昼寝ネコの雑記帳

2018年 11月 01日 ( 1 )

なんとか月越しの脱力感で、たまにはヘタレネコである

Resurrección del Ángel - Astor Piazzolla - Montreal Jazz Festival (1984)

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 緊急の打ち合わせが中止になったため、拍子抜けはしたものの、今月も無事に終えることができた。ちょっとひと息ついている。

 相変わらず東アジアはきな臭い。次々と不穏な情報が入ってくる。

 さて、こんなときはどのように将来について考えればいいのだろうか。できれば思考を停止し、暖かい陽の光に包まれて、海岸線の波の音を聞きながら、あらゆる騒音から隔絶されて過ごしてみたい。・・・現実的ではないことは承知している。

 私には子どもがいて孫もいる。さすがに、ひ孫はまだ見ていない。それと、私たちが製作した絵本を受け取られたご家庭は、すでに5万世帯を超えている。平均して、ご両親と赤ちゃん、それとお兄ちゃんかお姉ちゃんが1人だとすると、総計20万人以上のご家族が、その絵本を目にしていることになる。不思議なご縁を感じている。

 私はもともと、独りで過ごすのが性に合っている。このまま静かに現役を退き、水平線を見下ろす高台の部屋で、売れる売れないは別問題として、創作活動で余生を送れれば理想だと思っている。

 しかし、今でも東日本大震災の後、現地で何度も目にした廃墟の情景が目に焼き付いている。墓石が並んでいるように見えたのは、住宅が流されて残ったコンクリートの基礎部分だった。海岸線からほんの数十メートルの所に建っていたマンションは、5階か6階部分の窓ガラスまで破壊されていた。わが子を失い、親を亡くした人たちと直接対話する機会があった。最終的には、気仙の地を訪れた回数が、最も多かった。

 もし仮に、あの大きな地震と津波が起きることを、事前に知らされていたとしても、一体私に何ができただろうか。備蓄を勧めていたとしても、そんなものは家ごと流されてしまっただろう。津波でかけがいのない家族を失った人、家族は無事だったが、家を失い避難所生活を送る人。実に様々な境遇である。

 避難所で子育てをしていたお母さんが、福祉団体から贈られた、お子さんの名入り絵本を受け取り、感想を葉書で返信した。福祉団体が、その葉書をコピーしてわが社に送ってくれた。「家族が幸せに過ごしていたときの思い出のものが、すべて流されて何もかも失ってしまいました。この絵本が、大切な思い出になります」、と書かれていた。

 私には未来を予知する能力はない。しかし、根気強く公開情報を閲覧していると、それまでは視野に入っていなかった、様々な懸念要素が見えるようになる。そして、個人や家庭で、どのようにすれば回避できるかを、いつの間にか考え、さらにはその伝達方法まで思い描いている。

 安全や平安というのは、時として物理的な要素であることが多い。しかし、家族という特別な関係が、強い絆で結ばれて信頼関係を維持し、互いに励まし合って生きることも、人生にとっての大切な備えだと思っている。

 製作絵本の累計部数が、年々増大している。過去16年間で蓄積されたエネルギーを原動力にして、本格的な営業周知活動を開始しようとしている。企業である以上は、できるだけ多くの絵本を販売する必要がある。しかし、それ以上に私が関心を持ち、大事なプロジェクトだと考えているのは、「みるとす」と名付け、子育て中のご家庭や個人に対する有益な情報提供だ。

 個人や家族、そして国家に対して忍び寄る危険要素は、目に見えない姿でやってくる。ときには、国内外の政治、外交、軍事問題や、各種の工作活動、諜報活動も視野に入れる必要がある。ある勢力からは、私は時として厄介者扱いされることもあるだろう。しかし、たとえ小さな防波堤であったとしても、ないよりはましだと思っており、その構築を目指している。

 発案から、随分年数が経過してしまっているが、絵本の販売部数を伸ばすこと以上に、私にとっては、そのファミリー・インテリジェンスという手法を確立し、少しでも多くの方々に、有益な情報提供を行うことが、重要だと考えている。

 その構想の存在が、老骨にむち打って行動する原動力となっているのは間違いない。


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by hirune-neko | 2018-11-01 00:42 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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