昼寝ネコの雑記帳

2018年 11月 13日 ( 1 )

珍しく絶不調の一日だった、自業自得かもしれない

Bill Evans - "All Mine (Minha)

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 今日でとうとう、6千歩を歩けない日が、3日目になってしまった。いつもなら、深夜近くでも歩きに出ようという気力があるのだが、脱力感に負けてしまっている。

 原因をあれこれ追及しても始まらないが、判断の伴う作業を途切れなく続けていたせいなのではないだろうか。頭がどんよりとして、気力も減退している。自分の存在そのものを消し去りたいと思う人の気持ちが、なんとなく理解できるような気がする。

 いや、もしかしたら・・・。知人に差し入れようと思い、2個入りのクッキーを5袋用意した。しかし昨日は会えなかったので、来週の日曜日に渡すことになった。そのクッキーは、近所の洋菓子屋さん手製のオートミールクッキーで、かなり大きい。消費期限が週末までなので間に合わない。勿体ないので、何日かかけて食べてしまうことにした。

 神経を使う作業が連続し、無意識のうちについつい食べ続けてしまい、気がついたら、夕方過ぎには10個すべてをお腹に入れてしまった。好物とはいえ、いくらなんでも食べ過ぎである。おそらくは血中糖度が急上昇してしまい、そのせいで不調なのだろうと思う。こんなことは恥ずかしくて、とても人には言えない。しかし、不思議なことに書くことはできる。

 そんな挫折した状況なので、明日からはまた新たな再出発でる。ちなみに、再登場してもらうが、真ん中手前が、そのオートミールクッキーである。こうして見ると、かなり大きい。先日ご紹介した、絵本を売っている洋菓子店・フルールの作品である。

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 さて、そのような甘い話ではなく、相変わらず現実世界では、苦いというか辛いというか、予断の許さない状況が表面化してきているようだ。呑気に生きたいと思っているのだが、なかなかそうはさせてもらえないようだ。

 例の徴用工賠償判決以来、インターネット上では、日韓国交断絶という言葉が目立つようになった。その先に、日本政府の有事宣言を視野に入れると、日本はかなり混乱するのではないだろうか。仕事で韓国に住んでいる日本人にとっては、不安が募る状況だろう。同様に、日本在住の韓国籍の方々は、あらゆる事態を想定して情報収集に努める必要があるだろう。

 日本に帰化したと思っている皆さんは、正式に国籍離脱をされているだろうか。国籍離脱証明書を取得されているだろうか。これまでの韓国政府の手法を見ていると、国籍は正式に離脱できていない、戸籍は韓国に残っている、と虚偽の主張をされかねないのではないだろうか。いうところの、在日棄民政策である。仮にもしそのようなことが起きると、つまり韓国に国籍があるという事態になると、二重国籍を認めない日本政府は、帰化や特別永住権を取り消すことになる・・・というのが、現時点での私の認識である。

 つまり、韓国政府の選択肢の中には、在日韓国人、帰化した人およびその子孫、特別永住許可者など、全てに網をかけるという発想があるのではないかと、個人的には危惧している。刑事罰を過去に遡及させないという取り決めは日本には存在するが、どうやら韓国の場合は、過去に平気で遡及させている実態があるようだ。

 そのような観点から、帰化3世の知人にどのように助言しようかと考えているが、大筋の結論は出た。近々、文書にして渡そうと思っている。小さな子どもたちを抱えて、韓国の離島にあるといわれる強制収容所で暮らす姿は、想像するだけでも悲惨である。

 愚問であることは重々承知しているが、なぜ、この地上では国家観の争いが絶えないのだろうか。確かに遙か昔の、旧約聖書の時代から部族抗争があり、今日でも存在している。刀や槍、弓矢や石投げ器という武器は、核ミサイル、生物兵器・化学兵器、重戦車、原子力潜水艦、ステルス爆撃機など、高度に進化を遂げているというのに、人間の本性は、数千年経った今でもなお、征服欲・支配欲を持ち続けているのだろうか。なんと進化の無いことだろうかと、嘆かわしく思ってしまう。

 ああもしかして、私の絶不調の原因は、オートミールクッキーの食べ過ぎなのではなく、特亜近隣諸国の不調とともに表面化してきた、世界平和の終焉と人類の苦難を予知し、深く憂慮する気持ちから来ているのかもしれない。

 国家間の争いにつける特効薬があればいいのに。はなはだ残念であるが、昨今の内外情勢を俯瞰していると、どうも行き着くところまで行くのではないかと、暗澹たる思いである。

 であるがゆえに、子どもや孫たち、友人・知人には、なんとか危機的状況を回避してほしいと思う。それと、一面識も無い皆さんに対しても、余計なお節介だと言われるのを承知で、あれこれと提言できる環境を作りたいと思う。・・・間に合うだろうか。少しでも早く実現するよう急がなくては。

 ・・・妄想ネコの遠吠えである。


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by hirune-neko | 2018-11-13 01:24 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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