昼寝ネコの雑記帳

2019年 01月 06日 ( 1 )

相変わらず時間に追われているが、心は穏やかである

Vete de mí - Julia Zenko
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 App Storeで将棋ソフトを検索していたら、ひよこの顔が出て来た。ソフトのン前は「ぴよ将棋」という。無料なのでダウンロードしてみた。15級の初心者クラスから6段まで、数十段階にランク分けされていて、対戦成績によってレートが増減し、級位も連動して変わる。

 最初のうちは、アホらしくなるぐらい相手が弱い。しかし4級、3級、2級クラスになってくると、さすがに甘い手を指すなら手痛い反撃をくらう。深く読まず。攻めだけを視野に入れていると、自陣を鋭く攻められてしまう。数回、投了した。

 「ぴよ将棋」との対戦は15級から始めて、現在はまだ5級である。数十回は対局した。時間が勿体ないので、ほとんどはトイレの中での対局になってしまっている。家族からは、トイレが長いとか不衛生だとかの苦情が殺到している。

 将棋は奥が深く、知的なゲームだと思う。改めて、チェストの根本的な違いを、興味深く思い起こしている。チェスでは相手の駒を取った時点で、その駒は死亡宣告され盤外に去る。ところが将棋の場合は、相手の駒を取った瞬間、味方になり一緒に相手を攻める。敵味方の発想が根本的に異なる。

 かなり以前読んだので記憶が定かではないが、戦争終結後、マッカーサー元帥が将棋の鬼才、升田幸三棋士と面談したそうだ。その時に、升田幸三はまっカーサに対し、「貴様達のチェスは・・・」という表現をしたそうだ。その時、一体つ通訳者は「貴様」をどのように訳したのだろうか。漢字で書くと見た目には、「貴様」という字はどちらも相手に敬意を表しているように見えるのだが。

 この、将棋とチェスの根本的な違いを説明し、敵に対しても味方として使うぐらいの度量はないのか、と升田幸三棋士が言い放ったとか。そのことが頭にあったかどうかは知らないが、巣鴨プリゾンに収容されていた、確か吉田茂首相などが、釈放されて政界に復帰したように記憶している。

 iPadは、Wi-Fiで小型スピーカーと接続している。「ぴよ将棋」は、一手指す毎にピヨピヨと泣き声を発する。うっかりそのままトイレに行って対戦すると、一手毎に発する泣き声が、まるでネズミの声に聞こえるらしく、それがまた苦情になってしまう。

 しかし、どれだけ忙しくても、将棋に没頭できる時間を取っていられるのは、実に平和で有難い時間である。まだ小さい孫の男の子と、同じく孫の小学生の女の子に、一緒に将棋をしようねと誘いをかけている。

 「みるとす」の会員募集を開始したら、ニュースレターで将棋の楽しさと有益性を紹介しようと思っている。私ではなく、私の師匠のプロ棋士にお願いすることになっている。ニュースレターは、実用的な情報も加え、さらには感性や感覚を養う目的で、音楽や美術までをも視野にに入れたいと考えている。

 もう少し詰めが必要ではあるものの。ニュースレターのコンセプトに限っては、試行錯誤のトンネルを抜けているように感じている。

 なんでもそうだが、少しでも多くの方から、役に立っているという感想をいただくと、こんなに嬉しいことはない。人が、今在る状態から、少しでも良好な状態に変化していただくなら、私にとっても嬉しいことである。

 遙か、二十歳の頃に読んだサルトルのいう、「今在るところの者であらず、在らぬところの者であるように」という、実存主語の基本的な思想には、今でも共鳴している。

 さて、もういい時間なので、今日はこれにて失礼させていただく。

 「ぴよ将棋」は無料だし、お薦めである。詰め将棋ソフトの「詰め将棋パラダイス」もお薦めである。現時点では全1万1794問だが、私はこれまでに、3374問を解いている。勿論ほとんど全て、トイレの中でである。トイレを「雪隠(せっちん)」と呼ぶのをご存知だろうか。相手玉を盤面の隅に追い込んで詰めることを、雪隠詰めというそうだ。あまり一般的な言葉ではないだろうけど。

 さて、フリア・センコの歌を聴きながら、これにて閉店とさせていただく。

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by hirune-neko | 2019-01-06 02:00 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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