昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:心の中のできごと( 613 )

コーギー犬とミニチュア・ダックスフンドと訃報


Detour Ahead, Bill Evans

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 突然この世に未練が出てきたわけではない。やりかけの仕事の途中で、自分が機能不全になったり絶命したのでは、仕事に関わってくれている人たちに申し訳ない、という気持ちが強くなったためだ。なんとしても、一日のノルマを歩こうという気になった。家を出るときは、700歩程度しか歩いていなかったので、第三京浜まで往復してもまだ足りない。イヤフォンでBill Evansのアルバム"All the Greatest Night”を聴きながら歩き始めた。

 第三京浜で折り返し、しばらく歩いていたら、犬を連れて散歩している男性の後ろ姿が目に入ってきた。短足のワンちゃんで、チョコチョコと歩いている。追い越しざまに話しかけてみた。「これはコーギーですか?」「分かりません、友だちの犬なんです」と、明らかに外国人のアクセントで返事が返ってきた。顔を見ると、どうも東ヨーロッパ系の人に見えた。犬の話題で少しやりとりをしていたら、そのコーギーが私の方に寄ってくる。彼は「興味があるみたいですね」と、微笑みながら言った。

 そのまま歩き、帰りがけにヤマダ電機に寄った。電話で単6の乾電池を在庫していると確認していたので、買いに寄った。昨日届いた電子メモパッド用だ。

 帰宅途中、いつもは通り過ぎるだけで入ったことのないハンコ屋さんに寄ることにした。絵本の製作依頼書に日付印を押しているのだが、インクが薄くなってきて、インクの補充方法が分からず、この際だからスタンプ台を使う普通の日付印に切り替えようと思ったからだ。
 ハンコ屋さんの入口に立つと、まるで入店の邪魔をするかのように犬が座っている。そっとドアを開けたが、おとなしい性格のようだったので話しかけて、頭を撫でた。店の人から商品の説明を聞きながら、犬種を質問してみた。ミニチュア・ダックスフンドだという。へえ、と相づちを打つと、ワンちゃんが振り向いた。「自分のことを言われているのが分かるんですよ」と、店主の奥さんらしい人が言った。ワンちゃんは立ち上がり、私のそばまで寄ってきた。動物は動物好きの人間を嗅ぎ分けると聞いたことがあるが、そうなんだろう、きっと。

 帰宅してパソコンの前に座った。さすがに連続して7千歩以上を歩いたので、身体を休めたかった。Facebookに投稿があるという表示があったので開いてみた。訃報だった。
 ガンで余命半年と宣告されてから必死の闘病生活を続け、何十年か生きた人だ。63歳だったそうだ。ご主人とは、40年近く前にボランティア仲間として交流があったが、その彼はまだ三十代の半ば過ぎに、確か急性肝不全で急逝した。彼女は闘病の過程でいろいろな治療法に関する知識を得ており、私はフランスキクイモを勧められて、今でも常食している。ガンと糖尿病は治療方法が同じらしい。その流れで、酸素水を飲んでおり、昨年末からは電子水も常飲している。

 脳内ストレスのせいにして、クッキーやチョコレートに手を出し、最近は血糖値が高止まりしていた。しかし、甘い誘惑に負けて結果的に、自らが言い出しっぺのプロジェクトを、途中で放り出すことになってはいけない、という心の促しに素直に従い、断糖の決意をして実行している。まだ1週間も経っていないが、高止まりしていたときの平均値と比較して、すでに50近く下がってきている。自己責任をある程度まで果たしてから、他界したいと思っている。・・・いやいや、最近はジャック・バウワーのガッツを見習い、アンドリュー・マーシャルの模範を真似て、しぶとく生きながらえたいという希望を持ち始めている。晩年は、作家・昼寝ネコと呼ばれるほどの冊数を刊行できればいいな、なんていう妄想的な願望も大事にしたいと思っている。

 どうやら私は、ネコだけでなくワンちゃんからも親近感を持たれるネコ人間のようだ。ワンちゃんも可愛いと思う。散歩のお供にはやはり、ネコではなくワンちゃんがいいのではないだろうか。当たり前だろうけど。


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by hirune-neko | 2018-04-22 00:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

実作業が多く、なかなか充電できない毎日が続いている


Chet Baker - Almost blue

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 今日は、埼玉県のNさんからのご希望で、ステッカーをお送りした。里子に行くステッカーたちが、皆さんに可愛がられると思うと、私も嬉しくなってしまう。

 読みたい本、取得したい知識、習得したい技術、調べたい内容が多々あるのだが、なかなか手が付けられない。即対応しなければならない案件が連続し、自由時間が乏しいからだ。自由時間を持てるとが、こんなに贅沢なことだとは思っていなかったが、いざ実際に時間的にハードな状況を経験してみると、一定の自由な時間を確保するには、それなりの努力が必要であることが分かる。

 そうはいうものの、ここ数日のようにTWENTY FOURを連続視聴する時間は確保しているので、いざとなったら思い切って全てを放り出し、何時間かの自由時間を過ごせばいいのだろう。しかしそれはあまり建設的ではないように思い、葛藤が生じてしまう。

 根源的な、自分への問いかけである。残された人生で、何に時間を費やすべきなのか。ささいではあるが、大きな葛藤である。限られた時間で、それなりの量の案件をこなすには、集中力を高め効率よく、つまり無駄な時間を極力省いて過ごすべきなのだろうか。しかし、無駄な時間とは一体どのような時間なのだろうか。それと勿論、パソコンやインターネット、クラウドサービス、種々の管理ソフトを使いこなすことも不可欠だろう。

 そんな堂々巡りの、禅問答のような反芻を繰り返している。

 目の前の案件に集中していると、当然だが視野が狭まり、長期的な展望が消失してしまう。結局私は、ぼんやりと脳内で妄想を巡らし、現実世界とは距離を保って生きるのが一番性に合う、そんな発達障害の人間なのだろう。想像するだけで、居心地のいい空間だと思える。

 それでも数ヶ月前と較べると、かなり整理整頓が進み書類の山が整然としてきている。最近、電子メモパッドなるものが存在することを知り、購入してみた。以前、iPad Proを購入したとき、Apple Pencilが特典価格だったので購入してみた。手書きの文章や表などをevernoteに保存できるので、便利だと思った。しかし実際には、すぐにメモを取る必要があるようなときに、そこまで準備する時間的な余裕はない。
 その点、電子メモパッドは紙にメモするような感覚で書き残し、ボタンひとつで瞬時に消去できる。連続する案件をすべて記憶にだけ留めて作業していると、必ず抜けが生じてしまう。紙のメモだと、よほど上手に管理しないと紛失してしまう。すぐに書き留められるツールと、Todoistのようなタスク管理ソフトを組み合わせれば、かなり精度の高い仕組みになるように思う。

 1年ほど前から、なんだか知らないけれど処理案件が増え、遅延案件がなかなかゼロにならない。しかし、ここは努めて楽観的に考えようと思う。放棄せず、いろいろ調べたり工夫したりしていれば、いつか案件処理のスキルは上がっているだろうと思う。現に、トラブルが頻発していた毎週の納品書作成を、約3ヶ月間自分一人で担当し、Excelの関数や機能を組み込んでいろいろ工夫してみた。ミスが発生しにくい分かりやすい手順を確立できたと思う。先週から、在宅アルバイトの女性にお願いするのを再開した。小さなお子さん二人を抱えたお母さんだが、Excelに関する知識は私より遙かに豊富なので、心強く思っている。

 YouTube動画を情報資料としてダウンロードし、共有することにもかなりの試行錯誤をした。でも大容量の情報共有には、最終的にはiCloud Driveではなくdropboxの活用が現時点ではベストであることが分かった。

 ややマニアックな話題になってしまうが、ご参考まで少し説明させていただく。iCloud Drive自体は最大2TBの容量を契約できる。しかし、問題はiPhoneやiPadのディスク容量は最大で256GBのため、ダウンロードの上限が障壁になる。その点dropboxだとフォルダ共有ができて、月額千円ちょっとの負担で1TBまでディスク容量の負担なしに閲覧することができる。試しに100GB以上のフォルダを共有してみたが、同期に多少の時間はかかるものの、十分使用に耐える機能だということが実証できた。

 あくまでも現時点では妄想領域の想定ではあるが、実現化を進めている情報提供サービスの「会員制みるとす」のために、いわゆる「情報分析スタッフ」を確保しようと考えている。国内外のどこに住んでいる人とも、一緒に作業するためにはどうしてもクラウドサービスを利用して情報を共有する必要がある。dropboxには、さらに上級のビジネスプランが2種類用意されている。容量2TBと無制限のプランだ。多少の費用をプラスする必要はあるが、至極タフで便利そうである。

 情報共有、保存、発信のインフラはなんとか整いそうだ。一定期間は辛抱し、委任できる面積を徐々に拡大していけば、自分でなければできない領域の技術習得に必要な時間を集中できるようになると思っている。要するに、自分の分身を作るということになるのだろうか。

 とまあ、自分に残された時間が無尽蔵にあるように錯覚して考えてしまっている。誰にでも共通していると思うのだが、困難な時期であっても、ある程度は楽観的に考えるのも必要なのではないだろうか。

 どうも書き始めるとどうしても長文になってしまう。退屈な話題を最後までお読みくださり、お礼申し上げる。


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by hirune-neko | 2018-04-21 01:30 | 心の中のできごと | Comments(0)

引き続きTWENTY-FOURとなぜかAmazonの話題


Eliane Elias - I'm not alone

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 すっかりTWENTY-FOURに傾倒してしまったが、ちょっと解説させていただきたい。

 TWENTY-FOURはアメリカのテレビドラマとして製作され、当初はシーズン1〜8までだった。1シーズンは全24話で構成されており、1話は約40分である。Amazonのプライムメンバーであれば、無料で閲覧することができる。

 知らないうちに、シーズン9が製作され、Live Another Dayというタイトルがつけられている、シーズン9は半分の12話で構成されており、重要な役割を演じているCTU(Counter Intelligence Unit)のメンバー、クロエ役の女優が来日したときに、このシーズン9がロンドンで製作されたことを知った。政府機関の職員だったクロエが、反政府の人間になっているそうで、興味深い。これもAmazonのプライムメンバーであれば、無料である。

 今日、改めて確認したところ、シーズン10が製作されており、Legacyというタイトルがついていた。残念なことに無料ではなく、レンタルは200円で購入は600円となっている。

 昨日の続きで、今日はシーズン8の22話から最後の24話までを閲覧することができた。似たようなアメリカのテレビドラマである、政府関連の情報機関が舞台のCovert AffairsとNIKITAをすべて視聴したが、今日最後まで視聴したTWENTY-FOURのシリーズ8は、おそらく最高の出来映えだと思う。

 アメリカ大統領、ロシア大統領、架空の中東国家の大統領とその夫人が登場し、国際政治のリアルな展開、国際的陰謀、テロの手法などが巧みに描かれている。正義、公正、理念の重要性が軸となって終結する。アメリカ大統領のスピーチ、大統領補佐官の言動のどれをとっても、重みのある内容で、おそらくは何人もの専門家や経験者に対して緻密な取材を経て作られたシナリオだと思う。人間同士の絆・信頼感なども効果的に絡ませていた。改めてプロの技術の凄さに脱帽した次第だ。

 疑似体験ではあるものの、アメリカという国の奥深さ、政府や民間機関の中枢で働く人たちのタフさと有能さを体感することができた。

 この作品とはなんの脈絡もないのだが、今日はAmazonについて考えるところがあった。少し前に、アメリカのトランプ大統領が、莫大な利益を上げているにも拘わらず税金を払っていないAmazonを非難しているという記事を読んでいた。あまり気に留めていなかった。

 詳しく書くとかなりの長文になってしまいそうだ。私は、電子出版をAmazonのKindle版だけを対象にしようと考えていた。一見すると、Amazonの販売力やシステム、プログラムの卓越さは群を抜いていると思う。しかし、既存の流通経路を飛び越えてネット通販ビジネスを拡大するAmazonの手法に対し、その将来性に疑問を持つようになっている。年商10兆円を超えるといわれる天下のAmazonの将来性を疑う、などというと世間知らずだと馬鹿にされるのは承知している。

 私の祖母は、若くして夫を亡くした。夫は30歳代で北海道室蘭に今もある日本製鋼所の工場長を務めていたが、あまりにも仕事熱心のため過労で倒れ、帰らぬ人となった。38歳の若さだったと聞いている。真冬にソリに乗せてもらい、部下に押してもらって出社するほどの無理を重ねたと、母から聞いたことがある。

 祖父が亡くなったあと、祖母は5人の子どもを育てるために、野菜、果物、総菜を売る店を始めた。そのとき母は長女だったので中学で学業を断念し、リヤカーを引いて坂道を往復し、仕入れを手伝ったと聞いている。私自身、小さな頃から年末やお盆などの繁忙期になると、店の手伝いに行ったものだ。

 もちろん、当時は通信販売という仕組みがなく、商品はすべて店舗に並んでいた。Amazonは日本に支店や営業所を持たないため、課税されない仕組みだという。利益はすべてアメリカ本社が吸い上げ、しかも大部分はタックスヘイブンの国に租税回避されているようだ。アメリカでは少しの税金を払っているらしいが、少しといっても200億円になるらしい。

 IT技術を駆使し、インターナショナルに商品調達と販売を行い、ビジネスを拡大している。合法的な仕組みだとしても、ここまで一気に国際的な規模でネット通販が拡大することを予測した人がいただろうか。今でも憶えている。娘の送迎の待ち時間を、築地に車を停めてカーラジオのニュースを聞いていた。そのとき、Amazonが電子書籍を日本でも販売すると報じるの耳にし、直感的に出版業界が大激変すると感じた。激変したのは、出版業界だけではなかった。今ではAmazonの取り扱いアイテムはほぼ全ジャンルに拡大され、おそらくは売っていない物はほとんどないのではないだろうか。しかも、受注から配達までの時間がとても速い。大変見事なビジネススキームだと思う。

 別の視点から見ると、Amazonはまるでブルドーザーのように、弱小な店舗だけでなく中小企業が長い年月をかけて構築してきた販路を、踏みつぶして巨大化しているように思える。ビジネスという戦場で、武器や兵力が虚弱なために淘汰され撤退するのは、確かに合法で公正な競争の結果だと諦めるべきなのかもしれない。

 こんなことをいうと、感傷的で非現実的だといわれるだろうと思う。しかし、私は子どもの頃から祖母や母の、朝早くから夜遅くまで必死に働く姿を見ているので、同じように様々な事情で店舗や企業を良心的に運営している中小規模の経営者や従業員の皆さんが、抵抗する術を持たず、あっという間にブルドーザーに踏みつぶされる情景をイメージすると、何かが間違っていると感じてしまう。長期的に、国民や国家の安寧と発展を考えるときに、何か手段を講じる必要があるのではないかと、漠然とではあるものの、そのように感じる。

 森友、加計、日報問題のみを針小棒大に取り上げる、視野狭窄の政治家の皆さんが選挙で敗退することを願っている。

 自分の売り上げや利益だけしか視野に入れないのであれば、電子書籍の出版は、Amazonの販路だけに限定しても、かなりの将来にわたって安泰かもしれない。しかし私自身は、日本が他国の植民地化あるいは政治的、経済的な属国にはなってほしくないと考えている。

 しかし、私ごときに一体何ができるだろうか。結果がどうなるかは気にせずに、ただひたすら、正しいと感じることを積み重ねていきたいと思うだけである。

【参考資料】
「Amazonに激怒のG20。法人税を払わぬ巨大企業を追い詰める包囲網」
(一部転載開始)
 莫大な利益を上げ続けるAmazonが日本で税金を支払っていない事実は、先日掲載の「なぜAmazonは日本で法人税を払わずに済むのか? 元国税職員が解説」でもお伝えしましたが、「被害」を受けているのは我が国だけではないようです。今回のメルマガ『大村大次郎の本音で役に立つ税金情報』では著者で元国税調査官の大村さんが、日本と同じくAmazonが納税を行っていないG20が、同社に対して打ち出した厳しい姿勢を紹介しています。
(転載終了始)
*続きはこちらで⇒http://www.mag2.com/p/news/356044


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by hirune-neko | 2018-04-20 03:08 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりのオフタイム TWENTY-FOUR依存症再発


Jan Lundgren Trio feat.Stacey Kent - My Foolish Heart

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 読者のcausalさんから、スウェーデン出身のジャズピアニストと、Stacey Kentが協演した演奏を教えていただいた。聴きなれた声と、派手さはないが繊細なピアノタッチで、寛ぎのひとときをいただいている。causalさんにお礼申し上げる。

 頭休めに、Amazonのプライムビデオを開いてみた。TWENTY-FOURがシーズン8の途中で観るのを中断しているのを思い出し、軽い気持ちで再生した。すると、さすがプロの創り上げた作品だけあって、止まらなくなってしまった。1シーズンが24エピソードなので、40分×24エピソード=960分。つまり1シーズン全てを一気に観るとなると、ぶっ通しで16時間になってしまう。数日間の休みの最中でなければ、一気に観るのは至難の業だ。しかもこのシリーズはシーズン1〜9まであるので、全て観るには百数十時間もかかってしまう。かくいう私は、今日はシーズン8の途中から、なんだかんだでエピソード20まで観てしまった。完全にTWENTY-FOUR依存症である。

 しかし、回が進むにつれて、ホワイトハウスの内情やCIAの内部の様子がリアルに登場する。シーズン8では、中東の小国やロシアとの国際政治の裏舞台が、とてもリアルに描かれているように見える。ある種の貴重な疑似体験をさせてもらっている。国際的な陰謀や外交の駆け引きを観ていると、最近話題になっている日本の反日・売国議員と呼ばれている国会議員の皆さんが主導している騒ぎが、とてもかわいらしく、ほほえましく思えてしまう。不思議なものだ。

 考えてみると、少なくともこの30数年間は映画も本も、刑事・警察、ハードボイルド、戦争、スパイなどのカテゴリーの作品だけに集中してきている。おそらくそのせいで、目に見える表層だけで物事を判断せず、事象の裏で展開しているであろう陰謀や謀略を洞察するような感覚が育ってしまったようだ。

 国際政治や歴史などのアカデミックな本を読むことも大事だと思うが、映画や小説はある意味で現実世界の構造を知ることのできる、貴重な教科書であり情報源だと思う。私が書きたいと思っている世界は、ユニークで話題に上るようなストーリー性のある作品ではなく、人間の心の中に投影される様々なシーン、心に感じる痛みや悲しみ、平安や感動など、目には見えにくい感覚領域の情景である。そこに照明を当てたいと思っている。

 こうして静かな時間の流れを感じていても、改めて時は容赦なく絶え間なく流れ、過ぎ去っているのだと実感している。しかし、焦らず、先を急がず、あくまでも自分らしいベクトルを維持し続けたいと思っている。


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by hirune-neko | 2018-04-19 02:08 | 心の中のできごと | Comments(0)

濃霧に覆われた分水嶺を彷徨う旅人のように

Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)

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 誰でも人生を振り向けば、分岐点だったと思える時期があったと思う。ある意味では、毎日が分岐点かもしれない。そして、重大な選択を迫られるとき、まるで濃霧に視界を遮られ、明確な判断ができない旅人のように、運命そのものの分岐点となることもあるだろう。分水嶺に到達し、これまでの苦しく辛かった上り斜面から、一転して下りに転ずる劇的な変化もあるかもしれない。

 朱に交われば赤くなるといわれる。人間は誰しも、何かを共有する仲間に囲まれていれば安心感を感じる。ある団体に帰属していれば、あたかも運命共同体のように、自分が保護されるように感じる。しかし、それには時として自己主張を放棄し、ある程度の思考停止に甘んじる方が楽なことが多い。

 しかし残念なことに、一見すると強固に見える組織や団体も、時間経過や社会全体の変化とともに脆弱化し、衰退してしまうリスクをはらんでいる。つまり、運命共同体であるが故に自分だけが逃れるのは困難であり、沈没船の乗客のように一蓮托生で海の底に沈んでしまうことになる可能性が高まる。

 一方、孤立を怖れず、自分の意思・主張・哲学・理念を、妥協せずに貫こうとする人間は、人知れず波にのまれ、助けを得られずに消え去ってしまうかもしれない。しかし、ある種の崇高な生き方は本人の心に刻まれ、後悔することはないだろうと想像している。

 自分の人生で、最も価値のあるものは何かと考え続ける人間の結論は、どのような内容だろうか。とても興味深く思う。誰にとっても価値のあるものは多いと思う。健康や体力、資産や財力、社会的地位・名声、仕事上の業績など、いろいろあると思う。政治活動やボランティアなどの活動かもしれない。文字通り人それぞれなので、議論して決めるテーマではないだろう。

 私自身は、公の場で何か声高に主張できるようなことは何も持っていない。ただ強いて何かひとつを挙げるとすれば、私心を捨てるということを大事にしたいと思っているようだ。誰かに接したときに、私心のない人だと感じるのはとても心地いいものだ。私心がないというのは、人間的に高潔な人格を有していることであり、弱者に対しても慈愛の気持ちを持てることであり、金銭や名声のために自分の理念を売り渡さないということでもある。

 もうかなり以前のことになるが、始めてドイツ語の歌を習った。歌曲でシューベルトの冬の旅の1曲だった。先生はウィーンに留学されていた方で、おかげで初めてのドイツ語も、ある程度は読めるようになった。次いで、モーツァルトのオペラ魔笛から、ザラストラのアリアを習った。始めてバス歌手のクルト・モールを知り、食わず嫌いだったモーツァルトの良さを感じることができた。今でも、クラシック音楽の持つ「深さ」は芸術だと思っている。世俗から隔絶された領域で、人生を崇高な視点から眺望し、芸術的な解釈を行っていると、そのように感じる。

 今日、最初はDiana Krallの歌を選んだのだが、以前のようにしっくりこない。久しぶりにShirley Hornを聴こうと思って見つけた動画がある。ステージから離れた場所からの撮影なので表情が見えない。声質も異なる。拡大しみたらびっくりしてしまった。どんな高齢者にだって若いときがあったのは当然だ。しかし、このShirley Hornは若いというのは別にして、歌そのものに味わいが感じられない。もし最初にこの動画を観たら、Shirley Hornという歌手には魅力を感じず、そのまま通り過ぎてしまっただろうと思う。晩年の歌には、長い人生を生きた間に培われた達観、洞察がほどよい苦みを伴って表現されている。ほっとして聴けるゆえんである。

 私には画を描く才能がない。小学校低学年の通信簿は、図画・工作が2だった。音楽を聴くのは好きだが、歌ったり演奏する才能がない。営業が下手くそで商売の才覚がない。人間関係でも如才なく誰とでも上手に接することができず、つまり、何かしら形而上学的な領域を共有できる相手でないと、発展的な人間関係を築くことが難しい。すなわち、単に利害や得失だけで付き合うことができない。

 こんなに不器用で処世論を振りかざす青臭い高齢者にも拘わらず、そして周りの「理解者」の皆さんに迷惑をかけながらも、相変わらず濃い霧の中を、自分の直感力を頼りながら、まだまだ流浪の旅を続けようとしている。おめでたい、阿呆、世間知らず、身の程知らず、などなどたくさんの石つぶてを投げつけられても、なんとか分水嶺を越えようとしている。もしかしたらやはり、私は地球人ではないのかもしれない。宇宙人、海底人、地底人・・・さて、どれなのだろうか。

 歩き、ジムに通い、心を鬼にして甘い物を遠ざけ、夜は早く寝るようにして、アンドリュー・マーシャルのように、90歳過ぎまで現役で自分の領域を追求したい。・・・ブログにこのような決意の文章を書ける気力が出てきているのは、何よりも嬉しいことだ。


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by hirune-neko | 2018-04-17 01:26 | 心の中のできごと | Comments(0)

なんとか一日が終わろうとしている


(1/2) Weiss - Lute Sonata(Suite) No.25 in g minor / Robert Barto, baroque lute

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 帰宅してメールをチェックしたら、昨日ブログ記事でご案内した「昼寝ネコのステッカー」を希望される方からのメールが着信していた。鳥取県にお住まいのKさんで、ブログ・余命三年時事日記の記事がご縁となり、今でもほとんど毎日読んでくださっていると書かれていた。読者の方からの生の声をいただくことは、とても励みになる。この場を借りてお礼申し上げる。明日、発送させていただく。

 今日は腹痛とクシャミ、鼻水に悩まされた。悪戦苦闘の末、なんとか落ち着いてきた。

 今日、私より年長のご夫婦とお会いした。駐車場まで同行しながら、短い会話を交わした。ご主人が、最近は記憶力が低下してきたと仰ったので、詰め将棋をお勧めしたところ、即座に藤井颯太六段(?)の名前が出た。一瞬怪訝な表情になった私を見て、ご夫妻は以前ボランティア活動で瀬戸にお住まいであり、藤井颯太六段(?)が瀬戸出身なので親近感を持っている、と説明してくれた。なるほど、そういうことだったのか。たまたま私の師匠も、現在瀬戸在住であることを説明した。

 花粉症を除けば、平安でのどかな一日だった。相変わらず、脳内ではあれこれの妄想が駆け巡っているものの、鋭気を養うことができた。今晩は心穏やかに、このまま静かに床につきたいと思う。


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by hirune-neko | 2018-04-15 23:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

13日の金曜日もなんのその・・・2駅乗り越してしまった


Marcos Valle & Stacey Kent La Petite Valse

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 朝のミーティングを終え、ビルを出てすぐに紹介者の方に報告メールを送った。携帯へのショートメッセージである。五反田駅まで歩き、池上線に乗った。ほどなく、紹介者の方から返信のショートメッセージが着信した。私より年長者の方なのだが、対応が速く、携帯機器を使いこなす。助言をいただいたので返信しようとしたのだが、電車の中なのでさすがにいつものように、音声変換で文書を作成できず、iPhoneの小さなキーで文章を作成した。そんなに長い文章ではなかったのだが集中し、それなりに時間がかかったようだ。送信を終えてほどなく、電車が停止したので駅名を確認した。えっ!?洗足池?あらら乗り越してしまった。飛び下りて反対側のホームに行き、電車を待った。

 旗の台で乗り換えたが、4人掛けの対面座席でお母さんと2歳ぐらいの女の子の前に座った。マスクをした私の顔を、ときどきチラッと見る。不審者に見えるのだろうか。やがて二子玉川駅に近づくと、お母さんが荷物を手に取り、立ち上がろうとした。試しに女の子に手を振ってみた。女の子は笑顔で手を振った。そのやりとりを見たお母さんも笑顔になり、「さよなら」という言葉を女の子に教えて下車した。最近は小さな子どもを見かけると、かわいくて仕方がない。ほっぺを撫でたい衝動に駆られるのだが、知らない老人(本当はこの表現を使いたくないが適切な言葉が見つからない)が、いきなり手を伸ばしてきたら、親子ともどもびっくりして警戒心が高まるだろう。

 夜のウォーキング中、道ばたで夫婦らしき男女と、お父さんに抱っこされた小さな子どもの横を通りかかった。そのまま通り過ぎればいいものを、思わず立ち止まってしまった。不審そうな目を向けるお父さん。「お父さんに抱っこされてるの?いいね。お父さんに”いいこいいこ”してあげなさい」それを聞いたお父さんは笑顔になった。

 空のベビーカーを押すお母さんの横を、ヨチヨチ歩きの子どもが歩いていた。思わず声をかけてしまった。「一人で歩いてるの?いいこだね」お母さんは声を上げて笑ってくれた。

 しかし、神奈川県警から「最近、小さな子どもに声をかける高齢者(本当はこの表現も使いたくない)の男性がいるので、注意するように」という警戒注意報が出されているという話は、一向に聞かない。

 子どもは無垢で無邪気である。どんな色に染まるかは親次第である。子どもを子ども色に染められる染料を、できれば無料で提供したいと思う。・・・やっぱり私も、老成という言葉が似合う年齢になってきたのだろうか。道ばたで、小さな捨てネコが甘えた鳴き声をあげながら、足許に駆け寄ってこないかなと、そんな妄想願望もまだ健在である。困ったものだ。


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by hirune-neko | 2018-04-14 00:39 | 心の中のできごと | Comments(2)

明日は朝が早いので・・・私にとってではあるが


Stacey Kent - To Say Goodbye (Official Video)

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 明日は朝一番で都内の企業訪問がある。絵本販売提携のお願いに行く。

 提案書その他の資料は作り終えたが、朝の打ち合わせなので早めに寝ようとしている。気力と集中力を維持した状態で臨みたい。

 ときどき自問することがある。私は営業折衝が得意なのか、それとも不得意なのか。営業が上手な人は、まるで魔術でも使うかのように、いつの間にか相手の心理をコントロールし、その気にさせるのだろうか。もしそうだとすると、私は営業が不得意な部類に入ると思う。どうしても、本質を外さず正面から切り込んでしまう。それで共鳴していただき、契約に至ったケースはいくつもある。

 どんな相手でも、上手にその気にさせるセールスのプロは存在するのだろうけれど、私は私らしく、自分の個性に合った方法で折衝したいと思う。というか、それしかできない。

 企業活動の基本線は、売ることであり、売り上げを伸ばすことなのは承知している。しかし、売上金額至上主義には違和感がある。青臭い書生が理屈を振りかざしていると思われるかもしれないが、いかに私企業といえども、社会性や公益性を視野に入れて商品開発を行い、同時に時代の変化を見通した活動を継続すべきだと思っている。

 そうはいっても、相手企業にとってのメリットを創出し、販売提携をお願いしなくてはならないので、そこそこ大人になって奮闘してこようと思う。

 そのような状況なので、今晩は短稿で失礼する。将棋のレッスンも2週連続でお休みしてしまった。心身ともに、少しでも長く壮健でいられるよう願っている。

 今晩はこれにて、To Say Goodbyeで失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2018-04-12 23:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

最近はリアルな夢を見ることが多くなった


Bill Evans - "All Mine (Minha)"

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 リアルな夢から覚めたときは、不思議な気分に包まれる。たった今見たシーンは、現実のものだという印象が強いため、夢だったのだと自分自身で納得するまで、少し時間がかかってしまう。
 亡くなった人とは、たとえ夢の中であっても口を聞かないといわれるが、最近の夢には約2年前に亡くなっている母が、何度か登場した。そして何やら会話をしている。夢の中で「まだ納骨もしないで、いつまでほっとくんだ」、とか「相変わらず忙しそうだけど、まだ仕事が一段落しないのか」というような愚痴をいわれた記憶はない。親なのだから、その程度の思いやりはあってしかるべきだと思う。

 今日は、なんとしても8千歩を歩こうと思った。外出時にはすでに3千歩を歩いていたので、第三京浜までは行かなくていいと計算し、数百メートル手前でUターンした。途中、暗がりの中から子ネコの鳴き声が聞こえないものかと期待した。最初に出会ったシロのように、ニャーという声をあげて近寄ってきたら、ためらわずにポケットに入れて連れ帰ろうと思ったのだが、とうとう出会いはなかった。

 ひょんなことから、そういえば北海道・室蘭市の市議会で、名入れグリーティング絵本のことを、質問の形で紹介していただいたことを思い出した。市議会のサイトで検索したら、平成26年と28年の議会で議員の先生たちが言及してくれていた。当時は画像で閲覧することができたのだが、今日確認したらちゃんと文章に書き起こされており、読むことができた。
 なかなか営業に時間と労力を割くことができない状態が続いている。すでに市長さんと市役所の部長さんには何度かお会いしている。そもそもの紹介者である、前議長さんに電話して、近況の報告をした。

 どこでどのようなきっかけが生まれ、事態が進展するかはなかなか予測ができない。現在は産婦人科、企業、自治体にターゲットを絞っているので、少しずつでも前傾姿勢で営業のプレッシャーをかけ続けたいと思っている。

 今日ではアップル社は世界的企業として成長しているが、創業者のスティーブ・ジョブズが事業を始めた初期の頃は、倉庫に事務所があり資金がないのに発注したり、かなり大変な状況だったようだ。知人が、病院向けの機器をアメリカのメーカーの代理店として、日本で営業を始めている。高額な商品のため、何カ所かの病院と契約ができただけで、あっというまに1億円の売り上げになったそうだ。その知人は周りの人たちに、1億を稼ぐのはチョロいものだと豪語しているらしい。

 わが社の主力商品の絵本は、税別本体価格が3600円である。15年間値上げをしていないのだが、私も音を上げてはいない。(笑)アルバムページなどのオプションがあるため、1冊平均4000円が販売単価だとすると、年商1億円になるためには、年間2万5千冊を売る必要がある。
 15年前に誕生した絵本で、ゼロからの営業スタートだったが、採用してくれる産婦人科が徐々に増え、累計で5万冊は売った計算だ。ということは、これまでに2億円を売り上げた計算になる。

 絵本と一緒に、切手を貼った葉書を同封している。受け取ったお礼と感想の言葉を書き、プレゼントしてくれた院長先生に返送される仕組みになっている。どの院長先生も例外なく、葉書のスクラップブックに入れて、大切に保管している。感動と感謝の気持ちが綴られており、院長先生やスタッフの皆さんが達成感を感じてくれているようだ。一度採用したら、廃業しない限りずっと使っていただいている。有難いことだ。

 高額な機器を、次々と新しい病院に営業攻勢をかけ、毎年コンスタントに1億円を販売するには普通の営業手法では、なかなか難しいと思う。その点、わが社のグリーティング絵本の場合は、一度採用していただくと、ほぼ永続的に一定数を受注できるので、その点はとても恵まれていると思う。

 今年は後半にかけて、全国の産婦人科や自治体を訪れることになると予想している。たとえ移動中でも、iPhone、iPad、iPad Pro、MacBook Proを携帯し・・・かなりの重量になるのだが・・・evernoteとdropboxという強力なクラウドサービスを利用するので、仕事には大きな支障はないと思う。かえって、機内や新幹線の中、そしてホテルの部屋では、集中できる有益な時間を確保できるのではないだろうか。

 一方で懸念しているのは、行く先々で美味しそうな地方銘菓が目に留まり、ついつい買い込んで食べ過ぎてしまうことだ。血糖値が跳ね上がり、血圧まで急上昇してしまったら元も子もない。それと、常飲している酸素水と電子水をどのように携行するかが課題になりそうだ。

 何をどのようにしても、悩みの尽きない人生である。


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by hirune-neko | 2018-04-12 01:18 | 心の中のできごと | Comments(2)

脳内が失語症状態の一日だった


Sleeping - Astor Piazzolla

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 昨晩はすっかり目が冴えてしまい、朝方の5時近くまで眠れなかった。午前中、倉庫に絵本の本体が入荷する予定だったが、いつもより1時間半以上早くに到着の連絡があり、寝不足状態のまま倉庫に向かった。

 そんな次第で、脳内は絶不調のまま過ごし、何度もウツラウツラしながら、ようやく夜になった。時々見るリアルな夢よりも、ずっとふわふわした夢の中のような現実で一日が終わった。

 そのようなコンディションなので、珍しく書くことが何も思い浮かばない。困ったものだ。歌を忘れたカナリア、言葉を忘れたブロガー・・・という感じだ。もう今日はこのまま寝ることしか頭にはないようだ。

 そういえば、大変間抜けな話を思い出した。アップルストアに、かな文字の表示がないUSキーボード注文した。届いてから、どうも勝手が違うなと感じながら、そのまま数日間使用した。あるとき、文章の作成中にアスタリスクキーが見つからず、キーボードを手にとって目の前に持ってきた。すると驚いたことに、平仮名の表示があるではないか。USキーボードを注文したのに、届いたのはJISキーボードだった。そんなことにも気がつかず、数日間使用していた自分に対して、もっと驚いてしまった。かなり視力が落ちていることを自覚した。新しいUSキーボードは昨日到着し、JISキーボードは今日返品引き取りに来てくれた。あとは、購入代金の返金を待つばかりである。

 そういえば、気がついたら花粉症の症状がほとんど治まっている。これはありがたいことだ。

 自分の生活を客観視してみると、やりたいことの総量に対し、絶対的に時間が足りないことがわかる。このような状況では、どのような解決方法があるのだろうか。睡眠時間を削ることは、正しい方法ではないようだ。となると、残された方法は集中力を高め、さらに持続力を高めるしかないのではないだろうか。ということはつまり、仕事の手と頭を休め、妄想世界に入り浸っている時間を、限りなくゼロに近づけるしかない、ということになるではないか。それでは、自分の生き方を真っ向から否定することになってしまう。これは、私のような人間にとってはとても大きな葛藤である。深刻な悩みである。自分らしくあるために、自分らしさを捨てる。これが本当の、絶対矛盾の自己同一なのではないだろうか。

 しかし考えてみれば、葛藤や苦難のない人生は、人間を成長させないのではないだろうか。それでなくとも、落ちこぼれ・はみ出し人間の私なので、普通の人よりは苦労を多く与えられる運命なのだろうと、諦めている。しかし同時に、じと踏ん張って耐え、努力していればいいこともあるだろうと、期待もしている。達観したものである。

 改めて、自分が3千年を生きてきた宇宙人だと思うようにしたい。世間からどう思われようが気にせず、宇宙人は宇宙人らしく、宇宙規範で生きていこうではないか、と居直っている。しかし、いくらなんでも、鳩山由紀夫氏とは同類に思われたくない。彼は太陽系内の宇宙人であり、私は銀河系の彼方の宇宙人なのだから。地球は地球人だけのものであり、同様に日本は日本人だけのものである。これは全宇宙つ通底する常識である。スターウォーズのヨーダだってレイア姫だって、そのように明言している・・・はずだ。


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by hirune-neko | 2018-04-10 23:52 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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