昼寝ネコの雑記帳

2018年 11月 11日 ( 1 )

こんなに時間がかかるとは思っていなかった

Bill Evans - Some Other Time

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 約6万5千通のメールを、サーバーからiMacにダウンロードするのに、結局は昨晩から今日の午前中までかかってしまった。ひと通りの用事を済ませ、夕方から整理に取りかかった。

 まずは、ゴミ箱の中のメールを数百通ずつ削除し、並行して迷惑メールフォルダの中のメールも同様に、数百通ずつゴミ箱に移した。

 なんとか整理を終えて、約50のメールアカウントをひとつずつ開き、整理した。不要のメールを捨ててすっきりした。長年の間に、何度もやり馴れている作業なので、項目をキーワードで並べ替え、そのかたまり毎で処理したので、そんなに煩雑な作業ではない。しかし途中で気力が落ちてしまい、何度か中断して明日に延ばそうかと思ったが、明日は明日で締め切りの作業があるので、なんとか踏ん張った。

 それでも、全作業を終えたのは、日付けが変わる午前0時を回っていた。ようやく、クールダウンに入っている。


 途中、何度か短い休憩を取った。いつものように、内外の時事情報を収集し発信しているブログ・徒然なるままに、を何度か開いてみた。併せてzakzakを開き、見出しを目で追った。

 いずれも斜め読みではあるものの、日韓関係に関する緊迫した記事が印象に残っている。日韓関係は、政治、外交、経済面で抜き差しならない所まで来ているのではないだろうか。日本政府の言動からは、一歩も退かない決意を感じる一方で、韓国内の動向が気にかかる。日本のマスメディアはあまり報じていないようだが、韓国内の保守勢力がこのまま、韓国が衰退していくのを座視するはずがないと思う。

 韓国政府に対する国際世論の批判的な空気に後押しされるように、日本政府は国際司法裁判所に提訴し、国際社会に対しても積極的な国際世論形成を行おうとしているようだ。

 日本でも、国民の韓国的治世に対する忌避感が顕在化しているようだが、国交断絶という事態に至るかどうか、注視したいと思う。

 懸念するのは、今回の徴用工賠償判決を好機と捉え、さらには国内・国際世論の韓国に対する反発を追い風として、竹島問題を念頭に置きつつ、政府が有事宣言を断行するのではないか、という点だ。

 誰でも混乱や戦争を好む者はいないだろう。しかし、ここ数年、加速度的に認識されるようになってきた、日韓間の深刻な諸問題の解決方法として、世論の後押しを得られるという自信を深めれば、有事宣言も決してあり得ないことではないかもしれない。

 何年も前から、ブログ・余命三年時事日記で記述されているように、もし安倍総理の胸中に「一括処理」という戦略があるとしたら、今がまさにその時期なのではないだろうかと、素人判断をしている。安倍総理とトランプ大統領との良好な関係、さらには中国が国際的に追いつめられつつある状況。そして安倍総理のプーチン大統領に対する巧妙な牽制と接近・・・私ごときに実態は分からないものの、国際的に外交手腕を評価されている安倍総理だから、その程度の布石は打っているだろう。

 日韓関係が深刻化し、その流れで仮に有事宣言を行ったとしても、トランプ大統領は協力的に対応するだろう。習近平総書記は、自国の浮沈という問題を抱え、さらには自身の進退問題も表面化しかねない状況にあって、表立って韓国を支援することはできないだろう。プーチン大統領も、静観の構えを崩さす、巧妙に振る舞って漁夫の利を得る戦略に出るだろう。

 韓国はまさに進退が窮まるのではないだろうか。

 さて、問題は日本国内に居住している韓国系の人たちである。在日韓国人だけでなく、特別永住権を持つ人たち、帰化した人たちおよびその子孫が、どのような処遇になるかを心配している。

 日本で生まれ、日本の文化の中で育ち、日本語しか話さない帰化二世や三世の人たちは、果たしてどのような扱いを受けるだろうか。

 私は現在、そのような視点で情報を収集し、私なりに分析している。ボランティアで関わっている福祉団体そのものが、韓国を含む多国籍組織であるため、日韓平常時および有事の際の強制送還や強制隔離の可能性について、報告書の作成を依頼されている。

 それだけでなく、帰化3世だと打ち明けてくれた知人男性は結婚しており、小さな子どもたちがいる。彼と彼の家族のためにも、最悪の状態を回避できる方法を見つけ、助言したと思っている。

 私には政府や国会議員に知り合いはいない。あくまでも、公開情報を収集して分析しているだけである。どこまで正確に予測できるかは、なんとも言えない。

 しかし、ここ日本で平和な日常生活を送っている、善良な帰化子孫の家族が、ある日突然韓国に強制送還され、兵務庁が管理しているといわれる、「強制収容所」に隔離されてしまったら、心身ともにどれだけ悲惨で残酷な仕打ちを受けるだろうか。

 それを考えると、決して人ごととは思えない。しかし今の日本は、そのようなナイーブな発想だけでは収拾がつかない状況であるのも事実だと思う。日本の国家転覆、実効支配という危機的状況の一歩手前を実体験したのは、紛れもない事実である。

 冷徹に、しかし慈愛の心を忘れずに、報告書を仕上げたいと思っている。まったく仕事と関係のない、完全なボランティアなのだが、真剣に取り組んでいる。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-11-11 02:12 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
causalさん ..
by hirune-neko at 14:44
swingle sing..
by causal at 10:57
causalさん ..
by hirune-neko at 15:44
>高津駅前のレンタルショ..
by causal at 08:55
おはようございます。 ..
by causal at 08:18
記事ランキング
以前の記事
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ