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昼寝ネコの雑記帳

2019年 08月 14日 ( 1 )

ベトナムからTシャツが深夜便で飛んできた

Miss Saigon - 1989 Original Cast Recording - I Still Believe
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 昨晩は体調に不安があったため、夜の11時過ぎには床についた。私にしては早い方である。しかし、冷房のせいかクシャミと鼻水が止まらず、徐々に頭が冴えてまったく眠気を感じなくなってしまった。

 明け方4時を過ぎた頃、不安感が募り心臓と頭に違和感を感じるようになった。事情があって、月曜日から水曜日までは私一人きりの生活なので、声をかける相手が存在せず余計に不安が募った。息苦しさも出始めたので、救急車を呼ぶことを考えた。急性心不全なのだろうかと、あれこれ考え不安になった。このまま息絶えるかもしれないと思うと、さすがに助命嘆願する気になった。

 冷静になって、どうすればいいか考えた。常飲している酸素水を飲むことが思い浮かび、台所まで行ってシェーカーに水と酸素を入れ、予備の水をペットボトルに入れて2階に戻った。

 クーラーを止めたりつけたりして、最適のコンディションを探した。しばらくして、酸素水の効果があったのか、気がついたら少し眠ったようだ。

 次男夫婦がベトナムからLCCの深夜便で帰国すると聞いていたので、無事の到着を祈った。週末の受注データが溜まるため、次男はいつも月曜日の深夜1時過ぎには出社する。今週は会社の休業なので、締め切りを気にせず数日はゆっくり休養するようにと、メールを送っておいた。

 朝仁なったら、不安感も消えて心臓も脳も違和感を感じなくなっていた。次男の留守中は、私が受注データ処理をする約束になっていたが、体調が思わしくなく、中断したままになっていた。なんとか体調は最悪の状況を脱したので、無理の無い範囲で作業をすることにした。

 次男夫婦は朝9個に帰宅したとLINEで、他の子どもたちに報告していたので、数日は仕事場に来なくていいと考えていた。ところが、午後2時過ぎだっただろうか。仕事が気になるらしく、会社に出て来た。

 私一人なら、自分のペースで作業をすればいいのだが、次男と一緒だとダラダラとするわけにいかない。まだ多少の不安はあったが、食欲も出て来たので、頑張ることにした。

 すると不思議なことに、体調が復調し、気力も集中力もいつも通りに復活ていることを実感した。おそらく私は、適度な緊張感を維持して仕事をしているので、一人になってダラダラとしたペースになると、緊張の糸が切れてしまい、途端に不調になるのではないだろうか。つまり、死ぬまでずっと集中力を維持し、勤勉に努力しなさいということなのだろう。酷な話だが甘受しようと思った。

 次男からは仕事の合間に、ベトナムでの経験談を、あれこれと聞いた。そいえば、ずっと昔、ベトナムを舞台にしたミュージカル「ミス・サイゴン」を観たという話をした、次男は聞いたことがあると言った。最初はニューヨークのブロードウエイで、数年後には東京で日本人キャストによる公演を観た。

 冒頭の曲は、ベトナム戦争終結後に、アメリカ兵との間にできた子どもを育てる決心をしたキムと、アメリカに帰国後に結婚した相手の女性(役名は忘れた)が、夫が夢にうなされたとき、キムという名前を口にするのを聞き不審がる、という設定の二人の女性による二重唱である。

 次男は忘れた頃に、私にTシャツを買ってきた、と言ってリュックから出して手渡した。いくつになっても、何かをもらうのは嬉しいものだ。しかも、慌ただしい旅程の中でも私や兄弟たち家族のことを忘れず、それぞれにメイド・イン・ベトナム製品を買ってきてくれたというので、すっかり感心してしまった。

 今朝は救急車を呼ぼうかなどと考えるような最悪の体調だったので、もうそろそろ休もうと思う。懐かしいキム役の、リー・サロンガの歌を久しぶりに聴いて、自分自身の旧き佳き時代のことを懐かしんでいる。

【ベトナムから深夜便で飛んできたTシャツ】
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by hirune-neko | 2019-08-14 01:49 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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