昼寝ネコの雑記帳

2018年 08月 17日 ( 1 )

食が進まず、考えが進まず、筆が進まない三重苦だった

Ksenija Sidorova: Oblivion (Stars von Morgen)

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 夏の疲れが出たのだろうと思うが、全てに停滞感がある一日だった。健康や体力に不安を感じると、連鎖的に消極性が増すのを感じる。普通なら、人生の整理を考えるような年齢になっているのに、まだ新たな挑戦をしようという気持ちが強い。無謀で非常識なのかもしれない。こんなときに一番困るのは、自分の余命年数が読めないことだ。

 しかし、視線を広く社会に転じてみると、60歳代の後半は、まだまだ現役だぞといわんばかりに、とくに政治の世界では市長選、知事選、果ては総裁選の候補者には、私と同年代の人たちが多い。ある意味では、人間として60年や70年を生きて、ようやく何かの分野でプロになれるのかもしれない。

 では、私は一体何かのプロになっているのだろうか。多少、何かの技術があったとしても、そんなものは専門家から見たら、初心者に毛の生えた程度だと思う。うむ・・・妄想のプロ?確かに、あれこれと妄想は際限なく拡がるので、普通の人よりは妄想度が高いかもしれない。写真を見ても音楽を聴いても、いつの間にかストーリーが思い浮かぶ。特定の人をじっと観察していると、その人の生い立ちや過去の人生のシーンが思い浮かぶことがある。もちろん常にではない。そんなことが常だったら、神経が保たないだろうと思う。

 その半面、とても気楽なことがある。考えてみると、執着する対象がごく僅かで、極端に少ないのではないかと思う。あれこれに惑わされたり、振り回されたりすることがとても少ないと思う。昨日の妄想ブログにも書いたが、どこぞの国の工作員が資金提供を申し出ても、名誉や地位や賞を目の前にぶら下げられても、へえ、と思うだけで微動だにしないだろうと思う。

 では、私は何かに執着しているのだろうか。改めて考えてみた。

 目に見える「物」だと、パソコンと周辺機器、通信機器、そして携帯デバイスだ。それらは、あくまでも機能性の高い便利な仕事上のツールとして、執着を持ってる。車はなんでもいいし、他に取り立ててほしいものはない。

 目に見えない「物」で執着しているのは、なんだろうか。観念的な領域になってしまうので、どうしても具体的に目に見える形で表現することはできない。「知」と名の付く物だろうか。知識、知恵、知性、知力。そんなところだろうか。

 その他、心に結びついている領域にも、ある種の執着を持っていると思う。感性、感覚、洞察力、感動、癒し、平安、信念、理念、使命感、責任感、達成感、慈悲、寛容、いたわり、人格、徳性などだろうか。これらは決して物体のように手で触ったり、実際に目で見たりすることはできない。人の発する言葉や言動、表情によって伝えることのできるものなので、受け取る側の感性や感覚に大きく依存するものだとも思う。

 人間関係にも執着はない方だろう。来る者拒まず、去る者追わず、の主義である。もちろん、私とて人間なので、合う人も合わないと感じる人もいる。しかし、基本的には人に対し、強い拒否感や嫌悪感は持たない方だと思う。周りから避けられているような人とも、不思議と親しくなることができる方だと思う。

 執着というかこだわりは、創作作品を書き続けたいという所にあるようだ。読み手にとって、物語はある種の疑似体験である。つまり、人間を表面だけで判断せず、裏面に隠れているその人の苦しみや悲しみを垣間見ることができれば、その人に対する見方が変わり、思いやりや寛大な気持ちを持つことができる。何か言葉をかけたり行動に移すことで、相手の心を開き自分自身の心にもプラスの変化を与える。

 そんなきっかけにしていただける、創作作品を書けるようになればいいなと、おそらくは一生涯にわたって執着し、こだわり続けるのではないだろうか。

 私は古今東西の文学全集を読破してはいない。その意味で、いろいろな文学作品を改めて読んでみたいと思う。今頃になって発見したのだが、Kindle本は色を反転したり、フォントを明朝体からゴシック体に変えたり、ずいぶんいろいろな機能があるようだ。視力が低下している私でも、割と速いスピードで読むことができる。まさに文明の利器である。

 日本国内に限定せず、他国の人々、他国での経験、それらを現実の社会、歴史、政治、経済、文化、市民運動、諜報活動など、立体的に描写できるよう、私自身が少しでも理解を深められるよう、脳内に蓄積していきたい。おそらくだが、パソコンに外付けのハードディスクがあるように、人間の脳と生体同期させることのできる、数テラバイト容量の有機ディスクが、近い将来に開発されるのではないだろうか。

 さらに言えば、MacOSに「創作Siri」なる機能が開発され、思い浮かぶまま、アットランダムにストーリーの概要や、登場人物のプロフィール、過去の人生などを語りかけると音声認識機能と創作機能で、あっという間に推敲の必要の無い作品を、その「創作Siri」がテキストデータ化してくれる日が訪れそうな気がしている。もちろんこの「創作Siri」は、同時並行して世界の主要言語数十カ国語に自動翻訳し。電子書籍として配信までできるようになる。そうなれば、なんて素晴らしいだろう。

 もしスティーブ・ジョブズが生きていて、私のブログ記事を自動翻訳機能で読んでくれたら、おそらく私をApple社の新規商品開発プロジェクトの、特別顧問として招聘してくれたのではないだろうか。

 ・・・おっと、このまま書き続けていると、妄想が果てしなく、際限なく拡大しそうなので、ここで止めておく。今晩は体調不良で将棋のレッスンをお休みしたが、こうしてブログ記事に夢中になっているうちに、どうやらクシャミも鼻水もすっかり治ってしまったようだ。こうして文章を書くだけでも、しつこい鼻炎が治るのだから、私の作品を読むと難病が快復したという実例が増えるのではないだろうか。

 ・・・あらら、本当にもう止めないと、とんでもない異常な妄想世界を招来しそうなので、心を鬼にして、ここまででアップさせていただく。

 冒頭の演奏は、最近知ったクセーニャ・シドロヴァで、ピアソラの曲を何曲か演奏していることが分かった。調べてはいないが、ロシア人だろうか。今日はピアソラのオブリヴィオンの演奏を選んでみた。


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by hirune-neko | 2018-08-17 00:13 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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