昼寝ネコの雑記帳

2018年 09月 20日 ( 1 )

事件ではないが、110番に三度通報した

Hier Encore - Charles Aznavour - paroles

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 今日は午前中から、絵本納入先の産婦人科クリニックからの依頼で、本文中のイラストマップの修正に着手した。このクリニックは、16年ほど前から出産祝いのプレゼントとして、私たちが製作しているグリーティング絵本「大切なわが子へ」を採用してくれている。ずいぶん長い付き合いになっている。

 16年も経てば、当時は存在していたコンビニがなくなり、近所の学校の名前も変わり、パン屋さんが別の場所にオープンし、などなど当初のイラストマップとは、現実がすっかり変貌してしまっているようだ。製作作業を一手に引き受けている次男は、製作依頼書の到着が重なったため、今日は私がイラストをマップの修正を担当することになった。

 少し時間がかかったが、試作した最新のイラストマップを印刷し、ファックス送信しようとした。すると紙詰まりを起こしてしまい、動かなくなってしまった。メーカーのサポートに電話して、あれこれ試すうちになんとか送信できるようになった。

 そこでふと、普段はあまり使っていないのだが、eFaxというサービスを利用しているのを思い出した。しばらく使用していなかったので、送信方法を思い出せなかった。あれこれ調べて、ようやく使えるようになった。要するに、送信したい内容をPDFファイルに変換し、送信先のアドレス欄には、相手のファックス番号を規定の文字列に組み込んで入力し、あたかもメール添付でファイルを送ることになる。やはりどのような作業でも、継続して行わないと、すっかりさびついて使い物にならないものだと思った。

 夜の8時半近くになって、ようやく歩きに出られるようになった。その時点の歩行数は、たったの800歩だった。最終的に8000を歩くには、何歩で折り返せばいいかを計算しようと思い、玄関の外で立ち止まった。その時、割と近くから何やら音楽が聞こえた。どうも鑑賞用の音楽ではなく、どちらかというと警報に近いような印象を受けた。ちょっと気になったので、耳を澄ましてどこから音が出ているかを確認した。どうやら、我が家に隣接して建っている2階建てのアパートの1階の部屋のようだった。部屋はすぐ目の前なのだが、フェンスがあるため遠回りして部屋の前に立った。

 どうやら、風呂場か台所が音源のようだった。以前から、時々声をかけているおばあさんの部屋のようだ。数年前にご主人が他界し、独り暮らしのはずだ。もしかしてガス漏れ警報の音楽なのだろうかと心配になり、ドアを強めに何度もノックしたが、一向に反応がない。窓越しに奥の方から光が洩れている。もしかして、倒れてしまっているのかもしれないと思ったが、確かめる術がない。不謹慎ながら、夫に先立たれ、年老いて独り暮らす老婆の孤独な死、とうう情景が思い浮かんだ。できれば、まだ息をしていてほしい。なんとか一命を取り止めて、周りの人たちに介抱され、孤独感を払拭してほしい、などという思いがよぎった。

 そこでやむを得ず、110番に通報した。簡単に状況を説明したら、警察官と救急車を手配してくれることになった。家内の方が、そのおばあさんとは交流があるので、家に電話した。すると、ドアをノックしても聞こえないから、裏側の窓から声をかけるよういわれた。さすがに状況を把握している。

 暗く、足元が不安だったのでポーチから懐中電灯を取り出し、確認しながら裏窓に回った。窓ガラスを、何度か連続して強く叩いてみた。中からはラジオかテレビから流れる音楽が聞こえる。そのうち、カーテン越しに人影が動くのが見え、カーテンを上げておばあさんが姿を現した。

 窓を開けてくれたので、挨拶し事情を話した。すると、あのけたたましい音楽を止める方法がわからないので、困っていたと言う。ガスでも漏れていたら大変なので、ちょっと見せてくださいとお願いし、再び玄関のドアに向かいながら、2度目の110番通報をした。事故ですか、事件ですか?と言う相手に向かい、さきほど電話した者ですが、本人と話をすることができました、と伝えた。警察官と消防隊員には、安否確認ができたと伝え、現地に向かうのをキャンセルします、と言ってくれた。

 ドアの前に立つと、おばあさんが中から開けてくれた。中に入れてもらい、ガスの臭いを確認しながら音源を辿った。ちょうどその時、2人の消防隊員が到着した。私はかいつまんで状況を説明しながら、音源を見つけようとした。すると、冷蔵庫の上にわりと大きめの目覚まし時計があり、それを手にとるとまさしくそれが音源だった。つまり、ガス漏れの警報ではなく、単に大型目覚まし時計がけたたましく音楽を流していたのだった。

 規則があるらしく、救急隊員の方はおばあさんの名前と生年月日、部屋番号などを確認した。横で黙って聞いていたが、大正15年4月生まれだと言う。亡くなった母と3ヶ月違いの、95歳である。かなり耳が遠くなっていたので、会話が思うようにいかなかった。果たして私のことを覚えているのだろうか。何かをしてあげたときに、お礼にと言って不自由な体を引きずり、わざわざ地元の和菓子屋さんから菓子折を買って届けてくれたことを思い出した。

 消防隊の方から帰りがけに、警察官が来るかもしれないのでできれば待っていてほしいと言われた。5分ほど待ったが、念のため3回目の110番通報をした。状況を説明し、警察官の方を待つように言われたのだが、まだ待つ必要があるかどうかを確認した。すると、既にキャンセルしているので、待っていなくていいと言われた。

 おばあさんの元気な姿を確認できて、ほっとした気持ちになった。もし私があと30年近く生きたとしたら、おばあさんとほぼ同年齢になる。もし私が95歳で、このおばあさんと同じように独り暮らしをしていたら、果たしてどのようなライフスタイルだろうか、と想像してみた。

 その年齢でも、パソコンのキーボードをたたけるだろうか。そんなことより、今から30年後の自分が、まだ何か書きたいと思うようなコンテンツを持っているだろうか。こうして、仕事に追われながらも毎日その日に思い浮かんだことを、ブログに書き残している。読んでくださる読者の皆さんの存在が、エネルギー源になっているからだ。95歳の老ブロガーの書く記事を、読んでくれる人が存在するだろうか。・・・あっ、もしかして私はもうすでに老ブローがではないか、と思い至ってしまった。

 台所で、けたたましい音楽を流す目覚まし時計の操作方法も分からず、かといって誰も頼める人がいない孤独な生活。結果的に、おばあさんを勝手にご臨終扱いしたり、110番通報したりで、すっかりお騒がせして申し訳なかったが、別れ際のおばあさんの笑顔に、自分のことに関心を持ってくれる人がいて嬉しい、という素直な喜びを感じ取ることができた。

 これは私の、あくまでも一方的な思いではあるが、近所に住む者として赤の他人とは違う、心の交流ができていると感じた。ほんのささいなことではあるが、しかしさまざまに存在する人間関係の中でも、このようなちょっとした心の交流というのは、とても貴重で得難いものなのではないかと実感した次第だ。

 もし私が95歳まで生きながらえて、相変わらずブログを書いていたとしたら、今日のこの記事を思い出すことがあるのではないだろうか。


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by hirune-neko | 2018-09-20 01:02 | 心の中のできごと | Comments(4)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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