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昼寝ネコの雑記帳

2019年 05月 09日 ( 1 )

高校生のときに、よく聴いていた演奏だ

John Coltrane Quartet - Say It (Over and Over Again)
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 おそらく、ジョン・コルトレーンの作品の中では、この曲が収録されている「バラード」というアルバムが、最も聴きやすいのではないだろうか。改めて確認すると、カルテットのメンバーは
 ■ジョン・コルトレーン/テナーサックス
 ■マッコイ・タイナー/ピアノ
 ■ジミー・ギャリソン/ベース
 ■エルヴィン・ジョーンズ/ドラムス
である。半世紀前に何度も目にした名前だが、今でも鮮やかに記憶の彼方から甦ってくる。

 コルトレーンの演奏は、晩年に近づくに連れて緊張度が増した。Wikipediaで確認したら、亡くなったのは1967年の5月だった。私が高校2年生で学校に行かず、毎日ジャズ喫茶に行き、朝から夜までずっと、ジャズばかり聴いていた時期だ。

 喫茶店のママさんは、いつも笑顔で迎えてくれたし、コーヒー1杯でテーブルを長時間占領する私を、疎ましがるそぶりを見せなかった。MJLC(Muroran Jazz Listeners Circle)のメンバーである大人の皆さんも、高校生である私を、仲間として迎えてくれた。月に一度の例会では、ジャズを聴きながらの研究発表という、実にアカデミックな喫茶店だった。

 コルトレーンの実質的な最後のアルバムは知らないが、当時リリースされた「誌上の愛」Love Supremeというアルバムは、ある意味で聴くに堪えないほどの緊張と呪縛を感じた。今の私だったら、とても聴けない。

 大学受験で上京し、本郷の旅館に泊まった。お茶の水の大学で入学試験を受けたが、休み時間に駅近くのレコード屋さんに行き、「誌上の愛」のレコードを買った。旅館に戻り、厭な顔をされながら、和風のロビーに置かれていた古いステレオを借りて、そのレコードを聴いた。当時の高校生にとっては、刺激溢れるひとときだった。おかげで、その大学は見事に不合格だった。自業自得である。

 今日は、この過ぎ去りし半世紀を、無意識のうちに振り返っていた。

 実に色々なことがあった。色々な国や都市にも行った。色々な人たちとの出会いもあった。いつも、まるで無国籍人間になったような感覚で、どの国に行ってもそのまま同化できるような感覚だった。誇れるような行動も功績もなく、ひたすら感覚的に、行くべき方向を模索していたのではないだろうか。

 もう、いつ寿命が尽きてもおかしくない年齢になっている。それなのに、年々、自分に負わされた責務が明確に見えるようになって来ている。青春時代から迷走が続き、大いなる時間浪費の時期を生きて来たと実感している。しかし、逆に世間の既成概念や価値観とは一線を画し、距離を保ってきたようにも感じる。そして、それで良かったのだと思えている。

 今日、友だちのために天使版の絵本製作を依頼していた女性から、出来上がり予定確認の電話が入った。改めて、天使版の文章を読み返したが、何度読んでも声に詰まる。何度か書いているが、一緒に絵本製作を手伝ってくれている次男が、生まれる直前に母親経由で水疱瘡に感染した。日本では初症例で学会で発表されたらしい。

 生後間もない次男は早朝、入院先の愛育病院の保育器の中で呼吸が停止し、あっという間に身体が土色に変色した。夢中で手を握り、名前を呼ぶと蘇生した。何度繰り返しただろうか。あの経験がなければ、天使版の文章は通り一遍の表現に終始し、赤ちゃんを亡くされたご両親の心深くに届くメッセージには、ならなかったと確信してる。いや、そうではなく、天使版の文章を必要とする両親のこと自体が、視野に入らなかったのではないだろうか。

 目の前で、我が子が呼吸を停止する姿は正視に耐えない。息をしていない我が子を腕に抱いた親の気持ちに共鳴することは、なかなか難しいと思う。

 そのような感情体験をしてから、すでに40数年が経過した。悲痛な経験をし、心に慰めや平安、さらには感動と癒しを感じることを必要とする人は、ますます増えることだろう。

 40数年前に、地上から姿を消していたかもしれない次男が、今では絵本製作全てを担当し、使命感を持って手伝ってくれている。不思議な運命、天命を感じる。

 私が今しばらく生きながらえる使命があるとすれば、人間が心の領域で必要とする要素が何であるかを追求し、文章として表現することなのではないだろうか。

 しかし、逆境や苦難はもう十分である。これから先は、枯れた気持ちで淡々と、穏やかな気持ちで、いろいろな文章を書き続けられる環境を与えてほしいものだ。

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by hirune-neko | 2019-05-09 01:20 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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