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昼寝ネコの雑記帳

2018年 09月 29日 ( 2 )

年間150冊ほどの本を読む人と会った

Bill Evans Trio - Haunted Heart

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 駅の改札口で待ち合わせた。彼は開口一番「10年ぶりですね」と言った。そうか、最後に会ってからもうそんなになるのか、と思った。

 駅ビルの中の喫茶店に入り、本題に入る前に、お互いの年齢や健康のことが話題になった。私が出版社を始めた当時、まだほとんど無名だったC・W・ニコルさんを引き合わせてくれたのは彼だっだ。何冊かの単行本と、季刊雑誌を企画してくれて、出版した。あれからもう、40年近くなるのだと思うと、感慨深い。

 いろいろなテーマで話をしたが、私がKindle本を多言語で出版することを目指している、と話したら、彼は電子書籍だと読んだ気がしないと言い出した。いまだに紙の書籍を愛読しており、多い時だと1日に3冊の単行本を読むと言った。年間で150冊近く読んでいると聞き、すっかり驚いてしまった。私の場合は、電子書籍をせっせとダウンロードするものの、なかなか読めないままになっている。1日に3冊も読むなんて、考えられないことだ。

 そんな博識の彼から、いくつか興味深い話を聞いた。第25代だったか26代目だったかの鷹匠と交流があるという。中東での鷹匠の歴史の方がもっと古く、アラブの王様がスポンサーになって世界中の鷹匠が一同に会する集まりがあると言う。意外な事実だった。まだまだ自分の知らないことがたくさんあるのだと、改めて思い知った。1人の人間が掌握できる範囲は限られていると思うが、私は私なりに自分独自の方向感覚で、探求を進めていこうと思っている。

 今日の話の主目的は、彼が小説を書いたので出版してほしいという内容だった。聞くとフィクションであり、アウトドアサバイバル周辺のテーマだと言う。現在の私にできること、難しい事をそれぞれ説明した。彼自身、出版企画や編集の経験が豊富なので、意思の疎通は迅速だった。

 年齢を聞くと、私より3歳上だった。それでも、積極的にいろいろな出版企画を考えていることが分かった。私自身にも出版したいテーマがあるが、仕事に追われる毎日でなかなか前に進まない。あれこれ出版の実務に関する意見交換をし、約1時間40分があっという間に経ってしまった。

 1981年の創業なので、かれこれ40年近くの付き合いになる。時間が経つのは早いものだ。と同時に、いくつかの戦場を一緒に経験した戦友のような懐かしさがある。そう感じた。

 当時の私は、アウトドア・サバイバルに興味があり、そのような傾向の出版物を何冊も出した。彼によれば、ワンサイクルが終了し最近はまた、アウトドアブームが始まっていると言う。それは知らなかった。

 正確な表現は忘れたが、確か当時はdown to earthという表現があったと記憶している。いわゆる虚飾を排し、大地に根を下ろした質実剛健な生き方やライフスタイルのことを指したように記憶している。昨今の社会情勢を見ると、1-Clickで収入を得るとか、プログラムされたソフトで自動売買し富を築くとか、あるいは社会的な様々な対立構造に対する議論が沸騰し、なかなかじっくりと深く考える世相ではないような気がする。

 それにしても、日本と日本人は良い意味でだが、世界の大きな潮流の影響を受けず、自浄作用を発揮して国の存続に多くの国民が結集しつつあるように感じる。

 あくまでもインターネット上の公開情報を見て判断するだけだが、世界情勢は臨界点とか飽和点という表現が適切なのではないかと思うほど、予断の許さない状況になっていると感じる。しかし、自然災害がいい例だが、日本人は深刻な被害に遇っても、整然とまた泰然自若として、周りの人たちと共存し苦難を乗り越えようとしているのが目につく。数日前に何かで読んだのだが、日本は2600年の歴史を有する、世界でも最も長い歴史を持つ国だそうだ。想像を絶する長い年月だと思う。特異な民族であるように感じる。

 類は友を呼ぶという言葉があるが、今の日本では自然発生的に、同じような価値観や問題意識を有する人たちが、知らず知らず出会い、仲間として組織化されているような気がする。それにはインターネットの働きが大きく影響しているのではないだろうか。

 個人としての自分の意見を述べることができる社会。長年にわたり、情報発信の根幹を独占してきたマスメディアが、虚偽の報道しても、今日ではあっという間にインターネット上で誤りを指摘されてしまう。

 今ではもう多くの人が知るところとなっていると思うが、その昔のスヒョン文章で公になったように、日本のメディアは特定の国の支配的な影響を受けてしまっていると言って良いのではないだろうか。その特定の国に対し、いわゆる忖度をすることにより、日本の国益に反する報道が、長年にわたってなされてきたと言うのは、既に周知の事実になっていると思う。

 そのようないびつな状況の中であっても、意識ある個人と個人が出会い、小さな輪を拡げることによって、その輪がさらに大きく形づくられていく、そのような時代に私たちは生きていると思う。

 久しぶりの古い仕事仲間に会い、私自身も自分の年齢を再認識した。そのせいか、急に疲れが出てしまったような気がする。これからは自分の限界と向き合いながら、様々なOA機器の機能や、志を同じくする人たちとの出会いを大事にして、少しでも長く、たとえ細くてもいいので何とか継続していきたいという気持ちを再確認した。

 たった今現在は、心身ともに消耗しきった状態ではあるが、自分自身を再構築する必要性を痛感している。言うだけではなく、有言実行にしなければならないと思っている。いわゆる老化との戦いである。


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by hirune-neko | 2018-09-29 23:18 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりの外食は超高級レストランだった

Remembering the Rain -bill evans

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 月末はいつもひと区切りである。勝手に命名した「月越しの祭り」を、独り無言で祝うことがある。

 今年は夏からずっとハードな生活だったので、仕事以外では久しく外食していなかった。それで、今日は慰労を兼ねて外食することにした。

 選んだのは、イトーヨーカドーの3階にある「サイゼリア」というレストランだった。キノコのスープと、品切れのシェフサラダの代用のワカメサラダ、それとハンバーグステーキだったが、値段の割にはそこそこだった。超高級ではないものの、気分転換になった。

 今日は午前中から原始的に一件ずつ振込作業をした、先月は数字を見間違えて、6円少なく振り込んでしまった相手があり、今月の振込金額にその分を加算して振り込んだ。何度も確認しながらの作業なので、集中した反動で脳内血液量が低下し、頭が重くなってしまった感じだった。今度こそは、一括振込のやり方をマスターしようと、毎月、月末の度に思っている。

 食後、ふらつく頭と足で、なんとか合計8000歩を歩こうと、リュックサックを背負いながら歩いた。いつもそうなのだが、およそ20分程度を歩くと、脳内の圧迫感が消える。やはり歩くのは健康に寄与するというのは本当だと思う。歩くのはかなり習慣化してきたので、少し筋肉トレーニングをメニューに加えたら、さらにいいのだろうと思っているが、まだ思っているだけである。

 今日は改めて、自分がもしかしたらひょっとして、病的なのではないだろうかと思うことがあった。

 何年か前に、自分の書いた短編作品を多言語出版したいと思ったことがある。取り憑かれたように、多言語出版専用サイトまで作り上げたのだが、その後はそれどころではなくなり、放置状態だった。ところが、ふた月ほど前に世界中から短編作品を公募しているコンテストがあると聞き、すでに3作品を応募した。その中の2編を、ニュージーランド出身で日本語に堪能な女性に英訳してもらっていることは、先日ブログに書いている。

 コストとリスクを考えれば、紙の本の出版ではなく、Amazonが世界中で展開しているKindle本・電子書籍が最適だろう。つまり、海外の出版社を探して交渉し、何カ国語かで出版するのではなく、ここ日本で日本の出版社として、Kindle本を多言語出版するという構想を、突然身近に感じてしまった。

 伏線はあった。Facebook友だちで、昨年だったか他界してしまった日本人男性は、カルロス・ガルデルの熱狂的なファンで、ピアソラの大ファンでもあった。彼は、音楽的な強い影響を受けて南米に移住してしまい、晩年はコロンビアのボゴタで人生の最期を迎えた。最近、その彼のお嬢さんが私の記事にイイネの足跡を残してくれた。すぐにメッセージを送り、多言語出版の構想を説明し、意見をお願いした。すると、南米のスペイン語とヨーロッパのスペイン語の違いについて、説明してくれた。コロンビア生まれなのだが、子どもの頃から日本人学校に通っていたようで、いわゆるバイリンガルである。仕事も日本企業のために、日本語〜スペイン語の翻訳をしているという。

 翻訳のクォリティは別として、英語とスペイン語に関しては、心強い味方を確保できた気になってしまっている。しかし果たして、日本の出版社が世界に向けて、多言語でのKindle本の出版ができるのだろうか、という疑問に行き当たった。

 そこでAmazonに電話して質問してみた。すると、そのような案件は電話質問を受け付けていないので、kindle direct publishingという部署に、メールで問い合わせてほしいと言われた。早速、メールで質問を送ったが、まだ回答は無い。

 さて、もし可能性が開けたとして、多言語出版とは何カ国語になるのだろうか。インターネットが普及し、購買層がそれなりに存在している必要があるので、リサーチが必要だろうと思う。ただ、そのときに閃いたのは、「7」という数字だった。

 つまり、日本語、英語、スペイン語と、さらにもう4カ国語だ。

 現在の仕事とはなんの関係も無いのに、いきなり多言語でKindle出版するところに飛躍してしまっている。病的な妄想・閃きであることは重々承知している。しかし、その時に、濃い霧の彼方に仄かに見えたのは、現在日本国内だけで販売しているグリーティング絵本「大切なわが子へ」の多言語出版である。また妄想飛躍が始まったと思われるだろう。

 何年も前のことになるが、つくばの産婦人科クリニックの院長から相談があった。フランス人夫婦が出産し、絵本をプレゼントするのだが、日本語を理解しないので、概要だけでもフランス語で作ってくれないか、という依頼だった。そこで私はすぐに、フランス在住のある日本人女性に相談した。

 その女性が、仏訳した絵本の本文をフランス人男性に読ませたところ、その男性は感動して涙を流したという。同じようなケースで、英訳文を作ったことがあったが、文章のせいか、あるいは読んだ人の感性のせいか、反応が鈍かったケースもある。

 これまでのいろいろな経験が、一本の糸として紡がれ、名入り絵本の多言語出版が視野に飛び込んできたという訳だ。

 日本の製本職人の手による、工芸品レベルのオーダーメイド絵本である。技術的には、右閉じ・右開き、左綴じ・左開きという複数仕様のカバー、表紙、製本に対応しなければならないが、決して夢物語ではないような気がしている。

 こんな感じで、ちょっとしたことからでも、具体的なイメージが浮かんでしまう。本当に、もしかしたら私は病的な要素を持っているのではないかと、しばし考え込んでしまった。しかし、良く考えてみたら、創作ストーリーだって、ちょっとしたイメージ、一枚の画、一枚の画像、ひとつのメロディーからストーリーをイメージするのだから、そう考えたら、仕事上であれこれイメージが浮かんでも、自分にとってはごく自然なことだと居直ったりもしている。

 ・・・今日は、こんな展開になるとは思っていなかった。短い文章で終わらせるつもりだった。これも、何かの閃き・促しなのだろうと思う。

 おめでたいと思う反面、自分らしいとも思っている。


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by hirune-neko | 2018-09-29 01:17 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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