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昼寝ネコの雑記帳

2020年 07月 31日 ( 1 )

日本・イスラエル国際親善将棋対局になってしまった


The Peacocks (Remastered)

 将棋脳を退化させないため、久しぶりにインターネットの対局場に入った。

 ところが、またまた不具合が発生し、自分のアカウントではログインできなかった。何度試しても駄目だったので、将棋の先生に連絡し、先生の練習用のアカウントを貸していただいた。まだ全てのブラウザを試してはいないのだが、私がいつも使うFirefoxでログインできなかったので、 Safariで試したら何とかログインできた。 

 先生からお借りしたアカウントは、10級だった。何年も前に日本将棋連盟から、初段の免状をもらっている。しかしそれ以降は、全く昇段していない。でもまぁいいやと思い、10級のアカウントで対局場にログインした。

 するとほどなく挑戦者が現れた。相手は10級で、 国旗を見ると日の丸ではなかった。どうやらイスラエルの国旗のようなのだが、イスラエル在住の日本人の方なのか、あるいは私のように日本人でありながら、イスラエルの国旗を使っているのか判然としなかった。

 対局が始まったのだが、先手番の私が一手も指せない状態になってしまった。原因を特定できないまま数分が経過した。すると相手の方がチャットで、大丈夫かと英語で質問してきた。どうやら本当にイスラエルの人のようだった。どうにもならないので一度対局場からログアウトし、再度ログインしてみた。すると、先程の方の名前が見つかったので、今度はこちらから挑戦した。すぐに応じてくれた。

 相手の方が本当に額面通りの実力ならば、私が負けるはずはないと思った。しかし10級の割には、しかも外国人 なのにしっかりと指す方だった。

 私も真剣に集中し、序盤から一気に押し切って勝ってしまった。すると相手の方が、もう一回どうですか、とチャットからメッセージを英語で送ってきた。即座に再対局することになった。

 やはり、相手の方の甘い対応が連続したため、このままだとまた私が勝ってしまうと思った。国際親善のためには、2局目をわざと負けて、対戦成績を一勝一敗にしたほうがいいのではないか、という考えが一瞬頭をかすめた。しかしやはり習慣とは恐ろしいもので、常に最善の次の一手を考えるようにしてきたので、わざと放り出すような手を指すことはできなかった。相手の方には申し訳なかったが、結局私の2勝で終わってしまった。

 ところで、明日は月末である。振り込み作業があるため、下準備を終えたところだ。各取引先からの振り込み入金を確認してから振り込み作業に入る。相変わらず1回ずつ毎回トークンの数字を見て入力するという、原始的な方法である。前もって一覧表を作成しておき、一発で振り込み送金ができる方法があることがわかっているのだが、ついつい億劫になってその方法をマスターしていないので、原始的な方法に頼っている。

 振り込み一覧表はExcelで作成しているのだが、今日はすべての文字の大きさをワンランク上げて、しかも太字にして判読しやすいように変換した。あとは目のコンディション次第で、トークンの数字を自力で判読できるか、あるいは誰かに読んでもらうか、それはやってみないとわからない。やはり徐々に視力は衰えてきている。

 無料会員制のファミリー・インテリジェンスサービス・みるとすでは、会員の方にいろいろな情報を提供することになる。その中のひとつに、日本将棋をお勧めするメニューを考えている。詰め将棋にしても本将棋にしても、相手の手を読みながら深く考え、次の一手を決めなければならない。小さいお子さんには、いきなりは無理だろうと思う。しかし、お父さんが将棋に興味を持ち、お子さんと一緒に将棋を指すようになってくれれば、お子さんの思考力を育て、 親子の良き思い出を作っていただけると思っている。

 私は小学生の頃は、家で祖父と将棋を刺した。まだまだ駒の動かし方を覚えた程度だったので、いつも祖父には負けてばかりだった。どうも悔し涙を流したらしく、祖父からは馬鹿にされた記憶がある。それから徐々に将棋を覚え、しばらくブランクはあったが大学生になって寮生活をしたため、先輩たちと将棋を指す機会が増えた。その後、数十年間のブランクがあったが、たまたまインターネット上に将棋教室があるのを見つけ、入門した。もう7年前か8年前のことである。

 こつこつと詰め将棋を解き、主催者のプロ棋士の先生に手ほどきをしてもらい、少しずつ上達した。ある日、初段の実力があると先生から言われ、日本将棋連盟から初段の免状をいただいた時は嬉しかった。仕事が忙しい日々が続いているため、インターネット将棋対局場に入って、将棋を指す機会はなかなか見つけられない。しかし、周りからは顰蹙を買っているのだが、トイレに入るときは時間がもったいないので、必ずiPadを持ち込み、詰将棋を解くようにしている。先生から勧められたのは、詰将棋パラダイスという名のソフトである。数年がかりだが、つい最近累計で4000問の詰め将棋を解いた。先生も驚いていた。

 どうやら、将棋脳は仕事脳とは別の場所にあるようだ。いつも、仕事で頭がくたくたになっても、頭休めとして詰め将棋を解くことができている。せめてもの息抜きである。かわいいものではないだろうか。

 さて、明日は決して数字を間違えてはいけない振り込み作業が控えている。かなりの集中力を必要とするので、今日はこれにて休ませていただくことにする。
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by hirune-neko | 2020-07-31 00:47 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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