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昼寝ネコの雑記帳

2019年 04月 12日 ( 2 )

お腹が痛くて、笑うに笑えない冗談があるようだ

João Gilberto - Rosa Morena
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 一昨日、手術を受けたばかりの知人女性を見舞おうと思っているのだが、今日のメールには、術後のお腹の傷口が激痛だと書かれていた。そして最後に、このように書かれていた。

 「見舞いは家族限定なので遠慮します。

 大変お世話になっている方なので、お見舞いに行かないという不義理はできない。そこで私は、以下のメールを送った。

 「お見舞いは家族限定だって?じゃあ、兄なんです、と言えばいいのに。
まさか住民票を持って来いなんて言わないでしょう?詳しく訊かれたら、こう言えばいいよ。
 『実は薄幸の兄なんです。生まれてすぐに橋の下に捨てられて、寒さに震えていたのを、私の母が見つけて拾ってきました。
 親子同然に育てていたんですが、3年経った頃突然、生みの母だという女性が現れ、嫌がって泣き叫ぶ兄を、無理矢理連れ去ってしまいました。
 それ以来60数年、ずっと音信不通だったのですが、どうしたことか私が手術を受けと聞いて、心配でたまらず、ひと目だけでも会いたいと言うんです。顔なんて見ても分かりませんしDNA鑑定をしようにも、もともと血のつながりはありませんので、調べようがありません。でも、心配でたまらず、わざわざチベットの山奥から出て来たと言うんです。
 ひと目見たら気が済むと言っていますので、どうか許可してください。ずっと薄幸の人生を送ってきた兄の願いですから、なんとかかなえてやってください。(ここでハラハラと嘘泣きをする)』

 ここまで言ってもダメだと言ったら、裁判所に訴えるぞと脅かしてやりましょう。 」

 するとすかさず返信メールが着信した。こう書かれていた。

 「笑うと臍が痛いので。勘弁してくだされ。

 そうか、笑うとお腹が痛いのか。もし担当医の先生が、このブログの読者だったらまずいので、実名は書かないことにしておく。


 私はどうもボランティアが多いかもしれない。3年近く前に引き受けた小冊子が、まだ完成していない。理由は、仕上げる度に修正が連続し、仕事に支障が出てしまったからだ。念のために英訳文までチェックしたら、何カ所も抜けがあるのを見つけ、その度に作業が中断してしまう。すっかりトラウマになっていた。

 ようやく校了となり、印刷したら画像の半数が青みがかった色に変色して出力されてしまった。画面で見た目は大丈夫なのだが、印刷したら青みがかっている。Quark Xpressという編集ソフトを使っているが、20年ほど前には、原稿データをコピーすると、同じフォルダ内の画像をちゃんと入れ替えないと「画像の移動があります」というエラーメッセージが出た。最近のは、そのようなエラーが出ていなかったので、すっかり安心していた。

 ずっとお待ちいただいているので、今日は自分の仕事を中断し「画像の移動」にならないよう、全てのデータをひとつのフォルダにまとめる作業を行った。そして、試験的に数ページの画像を新規に入れ替え、おそるおそる印刷してみた。
 
 ビンゴ!

 ちゃんと自然な色で印刷できた。永年のトラウマから解放された瞬間だった。これで数日もあれば、印刷まで完了することができそうだ。目の前に立ち塞がっていた厚くて高い最難関の壁が、ようやく崩壊しそうだ。私にとっては、ベルリンの壁の崩壊より、遙かにずっと朗報である。

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by hirune-neko | 2019-04-12 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

獄中からの手紙が届いた

John Barry Theme Out of Africa
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 経済民事事件ということにでもなるのだろうか。専門的なことは分からないが、被告と原告の両方ともが私の個人的な知り合いだった。裁判の結果、被告は有罪となり、刑務所に収監されてから、すでに1年半が経過した。

 近郊の刑務所かと思ったので、面会に行って励まそうと思っていたのだが、私自身が時間に追われる毎日で、ずっと果たせないでいた。最近、共通の知人に様子を訊いたところ、近くではなく首都圏からは離れた刑務所だということが分かった。郵便物が届く住所を教えてもらったので、早速手紙を書いて送った。

 十日ほど経った今日、返信の手紙が届いた。手書きで便箋3枚だった。

 慢性疾患と癌を抱えているが、受刑者用の病院で治療を受けているらしく、改善しつつあるという。

 反省の気持ちに加え、前向きな意思とともに印象的な言葉が書かれていた。

 「人生は書き直すことはできないが、書き加えることはできる」

 なるほど、と共感を覚えた。年内には出所できそうだとも書かれていた。すでに高齢の部類なのだが、80歳までは生きて弁済をしたい、という決意の気持ちも綴られていた。立派な心構えだと思う。

 悔いて反省し、やり直そうと決意するには、勇気も必要だったと思う。人の目を気にせず、初志を貫徹するには、さらなる勇気と意思力を維持する必要があるに違いない。

 彼の周りに、清濁を併せ呑み、温かく見守って励ます人が、一人でも多くいてほしいと願うばかりである。

 孤立を怖れず、白眼視に耐え、重い足を引きずって前に踏み出そうとする意識を、最後まで失われずに持ち続けてほしいと願っている。

 何年先になるか分からないが、その労苦が報われ、平安と達成感に包まれる日が訪れるという確信がある。

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by hirune-neko | 2019-04-12 00:38 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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