人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

2018年 06月 27日 ( 2 )

珍しく、バルバラを聴きたくなった

Barbara - Dis, quand reviendras-tu ?

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 なんとか、MacBook Proに設定していたメールアカウントを、全削除することができた。一歩一歩、周辺の機器環境を整備している。

 少しずつだが、視界が開け焦点も定まってきた。サイト制作ソフトの更新を待たずに、産婦人科向けの提案書の骨子をまとめた。

 まずは、開業10年ちょっとで、すでに1万2千冊の絵本を、出産されたご家庭にプレゼントしてくれている、ある産婦人科の院長夫人に連絡し、概要をメールで送った。環境が100%整うのを待っていたのでは、いつになるか分からないし、自分を追いつめた方がいいと判断したからだ。

 いわば、賽は投げられたことになる。これから順次、絵本を採用してくれている産婦人科の院長に、面会申し込みをする予定だ。

 ハードルがいくつもあるため、気力と集中力を維持するだけでも、かなり骨が折れる。

 提案書の文章を校正しながら、あるイメージが浮かんだ。仕事に対する自分の姿勢を客観的に見ると、「この世」に受けるためでなく、ほとんど「あの世」に受けるような意識になっているようだ。「あの世」とは、文字通りの死後の世界という意味ではなく、いわば「形而上学的な世界」からの指令に従っているような感じだ。

 大企業と較べると、おそらくだが、自分一人で受け持っている守備範囲と攻撃範囲は、かなり面積が広いのではないだろうか。必然的に、いくつもの機器とアプリケーションを、それなりに使いこなさなければならない。それでなくても、時々固有名詞が出てこない頭脳になっているのに、まだまだ新たな知識を詰め込まなくてはならない。年齢を考えると、ちょっと過酷に感じる。明らかに脳を酷使していると思う。

 今日は、珍しくバルバラの歌を聴きたくなった。今から20数年前になるだろうか。パリ郊外の、デフォンスと呼ばれる街のアパート(アパルトマンか)に住む、新婚夫婦の部屋に転がり込み、一ヶ月ほど同居した。共通の友人である、日本人夫婦の紹介があったので、すんなりと受け入れてくれた。

 奥さんはブルターニュの出身で、女の子を出産したばかりだった。ご主人は、ミクロネシアのフランス領のある島の王様の長男で、いわゆる王子様だった。最初はジョークだと思って聞いていたのだが、本当だった。

 その王子様は、運転免許証を失効したまま更新していなかったので、私が運転手を務めた。今にして思えば、まるでアズナヴールの歌うような、無謀で愚かでのどかな青春時代だった。王子様を呼び捨てにしてこき使ったのだから、島の人たちから見れば、私は不敬罪に問われてしかるべきだったのではないだろうか。もしかしたら、今頃は王位を継承しているかもしれない。いつか、観光旅行で行ってみたいものだ。しかし、国賓扱いしてくれるか、あるいは空港に警察が待ち構え、かつての不敬罪で逮捕されるか、皆目想像がつかない。

 セーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフ、モンマルトルの丘とサクレクール寺院、ブローニュの森、ファミリーレストランのヒポポタマス(だったかな?)、街中のどこに視線を向けても、すべてが芸術的な作品に溢れていた。フランス人の拘りを感じた。それ以上に、フラン人は相手の肩書きで評価せず、文字通り相手の人格・識見を見て評価する気質であるらしいことを感じ、嬉しく感じた。

 残された人生で、果たして、再びパリを訪れる機会があるだろうか。絶対にないとは断言できないし、かといって絶対あるとも断定できない。すべては時の流れに身を任せ、なるようになる、の心境である。Avec le tempsなのだろう。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

by hirune-neko | 2018-06-27 23:34 | 心の中のできごと | Comments(0)

24時間経過したが、約5万通のメールが削除できない

Change Partners - Pascale Lavoie

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 とうとう根負けで、白旗を揚げることにした。降参である。

 昨晩、MacBook Proの電源を切らず、一晩中メールの削除をしてもらった。朝、ゴミ箱をチェックしたら、3万8千通ほどのメールが溜まっていた。朝からゴミ箱を空にする作業をしているが、まだまだ終わりそうもない。結局、総計では5万通程度のメールを消去しようとしていたことになる。

 大体、1年も使用しないようなノートパソコンで、数十のメールアカウントをチェックするような設定をするなんて、最初から間違っている。ようやくそのことに気づき、メールアカウントすべてを削除する方針に切り替えた。メールチェックなら、iPhoneとiPadに全アカウントを設定した方が、スムーズな作業になるのは間違いない。

 方針を変更したので、メール環境設定から、アカウント削除にとりかかった。するとまた、駄々をこねるように、カラフルな風車がグルグル回るだけで、一向に動く気配がない。久しぶりの悪戦苦闘である。

 そんな気の重い作業の最中に、電話が入った。なんでも、ちょっとレアケースの事件があり、その記事を知らせる電話だった。サイトで開くと、かなり長い記事だったが、ざっと通読した。古い知人のお嬢さんが書いた記事だったが、ことの発端は30数年以上も前に遡る。ため息が出るような時代環境だった。当時のことを思い出してしまった。

 勿論、詳細を書くことはできないが、改めて、人生の深淵、生きることの難しさを感じてしまった。

 同調圧力、という言葉を目にすることが多くなった。日本人社会には、確かにある種の同調圧力が存在するように思う。暗黙のうちに周りに配慮し、同調しようとする気質だ。その方が、丸く収まるためなのだろう。

 私は日本で生まれ、日本で育った。しかし、20歳代の後半から、かなり頻繁に海外を訪れるようになった。最初はほとんどアメリカだった。すぐに悟ったのは、自分の視点と意見を明確にする必要がある、という単純なことだった。周りに配慮し、自説を引っ込めて適当に合わせていればなんとかなるという考えは、見事に打ち砕かれてしまった。

 その後は主にイギリス、フランス、ドイツに行くようになった。いずれも洋書や洋雑誌、楽譜の問屋巡りだった。ある意味では、知的な人たちとの接触が多かったように思う。

 どの国に行っても、独特の刺激があったし、行き交う人たちの表情、街の雰囲気・空気、商談における相手の応対方法や論理性が、それぞれに異なった。

 今にして思えば、Amazonの真似事のような構想だった。天下のAmazonにかなうわけがない。無謀な挑戦だったと思う。結局は、そのプロジェクトからは撤退することになった。

 成果はなかったものの、得たことがある。やはり、日本で仕事をするにも、確固とした自分の考え、構想、理念や哲学は、長い目で見たら重要な要素だと確信したことだ。それともうひとつは、抽象的な表現ではあるものの、ある種の洞察力を養うこと、つまり、論理性とは別の領域に存在する、感覚的な要素も重要だと学ぶことができた。

 事業やビジネスは、売上金額が全てではない。もしそうであれば、年商金額の多い企業が勝者となる。屁理屈をこねるようだが、時代の大きな流れに取り残されず、逆に時代を先取りし、顧客からの信頼と感謝を得るという要素は、数値や論理性で明確に説明できないが、これからの時代では不可欠で重要なものとなるだろう。

 しかし、それらに拘り続ける私自身の姿勢は、過去から受け継いだ遺産であり、私が存在しなくなったとしても、後を引き継ぐ人たちに受け継いでほしい、ある種の事業ポリシーである。

 次々と増える案件を横目で見ながら、過去の悪癖であるエンドレスの夜更かしは、なるべくしないようにしよう。そう思うだけでも、少しは進歩しているように思う。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

by hirune-neko | 2018-06-27 00:17 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
名無しネコさん い..
by hirune-neko at 01:32
日本国内における10月実..
by 名無しネコ at 00:06
毎日、精力的な記事を楽し..
by 名無しネコ at 23:51
名無しさん 詳細な..
by hirune-neko at 05:04
一方、日本から韓国への輸..
by 名無し at 13:22
記事ランキング
以前の記事
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ