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昼寝ネコの雑記帳

2019年 04月 27日 ( 1 )

解放感と虚脱感の両方が、同時に襲ってきた

Astor Piazzolla / Sinfonía de tango - Tzigane tango
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 今日は4月の実質的な月末だった。振り込み作業を終えると、目の前は10連休。取引先も休みが多くなり、問い合わせや依頼がほとんどなくなると考えただけで、緊張感から解放される。実際には、来週の木曜日にも平常通り製本所に行くので、連休中でも作業を行うため、担当者は出社する。

 私自身は、完成を待たれている、自治体向けと産婦人科向けの、2種類の提案書を仕上げるつもりだ。それに付随し、会員制ファミリー・インテリジェンスサービス・みるとすの、運営企画書がセットになる。いよいよ本格的な営業にシフトすることになる。

 しかし、そうはいっても、さすがに世の中が10連休一色になると考えただけで、私も少しは仕事を離れ、気分転換をしたいと考えた。久しぶりに映画でも観ようかと思い、Amazonのプライムビデオを覗いてみた。あるいは将棋も初心にかえるため、新規アカウントを開設して3級ぐらいで登録してみようという気にもなった。

 インターネット上の将棋対局場はハンドルネーム登録なので、なんでもいい。ちょっとためらったが、真夜中のカウボーイという映画のタイトルを使い、midnigjt_cowboyに決めた。ところがうっかりして、メールアドレスをすでに使用済みのを使ったため、エラーになってしまい、しかもハンドルネームもロックされてしまった。やれやれである。

 そこでふと、先日癌の手術を受け、退院してる知人女性に、痛みや熱の様子を訊こうと思ってお見舞い電話を入れた。すると驚いたことに、昨日から再入院してるという。術後の痛みが治まらないため、検査に行ったところ、MRIなどの精密検査を受ける必要があると判断されたらしい。私まで憂鬱な気分になってしまった。そして、どっと疲れが出てしまった。せっかく退院したのに、また逆戻りとは・・・。

 今日、東日本大震災のときに、現地に住んでいた人から聞いたという話を、間接的に家内から聞いた。津波にのみ込まれるその瞬間、父親はまだ小さい息子に向かって笑顔を見せて沈んで行ったそうだ。恐怖と格闘し、力尽きた絶望のさなか、子どもとの別れを覚悟したそのときに。無言の笑顔で別れを告げた父親。言葉などではとても言い尽くせない、父親としての様々な思いが凝縮されていたのだろうと想像した。そのシーンを思い浮かべただけで、涙が溢れ、自分でも驚いている。

 計算し尽くされた緻密な脚本や老獪な演技力をもってしても、決して再現できない純粋な感動が、事実として残っていることの重みを、心の底で受けとめている。


 依然として未完の大作のままになっている舞台作品、「気仙雪時雨(けせんゆきしぐれ)」は、舞台は江戸だが、自らの信念を貫くために自害した女性が舞台に立ち、この世に残した愛する人に向けた気持ちを伝える。東日本大震災で、津波によって突如落命した人達の無念の気持ちを代弁し、生き残った愛する人たちが、他界した家族からの、いたわり思いと癒しを感じてほしいというのが、制作意図である。

 この、最期に子どもに笑顔を遺して絶命したお父さんの無言のメッセージは、私自身の心深くにも深い感動を伝えてくれた。「気仙雪時雨(けせんゆきしぐれ)」は、娘にお願いして舞と主役を演じてもらおうと決めている、振り付け家の先生も決めて折る。そして、舞の背景で奏でられる音楽は、江戸時代・和の舞とはまったく関連性がないと思われるだろうが、全曲をピアソラの作品と決め、すでに選曲も終えている。

 初演は、大船渡市のリアスホールと決めており、遺族となられた地元の皆さんをご招待して、同時に、突如の他界を余儀なくされた、無念の気持ちの霊界の方々に対する慰めとしたい、というのが私の偽らざる気持ちである。

 気仙の海岸線を車で走り、廃墟と化した街並みと、神秘色の水を湛えた湾を目にした印象が、今でもずっと記憶に残っている。仕事に追われる毎日ではあるが、いつかきっと公演を実現したいと思っている。・・・それまでは死ねないと思ってはいるが、人間の運命は誰にも分からない。

 しかしながら、いつも紀元前の時代から3千年を生きてる、という強迫観念に囚われているのは、何かしら人間離れした使命を与えられているのかもしれないと、最近はそのように思い始めているのも事実である。

 本当の私は、一体誰なのだろうか。ときどき不思議な気持ちで自問することがある。

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by hirune-neko | 2019-04-27 01:53 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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