昼寝ネコの雑記帳

2019年 02月 06日 ( 1 )

これからの時代に「来たるべきもの」は何か・・・?

Lo Que Vendrá - Astor Piazzolla
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 人の縁とは不思議なものだ。

 ある日、このブログに初めて書き込みをされた方があった。ピアソラがジャズ・バイブ奏者のゲーリー・バートンと組んで、ジャズ風の演奏に挑戦したアルバムに対し、私が実験的ではあったが、失敗作だった、という意見を述べた記事だった。

 私の意見に大いに賛成だ、という主旨の書き込みだった。音楽評論家の多くが絶賛したが、失敗作だった、というのがその方の意見だった。El Bohemioというハンドルネームで、年齢も性別も不詳だった。コメントのやりとりから、やがてメールのやりとりに発展した。

 そのEl Bohemioさんは若かりし頃、来日公演したピアソラの演奏に衝撃を受けたそうだ。私の記憶なので正確ではないかもしれないが、そのときに標題のLo Que Vendrá〜来たるべきもの、にすっかり魅入られたそうだ。もともと、カルロス・ガルデルの熱心なファンだったが、南米音楽に魅せられて単身、南米に渡ったということが、次第に語られた。お名前も、福岡貞夫さんという方であることが分かった。

 福岡貞夫さんは、最期はコロンビアのボゴダで生涯を終えた。2年ほど前のことだっただろうか。なかなか正義感の強い方だった。一度もお目にかからず、電話で話すこともなく終わってしまった。いつかコロンビアを訪れ、お会いしたいと思っていたのだが、残念な結果になってしまった。

 私がインターネット上に創設した「ピアソラ音の出る図書館」にも、ずいぶん情報を寄せていただいた。そういえば、福岡貞夫さん、中南米音楽の専門家である高場将美先生がコメント欄で、ピアソラが作曲した映画「ガルデルの亡命」について論じ合っていた所に、私も参加するようになり、ネット上の鼎談になったのも懐かしい思い出だ。

 その高場将美先生もすでに他界されている。なんだか、二人とも高貴な生き方のまま生涯を終えられたが、できの悪い私が独り取り残されてしまったような感じがしないでもない。

 相変わらずネット上を散策するのが日課になっているが、ざっとタイトルを斜め読みしただけでも、世界が末期状態にさしかかっており、臨界点に到達しつつあるという印象を強く感じる。

 インターネット上の公開情報をいくら読んでも、一般人には正確な予測をすることは困難だ。ましてや、日本を敵視する国の政府や情報機関を利するような報道を重ねる、テレビ・ラジオ局、新聞社、雑誌社、工作員かと思われる個人ブログなどが横行しているのだから、的確な判断はますます困難になる。

 かかる混乱事態のときには、種々の論争や対立構造とは一定の距離を置き、個人としての立ち位置を明確にすることをお勧めしたいと思う。単純化して言うなら、以下の3要素に凝縮されるだろう。実に単純で当たり前の内容なのだが、ここまでの結論に到達するだけで、何年もかかっている。

1)信頼できそうな情報源をいくつか選び、とくに選挙では棄権せず、必ず投票所に行って投票することだ。公開情報から、完璧な判断はできないまでも、受けた印象を大事にして、候補者から選定する。棄権せず、ほとんどの有権者が投票行動に出るなら、日本はおおむね正しい方向に進むと考えている。社会や政治に対する基本的な洞察力が具わり、メディアの捏造情報や世論誘導を見抜ける国民が増えるなら、これこそ最強の民間防衛ラインになり得ると考えている。

2)他者に依存せず、できるだけ長い期間を自立して生活できるよう、備蓄することだ。食料品、飲料水、燃料、携帯デバイス、予備電源、医薬品などで理想は1年分だが、実情に合った達成可能な期間を目指すことだ。もちろん、避難が必要な時を想定するなら、非常持ち出し用リュックを用意し、中身をよく考えて詰めておくことだ。

3)ますは自分自身の家族との絆を堅固なものにし、親族、近所の人たち、友人・知人などと、信頼関係をベースにしたヒューマン・ネットワークを構築することだ。国際情勢が緊迫したとき、日本国内を混乱に陥れる目的で、各種の工作・破壊活動が実行に移されると想定している。すぐ近くに敵国の工作員が潜んでいるかもしれない。そのようなときに、信頼・安心できる人間関係による助け合い、励まし合いがどれほど価値があるヒューマン・ネットワークかを、改めて実感するだろう。

 何回か書いたことがあるが、インテリジェンス講座を学ぶ目的で、大学院の試験を受けたとき、面接官の女性主任教授から質問されたのは、「国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスは、どのように違うのか」という内容だった。

 国家の最小構成単位である個人や家庭が、上記のような3要素を地道に構築するなら、有事の際も国家への負担を軽くし、英邁に敵味方を識別し、もの言わぬ静かな兵士として、国家を安全な方向に導く原動力となると思っている。それがファミリー・インテリジェンスの基本だと確信しているので、今後も機会を見つけて提唱して行きたいと考えている。

 すでに他界されている福岡貞夫さん、高場将美先生にもお願いしたい。たまには夢の中に出て来て、何か助言をいただけないだろうか。

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by hirune-neko | 2019-02-06 00:41 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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