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昼寝ネコの雑記帳

2018年 11月 23日 ( 1 )

せめて音楽だけでも軽やかに

João Gilberto - Rosa Morena
いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 たまにはぼんやりと、波の音を聞きながら水平線を眺めていたい。この海を、ずっと真っ直ぐに進んだらどこに行き着くのだろうかと、他愛のない想像をしてみたい。

 仕事に加速度を増すには、拙速に進めず、まずは毎日増え続ける処理案件を、確実に把握管理できる環境を作る必要がある。デジタル化された資料は、ようやく管理インフラができたと自認している。

 問題は、紙の資料だ。紙類は重なってしまうと、どこに何があるか、すぐに探し出すことが困難になってしまう。いろいろな書類整理用のファイルやバインダーを試したが、ようやく3種類のフォルダに絞り込んだ。なんとか試験運用してみたい。

 それと、即対応の案件が連続すると、何をどこまで進めたかが混線し、分からなくなってしまうことがある。これも、長年の課題だったが、数ヶ月前にiOSにボイスメモの機能が追加された。ボタンひとつで用件を録音し、保存することができる。デバイス同士で同期もするので、どんな状況でも確認が容易にできる。

 かくして、情報の分類と保存がかなり容易になった。あとの課題は、ちゃんと使いこなせるかどうかだ。最近は、夜寝る前に読書課題を読もうとするのだが、2〜3行ほど読み進んだところで眠りに落ちてしまっている。

 日本に隣接する東アジアの国々は、明らかに追いつめられた状況のように感じる。座して死を待つか、あるいは暴発するか。あるいは、クーデターなどで国家転覆が起きるか、目が離せない。

 かくいう私自身からも目が離せない、過積載で走り続けていることは重々承知している。しかし、周りの人たちも過積載状態のように見える。みんなそれぞれ無理をしている。

 こんなときは、ジョアン・ジルベルトの軽いノリのボサノヴァしか受け付けないようだ。

 こうしていても、徐々に睡魔が襲ってくる。

 そういえば先刻、韓国系の帰化3世の方に「韓国政府による在日韓国人および帰化人の強制送還」に関する調査報告レポートを、コピーして送った。水面下で進んでいるのかもしれない「日韓両政府協調」の強制送還。当人にとっては、不安そのものだと思う。

 帰化し、正式に韓国からの国籍離脱を済ませているにも拘わらず、韓国政府が虚偽の申し立てを行い、「国籍は正式に離脱されておらず、韓国に戸籍が残っている」といわれてしまうなら、日本政府としては帰化を取り消さざるを得ない、という結論なのだろうか。そうではない事例が過去にあるようだが、詳細までは調べることができていない。

 とりあえずは10年ほど前の古い資料だが、二重国籍を認めている国のリストを送ってあげた。2008年当時の資料だが、昨今は移民問題が深刻になっているので、認めなくなってしまった国が増えている可能性はあると思う。

 以下がその資料である。

【参考資料引用開始】
「二重国籍を認めている国」 2008/10/2 03:44:35

 現在重国籍を認めている国は89ヶ国です。その中には、原則的には認めないが、例外的に認めると言う国も含まれています。例えば、ブラジルです。

 ブラジルの憲法には「他国籍を取得した場合は、ブラジル国籍を失う」と謳われていますが、例外を認めています。それは、ブラジルで出生した外国籍の両親の子供(例えば、イタリア人移民の子はイタリアとブラジルの重国籍でもかまわない)は重国籍でも問題ありません。もしくは、生活上の必要性が生じた場合の外国籍の取得も認められています(例えば、サッカーのロナウドがスペインでプレーする為にスペイン国籍を取得しましたが、それは認められるのです)。

 日本だって、重国籍を認めない国なのに、例外的に1985年以前に重国籍になった人が、期限内に国籍の選択をしない時は、日本国籍選択宣言をしたものとみなされています(国籍法附則第3条 国籍の選択に関する経過措置)。つまり、外国籍を放棄しなくても、日本国籍者と法的に認められるわけです。

 このように、多くの国が例外的に重国籍を認める、放任しています。

 以下、2重国籍を認めている主な国です(例外も含めて)。

○オーストラリア ○カナダ ○デンマーク ○フィンランド ○ドイツ
○ガーナ ○アイルランド ○イタリア ○スペイン ○ポルトガル
○メキシコ ○オランダ ○イギリス ○ブラジル ○フランス
○モロッコ ○イスラエル ○カメルーン ○マリ ○ブラジル
○コロンビア ○ペルー ○アルゼンチン ○パラグアイ ○ウルグアイ
○チリ ○ナイジェイリア ○コートジボアール
【参考資料引用終了】

 いずれにしても、善良な一般人に余計な不安と苦痛を与えることは、止めてもらいたいものだ。こちらも、見て見ぬふりはできないのだから。

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by hirune-neko | 2018-11-23 00:00 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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