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昼寝ネコの雑記帳

2018年 10月 26日 ( 1 )

情報弱者が情報強者に脱皮することは可能なのか?

João Gilberto - 12 - Aos Pés da Cruz

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 なんとも間抜けた話である。

 あまりの体調の悪さに観念し、横になることにした。今夜は将棋のレッスンを予約していたのだが、師匠にメールで状況を説明し、キャンセルさせていただいた。

 少しうたた寝し、鼻の症状が楽になり、頭も軽くなったと感じてほっとした瞬間、納品書を作成するデータを、所定の場所に格納することを忘れていたのを思い出した。毎週水曜日の定例作業である。

 むっくりと起きて、所定の作業を終えると、先日iCloud Driveに約130㎇のデータをアップしている作業の最中に、パソコンの動作不良になったことを思い出し、iCloud Driveを開いてみた。Appleのサーバーの不具合発生による緊急メンテナンスは、昨日の夕方で完了したことは確認している。開いてみたが、どうやらアップロードした上に、同期させる必要があるようで、いじっているうちに要領が掴めてきた。

 しかし大容量のため、全てを一気に完了させることはできない。今日の歩行数を確認したら2400歩だった。請求書を1通ポストに投函しなければならなかったので、ついでに残りのノルマである3600を歩くことにした。

 郵便ポストは駅の近くなので、途中セブンイレブンで切手を買い、投函し終えた。折り返し地点までの歩数を計算していたが、いつものコースからは大きく外れていたので、そのまま南武線沿線道路沿いに歩くことにした。

 夜でも賑わう商店街を後にし、歩きながらあれこれ思い巡らすうちに、「情報弱者」という呼称が思い浮かんだ。

 今日、せと弘幸さんのブログを閲覧していたら、下の方で「懲戒請求者に賠償命令 在日コリアンの弁護士が勝訴」という見出しを目にした。正直に言うと、意外な気持ちだった。せとさんは最後にところで余命三年時事日記は9月29日を最後に更新がされていないようです。この裁判に関する論評を是非して欲しいものだ。」と、このように結んでいる。
 (せと弘幸「時事問題を幾つか」戸田の落選運動失敗 余命裁判の判決について。http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/53298459.html

 もちろん、私ごときには解説はおろか、背景事情を推測することすらできない。その点、情弱(情報弱者)と言われても否定はできない。しかし、居直るわけでは内が、では「情報強者」とはどのような人を指すのだろうか。

 世の中には、いわゆる評論家と呼ばれる人は多い。もちろん大学院で学び、留学経験もあり、実務経験も豊富な人が多いようなので、かなり核心に迫った解説をすることはできるだろう。しかし、「どんな人であっても、大統領の頭の中を開けて見ることはできない」というような言葉が、かつてのインテリジェンスの授業で講師の先生の口から出たのを憶えている。つまり、アメリカでいえば副大統領、大統領補佐官、CIA長官といえど、トランプ大統領の思考の深層部分までは掌握できない、ということなのだろう。

 私は自分のことを、情報弱者から情報強者を目指す途中の旅人だと思っている。情報弱者とは、視界に入る情報だけを得て、それ以上は調べる必要が無いと考える人なのであって、もし仮に、表層だけを見ても、何か違うのではないか、何か別の意味があるのではないかと、いい意味での猜疑心と探究心を持つならば、その人は情報強者を目指す、巡礼の旅人なのではないだろうか。

 私は真の意味での、絶対的な情報強者は存在しないと考えている。しかし、情報強者に限りなく近づくための、資質というものは存在すると思っている。一般人があれこれから得る情報は所詮、断片情報にしか過ぎない。しかし、多くの断片を記憶し、洞察力、判断力、想像力、そして鋭い感覚や感性を総合的に働かせるならば、かなりの確度で近未来を見る能力が具わるのではないだろうか。

 日常の営みの中で、無尽蔵に情報収集と分析に時間を割ける人はいないだろう。従って、日頃から情報源の選別を行い、信頼できる、参考になる情報源をいくつも身近に確保することが、とても有力な手段になるのではないだろうか。

 ボケボケの頭が、いつの間にかまた冴えてしまい、またいつもの深夜のブログになってしまった。深く反省している。


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by hirune-neko | 2018-10-26 01:02 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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