だが、チャーリー・パーカーの影響を受けているのではないだろうか。

 それにしても、自分の音楽的偏見を正すいい機会だった。先入観無しで演奏だけを聴いたとしても、国籍はアメリカの黒人ジャズ奏者で、性別は男性、年齢は少なくとも50歳代で、体系は小太りであまり背は高くない・・・そのよなイメージでで聴いただろうと思う。

 何度も書いているが、高校生の頃からかなりの時間を、ジャズを聴いて過ごした。六本木などのジャズクラブでは、著名な日本人ジャズ・ミュージシャンの演奏もかなり聴いた。従って、聴く耳は肥えているという自負心を持っていた。

 このAyumi Koketsu=纐纈歩美さんの演奏、音楽性、感性、表現力から感じるのは、日本人の枠をはみ出した、存在感のあるプロフェッショナルなジャズ・ミュージシャンである・・・というイメージである。

 ついでみたいで申し訳ないが、ピアニストのアドリブ演奏もなかなかのものだ。派手さはないが、ベーシストとドラマーも、大人の演奏で、いい雰囲気を作っていると感じながら、聴くことができた。

 残念ながら、Appleミュージックではアルバムを見つけられなかったので、YouTubeからダウンロードし、音声ファイルに加工して持ち歩こうと思う。

 おっさんの演奏だと思って聴いたので、いやあ本当に、驚いてしまった。

【纐纈歩美公式ホームページ】
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by hirune-neko | 2019-02-12 01:08 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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