昼寝ネコの雑記帳

2018年 07月 10日 ( 2 )

私にとっては、死の行軍一歩手前だった

PIAZZOLLA/FERRER-Contramilonga a la Funerala-Horacio Ferrer y Versus Ensemble

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午前中に一カ所、午後はもう一カ所でミーティングがあった。場所は都心だったのだが、地下鉄の駅からしばらく歩いた。途中からだらだらした上り坂になり、猛暑の中だったので身体に負担を感じた。

 かなり汗をかいたようで、帰宅した頃はすっかり消耗してしまっていた。触ると、ワイシャツがしめっぽいぐらい大量の汗だったようだ。シャワーで汗を流した後、湯船の温度を低く設定し、ひんやりとした水風呂に浸かった。

 フィットビットで確認したら、その時ですでに7,500をを歩いていた。これからは今日のように、営業相手の事務所に訪れ説明する機会が、徐々に増えていく見込みだ。首都圏を優先するが、相手次第なので全国どこになるかは皆目見当がつかない。

 これまで、私が経験したことのない営業手法をコーチしていただいている。今までは表層だけを見て対象を選定していたが、なるほど、世の中の仕組みをよく見てみると、新たな営業の切り口があるのだと納得した。

 長い間ずっと、営業対象を絞り込んでコンタクトしていた。現在指導していただいている営業の手法は、かなり間口を広げコンタクトするやり方だ。この歳になって改めて社会勉強をしているような感じだ。

 時々、不思議な感覚にとらわれることがある。自分の年齢と未来に対する眺望とのギャップを感じる。戸籍上の年齢から考えると、現役を退き隠居生活に入ってもおかしくない。もちろん個人差はあると思うが、肩の荷を下ろしてゆっくりしようと思えば、可能な年代になりつつある。

 しかし、現実はどうかというと、年々忙しさが加速しているような感じだ。つまり明らかに老化し退化しつつあるステージにもかかわらず、未来が果てしなく広がっているような錯覚に陥ってしまう。現実的に考えるなら、その未来というのは私がいつまでも一人で追い続けるのではなく、自分の分身を作りながら徐々に第一線から、身を引いていくのだろうとイメージしている。

 現在、将来に向けて描いている構想は、それを理解し共感する人たちの手によって、引き継がれていくのだろうと楽観的に考えている。行動の原動力となる理念や哲学に共鳴してくれる人たちの輪が拡がって行ってくれれば、こんなに嬉しいことはない。

 私が後世の人たちに残せるのは、おそらくは言葉だけだろうと思う。そう考えるので、どんなに疲れていてもその日に思い浮かんだことは、言葉として残しておきたいと思う。

 改めて、今日の猛暑の中での行動が、死の行軍にならなくて本当に良かったと思っている。


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by hirune-neko | 2018-07-10 23:28 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりに「深夜営業」になっている

Luciano Pavarotti - Che Gelida Manina (La bohème)

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 いよいよ営業活動が本格化しつつある。早速、明日はとても重要なプレゼンが行われることになり、まだ完成してなかった企画提案書と商品明細説明書をなんとか仕上げた。両方ともA4判で十数ページなので、かなり編集の手応えがあった。企画提案書の見本を作成してくださった方のおかげで、これまでに作成したことのない構成の内容に仕上がった。とてもいい経験になった。

 明日は、普通だったら会ってももらえない相手なのだが、わざわざ仲介してくださる方があり、時間をいただけることになった。

 午後から製作作業を始めたが、思ったより手間がかかってしまい、この時間になってようやく印刷を開始している。

 ここ数日は、何かと時間的な余裕がなかったので、世の中とちゃんと向き合わず、ちょっと垣間見ただけだが、予測もできなかったことが次々と起こっているようだ。いずれも、当事者の皆さんにとっては大変なことだということは理解できる。

 今日の・・・あっ、もうすでに昨日のことだが、ケント・ギルバート氏が朝日新聞に殴り込みをかけたという記事を読んだ。その昔、青山にアメリカ系の弁護士事務所があり、彼はそこの弁護士だった。誰の紹介だったか忘れたが、当時はアメリカとの仕事が多かったため、顧問事務所になってもらった、そのときの担当弁護士が、ケント・ギルバート氏だった。当時はすでにテレビでかなり露出していたようだが、元々テレビは観ない方なので、何も知らなかった。

 程なくして、彼はその事務所を辞め、後任のアメリカ人弁護士が担当になった。たまたまアメリカの古くからの友人と親友同士の人だったので、やりやすかった。

 朝日新聞に殴り込んだという記事を読んだが、朝日新聞は今もってなお、従軍慰安婦を想起させるような表現の記事を英語で配信しているようだ。驚いてしまった。朝日の購読者は、今でも減少傾向なのだろうか。赤旗といい朝日といい、経営基盤が崩壊しつつあるような印象を受けている。

 もうじき深夜2時半である。あと10部程度の印刷で休もうと思う。久しぶりの深夜営業となったが、なんとか集中力が途切れずに、無事に作業を終えられそうで安堵している。

 標題の動画は、昨日の記事で紹介した「ボクのご主人様はプロフェッサー」の完結編で使ったのと同じなのだが、完結編の記事では再生不能となっていた。記事が古いせいなのかもしれない。今日、この最新記事でもう一度掲載してみようと思う。果たして再生できるだろうか。


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by hirune-neko | 2018-07-10 02:35 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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