昼寝ネコの雑記帳

2018年 07月 08日 ( 2 )

久しぶりに「追いつめられた男」になっている

Maria Callas Bohème: Si, mi chiamano Mimì...

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 なかなか予定通りにことが進まない。どうしてこうも、次々と新しい案件が、しかも即対応が必要な案件が湧き出してくるのだろうか。平常心のバランスも崩れそうになってしまう。全ての元凶は、いつもなら手足となって動いてくれているパソコンや周辺機器が、初めて経験する新しい作業環境で立ち往生していることである。

 操作している自分自身の技量不足なので、誰も責められないし焦っても仕方のないことだ。・・・そうはいいつつ、やはり締め切りの期限が迫ってくると、追いつめられた心境になってしまう。

 しかし、こうしてYouTubeで次々と自動的に移り変わる音楽を聴きながら、ブログ記事の内容を考えていると、徐々に気持ちも鎮まってくる。有難いことだ。

 最初はプッチーニのラ・ボエームで歌われる「ムゼッタのワルツ」を選んだのだが、途中から次々とマリア・カラスの歌声が流れ始めた。ボエーム、サムソンとデリラ、トスカなどのアリアが次々と流れる。何度か差し替えたが、冒頭の「私の名はミミ」に最終決定した。

 こうしてこの曲を聴いているうちに、かなり以前の短編作品にこの曲が登場したことを思い出した。・・・タイトルが思い出せないが、設定は覚えている。確か三部作だったと思う。

 恋愛経験がなく、本ばかり読んでいた大学の先生が、自分のクラスに出席していた女学生に好意を寄せる。何も告げられないまま、彼女は卒業してしまう。その後彼女はIT実業家と結婚し、玉の輿としてマスコミで大きく取り上げられ話題になる。しかしやがて離婚してしまう。そんなときに、逗子の高台の高級別荘地に無断で車を乗り入れ、散歩していた先生と彼女の偶然の再会があり、一気に結婚へと進む。しかし彼女は血液の厄介な病気が発見され、あっという間に他界してしまう。

 第二部までは、こんな感じで悲劇的な結末だった。それを読んだ読者の方が、この先生と自分の境遇が似ているので、是非その先を書いて欲しいとリクエストしてきた。ちょっぴり同情した私は、一転してハッピーエンドとなる第三部を書いた。せっかくなので、その第三部をご紹介することにする。まだお読みでない方は、是非お読みいただきたい。確か、「ボクの飼い主はプロフェッサー」というタイトルだったと思う、これから探してみる。

 ・・・比較的すぐに見つかったので、以下にご紹介する。なんと、2012年10月18日の作品だった。タイトルはちょっと違っていた。飼いネコの視点から書かれた作品である。

「完結編・ボクのご主人様はプロフェッサー」

https://hiruneneko.exblog.jp/18578064/


 さて、まだ午前0時ちょっと前である。夜なべ仕事をせずに、今日はこのまま休ませていただく。自然災害だけでなく、国内外が不穏な情勢なので、何かをしなくてはと気ばかり焦っているが、まずは鋭気を養い思考力を高めることを優先させていただく。



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by hirune-neko | 2018-07-08 23:59 | 創作への道 | Comments(0)

今日ばかりは駄文日記ご免なさいである

S.L. Weiss Fantasie on 8-string guitar

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 1枚のCDを渡され、コピーを6枚作ってくれと依頼された。音楽が20数曲収納されており、500MB以上の容量だった。

 最新のiMacにはディスク用のスロットが標準装備されていない。そこで、MacBook Proで作業をすることにした。ところがどうやっても、新しい空のディスクを初期化できない。お手上げで、とうとうAppleのサポートに電話した。30分以上、あれこれいわれた通りに試したものの、結局は目的を達することができなかった。

 どのみち必要になるので、iMacにUSB接続する外付けのドライブを購入することにした。少し割高だが、長い目で見てApple純正のを購入することにした。調べたら、一駅先のコジマ電機に在庫があったので、取り置いてもらい買いに行くことにした。何を血迷ったか、歩数を稼ぐために歩いて行くとにした。片道、4千歩弱だった。

 踏切を越え、少し行くとセブンイレブンを過ぎた辺りから、だらだらとした長い上り坂になる。果たして上り切れるだろうか、心臓が耐えられるだろうかと心配だったが、なんとか目指すコジマ電機まで辿り着くことができた。

 帰宅して、これで後は順調に作業ができるだろうと考えたのだが、大甘だった。やはりディスクを初期化できない。あれこれのメニューをひとつずつ試しながら、根気強く解決方法を探った。

 それらを全て説明すると朝になってしまうので、止めておく。結論は、ディスクをファインダーで開き、そこにデータをコピーする。さらには改めて、コピーした内容でディスクを作成する、というメニューを選んで終了だった。

 おかげで今日は、自分のことが何ひとつできなかった。しかし、これから必要とするであろう技術をひとつ習得できたので、収穫だったと思うことにした。

 そんな有様なので、今日は小学生の日記のような駄文で失礼させていただく。せっかくはるばる遠くからお越しくださったのに、大変申し訳なく思う。でも、なんとか責任を果たせてほっとしている。今日できなかったことは、明日に先延ばしである。


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by hirune-neko | 2018-07-08 01:42 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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