人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

2019年 05月 04日 ( 2 )

長い空白の一日を過ごしてしまった

Chant Et Fugue - Astor Piazzolla
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 珍しく一人きりで、誰にも邪魔されず、それなのに何もせず、ただ頭の中であれこれ思い巡らせて一日を過ごした。たまには必要なことだと割り切っている。

 実務的なことだけに追われていると、思考の座標軸が平面的になってしまい、物事を立体的に捉えられなくなってしまう。目に見えない変化が視野から外れてしまい、判断が不正確になってしまうという不安がつきまとう。ときどきは立ち止まり、具体的な行動を離れて、たとえ非論理的ではあっても、脳内に浮かぶイメージを大事に受けとめたいと思っている。

 明らかに時間効率は悪いのだが、確実性は高くなると考えている。同じ絵筆と絵の具、キャンバスを与えられても、人によって描くデザインは様々である。そこには独創性が不可欠であり、永続性のある価値観も必要だと思う。ちょっと目を引くだけのポップなデザインだと、やがては見飽きられてしまうだろう。

 人の人生にも類似しているところがあるように思う。

 例えば、出版物は商品である以上、たくさん売れた方がいいに決まっている。しかし、受けを狙って作品を書き、結果的にミリオンセラーになったケースと、妥協せずに自分の世界を描ききり、結果的にミリオンセラーになったケースを較べると、その時点での表面的な類似点はあるものの、本質部分は大きく異なると考えている。

 理屈を並べる閑があったら、1冊でもミリオンセラー作品を書いてみろ、と言われそうだが、それは結果論であり、私にはそのようなマーケティング理論をベースにして、作品を書く力量などない。

 赤ちゃんの名前を入れる絵本の文章を書いているが、少しでも売れるようにと意識し、文章を考えたことは一度もない。

 何年か前、絵本を採用してくれている、とある産婦人科クリニックの院長と、仕事上の行き違いがあった。議論を重ねたが、私は妥協せず。非を認めなかった。謝罪もしなかったので、結果的には険悪で気まずい雰囲気になってしまった。そこで、仲介者の方に対し、弊社の絵本を使うのを止めた方がいいのではないか、と申し出た。

 後日、その仲介者から聞いた。文中に名前を入れる、他の絵本を紹介したそうだ。そのとき、院長は「この絵本は、無事に生まれてハッピーの家庭にはいいけど、赤ちゃんが天使になってしまったときは、どう対応するの?」と質問し、採用しなかったそうだ。そのクリニックは、今でも弊社の絵本を使ってくれている。

 天使版の文章の絵本は、年間に0.1%も発生しない。シングルマザー版や先天性の障がいを持つ赤ちゃんのための文章も、同様である。普通のコマーシャルベースの発想では、視野に入ってこない文章だと思う。
 
 しかし、当事者にとっては、まさに心のケアを必要とする、人生の大切な瞬間なのではないだろうか。それを採算論で無視し、視野の外に追い出してしまうことは、私にはできない。これからも、特殊なケースでケアが必要と思われる場合は、そのための文章を考えたいと思っている。現在、暗礁に乗り上げているのは、中絶せずに産んだ子どもを、すぐに育ての親に引き渡し、独り取り残されてしまったお母さんのための文章だ。なかなか難しい。

 効率が悪く、とても遠回りな上り坂を歩いてきていることは自覚している。しかし、それが私らしさであり、他に選択肢は無かった。16年間に渡って新規開業の産婦人科のみを視野に入れ、絵本の改良と試行錯誤を続けて来たが、ようやく全国の自治体と既存の産婦人科に対する、案内を開始する機が熟したと感じてる。

 今日の空白の一日がバネになり、弾みがつくよう願っている。提案書が完成したら、昼寝ネコから営業ネコへと変貌できるよう、努力したい。

 以下にご紹介するのは、絵本「大切なわが子へ」作画者の大森裕子さんと私が、共通して一番好きな画である。

【大森裕子・作 無題(絵本の中の1枚)】
c0115242_22425746.gif

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-05-04 22:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

表紙ページの数行を考えるのに、数時間をかけてしまった

Celos - A. Piazzolla
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 納得のいく表現に、なかなか到達しない。少しずつ閃き、なんとか序章の骨格までは到達した。そこで頭の覚醒のため、という屁理屈をこねて、24・TWENTY-FOURの最終シーズン10(Legacy・12話)を、どこまで観たか確認したくなった。

 24・TWENTY-FOURの困るのは、見始めると途中で中断するのがなかなかできない点だ。どうしても次の展開が気になってしまい、ついつい次に進んでしまう。

 しかし今夜は、三男家族から夕食の招待を受けていたので、夕方過ぎには電車を乗り継いで、目的の駅に向かった。到着すると、三男が駅前まで車で迎えに来てくれていた。車を降りると、松葉杖は使っていないものの、まだアキレス腱を切断した右足を引きずっていた。

 食前、上の孫娘がカラオケで歌ったという録音を聞かされた。なかなかどうして、小5とは思えない声量で、しっかりと歌っている。声質から判断すると、ミュージカルの舞台に向いていると思った。

 食後は、その孫娘に将棋に興味があるか再度確認したら、あるという。そこで持参していたiPadプロをリュックから取り出し、将棋ソフトの「将皇」を開いた。

 駒の種類と動かし方をざっと教え、ソフトを10枚落ちに設定して、相手玉を詰めるという意味を実体験させた。孫に将棋を教えるのは初めてだったが、いずれインターネットの対局道場で対戦するのが楽しみである。

 馴れない電車での外出で疲れたのか、電車内で居眠りをしてしまい、危なく乗り過ごすところだった。

 帰宅して、よせばいいのに 24・TWENTY-FOURがどのように展開しているかが、どうしても気になってしまった。1話だけと思って観たのだが、実に巧妙な予想外のストーリー展開なので、そのまま連続して観たい誘惑に駆られる。しかし、全てを見終えるには、あと7時間はかかってしまうので、いくらなんでも自制し、今夜はブログを最後に閉店させていただく。

 改めて思った。 24・TWENTY-FOURやNIKITA、COVERT AFFAIRS、その他諜報機関の映画やドラマばかりを観ているせいか、外国人を見たらまずはスパイを疑う体質になってしまったようだ。

 同時に、本当に信頼できる人間関係は、実に貴重な存在だという思いが骨身にしみている。

 赤ん坊の頃から一緒に暮らし、育てた子どもたちの家族と一緒に過ごしていると、安心して心から寛ぐことができることを実感できる。

 三男家族は、小5の女の子と幼稚園年長の女の子が二人だ。二人とも実によくおしゃべりをする。ステレオ二重同時放送だね、というと三男夫婦は声を上げて笑った。ここまで生きてきて良かった、と思えるひとときを与えられ、有難く思っている。

 三男は、後期研修期間に入り、精神科の専門医を目指している。任意入院、強制入院などの種類があることを初めて知った。鬱病、統合失調症などの患者さんに接しているが、楽しいという言葉を聞き、少し驚いた。精神科医を目指すだけあり、やはりどこか違った精神構造なのではないかと思ったりもした。

 しかし、私の血を引いた子どもである。そういえば私自身、人から疎まれて孤立している人に近づき、親しくなるのは得意だし、楽しくも思っている。やはり血は争えないのだろうと、妙に納得した次第だ。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-05-04 01:15 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
名無しの猫飼いさん ..
by hirune-neko at 19:59
いつも楽しく読ませて頂い..
by 名無しの猫飼い at 16:37
山本瑞教さん コメ..
by hirune-neko at 12:41
昼寝ネコさん、2日連続F..
by 山本瑞教 at 07:10
山本瑞教さん 何度..
by hirune-neko at 12:40
記事ランキング
以前の記事
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ