昼寝ネコの雑記帳

2018年 06月 12日 ( 2 )

全面広告:ブログ「徒然なるままに」閲覧のお薦め

Shirley Horn - "Estate(Summer)" (Music:Bruno Martino, English. Lyrics:Joel Siegel)

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 めまぐるしく変化する内外情勢を把握したくても、いろいろなブログを探して閲覧するにはそれなりの時間が必要だ。仕事などで忙しい方にお薦めなのが、ブログ「徒然なるままに」である。

 毎日かなりの時間と労力をかけて、あたかも内外情勢の速報発信のように、いろいろな視点のブログ記事を紹介している。中を開かなくても、リード文を流し読みするだけで、その日のおおよその動きが把握できるので、とても助かる。

 ブログ主の、ちはやさんご自身がしっかりした視点をお持ちなので、選定眼にも信頼が置ける。まだの方は、一度訪問されることをお薦めする。

 今日、そのブログ「徒然なるままに」に掲載されている、トップページの紹介記事リストは、以下のようになっている。

・【びっくりサイエンス】増加する音響“攻撃” 米大使館で被害、若者に撃退音も 人体への影響評価は不十分 - 産経ニュース

・雑誌を使った護身術‐YouTube

・日本人は二度まで我慢する - ねずさんのひとりごと

・米朝首脳、合意文書に署名-北朝鮮は「完全非核化」に取り組む - Bloomberg

・から騒ぎに終わった米朝首脳会談:日経ビジネスオンライン

・【米朝首脳会談】織田邦男元空将「最悪のシナリオを語ろう」- 産経ニュース

・朝鮮大学校系団体不正会計 警視庁小平署が告発状受理 - 産経ニュース

・米海軍病院船「マーシー」、ホワイトビーチに寄港 英海軍の揚陸艦も | 沖縄タイムス+プラス

・【米朝首脳会談】トランプ米大統領と金正恩委員長 合意文書に署名 - 産経ニュース

・【米朝首脳会談】トランプ氏と金正恩氏は最初の握手は硬い表情 一対一の会談は40分間行う  - 産経ニュース

・【情報収集衛星】情報収集衛星レーダー6号機の打ち上げ成功 北朝鮮や中国の監視強化 - 産経ニュース

・イギリス社会が瓦解中 : 日本や世界や宇宙の動向

・いつの間にか米国海軍の病院船が到着だよ~♪ | 鏡花風月

・Donald Trump 日本語訳

・2560 日本人と在日朝鮮人との戦いがはじまった33 | 余命三年時事日記

・【安倍外交】自民・和田政宗「『蚊帳の外』と言ってきた人達は説明を」 : 正義の見方

・【史上初】米朝首脳会談 トランプ「素晴らしい関係を構築できる」 金正恩「簡単な道のりではなかった」 | 保守速報

・南朝鮮人専門の犯罪取り締まりにあたるコリアンデスク

・ポンペオ氏 CVIDのみ受け入れ可能=朝米会談(聯合ニュース) - Yahoo!ニュース

・【米朝首脳会談】「スパイ映画さながら」 金正恩氏搭乗の中国機は北京付近で便名・針路を急変更 - 産経ニュース

ブログ「徒然なるままに」http://mblg.tv/42411914/

 以上、本日の全面広告である。


 今日は、長年に渡って引きこもり生活者だった私の、記念すべき転換点になるかもしれない。かねてから電話で調整していた、ある乳業メーカーの札幌と福岡の営業担当者に送った提案書が、今日、届いたことを確認した。また、営業経験の豊富なベテランの方々と、営業推進の相談にのっていただいた。北海道のD市で書店を経営し、市議会銀でもある同窓生にも、絵本+創作コンクールの企画書を読んでもらえることになった。

 私としては、近年まれに見る外向きのスタンスである。逆にいえば、15年の歳月をかけて絵本の改良と付加価値の研究に取り組み、製作システム全体の機能化にも取り組んできた。その結果、ようやく試験飛行として大空に飛び立とうとしている・・・というのはちょっとオーバーな表現ではあるが。

 改めて、頑迷に理念・哲学を大事にしてきたことを、理解・評価してくださる方が徐々に増えていることを実感している。協力してくださる皆さんとは、実利と達成感を共有できるようになりたいと願っている。


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by hirune-neko | 2018-06-12 23:55 | 心の中のできごと | Comments(0)

生前の母に送ったファックス原稿を見つけた

Shirley Horn - "Solitary Moon"

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 記憶では、間違いなく母に名入り絵本をプレゼントしている。生まれた赤ちゃんのための絵本とは別に、人生の晩年を迎えた親に対し、感謝の気持ちを込めた絵本を商品化しようと思ったので、母を実験台にして文章を作った。

 母は長女だった中学生の頃、突然父親が病死し、4人の弟や妹に学業を続けさせるため、自分は学業を断念し、母が始めた八百屋・果物屋を一緒に手伝うようになった。
 結婚してからの辛酸の人生。そんな過去の心情を想像し、文章の中に組み込んで労をねぎらった。札幌で一人暮らしだったが、その絵本の読後感を聞きたくて電話したら、感動して涙が止まらなかったという。当時もすでに親泣かせの息子だったようだ。

 その文章がいくら探しても出てこない。母の名前であれこれ検索していたら、ファックス原稿が出て来た。母の家にはファックスはなかったので、近所の方に送信し、届けてもらったのだろう。ファックス原稿には創作した短編と、父との和解というタイトルで、没後40年以上が経過し、ようやく父を受け容れることができるようになった心情をブログに書いた記事の、2編が書かれていた。

 この短編作品を読み始めたとき、誰が書いた文章なのか判然としなかった。しばらく読んで、徐々に登場人物の女性の記憶が甦り、途中で自分が書いた作品だと思い出した。そんなに悪くない作品だと思うので、以下に転載させていただく。

(過去の創作作品)

「届かない会話と届いた言葉」


 一人の人間を理解するには・・・本当の意味で深く理解するためには、その人のずっとずっと昔まで遡り、時系列で出来事を並べてみないと・・・

 ある女が、あれこれ考えた末に、人生の終末を生きる人の役に立ちたいと考えた。彼女には無理に働かなくても、一生涯暮らしていける経済基盤が与えられていた。なので、お金を目的に働く必要はなかった。

 指定された日に、施設に面接を受けに行った。書類選考を経て、適性を確認する最終面接だった。その日のうちに電話による連絡があり、週明けの月曜日から金曜日までの5日間、通うことになった。

 月曜日の朝、9時から1時間の事前説明を受けた。担当するのは、80歳を過ぎた男性で両下肢が衰弱しているため、車椅子で過ごしている。脳波は正常なのだが、話しかけても反応がない。専門家の所見では、自閉症と失語症その他心因性の障害で無感覚状態になっているという。言葉は発しないが、洗面所に行きたいときにはかろうじて指先で合図するという。

 女にとっては、相手がどれだけ重篤な状態でも一向に構わなかった。煩わしい会話で神経をすり減らす必要がない方が気楽だった。

 雨が降らなければ、敷地内の木立を縫うように車椅子を押して散策するようにした。雨が降ると、施設内の長い廊下を何度も往き来した。残りの時間は、高台から水平線を見渡せる展望室で、ただじっといつまでも遠くを見つめていた。

 女は自分に起こった出来事が、何ヶ月経っても頭から離れないのを自覚していた。何の未来像も描けない、行き場を失った人間になってしまったことを実感していた。

 2週間ほど経った頃、車椅子を押しながら、ふと年齢の割に白髪が少ないなと、初めて男性のことが視野に入った。

 そういえば、規則だということで一切の個人情報は知らされていなかった。過去の職業、家族構成、国籍も出身地も何もかも知らないことだらけなのに、ひと言の会話もなく、ずっと行動を共にしている。考えてみれば、ずいぶん奇妙な関係だと思った。

 東條さんという名前が、男性の唯一の情報だった。

 「東條さん。もう秋ですね、寒くないですか?」
 その日、女は初めて言葉を発したが、反応はなかった。ダウンコートで男性の身体を覆い、車椅子を押していつもの散策コースに出た。

 このところずっと女は自分に閉じこもり、誰とも会話することがなかったせいか、徐々に人に対する億劫さが薄れているのを感じた。

 「東條さん。人生って、いつ何が起きるか分からないものですね」
 返事はなかった。返事がないことが、虚ろに感じられた。

 それまでは、寡黙で単調な毎日だった。しかし女の心境は徐々に変化し、飽和状態になった感情を、言葉とともに吐き出さずにいられなくなっていた。

 翌日から、女は徐々に饒舌になっていった。

 「東條さん、今日は少し暖かいですね。いつもと逆のルートを行ってみましょうか」
 女は同意を待たずに、逆ルートを進み始めた。

 「北海道で、初雪が降ったんですって。・・・わたし、本当はとてもおしゃべりで明るい性格なんですよ。でも、いろんなことが同時に起きてしまい、突然、独りになってしまったものですから、人と接するのがすっかり億劫になってしまって」
 彼は相変わらず何も反応しなかった。

 無反応の相手なので、女は警戒心を持たずいつしか、子どもの頃の思い出、父親との確執、母親の病死、留学時代のエピソード、学生時代の希望と挫折の繰り返しを、徐々に語るようになった。

 彼はいつしか、無言のカウンセラーになっていた。

 1か月ほどが経過した。不安や葛藤など、女はいつしか無言のカウンセラーに対し、素直に内面を伝えるようになっていた。

 「わたし、ようやく先のことを考える気力が出てきたようなんです。このままでいいのかなって。やりたいことは何もないんですけど、でも何かしなくては、って思うようになってきたんです」
 女の言葉は、遠い水平線を見つめる彼の耳には届いていないようだった。

 翌週の月曜日、女は退職届を提出した。話し合いの結果、後任の手配が可能になる金曜日までは勤めることになった。

 その日まで、女は何度か謝罪の言葉を伝えた。何の会話もなかったものの、錯綜した話をただ黙って聴いてくれた彼を残して去ることに、後ろめたさを感じるようになっていた。

 金曜日、最後の日の夕方になった。外は朝から雨だったせいで、展望室から見る水平線は空に溶け込んでしまい、境界線が見えない。

 重い空気だった。

 あと数分で、お別れだ。もう二度と会うことはないかもしれない。女は彼に別れの言葉を告げた。
 「東條さん。短い間でしたが、私のお話を聴いてくださって、有難うございました。本当のことをいうと、生まれて初めて死ぬことを考えたんです。でもこうして東條さんに励まされて・・・何もおっしゃってはくれませんでしたけど、寛容な心を感じることができました。・・・さようなら」

 女は立ち上がり、車椅子のハンドルに手をかけた。
 その時、彼は初めて言葉を発した。
 「どうもありがとう。ご自分を大切に」

 女は一瞬、耳を疑った。彼は無表情に水平線に目を向けたままだった。しかし「どうもありがとう。ご自分を大切に・・・」確かにそういった。この人は、ちゃんと聞こえて話せて、思考力も理解力もある人なんだ。

 その瞬間、女は理解した。目の前の彼が・・・ずっと無反応で無感覚な人間だと思い込んでいた彼が、実は自分よりもずっと深い闇に閉ざされたまま、ずっと長い時間を生き続けている人間であることを。

 言葉にならない感情が一気に溢れ出て、嗚咽したまま、女はその場から動くことができなかった。

 海の色と空の色は、忍び寄る闇に同化し始めていた。
   (2014年11月14日の作品)


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by hirune-neko | 2018-06-12 01:31 | 創作への道 | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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