昼寝ネコの雑記帳

カテゴリ:心の中のできごと( 724 )

久しぶりの旧友との再会・・・のような印象だ

Here's to Life. Shirley Horn.wmv

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 歩く時間も何かを聴いて学ばないと勿体ない、とせかされるような気持ちになることが多くなっている。今日は歩きながら、つい先日ダウンロード購入したばかりの、ダイレクト・レスポンス・マーケティングに関する音声ファイルを聴き始めた。しかし、短い時間のファイルの集合体のため、ひとつが終わる度に立ち止まり、頭出しをしなければならなかった。

 途中で面倒になり、音楽を聴くことにした。久しぶりにシャーリー・ホーンが思い浮かび、ひと頃は繰り返し聴いていた「Here's to Life」という曲が収録されているアルバムを選んだ。

 久しぶりに、かつての旧友と再会したような、懐かしい気持ちだった。帰宅して、この曲をブログで何回紹介したか調べたら、10回だった。そういえば、この曲の歌詞が気に入って我流で意訳したのを思い出して探してみた。約2年前の記事に掲載されていた。

 シャーリー・ホーンはジャズ歌手だが、聴く人の心に染みわたる独特の歌唱法で、自然に聴き入ってしまう。

 懐かしい思い出との再会を記念し、以下に当時のブログ記事から一部を抜粋したい。加えて英語の歌詞を、私流の感覚で意訳した日本語も転載したいと思う。


【2016年11月30日付記事から転載】
 別バージョン・元祖「Here's to Life」を聴いてみた

 あれこれ調べると、シャーリー・ホーンは、乳がん、糖尿病を患い、足を切断したそうだ。読みながら、自然に頷いていた。

 「60歳になったら聴くべきジャズ」というブログで、この「Here's to Life」もリストに載っていた。晩年の心象を切々と歌い上げている。そんな歌詞なのだと理解した。

 ジョー・ウィリアムの歌(Here's to Lif)を好む人が多かったようだ。しかし私は、圧倒的にシャーリー・ホーンの歌に感情移入して聴いてしまっている。人生の晩年を病床で過ごし、独り静かに最期のときを迎えたであろう姿を想像し、歩きながら何度も聴いた。聴くたびに、感情がこみ上げるのを感じた。こんなにひとつの曲に傾倒するなんて、珍しいことだ。

 下部に、オリジナルの英語の歌詞を掲載する。さらにその隣には、学校の和訳テストなら落第点になるだろう和訳文を、私なりの推測と想像で表現してみたいと思う。あたかもシャーリー・ホーンが、彼女のこの歌に耳を傾ける人たちに伝えたいと思っているメッセージを想像し、ささやかながら、シャーリー・ホーンに捧げたいと思う。


「Here's to Life」  終わりから始まる 新しい人生

No complaints 
 人生を振り返り 何も不満はない
And no regrets 
 失敗も多かったが 後悔の念はない
I still believe in chasing dreams
 人生の最期が近づいてきたが まだ心は夢に満ちているし
And placing bets 
 進むべき方向に 少しも迷いはない
But I have learned 
 確信を持って理解することができたのは
That all you give 
 あなたが 持てるものすべてを
Is all you get 
 惜しみなく 人に分け与えたということだ
So give it all you've got 
 これからも 惜しみなく人に愛を与え続けてほしい

I had my share 
 欲しいものは 手に入れることができた
I drank my fill 
 抱えきれないほど 十分な量だった
And even though I'm satisfied 
 もうこれ以上 必要なものは何もない
I'm hungry still 
 でも わたしの心は飢え渇いている
To see what's down another road
 もっと別の生き方があったのかもしれない
Beyond the hill
 もうやり直しのできない人生だけれど
And do it all again
 最初からやり直すことができたらいいな とも思う

So here's to life 
 人生は 未来に向かって拓けている
And every joy it brings 
 人間らしく生きるなら 喜びがある
So here's to life 
 誰の人生にも 未来がある
To dreamers and their dreams
 夢と理想を掲げて生きる人と その夢には未来がある

Funny how the time just flies 
 可笑しく思えるぐらい 人生はあっという間の出来事だ
How love can go 
 固く信じた愛は気紛れで
From warm hellos 
 心ときめく出逢いも
To sad goodbyes 
 いつしか別離の瞬間を迎えてしまう
And leave you with the memories
 でも どんな思い出も心の中で大切にすれば
You've memorized 
 時がが過ぎゆくうちに
To keep your winters warm 
 孤独感に苛まれる心を 暖かく包み癒やしてくれるようになる

For there's no yes in yesterday
 過ぎ去った過去の誤りを 正すことはできないし 
And who knows what tomorrow brings
 未来に何が待ち受けているかは 誰にも分からない
Or takes away 
 佳き兆しかもしれないし 悲しみかもしれない
As long as I'm still in the game
 たとえ人生の最期の瞬間が近づいていても わたしは最期まで生きる
I want to play 
 心を喜ばせることを求め
For laughs 
 おなかの底から笑いもしたい
For life 
 わたし自身の人生のしめくくりのために
For love 
 わたしを愛してくれた人たちのためにも

So here's to life 
 人生は 未来に向かって拓けている
And every joy it brings 
 人間らしく生きるなら 喜びがある
Here's to life 
 誰の人生にも 未来がある
For dreamers and their dreams
 夢と理想を掲げて生きる人と その夢には未来がある

May all your storms be weathered
 あなたが人生の苦難に立ち向かうとき 心に平安があるように
And all that's good get better
 佳きことが さらに至福のものとなるように
Here's to life 
 人生は 未来に向かって拓けている
Here's to love 
 愛はすべてを乗り越えることができる
Here's to you 
 あなたの存在は 未来永劫 消え去ることはない

May all your storms be weathered
 あなたが人生の苦難に立ち向かうとき 心に励ましがあるように
And all that's good get better
 佳きことが さらに至福のものとなり 心に拡がるように
Here's to life 
 人生は 未来に向かって拓けている
Here's to love 
 愛はすべてを乗り越えることができる
Here's to you 
 あなたの存在は 未来永劫 続いていく


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by hirune-neko | 2018-10-20 22:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

なんとか改善基調である〜クシャミと鼻水の症状


Bill Evans - Like Someone in Love

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 具合が悪いときほど歩くように、とよく言われていたので、昨日も今日もなんとか6000歩を歩いた。確実に症状は改善している。

 最近は酵素に期待し、使用している。長年に渡って酸素水とフランスキクイモを常用しているが、気がついたら、あれほど病的に高かった血圧が、すっかり正常値で安定している。それに加え、一年近く前からは電子水の製造器を設置し、毎日3リットルほどを飲んでいる。さらに、今年の6月からは手作り酵素のジュースを常飲している。酵素を研究している方が作った他の特別酵素も併用している。果ては、地底深くから湧き出ているマントルウォーターという水も、必要に応じて使っている。経度141度線上の地層に存在するらしいのだが、、ほとんどが海底のため、かろうじて北海道は有珠山のどこかで採取しているそうだ。

 最近は、西洋医学の医師たちの中にも、自身の健康のために酵素を使うようになっている人がいるそうだ。実際に、厄介な病気に効果があったそうで、私自身も期待を寄せている。

 たとえいろいろな症状があったとしても、不安に思ったり前途を悲観し希望を失ったりすることはない。不調に陥っても、そこから這い上がろうという気力を持つことができているのは、とても有難いことだ。誰にとっても、精神的に打ちのめされると、そこから立ち上がるのは、なかなか大変なことだと思う。

 2年ほど前、生命保険に加えて癌保険を2社と契約した。もし仮に癌と診断されたら、放射線治療や抗癌剤治療を受けず、保険金の数百万円を受け取り、そのお金で大量の酵素製品を購入して、生還の可能性に賭けたいと思っている。

 少しずつではあるものの、営業の全面展開に近づいてきているようだ。名入りグリーティング絵本のことだ。

 これまで、北海道の2市に対して提案していたが、協力者の方が一昨日、首都圏のある市役所を訪れ、絵本の説明をしてくれた。昨日、その結果報告があった。具体的な進展があったようで折衝が継続するという。とても有難いことだ。これまでの16年間は、新規開業の産婦人科を中心に営業してきた。その間、様々な細かい工夫と改良を重ね、今日に至っている。実に呑気な話だと思うのだが、ようやく本格的な営業に打って出ようとしている。

 大坂のある会社が、ダン・ケネディやリッチ・シェフレンなどの、いわゆるダイレクト・レスポンス・マーケティングの大家の手法を、日本語でメディア化し紹介販売している。何年も前から、横目で見ながら多少の勉強はした。数日前に、セールスレターの書き方をテーマにした教材が当日限定で、半額以下で購入できるキャンペーンの案内があった。さらに付録で、過去に作成した20数種類の関連資料が無料で付いてくるという。ダウンロードできるPDFファイル、MP3ファイル、そしてサイトでの視聴のみなど、色々なパターンか混在していたが、いつでもどこでも勉強できるので、購入した。

 今日、ウォーキングの最中に聴いてみたのだが、dropboxに保存したファイルは、Wi-Fi環境を離れるとどうやら3G回線に切り替わってしまうのか、切断することが多くて断念した。iPhoneのテザリング機能で試してみたが、普段はあまり利用しない機能なので、うまく行かなかった。明日にでも、Appleのサポートに電話して教えてもらおうと思っている。

 あらら、またこんなに遅い時間になってしまった。なかなか朝型に修正するのが難しく、苦労している。夜更かしは、健康に良くないと分かってはいるのだが、なかなか仕事を切り上げることができない。引き続きの課題である。


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by hirune-neko | 2018-10-19 01:36 | 心の中のできごと | Comments(4)

後顧の憂い無く営業行脚ができるよう、遺言書もどきを作り始めた

Astor Piazzolla - Soledad

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 今日のような心理状態の時は、ピアソラの曲が一番だ。

 以前から、長男が兄弟を代表しての申し入れがある。私が病気や事故で何かあったとき、残された者が何をどうすればいいかを、家族会議を開いてみんなに分かるよう説明してほしい、という要請だ。

 現実的に考えるなら、いつ、どこでそのような状態になるか、あるいは肉体的に機能停止しても意思力や判断力が残されているかなど、いろいろなバリエーションが想定されるので、具体的なアニュアルのようにまとめるのが難しかった。

 今日は、複数の産婦人科から絵本の申し込みセットの在庫が少なくなった、という連絡があった。2台のプリンターを同時使用して何時間も印刷作業をした。作業をしていても、脳内には空きがあったので、私にもしものことがあったときを想定し、仕事全体の流れを止めないためにはどのような優先順位で、何を伝えたらいいかを考えた。大きく分けて12項目になったが、まだ増えるだろう。その中には、直近の基本方針もあれば、長期的な方向性も含んでいる。自分が口出しできなくなった状況を想定した指示書を作るのは、なんとも不思議な心理状態である。

 改めて考えてみた。この世の何に未練を感じるだろうか、と。

 未練というより、心残りに思うだろうと感じるのは、思い描いていた構想が実現するのを見届けないまま、自分の人生が終わってしまうという、ある種の未達成感だろうと想像している。いずれにしても、最期の時まで悪あがきをして、前傾姿勢を保ちたいとは思っている。それ以外は案外クールなもので、この世に独りで訪れ、また独りになって去って行く、という感じだろうか。

 仕事が一段落し、日課となっているブログへ訪問した。いつもの「徒然なるままに」(http://mblg.tv/42411914/)である。そこで、不勉強な私には初めて目にする言葉があった。「米テックジャイアンツ」という言葉である。

 読み進むうちに理解できた。米テックジャイアンツ」とは、どうやらFacebook、Twitter、YouTube、Googleを総称する表現のようだ。これらの企業は、あたかも巨人ゴリアテのように、地球全体を俯瞰し世界中の人々の情報をほぼ独占しているかのように思える。

 破竹の勢いで疾走してきた、それら米テックジャイアンツ」企業の、思わぬ苦境を伝える記事だった。過日閲覧した動画で、これらの企業がトランプ大統領が主導する「国家反逆罪」に抵触するという表現が記憶に残っている。IT業界で世界的に台頭してきている中国企業との関連、これら米テックジャイアンツ」企業の赤化と中国政府との緊密さ、株価の暴落と社内スタッフの離反など、興味深い記事内容だった。

 Facebook、Twitter、YouTube、Googleが提供するどのサービスも、なかなか大したものだと思っている。私自身も便利に利用させてもらっている。

 結局は、米テックジャイアンツ」は、現代人にとってはトロイの木馬、あるいはゴリアテのような存在なのかもしれない。改めて、狡猾な闇の勢力の台頭と衰退というイメージが脳内に浮かんでいる。強大な巨人ゴリアテが、まだ年若いダビデが石投げ器で投じた、たったひとつの平べったい石に倒されたように、これからの時代は予測もできなかったような、まさかの衰亡を、至る所で見るようになるのだろうか。

 私自身は、これまでの方向をそのまま堅持し、脇目を振らずに進んで行きたいと、心を新たにしている。いつ、どこで倒れても、私の仕事上のDNAが、誰かによって引き継がれていけばいいな、と呑気に構えている。方向性さえ正しければ、良き知恵と促し、そして助け手が出現するだろうと、楽観的に考えている。

【引用元 ブログ・徒然なるままに】
米テックジャイアンツが悪戦苦闘中 : 日本や世界や宇宙の動向


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by hirune-neko | 2018-10-14 00:36 | 心の中のできごと | Comments(0)

無理せず、ハードルを下げることにした

Astor Piazzolla - Éxtasis

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 毎日8000歩を歩くのは、なかなか大変だ。複数の治療院の先生達も、40分歩けば十分だとおっしゃっているそうだ。6000歩だと、なんとかこなせそうなので、無理せずにハードルを下げることにした。6000歩に目標設定すると、少し気が楽になった。

 歩きながら、途中まではジョアン・ジルベルトが歌うボサノヴァを聴いていた。しかし最近は、心理状態が少し変化しているようで、ボサノヴァの軽さに違和感を感じるようになり、久しぶりにピアソラを聴きながら歩いた。

 仕事は相変わらず消化不良状態であり、自己嫌悪と自信喪失の気分だ。でもまあ、私は機械ではなく生身の人間なので、時にはペースダウンすることもあると考え、割り切ることにした。

 今日、NTTから荷物が届いた。「ギガ楽Wi-Fi」という名の電波発生装置である。半径25メートル、直径だと50メートルまでWi-Fi電波が減衰せず届き、端末も50台まで利用できるそうだ。現時点で、デスクトップパソコンと携帯デバイス全てを遇わせると、すでに10台を超えている。現在使用中のルーターが老朽化してしまっていることもあり、補強することにした。

 営業成果が出始めると、それに連れて生産ラインを増設することを視野に入れる必要がある。現在、事務所内は電源コードだけでなく、プリンターケーブルやランケーブルがゴチャゴチャ状態で、これ以上ケーブル類を増やしたくないと思っていた。「ギガ楽Wi-Fi」の場合、距離や遮蔽物によるデータ送信速度の減衰が少ないということなので、月額負担が少なく、性能のいい「ギガ楽Wi-Fi」を導入設置し、設定も終えた。

 製作ラインだけでなく、情報共有のインフラもかなり整ってきたので、ほっとしている。しかし、営業に全面的に没頭する前に、大事な課題がある。私が事故や病気で機能停止した場合を想定し、仕事の機能が停止しないよう、かなりの数のIDやパスワードをちゃんと分かるようにデータ化する必要があると思い始めている。金融機関の情報も含むので、クラウドでの共有は避けた方が安全だと考えている。本来は、原始的ではあるが紙に書いて保存するのが漏洩のリスクが無く、安全だとは思うのだが、もっと別の共有方法を考えたい。

 本来は出版社なので、出版することも課題だとは思っている。しかし、紙の本を出版するのは、それなりに費用がかかる。在庫費用も馬鹿にならない。当然だが、販売リスクも伴う。利益を出すことよりも、リスクをいかにしてゼロに近づけるかが、今日の出版ビジネスの課題なのだろうと思う。しかし、自己主張の場としては、出版活動を外すことはできない。なかなか葛藤のある部分である。

 あれやこれやを抱えつつも、着実に前進し続けなければならない状況だが、これまでのように何でも自分一人で推進しようという考えを改めて、同士というか戦友をリクルートし、チームプレーで安全・効率的に構築する方向を目指すべき段階になっているのだろうと、ある意味で観念している次第だ。


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by hirune-neko | 2018-10-13 00:41 | 心の中のできごと | Comments(0)

思考の散歩道666号線〜現実世界と神学世界が交錯する時代

グレゴリオ聖歌 キリエ・エレイソン Kyrie Eleison Gregorian Chant

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 今日はのっけから、聖書の言葉を引用させていただく。新約聖書最後の「ヨハネの黙示録」からの引用である。文中の獣を象徴する数字が「666」であることに留意していただきたい。

 最初にお断りするが、難解な聖句の意味を解き明かしたり、国際社会の近未来の収束地点を明確に予測するものではない。私にはそのような能力の持ち合わせはない。

 申し上げたいのは、閉ざされていた闇に光が射し込み、これまで見えなかった事象が、仄かに浮かび上がりつつあることを実感している、ということただひとつだけである。

【新約聖書からの引用】
 それから、その獣の像に息を吹き込んで、その獣の像が物を言うことさえできるようにし、また、その獣の像を拝まない者をみな殺させた。
 また、小さき者にも、大いなる者にも、富める者にも、貧しき者にも、自由人にも、奴隷にも、すべての人々に、その右の手あるいは額に刻印を押させ、この刻印のない者はみな、物を買うことも売ることもできないようにした。この刻印は、その獣の名、または、その名の数字のことである。
 ここに、知恵が必要である。思慮のある者は、獣の数字を解くがよい。その数字とは、人間をさすものである。そして、その数字は六百六十六である。(ヨハネの黙示録13章15-18)

 この獣と666という数字については、過去に多くの方々が解釈を試みられているようだ。いずれにしても、ヨハネの黙示録で表現されているこの獣は、終末期に反キリストとして出現し、猛威を振るう悪魔の象徴である、というのは共通解釈のようだ。

 アメリカのある動画では、Appleの創業者であるスティーブ・ジョブズが最初に販売したパソコンの価格が、666.66ドルだったことを根拠に「スティーブ・ジョブスが交わしたサタンとの契約」という動画で、彼が闇社会の力ある悪しき勢力と結託したと力説している。コアなAppleユーザーである私としては、困惑してしまう表現である。スティーブ・ジョブスが交わしたサタンとの契約https://www.youtube.com/watch?v=QlRZNMFPsG0

 すでにディープ・ステートあるいはイルミナティという言葉は、何度も目にされていることと思う。この両者の詳細な関連内容は承知していないものの、どうやら豊富な資金力を背景に、政治、経済、マスメディア、教育、司法、映画、音楽、文学などのあらゆる世界的分野で、陰謀を巡らせ、強大な影響力を形成しているようだ。

 では、その「巨悪」の目的は一体何なのか?

 現実社会では、富や政治的支配力、権力や名声を手中にするのが目的だ、などと理解されると思うが、神学的には、あらゆる手段を用いて人の心を支配し、キリストを否定して神に対する信仰を失わせる、と解されている。つまり、この獣がルシフェルあるいはサタンと神学的に解釈するなら、究極的な目的がそこにあるのは明白だろう。

 アメリカで制作された動画の中で、ボブ・ディランがインタビュアーの質問に答え、自分の名声と人気ある地位を確保するために、闇世界の司令官と契約を結んだと告白している。(ボブ・ディラン // 悪魔に魂を売った、ノーベル賞受賞者

 闇勢力の庇護によって名声を確立した後、その勢力のことを暴露しようとして変死を遂げた人物として、プリンス、マイケルジャクソン、ジミーヘンドリクス、ウィットニーヒューストンなどの名前が挙げられている。

 人の持つ名誉欲、金銭欲などにつけ込み、最終的には悪しき影響を世の中に拡散し、人間の持つ崇高な魂を滅ぼすことに全勢力を傾けているであろう、サタンとその配下の霊たちの動きが目に浮かぶようだ。

 日課になってるブログ・徒然なるままにhttp://mblg.tv/42411914/)への訪問で、世界情勢のいろいろな動向を目にすることができる。今日、最も興味を持ったのは、

 「中国との冷戦を宣言したペンス副大統領:日経ビジネスオンライン」

 という記事だった。現在、アメリカ・トランプ大統領は国家反逆罪(日本の外患罪)の対象者として、多数の政治家や政府高官を逮捕する準備を進めているとされる。その中には、オバマ前大統領、ヒラリー・クリントン、元CIA長官などが含まれると聞いている。いわゆるディープ・ステートの面々で、中国とは密接な関係だったとされる人物だ。

 ペンス副大統領の演説は、米中冷戦の始まりを宣告するものだという見方が拡がっている。これまでの米朝関係に加え、米中関係がかつてないほど深刻な状況になっているようだ。

 個人的には表層の問題だけを視野に入れてしまい、本質を見失うことのないよう、気をつけたいと思っている。貿易戦争、経済戦争、外交戦争、軍事戦争、情報戦争などは世界規模で大きな影響力を与えるだろう。しかし、それらはあくまでも表層の事象であり、本質的にはルシフェル(サタン・悪魔)と、天父、イエス・キリストが対峙する、神学的最終戦争に至る過程であることを忘れないようにしたい。ハルマゲドンの戦い、ゴグマゴクの戦いなど、まるで空想物語のようなシーンが展開するのが見えるようだ。

 しかし、現実社会で起きている陰謀や国家間の対立、紛争、諜報活動などは決して本質的な戦いではない、というのが私の考えである。本質的で最も重要な戦いは、私たち個人の心の中で静かに進行している。

 既述のように、富や名声や社会的な地位、権力などに目を奪われて自らを売り渡すか、あるいは苦難を引き受け、あくまでも正直、誠実に生きて徳を育てるか、が本質的な戦いである。目で捉えることの難しい戦いではあるが、純粋な視点から見ると、毎日が戦いであることを体感できると思う。それはあくまでも、神学的領域での戦いかもしれないが、いつか視界を遮っていた周りの幕が取り去られたときに、人は誰でも戦いの意味と価値を悟るだろうと思っている。

 現実世界の終焉と神学的終焉、その両方を視野に入れながら、これからの時代の変遷と変化を直視することが、賢明な判断の源泉なのだろうと考えている。


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by hirune-neko | 2018-10-11 23:25 | 心の中のできごと | Comments(0)

あれこれ考えているのだが、なかなかまとまらない

joao gilberto malaga

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 改めて、ボサノヴァは頭の凝りをほぐしてくれる音楽だと感じている。深刻にならず、リラックスするよう勧めてくれているようだ。ボサノヴァ発祥の国であるブラジルでは、どのような作家がどんな作風で作品を書いているのだろうか。今までまったく関心が無かったが、ちょっと興味を持っている。

 自分を客観的に見てみると、あれこれ考えすぎているような印象が強い。しかし、自分のことだけを視野に入れればいい人生なのであれば、そして年金や印税が毎月十分に入ってくるのであれば、果たしてどのようなライフスタイルになるだろうか。・・・あくまでも想像の域を出ないものの、刺激の無い人生になってしまうような気がする。

 自分が安全で快適な生活を送れるのであれば、心が病み、孤立し、苦難を背負い、苦難の人生を送る人たちの存在は、自分とは無関係だと思えるのだろうか。ちょっと考えみただけでも、そのような人たちの存在を視野の外に追い出すことはできないだろうと思う。

 しかし、私が独りで対応できる案件には限りがある。そこで、多くの人たちに共有してもらえるエッセンスを創出し、そしてその輪が自然に拡がるような仕組みが整うといいだろうなと思っている。

 なんと抽象的なことを述べているのだろうと思う。しかし、何事も最初は抽象概念から始まるのではないだろうか。抽象概念を、目に見える具体的な形にするためには、相当の時間と労力、努力が必要だと思う。拙い経験ではあるが、これまでを振り返ると、そして今現在展開している状況を客観的に見るならば、そのように実感している。

 往々にして多くの人たちは、虚しく、いずれは朽ち果てる物を追いかけている。自分自身が最終的に必要とする地所は、棺が埋葬される、あるいは骨壺が納められる程度の広さである。棺の中に入れて、次の世界まで携えて行けるものはなく、せいぜい自分自身と一体化している記憶、思い出、知識、知恵などである。

 人間は誰でも、そのような人生の終焉に向かって生き急いでいる。その終焉の地に立って、改めて自分の人生に価値のあるものが何だったのかを、振り返って考える時間を与えられれば、そしてそこから再び、新しい人生を生き直す機会が与えられるとしたら、人は皆、思慮深く立ち返り、意義深い人生を送ることができるのではないだろうか。

 もちろん、そのようなことは現実には起こりえない。しかし、ある種の感性と洞察力、思慮深さがあれば、人はいつでもそれまでの古い殻を捨て去り、新しい生き方を始めることができると思う。では、そのきっかけとなる出来事は、一体何だろうか。それが分かれば苦労は無い。しかし私は、そのエッセンスを目に見える形で創出することに情熱を感じてしまっているようだ。ちょっと救い難いと思う。

 どうやって、どんな方法で?まだ五里霧中ではあるものの、漠然とした方向性は知覚できていると感じている。

 何が何やら、さっぱり具体性が無い文章で恐縮に思ってはいるが、永遠のパズルに対峙し、取り組むのはなかなか興味深いものである。


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by hirune-neko | 2018-10-11 01:03 | 心の中のできごと | Comments(0)

またまた深夜の言い訳である

Joao Gilberto - "Que reste-t-il de nos amours?("I Wish You Love")"

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 名入りグリーティング絵本を採用してくれている産婦人科クリニック2カ所が、ほぼ同時に病棟の増築工事を行い、そのせいもあってアルバムページ用の画像が70冊分ほど停滞してしまったままだ。それらが一気に到着してしまうと、製作ラインがパンクしてしまう。たまたま今日、一カ所の方から23冊分の画像が到着した。同時に同量の製作依頼書も到着したため、両方を一緒にこなすのが困難な状況になってしまった。そこで私が、アルバムページの製作を引き受けることにした。

 引き受けると言っても、自分自身の作業が一段落してからなので、午後7時頃から取りかかっただろうか。終わったのは深夜1時半過ぎで、幸いに前回のような徹夜作業にはならなかった。Photoshopで画像を加工し、QuarkExpressで編集製作する作業だ。本流はすでにInDesignになってしまっているので、私は旧式の部類に属してしまっている。しかしQuarkExpressも進化し、Kindlebook仕様に保存できるようになっているようだ。まだ試してはいないが、もし事実だとすると私にとっては朗報である。

 そんな流れで、今日も床につく時間がすっかり遅くなってしまった。毎度毎度繰り返す言い訳だが、今しばらくは仕事の過渡期なので仕方がないと思っている。

 深夜過ぎの脳内クールダウンを兼ねて、少し理屈をこねたいと思う。

 昨日は、人生の最終目的について思い浮かぶままに書いた。私の人生は、今のところ仕事とかなりの部分で一体化しているように思う。そこで、今日は仕事の最終目的について考えてみたい。

 グリーティング絵本のオプションであるアルバムページを製作していると、必ず赤ちゃん単独の画像と家族揃った画像が目に入る。新しい小さな生命を迎え入れた両親の表情を目にすると、例外なく明るく、希望に満ちた幸せそうな表情だ。困惑した表情や、暗く悲観的な表情は見たことがない。無意識のうちに、子育てという神聖な使命と具体的な人生の目的をを引き受けた、充実感溢れる笑顔に接すると、私自身も嬉しくなってしまう。

 しかしその反面、人生とは決して順風満帆で平坦な道ではないという現実的な確信もある。若いお父さんとお母さんを見ると、ある意味で私は一世代ほど先輩であることを実感する。もうすぐにでも、二世代の先輩になりそうであるが。勿論、偉そうに意見したり、説教できるような身分ではない。しかし、振り返ってみると、苦難、葛藤、過ち、悔悟、自責、失望、さらには病や事故など、思い返すと実に様々な局面を乗り越えてきたと思う。いや、それらは決してすでに完結した過去ではなく、現在も将来も様々に形を変えて障害物として姿を現すだろうと思っている。

 誰であっても進んで災難や苦難を引き受けたいと思う人など、存在するわけがない。しかし、思いがけない事態が前途に立ち塞がり、大切な人や物を失い、事故や病に倒れることだってあるかもしれない。

 何度も申し上げたが、すでに私たちが製作している、グリーティング絵本は、全国の5万世帯以上の子育て中の家庭に届けられている。1冊ずつに大切なお子さんの名前が入り、ご両親からの(あるいはお母さんからの)お子さんに対する愛情に満ちたメッセージの言葉が読み聞かせられている。

 そんな情景を時々思い浮かべると、絵本の文藻を書いた者として、お子さんに愛情を注いでいる家庭に忍び寄る、様々な影が視野に入ってくる。災難や苦難は、ある程度予測することによって避けられる可能性が高まる。そして、もし不幸にして災厄に巻き込まれたとしても、心の持ちようによっては、時間をかけて乗り越える力を発揮することができる。

 小さなお子さんを育てている家庭が、家族で力を合わせて苦難を乗り越え、家族の絆を強める機会としていただくには、何が必要だろうか・・・決して売り上げが増大するとか、莫大な利益が見込めるというような話ではない。あくまでも、絵本を手にされたご家庭、そしてそのような発想に興味を持つ皆さんに対し、ささやかであってもお手伝いがしたい、その原点を仕事の中でも大切に考えたいという思いが、いつの間にか私自身の心に根を下ろしている。

 これがファミリー・インテリジェンスに至る基本理念であり、会員制みるとすの根底にある理念でもある。

 当時は、ファミリー・インテリジェンスなんてGoogle検索しても、世界中どこを探しても見当たらなかった言葉だ。国家インテリジェンスという言葉なら、至る所で目にすることができる。しかし、家庭や個人のためのインテリジェンスなんて当初は私自身、思い入れだけで具体的な手法はなかなか思い浮かばなかった。インテリジェンスという言葉だけが一人歩きしている状態だった。

 しかし不思議なもので、私にとって思いがけない展開が訪れた。

 当時、防衛研究所の主任研究員でいらっしゃった小谷賢先生に相談してみた。一面識も無く、メールのやりとりだけだったのだが、さすがに独学に行き詰まってしまい、インテリジェンスの勉強の仕方への助言をお願いした。すると、青学の大学院でインテリジェンスの講座があるという。早速調べたら、講師は小谷先生その人だった。青学と防衛大学で開講されていたが、すでに学期が始まっており、入学は締め切られていた。

 そこで、大学院の事務室に電話して相談してみたら、先生が許可すれば受講を黙認するということになった。結局先生の許可が得られたので、学期の途中から晴れてインテリジェンスに関するアカデミックな授業を学ぶことができた。

 翌年度は、正式に大学院(修士課程)の試験を受け、なんとか合格して正式に、改めて受講することになった。やはり、戦史専門の先生から、世界主要国の情報機関の機能や実態など、視野の広いアカデミックな知識を教われたのは、私にとって大きな財産となっている。

 なかなかお理解されにくいことを、仕事の一部に組み込もうとしているのだが、常に熱心に、積極的に求めていれば、道は拓けるはずだと頑迷に思い込んでる。

 売り上げ至上主義の経営コンサルトの方からは、私の発想など嘲笑の対象でしかないと思っている。しかし、それでいいと思っている。

 独自の考えから独自の手法を生み出す。そこから独自の仕事上の目的を具体的に構築して行く・・・困難さは目に見えているが、しかし自分に最も合った生き方だと思っている。

 あらあら、いつの間にか深夜3時20分になってしまった。今日もまた夜更かしになってしまった。まずいまずい。どうも書き出すと止まらない悪い癖は、なかなか修正できないようだ。


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by hirune-neko | 2018-10-10 03:39 | 心の中のできごと | Comments(2)

意外な組み合わせのバンドを見つけた

"Triste" ALBA ARMENGOU SANT ANDREU JAZZ BAND (JOAN CHAMORRO DIRECCIÓN)

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 女子中学生ではないかと思われるボーカリスト4人と、円熟した演奏のおっさんたち。ドラムとピアノも中学生なのではないだろうか。

 新鮮で若々しい音楽ステージを、おっさんたちの演奏が土台でしっかり支えている。どうやらそのような組み合わせのバンドのようで、他にもなかなかの名演があり、楽しめた。

 夜になって、翻訳をお願いしている方から、主語を「I」に統一して翻訳し直した英文原稿が届いた。お礼の返信メールで、前から質問したかった修士号の専攻内容について、尋ねてみた。するとすぐに、以下の内容の返信があった。

 日本史でしたが古い時代で、鎖国直前の長崎の平戸にあったイギリス東インド会社の商館のことでした。古い日本語に加え、古い英語も読んで研究ができました。」

 一体、どれぐらいの日本人が「鎖国直前の長崎の平戸にあったイギリス東インド会社の商館のこと」に興味を持つだろうか。専攻内容を知って少々驚いた。改めて、マニアックであり知的でもある方だと再認識した。

 自分の人生に残されている年数が無尽蔵にある訳ではないにも拘わらず、今でも人生の目的について考えている。かなり遠くの、霧の彼方にかろうじて見える目的もあれば、早急に達成したい目の前の目的もある。

 いずれにしても、突き詰めて考えるなら人生の最終目的は何かと問われても、そう簡単に答えられるものではないのではないだろうか。

 ある人は年収1千万円が目標かもしれない。別の人にとっては、仕事上の売り上げを、年商1億円にすることが目標かもしれない。医師や弁護士の資格を得るのが目標の人もいるだろう。しかし冷静かつ現実的に考えてみるなら、ほとんどの場合、目的と考えられるものは最終目的ではないだろう。

 仮に年収が1千万円になったとして、銀行口座の残高が毎月増えるのを眺めても、それで人生の目的を達成できたと考えられるだろうか。医師や弁護士の資格を得たとしても、それらは明らかにスタートラインでしかない。

 かくも、人生の目的というのは難解だと思う。

 私の人生の目的は、常に前方に目標を定め、その目標に向かって努力することであり、諦めず投げ出さず、逆風のときであっても常に前向きに生きることだ。目に見え、手で触れることのできる成果は最終目的ではなく、常に更新を続ける目標に向かって、達成方法を考え、挑戦し続ける・・・そのような生き方を維持することが、自分の人生の最終目的だと考えている。

 ・・・これはあくまでも体調が良く、集中力も正常な時の考えである。時として健康状態に不安があり、体調不良で起き上がる気力も無いときは、世俗を離れ窓から水平線が見える部屋で静かに余生を送りたい、と思うのも事実である。

 その時々の状況に応じて、異なる自分の本性が顔を現し、葛藤が生じる。人間とは、そういう生き物なのではないだろうか。・・・と、分かったようなことを書いてしまった。


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by hirune-neko | 2018-10-09 00:17 | 心の中のできごと | Comments(0)

贅沢なひととき〜感性の帰巣本能を感じている

Bill Evans Trio - Young and Foolish

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 ここ最近はずっと実務的な作業に追われ、何かを深く考えるということができなかった。今日は土曜日でもあり、一息つける時間を過ごしている。まだ明るい昼間だというのに、すっかり寛いでしまっている。

 仕事上のあるテーマについて考えている。考えながらビル・エヴァンスの演奏を聴いている。ここ何年もアストル・ピアソラを好んで聴いていたのだが、最近はどういう訳かビル・エヴァンスが聴きたくなり、高校生の時以来、実に半世紀ぶりに再会し対面している。感性の帰巣本能とでも言って良いのではないだろうか。

 高校生の時の私は、もしかしたら少々感性が早熟だったのかもしれない。と言うよりは、はみ出し高校生だったのではないだろうか。朝、学校に行って出席をとると、窓から教室を抜け出してバスに乗り、繁華街から少し外れた坂の途中にあったジャズ喫茶に行くのが、日課になってしまった。店の名は「伊吹」だったと思う。

 制服を着た高校生が午前中からジャズ喫茶に行き、弁当を食べながら夕方過ぎまでの時間を過ごすのだから、明らかに異常な姿だったと思う。常連客はコアなジャズファンの大人たちだった。しかし、誰1人として私に対し、学校サボっちゃいけないよ、というような説教はしなかった。仲間の1人として迎え入れてくれた。もしかしたら、彼等の高校時代と二重写しになったのかもしれないと、今になってはそんな気がする。

 そこは港町だったので、外国の船が入港するのか、店の片隅にアメリカ人が座っていることがあった。当時の私は好奇心が旺盛だったのか、決まって側に行き、話しかけた。話しかけたといっても、高校初級程度の構文しか知らなかったのだから、たわいもない会話だった。それでも、外国語で対話するという経験をしたせいか、特に英語に対する興味は深まったと思う。そういえば、英語の授業の時、先生から発音が良いと褒められたことがある。褒められて悪い気はしない。それもそのはず、朝から夕方までずっとジャズボーカルを聴いていたのだから、聞き取りの訓練をしていたようなものなので、ネイティブの発音が少しは身に付いたのではないだろうか。

 そういえば、以前も書いた記憶があるが、大学に入って第二外国語はフランス語を履修した。先生は、NHKのフランス語講座の講師でもあった朝倉季雄先生だった。当時の私は、出席日数不足でフランス語は再履修を繰り返し、とうとう5年間習うことになった。朝倉先生はクラスの中をゆっくり巡回し、一人一人に短文を音読させた。私の番になり、少々読みにくい内容の文章を口にした。Je me suis levé・・・今でも憶えている。すると先生は少し驚いた表情になり、「君はフランスに住んでたことがありますか?」と訊かれた。素直に嬉しかった。フランス語の発音がいいとしても、フランスに住んでいた訳ではなく、繰り返し繰り返しシャルル・アズナヴールの歌を聴いていたため、耳からフランス語の発音のエッセンスを吸収していたに過ぎない。

 毎月定額で音楽アルバムを好きなだけダウンロードできる、アップルミュージックに登録している。アルバムを聴いていると、下の方にそのアーティストの別のアルバムが表示される。ビル・エヴァンスのアルバムを聴いていると、他のアルバムが表示されるので次々とダウンロードしてしまった。改めて数えてみたら、なんと42枚もダウンロードしてしまっていた。高校生の時に聴いたビル・エヴァンスは、ほとんどが著名でポピュラーな作品だった。40枚以上のアルバム全てを丹念に聴いてはいないのだが、時々初めて聴くバラードの、なかなかいい曲と出会うようになった。ようやく曲名も覚えられた。

 たまたま昨日、初めて見るジャケットがあったので曲名を確認してみた。すると、いろいろなアルバムに散りばめられていた、気に入ったバラード曲が特集されているようなプログラムだったので、ためらわずダウンロードした。アルバムのタイトルは、「Plays for Lovers」だった。

 その中から1曲を選び、冒頭でご紹介した。曲名は「Young and Foolish」・・・私流に和訳すれば「若気の至り」で、まさに私の青春時代そのものである。・・・いや、今でもどうやらその気質は、まだ色濃く残っているような気がしている。


 ビル・エヴァンスの生涯については、ほとんど知識が無い。しかし、ずっと薬物中毒であり最後は自殺だったように記憶している。あるいは勘違いかもしれない。

 彼の演奏スタイルから感じるのは、言葉で表現するのは難しいが、「感性的孤高さ」だろうか。物質世界や世俗性を超越した、内省的・自省的視点も感じる。周囲とは距離を置いた冷厳な価値観も感じる。

 お恥ずかしいのだが、ピアノは片手でしか弾けず、両手で同時に別々のメロディーを弾ける人の能力が信じられない。そんな私だが、ビル・エヴァンスの音楽的世界、それと何の脈絡もないのだが、アルベール・カミュの感性的世界の両方に郷愁を感じている。

 青春時代から、すでに半世紀を生きてきて、再びあの頃の世界に対する郷愁と寛ぎを感じてしまっている。どうやら私の感性には強い帰巣本能があるようで、これはもう今更変えられるものではないと観念している。

 ピアソラ自身は、マイルス・デイビスとビル・エヴァンスを高く評価していたと、知人が教えてくれた。ピアソラの作品に対しても強い共感を感じるのは、そのせいもあるかもしれない。いずれにしても、音楽ほどその人の感性を雄弁に語るものは無いのではないだろうか。

 珍しく、今日は私にしてはとても早い時間のブログ更新とさせていただく。もう数年生きられれば、いつの間にか深夜のブログから早朝のブログに変貌しているのではないかと思う。


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by hirune-neko | 2018-10-06 19:22 | 心の中のできごと | Comments(0)

一日の終わりの雑感ひと言

Bill Evans Trio - I wish I knew

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 この時間まで、ほぼ途切れなく製作作業をしていたが、なんとか終えてほっとしている。熱いハーブティーが飲みたい季節になってしまった。

 仕事にだけ集中し、急にブログに向かったので、書くことが何も思い浮かばず、戸惑ってしまっている。無理に書くこともないとも思う。とりあえずはクールダウンさせていただく。

 昨晩の私のメールを読んだ翻訳者から、今朝早くに返信があり、主語を「SheからI」に変更統一して翻訳し直してくれることになった。一歩だけだが、前進である。

 10日程前、AmazonのKDP/Kindle Direct Publishingの窓口に質問メールを送ったが、翌日回答があった。すでに記したかもしれないが、日本の出版社であっても、Amazonの世界的販売ネットワークを利用して、多言語出版ができる、とのことだった。

 今はどうか知らないが、数十年前は講談社インターナショナルという出版社が、英語の書籍を出版していたように記憶している。他はあまり聞いた憶えがない。

 英語への翻訳に着手したばかりだが、日本語が堪能な翻訳者と、その翻訳原稿を推敲手直しできる編集者のツートップ体制が整えば、後は電子編集の技術的課題が残るものの、多言語出版の実現性が高まるのではないだろうか。

 インターネットが普及し、Amazonの利用人口がそれなりに多い国が、どのように分布してるか、また質問メールを送ってみよう。

 多言語出版に協力してくれるスタッフが揃えば、あくまでも理論上の話ではあるものの、海外作品を多言語出版することもできることになる。

 一見すると、脈絡の無いことをしているように思われるかもしれないが、まずはオリジナルのグリーティング絵本を採用してくれる産婦人科や自治体を増やすのが、第一ステップである。それと並行し、絵本を持つご家庭を中心に会員制「みるとす」への登録をお勧めすることになる。そして、登録されたご家庭に対し、ファミリー・インテリジェンスサービスを提供する。その情報コンテンツの内容がとても重要になる。

 少しずつではあるが、そのために公開情報の収集・分析の手法を研究している。国家情報機関には質も量も規模も及ばないが、個人や家族が無事・健康・安全に過ごせるよう、そして家族が良好な関係を構築し、維持できるようお手伝いすることが、一番の使命だと考えている。

 いつ終焉を迎えるか予測できない私の人生ではあるが、育った家庭環境、その後の人生における経験、そして感性体験などを総合的に振り返ってみるなら、それら全ては、この人生の晩年に向けて残そうと考えている構想のための、試練と訓練だったように感じる。

 私利私欲や資産・名声の虚しい一面を、多く見て来たと思っている。長い時間をかけて心の内部に蓄積される、目に見えないものの大切さを、改めて実感している。心を失った人の末期を、ずいぶん見たような気もする。人生が、どのように閉じられるのが望ましいかが、見えるように思う。

 何も体系的なものではないし、他者に押しつけようとも考えていない。しかし、自分の人生や社会の動き、本来のあるべき姿を、一人でも多くの方が、視野を拡げて視界に入れられるようになれば、その国自体も平和で平安な状態を維持できるのではないだろうか。

 まだまだ試行錯誤を重ねることになると思うが、大筋の方向性は絞り込めているという確信はある。引き続き、仕事を抱えながら、少しずつであっても前進する気力と集中力を維持したいものだ。


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by hirune-neko | 2018-10-06 00:28 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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