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昼寝ネコの雑記帳

2020年 08月 08日 ( 1 )

激痛に耐えつつ辿り着きし今 分水嶺からの新たな眺望

Eliane Elias: Rio

 昨日は足先の激痛を、ありのままに書いてしまったので、心配してくださった方がいらっしゃったと思う。症状的には、明らかに血行不良になっていたため、痛みが出たのだと体感した。そこで、夜床についてから必死になって、強く足をさすり血行が良くなるように自己治療してみた。

 しかし、不定期に襲ってくる激痛は、少しずつ軽減したものの、やはり眠ることができない状態が朝4時ごろまで続いた。何とか寝ようと努めたのだが、およそ50秒ごとに定期的に痛みを感じ、眠るどころではなかった。そのせいで、午前中に倉庫に入荷する予定だった表紙の立ち会いには行けず、次男にお願いすることにした。

 どうしても製本所に行く必要があったので、午前中いっぱいは横になって身体を休めたが、午後から車を運転して製本所まで往復した。

 正確には覚えていないが、おそらく3週間ほどは、iMacと設定の格闘をしてきている。一つ一つ解決してきたのだが、最後に残ったのは最も利用頻度の高いQuarkXpressだった。

 これまでの経緯を詳細に記すと、長くなってしまうので結論だけ説明すると、最終的にはアメリカ・コロラド州のデンバーにあるQuarkXpressの本社に直接コンタクトし、サポートを受けた。

 本社のサイトから直接ダウンロード購入する方法を、昨晩の深夜過ぎにメールで送ってもらった。いくつか質問があったので、今日の深夜0時まで待ってもう一度電話し、カード決済で購入してダウンロードした。インストールまでは順調に行ったのだが、なかなか立ち上がらず、バリデーションコードを必要とする状況にも至らなかった。

 つまり、App Storeからダウンロード購入したソフトと、何ら変わらない現象だったので落胆し、再度QuarkXpressの本社に電話した。すると、話し始めてすぐにiMacの画面上にバリデーションコードのインストール画面が現れた。

 そのまま作業を続け、アクティベートしたらとてもスムーズに立ち上がってくれた。試しにこれまで作成したファイルを開いてみたら、すこぶる順調に開くことができた。ずっと背負ってきた肩の重荷を下ろした気持ちだった。

 昨日電話で話したのは、スティーブという名前の男性だった。今日電話すると、またそのスティーブが電話に出た。メールを送ってくれた人の名前が、アメリカ人ぽくないことを伝えると、彼は、それは自分の名前で自分がインド人だと言った。インド人の名前だと発音しにくいので、お客さんにはスティーブと名乗っているそうだ。つまり、アメリカではなくインドの事務所でサポートをしているということがわかった。

 ライセンスの使用条件等、確認したいことがあったので再度電話したら、今度は女性が出た。しかし、明らかにアメリカ人の発音ではない。スティーブがインド人だということに触れると、自分もインド人で彼は同僚だと言った。

 正直言って、かなり聞き取りにくい英語だったが、いろいろな話の中でQuarkXpressは、容易に電子書籍の仕様に変換できると言い始めた。私が多言語出版を準備していると伝えると、QuarkXpressの機能を活用し、アップルの世界中の販売網で電子書籍を売ることができると助言してくれた。

 なるほど、電子書籍の国際販路というと、アマゾンドットコムぐらいしか思い浮かばなかったが、確かにAppleにも書籍を販売しているサービスがあるのは知っていた。

 この3週間、脇目も振らずiMacの設定に取り組んできた。あれほど毎日ちゃんと歩いていたのに、歩けない日が3週間近くになってしまい、とうとう足に激痛が走るという最悪の事態になってしまった。徐々に弱気になり、自信を喪失し、自分の年齢を視野に入れずに、ただ頭の中であれこれ妄想してプロジェクトを増やそうとしている自分は、もしかしてやはり愚かな人間なのではないかと思い始めていた。

 しかし、不調だったのは足先だけであり、心臓の機能が低下したわけではない。こうしてみるとやる気は十分に残っている。思いがけず、サポートをお願いする対象を国内から、海外の本社に移行したところ、不思議なことに次々と問題が解決し、さらには今後やろうとしていることに必要な情報も与えられて、眺望が開けてきたという印象が強い。

 パソコンと周辺のアプリケーションの機能不全とはいえ、過去に3週間の長きにわたって苦労した経験は無い。しかし、今日は・ ・ ・あらあら、ちらっとパソコン上の時間を見たらもうすでに午前3時である・・・激痛をなんとかこらえて対処し、久しぶりに5千歩を歩いてきたら、痛みはほとんど出ない状態に快復していた。

 最初は半信半疑だったが、心の促しに従いアメリカ本社のサイトからQuarkXpressをダウンロード・インストールした。インド人のサポートの方とのいろいろ話をする機会があった。その結果、これまでの長い長いトンネルからようやく抜け出すことができたと実感することができた。
 
 そしてさらに、これまでは自分自身の個人的な人間関係の範囲から、英語とスペイン語の翻訳出版だけを視野に入れてきたが、東南アジア諸国を含め、一気にインターナショナルな翻訳出版ができるという確信を強めてしまった。・・・何も具体的な根拠は無いのだが、不思議とそのように確信してしまった。私の私らしい部分である。

 私の祖父のように38歳で早世するケースもある。私の父は45歳で他界した。家内の父は63歳だった。長年にわたり自分自身が長く生きられないという強迫観念で生きてきたが、あまりそんな事は気にせずに、心に感じるままに自由に発想し、積極的な人生を歩んでいきたいという気持ちになっている。

 来年はいよいよ古希である。古代希(まれ)なりとい言う年齢になるわけだ。私利私欲に捕らわれず、無意味なものに執着せず、これからも真摯に生きられるよう努めていきたいと、思いを新たにしている。

 激痛に耐えつつ辿り着きし今 分水嶺からの新たな眺望

 と、母を真似て短歌を1首作ってみたが、母が目にしたら何と言うだろうか。おそらくは、そんなに悪くはないよと言ってくれるのではないだろうか・・・私が気分を害さないように。
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by hirune-neko | 2020-08-08 03:31 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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