人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

2019年 02月 11日 ( 1 )

二十歳の頃を懐かしく回想する、アズナヴールの歌

Charles Aznavour - Hier Encore
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 先日ご紹介した「ラ・ボエーム」同様、これも二十歳の頃を懐かしく回想する、アズナヴールの歌で、タイトルは Hier Encore。帰り来ぬ青春、というのが邦題だ

 私自身の二十歳前後の実生活は、とても公開できるような代物ではない。公開ではなく、後悔そのものである。いや、だがしかし、様々な失敗や過ちを経験したからこそ、今の自分があると考えれば、エリートコースを歩まず、逆風に曝され続けた環境を、逆に親近感を伴って懐かしく思い出してしまう。

 ターニングポイントという言葉がある。有る方向に歩き続けていたが、その先には行くべきではないと感じ、引き返す地点のことなのだろうと思う。

 繰り返し、何度もそのターニングポイントから引き返すうちに、方向は見失ったものの、方向感覚は養われたように思う。半世紀以上の時間をかけて具わった方向感覚によれば、ようやく確信を持てる道標が見つかったと言っていいのではないだろうか。

 人生の残り時間が少なくなってしまったこの時期に、ようやくラストスパートをかけられる心境になった。どれほどの時間が残されているか、それだけはなんとも言えない。しかし、我が身を惜しますに、このまま進もうと思っている。

 調べると、ターニングポイントという言葉には、いろいろな意味があるようだ。方向転換という意味で言えば、今年がまさしく仕事の転換点になるのだろうと思う。

 これまでに何度か記したように、仕事は単に売上を増大させるという、一面的な経済活動ではないと思っている。時系列で国内外を展望したときに、売り上げ増大というキーワードだけで突き進むなら、それはある意味で、全身を呪縛という異物に絡みつかれるようなもので、修正すべき局面が視野に入らず、ひたすら目に見える領域でしか判断できなくなってしまう。

 人間に例えるなら、ひたすら富をかき集め続け、ついには長者番付の常連になる人間がいたとしよう。それ自体は大したものだと思う。しかし、誰と接しても常に利害という尺度でしか相手を見ない人間になってしまったら、貧者、弱者をどのように位置づけるのだろうか。

 購買力のない貧者、弱者は、マーケティング理論では決して視野に入れないのではないだろうか。せいぜい、社会貢献の一部として、免罪符の対象として何かを考える程度なのではないだろうか。

 私は少々考え過ぎなのかもしれない。しかし、人の屍を踏み越えてまで富を求めたいとは思わない。富の先に何が横たわっているかを考えない人間にはなりたくないものだ。

 そのような考えの経営者が何人存在するか知る由もないが、一人ぐらいはいてもいいのではないだろうか。

 人間の価値は財布の重さや銀行残高で測られるものではない。死してなお魂とともに存続する領域にこそ、真の価値があるというのが、数え切れないほどのターニングポイントを経験した、私の結論のようだ。そしてその発想は、専門家からは白眼視されるであろう、神学的インテリジェンスという手法と通底している。

 かなり抽象的な概念であることは重々承知している。その意味で、随時微調整を加え、吟味しながら具体的な構築物にして行こうと思っている。

 過ぎ去りし二十歳の頃を、懐かしく、そしてほろ苦く思い出しながら、いつかこの世を去ってから十年、二十年後に、自分の人生を振り返って見ることに興味がある。その、未来完了形の人生をイメージし、できるだけ悔悟や苦渋を感じないように意識しながら、明日からまた歩き続けたい。

 明日は建国記念日だっただろうか。勿論、休日も返上で仕事をすることになるが、ボランティアまで含めると、ほぼ365日、年中無休状態である。しかし、全く苦にならないものの、できればたまには短編小説を書ける時間はほしい。毎日連続5000歩を歩く時間も確保したい。ぴよ将棋相手に、できれば初段まで到達したい。アズナヴールの歌う、ラ・ボエームか帰り来ぬ青春を、フランス語で暗譜して人前で歌えるようになりたい。自作の短編作品を日本語で出版し、最終的には多言語出版したい・・・あらあら、こんな調子で希望案件を並べたら、どうやらキリがないようだ。

 年齢相応に、穏やかに静かに生きることも学ばなくては・・・難しそうだけど。そして、悔悟の人生にならないよう、精神性と感性を高めようと思うものの、肉体的には介護の人生になるやもしれない。

 さて、あれこれ予測しても始まらないので、ここまでにさせていただく。10分ほど前に次男が仕事場に到着した。日曜日の深夜過ぎの毎度のパターンである。入れ違いで、これから私は眠りにつくこと二なる。バトンタッチである。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
更新を通知する

by hirune-neko | 2019-02-11 01:45 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ちはやさん コメン..
by hirune-neko at 02:55
昼寝ネコ様 Kor..
by ちはや at 00:14
名無しネコさん い..
by hirune-neko at 01:32
日本国内における10月実..
by 名無しネコ at 00:06
毎日、精力的な記事を楽し..
by 名無しネコ at 23:51
記事ランキング
以前の記事
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ