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昼寝ネコの雑記帳

2019年 04月 02日 ( 2 )

今日もまた、なんでも書いてしまうが・・・

07 Astor Piazzolla Ave Maria.mpg
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 昨晩、布団に入ってほどなく、右足の指の付け根に激痛が走った。過去に何度も経験しているが、血行不良が原因だ。かなり狭い間隔で断続的に痛みが走る。このまま放置していると、足の切断コースまっしぐらであることは、重々承知している。
 すっかり観念し、日課になっていた5000歩の歩きを、今日から再開した。夜になり、痛みが出る間隔はかなり長くなり、痛みの程度も和らいできているが、あれこれ言い訳せず、毎日歩くことを実行したい。

 夕方、仕事場に戻ったら、毎日のように新規開業の産婦人科を、ネットで探している次男から声をかけられた。こんな書き込みがあるよ、と言いながら、概要を読んで聞かせてくれた。
 そのまま放置することができず、コメントを書き込もうとしたが、どうやらそのような機能はないようだった。

 そこで、ローマ字表記の姓名をFacebookで検索してみたら、同じ表記の方を二人見つけたので、本人かどうかは分からないまま、以下の内容のメッセージを両方に送信した。


【投稿者の方に送ったメッセージ】
 突然のメッセージで失礼します。

 インターネット上の書き込みを読み、コンタクトさせていただきたいと思いました。ローマ字表記のお名前を二人見つけましたので、両方にお送りさせていただきます。もし、ご本人でなければ削除なさってください。

 私は、赤ちゃんの名入り絵本の文章を書いています、昼寝ネコと申します。お子さんが天使になってしまった方のために、天使版の文章も用意しています。以下に、その天使版を受け散られたお母さんのブログをご紹介しますので、お読みになってください。もし、天使になってしまわれたお子さんとの思い出に、この絵本を希望される場合は、プレゼントさせていただきますので、ご遠慮なく私宛にご連絡ください。

ご紹介するブログ

 突然の不躾なメッセージをお許しください。これまでに、5万3千人以上の赤ちゃんに、この名入り絵本「大切なわが子へ」をお届けしていますが、待ち望んでいらっしゃったお子さんが、天使になってしまわれた、とくにお母さまの心の痛みを、私自身も感じています。どうぞ、ご遠慮なく。


 以上が私からお送りしたメッセージである。一面識もない相手だが、送らずにいられなかった。そして、少々長い投稿文だが、以下にこの方が投稿されていた文章をご紹介する。


【投稿者の投稿文(原文のまま)】
 初めての出産は稽留流産でした。クリニックの先生に「直ぐに出てくるし手術はリスクがあるから自然流産が良い」と言われましたが、中々出てこなく、結局5週間も死んだ赤ちゃんを自分のお腹に抱えていることになりました。それもうなんとも言えない人生最悪の5週間でした。

 はじめに陣痛を促進する薬があるかと聞いたところ先生から「日本ではそういう薬は出さない」と言われたのですが、後日「同じようなことを経験した東京の友達が薬をもらったようだ」と言ったら、なんと出してくれたのです。嘘をつかれました。

 薬を飲み始めると子宮が締め付けられるような痛みが続き、もうそろそろ出てくるかと再診。診察室で横になっていたらいきなり中にワイヤーみたいな物を入れられました。これは何かと聞いたら、人口流産手術の準備をしているということと言われました。本人の確認や事前説明、インフォームドコンセントも無いままで、いきなりの手術はありえません。怖くなりその場で拒否しました。

 数日後の昼間、急に今までに経験したことのない激しい陣痛が来て再度クリニックに直行。直ぐに診てくれるかと思いきや、スタッフに冷たく「順番で診ますんで、お待ちください」とあしらわれました。

 何度もトイレにいって吐きました。激しい痛みが延々と続きスタッフの人に「この痛みなんとかできませんか?」と何度も訪ねても答えは「混んでいるんで、順番を待ってください」と待つこと1時間。

 大声を出して周りの人と赤ちゃんを驚かせないようにと必死に我慢しましたがもう限界。結局、私は大勢の人が見ている待合室で、死んだ赤ちゃんを下着の中に産み落とすことになりました。それは人の形もしていないただの肉の塊でしたが私にとっては初めての赤ちゃんでした。

 クリニックでの経験はそれ以来ずっとトラウマになり未だカウンセリングを受けています。クリニックの近くを通るだけであの時の記憶よみがえりお腹が痛くなり涙が出てきます。

 「当院では、心に残る“いいお産”ができるようにサポートします。そして妊娠・分娩だけでなく、女性のトータル・ヘルスケアにお応えします」

 とありますが。私は心に残る ”最悪の流産” を経験しました。結局クリニックにとって流産はお産であってお産で無いのでしょうか。流産の経験はいつまでも心にしっかりと残り、次への妊娠にも大きく影響します。「今回ダメでした、また妊娠すれはいいでしょう」と医者はいうかもしれませんが、そんな簡単なことではありません。色々な不安や精神的な問題があるのです。

 あまり話題にはなりませんが流産を経験する女性は世の中に大勢います。私のような経験は絶対あってはなりません。流産を経験する女性のケアがもっと充実してくれることを願います。



 相手を特定できず、連絡先も分からないので、果たしてこのお母さんに届くかどうかは分からない。しかし、私にできることはここまでである。

 ピアソラの作曲したアヴェ・マリアには、実に多くの演奏がある。この歌手の絶叫に近い歌声を聴いていると、この投稿者のお母さんの悲痛な心の叫びと重なっているように聞こえる。

 人生には、思わぬ災厄がつきものである。しかし、今の重荷と苦痛から解放され、平安な気持ちを取り戻していただきたいと、心から願っている。

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by hirune-neko | 2019-04-02 22:39 | 心の中のできごと | Comments(0)

正真正銘のエイプリル・フールだったが・・・


QUE SOLO ESTOY - GOYENECHE STAMPONE
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 先週末からのExcelの不具合に端を発した案件が、泥沼状態になってしまい、今日も昼から夕方過ぎまで、サポートに電話をかけまくっていた。最も高頻度で使用するソフトなので、仕事にも悪影響が出てしまっている。

 せっかくのエイプリル・フールなので、何か嘘話を考えようと思ったのだが、それどころではなかった。


 比較的リアルな夢を見ることが多いのだが、昨晩は、というか早朝だったかもしれないが、夢の中で湖のある近県の景勝地を訪れていた。

 近くにタンゴ喫茶があることが分かり、行ってみた。

 小柄で丸っこい体型の中年過ぎの女性が司会を務めた。なんでも、ご主人が3月の中旬に手術を受けたそうなのだが、好きなタンゴを歌いたいと言い、これから1曲披露するという。

 そのご主人が登場し、椅子に座ったまま歌い始めた。やはり小柄で丸っこい体型の方だった。知らない曲だったが、スペイン語のようだった。もしかしたら、バンドネオンの弾き語りだったかもしれない。

 スペイン語を理解しない私だが、歌詞の意味が「私はタンゴが好きだ」であることが理解できた。不思議なことだ。


 自制心の低さを白状することになるが、日常的に脳内が飽和状態で強度のストレスを感じるため、糖分補給目的で、クロレッツのガムをプラスチックケースで購入し、ブラックチョコレートと一緒に常備していた。文字通り連続して口に放り込む状態なので、当然のことだが血糖値は高止まりしてしまう。

 ある種の甘いもの依存症である。とくに、チョコレートは口に入れた瞬間、脳内の鬱陶しさが鎮まる。覚醒剤とか麻薬などの薬物中毒の人達が襲われる禁断症状は、比較にならないほど重度なのだろうと想像している。

 もうかれこれ10年以上前になるが、高い血糖値が原因と思われる眼底出血を経験している。再発はしていないが、血液が繊維化して網膜を引っ張っている、という診断で、両目に歪みが残ってしまっている。

 頭の中では、甘いものの量を減らさないと危険だと自覚している。手許にあればついつい手が伸びてしまうので、まずは買わないことだ。重々承知している。今日はチョコレートの在庫無しで、禁断症状との戦いに備えている。


 あの湖のある景勝地を再び訪れることはないと思う。たとえどれだけリアルな夢であっても、目が覚めたらほぼ瞬時に夢のシーンは消え去っている。しかし、あのタンゴ喫茶の店内の様子や、小柄で丸っこい体型の夫婦の姿、そしてご主人の歌声はまだ記憶に残っている。

 疲れ果てた頭で床につき、眠ることでようやく脳内の疲労から解放される、という平安な気持ちになる。しかし、実際にはかなりリアルな夢を見ることが多い。寝ても起きても、常に何かを考え判断している。ちょっと病的なのかもしれない。

 あと20分ほどで、エイプリル・フールも終わってしまう。そして新しい元号・令和の発表があった。正式に、いつから令和になるのか把握はしていないが、文字通り、日本という国が、内外の苦難に凜として立ち向かい、国民も一致団結して、平和で安全な国を構築してほしいものだ。

 ある方から提言をいただいた。新たな時代の幕開けに期待を込めて、名入り絵本に記載する赤ちゃんの誕生日を、西暦と元号の並記にすることを検討したいと思う。

 ・・・エイプリル・フールの日だが、現実的な話題に終始してしまった。

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by hirune-neko | 2019-04-02 00:02 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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