昼寝ネコの雑記帳

2018年 06月 14日 ( 1 )

全面降伏から全面幸福へ〜自分だけで全てを行うには限界がある

Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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 ここ数日は、脳内の妄想回路を遮断し、営業企画というかマーケティング回路を開いている。何を隠そう、営業は最も不得意な分野である。かつて、勇んで関西に行き、大阪と京都を攻めたのだが、連戦連敗だった。今でもそれがトラウマになっており、「私は営業能力が低い人間だ」と長年に渡り、ずっと自信を喪失していた。

 短編小説だと、頭の中にイメージさえ像を結べば、あとはそのイメージを文章化すればいいので、私にとっては比較的楽な作業だ。

 ところが、企画提案書や営業・マーケティングの分野だと、自分の独りよがりの文章では、相手を説得するのが難しい。自社商品に関連する質問ならば、何を訊かれても的確に答える自信はある。しかし、初めて目にし耳にする人の興味と注意を引くにはどうしたらいいのか、という視点で考える必要がある。そこで、何年も前から、ダイレクト・レスポンス・マーケティングという手法に興味を持ち、かなりの量のデータを収集保存している。

 しかし、その手法は大量の登録顧客にメールを送り、注意を引いて注文に結びつけるテクニックの集大成だと、最近になってようやく気づいた。おめでたい人間である。どちらかといわずとも、わが社の営業対象は産婦人科の院長だったり、自治体だったり企業だったりなので、大量のメールを不特定多数の人たちに送る手法ではなく、個々の相手の状況や必要性を見極めて、説得力のある提案をしなければならない。

 従って、私が勉強すべきなのは、明らかにセールスレターの書き方だと、ようやく悟った。ごく最近の話である。相手を特定し、的確な表現で説得まで持って行く・・・これが今の私に最も必要な知識でありノウハウなのだと、今頃になってようやく気づいた。

 いつもクッキーやスコーンを買いに行く、近所のフルールという洋菓子屋さんが、お店のお客さんにわが社の名入り絵本を置いて紹介してくれる、といってくれた。お店からお客さんへのサービスになるような企画を、と考え、基本的な仕組みは決まった。しかし、なかなかお客さん目線のチラシが作れない。ずいぶんお待たせしたが、今日ようやく叩き台のような試作品をお届けして、見ていただいている。

 現在は対象の異なる、何種類もの企画提案書をお待ちいただいている。なかなかお送りできず、いつも深いため息をついていた。

 昨日、渋谷で営業経験の豊富なベテランの方、二人とお会いした。その際に、相手企業に提案する企画書のひな形を、別れ際に手渡された。わざわざわが社の名前入りで見本作成してくださったもので、とても具体的で分かりやすい内容だった。

 喫緊に作成する必要があるのは、北海道のM市とD市に対する企画提案書である。両方とも行政機関なので、ほぼ同じ内容でいけるはずだ。朝からずっと実務作業に追われ、しかも私にとって最悪なのは、作業中に対応が必要なメールが断続的に着信し、さらにその合間に、問い合わせや営業電話がかかってくることだ。基本的には、それらへの対応は私の役割である。少ない人数で製作作業をしているため、優しい私は、率先して対応するようにしている。つまり、自分の仕事がズタズタに中断されてしまう環境なので、さて、何をどこまで進めていたのだろうかと、元に戻れないことが多い。

 夜になり、今日はもう仕事を止めようと思った。気分転換のため、たまにはネットで将棋対戦をしようと思い、81道場に入室した。ほどなく、私よりレートの高い方から挑戦され、持ち時間を使い切るまで熟考して粘った。優勢だったのに、ちょっと敗勢かなと思った矢先に、相手が投了したので、一応は勝った。勝ったものの薄氷の勝利だった。

 今日はもうお終いと思っていたのだが、将棋の激戦を制して、気分がちょっと変化した。今までは、独学でいろいろな技術を習得して、異なる分野の技術を身につけてきたのだが、現時点での難物である企画提案書。気を取り直して、昨日わざわざ作ってくださり、手渡された見本の提案書を手に散った。全体の構造を頭に入れる努力をするうちに、その提案書を参考にして、自社用の提案書の台割表までは作ってみようという気になった。私にとっては、決死の思いである。

 私独りの能力ではできません、なんとか集中力と適切な知恵を与えてください、と天に祈りながらパソコンに向かった。結局はなんとか集中力が持続し、それなりに時間はかかったものの、表紙を入れて20ページ近い提案書の冊子を、見出しまで入れて作ることができた。やれやれである。ささやかではあるが、神学的終焉である。

 全面降伏を拒否し、いろいろな援軍をいただき、一歩前進したように思う。入口を示してくださったH氏に、感謝の気持ちを感じている。元々は、私の仕事上の構想や私の考え方を深く理解してくださり、昨日同席してくださったY氏が、H氏に声をかけて紹介していただいたという経緯がある。改めてお礼申し上げたい。

 人との出会いは、本当に数奇な巡り合わせである。トランプ氏と金正恩氏もまた、数奇な巡り合わせではあるが、今の私は核廃棄の話題は脇に置き、まずは自分の足許をしっかり固め、万全の基盤を構築したいと思っている。私にとっての、神学的終焉に向けたさらなる一歩である。


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by hirune-neko | 2018-06-14 01:33 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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