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昼寝ネコの雑記帳

2019年 06月 12日 ( 1 )

ボニージャックス+大庭照子 昭和の心・日本の心

ちいさい秋みつけた/ボニージャックス 《1962年版》
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 中野で行われたコンサートに行ってきた。午後2時開演で、休憩時間をはさみ2時間のステージだった。

 私のような音楽的偏食人間でも、ボニージャックス、ダークダックス、スリーグレイセスの名前は良く知っている。

 今日のステージは、ボニージャックスがゲストに大庭照子さんを迎えてのコンサートだった。1曲終わる毎に、次の曲の紹介をする。説明の言葉が出てこなくなり、観客の笑いを誘うシーンが何度かあった。ほとんどが、昭和の重要な出来事に合わせて背景事情も聞くことができた。

 ボニージャックスは結成から60周年を迎えたそうだ。オリジナルメンバーは80歳を超えていることになり、文字通り昭和の生き証人である。

 第1部と第2部には、ゲストで大庭照子さんが登場した。クラシックの声楽家を目指していたが、途中からシャンソン歌手に転向し、今では童謡の普及にも力を入れている方だ。なかなかトークもしっかりしており、ボニージャックスから、どちらが主催者だか分からなくなった、という言葉も出るほどだった。
 
 ボニージャックスは男声コーラスで、聴いた感じではテノール二人とバリトン、バスのようだ。とてもきれいなハーモニーで年輪を感じた。今日は文部省唱歌など、日本の、しかも昭和の歌のメドレーだった。他のジャンルも聴いてみたくなった。

 スィングル・シンガーズ、ダブル・シックス・オブ・パリス、マンハッタン・トランスファーなどは、いずれも混声合唱だが、男声コーラスもなかなかいい感じだった。

 歌の説明の最中に、かつての国内の大災害に触れ、「何かあると、日本はひとつの家族にまとまります」という言葉が何度も出てきた。印象的だった。日本の良さ、日本の歴史的伝統、日本人の気概というものを、改めて見直すいい機会だった。

 
 ゲストの大庭照子さんのことは、過去に一度ご紹介させていただいたことがある。

珍しく、横浜関内までコンサートに出かけた】
 (2019年2月4日)

 大庭照子さんは、日本国際童謡館の髙田真理理事長と二人三脚で、とても精力的に活動されている。引きこもり同然の私にとっては、頭の下がる思いだ。大庭照子さんと日本国際童謡館の活動予定などを、以下にご紹介させていただく。

 改めて、子どもたちには、和の心の原点とも感じる童謡の世界に足を踏み入れてほしいものだと感じている。人間は、年齢と共に現実世界や財力・地位・名声などが視野を占領するようになるのが一般的だ。勿論、それらはあるにこしたことはない。しかし、人間にとって最も大切な基本的な資質は、何歳になっても、またどのような境遇になっても、心のひだに刻まれている感性や慈愛であることに気づく人は、そんなに多くはないような気がする。旧約時代から約3千年を生きてきた・・・と妄想している私にとっての確信である。

 現代、すなわち終わりの時い生きる人たちは、善き言葉、善き思い、善き感性に対する飢餓感が募って来ているように感じる。私自身はこれからも、微力ながら、善きこと、善き知らせをお伝えできればと考えている。


【日本国際童謡館の活動予定】

・阿蘇からの風 熊本地震復興祈念 
 童話の日記念コンサート
 出演 大庭照子 髙田真理
 2019年6月12日(水)開場13:30 開演14:00
 会場 めぐろパーシモンホール小ホール
 入場料(一般)2,500円 サポート会員2,000円
 主催 NPO法人日本国際童謡館
 問い合わせ先 NPO法人日本国際童謡館
  電話・045-562-1950 メール・info@doyokan.net

・阿蘇からの風 童話の日コンサート
 2019年7月1日(月)開場13:30 開演14:00
 出演 大庭照子 髙田真理
 ゲスト Fairy Flower 親子デュオ・大澤ファミリー
     かなりやとうばん 高峯紀子 馬場千年
 会場 関内ホール小ホール
 入場料(一般)2,000円 サポート会員1,000円
 主催 NPO法人日本国際童謡館
 問い合わせ先 NPO法人日本国際童謡館
  電話・045-562-1950 メール・info@doyokan.net

・阿蘇からの風 津久井やまゆり園に思いをよせて
  大庭照子「哀しみを力に」をうたう
 2019年7月12日(月)開場13:30 開演14:00
 出演 大庭照子 髙田真理
 特別ゲスト 浅野史郎/元・宮城県知事
 会場 横浜市栄公会堂
 入場料無料・整理券必要
 主催 NPO法人日本国際童謡館
 問い合わせ先 NPO法人日本国際童謡館
  電話・045-562-1950 メール・info@doyokan.net

・童謡サミット in Hawaii
 常夏のハワイであなたの童謡を披露しませんか
 2020年4月9日(水)〜4月14日{火}
 旅行代金 193,000円(別途費用は要問い合わせ)
 宿泊 シェラトン・プリンセス・カイウラニ・ホテル
 主催 NPO法人日本国際童謡館
 旅行問い合わせ先 (株)日放ツーリスト
  03-3481-7666・電話 担当 井手、對比地

・NPO法人日本国際童謡館のご案内
 将来展望
  -童謡歌唱コンクールおよび赤い鳥フェスタ復活
  -熊本県山都町に童謡館復活
  -両国国技館での童謡フェスティバル開催
 所在 221-0061 神奈川県横浜市
    港北区日吉2-4-16-502
 電話・045-562-1950 FAX 045-562-1951
     メール・info@doyokan.net
 

【小さな木の実】Wikipediaから抜粋

 「小さな木の実」(ちいさなこのみ)は、日本の歌。作詞は海野洋司、原曲の作曲者はジョルジュ・ビゼー、編曲は石川皓也による。1971年、NHKの番組『みんなのうた』で、大庭照子の歌により発表された。

・歌詞
 少年を主人公にして、その父親との関係を表現した歌詞となっている。秋の日に少年は、かつて父親と一緒に拾った木の実を手に持って、草原を走り抜ける。その時少年は、父親が昔語ってくれた言葉を思い出す。 
 歌詞は海野洋司が1969年に作成した「草原の秋」と題する詩が元になっている。海野は長男が生まれたのを記念してこの詩を作成した。しかしこの詩は作成されたときには発表されることはなく、「小さな木の実」として書きなおされるまで海野の引き出しの中に入れられたままとなっていた

・曲
 ビゼーによる歌劇「美しきパースの娘」の中の「セレナード」を元に、石川皓也が作り変えたものである。8小節のメロディーを4つ組み合わせて32小節の曲となっている。元々の「セレナード」は、その8小節の最後の小節が4つすべて同じメロディーになっている。このことに違和感を覚えた石川は、この箇所のメロディーに変化をつけ、さらに他の箇所にも手を加え、最終的に32小節中11小節を変更して、「小さな木の実」のメロディーとした。

・背景
 大庭は1968年に歌手としてデビューしたが、歌う場所はクラブやキャバレー、レストランなどに限られていた。大庭は、これは自分の思う歌手への道とは異なっていると感じ、1971年に所属事務所を辞めた。
 大庭は、自分はあまりテレビで歌うには向いていないと感じていたため、顔の出ない『みんなのうた』が自分に合っていると思った。そして出演を目指して、事務所時代のマネージャーからのつてをたどって、NHKの番組ディレクターである若林尚司のもとを何度も訪れた。その結果、大庭は1971年、「詩人が死んだとき」でみんなのうた出演を果たした。
 「詩人が死んだとき」の評判は上々で、その月に放送されたみんなのうたの中では最も反響が大きかった[6]。しかし「詩人が死んだとき」は大庭以前に越路吹雪や中原美紗緒によって歌われていたため、大庭はこの曲を自分自身の歌にすることは出来ないと思った。そして、自分がオリジナルとなるような歌との出会いを求め、NHKへの来訪を続けた。
一方、若林は「詩人が死んだとき」の評判を受けて、今度も大庭を起用してヒット曲を生み出そうと、新曲の構想を練った。

小さな木の実 - 大庭照子

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by hirune-neko | 2019-06-12 03:34 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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