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昼寝ネコの雑記帳

2018年 11月 24日 ( 2 )

スパイ映画の見過ぎだと、笑い飛ばして くださって結構ですが

"Last Tango in Paris".... theme from the movie
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 「スパイ映画の見過ぎだよと、笑い飛ばしてくださって結構ですが 」と付記し、懸念内容をメールで送信した。

 ボランティアで関わっている、ある組織の上層部に不協和音の兆候が垣間見られ、陰謀じみた展開のイメージが脳内に浮かんだので、そのまま関係者の一人に伝えた。内容が内容だけに、これ以上は記述することができないが、個人的にはあり得ることだと思っている。

 ニュースなどですでにご存知の方が多いと思うが、日産自動車とルノーに君臨していた、カルロス・ゴーン代表取締役会長が逮捕された。

 そのニュースを目にして、意外性に驚いたが、それ以上に驚いたのは、私自身の無知さで、日産とルノーの関係などまったく知らなかったことだ。車は購入して運転するが、国際経営形態にはまったく興味が無かった。

 日課になっているインターネットの散歩道巡り。定例コースになっている、ブログ・徒然なるままにを訪れると、ゴーン氏逮捕に関連した記事情報が7本ばかり掲載されていた。ご参考まで、以下に新しい順番に列挙させていただく。

■U-1 NEWS : 日産取締役会で取締役が思わず言葉を失う絶望的内情が
 暴露される ルノー出身者を4時間かけて折伏

■日産、ルノーとの資本構成見直しも=ブルームバーグ
 | Article [AMP] | Reuters

■トランプ氏激怒!? 「ゴーン斬り」に隠れた国際事情…
 米仏一触即発か - zakzak

■仏政府、「クーデター」信じない=ルノー・日産連合の継続強調:
 時事ドットコム

■「ゴーン解任」で…日産、ルノーに宣戦布告! 
 仏メディアはゴーン擁護「日本人の陰謀」との見方も - zakzak

■日産、復活の狼煙か?企業が日本に戻ってくる。ついに国家が動いた?
  | 小坪しんやのHP~行橋市議会議員

■ゴーン容疑者に囁かれる保釈“海外逃亡”説 : 日本や世界や宇宙の動向


 ひとつのテーマで、読み応えのある記事を連日掲載している。大変な労力であり労作だと思う。自分でインターネット検索し、これだけの情報を集めるとしたら、それなりの時間と労力を要する。しかも、一定の基準でフィルタリングすることは、そう簡単ではない。改めて、ブログ主のちはやさんに対し、心からの敬意を表したいと思う。

 掲載した記事をざっと読むだけでも、ゴーン氏の逮捕というのが、単なる経済犯罪なのではなく、国家ぐるみの陰謀である可能性を感じさせる。つまり・・・

1.日産自動車の持つ、電気自動車の技術は、世界的にも
 かなり高水準である。

2.電気自動車の高度な技術を軍事転用すれば、戦線での軍事力が
 飛躍的に高まる。

3.フランス政府は、日産自動車とルノーを中国に拠点化させようと
 画策してた節がある。

4.アメリカ・トランプ大統領は中国に経済戦争を仕掛けており、その流れで
 実際に武力衝突に至る可能性が浮上している。

5.かかる状況下で、中国の軍事力を大幅に向上させることが可能な
 電気自動車技術を、中国に移転させようとするフランス政府に対し
 トランプ大統領が激怒している。

6.つまり、ゴーン氏逮捕の背景には、トランプ大統領の意向を踏まえた、
 日本政府の後押しもあり、劇的な逮捕という流れになったのではないか。


 ・・・1回読んだだけでの私的解釈ではあるが、そんなに大きくは外れていないのではないかと思う。

 調べれば分かることだが、世界の情報機関は公開情報を収集し、分析して情勢判断を行う手法、すなわちOSINT情報(Open Source Intelligence)に、全体の80%程度の時間・労力を割いているといわれている。

 インターネット上には、ほぼ無尽蔵の情報が溢れている。気に入らない政治家や政党、ジャーナリストがこき下ろされる記事を読んで、溜飲を下げるのもいいだろう。しかし、重要なのはマスメディアが隠蔽する真実を見つけ出し、あるいは捏造している情報を見破る洞察力を高めることではないだろうか。

 多忙な日常生活を送る私たちには、無制限に時間をかけて探索することは困難だ。そこで、日頃から信頼できる情報源をいくつか確保し、定期的に閲覧するだけでも、洞察力が養われると思っている。

 東アジアだけでなく、陰謀は世界中の至る所で拡がっている。賢明に判断し、より正しい選択をできる人が増えることこそが、民間防衛の基礎体力増強につながり、国の安全・平和を維持する上での基本要素なのではないだろうか。
 
 推奨ブログ・徒然なるままに

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by hirune-neko | 2018-11-24 23:59 | インテリジェンス | Comments(2)

久しぶりに頭を休めることができた

Bill Evans - Like Someone in Love
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 締め切りのある案件2種類を、ほぼ同時に終えることができて、ほっとしている。両方とも仕事とは直接関係のない内容で、いわばボランティアである。残すところ、もう1案件あるので、集中して一気に仕上げ、自分本来の仕事にかかりきりたいと希望している。

 今日は祝日だったせいで、会社に電話が一本もかかってこなかった。メールとファックスだけなので、静かな一日だった。

 仕事上の最終的な到達環境をイメージし、そこから逆算して組み立てのシナリオを考えている。それにしても、国際社会の緊張の高まりが、ひしひしと伝わってくる。緊急事態、非常事態は、いつ訪れるか分からない。どのような形でどこに発生するかも分からない。そのような環境下で、どのような備えをすればいいかを考えても、そう簡単に答えが出るものではない。しかし、具体的に何かをしなければならない。

 これまで、長い期間に渡って、備蓄を勧めてきている。今でもその考えに変わりはない。飲料水、食糧、電源、医薬品、非常用持ち出し袋、その他をストックするのは賢明なことだと思う。

 一方で、心の在り方、精神領域の状態は、備蓄と同等、場合によってはそれ以上に重要なのではないかと思うようになっている。分かりやすく言えば、どのような人生観、価値観、人生設計によって生きているかが、非常事態に直面したときに、その人の判断と意思決定に大きな影響を与えると思うからだ。

 学生の頃、すっかり傾倒してしまった作家、アルベール・カミュは、ジャン・ポール・サルトルと同時代人だった。サルトルは実存主義という考えを唱えたが、それに対し、カミュは不条理主義と言われた。

 不条理とはどのような意味なのか。当時読んだ本には、「水に濡れまいと思って水の中に飛び込むようなことだ」という表現で説明されていた。思想や哲学の専門家が書いたのだと思うが、どうもピンとこない表現だと感じた。今でも、その表現には違和感を持っている。
 
 読んではいないが、サルトルは、百年以上何もせずじっと存在してる巨木を見て、ある種の嫌悪感を感じ「嘔吐」という作品を書いたそうだ。サルトル・カミュ論争という本もあった。カミュの生まれた国、アルジェリア紛争に関する内容だっただろうか。記憶の彼方である。その本の中で、サルトルとカミュはお互いの意見を述べ、ある種の論争を展開した。しかし、当時の私は、サルトルの意見を読んで、なるほどそうだ、と思い、それに反論するカミュの意見を読んでも、なるほどそうだ、と思ってしまった。まことに判断力の欠如した自分の能力を自覚し、すっかり自信を無くしてしまった。

 カミュの代表作である「異邦人」は、最初に映画で観た。興味を持ったので、本を購入して読んだ。改めて、自分の感性に近い何かを感じた。

 あれ以来、「不条理」という言葉は、絶えず自分につきまとっている。ある意味では、醒めた感性で現実社会を捉え、現実とは同化せず距離を保って生きているような感じだろうか。従って、目に見え手で触れられるような資産、名誉、名声という類いには興味が無く、価値を見出せない。それが、「異邦人」の主人公・ムルソーに対する人物評である。マルチェロ・マストロヤンニが演じたはずだ。

 映画「異邦人」を観たのは大学生の時で、確か高田馬場の映画館だったように思う。一緒に観に行った当時のガールフレンドは後日、私のことを「ムルソーみたいな人だね」と、ポツリと呟いたのを、今になって思いだした。おそらくは、感情も情熱も感じられない、醒めたつまらない男だ、と言いたかったのではないだろうか。ずっと音信不通だが、風の便りで、結婚して子どももいると聞いた。何よりであり、安堵したのを憶えている。もし、私との付き合いがトラウマになってしまい、一生結婚できなくなったと聞いたら、責任を感じてしまう。

 あくまでも想像だが、ムルソーのような人間は、非常事態に直面しても冷静沈着であり、助けが必要な人には自然に手を差し伸べるのではないだろうか。そのようなイメージがある。つまり、目に見え手で触れられるような資産、名誉、名声とは無縁の生き方なので、命以外に失うものは何もない・・・そのような心情を感じる。

 あれからほぼ半世紀近くの年月が流れた。私自身はすっかり風化してしまい、人生もいつ終焉を迎えるか分からない年齢になっている。しかし今でも、大学生時代と同じ感性・感覚が自分の中に存在していることを感じる。

 一方で、無神論的実存主義者ともいわれたサルトルとカミュの価値観に対しては、違和感を感じるようになっている。理論的に無神論を前提とした思考を展開するのは自由だ。しかし、無神論と有神論とでは視点がまったく異なる。

 サルトルは、「クリスチャンの家庭で生まれた子どもは、生まれたときから、生き方・価値観を聖書にという枠にはめられてしまっている。自由な発想が無い。」という主旨のことを述べている。その論法に対し、私は異論を持っている。

 半世紀前と比較するなら、今の時代は世界的に緊張度が高まっており、現在の対立と混乱がどのように収束していくのか、誰にとっても予測が難しいだろう。このような時代にこそ、「有神論的視点からの神学的考察」という発想も、必要なのではないかと考えている。

 そのような視点から、仕事の営業展開を考えてしまうので、すっかり時間がかかってしまっている。

 半世紀という長い年月をかけて出来上がってしまった体質なので、自分でもどうすることもできない。果たして、どのような結末になることやら。自分自身も興味を持っているぐらいだ。

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by hirune-neko | 2018-11-24 00:55 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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